六二話 再会
目を覚ました時には既に本戦場所である島へ船は到着していた。戦が終わるまで船は港へ停泊するので問題はないが、時刻はお昼少し前で、いわゆるお寝坊状態。
ほとんどの者達が船を下りていて、君鏡も少し急いで用意する。
一度部屋を出て様子を覗くと、既に船内でバトルスーツに着替えてる者もいる。
「ふぅ、寝坊しちゃった。急がないと」
顔や歯を磨き軽くメイクをする。がっちりとしている時間はない。あるとしても寝坊した身としては、できない。
とはいえ、皆との再会を思うと……心裏腹。
用意しながら朝食をどうしようか悩む。そして室内にある電話で食事を頼んだ。君鏡にとっては起きたばかりだが時間的には昼食で、お腹の減りは『ペコペコ』だ。
食事が来るまでのタイムリミットでメイクを増やしていく。まだ平気、まだいけると少しずつ凝ったメイクを施す。そして食事が運ばれてきた。
やはりランチだ。お昼にはまだ早いが、朝食な感じではない。
食事を終えて船を下りると、港には数隻の大型船が停泊していた。
多くの人が慌ただしく行き交う。どこへ行って何をすればいいか分からず、とりあえず人の流れに沿って歩いて行く。だが、途中で止まって組織で話し込んだり、見るからに違う感じの場所へと歩いて行く。
君鏡は仕方なく来た道を戻る。船へ戻るのは常に見えているから簡単だが、行き先の方は不明なので分からない。
船を下りた辺りまで戻ってきてしばらくうろついていると、そこへ室巣と仲地が迎えに来た。二人共すでに防御スーツを着こんでいる。
「先輩、遅いですよ。迎えに来ましたよ。なんか先輩と同じ船に乗ってたっていうおじさん? みたいな人が、どの船か教えてくれて」
「ありがとう、助かった。どこ行けばいいか分からなくて。迷子になってた」
「そりゃそうですよ。先輩スーツ着てないし、腕に電子ツールも付けてないですもんね。逆に聞きますけど、それでどうやって私達探す気だったんですか?」
君鏡は「あそっか」と寝ぼけ眼で理解した。よほどこの場所に慣れている者なら私服でイイが、普通は船で着替えてくるのだと。
「先輩のスーツ今どこですか? 船? ホテルですか?」
「分かんない。どっちだろ?」
「でも運んできてくれると思うから、とりあえず船の部屋で着替えたらいいかも。その方が早いし。室巣先輩は先に戻ってていいですよ」
仲地はそう言って君鏡の手を引き船へと向かう。そして、船で連絡を入れスーツを用意して貰った。
「先輩の部屋デカくないですか? 私とルリ先輩、二人部屋だったけどこの半分もなかったですけど。船自体もずっと小さいですし」
着替えながら「そうなの?」とキョトンとしている。
色々と雑談をしながら着替え終えた。
君鏡と仲地は、部活が無くなってからもしょっちゅう学校で会って話している。たまに一緒に食堂で食べたりもする仲だ。実際、おとといも食べたばかり。
急いで船を下り仲地について歩く。
「先輩、島の地図のダウンロードとか、ちゃんと皆の名前打ち込んでね、じゃないとここでの位置とか表示されてませんから」
「うん、今やってる」手首を返しながら電子ツールをいじる。
「よし、できたっと」
船を出て、人込みをすり抜けて歩く。
大きなホテルには入ることなく、横を素通りして表示された場所へと移動する。
徐々に皆の姿が見えてくる。皆、マスクまできっちりつけて立っていた。
小走りでそこへと近寄って「ごめん、遅れちゃった」と君鏡が謝った。
すると、久しぶりの声。
「うんん。平気。でも、マスクは被った方がいいよ。もうここは戦場の中だから。ランクは低い場所だけど、もう始まってるから、まあ俺とか襲うまではないと思うけど」
「っゃ、床並君? 床並君……よね」君鏡がキラキラした目で縁を見る。
すると縁はマスクを外してそれに答える。
「その節は、色々と迷惑かけちゃってごめんね。箱入さんが部長を引き継いで頑張ってくれてたんでしょ?」
――って誰? マスクを外した縁を見て皆が二度見する。誰だと。
「ん? どうしたの皆」
「だって、……なんか床並君チャライ。髪型も少し長いし」
「いやいや、これはちょっとワケありで。俺、部活でさ、その、あぁ~話せば長くなるんだよね」
「うふっ、でも、変わってもないかも」
変わっているに決まっている。縁も君鏡ももう高校三年生だ。それも秋終わり。濱野や裏画なんて社会人だ。これで少しも変わってなかったらそれはそれで問題だ。
「おい、濱野、裏画、今日はどうするんだ?」
見たことも無い子がえばる。当然想像はできる。寧結だ。
一度に全員を見ることが出来ず徐々に確認する。濱野も裏画も留理も葉阪も室巣も居る。ここまで一緒に来た仲地もいる。
問題は、縁の横に居る太めの男性と、三人の女の子らしき者。女の子らしきとは言ったが、この中のどれかが寧結であるなら、その成長ぶりには驚きが隠せない。
小学三年生とは、こんなにも大きく成長するのだろうか?
三人とも百三十五センチはゆうにある。九歳の平均身長がどれくらいかは分からないが、いくらもう少しで四年生とはいえあまりの変貌ぶりに驚きが隠せない。
「君鏡ちゃん、お久しぶり~。寧結だよ」
「私は萌生だよ」
「私は里咲だよ」
「……りさ? ん?」
「あ、あ、里咲ちゃんってのは新しい学校でできた寧結のお友達なの」
「そ、そうなんだ」
これで三人の謎は解けた。残る一人は縁の横に立つ者だけ。
「あの、その方はどちら様? まさか久住君じゃないよね?」君鏡がとぼける。
「えっへぇ。違うよ。だって背がぜんぜん違うでしょ」
「ああっ、縁君それディスってる? 俺けっこう、傷つきやすいタイプやからね。言葉には気を付けてよ。そいじゃ、自分で自己紹介します。某高校でゲーム研究会という部活の部長をしておりまして、祭菓子岳っていいます。縁氏は転校初日からワルとか女子に絡まれまくって大変で、どうしてそんな絡まるのって。しかたないから、ワシらが部室にかくまうというか一緒に隠れて。まぁその日からは女子とかワルから逃げ回ってね。東京からの転校生っとなると目立つんよ。ぐふふっ」
完全にオタクなしゃべり口調だ。早口で何を言ってるかが難しくもあり、イントネーションと声のボリュームがこもっている。というより、話し相手に言っているというよりも、自分自身に言い聞かせているような話し方だ。
「そ~、そうなんですか? それは……大変で」どうにか返事する君鏡。
「濱野先輩と裏画先輩はもう、岳君のことは知ってますよね?」
「ああ。この前の本戦でグループ組んだからね」
「そうなんですか? 先輩達、もう本戦経験者なんですか?」
「そうだよ。っていうか俺等、ランク八だけど」
裏画の言葉に君鏡を含め進卵学園組が驚く。卒業して約八ヵ月とちょっとでと。
「いや、でもここでしばらく止まるよ。武器がヤバイ」
「だな。停滞覚悟で自分等の武器を見直さないと。その点岳君はランク九だもんね」
濱野のそれにまたも驚く。ちょっとコントの様だ。誰かしらがしゃべる度に何度も驚いてしまう。それも本域で。
祭菓子岳。多くのオタクを束ねるゲーム研究会で部長をしていた。
縁の危機を救う為にかくまっている内に仲良くなり、縁を部活へと引き入れた。背はあまり高くなくぽっちりとしていて、どちらかと言えば運動は苦手なタイプ。
この戦に参戦してもなお、運動は嫌いで、仕方なく自転車運動だけするといったレベル。
進卵学園がしていたようなことは一切していない。ではなぜランク九なのか?
それは岳が使っている武器だ。岳の扱う武器は水中銃。四連射式で、弾には糸が付いていて、手元で釣りのように巻き取れるリールが付いている。
発射ゴム弾自体は、それほど強くなく殺傷力は弱い。だが弾切れしないことと、隠れながらうち込む戦略などとマッチして、あっという間にランク八へ。
そしてそこで、岳の武器は劇的に進化を遂げた。
八連式へと改造され、もう一つ、盾付き長距離型ボウガンも背中に装備した。
リールによる巻き取りがこの戦場では革命的で、多くの者が採用していくこととなる。なにせ曽和でさえ、巻き取り式を武器に取り入れたくらいだった。
運動は苦手だが、毎日遊ぶオンラインゲームや、実際に、校内で行うサバイバルゲームで鍛えた当て勘、更に縁から教わる戦場テク、そして、本戦で見知らぬ組織と連携して挑むことで一気に進化した。
濱野や裏画同様、ランク六までは寧結に付き従い、そこから上は、形霧等と共に行動していた。
今では上位者たちから一目置かれている。なんであんな鈍そうなのに強いんだと。こしゃくなおデブちゃんだと。
仲間の影や、物陰に上手に隠れながら狙撃することから、シャドウスナイパーの称号も得ている。味方だけでなく敵さえも盾にする、まさにシャドウ。
「一応、私達も自己紹介しとく? 私は仲地唯です。二年生で~す」
留理と葉阪と室巣も自己紹介した。そして君鏡。
これで全員が何者なのか分かった。しいて分からないと言えば、里咲という子のことくらいだ。
先ほどから、寧結が右へ左へと萌生と里咲の間を行ったり来たりしている。
気を使っているようだ。そして萌生と里咲は仲があまり良くない感じ。
「萌生ちゃんは、里咲ちゃんのこと知ってたの?」何気ない君鏡の一言。
「知らない。だって私さっき会ったばっかで。自己紹介はして貰ったけど」
どうやらやきもちを妬いているようだ。それもお互い。
自分だけの寧結のはずが……と。
小庭里咲。寧結とは転校したクラスで一緒になった。
里咲は、学年で一番の意地悪な女の子で、とにかく人を虐めて遊ぶ悪い子。親の言うことも聞かず、口から出る言葉は悪口か嘘かというほど。
そんなことが通じるのは小学校までで、中学校にもなれば、ずる賢い女子に反撃されハブになることがある、が、小学生としては、無敵のいじめっ子である。
寧結が転校したその日、クラスでは数人のターゲットが、里咲から虐めに遭っていた。寧結の横の席の子が特に弱々しく、一番のターゲットに。先生もいるのに、まるで仲良くふざけ合っているようだからと放っておかれている。
と、突然、転校してきたばかりの寧結が大泣きしたのだ。
それも超馬鹿でかい声で。
「イジメなんてやめてよ」って。見たくないって。
その時の寧結は萌生と離れ離れになり、風が吹くだけで泣きそうになっていた。ちょっとでも突けば大爆発するのは必然だった。まだ小学一年生なのだから。
先生が「どうしたの?」とかけよると「なんで先生は止めないの? 先生が助けなきゃ誰が助けてくれるの? 先生、私、もうお家帰る。もうヤダ、全部ヤダ」
そういって帰り支度を始めたのだ。
先生も里咲もびっくりして取り乱す。こんなことは初めてと。
冬休みが終わってすぐの新学期、転校生大泣き事件。他クラスの先生も見に来て大騒動。
世の中は事なかれ主義で、見て見ぬふりで、まして声を出して意見するなど絶対にない。そんなことをすれば……自分がターゲットになる。
しかも先生も守ってくれるどころかきっと『そういう扱い』をする。意見した所で虐めが無くなることもない。
小さな、まだ一年生でもそれくらいの空気は分かる。だが――寧結は叫んだ。
寧結はあることないコトぶちまけ、まるで殺人事件でもあったような振る舞い。大好きな未蕾小学校のクラスメイトを思い出して大泣き。
気づいたら里咲も大泣きして「もう誰もいじめないから」ってひれ伏していた。なにせ、里咲が何度も「床並さんのことはいじめてないでしょ? ないよね?」といつもの言い訳をするがまったく通じない。
目覚ましベルがぶっ壊れたように、まるで警報やサイレンが、いじめを世界中に報告するように泣き叫んだ。
大の大人でも、こなれたコソ泥でも逃げ出すレベルの超音波。
虐めは絶対に駄目「イジメが続くならこんな世界、死んじゃえばいい」と全身をうねらせて咆哮している。
全校生徒で、いや、先生や校長を含めた学校全員で寧結をなだめ、どうにか、どうにか悲しみの咆哮を収めてもらった。あと少しで、地域を巻き込み、警察だって出動していたはず、それほど本気で泣き叫んでいた。
そしてこの日を境に里咲と寧結は友達になるのだが、里咲がイイ子になったかと言えばそれは『ノー』だ。まだまだ悪い子の類に入る。
ただ寧結に対しては一切悪いことはしない。さらに寧結の居る前では、いじめもしない。そんなことをすれば次は警察沙汰、先生も激怒するし宿題も増える、居残りもさせられ、更に寧結からもしつこくお説教される。
いかに友達が大切かを永遠と解かれ、反省文まで……。
学校では超いい子の寧結、二年生のクラスで学級委員に選ばれ、それは三年生になった今も同じ。学校のあらゆるいじめっ子が男女関係なく寧結の指示には従うからだ。先生達も寧結という存在には一目置いている。
かつて未蕾小学校で、担任の先生が縁に似たようなことを話していた。
頼りになると。
仲良くなった里咲は、寧結の家に遊びに行く関係になり、更に内に抑え込んだ溢れんばかりの里咲のフラストレーションを開放してあげる為に、成り行きで、この戦場へと誘ったのだ。
それが里咲と寧結の、ちょっと不思議な友達関係だった。
里咲はこの世界で友達は寧結一人だけだと言う。そして心からそう思っている。
この戦場へ来て、寧結の本来の強さや性格を知り、面白さも知り、そして普段の優しさも深く感じている。
自分より圧倒的に強く遥か格上の友達、だと。
「ねぇ、二人とも仲良くしてよぅ。どうしちゃったの?」
「ヤダ。私、友達じゃないし」
三人というバランスが良くないのか? あからさまに仲違い。だが、これはただのヤキモチでもない。
待ち焦がれた、久しぶりの再会とあって、里咲の目の前で寧結と萌生は、何度もハグして、そして萌生が決定的な言葉を吐いたのだ。
それは――。
「来年になったら私の所に戻って来るンでしょ?」と。
来年、縁が高校を卒業したらということだ。いつまでも地方に居るわけにはいかないし、初めからそういう計画だったようだ。寧結と萌生も別れ際にそう言って、そう約束して離れたのだ。だが、里咲にとってそれはとんでもない話。寧結と萌生が遊んだ思い出の日数より、寧結と里咲が遊んだ日々の方が遥かに多い。
そして事件も思い出も遥かに多い。
そんな二人が離れ離れになるなんて……。受け入れられるわけがなかった。
そう、萌生と里咲の仲の悪さの根本はそこにある。
寧結を目の前から奪われる感覚と、いなくなった寧結を取り返す気持ち。
どちらも大切な想い。
何とも言えないいがみ合いが続き、縁達も困ったものだなと頭を抱えた。
しかしこのいがみ合いが数年のちに、この本戦の地を最もヤバイ戦へと導いた。
もちろんこれは余談で、少し未来のお話……
始まりは三人が五年生の時、そして中一までの三年間、多くの大人達まで巻き込んで、里咲軍団と萌生軍団のありえないほど激しいバトルが続くのだ。
その間で必死に止める寧結、形霧達を総動員して仲裁に入る。縁、君鏡、濱野や裏画、他にも最終ランクからも多くの者達が炎上を止めに入るのだが……。
――まぁその話は、まだ少し先の、未来のことだが。
「ねぇ、床並君、さっき言ってたけど、これってもう戦始まってるの?」
「そうだよ。港やホテルエリアは柵とか溝で区切られてたでしょ。あの橋みたいな通路渡ってここへ入ったら、後は自由スタートだから。ほら、向こうとか戦ってるでしょ」
縁が指さす先を見ると、そこにとんでもない物が飛び込んできた。
大型ワゴン車くらいの大きさのホバーボートが、数名の者を乗せて勢いよく走り抜けて行く。
ホバーボートとは、いわゆるホーバークラフトをオープンカー状態にし、様々な改良を加えた船だ。いくつかある乗り物の一つ。
この島での乗り物は、ほとんどが電気仕掛けの物で、ホテルなどもほぼオール電化。そして、この日の為に溜めこんだソーラー電気やバッテリーをフル使用する。
旗をなびかせながら地を滑るボート。
そこに敵が攻撃を仕掛け、それに対して上から槍で突きながら走り抜けていく。更に他の場所でも同じようなホバーボートが進む。
「ちょっと、なっ、なンすか? 何アレ? あんな乗り物ありなの?」
室巣が仰け反る。
「うん。俺達もこのあとアレに乗って移動するよ。歩いてたら疲れるし、これから向かう戦場は、もっと先のランク場所だから。って、まずは途中辺りでお昼かな」
「マジ?」仲地も行き交うそれに気づいて驚く。
と、そこに、見るからに激しく弾みながら進むホバーボートが。それが勢いよくこちらへと向かってくる。ボートの先端には一人の男が片足をかけて立っている。
「く、来るよ。なんか……来るけど。床並君、床並君てば」
あまりのヤバイオーラに濱野と裏画、それと岳も焦る。そのまま接近してきた。
「よう縁。どうよ。って、今日はお友達と一緒か? 珍しいな」
「お久しぶりです」
「ふ~ん。今日はまた一段と荒れそうだな。縁が仲間とか。久々の参戦だし、まっ、楽しいに越したことはねえけどな。そういや寧結ちゃんは?」
「ん? 寧結だけど。お兄さん誰?」
「あら、覚えてないか。お兄ちゃんは寧結ちゃんのお家を作った会社の人だよ。寧結ちゃんはいくつになったの? 何年生?」
「九歳。三年生だよ」
「そっか。そんじゃ章和より一つ下かな? どうだったかな?」
「章和って誰ですか? 良治さんのお子さんですか?」
「違うよ。うちの社長の孫。いずれここにも来るかもしれないけど……あ~でもわかんネェな、あいつは野球少年だからな。まあいずれ俺が色々教えてやるつもりだけどな」
全く見覚えのないそれに、首を傾げる寧結。ただ、信じられないくらいにヤバイオーラ、まだ若いのに、既に曽和と同じくらい怖い殺気が揺らいでいる。
「若頭、そろそろ行かないと皆待ってますよ」
ボートに乗った別の乗組員が声をかけた。
「おう。そんじゃまた後で。もしウチとかち合ったら、皆、覚悟してね~全員食べちゃうからね。縁、知り合いにあったら良治が久しぶりに暴れに来たって伝えてね。んじゃ」
そういうと後ろの者に指示してボートを滑らせていく。激しく揺れるその先端に立ち、肩に抱えるように大きな武器を背負う。
「だれ、誰なの? くそヤバイんですけど」岳が震える。
「あの人は、ウチの家を建てた人というか、この場所とか色んな戦場とかも作ってる人。名前は堀塚良治さん。アーマーワークスっていう会社の人」
「そうなんだ。合わないようにしないとね、食べられそう」
「いや、俺達みたいな小者は相手にしないよ。あの人は本当にヤバイから。ターゲットはもう絞ってるはずだし。邪魔さえしなきゃ平気……だと思うけど」
堀塚良治。アーマーワークスという建設会社のナンバースリー。この戦場や色々な企業などから依頼を受け、どんなに困難な仕事もこなすプロの職人集団。
武器は縁の大鎌にも匹敵する大きな『つるはし』で、それを肩に担いでいる。
先端や柄の長さ調節を少しいじった程度で、大した改造はない。つまり、本人がメチャクチャ強いのだ。縁の武器同様、つるはしの防御は巧みで、内側に居れば盾の役目もするし、いざ攻撃すれば岩をも砕く構造。まさに使う者によっては化け物でも倒しそうな代物だ。
「にしてもさ、あの人あんなに揺れる場所に立ってよく落っこちないよね?」
「うん。親に聞いたことあるんだけど、あの人、バイクとかああゆう曲乗りとか、とにかく何でもこなすやんちゃな人らしい。俺、戦ったりしたことないけど、俺の師匠が秒殺で負けたって言ってたから。ほとんどの人は、あの人が来たら逃げるよ」
笑いながら話す縁。一体この本戦の戦場には、どんな危険な者達が潜んでいるのだろうと皆が辺りを見回す。
寧結の知らない者。……もしかしたら縁さえも知らない者達がまだいるかも知れない。
ただ、そういう者が潜むのは間違いなく最終ランク。縁よりも遥かに強い者達がうごめく世界、そんな場所へと続く道、その入口に君鏡は立っていた。
「そろそろ移動したいから俺とかも移動する乗り物を用意したいンだけど、先輩達って車の免許持ってましたよね?」
「ああ。持ってる。でもここって免許要らなくない?」
すると縁はマスクのシールドを上げ、濱野と裏画に向けてウインクで合図する。何度も寧結を視線で指し、何かの意図を伝えようとする。
「あっ、ああ~。そうだね。免許ね。いるいる。そうだった」
「え、いらなくね? 何言ってんの濱野。お前馬鹿じゃねぇか」
「裏画、アホ。イイから早く来いよ。ほら。室巣、お前も来いよ。あ、岳君もどれにするか一緒に選んでくれるかな?」
すると寧結が怪しむようにそのやり取りを見る。
「兄ぃ。アチシに運転させてよ」
「はぁ? ダメだよ子供は。免許ないだろ?」
「だって今、裏画が平気みたいに言ってたジャン」
「そんじゃもう一回ちゃんと聞いてみろよ。裏画先輩、乗り物運転する時って免許いりますよね? ですよね?」
「え? ああ。いるよ。普通はそうだよ。でも、ココだと平気じゃ……痛っ。押すなよ濱野、なんだよいきなり」
「ほら、ほらほら。今さ、裏画なんて言った? ここは平気って言ったよね? ねえ萌生ちゃん聞こえたでしょ?」
「うん。聞こえた。裏画は確かに言ってた」
「私も聞いたよ。寧結ちゃん、私も聞こえたよ」
「だよね。里咲ちゃん。ほら、みんな聞こえてるジャン。兄ぃ、これは多数決でいうとアチシの勝ちだよね? みんじゅ……みんしゅう? しゅぎ? みんちゅうぎから言えばアチシの言うこと聞かないと、兄ぃは国民としてダメなんだよぅ」
「なんてっ? っていうか、ダメって言ってんだろ。危ないから駄目なんだよ」
「知らない。行こう萌生ちゃん、里咲ちゃん。お~い濱野、裏画、私達も連れてって。私らが一番かっこいいマシン選んであげるからぁ~」
全く縁の言うことを聞かない寧結。相変わらずのじゃじゃ馬ぶり。これが学校のクラスになるといい子になるなんて信じられない。が、なる。別人のように。
結局、仲地もついて行きその場に残ったのは、縁と留理と君鏡の三人。腕に付けた電子ツールで寧結達が別行動していないかを確認しながら待つ。
「あの……」
「ん?」
何とも言えない雰囲気が漂う。何かを伝えたいのに言葉が出ない。君鏡も、縁も、留理も上手く会話ができない。
君鏡はここへと来たら、縁に会えたら伝えたい言葉があった。それはあの手紙に書かれていた「友達でいてくれますか?」という問いに対してだ。留理も同じく。
留理と君鏡は部室で着替えながら、何度か縁について話したことがある。
「箱入さんって、……やっぱ床並君のこと、好きなんでしょ?」
「……えっ? …………、そ、それは」
「私は好き。ずっと前から――」
そういって思いの丈を伝えられた。大好きな歌も忘れるくらい好きと。それに、もう歌は縁や二人の間にできた子供にだけ歌ってあげれたらそれで充分だと。
今までは皆に聴いて欲しいと、世界中に向けて歌い、それこそ海外にもライブしに出向いた。でも今は、誰に歌いたいのか、誰とどうしていたいのかに気付いてしまったと。
「ライバルよね? いいじゃんそれで。お互い全力でぶつかってさ。ズルくったって嘘ついたって。出来ること全部使ってでも欲しいから」
「う……うん」
「じゃあさ、これだけは約束しよう。どちらかを選んでくれたら、その時は、邪魔はナシ。それまでどんなに奪い合っても、床並君にきちんと選んで貰えたら、それはもう答えだからさ、悔しいけど祝福しようよ。他の人は知らないけどね」
「でも、いいの? なんで私とはライバルって……」
留理ほどの者なら、わざわざそんな煩わしいことをしない方が、スムーズに上手くいくはず。
「違うよ。むしろ逆。箱入さんが居なかったら、私に教えてくれて本戦に導いてくれなかったら、恋敵どころか、他の子達と同じで、とっくに脱落してたもん」
確かにそう。全部分かった上で、君鏡も留理もまっすぐ接していた、それは……最後まで残った仲間だから。
女性はずる賢いし、裏がある。それでも、筋を通すこともある。
「うん。分かった。私達、ライバルってことだよね?」
「ライバルで……友達。えへっ、初トモ。私、友達いないからさ、ほら、A組ってみんなアレでしょ、なんていうのかな、まいっか陰口になっちゃうし」
君鏡は今日までずっと色々なことを考えてきた。ずっと、ずっと、ただずっと。
そして今、その機会が来た。
日野との最後の瞬間も、上手くしゃべれなかった。それどころか、誰かに何かを伝えたことなんてない。口下手なこの口で、何が伝えれると言うのだろう。
中学校でも心閉ざして本を読んで、心で思ったことも願いも全部隠して。
友達が欲しかっただけ……、笑顔で挨拶したかっただけ……。だって誰も自分を見てくれなかったし、誰もが私なんかいらないって目で見ていた。
それが辛くて、それでも誰にも泣き付けなかった。夢の中さえ寂しくて、夢の中さえくじけそうで……。
でも縁に出会った。
まるで本の中の遠い存在みたいで、自分とは住む世界が違って。
一方通行の手紙。一方通行の想い。私だけが読んで、私だけが頷く。縁が居なくなってからは、文字に、ペンフレンドに恋をしているようで……。
本を読むように、ずっと一方通行。――今もそう。
だって、……私は口下手で、私からは何もしゃべれなくて、行動できなくて、こっちからは、何もしてあげれてないから。
全部貰った。生きる喜びとか自分という心や存在。
傍に居たくて声が聞きたくて、一生懸命だった。走って、走って、必死について行ったら、ここへと導いてくれた。
「床並君」
「ん? なに」シールド越しにニッコリと笑う縁。
「ありがとう。私のこと、ここまで導いてくれて」
「導く? ……うん。俺の方こそ、ありがとう。ずっと言わなきゃと思ってたことがあって。俺、箱入さんがプリントを持って来てくれて――」
縁はあの日の、出会ったあの日のことを話し出した。
君鏡にはそれが少しだけ不思議だった。だって、縁はこんなにも多くの人に知られていて、当時、久住とも出会っていたはずで、それこそ船であった暦、更に紬とも知り合いで。留理とさえ出会っていて。
今この本戦内で言えば、君鏡が一番新参者と言ってもおかしくないほど。
それでも縁は強く、深く感謝していた。
その話を聞くと、やはり物凄く深い寂しさがあったということが伝わってくる。
例えば、学校では虐められていて、いつも一人で友達もいない子が、両親とは仲良く話せているから平気、となるかといったような。それが塾でも。
塾で皆からチヤホヤされていたらそれで平気なのか?
子供とはそういうものではない。
どんなに知り合いがいても、クロエや曽和、他にも多くの者達がいても、学校という世界から隔離された部屋で、一人過ごして数年間。小学五年生から中学三年生までずっと幼い妹の面倒だけを見てきた。
誰もプリントなど届けてくれない。誰にも声や想いは届かない。いつの間にかに小学校の卒業式が来て、二度と通えなくなった。
そして中学校の卒業式……ギリギリで参加できた。たった数回だが教室で授業も出来た。それは全部、あの日君鏡が、プリントを届けてくれたからだと――。
そう感謝している。
なんてことないお使いだった。もしあの日先生のお使いを断っていたらと思うとゾッとする君鏡であった。……縁と出会うことも、知ることさえなかったはず。
縁が中学の卒業式で、涙を流していたことを覚えている。高校の途中で剣道部と無理矢理引き裂かれた縁が送ってきた手紙の内容も知っている。
一緒に卒業することも叶わない。世の中はそうやって上手くいかない事の方が、圧倒的に多い。皆そうだ。
剣道部一つとっても、幸せになれる保証なんてぜんぜんない。
「ありがとう、箱入さん。それだけはちゃんと言っておきたくて」
「私も。それと、手紙の返事だけど『友達』ってトコ。私、私は床並君と友達でいたいし、もっと友達になりたい」勢いで……言っちゃった君鏡。
心臓をバクバクさせ、胸の中心に異物を感じている。言葉を発したことでこの先どうなるのかが怖いのだ。今まで一度も思いを伝えたことなどないから。
それでも、その口下手な口で勇気を出して必死に絞り出した。
「良かった。俺も。もっともっと仲良くなりたい」
「ちょっと待って、床並君、私もだよ。私も友達でしょ?」
「うん。友達」
ニッコリと笑う三人。
ここでもそう、一見うまくいっているようで、本当の意味ではうまくなどいってはいない。君鏡の必死に伸ばした声や想いが……横から差された水に……滲んだ。
でも、君鏡と留理は互いに名乗り合った恋敵。
人生もそう、簡単に叶う願いなんてない。何度も傷ついて、色んな人を傷つけて、嘘と欲と、さよならと孤独を繰り返して……。
それでも、届けたい声がある。聞きたい声がある。たとえうまくいかなくても、伝えなきゃいけない想いがあるから。
ただ、何度も言うが……世の中は、ほとんどうまくいかない。
ニッコリと微笑む、三人のトライアングル。
だが三人は話に夢中で気づいていなかった、自分達が居る場所を遠くから包囲し徐々に狭めてきている何かを。陣形を作りいくつもの組織が集まってきていた。
それぞれが旗をなびかせ、群れで一気に攻め込んできた。
またもそう、ここでもそう。そう、世界は、自分以外のすべても、ちゃんと意思を持って生きているのだから。




