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バースデイ  作者: セキド ワク
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 六話  報復の行方



 目黒区の某場所にある、ビルの地下一階。

 バーとレストラン、それと、ビリヤードやダーツ場が一つのフロアーに共存している店。


 深夜、一時半を回り、その日の営業が終わった後、多くの不良達が示し合わせたように、そのお店へと入店してくる。


「うぃ~す。今日はナンすか。幹部の人も大勢来るって聞いたんすけど」

「ああ、何でも古間さんのマブの谷渕さんが、凶器持った奴にやられたらしくて、そんで、それ聞いた古間さんがブチ切れて――」

 どんどん店が埋まっていく。


「チィーす。あれ、港区のも来てるって聞いたんスけど、俺もいてイイっすよね」

 沢山の不良達が次々集まり、しばらくしてパタリと止んだ。召集がかかった者達はもう全て来たような雰囲気だ。


 時刻が二時ちょっと前をさす頃、静かになった店にまた誰かが入ってきた。

「チィース。チィース。チィース」

「チヤース。チヤース」

 入ってくる者達に、何度も挨拶を連呼する。大勢のその声は、入ってきた者達が中央の椅子に座るまで続いた。


「オォ。悪いな今日は。なんか俺のダチが、生意気なガキに凶器(どうぐ)でやられたって話が回ってきてよ。まぁ、素手で谷渕がやられる訳ねえけど、よほど卑怯なことされたンだろよ」

 貫禄のある男が(テーブル)に足を投げ出し、睨みながら言う。


 顔にはいくつも傷があり、片方の前歯は欠け左目が腫れたように膨らんでいる。短いパーマに四角くゴツイ顔。


「古間さん、獲物は何人なんですか?」

「ん~、それがよ、とりあえず一人だって言うンだよ。ま、詳しく人数は分からないが、きっと不意打ちかなんかされたンだとは思うけどな」

 集まった皆が顔を見合す。たった一人が標的で、なんでこんなに大勢集める必要があるのかと。仮にもここに集まる者達は、かつて各中学や現高校で名のある者達ばかり。

 目黒区、大田区、品川区、港区と幅広くから集まったグループ。


 もちろん一番凄いグループとは言わないが、規模は相当デカイ。新堀(にいぼり)(じゅん)を初代頭として名が広がり、今、二代目として(つき)()(あゆむ)という恐ろしくケンカの強い者を看板に迎えて、新たに進もうとしている。


 グループ名は、ウイルス・モンキー。


 バイクや車なども乗るには乗るが、基本はケンカや犯罪だ。楽しくつるんでいるだけでいられるならそれに越したことはないが、いつの時代も、虐めと欲望が無くならないように、子供達はケンカするしかなくなる。



「事情知っているヤツも呼んでるはずだが、さっさと前出て説明しろ」

 古間がキレる。


 すると、人の輪の外奥、出入り口付近から何人かが出てきた。こそこそと怯え、申し訳なさそうにしている。どう見てもウイルス・モンキーのメンバーではない。


「どうも、進卵学園の者なんですけど……。あの、ですね……」

 数人が知っている事情を事細かに話していく。

「あ? そんじゃ何か、あの谷渕が一人に負けたっツってンのかお前は? あ? 殺すぞ。そんな訳ないだろ。しかも、大勢に武器持たせてだ? はああ?」

「ほっ、本当なんです」

 必死に説明するそこに、別の者が数人出て来た。


「おい古間。これヤベェぞ」

「お、時村。何が?」

「何がじゃねだろ。お前寝ぼけてンのか。新堀さんから何度も言われてただろうが。忘れたのかよ、状況がそっくりじゃねぇかバカ。このバカ雄」

 古間は必死に考えるが、なかなかピンとこない。


「おいおいおい、嘘だろ、マジか? お前ぇ薬物で記憶喪失にでもなったか。ウチの幹部でこの言いつけ知らない奴いないだろ? 久住貴志だよ。梅屋敷駅前事件」

 それを聞いた瞬間、古間の心臓が早くなった。じわじわと冷や汗が流れ、言葉に詰まる。


「今から三年前だ。今みたいにある奴に頼まれて、築道歩と久住貴志の二人を的にしてよ」

 時村はそういうと、三年前に起きた話を自分が知っている範囲で話し出した。




 相手は中学一年坊。

 いくら背がデカイと言っても、百八十以上あるワケでもなし、ガタイだってついこの前まで小学生だったもの。最初は簡単なノリで知り合いの相談を受けた。


 依頼先は、大田区でもそこそこ名のある者達の群れ、その頼み事を聞き、上手くつるめばそれこそウイルスの増殖に拍車がかかる。

 どうしてもその辺りに一拠点欲しかったのだ。


 蒲田と大森の間に拠点が持てれば、羽田地区や池上地区といった激戦区にも少しは対抗できる。


 一つの区を呑み込むにはそういった伝手(つて)がなければ、まず百パーセント不可能。

 これは何処の区でも同じこと。余程チームやグループが大きければ、話は変わるだろうが、それでも区の内情に精通している者達と組めないのは不利だ。

 実際、大田区を呑み込んだあと、平和島地区の者達が品川区の大井地区やその他と繋がっていたことで、色々とスムーズに流れた。


 当時、拡大したいと、必死に夢を見ていたウイルス・モンキー達は、大田区の、それも一等地に入り込めるとよだれを垂らして乗り込んだ。しかし、一年坊のはずの築道にしても久住にしても、とんでもない暴れん坊で、素手のケンカでまともにやると、それこそ年齢関係なく互角か向こうの方が上だった。


 格闘技でもならっているのかという話し合いがもたれる中、ケンカに自信のある幹部が乗り込むか、それともまだ様子を見て、凶器で追い込むかの二択になった。


 まずは順序的に、凶器での追い込み。

 それでもビビらず音も挙げないターゲット。かといって、幹部や頭が直に行って負けたとなれば、それこそウイルス・モンキーごと飲まれてしまう。


 もちろん、頭である新堀潤がタイマンで負けるなどあり得ないが。


 問題は、タイマンもなにも、ヤバめのターゲットが二人ということ。

 そしてついに、幹部を半分以上出陣させ、二人を完全に分断し、更に凶器も持参という段階へと入った。


 数々のケンカから、より喧嘩が強いとデータの取れた久住に本腰を入れ、邪魔な築道は弱い奴を(おとり)に誘いだし、強い者で引っ掻き回してどんどん遠ざけ、引き離しにかかった。

 一方、久住には、一気に追い込みをかけ、どこかの袋小路で素早く仕留める予定だった。


 さすがの久住も、五十からの人数、それも幹部が六人もいるそこに、ほぼ全員が鉄パイプや木刀、金属バット、メリケンナックルなどを持参していたのに怯えた。


 普段逃げ込むような道ではなく、完全に心が折れた道へと逃げた久住。

 分かり易くいえば、商店街などの多くの人が溢れる場所へと逃走したのだ。そこならば、すぐに警察が駆けつけるだろうと。

 東京の警察は、通報すれば五分程度で現れる。更に繁華街や人ごみがあるような場所では三分程度のこともある。つまり東京の警察は非常に優秀で頼りになる。


 この時の久住も当然そう考えていたし、そう願っていた。


 商店街をひた走り、梅屋敷駅を少し横に入った大広間、そこでついに、囲まれてしまった。

 走り疲れた久住に比べて、追い込む為に、自転車や凶器などを用意しているウイルス・モンキー達は、久住に比べれば殆ど平常だ。

 追う側にとって、逃げ惑う恐怖感もなく、孤独感もなく、きちんと息継ぎして、交代しながらマラソンしているような差があった。



「ほぅ、これが久住か。お前も今日で終わりだな。ちょっとはしゃぎ過ぎたな」

 完全に戦意喪失している久住。疲れや敵数、武器の量から見ても、勝てる要素は何もない。これが漫画であってくれなければ、根性でという展開も望めない。


 久住は疲れと恐怖で膝から崩れ落ちた。やる前から完全な敗北。

 ここにもし、築道が居てくれたなら、一緒にボコボコにされる勇気が湧いたかも知れない。

 例え勝てなくても、自分という男を通す所を築道に見て貰えたなら……と。


「何だよ。拍子抜けだな。全然じゃねぇか。ま、でもそうだよなぁ。俺も、こんな状況だったら怖くて堪らないワ。ハハッ」

「安心しろ、ちょこっと入院するだけだ。だぶんな。ひぃへへっ」


 絶望しかない久住の肩を、トントンと叩く何かが。

 久住はいきなり後ろから殴られるかもと覚悟しつつ、奥歯を食いしばりゆっくりと振り返った。するとそこに、百五十センチ前後の少年がにっこりと笑っていた。


 周りで久住を睨むそれらも、あまりの光景に「何?」と見ている。すると――。

「俺が助けてあげるからさ、隅の方で隠れてて」そう微笑んだ。


 久住もそこに居る不良達も、何が起きているのか全く分からない。分かっているのは、幼い少年が、おっかない不良達のケンカにシャシャリ出て来たということ。


「おいボクぅ、退かないと殺しちゃうよ。お兄さん達優しくないから」

「いいよ。でもどうかなぁ、お兄さん達で俺に勝てるかなぁ? 無理だと思うよ」

「はぁ、おい冗談だろ? なんかの薬でもやってンか。この状況が怖くない時点でこの子頭おかしいよな。なぁボクさぁ、何年生?」

「俺、俺は今年で中一だよ。まぁ、学校には通ってないから実感ないけど」

 その言葉に、久住も周りの者達の目も変わった。

 そして傍に居た久住が言う「おい、お前、マジでやられるから逃げろ。お前じゃ一撃で死んじゃうよ」そう心配する。


 中一と聞いたウイルス・モンキー達も、小学生じゃなかったのかよと、優しさを捨てた。

 久住と同じ中一なら、小学生でないなら、手加減してあげる義理はないと。


「大丈夫。それよりも、逆に危ないから俺に近寄らないでね」

 そういうと、腰にぶら下げていた物を手に取り、勢いよく振った。ソレが、スルスルと伸び、子供用の竹刀くらいの長さになる。


「おお、なんだコイツ武器持ってんジャン。剣道か? この状況で本当に勝てると思ってんのかコイツ」

 先に動いたのはウイルス・モンキーの者達だった。


 軽く脅しをかけてビビらそうと思ったようだが、一瞬で手に持つ武器を叩き落とされ、手首を押さえてもがいている。


「手加減してあげれないから、自分達で怪我しないように気を付けてね」

 真っ直ぐな目が全員を捉えている。そしてどこからでも来いといった(おもむ)きで武器を持つそれらに警戒する。


「おい、お前等、こんなガキ、チャッチャと片付けて久住を仕留めるぞ」

 それがウイルス・モンキーの最後の言葉となった。


 誰一人その少年に触れることさえできない。

 しっかりと相手の攻撃を受け、時に流し、そして鋭い一撃を放つ。人数が減るにしたがって、手に持つ武器は防御にしか使わず、掌底や蹴りなどで攻撃を始めた。

 威力はまったくないが、当たるポイントは全て急所ばかり。


 久住は全ての動きを余すことなく見ていた。そしてこの少年に、誰も絶対に勝てないと悟ったのだ。



 その日は、敗北と怪我を背負った状態で引き上げた。

 ウイルス・モンキーの初代頭、新堀潤は、この散々な事態に、完全にブチ切れ、数日後、全勢力をかけて久住とその少年を潰すこととなった。


 敗北からのリベンジ。


 報復の為に、梅屋敷駅前へと舞い戻ってきた。

 そこには、久住と少年が既に待っていた。しかし、今回は前とは違う。

 身長百八十六センチ、タイマン負けなしの本物のケンカ屋、ウイルス・モンキーの頭、新堀潤が、自らのプライドをかけて現れたのだ。


 それなりに背のでかい久住も、新堀の前では、まるで子供。

 少年に至っては赤ちゃん。


「こんなに小さなガキが、本当にお前等を全滅させたのか?」

 再度確認する新堀。仲間達がそれに頷く。


「おい、ガキ。俺は初代ウイルス・モンキーの頭、新堀潤ってもんだ。今日はお前とタイマンを張ってやる。光栄に思え」

「え? 俺と一対一でヤルの? ナメてると植物状態にして二度と同じ朝が来ないようにしちゃうよ。俺とやりたいなら、最低十人は用意しな」

 少年の言葉に新堀は奥歯を噛み合わせる。


 例え相手が拳銃を所持していても、十対一なら、とっ捕まえて殴り殺せる自信がある。タイマン拒否などありえない、それも自分以外に九人も要求。

 こんな条件で、もし、自分が負けたなら、今日までケンカで生きてきたすべてのプライドが崩れ落ちる。

 プライドをかけてこの場に来たが、そのプライドの懸け方さえ、自分の思いとまったく違う状況に持って行かれた。



「一対一ならやらないよ。どうしてもそうしたければ、十人で並んで、自分だけがまず攻撃しておいで。なんで十対一なのか教えてあげるから」

「そうかよ。分かったよ。ならそれでいいや。おい、自信あるヤツ九人出てこい」

 あっという間に九人出て来た。

 ウイルス・モンキー最強幹部達だ。頭がタイマンを張る以上、例えサポート役でも、付くのなら最強が妥当。


「これでいいのかい坊主」

「坊主? バッカじゃない。サッサとおいで、軽く相手してやるよ」

 それが始まりの合図となった。


 一瞬で飛び込んでくる新堀。物凄い速さだ。

 腕も長く少年の体を掴みにくる。捕まれば最後、殴られ蹴られ、地面に叩きつけられて終わりだろう。たった数秒で命の火が消える。


 しかし、呻き声と共に地面に沈んだのは新堀だった。まだ武器も出していないように見える。少年は新堀が立つのを待っている。


「そのまま立たない方がいいよ。次は本当に痛くするよ」

 新堀は立ちたくないと思った。

 今まで何度ボコボコになるまで殴り合っても、そこまで嫌と思ったことはない。痛みの種類が違うのだ。


 殴り合いで、仮に歯や鼻が折れても、内臓が痛んでも、打撃による痛みの雰囲気なら、なにクソと踏ん張れそうだが、なぜか違う。

 まるで体内深くに釘をブッ刺されたような。それが内臓に残って血を吹いているような錯覚に陥る。もちろん錯覚だ。


「お、お前、何した? まさか針でも刺し込んだのか?」

「そんなことしないよ。死んじゃうジャン」

「じゃあ、何だ?」

「何だっていいだろ。たださ、一つだけ覚えておけよ。人を殴ったり蹴ったりして傷つけることと、武器や拳銃で傷つけることに差はないってことを。在るのは加減だけ。素手ならいいなんてさ、都合がいいし、どうでもいいよ。お前以外にはこんなこと言ったことないけど、お前、本当にデカくて強そうだからさ。だから言っておきたくて」

 少年はそう言って語り出した。



 武器を使う相手が汚く感じるのは、自分が(ずる)いハンデを盾に、有利に戦っているからだと。

 武器を所持した者同士なら、相手にそんな感情沸かないと。

 沸くとしたら……恐怖くらい。


 でも、大抵の者は、生まれながらの体型をハンデに、好き勝手暴れながら、時に言葉で脅して、時に凶器を使ったりもする。いわば、優位に居たいだけの、本当は何でもアリの見苦しいルール。


 初めから、お互いに武器を所持するという、この少年との戦い、そしてそこでの圧倒的差。

 拳での強さという半端なルールで頂点に立つ凄さより、遥かに、明らかにヤバイ領域だった。



 少年の愚痴にも似たセリフから、新堀は色々なことを感じ取っていた。そして、後ろに居る九人の一人から金属バットを受け取ると、一斉にかかることを決めた。


 殴り合いをしたい。

 自分の強さを証明したいと思う気持ちが、新堀の中で暴れる。拳で暴れられないフラストレーションが、金属バットに宿る。

 手加減しないと殺してしまう凶器で、理性や道徳心が急ブレーキをかける。そのブレーキが外れてしまったら人殺しになってしまう。


 武器や凶器はそれほどの威力を持っている。


 公園のベンチに腰掛けている人の頭に、真後ろから金属バットを振り下ろせば、誰でもハンデなく人殺しになれるほどの差……。

 もちろん素手での、殴りや蹴りだって、加減や限度を間違えば同じだが。



 新堀は大振りし、少年を狙う。

 と、バットを振り上げる自分の体の異変に気付いた。一瞬動きが止まる。


 ――折れている。右のあばら骨が痛む。


 ただ避け続ける少年を睨みなつつ、一度距離を取り、痛む脇腹を触ってみた。

 その瞬間、腰下と背筋を電気が走った。


 最初の一撃で、少年が折ったのだ。それも完璧に。


 アドレナリンが出て、ここまではっきりと何が起こっているのか分からなかった新堀だが、リミッターを付けて、凶器を扱うことで、少しずつ感覚や痛みが増し、そして動いていることで悪化した傷が、より一層分かり易くしたのだ。


 武器を出していないように見える少年だが、間違いなく使っている。少し離れた途端、新堀には分かった、いや、感じた。

 腰辺りに構えた棒を、居合抜きでもするように、体の動きに合わせて抜いているのだ。

 ただ、そうかも知れないと気付けても、まるで見えない。


 新堀は、ここで初めて、自分が胴体を切断されたのだと理解した。

 痛みを堪えて必死に戦う九人の位置へと戻る。しかし、そこで戦う十人すべてが思っている。


 ――絶対に勝てないと。


 不思議だった。なぜ当たらないのかと。自分達が怒りにまかせて振う武器は当たらないのに、少年の放つ何かは、凶器を弾いたり流したりする。


 自らが持つその武器に引っ張られ、操り人形のように、右へ左へとよろめく。

 小さな子供が重い金属バットで素振りをしているよう。まったく扱えていない。でも、それが正解とも言える。誰も扱えていない。何の技でもない。

 ただ破壊力のある武器を手にしただけの……ド素人。


 何度も空振る。三振を繰り返す。素人がヒットできるはずがない。


 喧嘩が強くて運動神経のイイ不良と、現役のプロボクサーが戦った時、勝ち負けうんぬんは抜きとして、そこにあるテクニックや差が、どういったモノか、ありとあらゆるスポーツでも同じことが言える。


 少年と十人との間には、何年経っても埋まらない圧倒的な差があった。


 一度も負けたことのない新堀は、例えそうであっても引けない。仲間が見ているそこで、まだ動けるのに止まる訳には行かない。

 他の幹部達も同じ気持ちだ。散々エバってきて、心で折れるなどありえない。


 しかし、少年もまた、まだ子供過ぎて、そんな相手の気持ちも分からない。

 何せ中学一年生の子供だったから。



 ヘトヘトになる十人。最小限で避けているとはいえ、少年もまた、徐々に疲れが溜まり、このままではいつかミスが出てヤラレてしまうかもと悟る。そしてついに少年が動く。


 一瞬で二人を沈めた。


 居合ではなく完全に武器を出して構える少年。地面には痛みにもがく幹部。

 目の色が変わった少年に、ゾッとする残り八人。


 まるで死刑を宣告されるよう。


 今まで一度もない感覚と恐怖。皆の前で負ける。プライドが崩れる。

 リベンジどころか、負けの烙印を押される。敗北のタトゥーが刻まれる。


 三秒で二人ずつ沈んでいく。来ると分かっていても耐え抜くことができない。あっという間に八人が沈み、残りは新堀ともう一人。


 普通に暮らしている者は何度も味わっている恐怖。怖い先輩に呼び出されたり、道で絡まれたり、それこそ、街でも遊園地でもゲーセンでも至る所で味わう恐怖。

 久住もつい最近、このウイルス・モンキーに味わされた恐怖。


 怖いなんて一生味わうことのないほど、恵まれた体格の新堀。人生で唯一苦手なモノは、ゴキブリか幽霊くらいだろう。

 それこそ武器を持った相手と、死ぬかもしれない殴り合いも経験あるし、凶器の所持など珍しくない。この恐怖は……死ぬことや痛みとは少し違う。


 少年は、新堀を残し、もう一人を片付けた。


「あ~、結局タイマンになっちゃった。どうしよう。俺、普通の人と勝負はしたくないンだけど」

 普通の人? 新堀に疑問と怒りが走る。


 普通? これでも悪ガキ達の世界で名を馳せ、喧嘩負けなしの自分が、見た目も実際のガタイだってデカイ自分が……普通だと。


「ふっ、いいじゃねぇか、普通でもなんでも、倒してみろよ」新堀がいう。

「嫌だね。悪いけど、弱い奴と知ってて虐めるのは嫌いだし、興味ないなんだよ。俺と本当の勝負がしたいなら、ちゃんと強くなってから来たら、俺が戦っている所まで辿り着けたらの話だけどね。そこへ来れたら本気でやってあげる。こんな茶番じゃなく」


「茶番? 少しも本気じゃなかったっていうのか?」

「少しも本気じゃないよ。分かりづらいなら、分かるように言うけど、自分の本気度を百だとしたら、一もしくはそれ以下の小数点」

「そんなハッタリ……」


「自分だって、そのバットで本気で殺しに来てないでしょ? ま、どうしても知りたいなら、アンタらが弱い者虐めしてきたように、イジメてあげるから、おいで。その代り、今度はさ、俺を殺す気で、全力で攻撃してね、それが交換条件」

「分かった。殺してやるよ。それでいいな」

「いいよ。教えてあげる」


 新堀が自分の持てるすべてのパワーを込めてフルスイングする。

 それを簡単に受け流すと、少年の手に持つそれが、ムチのようにしなり、新堀の全身を完膚なきまで叩く。

 布団叩きが音を立てるように、新堀の色んな箇所で唸る。


 あまりの痛みに顔が歪み、もう止めてくれと後悔が走る。負けると分かっていてなんでこんな申し出をしたのかと、自分でも何も分からなくなる。


 皮膚が裂け、血が垂れる。突かれた喉仏に激痛が走る。

 縄跳びが当たった耳のようにジンジンとし、全身が火傷みたく、熱くてヒリヒリとしみる。


 これが弱い者いじめで味わっている相手の痛み? 屈辱? 苦痛なのか……。


 何もできない、圧倒的差、一方的な攻撃……、哀れと悔しさ。

「言っておくけど、これでも二、程度だから。自分のやられ具合で分かるでしょ。皮膚だけということは、殆ど寸止めだよ。最初の一撃の時に、分からなかった? この人とやったら殺されるって。その時点であなたは死んだよ。俺は相手見てどれくらいか大体分かるンだ。いっぱい凄い人見てきてるから」


 ポタポタと血を垂らしながら敗北を認める。いや、敗北でさえない。これは戦いではなく、囲碁でいうなら指導碁。文字通り、真剣の勝負ではない。


 ハッタリもなく、手加減しての寸止め劇。もう言葉も思いも何もない。


 とそこに久住が寄ってきた。

「新堀潤。俺と築道とのことは、これとは別だ。近いうちタイマンで勝負しよう。俺はアンタと同じで素手でしかケンカしたことねぇから、安心しな。たださ、この床並縁って子が言った、相手見て強さが分からないようじゃダメって所と、都合のイイ時だけ武器持つのはどうかと思うぜ」久住は凶器を持つ残りの敵を見渡した。


 久住は少年(えにし)を見てはっきりとその強さが分かっていた。圧倒的な身長差があるのに、体格差があるのに、そのハンデに関係なく強い。

 初めて出会って助けられたあの日、すでに永遠に勝てないと悟っていた。


 もちろん新堀だって分かっている……。最初の一撃で感じていた。喧嘩の場数を踏んでいたからこそ異質さに気付く、でも、知っていてなお戦った。

 引けなかった。

 暴力で伸し上って、多くの悪ガキ達の頭として男を張っている以上は、……避けられなかった。





「う、嘘ですよね? 新堀さんが負けたンですか?」

「負け? アホか。新堀さんが言うには、相手にもされなかったって言ってるよ。俺はその事件を直接知らないから、絶対作り話だと思ってたけど。なにせあそこが地元の築道君もその件は知らないらしいしな」

「今でも負けなしの新堀さんが……一度だけ負けてたって……ことですか?」

「だからそうだよ。もしそのとんでもないヤツが実在してるなら。絶対に手を出すなって言われてるから、この掟破ったら、ウイルス・モンキーで最も重い罰が下るだろうよ」

 時村が腕組みをする。古間も困り顔、しかし、怒りはとっくに青冷めている。


 そこにいる皆が知ってる情報では、新堀潤が、中一の久住貴志と築道歩の二人を相手に、二対一という特別ルールで勝利を治め、一応の決着をつけたこと。


 時が経ち、久住と築道と安斎は知らない者がいないほどの超ケンカ屋になって。各中学校の不良達を潰し回る悪童と恐れられた。


 そして中三の春、久住と築道は、見物人の安斎を連れ、新堀にリベンジを挑む。今度はそれぞれが一対一のタイマンで。

 しかし結果は、圧倒的な新堀の強さに、赤子のようにあしらわれて、返り討ちとなる。築道はその時、次期頭としてウイルス・モンキーへと迎え入れられる。

 新堀は個人的に、久住に猛アプローチしていたのだが、久住はとある理由から、高校進学を目指し、その誘いを突っぱねたのだ。




「で、どうしますッ今回の件」

「どうするもこうするも、これが新堀さんや築道君、OB会に知られたらよ、完全にアウトだろ。今夜ここに集まったこと自体抹消しないと。どうやって隠蔽(いんぺい)する?」

「だな」

「だな、じゃねよ古間。お前が何処のどいつかもしらねぇバカのことで呼び出したんだろうがよ。なんかあったらお前が全責任とれよ」

「ちょっと待ってくれ、そりゃねぇよ。そいつさ、谷渕徹っていうンだけど、俳優やってて、ほら映画『ファイナル番長・冬景色』知らない?」

「もちろん知ってっけど、それがなんだよ」

「ソレの主役。徹がやってンの。それに、この前、ひらひら(りん)()ちゃんのサイン、あれ貰って来たのもアイツだよ。大体、何年も前からウチらに資金援助してくれてる奴で、時村、お前のバイクな、事故ったの修理した代金アイツが払ってんだぞ。景山、お前の中古で買った車もアイツだ。それを汚い。俺一人に押し付けるのは」

「何言ってんだ古間? 要するにその谷渕とかいう奴の為に動けってことか?」

「違うよ。この件を俺一人のせいにするなってことだろ。なんで俺のせいなの」

「オマエが言い出したンだろうがボケ。時村が忠告しなかったら逆に大変なことになってたぞバカ雄。どんだけだよ、ったく」


「ってことは何かい? 全部、俺が一人で責任被れってか? ヒドイ。それが同じ修羅場をくぐってきた同期にいう台詞か」

「だから、時村も景山も言ってるだろ。今回の件は古間が責任を持ってその金づるのガマ(グチ)だか崖っぷちだかいう俳優に言えって。二度と、金輪際(こんりんざい)、そのパンドラに触るなって」

「なんだそのパンドラって? どういう意味だ? 英語か?」

「意味はいいから。よく聞け古間、絶対今回の件は隠せ、抹消しろ、ここに居る皆も分かったな、死ぬ気で隠蔽しろ。運よく時村のおかげでまだコトは何も始まってねぇ、ってことはだ、事件は? そう、起こってない」

「俺等の代のウイルス・モンキーは、それなりにうまくやってるのに、こんなことが先輩に知れたら、いや、もし事が起きたらそれこそ、皆居場所がなくなるだけじゃ済まない。どんなケジメ取らされるか。末端の者は、知らなかっただろうが、この話はな、幹部は全員、嫌ってほど聞かされてる。今更、知りませんでしたじゃ通らねんだぞ。お前等、ホントに分かったかよ? バカ古間も」


 そこに居る皆がゾワゾワとしながら怖がる。まるで修学旅行先で聞く、夏の夜の怖い話で盛り上がっているかのような、そんなヒソヒソ話が続いていた。






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