女は恋をして綺麗になる!?
「佐々木先輩! 好きです! 私と付き合ってください!!」
夕暮れの校舎裏に、私の告白が響いた。
緊張に胸を高鳴らせ、息を呑んで待つ私が見詰めるその先で。
「……」
佐々木先輩は言葉を探すように少し沈黙してから、ゆっくりと口を開いた。
その動作に合わせ、私の心臓が更にペースを上げる。
目を見開き、拳を握り締めて、返事を待つ。
そして────
* * * * * * *
「うぐ、っぐ、ひぐっ」
「いい加減泣き止めよ。もう正門閉まるぞ」
「グスッ、今日はもう帰りたくない……」
「馬鹿言うな。俺はもう帰るからな」
「ちょっとぉ! もう少し慰めなさいよぉ! 幼馴染でしょお!?」
がばっと上体を跳ね起こすと、立ち上がりかけたその制服の袖をはっしと掴む。
その制服の主──私の幼馴染である田畠圭太は、心底めんどくさそうな表情で私を見下ろした。
「そうは言われてもなぁ……正直お前がフラれるのなんていつものことだし……。高校に入ってから何回目だよ。8回目?」
「まだ7回目ですぅーー! というか回数なんて関係ないでしょ!? ほ、本当に……本当に、好きだったんだからぁ~~!」
ただ一言、「お前のことそういう相手として見れない」と言われてフラれた先程のシーンを思い出して、また涙がこみ上げてくる。
そんな私に圭太は溜息を吐きつつ、上げかけた腰を落ち着け直してくれるのだった。
私──木崎麗美は、恋多き女子高生だ。
そう言うと恋愛経験豊富のように聞こえるかもしれないが、実際はそうじゃない。豊富どころか、実際の経験は皆無だ。
この場合の恋多きとは……自分で言うのもなんだが、まあ要は惚れやすい女だというだけだ。ふとしたきっかけで、すぐに好きになってしまう。
そのきっかけはもちろん外見、要するに一目惚れという場合もあるが……日常の本当に何気ない仕草だったり、ちょっとした優しさだったりと様々で、毎回安定しない。
高校生になってもう1年半になるが、その間で好きになった人は全部で9人。その内の7人に告白し、尽く玉砕していた。
今日も今日とて同じ美術部の佐々木先輩に告白して、見事に砕け散ったところだ。
おかげで明日からは部活に集中できるよやったね!
「はあ……」
冗談めかして無駄に明るく言ってみても、今はただ虚しい。
きっかけは些細なこと。
ある日、真剣な表情で絵筆を走らせる、先輩の細く長い指に目を奪われた。
それからは、キャンバスを見るふりをして、こっそり横目で先輩の顔を覗き見る日々。
人物画の練習と称して先輩にモデルを頼み、正面から見る先輩のキメ顔にキャンバスの裏で悶絶しながら筆を走らせたある日の放課後。
ああ、今となっては遠く色あせた青春の日々よ……。
センチメンタルな気分のまま、1人トボトボと家路を辿る。
結局あの後、最終下校時刻ギリギリまで粘って圭太に愚痴を聞いてもらい、最低限気分を持ち直した私は、重い体を引きずるようにしてようやく家に帰り着いた。
「ただいまぁ~~」
「あら、おかえり」
玄関を開けると、奥からお母さんが顔を出した。
そして私の顔を見るなり、何かを察したような顔になる。
「なぁに、その顔。また失恋したの?」
「うっさいなぁ……ほっといてよ」
ちゃんと顔を洗って涙の跡は消したのだが、目が腫れているのまでは誤魔化し切れなかったらしい。
やれやれとばかりに肩を竦めるお母さんの前で、私は無駄と分かりつつ何となく両目をこすると、ムッと唇を尖らしながら恨みがましい目でお母さんを睨みつけた。
「お母さんはいいよね。美人だもの。どうせ失恋なんて碌にしたことないんでしょ?」
「失礼ね。わたしだってあんたくらいの頃はたくさん失恋したわよ」
「嘘ばっかり」
取り立てて美人でもない私と違い、お母さんは身内の贔屓目抜きにしてもかなりの美人だ。
かれこれもう40近くなるがまだまだ若々しく、近所でも評判の美人奥様だ。そんなお母さんがたくさん失恋をしたなんて言われても、私には到底信じられない。
「嘘じゃないわよ。わたしだって昔は全然冴えなかったもの。でもね、たくさん恋をして綺麗になったのよ」
「はいはい、耳たこ耳たこ」
適当に聞き流しつつ、自室に戻る。
「女は恋をして綺麗になる」というのは、お母さんの口癖だ。
その言葉を無邪気にそういうものだと信じていた時期が私にもありました。
無論、今では迷信に過ぎないとはっきり分かっているが。
女が恋をして綺麗になるのは、好きになった異性によく見てもらおうとオシャレやお化粧に気を遣い、自分を綺麗に見せる努力をするようになるからであって、本当に恋をするだけで美人になれる訳じゃない。
当然だ。恋をして美人になれるなら、この世の不細工なんてとっくに絶滅しているだろう。
いやまあ、恋をすることで女性ホルモンが変化し、肌や髪の調子が良くなるということは実際にあるらしいが……そんなものは所詮気休めだろう。
つまるところ、最終的には本人がいかに自分を綺麗に見せるのか、その努力次第だということなのだろう。
そして、残念ながらウチの高校は化粧はもちろん、必要以上のアクセサリーなども禁止だ。これでは努力のしようがない。
まあ多少努力したところで、精々中の上未満な私の容姿が、美人と呼ばれるレベルになるとは思えないが。
「はぁ……」
溜息を吐きつつ手洗いうがいを終え、私服に着替えると、もう夕食の時間だった。
リビングに向かい、テーブルに着くと、私は何気なくテレビを見た。
テレビでは、ちょうどサウンドステーション、通称Sステをやっているところだった。
今しがた始まったばかりらしく、スタジオ奥の階段から、アナウンスの紹介に合わせて次々と出演アーティストが登場してくる。
その様子を見るでもなく見ていると、出演者の波が一旦途切れ、一瞬の沈黙の後にアナウンスに力が入った。
『続いて! 本日Sステ初登場! 名古屋からやってきた今若手最注目のロックバンド! Blue Dreamersの登場だぁーー!!』
そのアナウンスに続いて、階段上に4人の若者が現れる。
その内の1人、一番最後に出てきた人物に、私は一瞬にして目を奪われた。
「か……」
心臓が一気に跳ね上がり、背筋に電流が走る感覚がした。
テレビから聞こえる音が遠ざかり、画面上に映るその人物以外の一切が目に入らなくなる。
愕然と目を見開き、自分でも気付かないままに言葉を零す。
「カッコイイ……」
その日、私は運命の出会いを果たした。……画面越しに。
* * * * * * *
「ふ~ん、本名は東堂銀司っていう名前なんだ……はあ、本名もやっぱりカッコイイ……」
その後、なんとか食事を終えた私は、自室のベッドに寝転がりながらスマホで先程の彼──Blue dreamersのドラマー、通称ギン……いや、ギン様について調べていた。もう食事中ずっと目が釘付け状態だった。そのせいで何度お母さんに叱られたことか。
しかし、どうしても目が離せなかった。正直数時間前の失恋のことなど一瞬で頭から吹き飛んだ。
「はふぅ……ギン様……」
スマホで検索した画像を眺めながら、うっとりとした溜息を零す。
ばっちりとキメられた金髪に、シャープな顎のライン。スッと通った鼻筋に、ちょっと下げた黒いサングラスの奥からチラリと覗く、どこかいたずらっぽい瞳。
もうこうして眺めているだけで、胸の中が何とも言えない幸福感であふれる。
はっきりと断言出来る。今、私はかつてないほどの恋をしていると。
「はっ! こうしちゃいられない!! いや、出来ればずっとこうしていたいけど!! いやいや、今はそれよりも明日以降のギン様が出演する番組を全て録画しなければ!!」
過去の映像はまた探すとして、明日以降の分はきっちり録画しておかないと。
危なかった。このことを失念したまま明日学校に行って、登校してから気付いていたりしたら、気になり過ぎて授業にならないところだった。
慌てて上体を起こしたところで……私はもっと重大なことに気付いた。気付いてしまった。
「と、いうか! さっきのSステ録ってないじゃん!! ガッデム!!」
なんという失態! ギン様のSステ初出演映像という、後世にまで語り継がれるであろうお宝映像を録画し忘れていたなんて! ギン様があまりにも衝撃的過ぎてそこまで頭が回っていなかった。今思えば、CM中にいくらでもチャンスはあっただろうに。
「うあ゛あ゛ぁぁーーーっ…………ヤバい、泣きそう……」
というか既に泣いてる。ガチ泣きしてる。
スマホの中のギン様が涙でぼやけて良く見えない。それでもカッコイイけどね!
カッコイイ、けど……ダメだ。これはちょっと立ち直れない。
「あううぅぅぅーーー……」
ベッドの上にうつ伏せになり、枕を涙で濡らす。
……結局、私が立ち直るのには1時間近くかかった。
* * * * * * *
──その夜
【称号“芸能人に恋する者”を獲得しました】
【経験値が一定量に達しました。レベルアップを開始します】
夢の中で、私はどこか聞き覚えがある不思議な声を聞いた……気がした。
* * * * * * *
「木崎!」
「? ああ、お疲れ様です、佐々木先輩」
放課後、下駄箱に向かって廊下を歩いていると、背後から佐々木先輩に声を掛けられた。
私が振り返ると、佐々木先輩は少し気まずそうな表情で目を泳がせる。
一瞬「何だろう?」と思って、昨日私は佐々木先輩にフラれたのだということを思い出した。いやぁ、ギン様の衝撃がスゴ過ぎてすっかり忘れてた。
「先輩?」
「あ、あぁ……その、さっき顧問の先生に聞いたんだ……お前が美術部辞めたって……」
「ああ、そのことですか」
「そのことですかって……どうして突然。この前コンテストで奨励賞を獲ったばかりなのに……」
確かに、それは顧問の先生にも言われた。そして昼休みが終わるギリギリまで全力で引き留められた。
おかげでお昼ご飯食べ損なったよ。まあ空腹を紛らわせるためにギン様のこと妄想してたら、気付いた時には放課後になってたけど。
私が奨励賞を獲ったコンクールは、慣例で毎年美術部員全員が参加しているものだった。のだが、どうやらかなり権威のあるコンクールだったらしく、奨励賞でもかなりの快挙だったらしい。おかげで全校朝礼で校長先生に表彰されたりもしたが……。
「まあ、そうなんですけどね……」
これは言うつもりはないが……正直、私は別に絵を描くのが好きという訳ではない。
美術部に入ったのだって、中学の時にずっと帰宅部だったから高校では何か部活に入ろうと考えていて、たまたま選んだのが美術部だったというだけだ。私にとっては部活動をするということ自体が目的だったので、特に美術に対して情熱があった訳ではない。
そんな私にとって、権威あるコンクールで賞を獲ってしまったのは特に喜ばしいことでもなく、むしろどこか居た堪れなく……申し訳なく感じることだった。勝者の傲慢と言われても仕方ないから、絶対に口にはしないけどね。
そこら辺の事情を伏せて、先輩を手っ取り早く納得させるにはどうしたらいいのか……。
頭を悩ませていると、佐々木先輩が何やら思い詰めたような表情になってしまった。
「もしかして……昨日のあれが原因か?」
「はい?」
「その、俺がお前を……」
「……ああ」
なるほど。佐々木先輩は私が部活を辞めたのは、自分が私をフッたせいじゃないかと考えているのか。「部活動の度に失恋相手と顔を合わせるなんて、とても耐えられない!」みたいな乙女心だと。あぁ~~……確かに、昨日の今日だからそう勘違いしても仕方ないか。
いやでも、実際は全く関係ないんだけどね。
単純に他に夢中になれるものが見付かったから、辞めるだけなんだけどね。あとまあ、今の私はどんな題材を渡されても無意識にギン様の肖像画を描いてしまう自信があるからね。流石にこんな状態じゃ部活動は続けられませんわ。
「大丈夫です。昨日のあれは関係ありませんから。単純に他にやることができたんです」
「……」
うっわぁ~~疑わしい目。これ全っ然信じてないわ。完全に自分が原因で退部したと思ってるわ。
「虫がいいと言われるかもしれないが……俺は木崎のことを大切な後輩だと思ってる。出来れば、これからも先輩後輩として仲良くしていきたいと思ってるんだ。だから……」
いや、だからそういう問題じゃないんですってば。私の話聞いてました?
あれぇ? 佐々木先輩ってこんなに思い込み激しい人だったかな? なんだかもうメンドクサくなってきた。今日は帰りがけにレンタルショップでBlue DreamersのライブDVD借りて、家で鑑賞会する予定なのだよ。麗しのギン様が私を待っているんだから、さっさと解放してくれないかなぁ?
「いえ、本当に先輩のせいでは……」
「木崎、頼む。お前が苛立つのも分かるが、ここは堪えてくれないか?」
苛立ってるとしたら、それは今のこの状況に対してなんだけどね? あぁ、もう本っ当にメンドクサイ。もういいや。
「とにかく、先輩が気に病む必要はありませんから。では、私はこれで」
「あ、木崎──」
「それでは!」
先輩の言葉を強引に断ち切って、下駄箱に向かって駆け出す。
廊下の曲がり角でチラリと振り返ると、先輩が私に向かって中途半端に手を伸ばした状態で固まっているのが見えた。
……なにこの状況。まるで私が先輩をフッたみたいになってるんだけど? ……まあ、どうでもいいか。
* * * * * * *
──その日の夜
「ふあああ~~~かっこいぃ~~~くぁっこいい~~~」
私は借りたライブDVDを観ながら、1人で悶絶していた。
いやぁ今日借りた分だけで、1週間は余裕で楽しめるな。まったく、たまらんぜ。
* * * * * * *
【経験値が一定量に達しました。レベルアップを開始します】
【経験値が一定量に達しました。レベルアップを開始します】
* * * * * * *
──1週間後
朝、自分の席に着くと、前の席の圭太が少し怪訝そうな顔をした。
「おはよう……どうした? その目。疲れてんのか?」
「おはよう。ああこれ? さあ……疲れ目かなぁ? 私にも分かんない」
何の話かと言うと、私の目が二重になっている話だ。朝起きたら、一重だった目がぱっちり二重になっていた。もうなんというか、朝から瞼の違和感がスゴイ。瞼が重いというか……なんかしっくりこない。
疲れ目の時の一時的にそうなることはあるから、今回もそうだとは思うのだが……特に疲れている自覚はないんだけどなぁ? まあ放っとけばそのうち治るでしょ。
あと、違和感といえば下着にも違和感がある。なんだかサイズが合っていない気がして、微妙に落ち着かない。
もしかしたら太ったのかとも思ったが、特にそんなことは……いや、自分では気付いていないだけかもしれない。ちょっと他人の意見も聞いた方がいいか。
「ねえ圭太、私って太ったと思う?」
「はあ? なんだよいきなり…………別に、普通じゃね?」
「そっかぁ……」
じゃあ、単純に胸が大きくなっただけ?
でもどうして急に……はっ! これがまさか恋をしたことによる女性ホルモンの変化!?
ゴメン、女性ホルモン舐めてた! ホルモンすごい!!
「いや……むしろちょっと痩せてね?」
「え……そう?」
「ああ、なんか顎のラインがすっきりしたような……?」
「ふぅん? そうかなぁ?」
まあ圭太の言葉はたぶん気のせいだと思うけど、とりあえず週末に新しい下着を買いに行こう……って、ダメだ。今週末はBlue Dreamersのライブに行くんだった! グッズとかも買いたいし、今週はこれ以上の散財は…………まあ、いっか。下着なんていつでも買えるし。でも、グッズはそのライブでしか買えない限定品がある。どちらを優先するべきかなんて考えるまでもないでしょ。
* * * * * * *
──週末
「イエェーーーイ!! お前ら、最高にロックしてるかぁーー!!?」
「してますぅーーー!!! ギン様サイコーー!!!」」
……大変、よい時間を過ごしました。
生ギン様、最高にかっこよかったです。もう興奮のあまり鼻血噴きそうでした。
あぁ~~~帰ったら、買ったグッズと一緒にまたライブDVD観直そ。シャツにパーカーにキャップにタオル。そして忘れてはいけないグラサン。完全装備で行くぜ! 結局下着を買い換えるお金は無くなっちゃたけど、全く悔いはない!!
* * * * * * *
【経験値が一定量に達しました。レベルアップを開始します】
【経験値が一定量に達しました。レベルアップを開始します】
* * * * * * *
──週明け
「……なあ」
「なに?」
「お前、ストパーでもかけた?」
「ううん? あぁ~なんか最近、髪がすっきり落ち着くようになったんだよね」
圭太に言われ、自分の髪を弄る。
私は元々かなり髪の量が多い上に、結構頑固な癖っ毛で、よく髪が爆発してしまっていた。
寝起きなんかは分かり易く髪があちこち跳ねるし、湿度が高い日なんかも頭が膨らんでしまって、もう梅雨時なんかは帽子かぶって登下校してやろうかと思ったくらいだ。
そんな私だが、ここ数日は髪の手入れに全く気を遣わずに済んでいる。
どういう訳か、圭太が言った通り、まるでストパーでもかけたみたいに髪が綺麗なストレートヘアになったのだ。まあ毛先にまだちょっと癖が残ってるけど、これくらいなら全く気にならない。
おかげで朝の手入れに時間が掛からなくて本当に助かってる。まさかとは思うが、これもホルモンのおかげなのだろうか? たしかに髪質もかなり綺麗になった気がするけど……癖っ毛まで直ったりするものなのかなぁ?
「というか、お前まだ二重じゃん。結局疲れ目じゃなかったのか?」
「ああ~~これね。うん、なんかもう馴染んじゃった」
最初は違和感があった二重瞼も、1週間も経てばすっかり馴染んでしまった。
今ではもうくっきりぱっちり二重だ。こうして改めて見て気付いたけど、私って意外と目が大きかったんだね。まあそう見えるだけかもしれないけど。
そう、瞼といえば、二重自体はもう慣れたんだけど……今度はなんか睫毛が重くなっている気がする。これもホルモンのせいなのかな? 髪質だけではなくて、睫毛の質まで変わっているとか? ……正直よく分からないけど。
* * * * * * *
──放課後
「ただいまぁ」
「おかえり……あら」
「なに?」
「朝も思ったけど……最近麗美、可愛くなったわね」
「なによいきなり」
「ううん。ふふ、きっといい恋をしているのね?」
「恋……うん、まあね」
画面越しの、決して叶わない恋だけどね。
……なんか改めてそう考えると、少し虚しい気分になってきた。
ニヨニヨする母親の脇を通り抜け、階段を上って自室に入る。
「はあ……」
鞄をベッドの上に放り投げ、習慣でパソコンを起動させる。
「恋、ねえ……」
ベッドの上に腰掛け、その言葉を口の中で転がす。
確かに、今私は恋をしている。
でも、それが叶わない恋だということも自覚している。
本気で芸能人と付き合えると思うほど、私は夢見る乙女ではないつもりだ。
そう、決して叶わない恋……報われることのない恋に、意味はあるのだろうか? 恋をすればするほど……好きになればなるほど、却ってツラくなるだけなんじゃ……。
「ああぁぁーーーもうっ!! らしくない!! もうやめっ! やめやめっ!! もうDVD観る!!」
私は憂鬱な気分を振り払うようにそう叫ぶと、パソコンの前に座った。
『続いてぇ~~我らがドラム、ギンーーー!!』
ダダダダドドドド ジャン ジャーーン!!
「きゃああぁぁぁ~~!! ギン様カッコイイ~~~!! もう最っ高!!」
メンバー紹介で華麗なドラムテクニックを披露するギン様に、パソコンの前で1人熱狂する。いやぁホントに何度見てもカッコイイ。ガッコイイ。
憂鬱な気分なんて一瞬で吹っ飛んじゃったよ。叶わない恋? はっ、そんなの今に始まったことじゃないし? 今が幸せならそれでいいじゃ~ん。ギン様サイコーー!! フゥッワフゥッワ。
* * * * * * *
【経験値が一定量に達しました。レベルアップを開始します】
【称号“クラス一の美少女”を獲得しました】
【経験値が一定量に達しました。レベルアップを開始します】
【経験値が一定量に達しました。レベルアップを開始します】
* * * * * * *
──2週間後
「ゴメン、いきなり呼び出して」
「いえ……」
この日、私は佐々木先輩に空き教室に呼び出されていた。
私が先輩に告白したのが、大体1カ月前か……もうずいぶんと昔のことのように感じる。
今のシチュエーションは、ここだけ切り取って見れば1カ月前と同じだけど……立場は逆だ。いや、この立場っていうのは飽くまで“呼んだ者”と“呼ばれた者”って意味だけどね? まさか、佐々木先輩が今になって私に告白するなんてことは……
「あの、さ」
「はい」
「あれから……木崎が告白してくれた時から、色々と考えてて……そうしたら、さ。なんか、木崎のことがスゴイ気になってきちゃって……」
「……はい?」
「今更って思うかもしれないけど……やっぱり付き合わないか? 俺達」
……そのまさかだった。え? なにこの状況。告白されてる? 私が?
えぇ~~っと……先輩と付き合う? 先輩と……。
「……」
「どう、かな?」
目の前の先輩をじっと見詰める。
……うん、悪くない。たぶんまだ好き……なんだと思う。
まあ今一番好きなのはギン様だけど、あれは叶わぬ恋だし……先輩のことは本気で好きだったし? 恋人になることに何の文句もないんだけど……。
(ううぅぅ~~~ん?)
なんだろう。何かが違う。
何かが、どうもしっくりこない。
どう言えばいいんだろう……嫌いになった、訳じゃない。う~~ん……熱が冷めた、っていうのが一番近いのかな? 何も問題はないはずなのに、どうもその気にならない。
「……佐々木先輩」
「お、おう」
「ごめんなさい、私、他に好きな人が出来たので」
「……え」
そして、結局私は先輩をフッてしまった。
先輩はまさか断られると思ってなかったのか、なんかポカンとした顔をしてたけど……私自身、どうしてフッたのかよく分からないし、まあ仕方ないよね。
なんか私もモヤモヤする。こうなったら、さっさと帰って昨日録ったBlue Dreamersのドキュメンタリー番組でも観ようっと。
* * * * * * *
【経験値が一定量に達しました。レベルアップを開始します】
【称号“学年一の美少女”を獲得しました】
【経験値が一定量に達しました。レベルアップを開始します】
【経験値が一定量に達しました。レベルアップを開始します】
【経験値が一定量に達しました。レベルアップを開始します】
【称号“学園一の美少女”を獲得しました】
【経験値が一定量に達しました。レベルアップを開始します】
* * * * * * *
──1カ月後
「なあ」
「なに?」
「最近お前、いろんな男子に告られてるって聞いたけど……」
「ああ……うん、まあ」
1カ月前に佐々木先輩に逆告白されて以来、私はそれまで告白してきた人達に次々と逆告白されていた。
誰もが「告白されてから気になった」とか「最近になって可愛いと思うようになった」とか、皆同じようなことを言っていた。……いや、まあ中には「最近彼女と別れたから、付き合ってあげてもいいよ」とか言うのもいたけど。
それだけでなく、今まで特に関わりもなかった男子からも、ちょくちょく告白されるようになった。なにこれ? これがモテ期ってやつ?
「昨日なんて、サッカー部のキャプテンに告白されたって……」
「耳早いね圭太……まあ、うん」
「……断ったのか?」
「うん、まあ……」
「なんでだよ。あの人女子からもスゴイ人気だぜ? 彼氏欲しいんじゃなかったのかよ」
「まあ、そうなんだけどね……」
そのはずだ。
なのに、私は今までの告白を全て断ってしまっていた。
理由はよく分からない。なんか違うと思ってしまったとしか言いようがない。
「う~~ん……そもそも、なんでいきなりこんなに告られるようになったんだろ?」
「いや、それは……最近お前、変わったし……」
「そう?」
「……ああ」
そう言って微妙に目を逸らす圭太に、首を傾げる。
確かに、髪や肌の調子はすごくいい。
癖っ毛もなくなったし、最近では天使の輪が出来るようになってしまった。ニキビなんかも全く出来なくなったし、最近乾燥してるけど、肌荒れとかも特にない。その一方で、少し色が白くなった気がする。なんか最近写真撮ると妙に肌が光っちゃうんだよね。
それに、睫毛がだいぶ長くなった。あと……うん。いい加減、胸がキツイ。
下着を買い換えるのをずっと先延ばしにしてたけど、それももう限界っぽい。たぶんサイズが1つどころじゃなく合っていない。
「流石にそろそろ買い換えないとダメかなぁ……最近すごい肩凝るし」
「ちょっ、バッ!」
自分の胸をぐいっと持ち上げながらそう言うと、圭太が焦ったような声を出して顔を背ける。
「お、お前、そういうことするなよ!」
「なんで? 今更気にするような仲でもないでしょ」
「いや……ほら、他の奴らも見てるし……」
そう言われて周囲を見ると、クラス中の男子が一斉に目を逸らした。
……え? 皆に見られてたの? そう思うと流石に恥ずかしいんだけど……。
なんとなく居た堪れない気分で縮こまると、圭太が少し赤い顔で何気ない風に言った。
「それで……なんか聞いた話だと、お前好きな人がいるんだって?」
「まあ、ね……」
告白を断る時に、そう言って断っているのは事実だ。
具体的に誰が好きなのかは言っていないけど。
「ふ、ふぅ~ん……ちなみに、誰?」
「それはちょっと……」
「なんだよ。今までは普通に教えてくれたじゃんか」
「まあそれはそうだけど……」
流石に芸能人とは言いづらい。
正直に言おうものなら、「なんだよ、アイドルオタクになったのかよ」とからかわれるのがオチだ。いや、ギン様はアイドルじゃないけど。
「……今回は言えない」
「なんで?」
「……圭太には言いたくない」
「そ、それって……」
「なに?」
「い、いや? そっか……うん、なら仕方ないな」
なんか圭太が挙動不審だ。
妙に落ち着きがない……というか、なんかそわそわしてる? ……まあいっか。
幼馴染の様子に少し首を傾げながらも深くは考えず、私はこっそりスマホの中に保存されているギン様の画像を見て、居た堪れない気分を誤魔化すのだった。
(ふわぁぁ~~カッコイイ。本当に癒されるわぁ~~)
……彼女は気付いていない。
自分が、いつの間にか学園一の美少女と呼ばれるようになっていることを。
そして自分が、自分から追う恋は好きだが、追われた途端に冷めてしまう難儀な性格であるということを。
彼女はまだ、気付いていない……。
* * * * * * *
【経験値が一定量に達しました。レベルアップを開始します】
【美女レベルが20に到達しました。称号“芸能人に恋する者”を確認。新たな転職可能職業として、《読者モデル》《地下アイドル》《アイドル研究生》が解放されました。転職しますか?】
はい いいえ