コーヒーを飲ませてもらい、そして
「ゴダイ帝国の医療総監......」
「そうだ。これは私がこの国を出るまで、あと10日ほど内緒にしておいてくれないか。マモルくんが私と同じ『降り人』ということで信用して言うんだが」
「......秘密にします。しかし、ゴダイ帝国の人がナゼここに?」
「それはザーイにコーヒー豆を買いに来たのさ」
「コーヒー豆、ですか!!!!」
思わず、大声を出して立ち上がってしまった。周りの注目を集めてしまって、ちょっと恥ずかしいです。
「すみません、失礼しました」
「あははは、マモルくんもコーヒーが好きかい?」
「はい。この世界に来て一度だけ飲みましたが、前の世界では1日に数杯飲んでました。あーーーーーコーヒー飲みたいなぁぁぁぁぁ」
「そんなにコーヒーが飲みたいかい?」
「はい、この世界に来てからは、目の前にないので意識してなかったのですが、今、今ですよ、思い出してみれば、前の世界では中毒みたいに飲んでました。今、話を聞いて思い出して、余計に飲みたくなりました。あーーー時間があれば、コーヒー豆を買いに行きたいなぁ」
「そうかい、それならここで飲ませてあげようか。ちょっと、どこか広いテーブルのある場所はあるかな?」
と言われるけど、この町は前に一度来たことがあるだけで、そんな知ってるわけでもないので、唯一知っているリファール商会本店に行った。
門番はオレの顔を知ってたけど、後ろの巨人・グラフさんを見て、ギョッとしたけど、なんとか中に入れてくれた。中に入ったけど、巨人2人(成人男性の身長はせいぜい160㎝くらいが平均の世界に、175㎝のオレと190㎝近いグラフさんが揃えば、それは壮観でしょ?)が入ってきたので、騒然としている。店の人に、会頭か奥さんか、娘のカタリナさんがいないか聞いてみると、奥から会頭夫人のハンナさんが、何事か?と出てきた。もちろん、ハンナさんも目を見張って驚いています。あ、フリーズしましたね。
ハンナさんに訳を話して部屋を貸してもらえないかとお願いすると、ハンナさんは
「そのようなことでしたら、ここでやってくださいませ!」
と言い出した。え、ここって店のロビーですよ?広いとは言え、商売物も置いてあるし、そこで商談もしているし、来客もありますが?目立つことこの上もないですが、どうするんですか?と思っているとハンナさんが指図して、店の一角が片付けられ、テーブルにテーブルクロスが掛けられた。ここでやれって言われてますね?とグラフさんと顔を見合わせていたら、
「マモル様、ここでどうぞ。必要なものがございましたら、おっしゃってくださいませ。私も見てみたいので、是非お願い致します」
と言われる。店中の注目を浴びている。外からガラス越しにオレたちを見ている人もいる。いわゆる客寄せパンダ状態です。
「グラフさん、ここでできますか?お湯やカップが必要なのでしょうか?お店にお願いしましょうか?」
と言うと、グラフさんはイヤイヤと首を振って、鞄の中に手を入れ、まず湯気のたったポットを取り出し、テーブルに置いた。次にカップ、そしてなんとコーヒーミル、ネルドリップまで出てきた。最後にコーヒー豆の入った袋が登場した。
これは良い!!まさかここまで本格的だなんて予想しなかった。
それに文字通り、魔法の鞄だわ。要は4次元ポケットを見せないように、鞄に見せかけているのか。これは真似しよう、すぐに。
お店にいた人は、小さい鞄から、次から次へと物が出てくるので、口をあんぐりしている。それは驚くよね、4次元ポケットを持ってるオレだって、びっくりしたもの。オレのはこんなに入らないわ、こんなに入るなんて異世界ノベルだけの話かドラえもんだけかと思ってた。
衆人環視の中、グラフさんは豆を挽き、カップを温め、ドリップして、入れてくれた。店の中にコーヒーの芳しい香りが広がる。これだこれ!懐かしいコーヒーの香りだよ♪懐かしい、転移してから生きることに一生懸命で忘れていた、この香り。
グラフさんが丁寧に、本当に丁寧に入れてくれたコーヒーのカップを手に持ち、匂いを嗅ぎ、一口、口に含む。この味わい、懐かしい、鼻に香りが抜ける。舌の上で転がして味わう。前の世界にいたときは、こんな飲み方なんてしたことは一度もなかったけど、本当に美味しい。涙が頬を伝うのが感じられた。この世界に来て、初めて前の世界と同じ物を口にしたんだ。グラフさん、本当にありがとうございます。涙が止まらないや。
涙のにじんだ目でグラフさんを見ると、ニコニコ笑ってる。この気持ち、分かってくれるのって、やっぱり同じ『降り人』だけなんだろうな。今度、ブラウンさんにも飲ませてあげたい。グラフさんとガッチリ握手をする!この貸しはデカいなぁ!!
たくさんの人が見ているけど、コーヒーはオレとグラフさんと、場所を借りたお代としてハンナさんに1杯の計3杯で終わりだそうで、飲めなかった人のため息が聞こえた。たぶん、コーヒー豆はすごく高価なものなんだろうから、ハンナさんもゆっくり味わっている。
「私も仕事柄、コーヒーを飲むことがあるのですが、こんなに美味しいコーヒーは初めてですわ!」
とハンナさんがほっぺを手で押さえながら、感嘆する。確かにそうです、オレもそう思います。
そしたらグラフさんが、
「そうでしょう。これは私が考え抜き、豆から選んだ厳選ブレンドなのです。はるばるザーイにまで豆を買いに来て、豆を現地で選びに選んで、やっと実現した味なのですから」
ホーッという声が聞こえる。ゴダイ帝国からわざわざ買いに行って、ブレンドしてさせているんですか。
そこへ、ペドロ会頭が帰って来られました。
グラフさんに驚く様子もなく、いや驚いたけど、外に表さずというところかな?
「これは何をしていると思ったら、マモル様ではないですか?それにこの匂いはコーヒーですね、それもかなり上等な。是非、私に1杯頂けませんか?」
さすがにグラフさんは首を振って、
「申し訳ないのですが、これで終わりなのですよ。これ以上、出すと私の分がなくなるのです」
と言ったら、ハンナさんが自分のカップを差し出し
「あなた、まだここに私の分が少し残っているから、これを飲めばどうですか?」
「そうか。それをもらおうか?おぅ、これは旨いな。絶品だ、これまで飲んだ中で一番旨いな」
とこれまた絶賛。会頭と会頭夫人の2人が言うくらいだから間違いないでしょう。それで会頭が商売っけを出して
「申し訳ありませんが、もう1杯頂けませんか?その代わり、その分の豆を私が購入し、お宅にお届けしましょう!!」
「うーーーん、それは魅力的ですが、ちょっと簡単にハイと言えませんね。詳しい話をするなら場所を替えませんか?」
とグラフさんが言うので、いったんこの場は閉めて、夕食の席で話をすることになりました。はい、カップは『Clean』してお返ししました。
夕食は、なんでもこの町で一番の高級なお店ということで、見たことないようなお店の個室です。グラフさんの立場が立場なので、ペドロ会頭とオレの3人だけです。ハンナさんがゴネたらしいけど、そこは商売上の秘密案件ということで、ご遠慮してもらった。どこが商売上よ!!って、ハンナさんが怒ってましたけど。
しかし高級店というのはスゴいね!設備、料理、給仕する男女、服装、などなどいちいち高そうな物ばかりなんだから。美味しくて当たり前で、お客様をいかにもてなして、満足してもらうにはどうしたらいいか、ということが徹底してます。
それはともかく、まずペドロ会頭はグラフさんの魔法の鞄に食いついた。鞄を売ってくれないだろうか、どれだけでも金を出すから、と言うけど、予想通り鞄はギミックで鞄自体はどれだけでも売りますよ、と言ったらひどくガッカリしてますけど。オレもさっき、リファール商会で小さい肩掛け鞄を買いましたよ♪これで、それらしく見えますもん。
4次元ポケットはオレも持ってるけど、グラフさんの様に物がいっぱい入るわけでないので、使い方について聞いてみると、意外と簡単に教えてもらえた。
グラフさんの4次元ポケットもオレと同じで、最初はほとんど物が入らなかったけど、物が入っている感じに馴れるに従って、だんだん容量が増えるんだそうだ。この感触がイヤで、物をいれないでいると、いつまでも広がらないらしい。折りたたまれた袋みたいな感じで、物を押し込んでいくと、少しずつ折りたたまれた部分が広がって行き、容量が増えていくと解説される。ただ、この感覚はグラフさんのもので、オレに通用するかどうかは、人それぞれとのこと。『降り人』の中でも、4次元ポケットを持っている人に会ったのは、初めてだそうだし。
だから、最初は口いっぱいに食べ物を頬張っている感じがあるかも知れないけど、少しずつかみ砕いてく感じで、馴れていけば少しずつ容量が増えるからね、と言われた。
グラフさんのポケットはさっき見せてもらったように、暖かいものを暖かいまま保管しておけるけど、それがオレのポケットも同じ機能が付いているかどうかは分からないということだ。ま、今のオレのポケットには、神剣以外は短剣と投擲用の石ころ数個とお金しか入ってないし。少し前までシュールストレミングの入った小瓶を入れていたけど。シュールストレミングと一緒にポケットに入れておくと、臭いが移るんじゃないかと心配してたんですよ。結局問題なかったけど。
グラフさんから、オレがこの世界に来て、何年経つのかと聞かれて2年ほどです、と答えるとグラフさんが
「私は28才のときに転移して、もう10年ほどいるでしょう。40才で死んでしまうなら、もう少ししか生きられませんが」
と言われる。やっぱり、転移してくるとき40才までと言われているんだ。それを聞いたペドロ会頭が
「申し訳ありません。転移されるとき、40才までしか生きられないと、誰かから告げられるのでしょうか?」
と聞いてきたので、2人で
「「はい、そうです」」
とハモりました。
グラフさんは初めはどこから来たのかはペドロ会頭にははっきり言わなかったが、話をするうちにゴダイ帝国というのはニュアンスで分かったようだ。何の仕事というのは詳しく聞いてはいけないと言われていたが、厚生大臣のようなものらしい。
グラフさんによると『降り人』というのは、結構いるらしい。ゴダイ帝国の中でも年に2,3人いるとのこと。人種は雑多なようで、元の世界の生きていた年代もバラバラなようだ。ただ問題は、転移して生きて行く精神力と生活能力があるかどうかがポイントらしい。そして、転移する前の文明が高度になるにつれ、適合できず生きていけなくなるらしい。
前の世界で生活していた環境とあまりに違うとショックを受け、それだけでダメになる人もいるとか。ウォシュレットのある生活から、葉っぱでおけつを拭く生活に変わって生きて行け、と言われて対応できるかって、ねぇ。おまけに、おけつを拭いていい葉っぱと悪い葉っぱがあるんだし。悪い葉っぱだと、おけつが腫れたりブツブツできたりするんだから。環境適応力の問題だよなぁ。
日本でデスクワークでいくら有能な人でも、こっちじゃ何もできないだろう、手に職を持ってないと、役立たずの穀潰しって思われて、すぐに死んじゃうわね。現代日本の知識を持ってても、この世界じゃ、なんの役にも立たないってオレは痛感したもん。オレはたまたま、オフクロに仕込まれた家庭菜園と兼業農家の知識があったから、まだやってこれた。大学農学部の知識なんてまったくと言っていいほど役にたってない。
降りた場所で、受け入れ側の人たちが、その人をどう見るのかによっても生存可能性がすごく変わってくるんだろう。もし、普通の女の人が田舎の村に降りたら生きていけないだろう。最初から特別な力を示せなければ、周りの人が『降り人』に価値を見てくれないと、生きていけるわけがないよね。
だから、ヤロスラフ王国にも実際はもっとたくさんの人が降りてきているのかもしれないが、多くの人が死んでしまってるんだろうと思った。オレの考えていることが分かったかのようにグラフさんが言った。
「それで私は考えたのです。少しでも多く、降りた人を集めようと。そのために、国中に情報網を広げて、どんな人でも降りてきたら、私の所に連れて来るように組織を作ったのです。
ただ正直言って、降りてくる人で本当に役に立つ人は10人に1人という所でしょうか?文系の人が降りてきても、我々のように国を作っていこうとするとあまり役に立たず、理系の人の方が役に立つことの方が多いのです。ですからマモルさんのような方がうちに降りて来て欲しかったのですがね。残念です」
「あーーそれは仕方ないですよね。私の知っている『降り人』の1人の織田信忠様は私の世界では、歴史上有名な方だったんです」
「どうもそのようですね。私の国でもオダ様は有名です。とても有能な領主であると、ね。あの人がもっと大きな権力を持たれなくて帝国には幸いでした。ただ、日本人の『降り人』には変な人がいるのです」
「変な人ですか?」
変な日本人?やっぱり19世紀のドイツ人から見て、日本人はおかしいのだろうか?オレは自分が変でない、という自信はないし。変人、という方が合ってるような?




