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メタャメタャな世界  作者: きづかと
10/14

悲しい言葉だよ

ザンとフシギは上機嫌だった。陽気に歌を歌いながら軽やかに歩いていく。それを、コウは追いかける形で歩いていた。歌を歌う気分にはなれない。

 どうしてこんなことになったのか。すべてはフシギのせいだが、いまそんなことを考えていてもしかたない。考えるべきなのはそう――あの少女だ。

 考えるべきというより勝手に考えてしまうという方が正しい。気づけば彼女の涙に濡れた顔が思い返される。そしてその都度、ひどく心が痛むのだった。

 コウは深くため息をついた。くどくどと考えるのは男ではない。コウは前を向いた。陽気な歌声が聞こえてくる。コウはそれを鼻歌で追った。懐かしい歌だった。この晴れた空にはぴったりだ。

「ふんふふんふふー」

 コウは歌う事で気を紛らわせて歩いていく。森林の砦はもう目の前に佇んでいる。火炎の里から横切る形で歩いたので、すぐに着いた。もうおめおめと考える暇はない。

「コウさーん! もうすぐですよー!」

「早くするのじゃ!」

 フシギとザンはコウを急かした。コウは小走りで駆け寄る。コウにもう迷いはなかった。



 森林の砦は森で囲まれていて、その中央に天を穿つような大木がそびえたっている。その大きさはてっぺんが雲に隠れてみえなくなるほどだった。

「あれはこの世界が生まれた瞬間から生きている巨木じゃ。いつみても大きいのぉ」

 たしかにこれは規格外の大きさだ。

「この世界のいいスパイスになっていいじゃないですか。それより中に入りましょうよ」

 フシギはたいして興味がないのか、単純に森林の砦の方が興味をそそられるのか、巨木には無関心だった。

 二人と一匹は深い森の中に入っていった。あの巨木が大きすぎるので他が小さく見えるが、入ってみると一つ一つかなり大きい。幹もしっかりしていて、歪むことなくまっすぐ生えている。葉も生い茂り、ちらちら動物の姿が見える。見たことない動物ばかりだった。

 コウが目移りしながら進んでいると、急に地面が砂漠のようにさらさらしたものになった。コウは驚いて前をよく見た。

 ここから数メートル先に、あの巨木がある。大地に深く根付き、養分を存分に吸い取っていた。だからなのかもしれない。巨木から半径数メートルの地面がからからに干からびているのは。

「コウさん見てくださいよこの地面。もう砂みたいになってますよ。木に養分取られ過ぎるとこんなになっちゃうんですね。勉強になります」

 フシギは地面を触りながらふむふむと頷いていた。まるで考古学の博士みたいだった。

「入り口はあれか? ザン」

「そうじゃ」

 巨木には、まるでついばまれたような小さな穴が開いていた。ザンいわく、ここが入口らしい。

 二人と一匹は多少高めに設置された穴に協力しながら入っていった。



 中に入るとなぜか明るかった。入ろうとしたときは暗かったはずなのに。

「そういう魔法がかけられてるんじゃ。さ、いくぞ」

 ザンが先頭に立った。どうやら案内してくれるらしい。

 中は迷路のようにぐにゃぐにゃしていて、道が何本にもわかれていた。これは案内がないと迷いそうだった。

「さ、さっさとピコの元へと行くぞ」

 二人はうなずいた。ザンはそれを見届けたあと、歩き始めた。

 その瞬間、ザンの体がぐにゃりと歪んだ。まるで捻りつぶされたようにザンの体が捻じ曲がると、彼の体はふわりと消えた。

「なんだ?」

 コウはザンがいた場所におそるおそる近づいた。けれど何も起こらなかった。コウは首をかしげた。

「いったいどうなってるんだ?」

「なにか特殊な罠にでも引っかかったのかもしれませんね。だとすると自力でこの迷路を突破するしかありませんね」

 フシギはコウの前に立つと何本もある分かれ道の前に立った。

「進む道はどうしますかコウさん? 色々ありますけど」

「そんなのは決まっている」

 コウはためらいもなく一本の道を選んだ。

「とりあえず真っすぐだ。それしかない」

「……まぁ、コウさんが決めたなら従うとしましょう」

 フシギは渋々といった感じでついてきた。まるでコウについていくような言い草だったが、

「コウさん! こっち向いてください! 向けばその道がまっすぐです!」

「あ、見てくださいコウさん! あそこに宝箱がありますよ! ワンピースが眠っているかもしれません!」

「大変ですコウさん! あそこに通行止めの看板が――あ、ちょっと無視しないでくださいよ!」

「コウさん! 地面を掘ってみるのはいかがでしょうか!」

「コウさん! なら私――!」

「コウさん!」

「コウ――」

「……骨折り損のくたびれ儲けとはこのことですね。はぁ」

 フシギは事あるごとに違う道を行かせようとした。どうしてそうするのかはわからないが、大方良からぬことを考えているに違いなかった。しかも後半はしっちゃかめっちゃかだったので聞いてすらいなかった。

「お色気作戦も通用しないとは……やりますねコウさん」

 フシギがふてくされながらコウの隣を歩く。ゾンビのような歩き方だが放っておけば直るだろう。



 ほどなくして開けた場所に出た。そこには、切り株に座った一人の少女が熱心に本を読んでいた。いったい何の本を読んでるのだろうかと表紙に目を移そうとしたとき、いきなり後ろから声をかけられた。

「お主らなにをやっていたのじゃ! ついてくるようにいったじゃろ!」

 声をかけてきたのはザンだった。

「とにかくこっちじゃ」

 ザンに連れられて、二人と一匹は木でできた壁に身を潜めた。ちなみに木は生身の木である。この巨木の穴の中では、新たな木が芽生え、上へと伸びているのだ。そしてこの木はその一つだ。

「いいかよく聞くのじゃ。コウはいまから愛の告白をピコの前でしてくるんじゃ。余とフシギはそれを見物する。お主はみごとに振られてくるのじゃ。ちなみにピコは本を読み始めるとたいていのことは気づかないから注意するんじゃぞ」

 そう言われて、コウはピコの元へと放り出された。けっこうな音を立ててピコの前に現れたが、ピコは気づく様子もなかった。

 ピコは緑色の布を体に巻きつけたような格好をしていた。崩れ落ちたら大変なことになるのではないかと思ったが、予防はしてあるのだろう。きっと。

 茶色いフレームの大きな丸いメガネをかけていて、背中から無色透明の羽が生えていた。体は小さく、フシギの半分ほどもないだろう。ピコはコウの観察に気づくことなく本に熱中している。

「あの」

「……」

「あの!」

「……?」

 ふと、ピコが顔を上げた。そしてコウを見てぎょっとしたような顔をした。彼女は本をぽーんと投げ出し、あたふたあたふたする。

「あの」

「なあに?」

 あどけなさの残るとてもかわいい声だった。思わず聞きほれてしまいそうだった。

「す」

「す?」

「す」

「す?」

 コウは中々その続きを言い出すことができなかった。ピコは不思議そうに小首をかしげた。フシギよりもかわいかった。

「あ、いま失礼なこと考えましたよコウさん」

「そうなのか?」

 そんな会話が耳に入ったような入ってないような、とにかくいまは自分のことでせいいっぱいだった。

「す」

「す……?」

「スキデス。ツキアッテクダサイ」

「……」

「……」

「……?」

「……」

「……!」

 ピコはどうやらコウの片言をようやく理解したらしい。突然ボフンという効果音がつきそうなくらいに顔が真っ赤になった。元が白いだけに、その赤みはとても目立った。

 コウはただただ固まっていた。自分が片言になっていたことにすら気がついていなかった。目をつむり、体を硬直させ、ただただ審判の時を待っていた。

「あ……その……」

 ピコはしどろもどろしていた。体を妙にくねらせ、赤くなった顔でコウをみつめていた。なにか様子がおかしいと感じたのは端から見ている一人と一匹だった。

「なんか、思ってた反応と違いませんか?」

「そうじゃな」

 一人と一匹は出て行きたい衝動をこらえながら、ピコの返事を待った。

 やがてピコが口を開いた。

「夢だったんです」

「夢?」

 コウはうっすらと目を開けた。初めてちゃんとピコと目が合った気がした。

 ピコは筆舌に尽くしがたいほどの満面の笑みを浮かべてこう言った。

「人間の男の人に告白されるのが、です。なのでわたしはいまとても幸せです。ですから――」

 その瞬間、木の陰から二つの影が飛び出した。いうまでもないが、フシギとザンだ。

「あら、ザンじゃない。ど、どうしたのよ? それにみたことないかわいい子。ふーん」

 あからさまにピコが不機嫌になった。ツンとした表情でそっぽを向く。

「なんじゃ! こいつとはぜんぜん態度が違うではないか! そんなに余が嫌いか!」

「き、嫌いよ嫌い! 大嫌い! あ、あんたの顔なんて見たくもないわよ! ふん!」

「なんじゃと! ならばこいつと一緒に暮らせばいいんじゃ! お主などもう知らん!」

「なによ! ならそっちはそのかわいい子と一緒になればいいのよ! ふんだ!」

 二人は互いにそっぽを向いた。

「さてさてコウさん。どうでしたか妖精に告白した気分は」

「もうこりごりだ」

「いい思い出じゃないですか。告白の返事はもらえませんでしたけど、あれはまちがいなくオーケイでしたよ」

「返事はもらった」

「え? そうなんですか? 結果は?」

「振られたよ」

「あら、そうだったんですか。それは悲しいですね。でも、ピコさんが返事を言ったようにはみえなかったのですが」

「返事はこれがしてくれた」

 コウはそばにおいてあった一冊の本を手に取った。それはさきほどピコが投げ出した本だ。その本の表紙をフシギに見せた。

「なるほど。これで勉強してたわけですね。まぁ、効果は出ていないようですが」

「素直になるのは難しいようだ」

 コウはそっとそれを背表紙を上になるようにして近くの棚の上に置いた。これならザンがうっかり見てしまっても外見だけじゃわからないだろう。

「ですが火山はどうするんですか? これでは解決したことにはなりませんよ」

「そうだな」

 それは考えものだった。

コウが思考を巡らせていたとき、事態は急変した。

 ゴゴゴゴゴゴゴと、地響きが鳴ったのだ。これは火山が噴火する予兆だ。どうやらザンの心の動きがついに臨界点に達してしまったらしい。

「うぐぐぐぐう……」

 ザンは体を震わせていた。ピコがいるので外には出さないように溜め込んでいるようだが、それが余計にザンの心にストレスを与えているようだ。

 コウはザンを見た。次いでピコを見た。ピコはザンの様子に気づいていなかった。

「思いは伝えるものだ。そうしないと後悔してしまう」

「え?」

 コウはゆっくりとピコに歩み寄った。ピコはそれに気づきコウを見上げる。

「ピコ。さきほどの返事がまだだ。ちゃんと聞かせてくれないか?」

「え……えっと」

 ピコは一瞬、ザンを見た。だが、それに気づくことなくザンはコウをにらみつけていた。

「おいコウ! もう答えは出ているではないか! そんなに余をみじめな思いにさせたいのか!」

 ザンは肩をいからせて憤った。彼の体が少しづつ膨らんでいく。それに比例するように地鳴りはどんどん強くなっていく。

「え、え? これはいったい……?」

 ピコはあからさまに動揺していた。

「返事を聞かせてくれ、ピコ」

「おい聞いているのかコウ! お主は――お主はぁ!」

 みるみる膨らんでいくザンを横目に、ピコは泣きそうな顔をしていた。そしてコウを見た。どうしてこんなことをするのと、目で訴えかけてくる。

「思いは伝えるものだ、ピコ。本を読んでもそれは解決しない」

「私は今のままでそれで――!」

「それはだめだ。いずれ、後悔することになる」

「この外道がぁ! 死ねぇ!」

「早く答えろ。さもなくば俺は――」

「――できません!」

 ピコは初めて大声を上げた。

 すんでのところで、コウの大きさを悠に超えた拳が止まる。

「なんじゃと?」

 ザンはピコを見た。ピコもザンを見て、すぐに視線をそらした。

「ピコ、お主いまなんと?」

「できないわよ。ていうかできるわけないじゃない。人間となんて」

「……それを越えていくのが愛というものではないのか?」

「あんたに愛なんてわかるわけないじゃない。鈍感なんだから!」

「ど、鈍感じゃと! それを言うならお前もじゃ! 余の告白をあっさりと拒否しよって!」

「そ、そんなこといつしたのよ! いいかげんなこと言わないで!」

「……ほへ?」

 ザンは目をぱちくりさせたあと、ひゅるひゅると子鬼の姿に戻っていった。

「つい先日、言ったではないか。それをお主は無下に断ったではないか」

「は、はぁ? わたしそんな話聞いてないわよ?」

「……お主、つい二日前はなにをしておった?」

「えっと、ここでずっと本を読んでたわ。あ、でもだれかに話しかけられたような気もしたけど……もしかしてザン?」

「そうじゃ」

「本に手をかざした?」

「……そういえば、してなかったかもしれんな」

「声をかけるときは本に手をかざしてからにしてっていつも言ってるじゃない! じゃあなに? ザンは私が知らない間に告白して知らない間に勝手に振られたわけ? なによそれ! 馬鹿じゃないの!」

「き、緊張してたんじゃからしかたないじゃろ!」

「あんたってほんと馬鹿ね!」

「なんじゃと!」

「ならもう一回告白して! 私聞いてなかったんだから!」

「うえぇ! それは……」

「なに? できないの? ザンにとって私はその程度なの?」

「な、なんたる不意打ち……卑怯じゃ!」

「いいからはやくして」

「心の準備が……」

「はやく」

 ここでようやくザンが折れた。そしてコウとフシギをしっしと追い払った。

 二人は顔を見合わせ、そしてザンに向き直った。ここから去るつもりは毛頭なかった。

「お、お主ら覚えとけよ!」

「はーやーくー」

「ぐぬぬぬぅ……」

 ここから先の話に書き記す言葉はない。あえて書くならめでたしめでたしだ。

 コウは仲睦まじい二人をぼうっと眺めていた。

 そのとき、冷たい風が吹いた。

「こんにちは、コウさん」

 姿を現したのはフリーズだった。ふわりと風に乗るように現れ、そっと地に足を下ろした。

「このたびは二人の仲を取り持っていただきありがとうございました」

「俺はきっかけをつくっただけだ」

「そう言うと思いました。ですがお礼を申し上げます。そしてささやかなお礼ではおりますが、あなたの記憶を戻してさしあげましょう」

「記憶?」

「はい。あなたはあの街を救うために大切な人の記憶を犠牲にしたのです。なのでその記憶をお返しできればと」

「なるほどな」

 コウは合点した。どうやら自分はあの街を、そしてあの少女を救うために自分の記憶を犠牲にしたらしい。それがはっきりしただけで、コウの気分はとても清々しくなった。

「では記憶を――」

「記憶はいらない。その代わり、ザンがまた火山を噴火させないように、あるいは火山が噴火しても街に被害が出ないように取り計らってくれないか?」

「……よろしいのですか?」

「あぁ」

「優しいのですね」

「当然のことだ。記憶が戻っても火山で街が壊滅したら元も子もない」

「なるほど。それもそうですね」

 フリーズは感心したようにそう言った。

「それでは私はこれで。いちおうザンを火炎の里まで送り届けてください。あの子、けっこう迷子になるのよ、昔から。ピコもだけど」

「三人は昔から一緒なんですか?」

「そう。いったい自分がいくつなのか忘れるくらい一緒にいるわ。俗にいう幼馴染みって感じかしらね」

「スケールはぜんぜん違いますけどね」

「そうね。ともかくありがとう。私はこれにて失礼するわ」

 フリーズはそう言ってまた風に乗って消えた。

「おういお主ら。いったん余の里へ帰るのじゃ!」

 ザンは陽気な声で二人に声をかけた。顔がにやついている。コウはおもわず笑ってしまった。

「わたし、コウさんが笑ったの初めて見たかもしれません」

「そうか?」

 こうして二人は森林の砦をあとにした。


帰り際、ピコがこんなことを言った。

「いってらっしゃい」

「おう、行ってくるのじゃ!」

 ザンは満面の笑みを浮かべてピコに手を振った。

 コウはそれを、遠目からじっとみつめていた。

 ザンが振り返り、コウの方を向いてぎょっとした顔をした。

「お主、泣いておるのか?」

「……なんでもない。ただ、懐かしい気がしただけだ」

 コウはくるりと背を向けて歩き始めた。

 もうそこに涙はなかった。



         7



 街に着いたころには日が暮れていた。夕日が顔を出し、街を薄ぼんやりと照らしている。

 街はいまだ人通りが少なかった。きっと正式に火山の心配がなくなるまで、人通りが元に戻ることはないだろう。

 二人は街の長の家へと向かった。ちょうど夕飯の支度をしていたらしく、半ば強引に夕飯をごちそうになった。その最中にコウは街はもう火山の噴火を恐れなくていいと告げた。長は諸手を挙げて喜んでくれた。

 街の長には明日ここを出ることを告げた。けれどそのさいの見送りはいらないと言った。長は不服そうだったが渋々了解してくれた。

 二人はすっかり夜になった道を歩いていた。

「明日にはここを出るなんて早すぎませんか? もう一日くらい居てもいい気がしますが」

「いや、明日ここを発つ。それにもう一泊してもすることがない」

「そうですか。まぁ、私的にはどちらでもいいんですけどね」

 ならどうして聞いたのだろうか。その理由を聞こうとして、コウはやめた。そんなことをしても意味はない。

 二人が武器屋に戻ったとき、彼女の母親が心配した様子で出迎えてくれた。コウが事情を話すといちおう納得してくれた。

 コウは部屋に戻って夜のとばりがおりた街並みを窓から眺めていた。

「この景色をみるのも今日が最後だな」

 もうみんなが寝静まってもいい頃合いだが、まだ灯りが点いている家が多い。コウは眺めるのを終わりにして、床についた。明日も朝は早い。



 朝方、門の前には二人の姿があった。街の長に言ってあった通り、出迎える人たちはだれひとりとしていなかった。

「さ、行くか」

「そうですね」

 コウは街にくるりと背を向けた。そして一歩を踏み出そうとして――

「待ちなさいよ」

 既視感のようなものを覚えながら、コウは振り向いた。

 そこにはあの少女がうつむきながら立っていた。鷹のように鋭い目は、いまは前髪に隠れてみえない。

「なんだ?」

「あんたたち、もう行くの?」

「あぁ。世話になったな」

「別に私が世話してたわけじゃないし」と、彼女は吐き捨てるように言った。

「そうだったな」

「うん……」

 そこから互い沈黙した。

「じゃあな」

 コウは少女に背を向けて歩き出そうとした。

「待って」

 すたすたと歩く音が聞こえた。

「なん――」

 とつぜんなにかがぶつかってきて、コウの体勢が崩れそうになる。コウは全身に力を入れて踏ん張った。倒れたら格好がつかない。

「ねぇ、コウ。あんた魔王を倒したらどうするの?」

「さぁな」

 そんなの魔王を倒してから決めても遅くはない。

「魔王を倒したら、この街に住みなさいよ」

「……まだわからん」

「いいからそう言いなさいよ」

「約束できないことは約束できない」

「約束は忘れたくせに?」

「それはすまないと思ってる」

「ほんと?」

「あぁ」

 一瞬の静寂。

「今度はなにも約束してくれないの?」

「一つだけある」

「え、あるの?」

 ここで初めて彼女は顔を上げた。彼女はコウを上目遣いでじっとみつめていた。

「なに?」

「……言わなきゃだめか?」

「あたりまえでしょ! 片方がなにも知らない約束なんて辛いだけよ!」

「……そうだな」

 コウは観念した素振りをみせた。

「俺がこの街に住むことは約束できない。だが――」

 コウはここで初めて照れたようなしぐさをみせた。

「お前をもらうことだけは約束しよう」

 その瞬間、弾けるような歓声と拍手がコウと彼女の元へと降り注いだ。

 コウはいったいなにが起きたのかわからなくて、あたりを見渡す。そこには家の窓やベランダや庭や路地裏やマンホールの下や庭などたくさんの人の顔がみえた。

 次にみえたのが少女の快活な笑みだ。

「サプライズ大成功! 驚いた? 長から話はすべて聞いてたのよ」

 すると長が二人の前に顔を出した。あはは、とはげた頭をかいて申し訳なさそうな表情を浮かべていた。

「いやすまんの。つい口が滑ったらこのありさまじゃ」

「なるほど」

 コウは素直に驚いていた。思うように言葉が出てこない。

「コウさん、お礼」と、フシギが言った。

「そうだったな。ありがとう。驚いたが嬉しい」

「私も同じくです」

「そうかそうか。それはよかった。それよりビジョ、いつまでくっついとるんだ」

「あ」

 ビジョと呼ばれた少女は、今の体勢に気がつき顔から火を吹きだして勢いよく離れた。不思議とコウは手を伸ばしていた。

「なぁ」

「え、な、な、なによ! ていうかあんまりこっちみないでよね恥ずかしいから」

「名前、ちゃんと教えてくれないか?」

「……ゼセーノ=ビジョよ。覚えておきなさい」

「わかった」

「次忘れたら殺すから」

「あぁ」

「ならこれも約束しましょ。そ、そういえば一番最初の約束ってなんだったかしら?」

「さぁな」

「なによ、ケチ」

 ビジョが口をとがらせた。ほんの少しかわいくみえた。

「ではコウさん、そろそろ行きましょう。甘い言葉の投げ合いはもうお腹いっぱいです」

「わるいな、フシギ。待た――」

「あ、ちょっとまって!」

 そこにビジョが待ったをかけた。フシギがすごい嫌そうな顔をする。

「まだなにかあるんですかビジョさん。もうみせつけるのはやめてくださいよ」

「う、うるさいわね! あるんだからしょうがないでしょ! すぐに終わるわよ!」

 ビジョはポケットからなにかを取り出し、コウに強引に持たせた。

「あげる」

 コウは手を開けて確認してみる。それは小さなお守りだった。巾着のような形をしていて、中になにかが入っている。鈴も付いていた。コウはそれをぎゅっと握った。

「ありがとう」

「どういたしまして」

 ビジョは顔をそらした。その様子に、コウは薄く笑う。そしてフシギの方を向いた。

「すまないな、フシギ」

「いえいえ。こういう展開も物語にはつきものなのですよ。コウさんはとくに」

「どういう意味だ?」

「物語を惹きつける。これはすなわち人を惹きつけるんですよ」

「なるほどな」

 コウは門の前に立った。フシギはいつものように隣に立つ。

「さあ行くか」

 門が開いていく。なんだか自分の心みたいだと、コウは漠然と思った。

「いってらっしゃい、コウ」

「あぁ。行ってくる」

 そう言うと、街のみんなは賑やかしながら手を振った。コウも軽く手をあげた。

 そして前を向く。

 コウの目にはもう、さきほどの優しい目は消え去っていた。そしてぽつりつぶやく。

「いよいよだな」

 二人は始まりの街をあとにした。


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