偵察行に出発
細い三日月が中天にさしかかったとき、ヒューイ様と軍の最後尾にいる。
上下とも黒装束で頭にも黒い布を巻き付け、まるで忍者のように見えますよね。いつぞやのリファール商会に入った盗賊を思い出します。
「さぁ、マモル、行くよ。付いて来てくれ」
ヒューイ様は陣地からチェルニ方向に走り出す。ゴダイ帝国とは反対方向だけど、一度陣地から離れようということかな?????ヒューイ様の後について、道なき道を走る。この人はハルキフの山に入ったときも思ったけど、並大抵の脚じゃない。きっと脚に何かスキルを持っているんじゃないだろうか?ついでに言うと、暗視スコープのような眼をお持ちでないだろうか?月明かりのほとんどない状態で、凸凹を避けながら、走って行く。
軍から5kmも離れただろうか?ヒューイ様が立ち止まり、軍の方を振り返った。
「よし、十分離れたね。それにしても、マモルはよく付いて来れたね。夜のこの明るさで私について来れたのは初めてだよ、すごいね」
いーーえ、そういうあなたがすごいです。
「なんとかかんとか、遅れずに付いて来れました」
「では行こうか。軍から十分離れたし、どうも私たちを監視している者もいなさそうだから、山に向かうとしようか。同業者とどこかで会うこともあるだろうから、気をつけていこうか」
「もし、同業者と会ったらどうするんですか?」
「何を当たりまえのことを聞くんだい。敵なら殺す、味方なら見逃すんだよ」
「それはそうですね」
はぁ。
ヒューイ様はちょっと立ったまま目を瞑って、何か考えているような時間があって、走り出した、右側の山手の方に向かって。山の麓には森があるが、あれを目指すんだろうか?いったい、あそこまで何kmあるんだろう?朝日が出る前にあの森の中に入らないとまずいんですよね?
1時間、2時間、もっと走っただろうか?1時間15kmくらいのペースとしたら30kmは走ったか?夜だから時速10kmも出ていないか?緩い傾斜がある所をタッタタッタと走る。あと少しだ、森まで200mもないだろう。
「危ない!!」
突然ヒューイ様が叫んで、横飛びした。オレも釣られて横飛びする。元の走っていたライン上に矢が飛び過ぎて行く。オーー怖、ヒューイ様はこれが見えたんだ。
「マモル、大丈夫か?」
「大丈夫です」
「そうか。なら移動するが、森の中から狙われているから、このまま右手に移動する。立ち上がらなければ、向こうから見えないだろうし、矢を射られることもないだろう。向こうの矢を射ってきた場所はおおよそ見当が付いているけど、もう移動しているだろうから油断できない。とにかく見つからないように移動しよう」
ヒューイ様の後ろを中腰で移動する。草に隠れて見えないはずだ。
「マモル、まだ剣を抜いてはいけないよ。剣が月の光を反射して、居場所が敵に知れるから」
「はい」
オレたちが移動すると、草がサワサワと動くけれど、大丈夫なのだろうか?200mも先の森の中から、草むらを移動しているオレたちを月の光を頼りにして矢で射る腕前の持ち主だ。油断禁物だろう。
さらに移動を続けると、森から何か出たような気がした。上を見るとキラっと光るものが4つ見える。それが弧を描いて、オレたちを目がけて落ちて来る。4本並んで1m間隔くらいの幅を開けて落ちて来る。
「ヒューイ様、上です!!」
「おっと!!」
2人して矢を避け、前に出る。と、さらに上から落ちてくる。それを避け前に出ると、今度は4本が斜め上、45°くらいの角度で迫ってくる。思わず、後ろに下がるとき少し立ち上がってしまった。それを目がけて、水平の矢が飛んできた。鞘に入ったままの剣で矢をなぎ払う。もう1度正面から来る矢を払う。と同時に斜め右と左から矢が来る。このままだと、まったく前進できない。
よし、右側の矢を払って『Defend』と唱え、矢を受ける。おっと、初めて使ったけど、矢は止められたぜ。そして、そのまま倒れる。矢が当たって倒れた、って思ってくれないかな?
ヒューイ様はどこに行ったのか?オレが的になっている間に森に向かったのか?倒れたオレに向かって、さらに矢が飛んでくる。山なりのもので、オレの倒れた場所から半径2mくらいの範囲に次々と矢が落ちてくる。すべて『Defend』で防ぐ。もしかしたら、矢を防げないかと思ったけど、防げました。しかし、敵の恐るべき眼の良さ、弓の腕前だ。うーーむ、ドローン飛ばして、上から監視しているのか?ドローンに赤外線カメラ付けて、オレが見えているのか?とにかく、呪文かスキルか能力か知らないけれど、すごいヤツがいる。
オレは死んだふりで、向こうが近寄ってくるのを待つ。
矢の射られるのに任せ、『Defend』にお願いして、じっとしている。しばらくしたら矢が飛んで来なくなった。遠くから草をかき分け、踏みながら歩いてくる音がする。何人いるのだろう?4,5人といったところだろうか?ヒューイ様、どこに行かれたんですか?
眼を開けていても、構わないだろう。死んでも眼を開けているのがいるし。まばたきないようにして、足音のする方を見ている。2mほどまで近寄ったのだろうか?向こうはオレが見えるのだろう。必殺のシュールストレミングを使おうか?いやいや、あれは奥の手だから残しておきたい。全力『Light』を使って、目くらましの間に殺ってしまおうか?どこかで、花火の呪文を開発したら、王女様に惚れられた、という話があったけど、オレもやってみようか?なんて、絶体絶命のときって、どうも余計な考えが頭の中を巡る。
もう少し寄ってこい。剣の柄だけをポケットから出して握る。そう構えたら、敵は矢をつがえようと、矢を抜く音がした。もうダメか?
『Light』
力一杯の呪文を唱えると、唱えた自分でさえ眼が眩むような発光が起きた。
その瞬間、横に飛び、残光で浮かび上がった人間に斬りかかる。ヤツらは5人か、横から順に斬りかかる。みんな矢でトドメを刺そうとしていたらしく、矢を構えようとしていた所だったようだが、閃光が眩しく、何も見えないようだ。それに剣を抜いている者はいないようだ。急いでオレの方に矢を放とうとするが、まだ見えていないらしく間に合うはずもなく、斬り捨てる。あと1人というところで、森の方からオレに飛んできた矢があり、斬り捨てる。その瞬間に残りの1人が矢を射る。顔の横を矢が過ぎるのを感じながら、驚く顔の男を斬った。
遠くで「ウワッ!!」という叫び声が聞こえた。
オレの斬った男たちが事切れていることを確認して、たぶんヒューイ様がここにやって来るような気がして待っている。
カサカサという音が近づいて来た。ヒューイ様と決めた合い言葉を使う。
「勇者は?」
「バカ」
よし、ヒューイ様で間違いない。
「ヒューイ様、どこに行っていたんですか?」
「マモルが的になってくれたんで、森の中に残っていた狙撃手を倒しに行っていたんだよ」
「そうなんですか?オレは危なかったんですよ、本当に」
「いやいや、マモルが危ないってことはないから笑。マモルを倒す時は、数の暴力で包み込むしかないと思うけどね」
「はぁ、まぁいいです。それで狙撃手は殺れたんですね?」
「あぁ、大丈夫。逃げたヤツもいないと思うよ。さて、こいつらが認識票を持っていないかな?ほら、あった、名前と階級を書いてる。これがあると帝国のヤツらだって分かるから。万が一、味方が我々を狙撃するということもあるけどね笑」
そこは笑うところですか?この人の余裕感はなんだろうな?どこに行っても、何をやっても失敗する感じがしないんだけど。
「しかし、マモル」
「ハイ、何か?」
「どうして勇者はバカなんだい?」
「私の前にいた世界では、勇者はバカと決まっているからです」
「ほぅ、そうなのかい。実はハルキフではマモルのことを勇者と呼ばれているんだけど、知っていたかい?」
「ハジメテシリマシタ」
「そうか、知ってて言ったのかと思ったよ。夜のお姉さんたちの間では、マモルは夜も勇者だって、言われているらしいよ。なんでも不撓不屈の勇者、だとか」
「ソウデスカ」
「さぁ、行こうか」
ヒューイ様が森に向かって、進む。空が少し明るくなってきた。夜明けが近い。
森に入り、やっと朝の食事が始まる。朝ごはんとはとても言えないような、干し肉とワインという食事だ。
「ヒューイ様、この後、ゴダイ帝国軍をぐるっと一周してくる、ということですが、何日くらいかかるでしょうか?」
「そうだね。敵に見つからないように移動するから、最大10日くらいかな?」
「10日ですか?でも食糧は10日分は持って来てないですよね?」
「そうだよ。足りなくなったら、現地調達するんだよ」
「え、獣を狩るということですか?」
「そうだよ、だからマモルを連れてきたんじゃないか?キミさえいれば、肉には困らないだろう?」
「ま、確かに、そうなるでしょうね」
「それにだ、帝国軍の後ろに行けば、輸送隊を襲ってもいいし、食料庫から盗んでも
いいし」
「そんなことできるんですか?」
「たぶん大丈夫。軍というのは、敵と向かい合っている所は緊張して警備しているけど、後ろは緩いものだから。まさか、自分の所まで敵が来るわけないと、勘違いするんだよね。
たいてい、負けるときは油断している横か後ろから強襲された時と歴史が証明しているんだけどね」
なるほど、あまり詳しくないオレでも納得できます。
まぁ今は、干し肉を消化することに専念します。
読んでいただきありがとうございます。




