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好事魔多し

 好事魔多し、とはうまいこと言ったもんだ。


 ある日、オーガ領主のギレイ様から緊急の伝書鳥便が来た。中身は

「オダ様が亡くなられた。葬儀は男爵以上が参列できるので、マモルは参列できないが、オーガに来るように」

 というものだった。

 よく、マンガで「ガーーーーン!?」という吹き出しを見るが、あれが見えたような気がした。口から魂が抜けて行くような、というのが一番近いような。立っていられなくて、腰が抜けるとはこのことかとも思った。『降り人』が40才までしか生きられないということを聞いていたから、信忠様もたぶん、この先長くは生きてはおられないだろうと思ってた。


 思えば、こんなショック受けたのは大学の就活していて、内定もらっていた会社に内定承諾書を送ってしばらくしたら、会社が倒産したというニュースを聞いて以来か。でも、あれは生死がかかっているわけでないし、他から内定もらった会社があったから、まだ余裕があった。しかし、今回の信忠様が亡くなられたという方が、よほど生死に直結していると思う。あのときは、自分1人のことだったけど、今は村のみんなの生活がかかっているし。


 ここ1年以上ほど(もっとか?時間経過が分からなくなっているので)は順調を絵に描いたような村の好調ぶりだった。

 香辛料はどんどん増産できており、当初九公一民くらいの納税量だったが(だって食料やら消耗品やら援助してもらってたからね)、出荷量が増えると七公三民になり、今は五公五民にまで改善されている。納税量は変わらないから、増産分は丸々村の取り分になるという好循環が続いており、四公六民という封建社会では夢のような状態も近いと考えていた。お陰で、ロマノウ商会がドニブロ川を使って、村から香辛料を出荷するまでに至っている。

村からドニブロ川に至る道と桟橋は、ロマノウ商会が作ってくれている。多大な投資をしてくれているが、これくらいはすぐに回収できます、とオーガ支店長のジョアンさんが豪語していた。もう、ここのタチバナ村の利益だけで支店の半分以上の利益が上がっているそうな。特にオレが作る「特製胡椒」がウハウハらしい。あれって、黒胡椒と白胡椒と塩を混ぜて、とにかく均一に微粉化するというものだけなんだけど、高級客にしか売っていない一般販売していないものだから、買いたくても買えないということで、購買した客の優越感をくすぐりプレミアが付いているらしい。


 サトウキビはリファール商会がポペの村でプランテーションを展開するということで、ロマノウ商会の船に乗せてもらって指導に行った。

 え?ロマノウ商会がイヤな顔をしなかって?それは大丈夫。ロマノウ商会はあまりタチバナ村の産物を独占してはいけないと考えていたようで、リファール商会がサトウキビを栽培するのは歓迎するという姿勢だ。ただし、タチバナ村から出荷される砂糖は独占販売するという前提で。

 リファール商会のプランテーションは最初のうちは、家庭菜園を大きくしたようなものだったけど、根が付き育つことが確認されると、5倍10倍と広げていき、あっという間に大農園ができていた。オレが行って「育て、育て」と言って、お願いして回るだけで、サトウキビがすくすく育つらしい。

 お陰で、砂糖の利益が回って、ブラウンさん夫妻の医療現場に支援できているらしい。らしい、というのは会いに行けないから。ポペに来ているのは、あくまでも私人であまり人目につくのは良くないから、領都に行っていない。


 信忠様が、この世界の人たちから、あれやこれやと褒められるのは自分のことのように嬉しかった。

 自分の置かれている位置を考えると、子爵まで上がった信忠様の努力というものは、どれほどのことだったのだろうと、思われる。信忠様と親しく話せたのはハルキフの戦いの帰り道にちょっとだけだった。もっと聞きたいことがたくさんあったのに。前の世界のこと、この世界のこと。結局、米飯を献上できなかったし、焼き魚も持って行けなかった。考えてみると、後悔ばかりが胸をよぎる。


 とにかくネストルとサラさん、バゥとミコラを呼んで、オーガに行くことを伝える。葬儀に出れないが、オーガに来いとギレイ様が言っておれらると言うことは、ギレイ様の家来としてギーブに連れて行ってもらえるかも知れないので、オレと荷物持ちでバゥを連れて行くことにした。いつもネストルばかり付いて行くので、バゥやミコラ、サラさんまでブーイングが出たからだもんで。

 早く行きたい気持ちはあるけれど、もう歩いていくのはNGで馬に乗っていかないといけないと言われ、ポクポクと馬に乗って向かった。


 夕方の日暮れの直前にやっと着き、門番に愚痴られながら中に入れてもらった。宿舎を確保し、庁舎に行くと、庁舎はてんてこ舞いでギーブに行く準備中だった。こんな中でギレイ様に取り次いでもらえるかと思いながら、お願いすると、なんとすぐに通してもらえた。

 ギレイ様の執務室はいつも通りの書類が積まれた机の奥で、ギレイ様が部下と何か打合せしておられる。オレが割り込んでいいのか?と思っていたけど、ギレイ様の方から声をかけてもらう。

「マモル、よく来たな。さっそく明日、ギーブに行くぞ。突然のことだが、これは仕方ないと思ってくれ。マモルは参列できないが、私の部下という扱いで、一緒に行くぞ。悪いがガマンしてくれ」

 と頭を下げられるけど、そんなことありません。オレの方がよほど申し訳ないと思っていますから。

「ギレイ様、ありがとうございます。本当に申し訳ございません。部下のみなさんに迷惑お掛けすると思いますが、よろしくお願いいたします。

 それで織田様は、何か事故でもあったのですか?それともご病気だったのでしょうか?突然のことなので、以前から、病気をされていたとも聞いていないような気がしたのですが」

「そうだな、はっきりしたことは分からないのだが、ご病気だったようだ。ある朝、起きてこられないので、執事が見に行くと亡くなっておられたということらしい」

 やっぱりそうか、『降り人』の40才までしか生きられない、というヤツか。これは言ってはマズいような気がする。言うとバゥなど不安に思ったりするかも知れないし。

「そうですか、突然亡くなられたのですが」

「あぁ、苦しまれた様子もないようだそうだ。とにかく、ギーブに行けば詳しいことが分かるだろう。明日の朝に、ここに来てくれ。マモルは部下ということだから、悪いがギーブまでは歩いてもらう。なに、礼服と着替えの他は何も持ってこなくていいぞ。では明日また来てくれ」

 ということで庁舎を退出した。

 宿に戻って、そのまま寝ることも考えたが、ふと思い付いてロマノウ商会オーガ支店に行くことにした。

 支店の営業は終わっており、ドアも閉まっていたが、通用口のドアをノックすると中から返事があり、名前を告げると中に入れてもらえた。


「マモル様、ようこそいらっしゃいました。必ず、私どもを訪ねていらっしゃると思っていました。さあ、中へどうぞ」

 と奥に入れられる。

「マモル様はもちろん、オダ様の葬儀に参列されるため、オーガにいらっしゃったのでしょうか?」

 と支配人から尋ねられる。

「そうです。ギレイ様に呼ばれました。何でも男爵以上でないと葬儀に参列できないと言うことで、ギレイ様の部下ということで参列できることになりました」

「そうですか、マモル様もオダ様も同じ『降り人』ですから、葬儀に参列されるのは当然のことですよね。しかし、誠に申し上げにくいのですが、ギーブでは呉々も身の回りにはご注意くださいませ」

「それは危ないことがあるかも知れない、ということでしょうか?」

「そうご理解して頂いて結構でございます。どこから聞いたとは聞かないでいただきたいのですが、あまり良くない噂を聞いております」

「誰とは言いませんが、私を嫌っておられる方がいると言うことですね?」

「その通りでございます。私の聞いた話では、マモル様だけでなくギレイ様、ヒューイ様も嫌われているということです」

「ギレイ様、ヒューイ様もですか?」

「はい、お二人とも騎士爵からオダ様の目に止まり、男爵になられ、子爵になられるのも近いだろうと言われておりました。あ、それはもちろんオダ様が侯爵になられるという前提なのですが、もう5年もしないうちに侯爵になられると噂されておりました」

「そうなんですか?」

「ええ、こんなに早く亡くなられるとは誠に残念です。オダ様がいらっしゃる限り、ハルキフ方面がゴダイ帝国に破られることは絶対にないと思われていたのですよ。ヤロスラフ王国の北の守りは万全だ、と言われておりましたよ。それくらい領民から信頼されていたので。これほど内政と軍事の両面について手腕を発揮された方というのはまずいらっしゃいますまい。私の知る限り、ヤロスラフ王国では始まって以来、初めてではないかと」

 そうなのか、それほどに評価されていたのか。


「オダ様の功績が大きすぎるのでございましょう。ご存じかと思いますが、タンネの戦いで完全な負け戦、それも壊滅的な敗戦をひっくり返して、ヤロスラフ王国が勝ったと言えるくらいにまでした戦歴。ヤロスラフ王国でもっとも貧しいと言われていたオダ領を今や、ヤロスラフ王国でもっとも富んだ領地にした内政手腕。そして、ルーシ王国からマモル様を呼んできた政治手腕。どれを見ても並ぶ者のない功績でございます。そこに養子として入られたアレクサ様にとっては、偉大すぎる義父なのでございましょう」

 そうか、皮肉なものだな。信忠様も前の世界にいた時は同じであったろうに。


「アレクサ様がオダ様に対して勝っているものがあるとすれば、血筋だけなのでございます。そして、マサル様を見るとオダ様と重なって見えるのでしょう」

「え、私が織田様と何が似ているのでしょう?」

「そうでございますよ。マモル様のハルキフの戦いの戦功、そしてタチバナ村での農業の功績、そしてハルキフ領で香辛料の木を見つけるなど、重なって見えるのですよ」

 そんなものですかね?迷惑な話ですけど。

「それで、本題でございますが、マモル様がギーブにいかれ、もし身の危険を感じられ、行き場がなくなったとき、当商会の支店かリファール商会の支店に入られることをお薦めします」

「え、それはなぜですか?」

「はい、実は商会は本店のある国や領地の持ち物と見なされているのです。ですから、当商会ですとザーイに本店がありますので、ザーイに属する物ですし、リファール商会は現国王様の四男のイズ公爵様の領地に本店がありますので、イズ公爵様の持ち物という見方になります。イズ様はアレクサ様のお兄様になりますので、どうあってもリファール商会に手を出すことはできるはずがございません。ですから、当商会よりリファール商会の方が安全かも知れません。

 これは万が一ということですので、そのようなことがないことを願うばかりですが」

「そうですか、心に留めておきます。それでギレイ様やヒューイ様も私と同じ立場なのでしょうか?」

「いや、お二人はたぶん大丈夫かと思います。お二人は元は騎士爵であり、そこから男爵に上がられておられるので、いくらなんでもそこまではされないと思います。マモル様は『降り人』とは言え、平民出身ということが問題とされていると思います」

「そうなんですか、気をつけます」

「ただ、これは私どもの見方なので外れることもありますことを、ご承知くださいませ」

「分かりました、ありがとうございます。もし、というときお世話になるかも知れません」

「はい、実は本店からの指示でして、ギーブ支店にも連絡が入っております。

 なにせ、現在タチバナ村は当商会の稼ぎ頭ですから、マモル様の安全が第一でございます!」

「分かりました」

 ということで、退出した。横でバゥが目を白黒させて聞いていたけど。

 いさ、ということを考えると、オレ一人の方が身軽に動けるので領都ギーブにはオレ1人で行くことにした。バゥ、銀貨1枚渡すから、今晩は羽を伸ばしてきていいよ、明日は1人で帰ってね。


 翌朝、庁舎前に行くとすでにギレイ様が庁舎前に出て、準備が整うのを待っておられた。挨拶に行くと、

「マモル、ご苦労だな。マモルには悪いが、目立たないように最後尾で列に付いてくれ。と言っても。マモルの背丈ではどこにいても目立つのだが」

 と言われ、広場の端っこで待つ。どれくらいで行くのだろうと思っていたら、せいぜい50人弱と言ったところだった。半分は従者(荷物持ちとか)なので、武官と文官が20人といったところか。

 さて、行列が出発したので、最後列を進む。


 明日はギーブに入るという夜にギレイ様に呼ばれた。

「マモル、明日はいよいよギーブに入る。葬儀が終わるまでは何もないと思うが気をつけてくれ」

「はい、分かりました。それで、ギーブに入りましたら、リファール商会とロマノウ商会の支店のありかを教えて頂きたいのですが?」

「なに、リファール商会とロマノウ商会か?」

 ギレイ様の目が、ギロリとオレを睨む。

「......うむ、分かった。部下を付けるので、案内させよう。とにかく気をつけてくれ」

 とだけ言われて下がった。



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