巣立ち
『世界樹ユグドラシル』
それは天まで届くのではないかと思われる大樹である。世界樹は世界のありとあらゆる生命の調和を担っており、この世界になくてはならない存在である。そして、世界樹は創造神から生命に関する様々な権能が与えられている。
そう、世界樹はただの大樹ではない。意思のある樹なのである。そして、神にも等しい力を有している。
そんな大樹の天辺付近の枝に一匹のウサギが腰かけている。
「いろいろあったな~」
そのウサギはそう呟きながら森を昔を懐かしむように眺めていた。
「何をしているのですか、イナバ様?」
するとそのウサギ、もといイナバの元に木の幹から上半身をはやした女性が話しかけてきた。森のような緑色の髪にエメラルドのような美しい瞳、木の葉を服のようにまとっているその女性は神秘的なオーラを放っている。
「ああユグちゃん、や~今までのことを思い出して黄昏てたんや」
「そうですか」
ユグちゃんと呼ばれた彼女はなんと世界樹ユグドラシルである。植物でありながら意思を持っち創造神から生命に関する権能を与えられた彼女は人型の精霊のようなものになってイナバの目の前にいるのである。
そんな彼女から様付で呼ばれるイナバが何者かというと一応神様なのである。
――白兎神
それがイナバに与えられた名である。一応ほぼ創造神と同じ位にいる。
そんな森を眺めていたイナバをユグドラシルは胸に抱きよせた。彼女は愛おしそうに、そして寂しそうにイナバを抱きしめる。
「・・・行くのですね」
「・・・せやな」
彼女はイナバがこの森を離れるだろうと確信していた。
森で生まれ育ったイナバは様々な経験を経て今ここにいるが森の外に出たことがなかった。行ったとしても龍の里くらいだ。
イナバは前々から世界を見て回りたいと思っていた。そのことはユグドラシルも知っていたので驚きはなかったが、やはり寂しいと思うのだった。
「まあ、今生の別れってわけやないんやからそんな寂しがらんといて」
「申し訳ありません」
イナバを抱きしめる力が少し強くなった。
「ちょくちょく帰ってくるから、な」
イナバは安心させるように抱きしめる腕をぽんぽんと叩いた。
「はい・・・では、私から森を離れるイナバ様にプレゼントを」
「お、なんやユグちゃんからプレゼントか、嬉しいわ」
ユグドラシルはイナバを離れ手を前にかざすと光り輝きだした。そして、輝きが収まるとユグドラシルの手に一本の槌状の杵が握られていた。
「こちらをお持ちください」
「これは・・・なんや?」
「東にある国で使われる道具なのですがそこではウサギがこれを持っているという伝承があるのでイナバ様にぴったりだと思い送らせていただきました」
「なるほどなぁ」
イナバはユグドラシルに渡された杵を軽く振ってみた。
「うん、握り心地も悪うないし重さも丁度ええみたいやし、ええ武器やな」
イナバは杵を武器と勘違いしているようだが、杵は餅つきに使われる道具であったけして武器として使うものではない。だが、餅つきなどというものを知らないイナバは杵のハンマーのような見た目から武器だと思ってしまった。まあ、ユグドラシルはそういう目的でイナバに杵を渡したので問題ないだろう。
「それは私で作られているのでイナバ様が祝福していたっだけると神器になりますよ」
「世界樹で作られとんか。なら・・・」
イナバは杵に手をかける。すると杵から光があふれる。そして、光が収まるとそこには先ほどとは何も変わらない杵があった。だが、イナバは確かに杵に祝福を与え神器にした。
「よし、これでOKや」
「それとそちらを背負うためのこちらもどうぞ」
ユグドラシルはイナバに杵を背負う用のベルトも渡した。
「おお、何から何までおおきに」
「いえ、イナバ様のためですから」
ユグドラシルはにこりと笑う。
「ほな、そろそろ行こうか」
ユグドラシルから貰った杵を背負ったイナバは出発することにする。
「はい、いってらっしゃいませ」
「いってきます!」
イナバはそう言うとなんのためらいもなく自分のいた枝から飛び降りた。天にも届きそうな世界樹の天辺付近にいたイナバは重力によりどんどん小さくなっていく。