タチバナ村戦記(2)
戦闘の始まりです。
シュミハリ辺境伯軍がやってきた。
それは辺境伯領から逃げてきた者たちにとって、地獄の使いが来たのと同じように聞こえた。
でもネストルは冷静に呼びかける。
「みんな、もう身の回りの物を集める時間はない。私が、ルーシ王国軍と交渉するけれど、あまりいい期待が持てそうにないと思う。正門の所にみんな集まってくれ。万が一のこともあるから、武器だけは持つようにしよう」
集会場の裏にある武器庫から思い思いに武器を持って、正門の方に向かう。
シュミハリ辺境伯軍のクリチコ隊長はリューブ卿にタチバナ村を殲滅してこい、と言われて、たかが辺境伯領の果ての村の罪人とその子孫の作った村なんぞ、あっという間につぶせるだろうと考えている。部下たちもたかが、小さな村1つくらい潰すのに、どれだけのこともないだろうと考えている。そして、あわよくば、村にあるかもしれないお宝を自分の物にできるかも知れない。国に帰ったときの土産がこんな所で得られるなんて、ついてる、と。
道案内の男に先導され半日ほど歩くと村が見えた。意外なことに、村の周りに掘割が巡らされ、高い塀も備えている。門の横に見張り台が見え、辺境伯軍の姿が見えたとき、鐘が鳴らされた。
これは明らかに、辺境伯軍が来ることを予想していたようではないか。分かっていたと言うのか、これは簡単にいかないかも知れないと、クリチコは少し考えを改めた。最初は村の周りに獣除けの柵があるくらいだろうから、100人で攻めればすぐに片付くと思っていた。ろくに武力もないはずだから、抵抗する力もないであろうと。たかが村人だ、いくら集まろうと大したことはないと考えていたのだが。
「止まれーーーー!!」
村の見張り台から声が掛けられた。
「止まらないと討つぞ!」
そういうと、塀の上から射手が10数人身体を現した。
最初は何を舐めたことを言っていると思ったが、まずい、向こうは弓を使うのか?見たこともない形に見えるが、あれも矢を射るのだろう。力ずくで攻めると、犠牲が多くなるだけだ。攻め方を考えないといけないな。と考えていると、村の方から声がした。
「おまえたちは、どこのどいつだ!何のために来たぁ?」
見張り台の上から声がかかった。ふふん、こいつらはまだアレクサ公爵領が我々に占領されていることを知らないのか、一つ驚かせてやろうか?クリチコはあざ笑った。
「我々はシュミハリ辺境伯軍だ!アレクサ公爵領はなぁ、我々が占領した。よって、この村も辺境伯様のものだぁ!大人しく村を開け渡せぇ、そうしたら命だけは助けてやる!!」
村のヤツらは驚くだろうと、クリチコ隊長は思い、ほくそ笑んだ。それなのに、
「それがどうした。我々はその手に乗らないぞ。アレクサ公爵様から何も連絡を頂いていないぞぉ。お前の言うことが本当なら、公爵様か、辺境伯から書状を持ってきているはずだ。見せてみろ!」
と言いやがる。
バカにしやがって、と思いクリチコは舌打ちする。しかし、簡単に終わると思ってきたから、何も持って来ていない。そもそも、リューブ卿だって口頭で命令しただけなのだ、書面なんぞ準備してきているはずがない。仕方なく、どうせ見ても分からないだろうと思い、袋の中にあった書状を出して見せた。
「これだ、これがアレクサ公爵の書状だ」
「ウソつけ!それはニセモノだ、アレクサ公爵様の印章が押されていないぞ。ギレイ男爵様の印章でもないぞ。村を渡すわけにはいかんぞ!!」
と見張り台の上に立つ男が叫んだ。それを聞いた射手たちが、ハハハハと大声で笑う。
見張り台に別の男が立ち、話出した。
「シュミハリ辺境伯領軍の皆さま、私はロマノウ商会のマルコと言う者です」
なんだ、どうしてロマノウ商会の者がいるんだ?クリチコは不思議に思った。
「タチバナ村にはロマノウ商会の倉庫がありまして、そこには収穫物が納めております」
ほう、お宝が入っているということか。自分で言いやがって、捜す手間が省けたぞ。部下たちも、自分でお宝があるって言いやがったぞ、と笑ってる。
「ロマノウ商会の倉庫に入っているものは、ロマノウ商会の財産で、戦時下においても略奪されてはならないという不文律があります、ご存じですかぁ?」
そんなこと知らんぞ、なんでも占領した者の物であろうが。商人どものお宝を奪って何が悪いのだ。戦時下で、平時の常識を言っても通用しないぜ、とクリチコは考える。
「何を言っている、そんなことは知ったこっちゃないぞ。ケガしたくなかったら、早くどこかに行きやがれ!」
「そういう訳にはいきません。私は倉庫を守るよう言われて来ました。約束して頂けないようでは、引き下がるわけにはいきません!!」
商人のくせに、何を言いやがる。黙って逃げちまえばいいのに、グダグダ文句ばかり言いやがって。こいつは、こっちの実力を見せないと、言うこと聞かないな。どうせ、全部殺せと言われているんだから、同じこった。
「あんなぎゃーぎゃー言って騒ぐヤツらは皆殺しにするぞ。早く中に入って、お宝をかっさらうぞ、イイな!!よし、1撃で潰してやる!攻めるぞ、盾は前に出ろ」
クリチコの命令で矢を防ぐ盾隊10人が最前列に出て進み出した。
塀の中では、ロマノフ商会の傭兵隊の長のゴリがネストルとシュミハリ辺境伯軍との応酬を聞き、シュミハリ辺境伯軍が盾を前に出した所を見て、呟く。
「やはり、ヤツらはこの村を攻めるつもりだ。穏やかに済ませるなら、もっと色々と交渉するはずだ。こんなに簡単に攻めるということは、村の者を生かしておくつもりはないのかも知れんぞ。覚悟しねえといけないな」
ロマノウ商会の運んできた兵隊たち、いわゆる傭兵たちだが、ザーイという自由都市が周りの国に邪魔されずに自由独立を貫くには、それなりの軍事力の裏付けが必要であり、精鋭の傭兵たちが常備軍として存在している。その中から、精鋭中の精鋭が雇われ派遣されてきている。
彼らはたった30人だが、シュミハリ辺境伯軍100人ほどを見ても、怖じ気づくことはなく、ましてやタチバナ村の村民が一斉に弩を持ち、狙い定めるのを見て目を見張った。
「これはおもしれえな」
ゴリは呟いて、見張り台にいるネストルと女性部隊隊長のイリーナに向かって、
「おい、どのくらいの精度で矢を射てるんだ?」
と聞くとイリーナさんが、
「見てな、針の穴を通してみせるよ」
と言うものだから、笑ってしまった。
シュミハリ辺境伯軍は戦闘態勢になり、ジリジリと門に向かって進む。30mに近づいても矢が飛んで来ない。どうした、いざとなったら手がすくんで撃つことができないのか?
塀の中ではイリーナが声を掛けていた。
「まだだよ、まだ早い。アタシが合図するまでガマンするんだよ!!」
それを聞いた傭兵たちは舌を巻いた。こんな村の女たちが弩を構えて、撃つタイミングを測っているなんてな、と。こんなに肝の据わった女たちがいるなら、ちょっとやそっとで負ける訳ねえぜ、おもしれえと。こんな母ちゃんたちを相手にしたくねえな、と思っていた。
シュミハリ辺境伯軍がジリジリと近づく。あと門まで20mと目と鼻の先までになったとき、最初の矢が飛んできた。盾の間を抜けて、盾を構えている者に刺さった。盾の間から前を覗いていた目の間に矢が刺さり、構えていた盾と供に倒れた。その途端、雨のように矢が飛んできた。
この戦いが始まるとすぐ、ネストルはロマノウ商会のマルコとともにカタリナの元にいた。2人はカタリナを先に船に移すということで意見が一致していた。たとえ、村人全員が死んだとしても、マモルとカタリナさえいれば、どこででもタチバナ村を再起することは可能なのだ。もしここで、カタリナがシュミハリ辺境伯軍の捕虜などになったら、必ずマモルが呼び出され、シュミハリ辺境伯領に連れていかれることは明白だ。
また、カタリナがこの村にいると、カタリナを守ることに重点を置かざるを得ず、目一杯戦うことができない。カタリナさえ、船に移せれば船はロマノウ商会の物であるから、治外法権となり、シュミハリ辺境伯軍の主権は及ばない。ただし、平時のことであるが。
「カタリナ様、早くロマノウ商会の船にお移りください」
ネストルがカタリナの前に出てすぐ言った。
「どうしてでしょう?私はこの村の領主の妻です。皆が戦っているのに、皆を見捨てて逃げるわけにはいきません!」
「違います。カタリナ様こそ、タチバナ村なのです。どこにあっても、カタリナ様がいらっしゃればタチバナ村が復活できます。それに、カタリナ様がここにいらっしゃると皆が全力で戦えません。後顧の憂いなく戦うことができないのです。早く船にお移りください!!」
「移りません、私は皆と一緒に戦います。私は治癒の呪文が使えます。戦うことの力にはなれませんが、ケガをした者の治療をいたしましょう!!」
ネストルはカタリナがこういうことを言うと予想していた。少し前まで、商会の会頭の末娘で蝶よ花よと育てられた、まだ少女と女の間にいうようなこの娘がこのような決意を言っている。しかし、何を犠牲にしても彼女を生かしておかなければならない。
カタリナの横にいるリーナに目配せした。リーナは頷いて、カタリナの前に出て「申し訳ありません」と良いながら、拳をカタリナの腹に入れ、気絶させる。
「行け。早くカタリナ様をお連れするのだ」
ネストルの指示で、ロマノウ商会のマルコを先頭に、サラ、カタリナを抱えた執事、メイド、リーナ、教会の神父の妻ラリサが子どもを抱き、馬車に乗って傭兵10人に守られながら、裏門から港に向けて出発した。幸いなことに、裏門にシュミハリ辺境伯軍はいなかった。
正門の前では弓の応酬が続いている。両方にケガ人が出てきている。
シュミハリ辺境伯軍は港の存在を知らない。道案内したオーガの町の者は港の存在を知っていたが、あえてシュミハリ辺境伯軍には伝えていなかった。道案内こそしたものの、タチバナ村のお陰で、オーガの町が潤っていたことを知っていたから、そこまで知らせる気持ちがなかった。戦闘が始まると、道案内の者はどことなく、消えていなくなった。
攻城戦とは、攻める側は守る側の少なくとも3倍以上の数の兵士がいるという。しかし、シュミハリ辺境伯軍は100人に対し、タチバナ村は残った傭兵が20人と村民が60人ほどいる。村民には子どもも含まれるので全員が戦闘員ではないが、それでも40人強の戦闘員がいる。そのため、攻める側としては兵士の数が足りない。よって、矢合戦だけで、一向にラチがあかない。村民は高い位置から矢を射ているので、シュミハリ辺境伯軍兵士にケガ人が続出している。思った以上に、矢の威力がある。できるなら、兵士の損害を少なく治めてしまいたいと思っていたのだが。
しかし、シュミハリ辺境伯軍の隊長のクリチコは「全部殺してこい」と命じられている。そうなると、門を破って中に入る必要があるわけではない。お宝が欲しいが、それは2の次で、村をなくしてしまっても良いと考えている。クリチコ隊長がタチバナ村に香辛料の畑があると知っていれば、対応は違っていたかも知れないが、知らないからみんな燃やしてしまっても構わないと考えた。燃やしてしまう、火矢を使い村を燃やしてしまえば、あいつらはみんな村を出て来ざるを得ない、それしかない。
「火矢を使う。準備しろ」
クリチコは部下に命じた。




