七話 指導・始動
「一年F組、床並縁君。生徒相談室第二へお越し下さい。生徒会長がお待ちです」
昼休みになるとすぐ、放送が流れた。
縁はビックリしたようにスピーカと時計を見る。そして、お昼ごはんをどうするべきかと悩みながら、急いで廊下へと飛び出した。
胸元のポケットから生徒手帳を取り出して、進卵学園内地図を見る。ペラペラとめくり、何階にあるのか調べ、必死に早歩きする。
廊下を歩く縁の姿を、皆がこっそりと見る。例の屋上事件から、学年に関係なく、殆どの生徒が何かしらの意識をしていた。
ある部屋の前まで来ると、縁はドアをノックした。
「どうぞお入り下さい」
中から声がする。とはいえ、ドアを開ける前から部屋の中は丸見えで、窓ガラスの多いオープンな造りになっていた。
一応、ブラインドは付いているが、先生同士が使うか、または先生が付き添うかしないと、ブラインドを下ろすことは禁止されている。
何とも不思議なルールだが、子供だけでは駄目ということだ。
ドアを開け「失礼します」と室内へ入る。軽く頭を下げると「座って」と指示を受けた。
縁が入室すると、生徒相談室の周りに生徒達が隠れるようにして集まってくる。更に行き交う生徒も、何度も廊下を往来して、中の様子を窺っていた。
「いや、君かぁ。聞いたよ、大変なことをしてくれたね」
生徒会長が顎に手を当てながら、書類らしき紙をペラペラとめくる。会長以外の者達も、縁のことを上から下までなめまわすように観察していた。
「で、本当にこれ、始めるのかな?」
「できれば。一応、折紙先生には承諾してもらっているンですけど」
「あ、それはちゃんと分かってるよ。ただね。ま、でも、そうだね。それで、今回の件について、我々生徒会としては、しっかりと確認を取りたいンだけどさ」
「はい」
そういうと、手元の紙を縁にも渡し、何かを確認し出した。
「まず、ここに書かれている当面の部費はいらないという項目なんだけど、これに間違いはない?」
「はい」
「剣道場についても、今現在使っている部活と共同でもいいとなっているけども、これも本当にこのままでいいの?」
「ええ、それで」
「あ、それと先生から聞いたと思うけど、剣道部は元々、廃部ではなくて休止していた状態でね、それでね、今、床並君が一人という状況ではあるンだけど、同好会ではなく、部活扱いになってしまうンだよね。そこで問題なのが、部員数なんだ。今学期中に、最低あと四人必要なんだよね。同好会なら問題ないけど、部活には色々あってね」
生徒会長が、様々な規約を饒舌に話す。
縁は今、休止状態の剣道部を復活させようとしていた。理由は定かではないが、これが縁の望んだ、高校を少しだけエンジョイしたいという、ささやかな気持ちの一つかも知れない。
しかし、今の所、部員は縁一人。
生徒会長の説明によると、縁一人では部活はいずれまた休部状態となるようだ。
休止でなく廃部であったなら、同好会として立ち上げることが出来たのだが。
そうならなかった。
縁自体は、部活よりも、同好会の状態を望んでいた節がある。
剣道部が廃部ではなく、休止状態なのは、学園の上の方や、とある教育関係への配慮らしい。
今時の子供には不人気だが、かつての大人達にはそれこそごく当たり前のものであり、柔道などはオリンピック種目でさえある。
そういった柔剣道なるものを簡単に廃止するより、一応、休止という状態で維持しておくことを、この学園は独自に選んだようだ。
この国ではかつて、体育の選択教科として設けられたほどに推されていた。
生徒会長が他の項目も読み上げ確認を続ける。
「――とまぁ、こんな所かな。それでは、確認も取れたので剣道部を休止状態から解除します。後で顧問である折紙先生と色々話し合って下さい」
縁は手続きを終え、有難う御座いましたと軽く会釈する。
「にしても、部費も場所もいらないって、床並君は相当変わっているね。一体どうして。あの場所は剣道部専用の場所だよ。部になれば、当然全て使える権利があるのに。ダンス部にもそのことはちゃんと話してあるんだけど」
縁は滅相もないといったジェスチャーをし、おどけてみせる。
生徒会のメンバーは、そんな縁の反応を不思議そうに見ていた。
他の部活動の者達は、それこそ場所や部費で言い争い、そのことでいつも口論が絶えないほどだ。
縁はそのことよりも、お腹の減りと、購買のパンや学食のランチが売り切れないかを心配していた。食べる時間も。
「あ、あの、お昼がまだなので、行っても宜しいですか?」
「そうだね。いいよ。話も終わったし」
生徒会長の言葉に、縁は急いで飛び出した。
部屋を出た途端、とんでもない人だかりが縁の目に飛び込む。その人だかりを、空中チョップジェスチャーで切っていく。
ちょっとすみません通して下さいと、必死にかき分ける。
どうにか食堂に着いた縁は、並んでいる列の最後尾へ付く。と不思議なことに、自分の前の生徒が「前へどうぞ」と譲ろうとする。
縁は訳が分からずそれを断るが、並んでいるほとんどの生徒が「どうぞどうぞ」と譲るジェスチャーをし出した。
何度も断るが、あまりの量に断り切れなくなり、大玉転がしの玉のように、どんどん前へと押し出されていく。
なんかすみませんと恐縮する縁だが、丁度、Cランチを注文している時に、不良グループが現れ、同じく、さも当然のように順番を抜かしてきた。
縁の真後ろまできて、その光景を凝視している縁に気付いたそれらが、いきなり腰を抜かしたように仰け反り「す、すいません」と後退りし出した。
まったくワケが分からない。縁が高校に入ってから、この『分からない』という思考を何度活用したか分からない。それほどに、見るモノすべてが未知であった。
元々、小学五年から不登校で、一人で図書室に居たのだから尚更かもしれない。
お盆に乗せたおかずの匂いを嗅ぎながら、空いている席へと座る。
縁が座ったそこが誰かの指定席だとはつゆ知らず。あの日の日野や君鏡のように、街の食堂と同じ気分で座る。
ここが学校で、学校には、世間と違う独特なルールがあるとは、これっぽっちも知らず。
おいしそうに食べるそれを他の生徒がチラチラと覗く。普段そこに陣取り食べているはずの者達は、別の席で大人しく食べている。それも、仲間とバラバラになりながら。
そんな光景を他の生徒達は、不思議そうに見ていた。
縁の周りだけがら空き。なぜならそこは、不良達の指定席で、例え空いていても座れない席。座っちゃイケナイ席。
でも今、席の主達は別の席で静か~にしている……。
この状況に口を出したのが、とある女子グループだった。
「ちょっと、なんで何にも言わないの? いいの? 一年にあんなデカイ顔されて恥ずかしくないの?」
激しい剣幕で怒る女子を皆が見る。
と、谷渕が、その女子を回り込むようにして抱きかかえ、思いっきり口を塞ぐ。そして「しぃ~。黙ってお願いだから」と強硬手段に出た。
ヘタすればセクハラであり痴漢行為、とんでもない行いだ。だが、その必死な目と体から漂う怯え具合に、抱かれた女子も驚きが勝っていた。
しかも、あまりにも静かで、髪型もいつもより地味だったから誰も谷渕と気付かなかった。
ただの不良グループのひとりではなく、一番えばっていた谷渕徹だ。そのことに気づき、更に驚く女子。
あの谷渕先輩に抱きしめて貰えるなど、この学園の女子なら誰でも大喜びだし、死んでもイイと思えるほどの存在……のはず。いや、今だってそれは変わらない。
変わったのは谷渕徹だ。
何事もないように美味しく食べ続ける縁。谷渕が遠く後ろで、そんなことをしているなど微塵も知らない。気づいたのは、Aランチのハンバーグが凄く美味しそうなのと、Bランチのカレーと小うどんが魅力的なこと。
少し離れた所で、他の生徒が食べる青い芝生をチラ見しながら、何がおすすめで、次は何を頼むべきかを考えつつ、自分のお盆を残さず平らげた。
お盆を下げる時、縁は谷渕の傍を通りかかった。そこで縁は谷渕に気付く。
そして思う。
いくら彼女でも、女性を後ろから抱きながら昼食をするなんて、なんてハレンチで狼な男だと。自分には到底マネできないと、恐ろしく感じて身震いする。
そんな谷渕と目が合うと、縁は、悪~いホストでも見るように、ビビりながら「どうもです先輩」と丁寧に頭を下げた。
縁の意外なその態度に、谷渕も「いやぁこちらこそ」と深く頭を下げた。
さっきまで口を塞いでいた谷渕の手は、縁が近寄る時に外され腰へと、が、その手が、お辞儀すると同時に、前で抱えた女子の胸を、枕でも抱くよう、無意識に、両手で掴んでいた。
びっくりして更に折れ曲がる女子。それを見て「うぁわ」とビビる縁。
手を抜きたくても前のめりに丸まられ、手が抜けなくて焦る谷渕。
それはまさにトリプルパニック。いや、パイパニックトライアングル。
腰が抜けそうになりつつ、縁はヘコヘコとよろけてお盆を返却した。高校というあまりの大人さに、縁の頭は完全におかしくなっていた。
これが高等学校なのかと。
一方谷渕は、その女子に叩かれはしなかったが、真っ赤になった顔で思いっきり睨まれ「サイテー」と冷たく罵られた。
谷渕にとってとんだ昼食となった。
とはいえ、今の谷渕には、縁といざこざにならなかったことが何より嬉しくて、今日まで、不安で眠れぬ夜を過ごして来たが、これでようやくひと眠りできると、寝不足で弱った体を保健室へ運んだ。
縁の詳しい事情までは何も聞いていないが、古間から絶望的な脅しと指導を受けた谷渕は、人生で初めて、触れちゃいけない人物として縁の名を心に刻んでいた。
当然、谷渕の率いる、この学校最大の不良グループも、縁にはもう決して関わりたくないと心底震え上がっている。
超危険で、おっかないとされるウイルス・モンキーが関わることを禁止すると、自らのチームに課している要注意人物。
不良グループの中には、幹部達が話すかつての事件を、直に聞いた者までいる。もちろん誰も口にしないし、その噂が広まったら、殺すとまで言われているので、口が裂けても言えない。
縁に対し怯えている、がしかし、普通の意味と少し違う。
縁は別に不良ではない、それどころか、普通の者より我を出さない。えばることなく自ら絡むこともしない、生活を見ていれば誰にでも導ける答えだ。
言ってみれば、遠くの地にいるケモノや、闇に現れる亡霊の様なもの。
わざわざそこへ行き、縁とは関わらなければいいだけの話。
だからこそウイルス・モンキーは、敵対したらどうのと細かな指示を出すより、最も分かり易く効率の良い言葉で、関わるな! と禁止令を出している。
錯覚し、勘違いしそうになるが、これはあくまで縁が特別なモノであって、何も久住や築道や安斎、新堀やウイルス・モンキーの幹部達が弱いわけではない。
メチャクチャ強い。それも半端ではなく。
正直、谷渕も、普通のケンカでは殆ど負け知らずに生きてきた男だ。
明らかに強くて怖い者とは喧嘩を避けてきた所はあるが、それでも谷渕の強さは上の中、とびきりのケンカ屋。決して普通より少し腕が立つ程度の者達が、ナメてかかっていい者ではない。そんなことをすれば、即、木っ端微塵にされて終わる。
「床並君、どうだった? 会長さんはいいって?」
「はい。先生から話してくれてたんですよね」
「まぁそういう約束だったからね」
折紙切絵。一年F組の担任。美術の先生であり、美術部の顧問である。
今回、縁に頼まれて剣道部の顧問を兼任することとなった。その条件が、美術部へ来て絵のモデルをするという約束だったようだ。
「で、いつから始めるのかな、部活」
「今日からですかね」
「そう。頑張ってね。たまに見に行くから」
「はい。でもあんまり無理しないでいいですよ。美術部が九で剣道部は一くらい」
「あははは、何言ってるのよ。ちゃんと剣道部の方も行くわよ。任しといて」
そういって笑顔で教室を出て行く折紙先生。
縁は、帰り支度をすると、早速、剣道場へと向かった。
中からは派手な音楽が流れてくる。縁は静かにドアを開けると一礼して道場内へと入った。
「ああ、噂の床並君ね。生徒会の方から話は聞いてるよ。でも、ホントにうちら、このままここで踊っててもいいの? なんか悪いわね、逆にお墨付き貰って」
縁はいえいえとジェスチャーしながら道場内を見る。
どこで着替えるのか探すが、そんな場所がそこにあるワケない。着替えは部室か体育更衣室のどちらかだ。
縁は一人、冒険でもするように部室を探す。更衣室は体育の時に何度か着替えているから把握済み。
まだ二週間と少しといえ、さすがに迷子になっている場合ではない。
生徒手帳を開き部室が集まる場所を歩く。と突然、キャーキャァと女子の悲鳴が。そして先輩女子が飛び出してきて「なんで男子がこっち来てんのよ、男子はあっち側よ」と怒鳴られた。
「でも、この紙では……、ほらココってなってて、で、手帳の地図では……」
縁は飛び出して来た女子に部室の場所と、生徒手帳の地図を見せた。
「本当だぁ。ごめん。あってるね。え、でも何部?」
「剣道部ですけど」
「剣道部? うちにそんな部活あったっけ」
部室前で話し込んでいると、他の女子達が着替え終えて出てきた。
「なになに?」
初めに出て来た女子が説明すると「へぇ~剣道部なんだ~」と感心している。
数人の女子が、一緒に探してあげるとついて来る。と、部室の並ぶ通りの中央、女子バスケットボール部とラクロス部の間に閉ざされたようにあった。
張り紙も表札もなく、中の電気も消えているが、番号と位置からしてまず間違いない。
縁は持ってきた鍵を差し込み、そっと扉を開けた。
恐る恐る中を覗き、付いて来てくれた女子達にお辞儀する。
「見つかって良かったね。これからよろしくネ。それじゃまたね~。バイバイ」
そういって数人が、手を振りながらピョンピョンと飛び跳ねて、それぞれの部活へと向う。
縁は中へ入ると、埃とカビの匂いで鼻がムズかゆくなる。そして二回程くしゃみし鼻を擦る。
付いてきた女子でまだ残っている者が、外から中の様子を覗き「剣道部の部室って、こんな感じなんだ~」と感心していた。
電気のスイッチを探すことから始め、何とも言えない室内を見回す。
呆然とする縁に、残りの女子達が「それじゃ、後でね~」といって立ち去ると、ようやく落ち着く。
シーンとした、寂れた空間。
縁はとりあえず、持参した道着とジャージを置いて、果たしてどちらに着替えるべきか悩む。今日はこの部室の掃除で終わる。いや、今日どころか明日もそうなるであろう。
ただ、縁にとって一番の問題は、剣道着の着方が全く分からないということ。
縁は剣道に関して何一つ知らないのだ。
道着の着方も防具の付け方も、何なら竹刀の正しい持ち方も……。
つまりは、剣道に関してド素人ということ。
腕組みし、仕方なくジャージに着替えた。カサカサになった雑巾三つをバケツに入れ、早速水を汲みに行く。
流しで水を入れ、雑巾を何度かすすぎ復活させると、急いで部室へと戻った。
どこから拭けばいいのかさえ迷うほどの一から作業。
縁は何も考えず、とりあえず高い所から埃やゴミを下へと落とし、なるべく効率よく拭いていくことにした。何度もくしゃみが出る。
縁は、道着と共に購入した日本手拭い二つで頭と口を覆い、埃の侵入を防ぐ。
無心で掃除していると、開け放たれたドアから「すみません」と呼ぶ声がする。縁は掃除の手を止め部室の入口へと向かった。
「あの、こほっ、こほっ」
「んっ。埃が凄いから、もう少しそっちにずれた方が」縁の言葉に三歩ずれる。
「あの、ですね。アタシ、その、剣道部に入部希望なンですけど、イイですか?」
いきなりのことにビックリする縁。しかも女子。
「ウチに? でも、俺しかいないというか、ちゃんと教えれる顧問の先生もいないし、見ての通り、二人きりの部活になったちゃうけど、大丈夫?」
恥ずかしそうにコクンと頷く女子。
すると鞄から入部届けを取り出し縁に手渡してきた。
「あっ、それじゃ、これから顧問の先生の所に一緒に持って行こう。ネ」
優しい声で縁がいう。
二人でスタスタと美術室へ向かう。途中、皆が縁を見る。いつもの縁としてではなく、頭と口を手拭いで塞いだ変テコな人として。
そんな格好のまま、縁は美術室のドアを開けた。
「先生~、折紙先生、いますか?」
「あら、どうしたの? なにかあった」
「入部希望者が来たので、それで入部届けを持ってきました」
それを聞いた先生もあまりのことに相当びっくりしている。
そして縁から入部届けを受け取り、そのクラスと名前を見て更に驚く。
「え? 岡吉さん? なんで?」
二年F組、岡吉エレナ。生まれかけの女優の卵だ。
すでに脇役ではなく、二本のヒロインと数本の舞台主演を演じている。卵と呼ぶのは失礼かもと思えるほど。
「ちょっと剣道に興味があって。舞台とかで殺陣の役に立つかもと思いまして」
「そうぉ? でも忙しいから部活なんてできないって色々な誘い、断ってたんじゃないの? こんなこと周りに知れたらまた一騒ぎよ」
「大丈夫です。全~然ノープロブレムです」
可愛くポーズを決める仕草は、普通の女子生徒とは明らかに違う可愛さとオーラを放っていた。
縁もその笑顔に、男心を吹っ飛ばされた。
折紙先生が分かりましたと丁度承諾した時、美術室内にいた女子生徒が二人ほどかけてきた。そして、ポケットから紙を出し先生へと手渡す。
「先生、コレ。あの私、美術部と剣道部を兼部したいですけど。折紙先生が両方の顧問ですし問題ないですよね?」
「私も兼部お願いしま~す」
「ちょ、ちょっと~。あなた達何言ってるの? なんでいきなりそんな訳の分からないことを言い出したりして。駄目よ。無理でしょあなた達には」
「平気です。こう見えても母方のお爺ちゃんは千葉で農業していて、小学校の時、クワ持って耕すのを手伝ったことありますし」
「私は……そういう実践はないですけど、先祖が武士です。たぶん。それに先生言ってたじゃないですか、早く部員が見つかるといいなって。五人以上いないと、休部にされちゃうんですよね?」
「そ、そうだけど……。園江さんも三好さんも無理でしょ。二人共絶対運動系じゃないでしょ。それに何、先祖がって。例え先祖が殿様でも、あなたは、お姫様じゃないでしょ」
縁は先生と美術部員達のやり取りをクスクスして見ていた。
よく寧結にも笑わされるが、縁にとって女子のセンスある笑いは男子の笑いより凄いと感じていた。
世の中では、男の笑いの方が上みたいな風潮があるし、そう思い込んでいる節があるが、実際は圧倒的に本気を出した女子には敵わない。
言葉の数もセンスも段違いだ。ただし、男性の前でそれを見せれるか……という問題はある。
「イイじゃん、イイじゃん。折紙先生~受理してよ」
「ダ~メ。だって無理でしょ。それに兼部って」
「それじゃ、部長の床並君がいいって言ったら先生も文句ないですよね?」
「部長? 俺? 俺、部長じゃないけど」
縁の言葉にそこに居る皆が笑う。縁は皆が笑っていることが何か分からない。
その笑いの波紋が美術室内まで広がり、生徒達が爆笑していく。
「床並君が部長じゃないなら誰が部長なの。床並君、大体、剣道部で、一人で……部長もいないって……、部長不在って……どんな部活を、ふふっ」
「床並君が部長じゃないなら、一人で、何するつもりだったの?」
お腹を抱えて必死にしゃべる生徒達。縁の横に居る岡吉も目に涙を溜めている。
自分では笑われることを言った思いはない縁。
確かに部活をするなら、この先部長という存在は必要かもと、チンプンカンプンなことを考えている。
ただ今回は、百%縁が間違えている。
いくら不登校が長かったとはいえ、どう見ても部を立ち上げた縁が部長だ。
常識だ。
会社を立ち上げた本人が、一平社員になろうなんて、国も法律も認めない。誰の会社だって話で、怒られる。信用なくて、資金繰りも仕事も回らない。
部を復活させた責任は縁にある。今更、ただの部員になろうとは無責任、まして今現在、部員は縁ただ一人。全てを背負う役は縁に決まっている。
皆の笑いはそういう全てを含んだ笑いだ。
それとも、今入部したての岡吉エレナにさせるつもりだろうか? ありえない。
「ねぇ、どうなの部長さん。私達、入部させてくれないの?」
「俺は構いませんけど、美術部に迷惑がかかるのでは?」
真剣な顔で答える縁に、またも爆笑が起きる。これはもう余韻だ。今は何をいっても箸が転がっても笑う状態だ。
ヒクヒクと痙攣しながら笑っている。いち早く冷静を取り戻す先生も、しつこい生徒達に、また笑いの渦へと引き戻される。そんな明るさに、他の生徒達も徐々に集まってくる。そんな中――。
「あの、床並君、ちょっといいですか? 私も、剣道部に入部したいンですけど」
真面目な顔で、一生懸命伝える女子生徒。それに対して「あっ、入部希望ですか?」と優しく笑う縁。
「部長。なんで私達の……件、まだ……なのに、先に、ひっ、ひっ、そっちの話……なの」
止まらない笑い。
縁は笑いの波に乗れず、押し寄せる水しぶきをただただ何度も被り困る。
どうしたら部活の掃除に戻れるのかと戸惑う。
「折紙先生。どうしましょう?」戸惑う縁が先生に助けを求める。
「もぅ、分かった。それじゃあ、仮ね、仮入部で。しばらくそうして、うまく両立できるようならその時、床並部長に……、部長にね、決めて、もらっ……たら」
「先生。笑ってる場合じゃないンです、頼みますよホント。折紙先生も顧問なんですから」
笑い転げる折紙先生をそのまま置き、今来た女子に「折紙先生に入部届けを提出して下さい」と指示を出す。
「先生。部室で掃除してますので、入部してきた生徒には、部室の場所を伝えて下さい。剣道場でなく、今日はずっと部室に居ますので」
顧問である折紙先生にそう告げると、新たに増えた部員と共に、やりかけの部室に戻った。
――、時は少し戻り、その頃、君鏡と日野は机を運んでいた。