結婚式に向かって
村に戻って、魔力の貯められる玉をノンとミンに渡す。
話を聞いた魔法研究家のネストル始め、村の主立ったところが集まっている。
「これってホントに魔力貯まるの?アタシは魔力の量が少ないから、助かるなぁ」
ってノンが言う。そうなんだ、最近ミンの魔力量は増えていると思うけど、ノンの方は頭打ちのようなんだよな。魔力量って、子どもの頃から開発した方が、容量は大きくなるのだろうか?ネストル研究員は無言だけど異世界ノベルではそれが定番だったし。
「やってみるーーーー♪」
とミンがさっそく、手に持って顔を真っ赤にして魔力を流し始める。別に顔を真っ赤にしなくても、魔力は流れるんだろうけど、クセなんだろうな。玉が黄色くなったところでギブアップ。
「へぇーーーー、これでだいぶ貯まったのかな?お母さん、やってみる?」
玉を受け取ったノンが、玉を持って掲げ『Cure』と唱えると、玉の色が急激に赤になり、暗くなった。それに合わせて、何か波のようなものが玉から発せられて身体を通り抜けたような気がした。
波を感じたのはオレだけじゃなかったようで、さっそく魔法研究家のネストルが
「これは、何か感じましたぞ?」
というが、それはウソだろうと思う。でも横にいたサラさんが、
「私はさっきまで偏頭痛がしていたのですが、頭がすっきりしました。天気が悪くなるときはいつも、偏頭痛がひどくなるので、今日は朝から困っていたのです。それなのに今はすごく晴れやかな気分になりましたよ、ノン、ありがとう♪」
へぇ、これは怪しいボスの言ったことは本当みたいだ、効果が増すって。そこで魔法研究家のネストルが蘊蓄を披露してくれた。
「たぶん、この玉は伝説の魔力を蓄える玉でしょう(そのままですがな)。私も目にしたのは初めてですが、研究家仲間では実在することは言われていました。持っていたとしても、秘密にされていて表に出ることはなかったのですが、ついに私がこの目に見ることができるとは!研究者仲間で(そんなのどこにいるんだろう?)大きな顔ができます!!」
「人に言わなくていいです、ダメ、ゼッタイ!!」
とサラさんから強い一言。言いたくてたまらないネストルがクギを刺されて唖然とする。
「え、ナゼ?」
「当たり前でしょう。持っている人が隠しているのは希少な物ですから、盗まれたり、偉い人が召し上げたりするからでしょう?マモル様が持っていることが、上に知れたら領主様や国王様が欲しいと思うかも知れませんよね。これは秘密にしておけばいいんです!!」
とダメ押しして頂きました。いつも言いたいことを言って頂き、ありがとうございます、サラさん。みんな、それもそうか、てな顔をしてますし、ネストル研究員の残念そうな顔♪。
とにかく、玉はノンに預けることにした。ノンは「誓いの剣」を自分の4次元ポケットに入れていて、この玉もポケットにしまっておくそうだ。
信忠様からアレクサ様に政権移行され、ヒューイ様の左遷があったけど、他は何も影響なく(知ってる限りだけど)穏やかな日々が続いている。香辛料や砂糖の販売でロマノウ商会から現金収入が入って来るのは、本当にありがたいことで、未だ見舞われていない天災に備えて積み立てしている。ルーシ王国に住んでいたときの貧困さ加減とは、雲泥の差があって、教会をもっと立派な物に建て替えたいね、という声も挙がるくらい。このまま、ずっとこの生活が続けられれば良いのだけれど。
そんな中、なんとイズ公爵様から手紙が来た。
アレクサ公爵様からでなく、お兄様のイズ公爵様から。手紙をもらう所以なんて、何もないので、いつも通り、バゥ、ミコラ、ネストル、サラさん、リーナさんとリーナさんの彼のオレグに来てもらった。結局、この国の貴族事情に詳しいのはネストル、サラさん、リーナさんとオレグの4人しかいないんだから。
ネストルが丁寧に封印を開け、こうやって正式書簡を開封するんだって感心させられる。ちゃんと、開封の道具一式を持ってる所も感心したし。
開封した封筒の中から、手紙を出しこちらに向けて公爵家の紋章があることを見せてくれる。そしてネストルが読み上げてくれる。
内容は、オレとリファール商会の会頭の娘さんのカタリナさんとの結婚式をブカヒンで挙げるから来るように、ということだった。
単に、オレとカタリナさんの結婚式なら、騎士爵と平民の結婚式だからタチバナ村の教会で十分なのだけれど、カタリナさんはブカヒンの領主のクルコフ子爵様の養女となり、騎士爵と子爵様の娘の結婚式となるので、ブカヒン大聖堂(前に見た尖塔のある教会のことらしい)で挙げるとのこと。立会人をイズ公爵様夫妻が務められるという、聞くも怖ろしい話になっており、アレクサ公爵様にはイズ公爵様から連絡が行っており、了解を取ってあるということで、何とも手際の良いことで、オレの取り込みが着々と進んでいるような気がしないでもない。あのアレクサ公爵様は根に持ったりしないのだろうか?
それにしても、前にカタリナさんと婚約?してから、どれだけも経ってないと思うけど、こんな短い間に、ここまで準備してしまうイズ公爵様と家臣団って何?この実行力はスゴいでしょ?とネストルに言うと、オレグも一緒にコクコクうなずいています。
式は6ヶ月後ということで、何を準備すればいいのだろう?誰を随行させればいいのだろう?何を持って行けばいいのだろう?と知らないことばかりで、ネストルとサラさんも、経験したことがないそうで、詳しくは知らない。下級貴族同士ということであれば経験済みだから分かっているが、養女とは言え、子爵様の娘を嫁にもらい、おまけに公爵様という雲の上のような人が立会人(いわゆる仲人ですな)という設定は誰も知らない、経験したことない、予想すらできないシチュエーションなわけです。
となると、何をどう準備すればいいかも分からない訳で、お忙しいギレイ様にお聞きするのも憚れる訳で、それなら引き出物とか準備する御用商人に聞けば分かるかも?と言ったら、「「「「「「それだ!!」」」」」」と言われました。
一方の当事者であるリファール商会を使うわけにいかないだろうと思い、ロマノウ商会オーガ支店のジョアンさんに来て頂きました。
ジョアンさん、事情を聞いて天を仰ぎ一言、
「あーー!!」
しばらく絶句。まぁ、気持ちは分かります。口から出た魂が部屋の天井付近をさまよっています。気の毒な。やっと、魂が身体に戻り、
「そうでしたか、リファール商会の会頭のお嬢様と婚約されたとは聞いておりましたが、まさか、お嬢様がクルコフ子爵様のご養女になられ、イズ公爵様が立会人をされるというのは、さすがに私どもの想像を超えておりました。さすがイズ公爵様はやられることが違います。分かりました、当商会が総力を挙げまして、ご用意させて頂きます!!」
いや、そんなに力をいれなくていいですから。
「こちら側の結婚式に参列される方とざっと予算をお聞かせくださいませんか?」
参列者は決まっているけど、予算がね、基本村の財政に負担を掛けたくないから特製胡椒でつまつまと稼いだ分がオレの小遣いで予算なわけで、
「出席するのは、オレの他にネストルとサラさん、あとはオレグとリーナさんの計4名。全員が前はハルキフで貴族だった。だから一応の段取りとかは知っている」
「そうですか、それで予算はいかほど?」
「今までオレが貯めてきたお金で、全部で金貨500枚ほどだ。もし足りなければ、ロマノウ商会から貸して欲しいんだ。足りないからリファール商会から借りるというのは恥ずかしいから、ロマノウ商会から借りるしか当てがなくて。だから、話をお願いしたんだよ」
「なるほど、納得致しました。なぜ、リファール商会に話が行かず、当商会に来たのか不思議だったのですよ。予算が金貨500枚とは......」
「足りないかなぁ?」
「そのようなことはございません。一般的に騎士爵の男性と裕福な商家の娘の結婚と言いますと、せいぜい金貨が20枚もあれば足ります。新郎新婦の服を作る程度で済みますし、借り物で済ませる方も大勢いらっしゃいます。今回は、イズ公爵様が出て来られたことで、話が大きくなっただけですから。
それにしても個人で500枚の金貨をお持ちとは。村の会計とは別ということですか。率直に申し上げまして、個人の資金として金貨500枚以上持っておられるのは、あきれるばかりの資産家と言えますでしょう。
それで男性と女性の式服は新調しますが、全部で金貨20枚というところでしょう。披露宴で舞踏会がございますので、舞踏会用の服が金貨50枚。あとは手ぶらで行っても良いくらいでしょう。
マモル様がポペ村に作ったサトウキビ畑を考えると、むしろ向こう様が持参金を用意してもおかしくありません。あのサトウキビ畑の利益を考えると、5年以内に金貨1000枚以上の利益が出てくるのでしょうから。何と言っても白砂糖の製法を伝えられたのが大きかったのです」
「すごいね!」
「なんと他人事な。タチバナ村のサトウキビ畑からでも、一年で金貨20枚以上の利益が出ておりますから。砂糖や胡椒など、一度味わってしまうと、次も食卓にないと物足りないのですよ。金を出しても欲しくなります。それくらい、欠かせない価値のあるものなのですよ。マモル様がそれほど価値を生み出すということをアレクサ公爵様はご理解頂けず、イズ公爵様は分かっておられる。今はアレクサ公爵領がヤロスラフ王国でもっとも豊かな領地ですが、しばらくしたらイズ公爵領がもっとも豊かな領地になりましょうな。今となってはオダ様の領地経営の方針を継がれたのはイズ公爵様に思えますよ。皮肉なものです」
そうは言っても手ぶらでは行けないでしょ?
「でも何か持っていかないといけないのでは?」
「イズ公爵様やリファール商会からすると、一番欲しいのは胡椒の木でしょう。そして、それを育てる栽培技術。他にいくら金貨を持って来られても、金貨は金貨を産みませんが、胡椒の木は金貨を産みますから。余談ですがロマノウ商会はゴダイ帝国に商流を持っておりませんが、最近リファール商会がゴダイ帝国の上層部とつながりを持ったと聞いております。ロマノウ商会がヤロスラフ王国とルーシ王国に胡椒を売り、リファール商会がゴダイ帝国だけに胡椒を売るという、棲み分けをさせて頂いてもよろしいのではないでしょうか?」
「それでいいの?会頭が怒らない?」
「会頭も同じように考えております。あまり大きな欲を出してはいけないのですよ。あまりに商会が大きくなると、国から目を付けられ潰されることもあります。リファール商会もイズ公爵様の庇護があるうちは良いのですが、もしなくなった時のことを考えると、ちょうど良い経営規模というものがあるのです」
「そういうものかな。そしたら、苗木を10本ほど持って行くことにしよう」
「それがよろしいかと思います。呉々も、マモル様が植えることが肝要かと。どうも、マモル様が植えたものと、他の者が植えた木の生育状況が違うようだと聞いております」
「へぇーーーそうなのか」
「とにかく、それを、苗木を持って行かれることを、前以てイズ公爵様にご連絡くださいませ」
「分かりました。連絡します。でも、他に何も持っていかないわけにはいかないでしょう?」
「それはお任せください。ロマノウ商会の名にかけてご用意致します。ゼッタイにマモル様に恥をかかせるようなことは致しません」
「じゃあ、お任せします。荷物はどうすればいいんだろう?」
「手ぶらで結構です。お衣装は運んでおきますので、身の回りの物のみ、ご持参いただき、贈り物は当方がクルコフ子爵家に運んでおきます。事前に嫁の家で、贈り物がどのようなものが来るのか品定めをするのですよ。なに、胡椒の木を10本だけでも、見る者が見れば、顎が外れるくらい驚きますが」
「では、お願いします」
話が終わって、周りを見ると、サラさんとリーナさんは上気した顔をしていて、ネストルとオレグはやれやれという顔をしている。そうだろうね、男の方は持ってりゃそれでもいいし、貸衣装でもいいんだけど、女の方はねぇ作らないといけないんだろうな、必要条件なんだろうよ、きっと。
確か、高校生のとき、兄貴の子どもが幼稚園を卒園する式で、兄貴の着る服はタンスにしまってある一張羅のスーツだったけど、嫁さんの方は「新しい服を着ていかないと恥ずかしくて行けない」という、まことしやかな理論で、嫁さんと子どもの服の購入ツアーに兄貴が連れられていってたな。男は有る物、着てればいいんだよ、な。女性はいくつになっても、そんなわけにはいきません!!おまけに小学校の入学式も兄貴は卒園式のスーツを着たけど、嫁さんは違う服を買っていたし。
後は、用意すべてネストルとサラさんに放り投げて、任せた。錬金術が使えれば、気の利いたアクセサリーを作ったりもするんだろうけど、そういうこともできないし。オレにできるのは、ノンをフォローすることくらいだし。
ノンが不憫なんだけど、周りに言わせりゃ「当たり前のこと」だろうということで、「何もする必要はない」と言うんだけど(サラさん、リーナさんも言うし)、なんとなく割り切れない気の小さいオレがいるわけで。何か買ってやろうかと思っても、この村にいる限りは、着飾ったりおしゃれしたりすることもないし。
「一つ、よろしいでしょうか?」
とロマノウ商会のジョアン支店長。
「はい、何でもどうぞ」
「カタリナ様がマモル様とご結婚されるということは、タチバナ村で生活されるということだと思いますが、どこにお住まいになるのでしょうか」
え、みんながオレの顔を見る。
「え、今の家じゃダメなの?」
「「「「ダメに決まってます!!!!」」」」
はい、新築します。半年でなんとか間に合わせましょうよ、トホホ。




