六十話 心の帰郷
君鏡はベッドに寝転がって、いつものように縁からの手紙を眺めていた。
高いポイントを出して手に入れた、縁と寧結の戦いの歴史書もある。毎日、何度も読んだ。
「君鏡ちゃん、御飯できたから早く下りていらっしゃい」
「は~い。もう少ししたらいくから~」
三年生の長い夏休み。毎日、部屋でくつろぎながら色々なことを考えていた。
先輩達が卒業し、三年へと進級した。そして三ヵ月経った所で進卵学園剣道部は休部となった。
君鏡が部長を引退することで、全てを封印したのだ。そう、縁が剣道部を始める前の状態に。
もちろん部室はキレイで、色々な物も増えて、思い出もたくさん詰まっている。
部室に鍵をかけて、吉原先生へと返還した。もうおしまいにすると。
元々は、縁が寧結を待つ為だけの暇潰しだったのかもしれない。
けど、縁に魅かれるように皆が集まった。だから縁が居なくなった後、もう誰も入部させる気はなかった。
なぜなら、進卵学園剣道部は名ばかりで、剣道部ではない。まったくの別物。
夏の合宿で、剣道経験者である堤などから、剣道とはなんぞやと教わった。
心技体。礼儀。あらゆる武士道精神と作法、それが剣道だと。
進卵学園のそれはもちろん違う。そう、全く別の部活動だった。
仲地唯が最後の部員となった。まだ二年生だが、部は終了。
縁が導いてくれた場所のライセンスと、本戦参加証を得て打ち止め。
剣道部への入部希望者はいた。毎年五、六人。もちろんただの入部希望者ならもっといたが、何度も足を運び本気で入部を希望してきた人数はそれだ。
それでも、丁寧に断った。
理由は先ほども言ったが……剣道部ではないから。根本が違うから。
――剣道部は封鎖して元通りに戻さなければいけない、そう皆で答えを出した。
縁と出会う前、君鏡はベッドに寝転んでいつも少女漫画を読んでいた。
色んなヒロインに憧れ夢見て。そして絶望して……涙ぐむ。けど今は違う。
剣道部も無くなり、縁にも会えない日々なのに、同じようにベッドに寝転がっているのに。
今まで剣道部宛に届いた縁からの手紙を、ニコニコと眺める、その後に歴史書をペラペラめくる。
色々なことを、ふっと思い出す。
「兄ンパ。たいへんだぞ、ふとどきものが来たンパ」
「えっ? ふとどきもの?」
焦ってインターホン画面を覗く縁。と。
「おい寧結、ふとどきものじゃなくて、ふとどけものだよ」
その台詞に何者なのと、君鏡もこっそりと画面を覗く。とそこに、よく知る作業服の宅配便業者が。
「兄ンパ、ちょっとしかちがわないンパ」
「あのな、ふとどきものと、ふとど“け”ものじゃ、大違いだよ」
「あのぅ。床並君、言いにくいんだけど」
「ん? どうしたの箱入さん」
「ふとどけもの? じゃなくて、お届け物だと、思うんだけど。なんか余計なこと言ってごめんね」
「いや、そ、そうだ、お届け物か。なんかしっくりこないと思った」
「なんだよ~、兄ンパも~まちがえてンじゃん。はずンパ~。まぁ、ねゆはホントはしってたけどね。お姉ちゃんが言ってすぐわかったし~」
「ば~か、俺だってすぐ分かったよ。ってか、お前につられて間違えただけだろ」
まだ出会ったばかりで、あの頃は、一緒の高校に通うことになるなんて、ちっとも思っていなかった。ただ孤独に過ごす日々、カラカラに乾いた植木鉢に水が潤うような、そんなのどごしを味わっていた。
そんな過去のやり取りを、ふと思い出す。
そしてもう一度母親に呼ばれて食事に向かった。
昼食を済ませると散歩がてらにペット屋へと向かった。わざわざ反対方向の縁の家の前を通り、目的の店へ向かう。
君鏡の乗っている自転車は、部活の時にいつも乗っていた自分専用の自転車。
部活を閉じる時に引き取ったのだ。
「あぁいらっしゃい。丁度今から餌やりなの。見てくでしょ?」
「はい」
店の人と親しげに話す。
長くなった髪を耳にかけて、温度調節されたガラスケースを覗く。中では色々な種類の雛が、ショップ店員のお姉さんに鳴く。
文鳥の雛を手に取りストローのようなモノで上手に餌を与えていく。その姿を、ガラスケースの中から騒ぎながら見る雛たち。
「はいはい、今、そっちにもあげますからね~」
そう言ってケース内にある小皿に柔らかく湯がいた餌を入れていく。それを待ってましたと群がる雛たち。
「かわいい」ニコニコと笑う君鏡。
「箱入さんはどの鳥が欲しいんでしたっけ?」
「ん~それが、まだ迷ってて。本当はボタンインコが欲しかったんですけど、何度も通って見てるうちに、どんどん目移りしてしまって。今は小桜インコが……」
「かわいいですもんね」
「はい、目とか顔とか」
「色とかはどんなのが好みなの?」
「えっと~、顔はホワイトで――」店員との雑談を続ける君鏡。
もう数ヵ月前から、鳥かごや雛を育てる為の用意もしてあった。全部買い揃えてあるのだが、どうしてもまだどれを購入していいのか迷っていた。
可愛いコは沢山いる。悩みのタネはそれではなく、自分なんかに生き物が育てられるのか、という不安が主な原因だった。
「そろそろどうですか?」
「はい。餌やりとか飼い方とかも大分、いつも見せてもらってたおかげというか」
「それじゃついに?」
「あ、でも、今は時期的にちょっと雛を飼うには忙しくて。でも時期は決めてるんです。今年、三月のひな祭りに『雛まつり』ってイベントやりましたよね。来年の雛祭りの時に、一番可愛いコを選んで飼おうかなって」
「そぉ。それじゃいっぱい可愛いコ仕入れて、お見合い準備してあげるね。良いコと出会えるといいわね」
「はい。今から楽しみです」君鏡は嬉しそうに店を出た。
自分の部屋に戻ると、すでに購入済みの鳥かごを眺めつつ、インコの図鑑を手に取る。
部屋中、ペット屋で買った飼育グッズなどでいっぱいだ。
まるで妊婦さんが、生まれてくる赤ちゃんでも待っているよう、そんなだから、ショップの店員もつい君鏡に優しくしてしまう。
「オカメインコも可愛いんだよねぇ。迷っちゃうなぁ。私に決められるかなぁ?」
ニコニコと図鑑を見て、ペラペラとページを行ったり来たりしていた。
しばらくそんなことをした後、今度は机の上のノートパソコンを開いた。そして何やら複雑な入力をして、とあるページを開く。
――戦の本戦参加案内や紹介などのページだ。
ライセンスと参加証コードを打ち込まないと、その先へは進めない。
君鏡は手順通りにインプットして画面を見ていく。
「床並君に会えるかな……。会えるよね?」
頬杖ついて画面を眺める君鏡。
そしてまた物思いに耽る。
昔の自分や、出会った皆のことを思い浮かべた。




