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恋する乙女は禁忌なんて恐れない(仮)  作者: アルティ・メット
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2,いっそ死んでしまえばよかったのに

 苦しい、息が出来ない。


 オリビアは危機感から、声を上げて助けを求めようとした。

 しかし、実際に喉から出てきたのは、言語とは程遠いコヒューという掠れた息だった。


 時間が経つほどに加速度的に増していく苦しさに耐え兼ね、脳は早く息を吸い込めと命令を下す。

 普段ならば意識をするまでもなく行えるその簡単な動作が、今のオリビアにとつては途方もなく難しい。

 焦れば焦るほど頭が真っ白になっていき、もはやオリビアは呼吸の仕方が分からなくなっていた。


 そして、そんな危険な状態に警鐘を鳴らすように今度は心臓が強く鼓動を始めた、

 ハンマーで叩かれるように強く、激しく、痛みを伴って。


 やがて視界が暗く濁り始め、もはや一寸先も碌に見えなくなっていく。

 

 手足の先からは熱が抜けていくのを感じた。

 その熱はきっと失ってはいけない大事なものなのだろう。

 それを証明するように、熱を失った部位から感覚が失くなっていくのが分かる。 


 このまま、死んでしまうのだろうか。

 まだ読みたい本が沢山あった。

 それに、やってみたい事もあった……。


 目の前に迫った死を予感したオリビアの頭に後悔の念が浮かぶ。


 でも、それもいいかもしれない。

 だってもう、痛いのも苦しいのも嫌だ。

 薬だって飲みたくない。

 あんなマズい物を飲み続ける生活なんて耐えられない。

 そう考えたら、今ここで死ぬのも悪くないのかもしれない。


 だが、それと同じくらい諦めにもにた安堵を感じていた。

 

 まぁ、不満を言えば、最後くらい楽に逝かせてくれればいいのにって思うのだけれど。

 私の体って本当に意地悪で気が利かないわね。

 まるで、コランみたい。

 

 あぁ、熱が抜けていく。

 この熱が全てなくなった時、私は……。

 

 ようやく解放される。やっと楽になれる。


 死ねば、すべてが終わる。


 そう、死ねれば……だけど。



――ドックン!



 熱いッ、熱い熱い熱い!

 

 煮えたぎる血液が体中を駆け巡る。

 それは、全身を内側から焼かれていることと同義だ。


 許容量を遥かに越えた激痛を前に、覚醒した意識が一瞬で吹き飛んでしまう。

 でも、それは逆に良かったのかもしれない。

 だってこんなもの、大の大人にだって耐えられるはずがないのだから。


 しかし、不運にもオリビアが眠っていられたのは瞬き一つの間だけ。

 意識の覚醒したオリビアを再び激痛が襲い、また気絶する。

 そんなことが幾度も繰り返された。


 変化はそれだけでとどまらない。


 空気が喉を通り抜け、体内に送られているのだ。

 あれほど求め欲した空気が、今まさにオリビアの肺を満たしている。


 だからこそ、オリビアは肺を抉り出したくなった。


 痛みではない。……不快感だ。

 吐き気を催す不快感が肺の表面を這いずり回っていた。


 ともすれば、本当に吐いてしまっているのかもしれない。

 だが、今のオリビアには、自分がどうなっているのかを認識するほどの余裕はなかった。


 どうして死ねないのか。

 どうして私ばかり、こんなに苦しまなければならないのか。

 とっくに限界は越えているはずなのに、どうして壊れてしまうこともできないのか。


 死ぬことも、眠ることも、ましてや狂うことも許なんて、この地獄はあまりにも……残酷すぎる。

 

―――


 絹を裂くような絶叫が、部屋中に響き渡る。


「あまり使用はしたくはなかったが、止むを得ん。アレを用意してくれ」


 先程まで、幽鬼のように青白い顔で手足を痙攣させていたと思ったら、次の瞬間には異常に体温が上昇し、胸を掻き毟るオリビア。

 状況は、山の天候のように目まぐるしく変化しいき、決して予断を許さない。

 だが、白衣の老人はそれに一歩も怯むまず、名家メルクリウスのお抱え医師の名に相応しい働きぶりで対処を行っていく。


「そこのメイド、手を貸してくれ。オリビア嬢が暴れないように身体を抑え付けておきたい」


 助手から注射器を受け取った老人は、部屋の中で険しい表情でオリビアを見つめていたコランを見つけるとそう指示を飛ばした。

 コランもこれに従い、オリビアの腕を抑える。


 暴れるオリビアの抵抗は、とても寝たきりの少女が出せるとは思えないほど強かった。

 コランは少し躊躇いを覚えたが、それでも動きを封じるためにオリビアの手首を、跡が付いてしまうほど力を込めて握った。

 その隙に、老人はオリビアの腕に薬を打ち込む。


「これで、しばらくは持つであろう」


 そう間を置かないうちに薬の効果が表れたようだ。

 オリビアはぐったりと四肢を弛緩させて、苦悶に染まる表情が幾分か和らいでいた。


「まったく、魔力が高すぎるというのも考え物だな」


 それを見て、思わず老人の口から愚痴がこぼれ出た。

 オリビアの主治医である老人は、本来であれば魔法で対処可能な症例も厄介な患者(オリビア)が相手では大した効果が見込めない事を良く知っていた。

 そのため、面倒なうえに確実性の低い治療方法をとる必要がある。

 それにしたって、症状を悪化させないようにとどめる程度のことしかできない。

 名医として名高い老人からすれば、現状のオリビアへの処置は非常に歯がゆかった。


 依然としてオリビアの容態は厳しい状況を抜け出していない。薬が切れれば、スグにさっきまでの状態に逆戻りだ。


 その薬にしても、頻繁に使用していいものではない。

 たしかに効果は凄まじいが、アレはハッキリと劇薬の類。

 副作用だってあるし、体への負担も大きい。

 結局薬とは、使い方を誤れば毒でしかないのだ。

 使わなくていいなら、それに越したことはない。


「しかしまぁ、匂うな」


 匂いの元は明白。

 様々な体液と吐しゃ物で汚れたベッドが皆の目に留まる。


「後の処理は私が」

「む、そうか。では任せるとしよう。それと、何時でも構わんからオリビア嬢が目覚めたら必ず儂を呼びなさい」

「かしこまりました。そのように手配させて頂きます。本日は、このような時間の呼び出しにもかかわらず、迅速に応えていただきありがとうございました。主に変わりお礼申し上げます」

「よい、礼は要らん。医者ならば当然の事よ。第一、ご当主様には格別の配慮を授かっておるしの」


 そう言って老人は鷹揚に笑う。

 窓を除けば、うっすらと空が紫色に染まっていた。


 老人が部屋を出ると、コランは早速清掃作業に取り掛かった。

 汚れたシーツや服を綺麗なものに取り換え、汗を掻いた体を拭ってやると、少しだけオリビアの表情が和らいだような気がする。

 

 その後もコランは、休憩すら取らずにオリビアの看病を続けた。

 相変わらず無機質で感情なんてちっとも感じられない。

 それでも、オリビアが目覚めるまで、手だけはずっと握ってくれていた。


 オリビアの体調が回復したのは、それから二日後のことであった。


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