ブロヒンは老医者の話を聞く
ブロヒンはポリシェンを馬車に乗せ、ミコライを出発した。
夕べ、ロマノウ商会のセルジュ会頭たちが来てから、ポリシェンの容体は安定している。悪くもならないが、良くもならない。血は止まったが意識が戻るわけでもなく、呼びかけに反応せず、ただひたすら眠るだけ。胸の上の玉の色が夕べは濃い紫だったのが、すこし青みがかったような気がするくらいだ。あれほど、荒かった息づかいが、眠るような息づかいで治まっているのが不思議だ。
リューブ様には早馬で便りを送った。ポリシェンを乗せた馬車は、領都カニフに着くのに4日かかるだろうが、早馬だと2日で済むはずだ。リューブ様なら、医者を手配していくれているはずだ、腕のいい医者を。
ブロヒンはリューブが医者を捜してくれているだろうと期待していたが、もしかして、途中の町で良い医者がいないか捜すことも続けていた。しかしマウリポリ、ポルタでも見つからなかった。だが、ついにチェルシで呼んだ年老いた医者が妙なことを言った。
「ブロヒン様、これは魔力の玉でございませぬか?」
その医者は、ポリシェンを診て、胸の上に置いてある玉を見て言った。玉の色はナゼか赤く変色している。
「魔力の玉とは何だ?」
「はい、誠に申し上げにくいことなのですが......」
「よい、言ってみよ。ここにいる者は信用できるものばかりゆえ、何を言っても漏らすことはない」
「それならば申し上げます。これは私の子どもの頃の記憶ですので、極めて曖昧であることをご承知おきくださいませ」
「私が子どもの頃、50年ほど前のことですが、この国に魔女がいたという頃のことです」
ブロヒンは驚いた、魔女だと?50年前なら魔女狩りで一掃されていたのでないか?
「魔女がいただと?」
「はい、祖父が私の曾祖父より聞いた話だそうです。その頃は魔女狩りが終わっていたと聞いておりますが、魔女狩りを逃れた者がいたようです。
それで、この町の領主様のお子様が不治の病になられたとき、その女が現れたそうです。どうして現れたのか分かりませんが、ある日突然現れて、曾祖父の見ている前で何か唱え、お子様の胸の上に玉を置いたのだそうです。
すると、お子様の病状が目に見えて安定したそうで。そして胸の上の玉の色が薄くなると女が現れ、玉に手をかざしていると玉の色が元の濃い紫になったそうです。それが何回か繰り返されると、お子様の病状がだんだんと良くなって、ある日意識が戻ったそうです。
領主様はとても喜ばれたそうですが、しかし、その女の行ったことが、生半可なことではなく魔女の振る舞いであったであろうと思われたそうで、魔女にお子様を治してもらったなどということが、辺境伯様の耳に入ると禁忌を破ったことになるであろうと思われ、怖れられたそうです」
ブロヒンは自分の置かれた状況に余りに似ていることに驚くと同時に、冷や汗が出ていることに気が付いた。
「それで、どうなったのだ?」
「はい、ご領主様はもうお子様は回復して、女に来てもらう必要がないと判断され、女の口を塞ごうと考えられたそうです」
「女を始末してしまおう、とか?」
ブロヒンは残酷な、と思うが仕方ないであろうと思う。
「はい、そのようです。そして、お子様の所に来た女の後を追わせ、殺してしまおうと手配されたそうです。それまで女は、町の宿屋に泊まっていたそうですが、その日は宿屋とは違う道を歩き、町の門の前に到着したそうで。
もちろん夜ですから、門は閉まっておりました。女は門番の小屋に入ろうとしたものですから、後を追っていた者たちが思わず声を掛けたそうです。
そうすると影から数人の男たちが出て来て、女との間に立ち「追っ手の方たち、我々を見逃されよ。そうすれば、領主のお子もあなたたちも何事もなく済む」と言ったそうです。
しかし、追っ手の方たちはそれを聞いて見逃す訳にもいかず、剣を抜いて斬りかかったそうです。女の周りの男たちは武器を持っておらず、手ぶらであったので、簡単に殺すことができると思われたそうですが、追っ手の方々が剣を振りかぶって斬ろうとしたとき、男が追っての手に触った途端、追っ手の方の力が抜けたように崩れ落ち、倒れてしまったそうです。実は倒れたように見えたのは、死んでいたからだそうで、身体には傷一つなかったそうですが、何か特殊なことを男が行ったらしいのでございます。
それが何人も続き、最後の1人になったとき女が「そこのあなた、今の状景を良く見て、ご領主に伝えなさい。こうなった以上、お子様の命はないはず。せっかく私が助けたのだけど、報酬もなく、このような仕打ちをされれば、お子様の命を放り投げたと同じですから」と言って、門番の小屋に入り、通用門を開けさせて外に出ていったそうです。もちろん、男たちも一緒に。鍵を開けた門番は、後で聞くとそのことを何も覚えていなかったそうですよ。
それで生き残った男は、急いで領主様の所に帰ったそうですが、領主様の元に着いてみれば、領主様のお子様は突然息を引き取っておられたそうです。女が置いていった玉が破裂すると同時に、元気にしていたお子様が亡くなったとか?
領主様は生き残った男の話を聞いて、すぐに女を捜すよう手配されたそうですが、行方は杳として分からなかったそうです。
それで、あれは魔女の仕業だったのであろうと、曾祖父は祖父に語っていたそうです。我々の医術の及ばない何かを魔女は持っているのであろうと、話していたそうです。
それゆえ、ブロヒン様もこのことを人に語られない方がよろしいかと思う次第でございます」
老医者の話は終わった。老医者は頭をペコリと下げ、部屋を出て行った。セルジュ会頭の連れていた女は魔女なのか?禁忌というのは、そういうことだったのか。このことは私の胸の中に仕舞っておけということか。署名までさせたということは、そういうことだったのか。やっと胸にストンと落ちた。
しかし、ポリシェンの胸の上の玉の色は今はまだ薄い赤になっている。あの女に渡されたときに比べ、色が変わり、薄くなっている。このままでいいのか?
いつまでポリシェンの容体は保つと言うのだ?どうすればいいのだ?眠れないまま一晩明かし、ポリシェンの乗せた馬車は、いよいよカニフに向かう。




