リファール商会のペドロ会頭の独り言(1)
ちょっとサイドストーリーをいれてみました。
内容は目新しいものが有るわけではないのですが。
リファール商会がタチバナ村のタチバナ様と縁を持ったのは、本当に偶然だった。
妻と娘が、オダ様の領都ギーブに行った帰り、馬車で一緒になったことが端緒だ。
本来、妻と娘の移動は商会所有の、会頭やその家族が使う専用馬車を出すのだが、そのときは行きは私と一緒だったのだが、私が急遽、王都ユニエイトの支店に行く用事ができてしまったため、妻と娘は一般の連絡馬車を使わせることにした。女2人は危ないので護衛1人を付けて。
ギーブからブカヒンへの馬車は、滅多に賊に襲われることのない、まずまず安全な街道だ。以前は、凶賊「暗闇の黒狼」が跳梁していたが、タチバナ村を襲って殲滅されたので、賊らしい賊はなくなってしまったので、護衛はなくてもいいようなものだ。
その馬車で、なんという幸運か、タチバナ様と同乗したそうだ。
最初は背の高い、平べったい凸凹の少ない顔で、黒目黒髪が珍しい、くらいの印象しかなかったそうだ。筋肉もろくについていない、棒のような身体つきで、とても好印象とは言えないものだったそうだ。後で思い起こすと、とても貴族とは見えない、みすぼらしい姿だったことも、さらに印象を悪くしていたという。金がなかったわけはなかろうと思うが、目立つことを嫌われるのは、今でもそうなので、わざとそうされていたのかも知れない。
実はタチバナ様のことは、商人の間ではかなり知られていた。
オダ様がルーシ王国の辺境の村から、タチバナ様を移り住ませて、何もない廃村の所に移民の村を作らせ、瞬く間に胡椒の一大産地を作り上げた。胡椒だけにとどまらず、クローブや唐辛子などの栽培も始まり、納税分を除いた分はロマノウ商会が一手に扱い、莫大な利益を上げているという、商人にとっては信じられない、夢のような話の作り手。
どうしてロマノウ商会がタチバナ様とつながりができていたのか?商売仲間では不思議がられていたが、ロマノウ商会の会頭が言うには「タチバナ様がルーシ王国にいらっしゃった時に面識があった。タチバナ村を立ち上げられた時から注目していた」ということで、その先見の明には、とても私の及ぶ所ではないと、商会仲間達と嘆いたものだった。
ブカヒンに向かう途中の道筋で、野生の牛の大群が道をまたいで遮っていたとき、若い貴族の男が、牛を追う狼の群れに対して光る魔法の矢を投げ、狼の首領を仕留めたそうだ。それを見たとき、若い貴族の男の外観に見とれ、「このような貴族の方に娘を嫁がせたい」と思ったと妻は思ったそうな。ちなみに、タチバナ様は着ているモノも粗末で風采も上がらない外見だったから、娘の相手とは露とも思わなかったと言う。
しかし、その夜の宿泊地で、事件が起きた。
夜になり外が騒がしいので、妻と娘が外に出たところ、広場で昼間の若い貴族とタチバナ様が、距離を取って何か言い合っているようだった。2人を囲んで、村人と旅客が見守っていて、近くの人に何が起きているのか聞いたところ、今から決闘するらしいと。若い貴族がタチバナ様に対して、決闘を申し込んだらしい、ということだった。
若い貴族は昼間に見た光の矢を出し、タチバナ様に投げる!!
誰もがタチバナ様が射殺される、と思ったらしい。2人とも思わず目をつぶって、開けたときはタチバナ様が手に剣を持ち、若い貴族の方に走っているところだったという。貴族が次から次へと矢を投げるが、タチバナ様が剣を振るい、何かをして矢を消しているうち、バタリと貴族が倒れ、決闘が終わった。
見ていた人たちは、しばらくザワザワとしていたが、「若い貴族の方は、どうも魔力切れで死んだらしい」と言うことが伝わってきて、だんだんと人が少なくなったので宿に戻ったけれど、生まれて初めて見た決闘に興奮して、2人とも明け方近くまで眠れなかったそうだ。
次の日はさっそく、タチバナ様に決闘の話を聞くのだけど、タチバナ様は面倒なのか眠いのか、あまりいい感じで話をしてくれない。ただでさえ、眠そうな目が、より一層眠そうに見えて、私はともかく、娘のカタリナに興味がないのかしら?と妻は思ったという。若い娘に一生懸命話しかけられているのに、今ひとつだったし。
親の私が言うのもなんだが、娘のカタリナは誰が見ても可愛いと言われるほどの器量好しで、娘が笑うとまるで花が咲いたようになるのだが、娘に話しかけられて、反応が悪いなんて考えられないのだが。
それはともかく、あまり話が弾まない中、リファール商会のことがチラッと出た途端、マモル様の従者の男が反応して、タチバナ様のことを滔々と語り出したそうだ。
タチバナ様が、ハルキフの戦いの英雄であり、ゴダイ帝国との国防戦で活躍し戦功を挙げられたとか、タチバナ様が逃げる敵の前に立ちふさがり、100人以上の敵兵と司令官までをも人質にしたという話。
タチバナ様が開拓したタチバナ村に襲来した、凶賊の「暗闇の黒狼」を村の女に武器を持たせ、どのようにして殲滅したのか、と語ってくれたという。
、妻と娘は、この話を聞いてこの人こそ「是非、娘(私)の結婚相手になってもらえないものか?」と思ったと言う。女というものは、あっという間に人の評価を反対に変えるものだと感心するが黙っておこう。
しかし、そのときはまだ、私が商売人としてタチバナ様に注目し、何とかしてつながりを持ちたいと思っていたことは、2人とも露ほど知りもしなかったそうだ。
しかし、妻と娘は半ば強引にタチバナ様にブカヒンの本店に来て頂き、私と夕食をご一緒して頂くという大金星を上げてくれたのだ!!!!
初めてお会いしたタチバナ様は、噂通り少し眠そうな、一重まぶたであまり表情が動かない、悪く言えば何を考えているのか、分からない方という印象だった。
しかし、ロマノウ商会の会頭は、この外見にとらわれず、大いなる可能性を見たのだ。商人の鑑と言える確かな目だ。私が予備知識なく、タチバナ様に会ったとき、そこまで見抜くことができるだろうか?私はまだまだロマノウ商会の会頭セルジュ氏に及ばないと感じる。
タチバナ様と話をしてみると、仕事ができる人間にありがちな、自分を大きく見せようとしない謙虚な態度、そして聞いたことは、聞いた以上の内容が返ってくる、そして底知れぬ知識量。この人となんとしても、つながりを繋げなくては!この、転がり込んできた幸運を、確実なものとしないといけないと強く誓った。もし、娘を差し出せと言われるなら、差し出してもいい、と思わせるくらい商売人としての勘が訴えている。
それなのに、何も要求されることなく、淡々と食事が進んで行く。思い切って、当商会を使ってくれないか?とお願いしてみた。タチバナ様がロマノウ商会と蜜月状態にあり、ロマノウ商会と共に富を築いておられるのは知っている。その百分の一で良いから、わが商会にも恩恵をいただけないかと、お願いする。
すると意外なことに
「いいですよ。元々、ロマノウ商会だけと付き合うつもりはなかったし」
ということを言われる。タチバナ様の頭の中では、複数の商会と付き合い、兼ね合いを見ながら使って行くつもりだったそうだ。これは怖ろしい。まだ若い方なのだが、利益が薄くなろうと、商会を使い分けるという考え方をされるのは、なかなかのものだ。
ただ、当商会に扱わせる商品をすぐには提案して頂けず、ザーイの帰りにもう一度寄っていただき打ち会わせることにした。このときは、暗闇の中に、希望の光を見つけた気がした。
次の日、タチバナ様を紹介の店の馬車に乗せ、ヘルソンに送る途中、奇跡が起きた。
ヘルソンの目の前で『降り人』が2人現れたのだ。タチバナ様の来た世界と近いようで、しかし外見は黒く怖ろしく背の高い男女が降りて来たそうだ。馬車の者たちは2人が怖くて話ができなかったが、タチバナ様が気軽に話しかけ、タチバナ様の希望でヘルソンに連れていかれた。
そのまま、当商会のヘルソン支店に連れて行かれ、『降り人』が現れたという話を聞かれたヘルソン領主のイズ公爵様に呼ばれて、そのまま『降り人』の2人は商会預かりとなって、医療の事業支援をイズ公爵様のお声掛かりで進めることになったのだ。
イズ公爵様は、現国王様の4男であるから、皇太子がおられるものの王位継承権を持っておられる。それに、若いにもかかわらず、才能は王子の中で一番と言われ、実際にヘルソンの領主に就かれてから、次々と改革を進められ、成果が上がっている。
その公爵様から、直々にうちの支店長が声を掛けていただき、指示を頂いた。天上の方から、直接つながりを頂くという幸運を掴んだのだ!!!!
そして、ザーイでタチバナ様に会ったとき、商会でサトウキビの栽培と砂糖生産を提案される。聞けば、すでにタチバナ村で砂糖を生産されていると言う。なんということだ、胡椒だけでなく砂糖まで生産されているというのは。
ロマノウ商会に断りなく、リファール商会で扱って良いのか聞くと、すでにロマノウ商会の了解は取ってあるという。しかも、砂糖産業として利益が上がるようになったら、『降り人』の医療事業に利益を使えば良く、タチバナ様に利益を還元しなくていいという、欲のなさ。この人の頭はどうなっているのか、砂糖などという莫大な利益を生む黄金の雌鶏を人に渡して、金の卵はいらず、人に渡すというのは理解できない。
とにかく、タチバナ村に人をやって、サトウキビの栽培方法と砂糖製造方法を学んでこさせようと、決断した。
砂糖産業の波及効果は大きかった。
一応、タチバナ様から言われた内容をブカヒンの領主のクルコフ子爵様に話を報告したところ、3日後にイズ公爵様に呼び出された。
もちろん、イズ公爵様は並々ならぬ関心を示され、その場でポペ村の郊外に試験農場を作らせるよう、部下に指示を出される。そして、タチバナ様が陸路でブカヒンに来なくて済むよう、ブカヒンとタチバナ村の間に船便の就航の手配をされた。これは収益度外視の定期便ということで、決定した(これは後に、ロマノウ商会から運航の提案があり了承された)。
これにより、リファール商会はイズ公爵様の覚えめでたく、今後なんとしてもタチバナ様を取り込むよう、直々に依頼が出された。私までが、公爵様の面前でお話することができたのだ!!
王位継承権を持たれる方が、一介の商人に直接会われ、話を聞かれるという前例のないことを、いとも簡単に実行されるということに驚きを覚える。かような高位の方は、私どもに対して一方的な命令をされても、意見を聞く、などということは絶対にされないのだ。
ポペ村に栽培したサトウキビの苗は驚くほどの成長を見せ、あっという間に刈り入れとなった。村の者に聞くと、タチバナ様が自ら植えた苗は成長が異なるらしい。村の者が植えたものに比べ、明らかに成長が早く太くなるとのこと。
村の者は、今までサトウキビが生えているのを知っていたと言う。しかし、それから砂糖が採れるなんて想像もしなかったという。切った茎が甘いということは分かっていたが、それが砂糖になるなんて、考えもしなかったそうだ。しかし、それはそうだ、砂糖を見せられて、あの草から砂糖が採れるなんて、想像できない。
マモル様が、何かブツブツ呟きながら、植えていかれたそうだが、これからタチバナ様に来てもらう回数を増やさねば。
サトウキビを収穫し、いよいよ砂糖を生産するとき、タチバナ様が黒砂糖と白砂糖を作って見せられた。作り方を教えられれば、なるほどと思うのだが、無知というのはいかに哀れなものだろうか。道ばたにサトウキビが生えていても、それから砂糖が生まれることを知らず雑草にしか見えないということを、改めて知る。
タチバナ様が言う。
「ここでも胡椒の木があるのですが、ロマノウ商会との信義がありますから、教えませんよ」
う~~~ん、教えてもらいたい。しかし、しかし、商人の仁義としてそれはダメだ。
砂糖を最初にイズ公爵様に献上したとき、いかに驚かれ、喜ばれたか、言葉にできないほどだ。そして公爵様がわざわざ、領都からポペ村までサトウキビ畑を見に来られたほどだから、そのお気持ちが伺えた。
その場で言われたことが、
「この畑を大きくするのだ。余もできる限りの援助をしよう。必要なものはすべて準備させよう。
それと、タチバナはまだまだ、金になる知識があるに違いない。なんとしても余の元に呼びたいものだが、余が直接動くと必ず、弟と軋轢を生むだろう。となると、商売上のつながりを太くするしかないように思う。申し訳ないが、リファール商会が絆を太くするよう働いてくれ」
とおっしゃられた。「申し訳ない」という言葉を、商会の会頭ごときにおっしゃられた、直接!お付きの方々も驚いておられた。私も驚いて顎が外れそうになって、なんとかこの方の意に添うよう、なんとかしようと心に決めた。
サトウキビ畑は街道沿いからは見えないところに柵を巡らし作ったが、どんどん広がりを見せ、あっという間に領の一大収益源に成長した。もちろん、農業は良いときも悪いときもある。それでも、成長が見込める産業と言うものは、期待が持て明るい気持ちにしてくれる。これはイズ公爵様他、領政に携わるかた全員の気持ちであり、領内の税金が六公四民から五公五民となるという好循環が続いている。
さらに『降り人』ブラウン夫妻の尽力でヘルソンの町の医療と衛生状態が大幅に改善された。これはブラウン夫妻に言わせると「もでるぱたーん」と言うものらしく、ブカヒンにも展開する予定だそうだ。医療や衛生というものは金がかかるものだ。しかし、砂糖産業での収益がそれを支えている。タチバナ様は「いんふら」と言っておられたが、これを整備することは目に見える利益にはつながらないが、社会の発展に寄与する、と言われる。リファール商会の名前を上げるのにもつながります、と言われたことが、今、理解できる。
ブラウン夫妻を最初見たとき、驚いたというものではなかった。それが今、公爵領の医療と衛生の中心人物となり、働いておられる。
タチバナ様がブラウン夫妻を当商会に連れて来られたときは、その異形に誰もが驚いた。私はザーイの町で似たような人間を見たことがあるが、これほど背の高い人は初めてだ。背が高いだけでなく、胸板も厚く、身体中が筋肉の塊に見え、山のようという表現がぴったりだった。
人には言えないが、魔人とはこういう人かと密かに思ったものだ。
奥様も背が高く、タチバナ様と同じくらいだが、旦那様に比べ人なつこく、いろいろと話をされ、すぐに仲良くなることができた。奥様がいらっしゃることで、旦那様の仕事がどんなにやりやすくなったことか。
お二人とも医療の魔法の呪文を使われ、普段は診療所にきた病人を次から次へと治療される。ほとんどの人間が、魔法というものに触れることがなく、目の前で治される様子にキーエフ様のお使いか?と思う人がいるのも不思議ではない。
しかし、さらに驚くべきことがあったとイズ公爵様から聞いたことがある。
領兵を凶賊の討伐に派遣したとき、ブラウン夫妻が同行された。そのとき、凶賊との戦闘で、腹を斬られたり、腕がちぎれかけたり、矢が胸に刺さり、ほとんど死んだように見えた兵士たちを治されるという奇跡を起こされたそうだ。普通、そのようなケガをした者はほとんど死んでしまう。小さい傷でも膿が出て、死ぬことも多い。膿が出ると、まず死んでしまう。
それをすべて助けたという。信じられない、私でさえ、そう思うのだから、助けられた兵士や、それを目の当たりにした兵士の同僚達は、神の御業にしか思えなかったそうだ。それが、領都に帰還した兵士達によって領民に伝えられ、ブラウン夫妻は「異形の怖そうな人」から「キーエフ神の代理人」とまで呼ばれるようになっている。ご本人たちは、そう呼ばれるのをひどく嫌がっているが。
とにかく、マモル様がブラウン夫妻を連れて来てくれなかったら、絶対にブラウン夫妻は降りた村の者たちに殺されていたと思う。どんな能力があったとしても、それを知り、周りの人間にそれが分かるように説明できる人間がいないと、秘めた才能は表に出て来ないのだ。
イズ公爵様が言われた。
「マモルがブラウンたちを導いてくれた」
その通りでございます。
うまく行くときと言うものは、このようなものでございましょう。
これは私の運なのか、はたまたイズ公爵様の運なのか、これで運を使い切っていないかと心配です。
おお、忘れていました。タチバナ様は私と家族、店の者に名前で呼ぶことを許されたのです。貴族の方を名前でお呼びすることは、とても怖れ多いのですが、いとも気軽にお許しになられました。以後、マモル様と呼ばせて頂いております。




