表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
100/755

ブロヒンは急ぐ

 ブロヒンは馬車を急がせていた。


 ポリシェンが胡椒の木を捜しに行って、狼に噛まれて帰ってきた。顔が真っ白になり腕を縛っていながら、血がダラダラと流れ止まらない。何が起きたと言うのだ。同行した者たちもほとんど帰って来なかった。

 ここでは何も手当できない。血を止めるしかできない。今回の調査は容易に済むことだと考えていた。マモルさえいれば、簡単に済むと考えていたのだが、しかし領都に報告に行っている間に村で流行病が起き、あっという間に半分近くが死んだという。マモルも前回の調査の最後に、具合の悪そうなことを言っていたのだが、流行病で死んだと言うし、残念だが仕方のないことだ。


 とにかく今は、先の町のミコライに急ぐ。ミコライに行けば医者がいるだろう。狼に噛まれただけというのに、血が止まらないというのがおかしい。自分の常識とは違っている。早く医者に診せないと。ミコライから、領都カニフまで、マウリポリ、ポルタ、チェルシとまだまだ町があるのだ。ミコライでの医者がダメだとしたら、領都カニフに行かないと期待する医療は得られないであろう。


 急がせたにも関わらず、半日かかって馬車はやっとミコライに着いた。

 門を守る衛兵に医者の手配をして宿舎に向かう。宿舎に入ってしばらくすると医者が町の領主に連れられて来た。

「早く!早くポリシェンを診てくれ!狼に噛まれたのだが、おかしいことに血が止まらないのだ。早く治してやってくれ!!」

「はい、診せて頂きます」

 領主の連れて来た医者は結構年配に見える。領主に言わせると経験豊富なこの町一番の医者だという。

 医者はポリシェンの傷口を診て、そのあと顔を見、目を見、胸の音を聞いていた。最初の顔つきがだんだんと厳しいものになってくる。

「これは、もしや、あの村に行って狼に噛まれたものではありませんかな?」

「おぉ、そうだ。それが分かるのか?」

「やはり、そうですか。あの村の近くにある森の生き物は特別な生き物と聞いております。他の地域に住んでいる獣とは違い、毒を持っていると言われております。私も過去に何度か、あの村の近くの森の狼に噛まれたという人間を診たことがあるのですが、これと同じようなものでした。

 他に獣に噛まれたり、はね飛ばされたりした者はいませんでしたかな?」

「いた。大鹿に遭遇して、はね飛ばされた者がいたのだが、ケガをしてナゼか半日ほどで死んでしまったのだ」

「そうですか。あの村の近くの生き物が特別なのか、土が特別なのか、あの森の中でケガをした者はすぐに死んでしまうと聞いています。ただ、あまりあの村に行く者がいないので、よくは知りませんが」

「それで、どうなのだ。治せるのか?」

「申し訳ございません。私にできることは、もうありません。カニフにまで運べれば何とかなるかも知れません。この薬を飲ませられれば、少しは体力が保ちましょう」

「無理か、無理なのか!?」

 ブロヒンは医者の肩を掴み、揺する。医者は首を振ってるばかり。あまりにブロヒンが医者を責めるので、領主が医者をブロヒンから引き離し、下がらせた。


「だめか、だめなのか?ポリシェン、おまえはここで死んでしまうのか!私と約束したではないか。私が文、おまえが武で辺境伯様の側近の1番上に上がろうと。それがなんだ、こんなことで死んでしまうのか!!」

 ブロヒンはポリシェンを寝かせているベッドの横で大声で泣いた。


 ブロヒンが激情して誰も声を掛けることができなくなり、領主もいなくなっていた。

 

 コン、コン、コン!


 どれだけ時間が経ったのか分からないが、部屋のドアがノックされた。

「よろしいですかな、ブロヒン様」

 ブロヒンは顔を上げ、ドアの方を見た。ドアを少し開け、中年の見知った男が顔を覗いている。

「......」

「ロマノウ商会のセルジュと申しますが、今、少しばかりよろしいでしょうか?」

 こんな時に何の用だ。オマエはなにしに来たのだ?


「なんだ?」

「聞けば、ポリシェン様がケガをされ、医者も見放したと聞きました」

「それがどうした。おまえが何かしてくれると言うのか?」

「もしかしたら、些少ながらお力になれるかと思いまして、やって参りました」

「ふん、医者も見放したのに、おまえに何ができると言うのだ?」

「は、もしやと思うことがありまして。ただ、お人払いをしていただかないといけません」

「人?人払いをせよと?」

「はい、私たちとブロヒン様、ポリシェン様だけにしていただけないでしょうか?」

「何とかなるのか?おまえにできるのか?」

「もしかしたら、この者がお役にたてるかも知れません」

 セルジュ会頭の後にベールを被った女が立っており、頭を下げた。顔を隠しており、よく分からないが。

「必ず、とは申し上げられませんが、可能性はございます」

「そうか、皆の者、部屋を出よ。この者たちだけにせよ」

 部屋に控えていた者が皆、退出した。


「何をすると言うのだ?」

「その前に、これから見られることを絶対に口外しないとお約束できますでしょうか?」

「もし、ポリシェンを救える可能性があるのであれば、約束しよう」

「救えるとは申しません。せめて領都までは、お命をつなぎ止めることができるかと思います。それでは、これにご署名いただけますでしょうか?」

 ブロヒンに渡された紙には、治療に関する一切の内容について口外しないことを誓い、破った場合はブロヒンの命をもってあがなうと書かれていた。

「これから行うことは、それほどのものか?」

「はい、そうです」

 セルジュは頷く。

「それほど秘密を伴うのものだと言うのか?」

「はい、私どもの店はご存じのとおり、ザーイに本店がございます。私はそこで医者を抱えておりまして、そこの医者はルーシ王国では禁忌とされている治療を行っております」

「禁忌?」

「そうでございます。それ以上は申し上げられませんので、ご推察くださいませ」

 ブロヒンはそこまで言われても分からなかった。その禁忌とされるものは、ルーシ王国ではブロヒンの生まれる前に排除された者が使っていたものだからだ。しかし、ブロヒンは決断した。なんとか、カニフまで保たせられれば何とかなるかも知れない。カニフまで保てばいいのだ。カニフになら良い医者がいるだろう!

「分かった、署名する」

 ブロヒンは署名した。


「よろしいですかな?」

 セルジュ会頭が後の女を前に出した。女は指をすっと前に出し、ブロヒンの額に当てた。その指先が光った。突然のことに驚いて、動けないブロヒンの額に指を当てたまま女が何か小声で言った。

「ブロヒン様、今、この女、アノンが誓約の呪文を唱えました。これで、ブロヒン様がこれから見たことを他人に言われますと。お命がなくなりますので、ご了承くださいませ」

 ブロヒンは驚いて、頭の中が真っ白になった。『誓約の呪文』、呪文だって?呪文だと言ったのか?もしかして、この女は魔女だと言うのか?禁忌?禁忌というのは魔力、呪文ということか?

 

 何も言えず、口をパクパクさせているブロヒンをよそに、女は袋から紫色の玉を取り出し、ポリシェンの腕に手を当て、何か小声でつぶやいた。

 腕に光が生まれ、光が強くなる。玉の色が変化する。紫色が青になりみどり色、黄色になった。 

 そこで、女がポリシェンの胸に突っ伏して倒れた。セルジュ会頭が女を抱きかかえ、ベッドの横にあった椅子に座らせた。ボリシェンの胸の上に別の紫色の玉を載せた。


「ブロヒン様、これで終わりでございます。この玉をずっとポリシェン様に触れるようにして、カニフまで移動してくださいませ。残念ですが、この女の力では、現状維持が精一杯です。ザーイに行けば、治せる者もいるのですが、この女ではこれが精一杯です。この玉に、この女の魔力が込められております。この玉に色のついている限りは、ポリシェン様の具合は変わらないと思います。

 今回の治療の代金については、今はお持ちでないと思いますので、後日、ブロヒン様のお屋敷に使いの者を伺わせます。大した額ではございませんので、ご心配いりません」

 そう言われて、ブロヒンは我に返った。

「おぉ、そうなのか?済まない、ちょっとポリシェンを見せてくれ」

 確かに、さっきまでと違って、顔色は悪いままだが、息は安定している。血は止まったようだ。たったあれだけのことで、こんなに効き目があるとは!?


「本当だ、済まない、礼を言う。後日、家に来てくれ」

「それでは、私どもはこれで失礼します」

 セルジュ会頭と女は、部屋を出て行った。代わりに部下たちが入ってきて、ポリシェンの容体が安定しているのに驚く。


 ブロヒンたちの宿舎を出たセルジュ会頭に男たちが寄ってきた。

「会頭」

「終わった、すぐにこの町を出るぞ。準備は出来ているな」

「はい、できております。門の外に馬車を待たせております。衛兵には話をつけてあります。こちらです」

 男が前に立ち、セルジュ会頭たちを誘導し、無言のまま、門を抜け、門の外にいた馬車に乗り、どことなく消えていった。


 ブロヒンはポリシェンが安らかな息をしていることに安心を覚えていた。

 やっと食事をとり、ほっとしたときに気が付いた。

「あの者たちを領都まで連れて行けば、ポリシェンは良くならないまでも、悪くならないのでないか?」

 と。すぐに部下にセルジュたちを捜しに行かせた。ロマノフ商会の定宿とされている宿は、突然、引き払って行ったという。領主に言って、町中を捜させたが見つからなかった。

 もしや、こうなることを見越していたのか?


 翌朝、ブロヒンたちはマウリポリに向けて出発した。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ