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メタャメタャな世界  作者: きづかと
2/14

旅の始まり

そこが森だということに気づいたのは、目を開けてからしばらくのことだった。

 彼――シュジン=コウは、その森の中にある人工的につくられたであろう黄土色の一本道に突っ立っていた。

 コウはしばらくポカンとしたあと、過去を振り返ってみることにした。こんな序盤から過去を振り返らなければいけないのも申し訳ないが、なにせ非常事態だ。背に腹は代えられない。

 彼はそう決断したが、すぐにあきらめた。理由は簡単。記憶が無いからだ。今現在より前の記憶は、まるで子供の乳歯のようにごっそりと抜け落ちている。だから彼はあきらめた。過去を振り返るもなにも振り返る過去が無いのだから仕方がない。

 ならば、これからつくるしかないと決めたのはすぐのことだった。こんなことでくよくよしてはいけないのだ。だって彼は――。

 コウはとりあえず、この、人が一人ギリギリ通れるような道を、道に沿って歩いてみることにした。前に進まなければ始まらないと、誰かがコウにそう言った気がした。

 しばらく、具体的には一時間ほど歩いたところで開けた場所に出ることができた。清々しいほどに広い草原で、ずっと奥には建物が見えた。道はまだ続いている。もしかすると、あの街に続いているのかもしれない。

 コウはてくてくとその道を歩いていく。ただひたすらに歩いていく。てくてくてくてく――。

 それから三十分くらい経った。ちなみに述べていなかったが、空はまだまだ元気なようで、太陽がせかせかと働いている。暑くもなければ寒くもない。どうやらこの太陽は人の快適気温にするのがうまいようだ。おかげで汗もかかない。

 そんなコウは次の瞬間、猛烈に汗をかいた。かきすぎて熱中症で倒れてしまいそうだった。どうしてこんな事態に陥ったのか。

 ――道の脇に、段ボールに入った少女が座っていたからだ。しかも正座で。凛とした佇まいで。コウはもう、冷や汗が止まらなかった。いったいこの状況はなんだと叫びたくなった。

 その少女は気配に気づいたのか、ふとこちらを向いた。振り向き方が綺麗だった。そんなことを考えたコウは自分を殴りたくなった。

 その少女は空色の髪をしていた。長さは段ボールの中でとぐろを巻いていたのでわからない。そして空色の瞳をしていて、あどけない顔をしていた。だが、小悪魔をも思わせるような顔立ちかもしれなかった。なんだか飴と鞭を両方隠し持っているような不思議な少女だった。

 その少女はじっとこちらをみつめたあと、鼻をひくひくとさせた。

「くんくん。臭いますね。えぇ臭います。なんともそそる臭いです」

 少女とコウの距離は二メートルくらい離れている。なのにコウは臭うらしい。コウの心が折れた。

「そんなに俺は、く、臭いか……?」

「臭いですね。鼻につきます。なんともかぐわしいほどの臭いがあなたに立ち込めてます」

 コウは占い師に、あなたの運勢は最悪ですね、といわれてる気分だった。いや、それより酷いものだった。とにかく急いであの街に行ってシャワーを浴びるしかないと、コウは思った。

「わかった。不快にさせてすまない。俺は早くここから立ち去った方がいいようだ」

 足早に少女の前を通ろうとしたが、なぜか服の袖を引っ張られ止められた。

「たしかにあなたは臭い。でもそれは、私にとってはいいものなのです」

「いいもの? 君は悪臭フェチなのか?」

「ちがいます。私は物語体臭フェチなのです」

「物語体臭フェチ? 聞いたことない性癖だな」

「これは私にしかありえない究極のフェチなのです。誰もこの性癖は持てません。唯一無二なのです」

「なんだか名前に似合わず神々しいな。それでその、物語体臭っていう臭いが俺にあるのか?」

「はい。とっても私を興奮させ、昇天させてしまうような臭いを、あなたは放っているのです。私はムラムラが止まりません」

「こらこら。まだ幼い君がそんなはしたない言葉を使うのは感心しないな。それに俺は君にかまっている暇はない。やることがあるんだ」

「やること? それはなんですか?」

 コウはふと考えた。たしかに、自分のやるべきことはなんだろう。さっきまで振り返る過去が無いことに気付いた自分は、これからなにをするつもりなのだろう。

「魔王を倒しにいくんですよね、勇者さん」

「――! なぜそれを知っている? そうだ。俺は勇者として、この世界にいる魔王を倒しに来たんだ。どうやって来たのか、それはわからないが」

 少女の言葉で、目が覚めたようにコウは思い出した。自分は魔王を倒しにいくのだと。それを今の今まですっかり忘れていた。

「私はなんでも知ってます。だって私は物語の紡ぎ人。この世界に起こる物語を紡ぎ、見送る役目があるのです。段ボールに入ってますけど」

「段ボールに入ってると説得力がないな。だが礼を言おう。これでやるべき事がわかったよ。ありがとう」

「ならばぜひ、私を仲間にいれてください。かわいい私がいればいつか、必ず役に立ちますよ」

「それはダメだ。危険だからな。君のようないたいけな少女は仲間にはできない」

「私があなたに惚れて、もうどうしようもないくらい好きになってしまってもですか?」

「……ダメだ。わかってくれ」

「勇者は、こんな道端に捨てられたいたいけな一人の女の子を、このま置き去りにして、魔王を倒しにいくのですか? それで本当に勇者と呼べますか?」

 この言葉にはコウはぐうの音も出なかった。コウは、はぁ、とため息をついた。

「君の名前はなんていうんだ」と、コウはぶっきらぼうに言った。

 するとその少女の空色の瞳がきらきらと輝いた。晴天に星が瞬いているようだった。

 少女はこう言った。

「私の名前はコノヨハ=フシギといいます。よろしくお願いしますね、シュジン=コウさん!」

 はて、とコウは思った。名前を名乗った覚えは無いのに、どうしてこの少女――フシギは名前を知っているのだろうか。だがそれは、当然のような気もした。狐につままれたような気分だった。

 二人は街を目指すことにした。名前は始まりの街というらしい。隣で歩くフシギが教えてくれたのだ。彼女はなんでも知っているようだった。

 こうして二人の旅は始まった。


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