ハルキフ滞在
あくる朝、朝ごはんを食べ、町に出てみる。特に予定はないけれど、ブラブラして町の様子を見てみようと思った。
町を歩くと割と背の高い男が多いことに気が付いた。それも、金髪碧眼のイケメンの若い男たちが。オーガでもギーブでもブカヒンでもこんなに背の高い男はいなかったような、と思う。あと、店の商品の値段がオーガより少し高いような気がする。嗜好品が高いのはともかく、日用品や食料品がちょっと高くないかな?オーガに行っても、それほど注意して見ていたわけではないけれど、これはちょっと生活苦しくないかなぁ?物価の上昇に合わせて収入が上がっていればいいけど、確か、香辛料の山が見つかって、絹織物業が立ち上がったから、少しずつ領の経済が上昇しだしたと聞いたんだけど。どうも、そんな感じはしないけど。サラさんがここを離れて3,4年経つのか?前はどうだったか聞いてみようか?
ここでやっぱり、ロマノウ商会の支店に行こうと思った。ハルキフの町と言ったって、結構大きいのだけど、さすがにロマノウ商会という名前は商売人なら知っていて(露天商の人は知らなかったけど)、教えてもらいつつ、たどり着いた。
「こんにちは、よろしいでしょうか?」
割と閑散とした雰囲気の店で、あまり繁盛しているようには見えないけど。
「はーい」
と奥から女性の声がする。
結構、ちょっとご年配のご夫人が出ていらっしゃいました。
「おはようございます。タチバナ村のマモルと申しますが、店長さんはいらっしゃいますか?」
「あ、おりますよ。ちょっと待ってください」
と言って、ご夫人は奥の方に入って行き、
「あなたぁ~~お客様よぉ~~」
あら、やっぱりご夫婦なんですね。もし、タチバナ村にロマノウ商会出張所ができたら、こんな感じかなぁ?こういうのがあると、入り浸ってしまいそうで怖いけど。
奥から、ちゃんと正装のオヤジさんが出てきた。
「タチバナ村のマモル様ですか?どうされました、こんなところまで。また、何か戦いがあると言うわけではないですよね?」
ちょっとオレに対する思い込みがあるかしら。確かに、何もないのにハルキフに来ることはないだろう。来るとしたら、ゴダイ帝国と戦いがあるくらいだろうし。
「いえ、ちょっと余り公にしたくない用事がありまして、私人として来たんです。町の中を見て歩いていて、ちょっと活気がないかなぁ、と思って聞いてみたかったんですが、知ってる人もいなくて、ロマノウ商会さんに聞いてみようかと思いまして、伺いました」
「そうなんですか。おーーーーい、お茶。(はーーーーーいと返事)そうなんですよ、あまり景気が良くなくて、うちとしては困っています。
なに、領として税収は上がっていると思うんですけど。マモル様が香辛料の山を見つけて、絹織物の産業が立ち上がって、他に農地が広がったり、商業優遇政策が行われて、領の経済が回り始めて人も集まり始めてたところにヒューイ様が解任されて、新領主様が来られて、ちょっと停滞しているんですよ」
そうか、その雰囲気が町に流れているのか。
「お茶をどうぞ」
と奥様。ここはお土産を渡しておかねば。特製は過剰な高価すぎる土産なので、白胡椒と黒胡椒のセットかな。
「これは、村の特産品の胡椒です。良ければお使いください」
「まぁ、これはありがとうございます!!えーーーー!?胡椒なんて高級品を!!」
「すみませんな、気を遣っていただいて。我々の生活では中々、口にすることできなくて」
2人で揃って頭をペコペコ下げられる。
「いいえ、大したことではありませんよ。でも、ロマノウ商会でも胡椒は扱ってますし、ハルキフでも採れているのでしょう?」
オレの質問を受けてご主人が、
「ええ、採れていると思います。前は、香辛料は採れた分を売って、領の財政を補うというものだったのですが、領主様が替わられましてから、領主様とその周りの方々のご使用に回っているようで、市場に出なくなってしまいました。ですから、今はどのくらい香辛料が採れているのか分からなくなりました」
「そうなんですか。ヒューイ様の時は、自分で使っておられなかったのですか?」
「そうですね。ご自分で使う分があれば、少しでも財政を立て直すために当てようとされておられました。
大きい声では言えませんが、ヒューイ様がハルキフの領主になられたときは、前領主の借金がだいぶ残っていたそうですよ。それにゴダイ帝国の商人からの借金もあったらしいですし。ゴダイ帝国の商人の借金なんぞ、返さなくてもいいのに、ヒューイ様は真面目な方でしたから、律儀に返されまして、その借金の返済のメドがようやく立ったと聞いていたんですがねぇ」
「ゴダイ帝国の商人からの借金ですか?」
「そう聞いております。ヤロスラフ王国と違って、ゴダイ帝国は工業が盛んではありませんか。ガラス製品や家具や陶芸品など、ヤロスラフ王国のものに比べて高品質なものができているのです。ですから、贅沢に目が行くと、どうしてもゴダイ帝国の物が欲しくなるんです。
ヒューイ様が領主になられたとき、前の領主様の館の贅沢品をみんな売り払われたと聞いていましたよ」
なんか、よくある話を聞いたなぁ。でも、経済が回っているなら、この店の雰囲気の悪さって何だろう?
「大変失礼ですが、この店の景気はちょっと悪いように思うのですが?」
「やっぱり分かりますか。実は、新しい領主様になられて、庁舎に納めるものを取り扱う商店から外されたのですよ。前からの実績が全部無視されて、領主様の認可された商店だけが納入できるようになりました。要するに、クチマ様のお気に入りの店だけです、今は。ギーブ時代からクチマ様とつながりのある店だけでして、うちはもう使って頂けません。
以前は良く使って頂いたお役人もみんないなくなりました。ですから、ウチは今、普通の貴族の方と平民相手の商売でして、働いていた者たちもみんな辞めさせました。私と妻の2人だけで店をやってますが、もうそろそろ止めようかと思ってます」
なんというか、気の毒な話を聞いた。
納入先が「オマエから買わない」と言えばサプライヤーとして、どうにかできるはずがないし。部外者が「どこかに訴えればいいでしょ」なんてバカなことを言うのがいるけど、そんなのできるわけがない。訴えて採り上げられて担当が替わったとしても、訴えた会社という烙印は残るから、使ってもらえない状態はずっと続いて、出入り禁止になるだけなんだもんな。
「それはともかく、この町の物価は少し高くないですか?」
「分かりましたか?税金が上がったんです。ですから、税金が上がった分、商品に上乗せされているのですよ」
「税金が上がったんですか?それはキツいですね」
「そうです。ヒューイ様のときは五公五民くらいだったと思いますが、今は六公四民くらいになっています。税が増えても、領のために使われている実感があれば、領民もガマンできるのですが、増えた税金がどこに行ったのか分からないですね。だからハルキフから出て行く人も出始めて、代わりに背の高い人がどこからか、やってきているんです。あの人たちはどこから来たのか、みんな不思議がってます」
やっぱり、地元の人もそう思うんだ。奥様も口を出してきた。お客も来ないし、暇だからずっと横で話を聞いていたし。奥様も話しに加わって、
「あーー、私もそう思うんです。背が高いし、金髪碧眼だし。言葉も訛りがないんです。王都から来られたのですかねって、お友達と噂していたんです。ハルキフともオーガとも少し言葉が違うんですよね」
そうか、言葉が違うのか。オレらが最初にヤロスラフ王国に来た時、ルーシ王国訛りって言われたんだよな。でも、標準語って概念があるのだろうか?聞いてみよう。
「聞いてみるのですが、あの人たちはゴダイ帝国の訛りじゃないですか?」
「ゴダイ帝国ですか?あそこから来た人と付き合ったことがないから、分からないです。どうなんですかね、前に戦いがあったときの捕虜の人たちも、収容所にいたから、交わることもないし。分からないですね」
「そうですか.ありがとうございます。すみません、お手間を取らせました」
「いえいえ、客も来ないですから、暇つぶしにちょうど良かったです。また、おいでください、と言いたいですが、次に来られたときは店がないかも知れません、ははは」
「はい、分かりました。失礼します」
寄った甲斐はあった。けれど、いい方向性で動いているとは思えないな。これはアヒルお姉さんに聞いてみないといけない。
夜になるのを待ち、意を決してアヒルお姉さんの待つお店に向かう。開店直後に行って、がっついていると思われないように、ちょっと開店から時間をずらして着くようにして。お店の道筋のリハーサルは昼間の間に済ませたから、所用時間は分かっている。頭の中のMAPが機能ONになっているから大丈夫。わが息子も期待に胸?を膨らませているし。これは調査のために行くんだから、交際費ということで決済できるはずだから。オレのお小遣いの範囲内だから、後ろめたいことは何もない、ないはず。ハルキフなんて知り合いがいない町で、そんな周りに気遣いする必要なんてないし。田舎のラブホに入るのと東京のラブホに入るくらいの差があるから(自分でも何を言っているのか分からない)。
とにかく、勇者になりつつある息子を身に宿し、アヒルお姉さんの待つ(予約してないし、行くなんて言ってないけど)お店に行く。
が、お店まであと500mくらいで声を掛けられた。
「マモル様」
「あ、マモル様」
「え、マモル様だって?本当だ」
「マモル様、お久しぶりです」
なんとサラさんご一行に見つかってしまった。サラさんとご両親と、ノン、ミンの計5人に。会うまい、と思っていたにもかかわらず、街中で偶然会うという、引きの強さ。聞けば、明日は出発だから、みんなで外にご飯を食べに行くことになったということで、背の高い黒髪の人を見つけて、声を掛けたそうで。く、帽子かぶっていれば良かったか?後悔先に立たず、という格言が見えたような気がする。
がっかりする息子を慰めながら、ジレン家に従って歩く。当初の目的地と同じ方向なので、同じ方向に同じ時間帯に歩いていれば、見つかるはずだと思った。これなら、開店間際に入れるようにしていれば、としみじみ思う。
あと、お姉さんのお店まで100mほどというところに、ジレン家の目的のお店はあった。
ここに来て、ハタと思いついたことがある。もしやここは、蚕料理の店でないか?と。いけない、フラグを上げてはいけない、と思いながら、よりフラグを高く上げてしまう。
個室に案内され、メニューを見ることなく、料理が運ばれてくる。前菜は蚕のスープでした、沈没。
蚕料理のフルコースを完食し、ジレン家ご一家を家まで送り届け、宿屋に戻った。もし、途中で襲われていたら、腹から蚕がみんな出ていたわ。
読んでいただきありがとうございます。




