第9話 幸せの時間
神馬歴198年桜の月
正式にレイモンドさんが父になった。
父さん?師匠?何て呼べばいいんだろう?
その日から午前中は貴族としてのマナーを学び、午後は魔法の勉強が始まった。
貴族のマナーはあまりにも出来が悪いらしく教鞭で叩かれた。
奴隷の時に比べたら痛くもないが少し悲しかった。
しかしそれを知ったレイモンドさんが叩いた講師を国外追放にしたのには驚いた。
王子はその講師を紹介した貴族を同じく国外追放した。
叩かれただけなのにここには優しい人が沢山いた。
傷の手当をしてくれたメイド長のマチルダさんもその一人だ。
優しい人に囲まれて僕は幸せだった。
戦士長のガンドラさんは少し怖い。
剣の扱いを教えてくれるんだけど、何故かいつも訓練の途中で泣いている。
魔法はレイモンドさんが教えてくれた。
時に厳しく、時に優しく、こうやって本当の家族になれたらいいと思っていた。
王子は必ずおやつの時間に僕を呼んだ。
「俺が頑張らない事を教える。」と言っていた。
王子と居る時はいつも昼寝か読書
王子が飽きると悪戯をしに城内を散策した。
ある日第一王子のセドナ王子に悪戯をした。王子がパチンコを第一王子に当ててバレた時、第一王子も一緒に笑っていた。
護衛のガンドラさんは怒っていた。
幸せはこうやって生まれてくるんだと王子は教えてくれた。
神馬歴199年 椿の月
バーン王子が帝国に攫われた。
式典の為にテオドールの街に向かっていた時、襲撃にあったらしい。
「これよりバーン王子奪還作戦を説明する。」
レイモンドさんが険しい表情をしているのをはじめて見た。
「現状我々はあまりにも情報が少ない。まずは王子の所在と交渉になった時の材料が必要だ。」
「戦士長ガンドラ、君にはこのゲンジ草原にある帝国との国境線を押し上げてもらう。この先にあるゲンジ村を我々の領地に戻すんだ。最悪交渉の材料にする。」
「マチルダ・・・すまないが昔の馴染みに聞いて王子の消息を探ってくれ。」
「私はテオドールの街に行く。伝達は信頼がおける者を厳選してくれ。以上」
「ハッ!!必ずや成果を上げてまいります!!」
「僕も何か手伝える事はありませんか?」
「いや。大丈夫だ。いつものように勉学に励みなさい。」
何も出来ない自分を情けなく思った。
部屋に戻るとメイドとロウさんがい居た。
「紅茶はいかがですか?」
「お願いします。いつも突然なんですね。」
一口飲むととても穏やかな気持ちになった。「温かい。」
メイドは微笑んだ。
「お主はここで不貞腐れとるだけか?王子は何処に居るかもわからんのじゃろ?」
「なんでそれを?」
「ワシじゃからの。一つ手助けをしてやろう。」
そう言うとまた目隠しをされた。
「今は左目だけで見る事が大事じゃ。」
「あそこに鳥が見えるか?」
「はい。でも今はこんな事している場合じゃ。」
「いいから見えたら意識を集中して鳥が見ている景色を見ようを念じろ。」
次の瞬間上空から世界が見えた。城の窓に人影が見えるあれは僕だ。
「よし成功じゃな。次は今見えている中で近場に何か居らんか探してみるのじゃ。」
「狼が見えます。」
「先ほどと同じようにするのじゃ。」
今度はオオカミの目線になった。地面が近い。
「周りに仲間の狼はいるか?」
「はい。」
「では今度は全ての狼の中に入り込む様にしてみるがいい。」
なんだこれ?気持ちが悪い。
「そこにいる狼の数だけの景色が見えるじゃろ?ただこれには注意点がある。あまりに多すぎる情報は頭の処理が追い付かん。すぐ倒れて使い物にならんくなる。って・・・ありゃ?もう倒れておったか?それをどう使うかはお主次第じゃ。」
朦朧とする意識の中で僕は思った。
僕は知っていたはずなのに幸せな時間と場所が永遠に続かないことを・・・。
僕は知っていたはずなのに今が戦時中だという事を・・・。