五六話 絡まる糸が解けなくて……
春休みも終わり新年度が始まった。濱野と裏画は三年生となり、君鏡は二年に。
自分が何組になるのかも分からず登校する。とりあえずは元居たクラスへ行き、張り出された新クラス名簿を見て、各自で移動するとのこと。
君鏡は、一度だけ席へと着く。真後ろの席には部活を辞めた日野がいた。
去年の始め、ここで君鏡と日野は友達になり……そして今は……。
縁のことで何度か泣き腫らした君鏡は、日野のことも少しだけ悩んでいた。
もちろん学校でそんな素振りはみせないし、想いも態度も強く隠し通している。
何かを話すべきか、このまま立ち去るか……。
背中で日野を感じながら、何となく立ち去れずに粘っていた。
昨日まではお互いを意識しないよう見ないようにしていたが、これが最後になるかもと……心が揺れている。
「明日香ちゃん、クラス表見に行こうよ。また同じクラスになれるといいね」
クラスメイトが日野へと声をかけた。
「ん、うん。……うん」
「ほら、行こうよ」
何か言いたそうな日野、でも腕を引かれて立ち上がる。お互いに、目線ではなく気配や感覚を頼りに相手を探る。
見えない電波を触れ合わす為にアンテナを伸ばすが、ノイズが二人を邪魔する。
君鏡もどうしようと迷う、が、君鏡の元にも同じよう別のクラスメイトが近寄ってきて、そこで完全に何かが遮断された。
これが他人事なら『簡単でしょ』と思えそうだが、もう笑顔で挨拶することさえ上手にできない。友達だったのに。やっとできた友達だったのに。
日野も君鏡もクラスメイトに手を引かれ、互いに別の方角へと引き裂かれてく。日野は後ろのドアから、君鏡は前のドアから出た。
そのまま……二人は別れた。
そして、二年の新しいクラスで、二人は一緒になることはなかった。
「うっそぉ。マジでぇ、一緒~」
大はしゃぎで葉阪が近づいてきて、君鏡の手首を両手で掴んだ。
「ぬぅ? い、一緒? よ、良かったぁ」
「ねぇ見て、席も前と後ろだよ」
「ホントだぁ」
前が箱入君鏡、後ろが葉阪芳里。
「同じ『は』で始まるもんね。いやぁ~ラッキー。なんか楽しくなりそう」
喜ぶ葉阪を新しいクラスメイトが見ている。するとそこに誰かが寄ってきた。
「おはよう。私も同じ、よろしくネ」
山又栄子。元剣道部員。
「うん、よろしく」君鏡が笑顔で頷く。
「あの……、私、飯塚苗っていうンですけど、良かったら……お友達になってくれませんかぁ」
「あっ、飯塚さん? 家庭科部ですよね?」
「そうです。私のこと知ってるんですか?」
「あはははっ。もっちろん、知ってるよぅ」
顔をピンクに染めて恥ずかしがる飯塚。前のクラスでは殆ど透明な存在。
ただ、文化祭の時にした永尾との契約で、立場だけは良かったが、それと心から笑い合える本当の友達が出来るかは別だった。
でも今、目の前には笑顔の葉阪と君鏡と山又。
あっという間にグループが出来た。それを羨ましそうに見ている者達もいる。
まだ二年生という長い旅が始まったばかり。何があるかは分からない。特に今の進卵学園は秩序も荒れている。
立場を確立する為なら、相手を蹴落とし踏み台にもする空気。
君鏡と葉阪の席で四人が話し込んでいると、そこに担任の先生が入ってきた。
「ほら、みんな席ついて。今日は大掃除とか、去年使ってた下駄箱とかロッカー内の引っ越しがあるから急がないと。あさってには新入生も来るからね。ぜったい、忘れ物とか残しちゃダメよ」
「先生~。吉原先生が担任なの?」
「なにその言い方、不満でもあるの? 嫌ならもう話しかけないでね。私、調子乗ってる子とか、基本相手にしない主義だから。以上」
「先生、別に嫌とかそういう意味じゃないっすよ。ちょっと聞いただけというか」
「うるさいわよ。静かにしなさい。……はい皆、今日は班とか分けてる時間ないので、列ごとでね。ウチのクラスの掃除場所は黒板に貼っておくから、列の代表の人が出てジャンケンか何かで決めてね。それじゃホームルームは終わり。あ、箱入さんと葉阪さんちょっと来てくれる」
吉原先生はそういうと二人を廊下へと呼び出した。
「ねぇ、今日から部活始動しても平気だけれど、どうする? 濱野と裏画はやる気満々だったけど、ここは部長である箱入さんが決めるべきでしょ?」
「私……ですよね。それじゃ、今日からで」
「そう。良かった。それじゃ帳さんにも伝えておいてね。会えないようなら、放送使ってもいいからね。それじゃ後でね~」
吉原先生は足取り軽く立ち去っていく。
クラスの者や他の生徒との接し方とまるで違う。縁がいなくなってから一般生徒にあまり気を使わなくなったようだった。
今回のクラス替えで、それぞれの明暗が分かれる。君鏡や葉阪、山又、飯塚にとっては好調な出だしであり、余程のことがない限りは平穏でいられそうだ。
基本的に、高校二年という狭間の年は、多くの者達にとって、イイ思い出を与えることが多い。
これは中学二年でも同じで、もちろん全ての者がそうであるか、と言えば違うとなるが。
あくまでも、上手にやりこなしやすい時期というか期間。いわゆる波間。
台風でいう目。
だが、日野や一部の者達にとってのサイコロの出目は……最悪であった。
まさに明暗。良い目も悪い目も様々。それが誰に出るか、そしてどう転がるか。
一年をどう切り抜ける。誰かになすりつけるか、それともひたすら耐え抜くか。
君鏡は葉阪と共に掃除を終えた後、山又と飯塚と合流して、忘れ物などをしていないか、ロッカーや下駄箱を回る。
「う~、これもういらないかも」
ごちゃごちゃに詰まった物を嫌そうに取り出す山又。
「捨てちゃえば?」
「うん、捨てるぅ」
山又以外は皆、キレイさっぱりしていてほとんど荷物もない。
四人が雑談していると、そこに日野と元クラスメイト二人が歩いてきた。
だがそのすぐ後ろを、見るからにギラったギャルが、聞こえるような悪口を言いながらついていく。
日野はクラス替え初日にして目をつけられたようだ。元剣道部であり少し前まで目立っていた。
元々、かつての君鏡よりちょっと格上といった身なりや存在、つまりは下の上といった位置。それが群れを離れたわけだ。
そういうハンパな存在は、色々な女子にとって格好のターゲットで、いいカモ。
一時期は君鏡と二人で仲良く学校生活を送り、上手く立ち回っていた。
だが、君鏡が大化けし、更に誰かによって仲違いさせられた。すでに去年の状態で罠にハマっていたといっても間違いではない。
――女子が生き抜く世界は難しい。
リアルなところ、男子は女子の裏の顔や本当の怖さをあまり知らない。本質も、ずる賢さも……残酷さも。女子同士は当然それを理解しているし、それに対処できない者は堕ちてしまうだろう。
残酷で普通な日常が、毎日同じように繰り返す。
どこの学校でもそうで、退屈で虚しい時間の流れに、思いっきり悲鳴をあげたくなる。それでも抑える。
見えない何かからはみ出さないように、他人との空気感を愛想笑いでなぞる。
堕ちていく日野を横目に新たなクラスへと戻る、そして午前中授業を終えた。
「部活、一緒に行こう」
昔、よく日野に言われた台詞だ。
「うん」あの頃と同じように笑う君鏡。
久しぶりのやり取りに色々なことが蘇る。葉阪と一緒に歩く廊下、かつては日野と歩いた日々。それもある日を境に、パタリとなくなり、今日までは一人だった。
二年に進級して新たなクラスになった感覚とかつてのそれがシンクロしたよう。懐かしさというより、友達関係で失敗したという苦しみの方が近い。
慣れたように部室で着替える。かつては大勢が着替えていた。それも一緒にいるだけで心揺さぶられるほどに存在感ある者達ばかり。
綺麗な花だけを集めた、花束のようだった。
何もかもが変わってしまったと実感しながら剣道場へと向かう。中では既に濱野と裏画と室巣が柔軟運動を始めていた。
「チャッス」
「室巣『ちゃッス』じゃねぇだろ。それも部長に向かってアホか? お前は一番の下っ端なんだからな」
「わ、分かってるっすよ」
君鏡と葉阪も挨拶を済ますと、いつものように柔軟運動を始めた。慣れたようにスケジュールをこなしていると、そこに留理が遅れて入ってきた。
「ごっめ~ん。遅くなっちゃったぁ」
「おっはよう」
留理を皆が笑顔で迎えた。留理は春休み中もライブツアーなどで忙しかったようだが、部活にはなるべく参加したいと頑張っている。
「少し鈍った体を、今日で戻したいな」濱野は嬉しそうに竹刀を振る。
「やっぱいいすっね体動かすと」
「室巣ぅ。お前はもっと自転車で走って来いよ。足腰とか体力が足りてないから」
「ええぇ。それは自主練でやりますからぁ、練習相手してくださいよ」
「おっ、またサボり癖か。先輩のいうことは――」
「あ~もう、違いますから。マジで練習付き合って下さいって」
裏画と室巣が仲良くふざける。
マネージャーである葉阪は完全に部員的な感じで練習に参加していた。スカスカになった人数だが、明るく練習をこなしていく。
数日ぶりに汗だくになる部員達。留理だけはライブで限界以上に体力を使っているから、春休み前と全く変わらないキレであった。
三年生が抜けたダンス部も威厳が薄らぎ、全体的に寂しさが漂っている。
あっという間に一週間が過ぎた。入学式や一年生を迎える催しなども終わり、二、三年生は慌ただしさから解放されていく。
剣道部は相変わらず部員は募集していない。だから催しの時も部活紹介はなく、ひっそりと身を潜めていた。
だが、なぜかたった一人だけ新入部員が入ることになった。
「よろしくお願いします。一年A組、仲地唯です」
「よ、よろしく」
薄いピンクの長い髪が途中から紫に変わるド派手な髪。制服からメイクまでありえないほど目立つ子だ。
去年の文化祭で留理の前座をやったあの仲地唯だ。あのド派手なライブも演出も見ていないので、濱野も裏画も君鏡も驚きを隠せない。――ほぼ初対面。
「ごめんね、なんか無理にお願いしちゃって。この子がどうしても私と同じ部活に入りたいってきかなくて……」
「いえ、ぜんぜん。帳さんの推薦なら断る理由ないし」君鏡が笑顔で頷く。
「やった~。これで一緒に部活できるぅ」
まるで小学生のような笑顔。どこか縁に似た童顔さ、高一なのに。
「それじゃ、一番弱っちい人と手合せして貰おうかなぁ」
仲地が部員達を見渡すと「オレオレ」と室巣が手を挙げて前へ踏み出す。
「普通は入部テストみたいなのが、あるんでしょ? それ受けて落ちたら嫌だから受けないけど、形だけやりたいからぁ」綺麗な声と無邪気な微笑みでいう。
前に留理に聞いたことがあると笑う。今の剣道部には異質なほど明るいタイプ。無邪気と言えば聞こえはいいが、わがままなアーティストという可能性も……。
竹刀を一本構える室巣。
「一本? でいいの? ルリ先輩から聞いてる話とちゃうし。まっ、いっか」
仲地はスタスタ壁際まで歩き、薙刀を取った。そしてクルクルと回し操る。
「え、ちょっと待って。え? え? 仲地さんって、経験者なの?」焦る室巣。
「経験? あっ、これ? うん、ルリちゃんが通ってた道場にアタシもずっと通ってたよ。それに、暇があるとルリちゃんと遊んでるよ」
「マジ?」
「マジ」
「あのさ、今からで悪いンだけど、もう一本取って来ていいかな?」
「いいよ。たぶんだけど、一本じゃアタシ勝っちゃうし~。てへっ」
可愛い声と笑顔だが、完全に小悪魔タイプであることは判明した。
そしてこの後、室巣と仲地の軽い試合が行われた。その結果……、勝利したのは仲地唯の方であった。それも圧倒的に。
いくら室巣が一番下だとはいえ、去年の文化祭の少し前に入部していて、すでに七、八ヵ月経っている。その間相当な練習をしているし、直接縁からも指導を受けてもいた。筋も悪くはない。だが……負けた。
これは室巣が弱いのではなく、仲地が強いのだ。薙刀の基礎と進化した留理との練習で身に付いた圧倒的な攻撃技術によるもの。決して偶然ではない。
「悔しい。……けど勝てる気がしない」
「それじゃ、仲地さん、濱野先輩に色々教えてもらってね」
君鏡がそう指示を出すと「私、君鏡先輩と戦いたいです。それと、君鏡先輩に色々教わりたい。ルリちゃんは君鏡先輩に教わってるんですよね? ならアタシも」とねだる。
君鏡は仕方がないとそれを承諾した。そして、仲地と軽く手合せをした。
「うぅ。やっぱぜんぜんダメだぁ。君鏡先輩強過ぎぃ」
君鏡は仲地の全ての攻撃を簡単にあしらった。
仲地の技は、時には留理よりも鋭く荒々しい狂暴さを秘めていた。リズムに乗るとヤバイほど輝きを放つ、何度もそれが垣間見れたが、やはり基礎や感覚が留理よりも数段劣るレベルではあった。
仲地唯という新入部員が加わり、剣道部は進み始めた。




