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バースデイ  作者: セキド ワク
55/63

五五話  消失



 冬休みも終わり学校という日々が戻った。

 久しぶりの登校、まだ冬眠途中のカエルや熊のよう、眩しさで目を細めている。


 感覚が戻らないままざわめきを耳や肌で味わい、皆は席へと着く。見慣れた自分の席が異質に感じる中、担任の先生も来て、そして校長先生などのテレビ放送が各教室に流れた。


 新年の挨拶を終え、新学期の注意事項などが話されていく。

 何事もなく放送は終了した。そのまま冬休み中に溜まったであろう(ほこり)を掃除するべく、全校生徒での一斉清掃が始まった。いわゆる大掃除。



「おはよう。ねぇ、床並君は?」

 濱野と裏画が一年F組を訪ねた。

「それが来てなくて。今日、休みみたい」今込がつまらなそうにいう。

 せっかくの初登校日だが、仕方ないと渋々教室へと戻っていく。他の剣道部員達も、縁が登校しているかわざわざ教室まで見に来るが、皆同じように戻っていく。


 普段はそんなことはないのだが、縁がいない学校はなんとなく雰囲気で分かる。居ればどこかしらで騒がしい気配がするというか……。

 今日はそれがまるで感じない。


 恒例となったバイク登校の気配もなかったのだ。



 半日ということもあり、皆も縁と会えないことを渋々我慢していく。

 ……しかし次の日も縁は登校せず欠席した。


 まだ通常状態には戻っていない生徒達は、縁のいない違和感を、さほど気づいておらず、久々の学校生活で感覚がズレているのかなと思う程度であった。

 だが、剣道部員や縁を(つね)日頃から意識している女子などは、たったの二日の欠席でも会いたくてしょうがなくなっている。おはようとか、明けましておめでとうと笑顔で挨拶したいのだ。


 そんな中、縁は次の日も休んだ。

 さすがに一般の生徒達も、縁の姿を一度も見ていないので、その違和感に気付き始めていた。



 授業も平常通りに戻り、午後もある。そして部活も再開し完全に元の学校生活がスタートした。



「今日も休み? どうしたンだろ?」

 部員達も剣道場で縁のことを心配していた。

「風邪かな? 事故とかじゃないよね?」

「寧結ちゃんとか……。大変なことじゃなきゃいいけどね」

 心配する言葉しか出てこない。


 いつも通りの部活をこなし、明日は会えると信じて家路につく。


 しかし、次の日も縁は学校へは来なかった。


 そんな状況だからか、学校で変な噂が流れ始めた。それは縁が学校を退学になったかも知れないというとんでもない噂だ。どこから流れたかは分からないが、縁にはしっくりこない噂であった。


 進卵学園に通う一般生徒であれば、煙草やお酒、その他の何かしらで事件になってという噂も分からなくはない。元々休みがちで単位が足りず、ダブリが決まったことで自主退学なんて話は珍しくはない。むしろよくあることだ。だが、縁に関して言えばそれはない。金銭的な家庭の事情ということもまずない。



 その日のうちに噂はどんどん膨れ上がり、ありもしない方へと流れていく。

 色々な仮説が立ち、そのどれもが作り話の類。



 次の日も縁は休んだ。もう五日間。さすがに剣道部も心配が限界を越えていた。


 そんな中、あまりに多くの噂が流れたことに、学校側が急遽(きゅうきょ)朝のテレビ放送で、縁のことを説明することとなった。


 しかし――。



「えぇ。一年F組の床並縁君のことで色々と変な噂が流れて、インターネット上でも騒いでいる生徒が多いので、ここで学校側より説明致します。彼は、え~、家庭の事情により、冬休みに入る前に学校を辞めました」


 各教室中がその言葉に騒ぎ出した。噂うんぬんというより、縁が本当に学校を辞めてしまっているのだという事実に。


「嘘。嘘。マジで? ……嘘でしょ?」

「なんで? 絶対無理。ありえないンだけど」

 騒ぎの(しゅう)(しゅう)がつかないほどに生徒達が騒ぐ。


「いいですか? 皆さんが噂したり騒いでいるような内容ではなく、ごく普通の家庭の事情ですので、変な噂を立てないように。学校側としても、これ以上嘘や噂などで騒ぎ立てた場合、それなりの処置をしますので、くれぐれも遊び気分や軽い気持ちで行動しないように。高校生としてきちんとした責任ある生活を送るように」

 厳重注意とも取れる内容の校内テレビ放送が終了した。



 その日の内に至る所で生徒達が動く。剣道部員も顧問である吉原先生と縁の担任でもある折紙先生へと詰め寄る。一体なにがどうなっているのかと。


 他の生徒達も、職員室に細かな事情を聞きに行ったり、教室で泣き崩れている子もチラホラといた。



「ちょっとぉ、床並君が学校辞めたってどういうことよ。噂じゃ退学させられたって聞いたけど、本当ですか?」永尾綾が職員室で先生に突っかかる。

 別の場所でも、深内と若月が先生から事情を聞くべくしつこく追い回していた。


 一方、剣道場には風紀委員、副委員長の夢藤言呼が事情を聞くべく訪れていた。


「あれ? 剣道部は?」

「それが皆、床並君のことを聞きに走り回っててここへは一度しか来てないけど」

 ダンス部も心配そうに状況を説明する。


「分かった。もし戻ってきたら、風紀の夢藤が探してるって伝えて」

「あ、分かった」

 既に生徒会からも使者が来て、似たような(こと)(づて)があった。

 学校中が縁のことで大騒ぎになっていた。



「どういうことですか先生」

「それがね、私もよく分からないの。ただ、辞めたのは冬休み前だって話だから」

 折紙先生と吉原先生が信じられない様子で説明する。


 場所は美術室、剣道部と美術部が先生を取り囲むようにして詳しい説明を求めている。だが、先生二人も細かな所はよく分からないようだ。


「私達もこの数日、色々な先生方に聞いて回ったのよ。でも、事情を知っているのは校長先生だけらしいの。それで何度も校長室に行って説明を求めたんだけど……」

 縁が学校を辞めたというのは、どうやら本当で、それがどういった理由かは謎のままということ。

 ただ今は、理由がどうこうというより、本当に学校を辞めてしまったのかどうかがちゃんと知りたいのだ。本当の本当なのかと。


「嘘ですよね? これ、ドッキリとかじゃないんですか?」

「違うわよ。そうだったらどれだけホッとするか」

「もぅ、なんなんですかこれ。いきなりで分からないンですけど。事故とか病気じゃないんですよね?」

「ええ。それはちゃんと校長先生も言っていたし、何より冬の合宿で皆も直接会ったから分かってるでしょ? 元気は元気よ」


 考え込む部員達。もちろん答えなど出ない。

 分かっているのは縁が進卵学園を辞めてしまったという事実だけだ。


 答えの出ないまま同じ会話を何度も繰り返してその日は終わった。そして翌日も縁は来なかった。




 君鏡は何度か縁の自宅前を通るが、人の気配がない。今までとまるで違う。

 留守という感じではなく、誰も住んでいないという感じなのだ。


 毎日、時間があればうろつく君鏡であったが、出会うのは、深内や留理、それから何となく見たことのある進卵学園らしき生徒の姿ばかりで、縁と寧結の姿を見ることは……できなかった。



 あっという間に二週間が経った。仮に学校を辞めていなくとも、もう単位が危ういくらいの欠席数。


 学校では縁を慕う生徒達によって、原因究明や縁が復帰出来るよう署名活動が行われていく。

 毎日毎日校門や至る所で頭を下げて、全校生徒にお願いする。しかし、そんな活動も虚しく、三分の一ちょっとしか集まらない。

 これが映画やドラマであるならもっと集まるであろうが、現実はこうだ。いや、三分の一と言えば一学年分とちょっとだ、冷めた世の中にしては、相当集まったと言っていい数かも知れない。


 ただ、仮に全校生徒の署名が集まった所で、何かが変わるということはない。

 これはすでに動くことのない決定事項だった。


 剣道部員に表だった動きも無く、更に予定よりもぜんぜん署名が集まらない歯がゆさや、縁がいない学校生活にホトホト嫌気がさす者が増えていく。

 こういう現実に直面して、改めて世の中は冷たいと実感する。何かある度に思い知らされ、それでもどこかに優しい良心があると願う。……けれど他人同士の間にははっきりと(へだ)たりがあり、甘い幻想は(はかな)く消える。


 署名しない理由なんて単純だ。悪意ある思考や、面倒くさいという理由、更に自分には関係ないことだと他人(・・)(づら)、など。

 他にも理由はあるだろうが、つまりはそういった所。


 それがイイか悪いかで言えば、世の中それでいい。所詮、他人は他人事。


 一生懸命声をからしてお願いする女子生徒を白い目で見て通り過ぎる。駅前などで募金活動しているのを通り過ぎることも別に普通だったりする。

 世の中は色々。他人をほっとけない者もいれば真逆の者もいるし、他にもいる。十人十色という言葉通り、人も人生も個々の環境も色々ある。

 ただ、自由だし、自由だからこそ、自分が選択した行為や態度には、信念がついてくる。そのことだけは覚えておかねばならない。

 自分が何を選んだのかということを。




 縁が学校を辞めてから一ヵ月が経った。

 学校は縁を失い、ごく普通の状態へと修正されていく。縁によって変化していた部分が、どこにでもある風景へと変貌する。


 身を潜めていた目立ちたがり屋が、沈殿(ちんでん)していた(どろ)(ぞこ)からプカプカと浮上して、そして自分達がいかに凄いかとうそぶき、異性の前などで格好つけてはしゃぐ。


 弱い者をバカにし、自分よりも低いと判断した者を見つけては、()(ろう)し、ナメた態度でからかう。それを女子もキャッキャと喜びチヤホヤする。

 もちろん女子も同じく、えばる女子が幅を利かせ始める。そんな者達がクラスや学校内の中心人物へと移り変っていく。


 どこにでもあるごく普通の光景で、これこそ正常な学校。縁が居た時が逆に異常な状態であったのだ。



 縁は、部活動以外の学校生活の中で、様々な生徒と関わり合いになっていた。

 例えば、三日に一冊の割合で読み切る本を借りる為、月曜日、水曜日、土曜日、のいずれかの週二日、学校の図書室へと通っていた縁は、そこでも事に出くわす。


 図書室で騒ぐ男女が、図書委員の子や静かに本を楽しむ子をからかって、バカにしている所をさりげなく助けていたりしていた。もちろん、さりげなく。


 ブスだ、キモイだと酷い言葉でバカにし、ゲラゲラと身内で笑うそれら。

 学校の外などの溜まり場でも、よく見られる光景だ。


 縁は悪口を言われた子へと近づき「俺はそうは思わないよ」と言い切る。

 騒ぐ相手に「本当はブスだと思ってるくせに」と難癖をつけられたりもしたが、縁は「お前とセンスが違うから。仕方がない」と言い切る。


 単純な意見だ。

 つまり、俺とお前とどちらのセンスが優れているか、という問題になる。当然、そこに居る生徒達は、圧倒的に縁のセンスの方がイイと分かっている。

 着ている制服も普段の態度も、動く仕草も。そして男としての強さも。何より、生意気そうな目つきさえも縁の方が遥かに格上だ。


 そのことで縁の出す答えが選ばれ、全ての意見は縁の色に覆った。


 図書室では、そんな縁が趣味で借りた本が、返却日前から予約でいっぱいだ。

 縁がどんな本を好み、どんな内容を楽しんでいるのか知りたいのだ。

 そして、その本を読んだ者達が集まり、読書感想をお互いに言い合うという現象も起きていた。


 もちろん縁はそんなことは全く知らない、一部の生徒の間でのこと。


 他にも縁は、教室でもどこでも、相手がバカにされていたり虐められていそうな生徒であっても、きちんと君付けで呼び、話が合わない相手でもしっかりと接していた。それはクラスメイトだけでなく、殆どの生徒に対して丁寧に接していた。


 最も目立つ縁が作り出す雰囲気、そして秩序、センスがルールとなる。

 それに背く者達は縁と比較され、足の先から髪の先まで比べられて敗北する。


 しかし縁がいなくなった今、そんな均衡(きんこう)は崩れ、本来あるべき状態へと修正されていく。どこの学校でもある、嫌なヤツが幅を利かせ、目立ち、更に新たなルールを作っていく。自分が目立ち立場が良くなるための暴挙。

 そしてその犠牲者が徐々に現れ始めていた。



 不謹慎な言い方ではあるが、人とは他人を(さげす)むことで色々なモノを得たり、心を安定させたりする生き物なのだ。自分より不幸な存在に……(えつ)()る。


 生徒会、風紀委員、不良グループの順位は変わらないが、そのすぐ下を、チャラチャラした者達が奪い合い、出しゃばりだす。もうこの流れは止まらない。


 一般の者達もたった一ヵ月だが、すでにこの変化に気付いている。

 生活しづらいと。


 縁がいた時でさえ格付けはあった。争いもあった。だが今はそのレベルが数段増した。嫌な思いすることが増え、少しでも隙を見せると目下のレッテルを貼られる。特に弱い者や少しでも変わった者達は一気に(まと)にされ、色んな生徒から次々とカモられていく。


 自分がそうなるのが嫌だから、誰もが、自分より的になりうるカモを見つけて、そいつに餌食になってもらう。そんなことが至る所で勃発する。


 そしてようやく全員が実感する、もう何もかもががらりと様変わりしたことに。気づいた所でどうしようもないのだが。


 すでに学校は(にご)(ゆが)んだ。餌食となった者や弾かれた者は下を向いて生活する。静かに自分を押し殺して生活しても、それでもなお()(ろう)され(あざ)(わら)われる。


 何度も言うが、これが通常なのだ。どこへ行っても縦社会。上がいれば下もいる。細かな階層に分かれその場所によって状況は変化する。


 小さな子供だって知っている。そして大人になっても変わらない。


 バイト、派遣社員、平社員、主任、係長、班長、課長、次長、部長、局長、更に部門長や本部長、更に執行役や監査役、そして常務や専務、ここでやっと副社長、そしてボスである社長。

 しかし、まだ上はある。会長がいて、更に名誉会長、その周りに相談役やら顧問、最高顧問なるものまでいる。


 肩書きだけでもこれだけあって、しかもランクがある。当然、地位も偉さも給料も違う。会社だけじゃない、店でもそうだし、スポーツでもそうだ、店長もコーチも監督も、至る所で役職や位が存在している。

 逆に順位や上下関係がない場所を探す方が難しい。


 ただ本来学校には、生徒同士には、上も下も無いはず……。

 でも、十人十色で個性もある、スポーツの得意な者や勉強が出来る者、明るくて面白い人や見た目がイイ者もいる。

 そしてその真逆の者や、不潔で根が暗い者だっている。


 これで順位が無い訳がない。


 モテる順位があるように、人が人を好きになったり嫌いになったりするのに、皆が等しく持っている『好み』なる心がポイントとなる。だからこそ差が出る。


 唯一救いなのは、どんな立場の者でも心はあるし『好み』はあるということだ。つまり、努力によって順位が変わったり、簡単な話、嘘を付けば、変わることもできる。誰かが堕ちれば自分が上がり、誰かが上がれば自分が堕ちることも……。


 食うか食われるかの奪い合いで、仲良く好きな人を分けあったり、大切なモノを譲っている場合ではない。一生懸命に生きる。

 そこに綺麗も汚いもない、対等の意。違いがあるとすれば、持って生まれた環境や不平等な個体差。


 生きることに愚痴り、不平不満を言い出せば本屋にある冊数を全部かき集めても足りないくらいに文句を書き(つづ)れる。だから……本質や深い意味はなく言う、進卵学園は本来あるべき姿へと戻り、壁も床も全てが崩れ落ちたと。

 今は空っぽのはりぼての城。





 縁のいなくなった学校で剣道部員達は迷子になっていた。ただ親を探して、泣くだけしかできない子供のよう。不安と孤独だけを感じ、ひたすら祈る。


 それでも人は、例え怖くとも、ちゃんと目を開き、今の状況をしっかりと見て、自分達が歩むべき道を進まなければいけない。……険しい歩みだが。



 あっという間に二ヵ月が経ち、もう縁が二度と登校してこないということを完全に理解した。そして、剣道部は崩壊した。




 濱野と裏画と君鏡、マネージャーの葉阪、それと留理、更に、室巣だけが残り、それ以外の者は退部届を出した。


 それぞれが進むべき道に戻ったのだ。元々、部活をするのも大変なほど忙しい者達ばかり、縁が居たから、縁という存在に寄り添いたくて無理して入部した者達。

 けして剣道が好きだからではないし、体を動かしたいからでもない。


 目的は縁ただそれだけ……。


 更に数週間が過ぎ、進卵学園に卒業式が来た。

 時期的に殆ど学校へは顔を見せなくなっていた三年生達が、最後の巣立ちの為に一同集まる。


 谷渕も船城も、そしてあの篠崎実央も卒業する。

 社会への扉が開き、こうして学校での季節が移り変わった。





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