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メタャメタャな世界  作者: きづかと
9/14

めんどいしね

コウは温かい布団の中で目を覚ました。

「あ、起きた」

 少女の声がした。コウは顔だけをそちらに向けた。

 そこにはボブカットの赤い髪に、赤い瞳をした一人の少女が椅子に座って心配そうな顔でこちらを見ていた。

「大丈夫、コウ?」

 その少女はコウの顔を覗き込んだ。端正な顔立ちが眼前に広がる。けれど鋭い目をしているので、他人からは機嫌が悪いのではないかと誤解されそうだ。

「ねぇちょっと聞いてる?」

「あ、あぁすまない」

 とりあえずコウは上体を起こした。すると、いっきに激しい倦怠感に襲われ、コウは起こした体を元に戻した。

「ここはどこだ?」

「どこってあんたの部屋よ。まぁ正確にはあんたの部屋じゃないけどね」

 そう言われてコウは部屋を見渡した。たしかにここは武器屋の人から貸してもらった部屋だ。まちがいない。

「それよりコウ! あんたがやったの? あの街の外にある氷漬けの溶岩って」

「そうだ」

「あんた案外やるわね! さすがは勇者ね!」

「……まぁな」

 コウは歯切れ悪くそう言った。

「それに私との約束もどうやらちゃんと守ってくれたみたいだしね」

「約束?」

「そうよ。まさか忘れたわけじゃないわよね?」

「すまん。わからない」

「そうよね。忘れたとは言わせ――え?」

 その瞬間、その少女は目を見開いた。そしてそのあと笑った。

「あんたってそんな冗談言うやつだったかしら? 驚かせないでよ」

「本当にわからないんだ。すまない」

「あんた、本気で言ってるの?」

「俺は嘘はつかない」

 その少女は信じられないものをみる目でコウを見た。やがて、口がわなわなと震え始める。

「ねえ、コウ」

 その少女は自分を指さした。そしておそるおそる口にする。

「私の名前、わかる?」

「それもわからない。お前はだれなんだ?」

 その少女は愕然とした。開いた口がふさがらない。

「冗談でしょ? そう言いなさいよ」

「本当にわからないんだ。すまない」

「な、なんで――どうして?」

 どの問いかけは、コウにとってもわからなかった。コウは不気味でしかたないのだ。

 どうしてこの少女は知ったような口調で自分に話しかけてくるのだろうか。それが恐ろしく怖かった。もしかしたら自分をだれかと勘違いしているのではないかと思った。

 だが彼女は自分の名前を呼んだ。だから彼女は自分のことを知っているのだ。しかも深くまで。なにせここで意識が回復するのを待っていてくれたのだから。知り合い程度ではここまでしてくれないだろう。

 ならばどうして彼女のことがわからないのだろう。その理由が、コウにはわからなかった。

「なにか答えてよ」

「すまない」

「ばか! もういい!」

 パンと、頬を叩かれた。彼女は泣いていた。名前の知らない彼女は、真っ赤な顔をしていた。そして彼女は逃げるように部屋を出て行った。

 彼女と入れ替わるようにしてフシギが部屋にやってきた。彼女のことは覚えていた。

「どうかしたんですか、コウさん?」

「なぁ、フシギ。教えてくれないか? あの少女はだれなんだ?」

 フシギは少し考えるような仕草をした。考えるようなことだろうかと思ったが、口は挟まなかった。それより早くあの少女の名前を知りたかった。

「彼女は――」

 フシギは言った。

「ただの武器屋の看板娘ですよ」



 街の長から直々に祝詞を述べたいから家にきてくれと申し出があったのは、昼下がりのことだ。コウはまったく気が進まなかったが、フシギにむりやり連れ出された。フシギはまた麦わら帽子をかぶっていた。

 街の長の家はけっこう大きな家だった。マフィアの家ほどではないが、立派な一軒家だった。庭まであるのだから驚きだ。

「やぁ、よく来てくださいました。どうぞこちらへ」

 街の長は腰が折れ曲がったおじいさんだった。歩くのもやっとというようなおじいさんに案内され、客間へと移動した。

 客間には数人人がいた。当然だが、そこにあの少女はいなかった。

「どうぞ座ってくださいコウさんとフシギさん」

 案内されるがままに席につくと、隣の酔った兄ちゃんが楽しげに話しかけてきたが、コウは相手にする気も起きなかった。

 まもなく全員がそろったところで、彩られた料理がふるまわれた。コウは手を付けなかった。食べ物が喉に通る気がしなかった。街の長にはまだ食欲がわかないと言った。

 食事がぼちぼち進んだころ、街の長が切り出した。

「このたびはこの街を救っていただきありがとうございました。街の代表として感謝申し上げます」

「いえ」

 コウはどう反応したらいいのかわからなかったので適当に答えた。

 話があるところに転がったのは、当たり障りのない話を数分したあとのことだ。

「失礼を承知で頼みがあります、お二人さん。あなたに火山の調査を依頼したい」

「火山の調査?」

「はい。いまは氷漬けにされて活動を停止している火山ですが、氷が溶けたらまた噴火するかもわかりません。ですからお二人になぜ火山がいきなり噴火を始めたのか調べてほしいのです。もちろん報酬は出します」

 とのことだった。コウはそれを受けた。報酬はいらないと言った。しつこく迫られたので、コウは二つお願いを聞いてもらうことにした。

 一つはオウマについてだ。そしてもう一つは――

「夕食ですか? えぇえぇかまいませんよ。ですが、そんなことでいいのですか?」

「あぁ」

 これは切実な問題だった。武器屋で食事をするのは気が引けるからだ。街の長は首をかしげながらも了承してくれた。

 夜になってもコウは中々寝付けなかった。寝返りを何度もうって気を紛らわせたが、うまくいかない。まだ頬が痛む。もう腫れは引いてるはずなのに。コウはくそ、と自分に悪態をついた。けれど心のもやは晴れなかった。



             5



 夜が明けた。睡眠不足の体をなんとか起こし、コウは洗面台で顔を洗った。顔にはクマができていて、酷くみすぼらしい顔をしていた。コウは顔を引きつらせて笑った。

 準備をしてフシギとともに外に出る。今日もまた快晴だ。この世界は雨が降らないのかと思うほど晴れ続きだ。コウは太陽をぼうっと眺めたあと、出発した。

 北の門にはだれひとりとしていなかった。当然だ。朝も早いし、なにより街の長にはいつ出発するか言ってない。だから人が来るはずないのだ。なのになぜ、だれかが来るのではないかと振り向いてしまうのだろう。不思議だった。

 門が重厚な音を立てて開いていく。コウは一歩を踏み出した。ついにだれひととしてり二人を見送る人者はいなかった。

 街の外はとんでもないことになっていた。道脇にある草原は薄汚れていて、黄土色の道は途中から氷の道へと姿を変え、それはどんどん肥大化し、草原をも氷漬けにしていた。これを自分がやったのだと言われても、いまいちピンとこなかった。

 二人は道なき道を進んでいく。途中で氷漬けにされた木製の看板を発見した。折れていて、もう看板としての役目を果たしていなかったが、代わりにこの氷が案内をしてくれる。氷が連なっている場所をたどれば火炎の里につくはずだ。

 二人は黙って氷の道を進んでいく。そして少しずつ氷の道が急斜面になっていく。そしてそれに比例してどんどん氷が溶けてきている。きっと地面が熱を持っているせいだろう。それにどんどんと気温が上がってきてる気がする。

 気がつけば氷の道は赤茶けた地面へと変わっていた。二人は終始無言のままその地面を踏みしめる。コウは基本無口だが、フシギは歩いてるときもよくしゃべる。だが、今日は無言だった。コウが発するなにかを感じ取っているのかもしれない。あいかわらず空気が読める少女だった。

 二人は汗だくになりながらなんとか入り口のような場所へとやってきた。とにかく暑い。というよりむしろ熱い。なのにまだ入り口には入ってないのだ。これから先が思いやられる。

「いよいよですね、コウさん」と、フシギが口を開いた。

「あぁ。溶けるなよ」

「溶けないようにコウさんが守ってくださいよ」

「それは無理だ」

「えーコウさん死んでも守ってくれるって約束したじゃないですか」

「……約束か」

 コウはふと思った。自分はあの少女となにを約束したのだろうか。たわいないことだろうか。それとも大切なことなのだろうか。また、もやもやが広がった。

「行くぞ」

「ぶぅー」

 フシギが口をとがらせてふてくされていたが、気にしないことにした。二人は火山の麓にある口を開けたような入口へと入っていった。



 中は思ってたより暑くはなかった。だが、汗はどんどん垂れてくる。こまめに水分補給しないと熱中症で倒れてしまいそうだった。

 中は馬鹿でかいエレベーターが無機質に一つあるだけだった。火山の中に機械があるなんて驚きだが、あるのだから割り切るしかない。二人はそれに乗った。すると自動でエレベーターは下降していった。

「この火炎の里にもいますかね、神さま」

「いるんじゃないか」と、コウは適当なことを言った。

「どんな姿をしてるんですかね」

「さぁな」

 エレベーターはゆっくりと下降し、やがて止まった。ガシャンという音が響き、ドアが開いた。その瞬間、「うおぉぉぉん! うおぉぉぉん!」という悲鳴のような奇声のようなよくわからない声が響き渡った。

 エレベーターの外はマグマの世界だった。こぽこぽと音を立てては風船のように膨らみ、弾けては消えていく。落ちたら即死だ。

 マグマの世界だとはいえ、マグマが侵食してない地面はあった。二人はそれを慎重になりながら進んでいく。進めば進むほど声は大きくなっていく。

 曲がり角を曲がると、その声の主はいた。玉座の背もたれに額をくっつけ、地面に正座しながら、それはそこにいた。

 コウはそれが鬼だということを理解するのに少し時間がかかった。鬼というのは幻想の中の生物だと思っていたからだ。真っ赤な色をした小太りの鬼。頭に黄と黒のしましまの角を生やしている。おまけに服装も黄と黒のしましまの毛皮の服を着ている。

 鬼は二人に気づくことなくめそめそと泣いていた。

「あの」

「おおおおぉぉぉぉん! おおおおぉぉぉぉん!」

「あの!」

「おおおおぉぉ――うん?」

 鬼がようやく二人の存在に気づきこちらを振り向いた。鬼は案外可愛げのある顔をしていた。これは想像と違っていた。てっきり修羅のごとくいかつい顔をしているのかと思っていたからだ。

 鬼は瞳に涙をためて、うるうるした表情でこちらを見ていた。そして目をこすってまたもう一度二人を見る。そして驚愕した。

「なんでここに人間がおるんじゃ!」

 鬼はがしがしと涙を拭うと、玉座にすばやく座り、肘かけに肘をつき、手に頭の体重を乗せたあと、偉そうな口調で言った。

「なんで人間ごときがここにおるのじゃ。答えよ」

 どうやらやり直すようだった。鬼の面目が立たないのかもしれない。なので付き合うことにした。余計なことは言わない方がいい。

「どうして火山が噴火したのか調べにきた」

「ほほう。火山が噴火した理由とな。それは簡単な話じゃ」

 大きなでべそを突き出し、鬼が胸を張った。

「余が振られたからじゃ」

「振られたから火山が噴火したのか?」

「そうじゃ」

 なんとも身勝手でしょうもない話だった。

「ならもう噴火しないのか?」

「わからん。それは余の考え方しだいじゃ。それよりお主ら、なぜこのマグマの世界で平然としておる? 普通ならもうとっくに干からびて死んでるぞ?」

「そうなのか?」

「そうじゃ。お主ら本当に人間か?」

「人間だ」

「おかしいのぉ。このマグマを耐えうる魔法なんてフリーズのやつの水の羽衣くらいしかしかないんじゃがのぉ」

「フリーズなら二日前に会った。もしかするとフリーズがかけてくれたのかもしれない」

「あいつがそんなことをするはず……うん待てよ? 二日前?」

 鬼は目線を上に向けた。そしてむむむと唸りながら黙考した。

「お主らはもしやこの火山を氷漬けにした者たちか?」

「そうだ」

「そうかそうか――」

 鬼は何度もうなずいて、カッと目を見開いた。

「助かった! 余はたしかに高貴な存在じゃが、無益な殺生は好まぬ。それが自分の身勝手なものなら余計にじゃ。だから助かったぞ!」

 鬼はけらけらと笑った。変な喋り方だが、悪いやつではなさそうだった。

「礼として余の名前を教えてやろう。余の名前はザンじゃ」

 二人は自己紹介をした。

「ほほう。お主は勇者であったか。外見だけではわからぬものだな。ぜひ、魔王をたおすのじゃぞ。もし倒したらその暁には余と杯を交わそうじゃないか」

 鬼もといザンはご機嫌な様子でまたけらけらと笑った。

「それより、もう火山の噴火は起きないのか?」

「む? それはわからぬ。余は男じゃ。もしかするともう一度愛しい彼女に当たって砕け散るかもしれん。そうなればまた火山が噴火してしまうかもしれない。この火山は余の心の動きに同調しているからな。余の心が動けば火山も動いてしまうのじゃ」

「そういうことか」

 ザンは振られたことでひどく心が揺れ動いた。そのせいで火山が噴火してしまったのだ。ならばこのままだとまた火山が噴火してしまう可能性がある。それでは帰るに帰れない。どうにかしてこの状況を打破しなければならない。

 この問題を解決するには二つのパターンがある。一つはザンにあきらめてもらうパターン。そしてもう一つはなんとかして相思相愛に持ち込むパターンだ。前者も後者も難易度はかなり高い。だが、それしか方法が――。

「ザンさん、少しいいですか?」

 コウが口を開くより先に、フシギが問うた。

「いいぞ。くるしゅうない」

「ザンさんは高貴なお方なのですよね?」

「あぁそうだ。余は高貴なるものじゃ」

「ならそんな人は他人の女性を奪うなんてことはしませんよね?」

「あたりまえだ。そんな邪道なまねなどしたくないわ」

 その瞬間、フシギは薄く笑った。

「ならコウさんがその方に愛の告白をしても問題ありませんよね?」

「……なんじゃと?」

 ザンは驚きの表情を浮かべた。だがそのあとなにやら上を向いて考え始めた。そしてにやりと笑う

「おもしろいな、それ。コウといったな。お主、余の愛しき彼女に告白するのじゃ」

「え?」

「そして思う存分振られて余の苦しみを味わうがいい! そしてもしかすると余の大切さに気づくかもしれんしな。余は晴れて恋仲となり、火山も止まる。まさしく一石二鳥じゃ!」

 コウは返す言葉もなく、フシギを見た。フシギは満面の笑みを浮かべていた。完全にこの状況を楽しんでいる。コウは一発軽くげんこつを入れようかと思い、やめた。女性に手を出すのはいくら軽くとはいえありえないからだ。それも計算の内なのかもしれない。

「それでザンさん。その愛しい彼女とはいったいだれのことなのでしょうか?」

「お、おほん。それはじゃな。森林の砦に住んでる妖精……ピ、ピコちゃんじゃ」

 ザンは頬をぽりぽりとかきながら、照れた様子でそう言った。ぜんぜんかわいくなかった。おそらく中年太りのせいだろう。

「ではこれよりコウさんが愛の告白をしにいくので、ザンさんはここで待っててくださいね」

「ま、まて!」

 コウの背中を押して出て行こうとすると、ザンが慌てた様子で止めた。

「余も同行する。振られた顔を拝みたいしな」

「でもザンさん。エレベーター乗れるんですか?」

「もちろんじゃ。ほれ」

 ザンは指をパチンと鳴らした。するとザンがみるみる内に萎んでいく。まるで穴の開いた風船のようだった。そして気づけばフシギよりも小さな子鬼になっていた。便利な魔法もあるものだ。

「それでは森林の砦に出発じゃ!」

 こうして二人と一匹は火炎の里をあとにし、森林の砦へと向かうのだった。


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