イズ公爵様と狩りに行きます...強制です。
宿泊予定の村には思いのほか早く着いた。
公爵様の泊まる宿というのはないので、ランクの下がる宿に泊まるより自前の豪勢なテントに泊まったほうがマシ、ということのようで、お付きの人たちが一生懸命宿泊の準備をしておられる。オレは公爵様とはさすがに違うテントということで、宿屋でもいいです、と言ったら、粗末な宿しかないけれど、ということで泊めてもらえた。だって、イレギュラーに行列に加わったのだから、テントまでは用意してなかったようだし、1人分でも準備するのが減れば楽になるということらしい。
それなのに夕食前にイズ公爵様に呼ばれた。
「マモル、狩りに行くぞ」
「え、今から狩りに行くのですか?」
「そうだ。聞いたところによると、ポペ村だったか?夕食の食材が足りないと聞いて、狩りに出て野牛を仕留めて来たそうではないか?それも、はるか遠くにいた牛を呼び寄せて、1人で3頭倒したというではないか?それを見せてくれるだけで良いのだぞ?」
「公爵様、あれはたまたま野牛がいただけで、必ず獲物が狩れるというわけではございませんよ?」
「そうなのか?確か、ロマノウ商会の会頭がタチバナ村に行ったときも、馳走すると言って狩りに行ったと聞いたが、おったぞ。それは真実であろうが」
何その地獄耳。
「はい、確かにその通りです......」
「では行くぞ。皆の者、付いて参れ」
「「「「「はい!!」」」」」
ということでイズ公爵様ご一同と狩りに行くことになりました。
「伯爵様、狩りと言っても必ず何か狩れるとは限らないのですが......」
「そうなのか、ロマノウ商会のセルジュの話では、鹿と言ったら鹿が獲れると聞いたぞ?」
「それはたまたまの話で、森の中には熊や狼みたいな食べても美味しくないものだっていますし。森の中には何がいるか分からないから、希望通りにいかないのがあたりまえです。ロマノウ商会の会頭さんは本当に運が良かったのですよ」
「そうか。それなら、私の希望を言うと虎だな。生きている虎を見てみたいものだ」
と公爵様が言うと、お付きの人たちも
「そうですね。虎は滅多に現れないし、毛皮の敷物しか見たことがありません」
とフラグを高くする。
「私も一度見てみたいと思っていました」
と別のお付きの人が、さらに高くフラグを上げる人もいるし、これは釘をささないといけないぞ。
「しかし、ここに虎が出てきたら、みなさん、どうするんですか?自分の身は自分で守ってもらわないと、そこまで私が面倒見れません。せいぜい公爵様だけをお守りできるくらいですからね!」
それなのに公爵様が言う。
「いや、マモルがいると、ナゼか獣たちはマモルを狙ってやってくるそうだから、安心してみていられると聞いたぞ?」
「アア、ソウデスカ」
良く知っておられることで。
町を出て10分も歩くと森の端に到着する。獲物を持ち帰る気が満々だったので、荷馬車を引いてきていたが、森の中までは入れないので、荷馬車は置いて歩いて入る。こういう状況では、必ず何かと遭遇する。連れの社会的な地位や評価で出てくる獣のランクが上がるような気がするんだけど?
そう考えながら、進むと森の奥で音がして、その方向を見ると爛々と光る二つの目が見えた。
「止まってください。奥に何かいます」
「お、獣か?」
「申し訳ありませんが、黙っていてもらえますか?」
「分かった、皆の者、しばらく黙っているように」
オレの存在が向こうのレーダーに感知されたようで、二つの目がこちらに近づいて来る。かなりデカいが、目の数は増えてないようなので、1頭だけか。もしかして、やっぱり虎か?出て来なくていいのに、来るのか?また、伝説が膨らむのか?
「公爵様、向こうから何かやってきます。みなさんと一緒にいると、私は戦えませんし、獣がみなさんの所に行かないようにヘイトを稼いで、少し離れますので、最悪のとき、皆さんで公爵様をお守りください」
「分かった。マモル、行け」
と言われて、オレは剣を抜き、獣の方に進む。あの爛々と光る目の大きさ、頭の高さ、躍動感のある歩き方、熊じゃないよな、たぶん虎だろう。おっとデカい、デカいぞ!?何だ、これは。頭の大きさが一抱えできないくらいじゃないのか?こんなに育つものか?
ゆっくりゆっくり近づく。やっぱ、虎かぁ。でかいのなんのって。うなり声が尋常じゃない大きさで、辺り一面に響くようなもので、小動物なんかみんないなくなりましたよ。森の食物連鎖の頂点にいるんでしょうね。森の皇帝という感じです。
それで結局、1人で戦い、倒しましたとも。飛びかかってきたとき、下から斬り上げるように首筋に一閃して、いつも通り血を浴びて、真っ赤になりながらですけど。
公爵様はともかく、お付きの人たちは虎を見たとき、びびっていたくせに、オレが倒した後、虎に近寄ってきて、もっと近くで見たかっただの、オレが血を浴びすぎているだの、やれ首が大きく切れて毛皮の質が落ちているだの、言いやがる。それなら、オレが蘇生魔法で生き返らせますから、あなたたちが戦いますか?と言ったら黙ったけど、代わりに公爵さまが「できるのか?」と聞いてくるし、ええ、そんなことできません、言っただけですけど。
公爵様は、ブラウンさん夫妻の治療現場に立ち会ったことがあって(そんなとこ見に行くんだね)、切断しかけた腕や脚を繋いだり、腹の裂けた人を治したりするのを見て、オレなら蘇生もできるかも知れないと思ったんだそうで。否定したんですが、半信半疑のようです。思うに、蘇生したらオレが死んじゃう、くらいのものじゃないでしょうか?オレが命をかけて、蘇らせる人っているのかしら?
さて虎を倒したのはいいけど、それで終わりだったら命を粗末にしただけなので、どうするのかと思ったら、解体できる人が4人いたので、その方たちがサクサク虎の開きを作ってくれた。公爵が狩りに行く、と言った時点で獲物を解体する人が同行することは、決定項目なんだそうで、言われてみればそうですね。
一見すると肉がいっぱい付いていそうな虎だったけど、実は痩せてたみたいでした。解体して肉を食べないのは心苦しいけど、血だらけの毛皮を担いで森の外に出ました。荷車に毛皮を載せたら、みんなに『Clean』掛けたら感謝されましたね。
荷車引いて、町に戻るといつも通り驚かれたのだけど、非常に感謝された。というのは、最近、森に虎が居ついて人を襲うようになってきていたそうな。割と安全な森と認識していたのに、急に警戒度が上がり、森に行けなくなって困っていたそうで。それはなによりでした。それを知ってて公爵様はオレを連れて行った?
次の日も公爵様と一緒に2人きりで馬車の中です。昨日1日一緒にいて、あれやこれやと話をしたから、当然ながら話すことがもうないし。公爵様が居眠りしても、騎士爵のオレが寝てはいけないという不文律があるから。
それで仕方なく、夕べ夜なべして作った、8×8マスの表が白で裏が黒のコマという、異世界ノベルの定番のリバーシというか、オレはオセロという呼び方の方がなじみがあるんだけど、取り出しました。さすがに、コマを丸く加工するところまではできないので、四角のマス目の大きさより少し小さい四角の片方は黒く〇を書いて、反対は木目そのままという簡易仕上げのコマです。ええ、村雨くんに活躍してもらいましたよ。夕べ、一生懸命、神剣・村雨くんを使って板を斬った、いや切ったんです。虎を斬って、板を切る、万能工具というのでしょうか?
それはともかく、公爵様とやりました、ずっと。思い通り、ハマって頂きました。ただ、問題があって、たまに馬車が揺れて、盤がひっくり返ったりするんです。そうすると、勝負がチャラになるんです。公爵様が「私は優勢か?」と勘違いしている局面だったりすると、すごく怒られるんですが、それもご愛敬でして。最初は64対ゼロとか60対4とかが続いたんですが、10回もすると56対8とか52対12くらいになってきて、公爵様ご自身も腕が上がってきていると感じてこられて、よりのめり込むわけで。
え?王族の公爵様に勝負で勝って良いのかって?それは、もう最初に宣言しましたから。「これは遊びですから、こんなことの勝ち負けに世俗の地位を云々してはいけません。もし、私に対して、忖度を発揮せよ、と言われるなら、ポペ村のサトウキビをみんな枯らしますから!」と宣言しました。
公爵様に対し、そのような不遜なことを言う不敬な者は、オレしかいないようで新鮮な対応だったようですが。ま、とにかく馬車に乗っている間はずっとオセロを続けました。結局、ブカヒンの町に着くまでオセロばかりして過ごしました。お付きの人からは、大いに感謝されました。公爵様が馬車の移動でこんなに静かに過ごされることは、滅多にないそうで。
でも、途中雨が降っても、行列は進むんです。オレはいいですよ、馬車の中だから。でもお付きの人たちは雨の中でも、雨合羽のようなものを着て、濡れ鼠になりながら進むんです。大変ですね、江戸時代の大名行列も、こんなんだったのだろうか?でも、領都の公爵の机の上に処理を待ってる書類が山のように積まれていますから、多少の雨でも進むんだそうです。
公爵様に、雨を除ける呪文はないのか?と聞かれたので、申し訳ありませんが知りません、と答えて、馬車の中が暗いので『Light』と唱えて明るくするだけでした。
天気予報のできる人間をルーシ王国に残してきましたね。今頃どうしているだろう?
ブカヒンに着いてお別れするとき、公爵様から
「マモルはなんとか、私の元に来ることはできないか?弟に話をするぞ?」
と言われたので、
「たぶん、公爵様が頼まれると、かえって意固地になって私を離されないと思いますが、いかがでしょうか?」
と返事するのだけど、オレもできるものなら村ごと、イズ公爵領のどこかに移転したいと思う、切実に。でも、信忠様に騎士爵を頂いた以上、オレがどうすることもできないし、イズ公爵様にしても引き抜くことはできない。そう考えていると公爵様が、
「マモルよ、もしオマエが私の元に来ても良いと思っているなら、心に留めておいて欲しい。
オマエが私の元に来るには、弟から騎士爵を解かれ平民になることが必要だ。しかし、あいつはきっと、そんなことはしないだろう。それならば、誰か他の者に騎士爵を解いてもらえば良い。オマエの上の者で、解任したりすることのできる、権限を持っている者がな。
例えば、王なのだが、それはあり得ないだろう。ありそうなことを考えると、ゴダイ帝国と戦いが起き、弟の領で軍が編成されたとき、総指揮官が弟以外で全権委任された者ならオマエを解任できる。ただし、それは弟に恨みを買うことになるのだが、それを分かっていてやってくれる者がいればな。可能性はゼロに近いが、覚えておいてくれ」
と言われた。
難しい。そんなことがあると思えないが。とにかく、公爵様の行列を見送って、お別れした。オセロ盤はそのままお渡しした。たぶん、お付きの誰かが、相手するんだろうけど、がんばってね。
ブカヒンの町郊外にある港からタチバナ村に行く船は明後日ということで、骨休めをしてます。なんと言っても、公爵様と丸4日一緒だったんですよ!!雨雲立ちこめる空が、スカッとした青空になったような気分です。
まだ日も高いし宿だけキープして、夕食には、まだ早いので町の大通りをブラブラ歩いてウインドーショッピングをしていると、ずっと向こうに背の高い人を見つけた。周りの人より、肩から上が見えるほど背が高い。オレも周りより顔一つ高いから、向こうもオレを見つけて、立ち止まった。
あんな背の高い人は『降り人』と思っていると、向こうもそう思ったのか、こちらに向かって歩き出した。オレも、向こうに歩き出す。こんな人通りの多い所でオレに何かしようなんで思わないだろうし、敵意が見えないし。
向こうもデカく、オレも周りに比べてデカいのですから、自然と2人の間にはモーゼの十戒の紅海横断のように、人混みが割れ、道ができた。
目の前に来ると、この人もデカい。ジョン・ブラウンさんもデカかったけど、この人もとにかくデカい。ただ肌は白く、髪の毛は銀色で、目はブルーという、オレとは違う地域の出身だってことは一目で分かる。そう思っていると、向こうから手を差し出してきた。
「やあ、初めまして、私はカール・グラフという『降り人』なんだけど、キミもきっと『降り人』でないですか?」
「そうです。初めまして、私も『降り人』のタチバナ・マモルです。日本からやってきました」
「そうか、私はプロイセン帝国から来たんですよ」
プロイセン?昔のドイツの呼び方だっけ?ということは19世紀くらいかな?
「プロイセン帝国からですか。私は2020年の日本から来ました」
「2020年!?」
「はい、そうです。2020年です」
「参ったな、私は1870年なんだ。150年も違うのか、なんてことだ」
と肩をすくめてみせる。ドイツ人というのは、もっと謹厳実直な人と思っていたけれど、案外そうでないのかも知れない。
「日本人と言ったら、清の東の島国じゃないかい?たしか、ビスマルク閣下が関心を持っておられると新聞で読んだような記憶があるけど?」
清?そうか清。1870年頃は明治維新が終わった直後か?日本って極東の小国って認識かしら?もしかしたら、清の一部とか思われていた?
「えーーーそうでしたか、確かそういうこともあったかも知れません。すみません、昔のこと過ぎて、よく知らないんです」
「そうだね、私にとっては最近のことでも、キミにとっては150年前のことだから。おっと、こんなに人だかりができてしまっている。どこか喫茶店に入って話をしようか?」
「そうですね」
オレたちの周りは、巨人を見るように人たちが見上げて、動物園の象かキリンを見るような感じになっている。
そそくさと2人で店に入ろうとしたけれど、適当な店がなく、仕方なく広場の噴水の縁に腰を下ろす。
いろいろ聞きたいことがあるけれど、考えていたら、グラフさんが聞いてきた。
「マモルくんは東洋人にしては背が高いね?」
「そうですね。たぶん、グラフさんの時代の日本人は、この世界の人と同じくらいの身長だったと思うのですが、私の世界では私くらいの身長は多いです。食糧事情が良くなり、身長が伸びたんですよ」
「そうなのかい。150年も経てば、変わるものだね」
「そうですね。グラフさんはどうして、この世界にこられたのですか?」
「私かい?私は、わがプロイセン帝国がフランスと戦争をしたとき、従軍医師として参戦していたのだけど、ヴァイセンブルグの戦いで戦死したらしいんだよ。その時に神に拾われて転移したんだ。その後、プロイセン帝国がフランスに勝利して、統一ドイツ帝国が成立したと聞いているが、それを見ることができなくて、本当に残念だがね」
「え、死なれた後の歴史を知っておられるのですか?」
「そうだよ。『降り人』は結構いるじゃないか?私の少し後の1890年代のプロイセン帝国から転移した者がいてね、教えてくれたんだよ。『降り人』はいろいろな国や年代の人がいるから、聞けば教えてくれるし。ただ、マモルくんのような150年も後の人は初めてだけどね」
「そうですか、『降り人』は珍しくないのですか......」
「そうだけど、知らなかったのかい?」
「いえ、確かに先日ヘルソンの町の近くでブラウンさんという、アメリカ合衆国から転移されたご夫婦に会いました」
「あぁ、その話は私も聞いたよ。医者なんだってね。私も医者だったから興味があったから、会いたかったけど、いきなり行って会えるようなものではなくて、会えなかったんだ」
「そうなんですか。ブラウンさんは1960年頃から転移された方です」
「なんと、私の90年後か。いや、90年間にどれだけ医療が進歩しているのか、教えて欲しかったなぁ!!会えるものなら、是非会いたいものだな」
「そうですか?私が一緒に行けば、会えると思いますが、行きますか?」
「そうしたいのはやまやまなんだけど、明日の馬車でユニエイトに行かないといけないんだ。残念だなぁ」
「そうですか、それは残念ですね。そもそもグラフさんは、今は何の仕事をされているのですか?」
「これは同じ『降り人』だから言うんだけど、私はゴダイ帝国で医療総監をしているんだよ」
「え?」




