領境にて
ギーブに向かう足取りは重い。
早く帰り、家族の無事な顔を見たい、という気持ちと万が一、ルーシ王国の占領下で大変なことになっていたら、という気持ちと入り乱れ、空は快晴で雲一つないのに心は重いという不安をアレクサ公爵領の兵士は皆、持っていた。
それでも1週間もすると、チェルニとギーブの間の領境に軍の先頭が着いたようだ。最後尾にいると、動かなくなったことで、そうらしいと思う。
移動中はいろいろな噂が飛び交っていた。悲観的なもの、楽観的なもの、何かの間違いじゃないのか、アレクサ様は何をしていたんだ、などなどありとあらゆる憶測が飛び交っている。しかし事実に基づいたものは何もなく、信じることはできない。
行軍が停止した夜、オレとタチバナ村の3人はギレイ様に呼ばれた。ギレイ様のテントに入ると中にはヒューイ様がいた。
「マモル、よく来てくれた。実は、ヒューイに先行してギーブに入ってもらい、情報を集めてきてもらった。時間がないので、他の町には行くことができず、他の町のことは噂しか集まっていないが。
それで、マモルに来てもらったのは、ヒューイの聞いてきた話の中で、マモルに関わる話があったのだ。それも悪い方の話だ」
「そうなんだ、マモル。よく聞いて、考えて、どうするか決めてくれ」
とヒューイ様が、話始めた。
「分かっていると思うけど、この軍の先頭は領境に到着して、ルーシ軍の検問を受け少しずつギーブに入っている。入る時は武装解除されているから、着の身着のままといった状態で、入らざるを得ないが、特に危害を加えられていないらしい。
ただ、ルーシ軍はマモルを捜しているそうだ。なぜ、捜しているのか分からないが、とにかく検問を通る兵士に聞いて回っている。兵士たちはマモルが、最後尾の方にいるということは知っているから、そのように答えている」
「私を捜しているのですか」
どうして?なぜ、捜す必要があるのか?やはり、最初の降りた村との関係があるのか?
「オレたちは捜されていないのですか?」
バゥが聞くと、ヒューイ様は頭を振って、
「タチバナ村の者を捜しているようではないみたいだ。マモルだけを捜しているらしい」
ここでギレイ様が言う。
「そこでだ、マモル。マモルは目立つから、検問では絶対にバレてしまう。ルーシ王国がどのような意図で、マモルを捜しているのか分からない以上、捕まるのは良策とは言えないと思う。
それなら、ここで私の権限において、マモルの爵位を解き、平民にするから公爵軍から離れたらどうだ。ヒューイの情報によると、ギーブに至る道はすべて封鎖され、ルーシ王国が検問しているそうだ。だから、マモルが検問を通って公爵領に入ることは不可能だと思う。だから、領外でルーシ王国の出方を待った方がいいと思う。果たして、どういう理由でマモルを捜しているのか、分かるまで身を隠したらどうだ」
ヒューイ様が言う。
「マモルは、この世界の者より背が高く、黒目黒髪という外見だから目立つし、すぐ分かる。髪の毛の色を変えたとしても、背の高さは変えられない。もし、ルーシ王国軍に拘束されると、ルーシ王国に連れて行かれるような気がする。乱暴な扱いをされることはないと思うが、それでも2度とヤロスラフ王国には戻って来れないような気がするんだ。だから、イズ公爵領でもいいから、身を隠した方がいいよ」
そうか、それがいいのか。ただ、それはオレ1人の身の振り方であって、タチバナ村はどうなっているのか、確認せずに1人隠れているわけにもいかない。
そう考えているとバゥが
「マモル様、ヒューイ様の言われる通りだと思います。タチバナ村のことが気になるのは仕方ないですから、そっちはオレらが見て来ます。そして、報告致しますから、カタリナ様の実家でお待ちくだせえ」
リファール商会で待っていろと言うのか?
ミコラが
「心配なのは私も同じです。しかし、マモル様は目立ちます。私らが村を見て来て、オレグに報告に行かせます。ですから、ブカヒンで待っていてください」
オレグも
「マモル様、私も妻を残しているのは同じです。お気持ちはよく分かりますが、今、マモル様がルーシ王国に拘束されると、今後のタチバナ村の見通しが立ちません。もし、タチバナ村が何かあっても、マモル様さえ健在なら、再建できます。ですから、今はご自重ください。お願い致します!!」
オレグが頭を下げると一緒に、バゥとミコラも頭を下げてきた。
ギレイ様を見ると、
「マモル、その者たちの言う通りだと思う。今は、1度軍を離れて身を隠せ。それにヒューイも公爵領には入れないように思うから、オマエに同行させたいんだが、どうだ?」
「え、それはナゼ?」
ヒューイ様が話し出した。
「これは秘密だが、公爵領にいるのはルーシ王国だけじゃないらしいんだ。噂の域を過ぎないんだけど、最初ハルキフの町にゴダイ帝国軍が侵攻したらしい。あっという間に町を占領封鎖したらしい。それを聞いたアレクサ公爵様が手元の虎の子の軍をハルキフに向かわせて、ゴダイ帝国軍と睨み合いになっているときに、ルーシ王国軍が川を渡って、オーガの町を過ぎてギーブに殺到し、ろくに守備兵のいなかったギーブの町はルーシ王国軍に占領されたそうだ。なすすべなくアレクサ公爵様は降伏して、今のありさまになったということらしいよ」
それを受けてギレイ様が、
「ゴダイ帝国とルーシ王国は連携していたということだろう。チェルニにゴダイ帝国の大軍を出してヤロスラフ王国軍を集結させて、注意を集めているところに、ハルキフを急襲して占領する。ハルキフに注意を逸らしておいて、ルーシ王国軍がギーブを襲うなんて、できすぎた話だ」
「私がいた頃のハルキフなら、こんな簡単に占領されることはなかったと思うんだけどねぇ。ハルキフで持ちこたえていれば、展開は変わったと思うけど、オーガやギーブの残っていた兵を根こそぎハルキフに投入したというから、悪手だったね」
それを聞いてピンと来たことがあった。
「そう言われれば、結婚する前にサラさんのおばあさまに会うためにハルキフに行ったのですが、妙に背が高く、ヤロスラフ王国の人間とは外見の違う人間が多くいるような気がしたんです」
ヒューイ様はため息をついて、
「それはゴダイ帝国の人間が入っていたんだろうね。そんなに目立つくらい入っていたということなら、ゴダイ帝国軍が来たときに手引きしたとしても不思議じゃない。
そうかぁ、やっと理解できたよ。あのバカは領主を交替するときゴダイ帝国には注意するように言ったのに、また金に目が眩んで、ゴダイ帝国に弱みを握られていたんだろう。あぁ、それさえなければ、1ヶ月でも2ヶ月でもハルキフはゴダイ帝国が攻めて来ても、保つように準備してきたのに、何をしたんだ、アイツは!!」
ヒューイ様は話しているうちに、だんだんと感情が露わになって、キレてしまった。
沈黙がしばらく続いて、ヒューイ様が言った。
「マモル、悪いが私をイズ公爵領に連れて行ってくれないか。私も爵位を返上して楽になるよ。イズ公爵様に頼んで、使ってもらおうと思うから」
そうか、そうしようか。
「私の見て来た限り、ルーシ王国軍はギーブの町で無体なことはしていないようだ。細かいことを言い出せばキリがないが、表面上は以前と変わりないように見える。占領政策は寛容的なように見えるけど、オーガの町までは分からないし、タチバナ村の噂は集められなかったよ」
「分かりました、ありがとうございます。それでは私はブカヒンの町に行こうと思います。オマエたちはタチバナ村を見た後、ブカヒンのリファール商会に来てくれないか」
「「「分かりました」」」
3人に手持ちの金を渡した。でも、検問を通るときに取り上げられるのかも知れない。3人はタチバナ村の者でなく、オーガの町の者という扱いで公爵領に入ることとなった。
その夜のうちに、オレとヒューイ様は軍を離れ、ブカヒンを目指すことにした。思い立ったが吉日ということだろう。ちっとも希望の持てない旅立ちだ。
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