おおおおおいいいいい
またしても気を失っていたコウは、今度は自然と目を覚ました。そして周りから溢れる真眩しい光に目を細めた。
「やっと起きたのね。ほんと、あんたって弱っちいやつね」
薄目から見えたのは、薄汚れたビジョだった。ビジョはコウが気がついたことが嬉しいのか、にかっと笑った。一瞬、目を奪われたような気がしたが、気のせいだろう。
「こ、ここは?」
いまだに眩しさに慣れないコウは、ここがどこだかよくわからない。
「ここは、そうね……宝物庫みたいなところなのかしら?」
「宝物庫?」
コウはそれを聞いて急いで体を起こした。少しずつ、景色がはっきりしていく。
「すごいな、ここは」
そこは金色に囲まれた部屋だった。眩い光が四方から注がれ、コウはただただ茫然としていた。
「というかビジョ、お前生きてたのか」
「そうよ。ちなみに最後の光は私の――」
ビジョは自慢げに言おうとしたが、それは止められてしまった。
「ちょ! ちょっと!」
「よかった」
コウはビジョを抱きしめていた。最初はあたふたとしていたビジョだったが、やがて大人しくなる。
「……も、もういい?」
「あ、あぁ……すまない。感極まった」
「ま、まぁ別にいいけど……」
ビジョは顔を赤くしてそっぽを向いた。けっこう恥ずかしかったようだ。だが、ここには人はいないのでそこまで恥ずかしがらなくてもいい気はするが。
「コウさんの浮気者~おたんこなす~」
いや違った。フシギがいた。フシギは唇を前につきだし、ふてくされた様子で岩に腰かけ、足をぶらぶらとさせていた。
「いやまて。俺は浮気者ではないぞフシギ。俺たちは付き合っていないはずだ」
「乙女心がわかっていませんね、コウさんは」
「乙女を語るような年でもないだろう、フシギは」
「失礼ですね。私だって乙女ですよ。乙な女ですよ」
「乙な女だと、意味がまた違うような気がするが、それは置いといて、フシギも無事のようだな」
「安否のお祝いハグは?」
「ない」
「生きててよかったのちゅーは?」
「そんなのものはない。それより、ここが宝物庫ということは、宝玉はここにあるんで間違いないのか?」
「間違いないというより、あそこにありますよ」
フシギはこの部屋の奥を指差した。
そこには、丸い玉があった。七色の光を放っており、見るからに宝玉感を存分に出していた。
「これで依頼完了だな」
コウはその宝玉を手で掴んだ。思ったより軽かった。
「コウさん、ぜひその宝玉を私に持たせてください。大切にしまっておきますので」
「わかった。わるいな」
「いえいえ」
フシギはそう言って宝玉を受け取った。
「では戻りましょうか。出口はすぐそこです」
「はぁ。疲れたわね。甘いものが食べたいわ」
こうして三人はココノ遺跡をあとにした。
6
遺跡から出ると、日が昇っていた。そこまで時間は経過してないはずだと思っていたが、案外時間は流れていたらしい。なんだか、日をみるのが久しぶりな気がした。
三人は街に戻り、、少々の休憩をとった。ドンは宝玉をとったらすぐに来いと言っていたが、多少の休憩を取ってもバレることはないだろう。コウはベッドに潜り、死んだように眠った。
そして昼過ぎくらいにマフィアの家へと向かった。フシギはその間眠ることなく起きていたらしい。丈夫な少女だ。
「ほう。これがあの宝玉か。すばらしい。七色に光るというのは本当のようだ」
ドンはコウとフシギが宝玉を取って来たと言ったとき、酷く驚いていた。どうやら本当に取って来るとは思っていなかったらしい。
ドンはしばらく宝玉をみつめたあと、言った。
「それでは、交渉成立ですね。いいでしょう。約束通りあの提案を受け入れ、そして施設を建てる金の工面もこちらが担いましょう」
ドンはあいかわらずサングラスをしていた。彼はしかたがないと言わんばかりにそう言って葉巻を加えた。
「本当か?」
「えぇもちろん」
ドンは気前よくそう言った。
「――ただし、あなたたちが生きて帰れればの話ですけどね」
ドンは意味のわからないことを言った。そして葉巻に火をつけた。
その瞬間、葉巻が爆発するような光を放った。
「な!」
コウは思わず目を瞑った。まばゆい光は約一分ほど続き、コウは身動きが取れなかった。
やがて光が止んだとき、もうそこにはドンの姿はなかった。
「逃げられた……」
「そして、囲まれましたよ、コウさん。どうやらこれは罠だったようですね」
フシギにそう言われてから、コウは気がついた。同じくサングラスをした手下たちが、昨日同様、二人を取り囲んでいた。その数は、昨日よりはるかに多い。三百六十度、手下が群がっている。
「かわいいそうに。せっかく身を挺して宝玉を手に入れたのにな。ま、相手が悪かったと思ってくれ」
手下の一人がそう言った。そして無慈悲にかまえられる拳銃。逃げ場はどこにもない。
「せめて、フシギだけでも見逃してくれないか?」
「あぁ? ばかいうな。そんな慈悲深い人間じゃねえんだよ俺たちは。もし仮にそのお嬢ちゃんを情けで逃がしたら、死ぬのは俺だ。悪く思うなよ。人間誰しもかわいいもんさ」
「く――!」
またしても訪れる危機。そして四方八方からセーフティーが外れる音がする。コウは必死に策を模索するも、何も良い案は浮かんでこない。
結局、どうすることもできないまま、銃弾の雨は二人を襲った。
万事休すか思われた矢先、事は起きた。
キキキキキキン!
まるで金属と金属を思い切りかちあわせたような甲高い音が無数に響き渡り、コウは目を瞑っていた目を開く。そこには人影あった。和服を着ていて、肩の部分が大きくはだけている。
その人影は言った。
「なるほど。こういうことですか。本当にマフィアってのはいけ好かない連中だ。あっしとしては仁義くらい通せなんて思いますけどね」
ため息を一つつき、彼はやれやれと首を振った。
「な、なにもんだてめぇ!」
「あっしですか? あっしはタツマといいます」
「タツマだぁ? うん……タツマっていやああのヤクザの……」
「その通り、頭を張らせてもらってます」
タツマはそう言って微笑んだ。そして手下たちは徐々に彼から遠ざかっていく。
「おい一旦引くぞ! タツマを相手にするのは俺たちじゃあ役不足だ!」
手下は手下なりに実力を鑑みてなのか、おずおずと身を引き、やがて蜘蛛の子を散らすように逃げていった。てっきり玉砕覚悟でつっこんでくるかと思ったが、身の程をわきまえているらしい。
「大丈夫ですかお二人さん」
タツマは振り返り、二人の身を案じてくれた。
「ヤクザのリーダーがどうしてここに?」
コウが聞くと、タツマはフシギを見た。
「お嬢ちゃんからの申し出でね。ここに来るように言われたんですよ」
「間に合ってよかったです」
フシギは笑顔でそう言った。
「でもあの宝玉は取られてしまったんでしょう?」
「えぇ。でも大丈夫です。本物はここにありますから」
フシギはポケットから宝玉を取り出して、二人にみせた。
「ここに来る前にビジョさんに偽物をつくってもらいました。そしてさきほど渡したのはその偽物です」
「そうだったのか……」
コウはそんな準備をしてフシギがここに来たことを少しも知らなかった。もしかすると、一度武器屋に戻ったのはそのためだったのかもしれない。
「すいませんコウさん。お教えしなくて」
「いや気にするな。宝玉が無事ならそれでいいさ」
ザザザザ……ザザ……ピ。
部屋のどこからか、ノイズのような音が響く。
「なんだ?」
「ひひ。聞きました聞きましたよ。本当に勇ましく、そして愚かな方たちだ。我らマフィアの交渉にそんな偽物を持ってくるなんて――万死に値します」
聞こえてきたドンの声。だが、あたりに人の気配はない。それでもはっきりとその声は聞こえてくる。
「どうやらスピーカーのようですな。そして、今の話を聞いていたようだ」
タツマは上を向いていた。コウもそこに視線を移すと、そこにはスピーカーがあった。天井から吊るされていて、カメラのようなレンズもついている。
「私にたてついてきた人間はみんな殺してきた。だから今回もそうさせてもらいますよ」
ガシャン! ガガガガガシャン!
アジトが震え始め、周りに取りつけられていた窓が黒のシャッターでどんどん閉じられていく。
「ディスデスハウスへようこそ。さぁ、思う存分楽しませてくださいよ。簡単に死んだらつまらないのでね。ひひ」
ドンは嫌な笑いを響かせてからスピーカーを切った。ガガ、という音が小さく鳴った。
「どうやら閉じ込められたようだな」
タツマは辺りを見回してそう言った。今見える範囲の窓はすべて封鎖されている。他の部屋もこの景色と大差はないだろう。
タツマがふと、そのシャッターに近づいた。そして鞘に収まった剣の柄に手をかけた。
「ふん!」
勢いよく振り抜く。だが、高音が鳴り響くだけで、シャッターには傷一つつかない。
「硬いな。刀で斬るのは無理そうだ」
タツマは舌打ちをついて刀を鞘に納めた。言葉は平然としているが、悔しそうだった。
「どうにかしてここを抜けたほうがいい。ドンのやつは何をしてくるかわからないからな。とりあえずこの一階を探索してみよう」
タツマはこの状況にうろたえることなく、次々に考えを模索し、行動へと移していく。対してコウはただ漠然とタツマの行動をみているだけだった。そんな自分が情けなかった。
「だから俺は信頼されないのかもな」
「コウさん、今は悲観している場合ではありません、今はタツマさんについていくべきです」
「あぁ。わかってるさ」
自分の未熟さも受け止めるのが勇者だ。それにフシギの言う通り、今はそんなことを考えるべき時じゃない。タツマはもう、この部屋を出ようとしているのだから。
二人はなぜかいまだ部屋から出ないタツマに駆け寄った。
「お二人さん。悪いですが、下がった方がいいかもしれません」
駆け寄ったその瞬間、タツマがぱっとこちらに手を振りかざしてそう言った。
いったい何事かと、コウはタツマの背後から顔をのぞかせ、その先を見た。
「ターゲット、ハッケン」
コウの目の先に映るのは、真っ赤な絨毯が敷かれた長い廊下だ。そしてその先に、何かがいた。
「あれは?」
それは真っ白い雪のような色をした人型のロボットだった。人型といっても、下半身は戦車のようなキャタピラになっていて、まるで人がキャタピラに乗っているみたいだった。
「あ、あれってたしかペイパーくんですよ。巷で話題の」
「あのハゲつる頭のてかてかロボットがか?」
「はい。今にも睨み殺されそうな真っ赤な目を持つ、あのまな板ぺったんこロボットが、です」
「世界は広いな」
「ですね」
「お二人さん、のんきだねぇ……」
タツマは乾いた笑みを浮かべた。
「タダチニ、ハイジョヲ」
ペイパーくんは、突然、両手の指をこちらに向けた。
「カイシシマス」
パカカカカカカカカカカ。
ペイパーくんの第一関節が総勢十本取れて、中の空洞が三人をみつめる。
「二人とも! あっしのすぐ後ろへ!」
タツマが叫び、刀を抜くのと同時、ペイパーくんの空洞から、ぱらららら、と機関銃のような音がして――というか、ペイパーくんの指一つ一つが機関銃のようで、そこから雨のように弾丸が三人を襲う。
「はあぁぁぁぁぁぁぁ!」
タツマが吠えながら、迫りくる弾丸の雨を刀で弾いていく。およそ人間業ではないその剣技は、コウを圧倒した。どおりでマフィアの手下が逃げ出すわけだ。
ようやく弾丸の雨が止んだ。ペイパーは肩と頭をがっくりと落とした。その仕草は人間のようだった。
「よくつくられてるな」
「そうですね。きっと開発者は、感情を表現するために、行動という原理を使ったのでしょう。おもしろいです」
「いや、もしかするとあっしたちを殺す算段を考えているのかもしれません。気を張ってください」
三人はペイパーくんの様子をじっとみつめた。するとペイパーくんは両手を前に伸ばして肩が凝ったのか、腕をぐるぐる回して、そのあと首をポキポキと機械音で鳴らした。
「あいつ本当は人間なんじゃないか?」
「どこの世界に機械音でポキポキと関節を鳴らす人間がいるんですか。ていうか下半身キャタピラですよキャタピラ」
するとペイパーくんは下げていた顔を上げ、熱心にみつめているコウとフシギを見た。
「イマ、ボクノコトカンガエテタデショ。ボクモオナジデ、アナタタチノコトヲカンガエテマシタ。リョウオモイデスネ」
コウとフシギは互いに顔を見合わせた。二人とも、信じられないとでも言いたげな表情だった。
「コウさん、ペイパーくんは人間でした」
「どうやらそのようだ」
「いや、そのようだじゃないでしょうに。しかしうまくつくられてるもんだ。あれはまさしく人間ロボットだな」
タツマの意見は言い得て妙だ。人間のようなロボットなんて存在するはずがないのに、しっくりきてしまうのだから。
人間がつくったものに人間が使われるなんて、滑稽な話だ。
「ナノデボクハ、ボクハ!」
急にペッパーくんが感情を露わにして(彼は真顔だが)、背中に手を回す。
出てきたのは二つの『刃』だった。というのは、ペイパーくんが手にしている刃物には、柄が存在していない。すべてが刃でできている。ペイパーくんはロボットなので問題ないが、普通の人間なら握っただけで血まみれである。
それにしても、ペッパーくんはいったい何をする気で、何と言うつもりなのだろうか。
三人が無意識に言葉を待っていると、ペッパーくんはおもむろに刃と刃を十字に合わせ、そのまま上に掲げた。もしかすると十字架に見立ててるのかもしれない。
そしてペッパーは歓喜の声で言った。
「アナタタチガシヌマデ、オイツヅケマス。ボクノオモイヲトドケルタメニ」
「猟奇てきだな。ロボなのに」
「すごい性癖ですね。ロボットなのに」
「感心してる場合か! 逃げるぞ!」
タツマの一声で、三人はペイパーくんに背を向ける形で逃げた。まだ部屋はたくさんあるので、曲がり角をふんだんに使い、行方をくらませるようにして――
「マッテー」
突然、三人が走っていた部屋の壁がぶち抜かれ、ペイパーが飛び込むようにして部屋に入ってきた。どうやらペイパーはとてつもなく頑丈らしく、傷一つついていない。
「コマッタヒトタチデスネ」
ペイパーは三人の前に先回りすると、ぐるんと回転し、三人に向き直った。
「ドコカラデモイイデスヨ。カカッテキテクダサイ」
ペイパーは刃物を持ち、毅然とかまえる。かまえ方は、今からボクシングでもするかのようなかまえ方だった。
「ならば手合せ願おうか。逃げてるだけじゃ、結局埒が明かないしな」
タツマは正中線に沿うように身体の中心で刀をかまえ、切っ先は相手の喉のあたりに向けた。体と刀が少しもぶれることなく、時が止まったように動かない。それはペイパーも同じで、二人だけを見るとまるで静止画のようだった。
先に動いたのはタツマだ。
「ふっ!」
体の軸をずらすことなく、タツマの刀は上に振り上げられていた。そしていきおいよく振り下ろす。
ペイパーはそれを軽々と二振りの刃で受け止めた。
タツマはムッとした顔をつくると、次から次へと斬撃を繰り出していく。ペイパーは最初は食らいついていたが、やがて処理しきれなくなり――
「はっ!」
タツマは隙を狙い、ペイパーの二振りの刃を上に跳ね飛ばした。ペイパーがバンザイする形になり、胸のあたりががら空きになる。
「はあぁ!」
タツマはそこに、渾身の一撃を叩きこんだ。ペイパーの体が跳ねて後ろに倒れる。
「倒したのか?」
「こりゃあ困ったな……」
一撃を入れたタツマが、渋い顔をしてこちらに振り返った。
「お二人さん! 倒れてる間に逃げますよ!」
タツマは倒れたペイパーを飛び越え、部屋を飛び出す。二人も慌ててペイパーを飛び越えて部屋を出る。そのときコウは気がついたのだ。
ペイパーの体には傷一つついていなかったことに。
「マダ……マダ……」
むくりと起きあがるペイパーの赤い目が、不気味に点滅していた。
「ボク、ビックリスルトメガテンメツスルンデス。スゴイデショ」
ペイパーを褒める者はだれもいなかった。
三人は猛スピードで廊下を駆け抜けていた。果てしなく続く赤い絨毯の道は、ただただ一本道で、隠れるような場所が存在していない。もしペイパーが追ってきて、また弾丸の雨を降らしたら、今度こそ助からないかもしれない。
「お二人さん! あそこに階段が!」
タツマが先の方を指さす。たしかにそこには階段が存在した。
「万が一があったらいけません。階段を上って隠れられそうなところをみつけましょう。ここだといい的だ」
タツマはこんなときでも二人を気遣ってくれた。それにコウは感謝し、階段を目指す。
「ハッケン。ハッケン」
ペイパーは三人をみつけると、一気に前傾姿勢になり、キャタピラから白い煙を吹かせながら高速回転させ、速度を上げる。その様子は暴走し始めた機関車のようだった。
「速い!」
ぐんぐんと三人と一体の距離が近づいていく。刃を持っているからなのか、銃で攻撃する気配はない。だが、このままではまたタツマが追い払う役目を負うことになる。
「く――!」
コウは一目散に階段めがけて走った。階段を上ればなにかが変わると信じて。
ペイパーは躍起になって追ってきている。その差はわずか十メートルほど。
「もう少し……」
その差はわずか八メートル。
六メートル。ペイパーが上に跳ねた。「ニガシマセンヨ」と、言った気がした。
階段は目前。ペイパーは今、三人に覆いかぶさるような――ようは真上に位置している。二振りの刃が、天井に取り付けられた灯りで反射して光る。
「とびこめ!」
タツマが言った。
コウは体を無意識に前に突っこませた。階段の凹凸にひどく体を打ちつけ、コウは苦悶の表情を浮かべる。だが、痛みはそれだけだった。
「間に合ったみたいだな」
タツマが今来た道を振り返って言った。
コウはその意味がよくわからず、体をうつ伏せに倒しながらも、ゆっくりと後ろを振り返った。
そこには、『無』の空間に刃を入れたまま止まっているペイパーくんの姿があった。
『無』の空間というのは、階段と一階の床のちょうど分かれ目のところである。三人はここをぎりぎりで通り抜けている。
だが、ペイパーはまるで、そこにみえない板でもあるかのように刃を『無』に突き立て、そのまま動かずにいる。視線はこちらを向いたままだが。
「もしかするとこのペイパーは、二階に上がってはならない制約のようなものがあるんでしょう。それが作動して、こうして二階とも一階ともいえないような場所で止まっている」
「そうみたいですね。まぁ、これで一階の危機は回避できましたし、二階に行きましょう」
「はは。まるで二階にも危険があるみたいな言い方じゃないか」
「あるかもしれませんよ。なにせ、あの勇者がここにいるのですからね」
「勇者?」
タツマの疑問に、フシギは微笑みを返した。不思議な子だと、タツマは思った。
三人は二階に上がった。そこもまた、先程のような一本道になっていた。違うのは、等間隔に、小さな桐タンスと花瓶が置かれてるくらいだ。
「あれは、扉かな?」
タツマが指さしたのは、この廊下の一番奥だ。そこには、真っ白な扉が悠然とかまえている。かなり大きな扉だった。
三人は罠が張られてないか注意しながら進んでいくが、扉の前に着くまで罠らしきもんはなく、特ににかアクションが起こるわけでもなかった。
「もしかすると、普段ここは実生活で使用しているようだったので、罠を仕掛けてしまうとおバカな手下が引っかかってしまうのかもしれませんね。だから罠を張っていないとか」
それは一理あったが、今はどうでもいいことだった。
「マフィアって意外に優しいんですね。もしかして足を洗うときも、指を詰めずに送迎会を催すかもしれませんよ。指なんか詰めず腹いっぱい食べ物を詰めろみたいなマフィアジョークを言うのもありえます」
「いやそれは飛躍しすぎじゃないか?」
フシギの話は二次元が三次元になるくらい飛躍していた。
「ではもし裏切者が出た場合、どういう処刑方法を取るのでしょうか。もしかすると、あのペイパーくんで八つ裂きにするのかもしれません。それも考えられます。ですが、一体じゃ心許ないですよね」
フシギはいったい何を言おうととしているのかわからなかった。フシギはコウの答えを待たぬまま、その真っ白な扉を開けた。
「扉の上には処刑場と金のプレートに彫られていました。だから私は考えていたのです。マフィアの処刑場とはどういうところなんだろうって」
処刑場の部屋は、すべてが真っ白――なはずだ。というのは、床が赤と黒をごちゃ混ぜにしたような色で塗りたくられているからだ。おそらくこれは血だ。血によって床が変色しているのだ。それは壁にも及んでいて、ところどころ染みのようなものができている。
この部屋は、とにかくだだっ広かった。そして、壁の至る所には蜂の巣のような無数の穴が開いていた。見ているだけで気持ち悪くなりそうだった。
三人が異質な部屋に圧倒されてるとき、ノイズが走った。
「頑張ってるね、諸君。ここが二階。処刑場だ。ぜひ、楽しんでくれ。ひひ。まぁ、ここで全滅するだろうけどね」
どこからかドンの声が響き、やがて途切れた。
そしてそれが合図だったのかもしれない。異様な音が、あたりから漏れ聞こえてくる。
ガガガガガガガガガガ……
「なんだ?」
三人はキョロキョロとあたりを見渡す。そして気づく。
「おい、あれを見ろ!」
タツマが指さしたのは、あの無数にある穴の内の一つだ。そしてそこから、丸くて白いものがポンと弾き出され、床に転がる。そしてなにやら蠢くのだ。それはまるで、孵化しそうな卵のようだった。
だが、その卵もどきは割れなかった。割れずに、手足と頭が生えた。つるつるの頭と赤く光る目。その顔はまさしく、さきほどのペイパーくんと同じものだった。
三人がその生まれたてのようなペイパーくんをみつめていると、想像を絶することが起こった。
ポポポポポポポポポポポポポポポポポーン!
次々に無数の穴から真っ白い卵が飛び出しては床に転がり、孵化していく。その数はもう、この広い部屋の床を埋め尽くすほどだった。そしてすべてのペイパーくんの平べったくて無機質な顔が、三人をみつめる。
三人はただそれに圧倒されるばかりだった。
「これは完全包囲ってやつだな。なんだか犯人になった気分だよ」
タツマが乾いた笑みを浮かべて言った。そしてコウに顔を向けた。
「コウさん、ちょっといいかい?」
タツマはゆっくりと刀を引き抜いてコウに聞いたのだ。
「あっしはぶっちゃけ、お二人を守り切れる自信がない。だからあんた、あの群れをかいくぐって前へと進みなさい」
「え?」
コウは思わず聞き返してしまった。タツマはコウをまじまじと見据えた。
「ここで止まってても死ぬ。でも前に進んだら奇跡的に助かるかもしれない。今あるのはこの二択。あんたはどちらを選ぶ?」
「それは……」
コウが答えに詰まっていると、いよいよペイパーくんの群れが動き始める。彼らはまず、口の中に手を突っ込み、なにかを引きずり出した。
それは白い骨のようなもので、側面がギザギザになっている。いうならば長細いのこぎりのようだった。
「まずいな…全員があんなになげぇ武器持ってたら、逃げれるもんも逃げれやしない」
「大丈夫ですよ、タツマさん。コウさんが走る道は決まってます。あそこしかありません」
フシギが指さしたのは、もっともペイパーが密集しているところだ。
「……なるほど。逆に、か」
タツマはぼそっとつぶやき、コウを見た。この瞬間でも、ペイパーの群れはどんどん近づいてきている。
「さぁ、選べ。止まって死ぬか、あがいて死ぬか」
迷ってる時間はない。それに、よくよく考えたら迷う必要もない。問いかければいいのだ。勇者としての自分に。何が正しいのか。そしてそれはもう答えはとっくに出てるはずだ。
けれど、コウは怖いのだ。あの群れに突っ込むことが。そして心配なのだ。自分はフシギを守れるのか。
「コウさん。できれば私は、コウさんに守られて死にたいです」
なのに、そう言われた瞬間コウの不安は吹き飛んだ。
「……そうか。わかった」
フシギは満足そうににこりと笑った。
「決意が決まったなら早く行け!」
タツマの喝に押され、気づけばコウはペイパーの群れに自ら飛び込んでいた。ペイパーたちが一瞬、笑ったような気がした。
バゴン! と凄まじい斬撃がコウの目の前を通り過ぎた。そしてそれはコウの前に道をつくった。コウは振り返ることなくフシギの手を取り、道を駆け抜けた。
けれどその道はすぐに前の方からしまっていく。
それでもコウは駆けた。どこかで剣と剣が激しくぶつかりあう音がする。
「あぁぁぁぁぁぁ!」
コウはがむしゃらに剣を抜いた。そしてそれを振ることなく目の前に立ちはだかっているペイパーの胴体に突き刺す。ペイパーは態勢を崩し、後ろに倒れた。その拍子で、後ろのペイパーも巻き添えを喰らい、ドミノ倒しのように倒れていく。
「おおらぁぁぁぁ!」
コウはペイパーを踏んづけながら走った。左右から骨の剣が道を塞ぐようにして振り下ろされる。コウはそれを『死を確信するもの』だけ剣で弾き返した。あとは生身で喰らった。
体中からおびただしいほどの血が流れたが、コウは気にせず走った。
幾重にも及ぶ剣をしのぎ、やがて出口がみえてくる。
その瞬間、視界が揺れた。そして気づけば崩れるように地面に倒れていた。血を流しすぎたのだと、コウは思った。
目の前がペイパーで埋まっていく。出口がみえなくなる。
「まだですよ、コウさん。出口はこのペイパーを超えればたどりつけます」
フシギの声がした。こんな絶望的な状況の中、どうして彼女の声だけが聴きとれるのだろう。それに、フシギは怪我をしなかったのだろうか。気は配ったが、後ろを振り返りはしなかった。というよりできなかった。もし振り向けば、そのときにはもうすべてが終わってしまう気がしたからだ。
「フシギ……」
薄ぼんやりとした目が、フシギを捉えた。彼女はコウの前に立っていた。
フシギはコウに手を差し伸べた。そしてなにかをつぶやいた気がした。
「さぁ、コウさん。もうひとふんばりですよ」
コウは少女の手を無意識に取って、体を起こしながらフシギの目の前で今にも骨の剣を振り下ろそうとしているペイパーを剣で弾き飛ばした。
コウはいつのまにか離れていたフシギの手を握り、走り出す。
気づけば二人は、出口に足を踏み入れていた。
「わるい……フシギ。その……怪我はなかったか?」
「えぇ。コウさんが守ってくれたおかげで傷一つつきませんでした」
「それは俺のおかげなのか……?」
「はい」
そう言われてもピンとこないコウだったが、現実はそうなっているので、認めざるをえない。
ここで初めてコウは後ろを振り返った。もうペイパーは出口についた二人を見向きもせず、入り口で死闘を繰り広げているだろうタツマの元に向かっている。
「タツマさんは、大丈夫だろうか?」
「えぇ。大丈夫ですよ。コウさんが気にすることはありません。それよりも早く進みましょう。おそらくこの出口を抜け、階段を上るとそこがボス部屋です」
「ボス部屋……か。勝てるだろうか?」
「えぇ。コウさんが勇者でさえいれば、おのずと。それではいきましょう」
二人は手を離すことなく、並んで歩き始めた。
血がしたたり落ちる。それは二人が歩いた道に足跡をつけるようにしてこぼれていくのだった。