念願の『Clean』を会得する
その後、アンにオレを一人にしてくれるようお願いして小屋に戻る。アンは仕事があるようで、何も言わなかった。
小屋に戻ってやることは呪文の練習だ。『Light』と『Dry』ができたような気がする。まずは復習からスタートだ。何事も反復練習が大切と、前の世界の誰かが言ってたし。
『Light』
ほら、できた!ちゃんと指先に小さな小さな灯りがともった。小屋の中は薄暗いから、とても大切な光りに思える。あまり光りを点けていると、また倒れてしまうので消す。次は
『Dry』
あ、何を『Dry』するのか?乾燥するものがなければ『Dry』って唱えても、乾燥しないぞ(>.<)。そこで椀の中から黒胡椒の実を取って、もう一回唱える。
「どらい」
あれ?
「どらっ」
あれ、また?近い?
「ドライ」
うまくいかない....Japanishではダメか泣。これは、繰り返し試すしかないでしょ?
「銅鑼っ」
って、変な呼びをしたけど、何か光ったような効いたような?もう一回!
「銅鑼っ!」
おぉ、光ったんじゃない?田舎の訛りの銅鑼の方がOKで標準語のドライはダメなのかもしれない。もう一回!
「銅鑼っ!」
いける!これか、これだ。よし、人間やればできるもんだ。とにかく色々試して見ることが必要なんだ。
さて、現在オレが一番必要としている魔法を練習しよう。それは清潔『Clean』。この風呂に入れず、水浴びしても、きれいに身体を洗うということができない状況で、もし『Clean』が使えると、臭いも垢も取れるということにならないか?服の汚れや臭いも取れないか?シャンプーもリンスもない、この世の中で頭のかゆさを解消できないか?もしかしたら、大きい方をしたあと、葉っぱで拭いているのを『Clean』と唱えるだけでキレイになるとか?夢は膨らむなぁ。
最終的には、村全体に『Clean』をかけ、訪問団が通ったとき「なんだこれは?臭くないぞ!」って驚かれたいな。あ、でも魔法使ったって分かったらダメなんだっけ。とにかく体臭、口臭がなくなるといいんだけど。
「くりーん」
まぁ、普通に無理ですよね。最初からうまく行くなんて考えてもいないし。
「クリーン」
近くなってない?
『Clean』
え、100点の発音でしょ?ダメ?何が悪い?銅鑼っ、と同じかしら?
「栗~ん」
って、もちろんダメだよね、自分でもダメだと思ったし。やっぱり正攻法ですよ。まさかと思うけど試して見る。
「リス〇リン」
うん、ダメに決まってます。そもそも魔法を作った人がリス〇リンを知らなかったかも知れないし。
『Clean』
あ、できたんじゃない?なんか、指先から手全体がキレイになった。もっと魔力を集めたら、全体にキレイになるかな?忘れないうちに反復練習だ!指先を口に当てて
『Clean』
お、何か口の中がすっきりした感じ。爽快感ある、これはイケる。よ~し、指先に魔力を集めて、貯めて貯めて貯めて、
『Clean』
あ、全身がキレイになった感じがする、と思ったら、目の前が真っ暗になった....。
「マモル、マモル」
また、アンに呼ばれている。意識が浮かんできて、目が覚めた。
「あ、マモル、大丈夫?また、倒れてたよ」
「え?そうか、倒れていたか?」
「うん、倒れていたというか、横になってたけど寝てるように見えなかった」
そっか、また魔力切れで気を失ったんだな。
「それで何か、用があったのか?」
「うん、もうすぐ夕ごはんなんだけど、婆さまとジンが一緒に食べようと言ってるから呼びにきた」
「え、婆さまとジンが一緒に食べようって?何かあったのか?」
「うん、マモルが作った黒胡椒を婆さまに渡したら、どうやって使うのか分からないから、一緒に食べて教えてくれって言ってた」
「あ、それもそうだな。初めて見るものをいきなり食べろと言われて、食べれるわけないよな。じゃあ、婆さまのところに行こうか」
オレはアンと連れだって婆さまの小屋に行くと、すでに婆さまとジンが座ってオレの来るのを待っていた。
「マモル、来たかい。さっき、アンが持ってきた黒胡椒という食べ物の食べ方が分からないから教えてくれないかい」
「分かった。いきなり知らないものを食べろと言われても無理だよな」
「マモル、これはおととい森でイノシシに会う前に、採ってたヤツか?あの緑の実が、こんな黒い粉になるのか?同じ物だと言われても、信じられないぞ」
「そりゃ、そうだな。とりあえず食べてみようか」
オレは婆さまの向かいに座り、アンが持ってきた野菜の煮物のようなものに黒胡椒をパラパラとかける。婆さま、ジン、アンはオレの手先をじっと見ている。
椀を持って、上の方を少し混ぜ、そのまま口に運ぶ。うん、旨い。今までは塩味だけだったけど、味にアクセントができた感じだ。違う味わいというのはいいなぁ。3人はオレの食べるのをじっと見ていて、大丈夫だと思ったらしい。ジンからおそるおそる黒胡椒を指先でつまみ、野菜の煮物の上に少しかける。そして、オレがしたように少し混ぜ、口に運ぶ。
「んん、これは!なんか少しピリっとして旨いぞ。婆さま、アン、食べてみな」
ジンは旨かったのだろう、笑顔になって2人に言った。
婆さまとアンも黒胡椒を指先でつまんで野菜の煮物にかけ、食べる。
「おや、これは旨いね」
「ホントだ、おいしい」
2人とも好反応だ。
「これはみんなに知らせてやりたいね」
「おととい、マモルと行った場所にはまだ実がたっぷりあったから、明日何人か連れて取りに行こう」
「これはまる2日、日干しにしたものだ。もう1日、日干しにするといいと思うから、実を採ってきて3日あれば使えるな」
「そうか、なら明日はマモルも一緒に行ってくれ。万が一、違う物を採ってきてもいけないから」
「そうだな、一緒に行こう。それと、胡椒の木は挿し木といって、枝を採ってきてそこら辺に植えれば、木が増えていくんだ。実がなるまで数年かかるけどな。これがこの世界にないものなら、売れば金になると思うだろ?もしあったとしても、手にはいりにくいものなら売れるしな」
「そうか、それなら次の隣国の訪問団が通るときか、行商のヤツが来たときに渡してみようか?」
「それがいいかも知れん。この村は貧乏だから、何か金になるものがあれば、少しは良い暮らしができるだろうしな」
4人で新しい風味を味わいながら、和気藹々と食べた。やっぱり、食事が美味しくなると、みんな機嫌が良くなるんだよ。




