表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
102/755

ブロヒン、領都に着く

 カニフのリューブ様には早馬で連絡してあるから、医者を手配されているはずだ。何としても、ポリシェンの生きているうちにカニフに着かねば。


 ブロヒンの馬車にはシュミハリ辺境伯の旗が掲げられ、特別な馬車であることが分かるようになっている。そのため、ブロヒンの馬車が進むと、次々と先を行く馬車、こちらに向かってくる馬車が道の端に避けて、道が開けられ進むことができた。普段なら、昼過ぎ、悪ければ日が沈む少し前に着くのだが、カニフには昼前に着くことができた。


 カニフの門の前には、中に入るための行列ができていたが、当然最優先で中に入ることができた。門の中では、ブロヒンを待っているリューブの配下の者がおり、リューブ邸に走ると同時に、ブロヒンの馬車をリューブ邸に誘導する。ここまで来たら、ブロヒンにできることはない。全てを任せて、案内に従う。


 リューブ邸に入るとすぐに、ポリシェンの身体ごと奥に運ばれる。そこにはリューブが待っていた。

「ブロヒン、待っていたぞ。ごくろうであった。おぉ、ポリシェンの容体はどうだ。顔色を見る限り、それほど悪いようには見えないが。今、ポリシェンの家族がここに向かっている。ブロヒンは少し休め」

 リューブの傍らから、医者が出て来て、ポリシェンの診察を始めた。休めと言われてもポリシェンの側をブロヒンは離れることができない。

 医者は診察を行って、驚いた顔をし、胸の上に置いてある玉を見て頷きながら、首を振る。リューブはたまらず、医者に問いかける。

「どうだ、ポリシェンは助かりそうか?治療に必要な物はなんでも使え。金は惜しまん。必要な物は言ってくれ!」

 たたみかけるように言うリューブに対して医者は、

「リューブ様、この方は一目見ると大事なさそうに見えるのですが、実は死んでいるも同然でございます」

「なに、死んでいるも同然だと?顔色もこんなに良いでないか?とても死にそうには見えないぞ!」

「そう見えると思いますが、そうではございません。そう見えるのは、この玉のせいでございます」

「この玉だと?」

 リューブは胸の上にある玉を見る。かすかに赤い色に染まっているように見える。

「はい、この玉の力のせいかと。詳しくは申し上げられませんが、早く家族の方がいらっしゃればよろしいのですが」

「家族は間もなく来るであろう。後しばらく、しばらくで来るであろう」

「そうですか。申し訳ありませんが、私にできることは、もう何もございませんので」

 医者はポリシェンの手を取り、脈を診ている。


 玄関の方からバタバタと音がして、ポリシェンの妻、子どもがやってきた。事前にリューブの方からポリシェンのケガをした状況が伝えられているから、顔つきも緊迫感が浮かんでいる。


 寝かされているポリシェンを見つけ、家族がベッドの周りに集まる。

「旦那様!!」

「「お父さま!!」」

「旦那様、しっかりしてください。旦那様!!」

 妻がポリシェンの手を取り、必死に呼びかける。子どもたちも父親が目を覚ましてくれるのでないかと願い、声を掛ける。しかし、胸の上の玉の色が薄くなるにつれ、ポリシェンの顔色が悪くなってくる。だんだんと赤みがなくなり、薄赤い透明になってきた。


「旦那様、どうされたのですか?目を開けてくださいませ!お願い致します。私たちを置いて行かないでくださいませ!!」

 妻が必死で呼びかける。

「お父さま、お父さま、目を、目を開けてください、お願いします」

 息子が父に訴えかけ、娘のカタリナは涙で何も言うことができず、ただポリシェンの身体にすがって泣いている。


 妻アンナの握っているポリシェンの手が少し動いた。

 アンナは驚いて、夫の顔を見ると、薄らと目を開けているのが分かった。

「旦那様!旦那様!私がお見えになりますか?子どもたちが来ております!子どもたちの顔がご覧になっていただけますか!!」

 ポリシェンは目を開けて、妻の顔を見、そして視線を動かして子どもの顔を見た。

 妻と子どもの3人がポリシェンの顔の側に寄って囲む。

「旦那様!!」

「「お父さま!!」


 しばらくするとポリシェンの唇が動き、何か言おうとしているのが分かる。アンナは耳を夫の口元に近づけ、何とか夫の言うことを聞き取ろうとする。

「お父さま......」

子どもたちも父の声を聞き逃すまいと唇を見ている。ポリシェンの手が動き、妻と子どもたちの手を握った。

「旦那様」

「「お父さま」」 


 ポリシェンは少し微笑んだように見えた。

 しかし、それがポリシェンの最後だった。手に力がなくなり、身体の熱がどんどんなくなるのが分かる。胸の上の玉の色はなくなり、単に透明なだけの玉になっている。

 医者が感情のこもらない声で告げた。

「お亡くなりになられました」


 ポリシェンの家族は身体にすがって泣いている。見ていられないリューブは側にいた部下に、

「妻が泣き止んだら、遺体を家に送ってやれ」

 と伝え、医者とブロヒンに付いて来るように言って、ポリシェンの遺体のある部屋を出た。2人は黙って後から付いてくる。



 ポリシェンの家族の泣き声の聞こえない部屋に入り、リューブはブロヒンに向かい問いかける。

「ブロヒン、聞きたいことがある。あの村で起こったことは先に手紙で読んでいる。しかし、もう1度オマエの口から聞かせてくれ。あと、ポリシェンの胸の上に置いてあった玉は何だ?医者もいることだし、玉の方を先に聞かせてもらおうか?」

 ブロヒンは青ざめた顔で、

「リューブ様、あの玉については、契約によって、お話することができないのです。申し訳ありません、申し上げることができません」

「何?言えないと?なぜ、なぜだ。どうして言えない。契約とはなんだ?」

「申し訳ありません。ポリシェンを助けるにあたり、契約を致しました。その内容を話すことはできないのです!!申し訳ありません」

「オマエは、宰相たる私に対して、答えることができないと申すか!!」

 激高するリューブに対し、控えていた医者が恐る恐る声を掛ける。


「リューブ様、申し上げにくいことでございますが、私に心当たりがございます」

「ハァハァ、なに、オマエに心当たりがあると申すか?」

「はい、似たような話を聞いたことがございます。それと同じであれば、ブロヒン様は何も申し上げることができないはずでございます」


 それから医者の話した内容は、ブロヒンが前に老医者から聞いた話と同じであった。この話は医者の間で語られ、広がっているのであろうか?


 じっと聞いていたリューブはブロヒンの方を見て、聞いた。

「ブロヒン、この医者の言うことは正しいのか?」

「......」

「何も言えないということは肯定ということか......違えば否定するであろうし。分かった、もうこれ以上、何も聞くまい。ブロヒン、あの村であったことを報告せよ」


 それから、村での出来事を微に入り細に入り報告し、終わったのは夕方になっていた。

 ブロヒンは、リューブの館を辞し、そのままポリシェンの家に向かった。


 ポリシェンの家は文字通り、火の消えたようなもので、玄関で執事が「誠に申し訳ございませんが、奥様はどなたとも会いたくないと申しておられまして。日を改めて、おいで願えないでしょうか?」と言われ、仕方なく帰宅した。


 ブロヒンが帰宅すると、両親は無事だったブロヒンに喜んだものの、あまりの変わりよう、具合の悪そうな有様に驚き、ブロヒンを休ませることにする。

 やっと自宅のベッドに倒れ込んだブロヒンは病を発し、そのまま2ヶ月ほど寝込んでしまった。


 やっと病が回復し、起きれるようになったとき、執事が客が来たと言ってきた。

「客?誰だ?」

「はい、ロマノウ商会の使いの者と申しております」

 ブロヒンは忘れていたことを思い出した。そうだ、報酬を後日、自宅に取りに来るというのだった!何を要求されるのであろうか?急に心配になって、頭が痛くなる。かと言って、会わないわけにはいかない。

「会おう、呼べ」

「よろしいので?」

「良い。呼びなさい」


 呼ばれて入ってきたロマノウ商会の者というのは、見知らぬ顔の者であった。ブロヒンはロマノウ商会のカニフ支店を訪れたことがあり、支店長以下数名と面識があったが、この者の顔を見たことがない。何というか、何とも印象の残りにくい、平凡な顔つきの中年の男である。


 男は一礼して話し始めた。

「ブロヒン様、お初にお目にかかります。私はロマノウ商会のセルジュ会頭付のヤコブと申します。以後、よろしくお願いいたします。

 このたびは、ご病気も回復されたと聞き、参りました。これは、病気回復のお祝いですので、お納めくださいませ」

 と小さな箱を差し出した。ふむ、どうせ金か何かであろう。執事に渡し、下がらせる。

 ヤコブという男は口を開いた。

「ブロヒン様、私が伺いましたのは、ご推察の通り、ミコライでの報酬についてでございます」

「あぁ、分かっている」

「そうでございましたか、安心しました」

「良い。何が欲しいのだ、言ってみよ」

「はい、私どもは特に金銭を得ようと思っておりません。その代わり、情報を頂きたいと思っております」

「情報?」

「はい、情報でございます。なに、特別な秘密を聞かせてくれ、とか不正を働き利益を得ようというものではございません」

「ふむ、では何だ?」

「ただ1つでございます。今後、ルーシ王国からヤロスラフ王国に対して、侵攻が計画される場合、何か動きが見られる場合、ロマノウ商会にご一報願いたいのでございます」

「知らせよというのか。なぜだ?」

「はい、そのような場合、私どもにも準備がございます。もし、ヤロスラフ王国で戦争になった場合、当商会の支店に災いが及ばぬよう、避難したりする必要があるやも知れません。その場合、他から目立たぬよう、密かに行います。そのため、いち早く知る必要がございます。そのため、ご一報いただければ、と」

「うーん、計画を知らせるだけで良いのか?実際に何も起きなくても、構わないのだな?」

「はい、動きがあった時で結構です」


 ブロヒンは考える。計画を漏らす、これが問題となることであろうか?いや、これまでずっとルーシ王国がヤロスラフ王国に侵攻するということはなかったではないか。気にすることはあるまい。


「分かった、知らせよう」

「ありがとうございます。お知らせの際は、何か紙にでも書かれ、ロマノウ商会の者に渡して頂ければ十分でございます。ロマノウ商会からのお願いは以上でございます。よろしくお願いいたします」

 とヤコブという者は挨拶して帰っていった。


 ブロヒンはもっと過大な要求を予想していたが、拍子抜けするほどの報酬であったので肩の力が抜けた。

 ルーシ王国がヤロスラフ王国に侵攻するなど、私の生きている間に実現することはあるまい。このくらいのことならば、たやすいことだ。警戒するほどのことはなかったな。ブロヒンは1人安心し、ため息をついた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ