五二話 乱地でランチ
一方、濱野と裏画と君鏡は、お盆においしそうな食べ物を乗せて席取った場所へ運ぶ。
「あっ、濱野だぁ。裏画もいる~」寧結が嬉しそうに走り寄る。
三人は近づいてくる寧結と萌生を見た。
「生きてたんだぁ。やるじゃん。ね、萌生ちゃん」
「うん。逃げてたの? ねぇ、ずっと逃げてたんでしょ?」萌生が可愛く尋ねる。
「違うよ。ちゃ~んと戦ってたよ」裏画が座りながら笑った。
「私達、お外で食べようかと思ってたんだけど、どうしてもここで食べて欲しいなら、ココで一緒に食べてあげてもいいよ。どうする?」
「食べて欲しい。一緒に」濱野が即答する。
「うんじゃ、萌生ちゃんおかず取りに行こう」
楽しそうに跳ね回る二人。その後ろから久住がついていく。
食事場所は凄く空いていた。理由はこの大会の流れが荒れていて、まだ誰もポイントの確保に余裕がないのだ。
その結果、今ではなく、もっと遅い時間へとずらしたり、外で食べられるようにラップなどで包まれた食べ物、パンやおにぎり、唐揚げやコロッケなどのおかずを手に、組織で隠れ潜んでの食事を選んだようだ。
ここでのんびりと食事しているのはごく少数で、更に言えば、寧結達や濱野達のグループと重ならないように行動していることも空いている理由だ。
お盆に沢山のおかずを乗せて、二人が戻ってきた。少し遅れて久住。それぞれがマスクを外し、皆揃った所で、裏画の「頂きます」の合図と共に食べ始めた。
「濱野、船どうだった?」
いきなり甘いケーキ類を食べながら寧結がいう。
「船? 行ってないけど。だって、危ないって」
「ええっ、行ってないの? 凄かったよね寧結ちゃん。超高くて、すっごい揺れるの。で、で、奥の方の船も揺れるの。落ちちゃうかと思ったよぉ」
萌生の話を聞くだけでじんわりと恐怖がくる。見通しも足場もいい場所でも相当苦戦したのに、地形が不利になる場所ではとてもじゃないが戦闘は無理だと。
「ご飯食べたらさ、三人で行ってきなよ。超面白いから」寧結がイチゴを頬張る。
久住は二往復ほどゆっくり首を横に振る。行っては駄目だと。
「じゃあさ、あれは行った? 寧結ちゃんなんだけ、ほらカベが動いてせまくなったりさ急に下がスベリ台になったり、あと~」
カラクリ城だ。もちろん行っていない。濱野達は縁の言いつけを守ってどこにも行っていない。
「な~んだ。そんじゃどこにも行ってないんだぁ~。行けばいいのに、ねっ、寧結ちゃん」
「だね。平気だよ。怖くないよ」
嘘だ。久住は、寧結と萌生が至る所でギャアギャアと喚きながら、その都度恐怖でパニックになるのを目にしている。唯一見ていないのは、地下迷宮だけ。
それは、久住は入らずに出入り口付近で待機していたから。
出口から出てきた二人は、大勢の敵を案内役にしていた。中で何があったのかは分からないが、ある程度の想像はできた。
「行った方がいいよ。あっ、そうだった、行くとねお宝があるんだよ、だから絶対に行った方がイイってば。ね、萌生ちゃん」
「うんうん。すごいのがある」大嘘だ。
久住は寧結達に気づかれないように、またゆっくりと首を横に振る。
小さな子供の言う通りに動いても、ロクなことにならない。自分達がおっかない思いをしたのを濱野達に味あわせたいだけなのだから。
普段のように寧結の傍で助言やフォローする者もいず、今日は幼い寧結と萌生の二人きり。その結果、とんでもなくリスキーな旅だったようだ。だが、そんな話を聞く君鏡は、例え危険でもちょっとだけ行ってみたなと感じていた。
目の前の小さな二人は、その冒険をして戻ってきたのだからと。
「濱野先輩、裏画先輩、あとでちょっとだけ見に行ってみません?」
「おっ、いいねぇ~君鏡ちゃん」寧結が褒める。
「さっすが。濱野と裏画とはぜ~んぜん違うネ」萌生も褒める。
プルプルと首を横に振る久住。それに気づいているのは濱野だけ。
「ん~確かにちょっとはみたいよなぁ、せっかくこんな場所に居るんだしさ」
「バカか裏画。お前がいっちゃん弱いくせに……、っとに何言ってンだよ。無理だって」
「あらら、濱野がビビってるからかぁ。君鏡ちゃんも裏画も行きたがってるのに。そっか理由は濱野かぁ~」
動揺する濱野。だが久住が『グッと堪えろ』と念を送る。それを確かに受け取る濱野。
「スリル、欲しいよね」君鏡に変なスイッチが入る。
戦の前に縁が言っていた「女の子は、時に無謀なことを言い出すから」と。そういう怖いモノ知らずでハチャメチャな所に、いつだって男の子は涙する。
「そんじゃ、濱野置いて二人で行っちゃえば」萌生がスープを飲みながら笑う。
どうにか三人を窮地へと導こうとする寧結と萌生。
ただ笑いたいという単純なことのようだが、思考がそんなだからこそ、自分達もその窮地に落ちてしまう。それでも楽しいからやめられない。
子供とはそういう無邪気な小悪魔。こればかりは、色々な失敗や経験を積まないと直らない。
雑談をしながら戦いの疲れを癒す。休めるのは約一時間。
十二時四十五分に食事場に入ったから、出るのは一時四十五分となる。そして、食事場を出た後の残り戦闘時間は、約二時間半ちょっととなる。
「床並君、これも食べていいの?」吉原先生が嬉しそうにはしゃぐ。
「ええ、どれでも」
モニタールームを出て、縁達も食事できる高級なレストランへと来ていた。
曽和はつい今しがた、知り合いの者がモニタールームまで呼びにきて、そこで別行動となった。今居るのは剣道部と形霧達。
「それにしても、本当に凄いわね。こんな高級な感じの食事したことないわ」
ずらりと並ぶ料理皿を眺めながら皆も嬉しそうに選ぶ。そしてそれぞれが料理を取り揃えると、外の景色が一望できる窓側の予約席へと座った。
「それじゃ食べましょうか。頂きます」
テンションの上がった吉原先生の掛け声で皆が食べ始めた。カチャカチャと食器とナイフが音を立てる。
美味しさと賑やかさで頬が盛り上がり、笑顔が溢れていた。
「なんか懐かしいわ」
「ほらまた。本当に折紙先生はしつこいわ。ここまできて、夏合宿の話はよしてよね、時代は冬合宿なのよ」
相変わらず吉原先生と折紙先生は張り合う。普段なら、濱野と裏画も似たような張り合いを見せるが、今は当然いない。
皆は、二時間映画でも見終わったように少しだけ疲れていた。ドキドキハラハラと緊張が続いたせいか、凝り固まった目、肩、腰をいたわる。
慣れた感じで雑談が続く。学校の食堂以上に弾む会話。形霧達はそれについていけず、聞き手にまわっていた。
とそこに、見知らぬ女子が駆け寄ってきた。
「居たぁ。やっぱりこっちだったんやね、ウチはてっきり青森やと思って」
縁の横にピタリと並び肩に手を置く。賑やかに弾んでいた会話は止まり皆がその女子を見る。
「ん? 作屋さん?」
「作屋じゃなくて、紬って呼んでよ。何度も言ぅとるでしょう」
「でも……」少し困り顔の縁。
「そうだ。縁に報告があったんよ。ウチね、次の戦から縁と同じ最終ランクに上がったけぇよろしくね」
ベタベタと甘える作屋。女子部員達はそんな作屋を品定めするように見る。
アイドルともモデルとも違うが、見るからにお嬢様の品格と育ちの良さが全身からにじみ出ていた。
縁に甘えながらも、お金とブランドの気高いオーラを纏う少女。
「あぁあ、私も縁と一緒に食べたいなぁ。けど、パパが一緒にって上で待っとぅから行かなきゃ。縁は今日泊まるっちゃね? ほっじゃまた後でね」
そういうと、縁の首筋の匂いをスッとなぞるように嗅いで走り去った。遠ざかるその背中を皆が見送ると、今込が「知り合いなの?」と縁に尋ねた。
「知り合いというよりも……敵対している組織の娘さん? ってとこかなぁ」
「敵対してるって、縁はどこにも属してないからだろ。周りはそんな風に思ってないけどな。縁のことを仲間に欲しくてしょうがないくらいだ」すかさず形霧が説明を入れた。
縁の感覚にホッとしたのか、女子達が食事を再開する。
大勢の者達が縁達の居るテーブルを見ていた。試合を脱落した者達やその関係者などだ。
やがて楽しい食事が終わり、またモニタールームへと戻った。
時刻は三時五分。
濱野達が食事場所に入ったのを見届けた後でレストランへ向かい、入店が大体、一時頃。そこから三時までの約二時間おしゃべりしながら食事してしまった。
寧結や濱野達の二倍の時間だ。つまり濱野達はとっくに戦闘を再開している。
急いで席に座り、モニター画面をつける。とそこにとんでもない光景が飛び込んできた。
「なんで? なんで吊り橋の上にいるの……」
座ってすぐに立ち上がる縁。オタオタとうろたえて、また画面を見る。
「ホントだ。床並君さ、ダメって説明したってさっき言ってたよね」
今込も呆れる。
「寧結ちゃんと萌生ちゃんの時も凄かったもんね。濱野達じゃ無理でしょう」
雨越とマネージャーの寺本も、同じ同級生として濱野達の無茶を嘆く。
一体、なんでこんなことになってしまっているのだろうと画面をみる。
その訳はモニタールームに居る者達には分かるはずもないことだ、なにせ、予測できない悪戯っ子がけしかけた罠なのだから。
橋の両サイドを敵に塞がれた状態。高さは端の位置が十メートル弱で、中央部分は七メートルくらい。中央に向かいたるんでいる。
たるみ具合で分かる通り、とんでもなく揺れる。もちろん戦闘によっては地面に落下することだってある。
地面などの安全面は、アトラクションのように配備されているが、怪我の問題ではなく、やはり生き残れないという問題だ。もともと安全性は防御スーツが相当に衝撃を吸収するので、どこであっても安全と言えるが……。
「ほう、こいつはすげぇぞ。俺もこんなの初めてお目にかかったぜ。何だよ、何者だ? とてつもないお宝じゃねぇか」
苦遠路は腕にはめた電子ツールで濱野達の個人情報を見る。そしてとんでもない賞金ポイントがかけられていることに驚いていた。
「ちょっと、できたらそこ退いて貰えませんかね~」
さすがの裏画もなぜか下手に出る。
「無理だな。わりぃがここで仕留めさせてもらうよ。ポイントの方はどうにか足りそうだったが、これは~、俺個人のご褒美として全取りさせてもらうわ」
「ふざけんな苦遠路、こいつらは俺らの獲物だ。俺らがここまで追い詰めたンだ、横取りすんじゃねぇよコソ泥」
「コソ泥? あ? そんなルール知らねぇな。清泉、青クセェこと言ってんなよ」
「誰が清泉だボケ、俺は渋茶だよ。誰と間違えてんだコラッ、ちゃんと覚えとけや糞が」
濱野達を挟むようにして両サイドから罵り合う。
そして数人ずつが中央へと歩み出た。
「く、来るよ。ヤバい」
「先輩達は正面の人達を相手にして下さい。私は後ろの敵を――」
「分かった」
絶望的な状況だ。両サイドから本戦ランク七の者達が迫り来る。
橋の幅は、三メートルはない。つまり武器を持った者同士が横に並べる距離はなく、小さめの女子が、腕を広げてギリギリすれ違える幅しかない。
「行くぞ」苦遠路が仕掛ける。
「来たぞ」濱野が受けた。
苦遠路と濱野のやり合いで橋自体が波打って揺れる。後方で攻撃に入った渋茶とそれを受けようとしていた君鏡は、そのあまりの揺れに行動をキャンセルし、端にしがみ付いた。
「お、おい濱野ぅ、揺れるぅ、落ちるよぉ」
「そんなこと言ったって……、こいつが……、っう、来る……からよ」
「誰が『コイツ』だ。口の利き方を教えてやる」
激しい攻防。苦遠路と濱野以外全員サイドに掴まっている。段々に揺れる橋。
「は、濱野、いい加減にしろよ」
「な、なんで俺にばっか言うんだよ。俺にどうしろっての」
と次の瞬間、苦遠路の体が橋の外へと飛び出してしまった。その無残な光景に、そこに居る皆の下腹部にキュンと縮みあがる感覚が走る。
スッと軽くなった体で硬直したまま地面へと落下していく。そして柔らかな地面へと『バシュ』と吸収された。
高さは、一般的な歩道橋よりも二メートルほど高い。つまり七メートル。
「ほらぁ、もう! 危ないって言っただろう。俺と箱入さんが落ちてたらどうする気だったんだよ」
「何がだよ。俺のせいじゃねぇよ。あの人が攻撃してきて……」
ならなぜ落ちたのが苦遠路であったのかだ。それは揺れを操っていたのが濱野であったから。濱野も裏画も君鏡も、いや進卵学園剣道部は空中での攻撃をマスターする為に、毎日何度もトランポリンで練習を積んでいた。よって攻撃や防御時に、ついソレが出てしまったのだ。
だがこれは、慣れているとかいう単純な話ではない、現に慣れているはずの裏画と君鏡は、その揺れの危うさに掴まりっぱなしであった。
「濱野先輩、言っといてくれないと怖過ぎます」君鏡もビビる。
ほんの一息入れるとすぐ、橋の揺れが微動に変わった。すると、後方側にいる渋茶が早速立ち上がり攻撃態勢へと移った。
「嘘だろ? もうかよ」
裏画が手を離し身構えようとするが、些細な揺れにまた掴まり直してしまう。と、君鏡が立ち上がって身構えた。
「先輩、私がどうにかします、少しずつそっちへ移動して下さい」
有無も言わさず襲ってきた渋茶に、君鏡もまた迷うことなく武器を交えた。刀を合わせるとはっきり分かる敵の強さ。
奇跡が起きてもなおギリギリ負けてしまうほど差があった。しかし、防御だけは……防ぐだけならばできる。
縁から教え込まれた君鏡のテクニックは、渋茶のフェイクやテクを、しっかりと見極めていた。
「ちょちょちょ、箱入さん、ヤバイってそれ。ゆ、揺れが、半端ないんだけど」
移動を始めた濱野が足元でスッ転んで弾む。必死にもがきながら何かに掴まろうと手を伸ばしていく。と、裏画も床板で弾む。
裏画は、片手で端を掴んでいるが、とんでもない縦揺れに、座っていることさえ出来なかった。
濱野の時以上の揺れ。君鏡の方が遥かに揺れを利用していた。
意識してではなく、体が覚えてしまっているのだ、日々の練習を。
「ぎぇえ。お、落ちるぅ」
攻撃態勢の渋茶は君鏡の攻撃を避けると同時にバランスを崩し、あっけなく落下していった。他の者達もバタバタと二、三人落下した。
「と、止めてぇ箱入さん」
強引に動きを止めた君鏡の目に映ったのは、橋の紐を体半分乗り越えた濱野が、必死にしがみついている姿だった。
本当なら「お前はコアラかよ」なんて裏画が口を挟みそうだが、裏画も床板に仰向け状態でそれどころではなかった。
敵達が起き上がりバタバタと一斉に逃げて行く。自分達組織の大将をやられて、士気が限りなくゼロへと下がったのだ。
「先輩、私達も早く移動しましょう」
この機を逃してはならないと、君鏡も即行動に移した。
モニタールームでは冷や汗を背中に感じながら、実際、もうダメだという諦めた思いで、祈るように三人の行動を見ていたのだった。




