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バースデイ  作者: セキド ワク
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五一話  戯事と戯言



()(おん)()さん、なんでこんなにも逃げ回るンですか?」

「しつこい、黙ってろ。何回も聞くな」

「だって……まだゼロポイントっすよ。このまま逃げ隠れしてて本当に大丈夫なんスか? もうかれこれ二時間は経ってますけど」


「ったく、面倒くせぇ。関係ないンだよ、この戦はあの子が参加してる時点で逃げ切る以外の策なんてないの。理解しろよ」

 周りに居る者達に言っているというより、自分達を追うカメラの先、モニタールームで見ている依頼主に言っているような感じだ。……話が違うと。


 本戦ランク七の苦遠路、それと早乙女を頭にし、ランク六の()(ばた)(しば)()の四人で二十名の本戦受験者を護衛、追ってくる寧結の影から逃げ続けていた。

 二時間以上も逃げ続けていることに、半ば呆れている者もいる。


「ちゃんと説明して下さいよ。このまま終わったら納得できませんから」

「納得? 誰が? お前がか? ふざけんな。遊びで逃げてると思ってんのか? 冗談じゃネェ、死ぬ気で逃げてンだこっちは。これが依頼された仕事だからよ……クソ。先に言っとくけど、あの子に見つかったら全力で逃げろよな。例え散り散りになってもとにかく逃げる。今この戦場で一番ヤバイのは……あの子だ」

 早乙女が念を押すが、どうしても納得できない様子。チラリと見えた寧結の姿はあまりにも小さく幼かったからだ。

 自分達がそんな者に負けるはずないと思ってしまう、そして逃げ続ける行動にも自尊心が揺れている。


 この大会に参加するにあたって最強の者達をかき集めたはずで、戦が始まる数秒前まで誰もがそう信じていた。どのグループよりも優位なオーラを放っていた。


 苦遠路と早乙女はこの大会参加規定の中では、経験もランクもまさに上位者。

 同じランク七でさえ一目置かれる存在。そして、ランク六の湯畑と芝居も相当な実力者達。たかが予選会となれば、嫌でも余裕が漏れ出し、皆も大船に乗った気でいた……、のに、始まってすぐに誰ともどことも戦わずに、全力で逃走したのだ。


「分かったよ。んじゃよ、少しだけ説明してやんよ」芝居が説明を始めた。


 かつて本戦に二百人弱の群れを有する最悪の集団、ピンク蝙蝠(こうもり)と名乗る愚連隊がいた。片っ端から殺戮(さつりく)し、酷い暴言と相手のプライドを引き裂くナメた態度。

 各大会の運営はいつも手を焼いていた。そんなある日、死神と恐れられる少年がたった一人でランク五に乗り込んできた。そして降臨した死神はピンク蝙蝠の幹部を一瞬で倒し、プライドを根こそぎ大鎌で刈り取って帰っていった。


 幹部達はその日から『打倒、死神小僧』を合言葉に、更なる仲間を集め始めた。

 強い奴を見つけては、どんどん吸収して膨れ上がる。そして幹部達がランク六に上がった頃には総勢五百人に達していた。

 部下たちにランク五で仲間を集めさせる中、一足先にランクアップした幹部達は百五十人でランク六へ乗り込み大暴れし出した。誰も手のつけられないほど荒々しくて、あっという間に膨れていく。


 三分の一ほどを屈服させた時、突然現れたのが小さな女の子だった。


 いきなりピンク蝙蝠三百人をとんでもない人数で囲んだ。囲んだ全てが仲間ではない、が、まるで女の子の下僕のように従って、それらが逃げられないように(おり)を作った。


 檻の中でもお構いなしに暴れて暴言を吐く幹部達。

 その幹部達に勝負を挑んできたのは、幼い子ひとり。


 本当に小さな女の子で、まだ幼稚園児くらい。園児にしては大きい子かも知れないけど、そんな数センチは大人には関係ない。感じるのは疑問符だけ……。


 くるりと背を向けて背中にあるマークを親指で指して「私は寧結。私を倒さないとにげられないから」そう笑って言った。

 日の丸の国旗のようだったが、よく見ると、トランプのハートのエースだった。で、もっとよく見ると、ハートの部分がキスマークでその唇がアルファベットの『N』を(くわ)えていた。


 二百人いる組織のトップ、いやエース、床並寧結、それがその子だ。


 取り囲んだその中を片っ端から倒していく。それもたった一人で。誰も逃げれないようにして、手当り次第全員仕留める勢いで……。


 徐々に減っていくピンク蝙蝠たち。そこに居る誰もが、手のつけられない不良達だったはず、でも、残ったのは幹部四十人だけだった。


 そして四十対一の伝説のバトルが始まった。


 幹部達は本当に強かったし、周りの者達とは格が違っていたのに、それなのに、寧結の必殺技『オクトパス』にボッコボコにされた。

 何度も打ちのめされ、それこそオーバーキル状態。とっくに敗北を認めた者達も数回ずつ倒された。


 自分達が暴れてきたことなど、全部吹き消すほどの勢いで暴れる寧結。

 しかも楽しそうに無邪気に笑って……。


 流星群の中でハチの巣にされながら、生まれて初めての恐怖を知る。

 本当にヤバイとは、この子のことを言うンだと。


 絶対に勝てないと全身の細胞が痙攣(けいれん)した。


 本戦のランク三にもなれば、誰もが自分達の扱っている武器を脳内で本物の様にイメージできるようになっていて、本来の威力や残酷さをシンクロできるのだ。

 自分達がどんな攻撃を受けどんな死に様か……。脳内ではリアルに感じていた。


 地面に横たわりながら暴れる寧結を見上げる。動きの一つ一つがその格の違いとなって胸に染み込み、恐怖以外の感情にロックがかかる。

 幹部達はその光景を見ながら、今までしてきた事や言い訳が全て自分の弱さだとそう言われている気がした。凄さの意味をこれでもかと見せつけられて……。


 中学高校と憧れて買ったギターも、その難しさから言い訳をした『元々ギターなんて西洋の人に合わせて作られているから、自分の様な小さな手には合わない。上手くできなくて当然』と。でも寧結はそういった全てをぶっ壊す。


 例えば、多くのピアニストが、他人の指の長さを(うらや)み自らの指の短さにハンデを感じる中、言い訳するその弱き心の前で、まだ幼い子が信じられない演奏を奏でるような。


 絶対に押さえられないコードだって幾つもある、が、それを補うアレンジをしながら本物に近づくように必死に奏でる。自分達より遥かに小さな幼い手で。

 その演奏や光景を見て何も感じないわけにはいかない。

 もう……言い訳さえできない。


 どんなハンデも関係ない。小さくて幼い手が全力で極みに手を伸ばしていく姿に、自分の弱さを感じずにいられない。そして同時に、自分達がまだ幼かった頃を思い出す、自分を信じて全力で駆けていた日々を。未来を信じていた日々を。


 あまりにも幼い寧結だったから……、本当にヤバイ領域の強さだったから、だからもう何も言い訳ができなくなった。そして自分の弱さを全部認めたのだ。


 敗北したピンク蝙蝠の幹部達はその日、寧結の部下になった。ただ、仲間に入れて貰えたのは、ピンク蝙蝠の総勢六百五十人の中からたったの百人だけ。



「ちなみに、俺はそのピンク蝙蝠の残党だよ。早乙女も芝居もそうだ」

 苦遠路がいう。

「もしかして、苦遠路さん達はあの子の配下ってことですか?」

「ンな訳ないだろ。俺も早乙女も配下にさえ入れてもらえなかったよ」

「どういうことですか?」

 それは寧結がお気に入りしか仲間にしないからだ……。


「それは正直分からない。俺は幹部の中じゃ強い方だったし。……ただ、噂では、あくまで噂だけども、顔が……」

「顔? 顔が~どうしたんすか?」

「ん~、アイドル? みたいな感じというか、イケメンじゃなきゃダメみたいな。もちろん噂だしよくは分からないけどな」

「それはおかしいですよ。だって早乙女さんはメチャクチャ美男子じゃないですか。いや、苦遠路さんもですけど」

「いいよそういうのは。とにかく、そういうことだ」


「でも、でも本当にそんなことあるンすか? おかしいっすよ。小さい子が大人に勝てるなんて、常識的にいってありえないじゃないですか?」

「あのな。お前の言う常識が間違ってるんだよ。この世の中は、いや、自然界は、体重とか筋肉とかは基本関係ないンだって」

「うそ? ……ですよ」

 なおも話は続く。今度は強さについての概念(がいねん)(くつがえ)す雑談だ。


 逃げ隠れしているそれらにとって時間はある。暇を持て余しているとも言えるが、なんだかんだ言ってそういう話が好きなのだ。



 犬最強のドーベルマンの体重が二十八キロ前後で、他の犬種にはその倍以上の犬がごろごろしている、と例を挙げる。

「でも、こういっちゃなんですけど、そもそもドーベルマンが最強っていうのが、おかしいンじゃないですか? 土佐犬とかいるじゃないですか」

 いる。土佐犬もマスティフなども。しかもその体重は九十キロ近くある化け物もいる。だがそもそも人が思うそこが大きな間違いだ。それらの強さは防御力である皮のたるみにあり、パワーがポイントではない。

 他の強さはドーベルマンの足元にも及ばない。


 犬には特殊な能力を活かした様々な職種がある、警察犬、猟犬、盲導犬等々。

 そんな中、確かに闘犬としてかつて活躍した犬種はいる、が、それよりも遥かに能力を必要とするものがある、それは軍用犬だ。

 それを(にな)えるはたったの数種のみ。


 戦場で生き延びたり役に立てるのは、人でも犬でも同じで、パワーではない。

 レスラーや格闘家が活躍できるのは映画の中だけで、実際の戦場では……。

 ルールの通じない戦場では、自然界と同じく本当に強い者だけが生き残る。


 生存競争。


 なにが言いたいかと言えば、能力や知能、更に気質などのあらゆる条件が揃わなければ例え優れた犬種であっても、無条件に合格する訳ではない。警察犬や盲導犬がいい例で、それになれるのは、ほんの一握りのエリート犬だけ……。


 元から不向きな犬種や、ましてパワーありきの超大型犬種ではダメということ。


 人が言う強さの定義だとゴリラ、象、カバなどが強いと論理づくが、そもそもそのルールがメチャクチャなのだ。

 分かり易く土佐犬で言えば、武器である牙を全て抜いたとする、そして生き物の中で弱いと言われる人と戦わせたらどうなるかだ。


 野生の生き物と比べて、牙もない足も遅い身動きものろい人。

 でも、牙のない土佐犬にどうやって負けるのだろう? どうやって負けてあげたらいいのだろう。土佐犬の強さが牙以外にあるのであれば別だが。敢えてネコ科ではないから爪はそのままにしてあるが、前後の爪でボクサーや空手家のように攻撃してくるのだろうか?

 逆に人間の蹴りや踏みつけ、首絞めなどにどう対処できるか?


 敢えて人との対戦にしたが、牙を抜いた犬同士なら、何がポイントになるか?


「まさに牙を抜かれたよう……ってやつだな」早乙女が頷く。

「人は武器を除外ししてるから、余計なモノがポイントに感じてくるわけで――」


 (ねずみ)の歯が、蛇のような牙と毒を持っていたら、ピラミットのどこに位置するか? 本当に猫の下にいるだろうか? 大きな動物におもちゃのように(もてあそ)ばれることはなくなる。遊ばれてしまうのは鼠の歯が噛んでも意味ないものだからで、一噛みで象を失神させる猛毒ならそれだけで話は変わる。


 牙を抜いたワニ? 牙と爪を取った熊や虎やライオンはどんな攻撃で獲物や敵を倒せるというのだろうか? 重要視するべきは本当にパワーだけ……?


 猛毒を持ったものやヤマアラシのように鋭い棘を持ったヤバイ生き物がうじゃうじゃいる中で、パワーが最強なんて論理ではお話にならない。

 そもそも弱肉強食はパワーや体格ではない。

 どんなに大きな体の生き物も、物凄い筋肉のものも、隙を見せたら即餌食だ。



「芝居、お前説明がヘタ過ぎて何言ってっか分からネェよ」

「そんなこと言ったって。それじゃ早乙女君が言ってやってよ」

「俺? なんで……、仕方ねぇな。ま、パワー重視ってことはよ、熊が狼襲って食ってると思ってるくらい考えがおかしいってこと。狼が群れで熊を襲って食うことはあっても、その逆はまずないだろ? ってワケ分かんねぇやこの話……」

 早乙女がこんがらがる。



 ライオンがバッファローを襲うこと自体、パワー論理ではおかしいことになる。例え草食動物とはいえ、数匹のライオンに対して数百倍の群れ、更にパワーも体の大きさも遥かに優位、それでもパワーバランスはライオンが上だ。

 なぜそうなるか?

 それは先ほど除外した牙や爪、武器なるものが理由と、野生では、後ろ脚一本に深い傷を負うだけでアウトだからだ。


 動物園などで多くの生き物を飼育している者達は、そのあまりにも危うい生態(せいたい)をちゃんと知っている。

 象やカバが強い? 足などに怪我を負っただけで、どれほど容易(たやす)く命を落としてしまうか。自分の体重さえ凶器に代わり、ただ倒れてもがくだけの命。戦う?

 多くの人の手を借りても立たすことさえできない……。体が健康でも、その足の怪我や化膿(かのう)のせいで安楽死まで行ってしまうほど。足の怪我が完治するほんの数日さえもたせれないほど自分の体重にやられてしまう。

 そんな動物はいくらでもいる。


 言ってみれば、足の爪や裏側をちょこっと怪我してこじらせたら一大事なのだ。

 大きな動物が素早い生き物に後ろを取られたら、間違いなく対処できない。


 象やカバがお尻に張り付いた敵に素早く反応し、馬のように後ろの両足で蹴り上げるなどない。

 出来ることと言えば、自分が大怪我することを覚悟で大暴れするしかない。


 人の思う勝手な強さは、自然の摂理やピラミット型とはあまり関係ないデタラメな論理ばかりなのだ。大体、パワーや体格以前に、草食動物が敢えて危険を冒すことはない。


 ――そして、生き物の強さは間違いなく武器で決まる。


「それじゃ、あの小さな子が本当にそんな強いって言うンですか?」

「そうだよ。さっきから言ってるだろう。それに小さいって、……って、お前等にいくら説明しても分からないだろうけど、強さには色々あるんだよ」

 イマイチ納得できていない者達ばかり。


「つまりよ、猛獣と戦うとしてな、ゴリラのようなパワーと体格が手に入るのと、武器使用で戦う選択肢があったらどっちを選ぶって話。俺はゴリラになって猛獣と殴り合うなんて御免だぜ。どんだけ血塗れにされっか……。なら、体格も今のままでいいから、対猛獣武器でいく。小さくて非力のままでも、断然武器を選ぶよ」

 どんなに話を聞いても理解できず、答えは平行線のまま。一応頷いたり分かったフリをする者もいるが、土佐犬とドーベルマンも、象やカバの最強説も熊や虎などの強さが小さな動物の毒牙に負けるとは……、ピンとこないようだ。



「じゃぁ、ですけど。牙とか爪とかはそのままで、仮に全部の大きさを統一するという条件で戦ったなら、昆虫が最強っていう説はあってますよね? ですよね」

「はあ……、それか、間違ってるよ。どこに行ってもよく聞く話だよな、でもさっきから言ってるだろ、全部が間違ってンの。俺達はよ、大勢の敵とあらゆる武器と防具で疑似の戦をして殺し合ってるわけだ。それも、たったの一撃でも喰らったらアウトでだ。そんなことしてるとよ、どんな相手が強くてヤバイのかってことばかり考えるようになる――」


 暇潰しを通り越して皆は深くのめり込む。何度も言うが、男の子はこういう他愛もない話が単に好きなのだ。自らの知識や論理をぶつけ合い立証させたいのだ。


「俺達が敵を見る時な、大きく分けて、三つを品定めするわけだ。まずは防御値、次が俊敏性、最後に攻撃値。そのどれがどう突出していて、どういったタイプかを見定めるンだよ」

「でも、だって昆虫ですよ? 凄くないですか?」

「知ってるよ。あのな、お前が思ってる昆虫って何?」

「カブト虫とかクワガタとかカマキリとか、あとゴキブリとかも強そうじゃないですか?」


「どこが? 逆によく考えてみな。ちゃんと考えないでデタラメな思考で好き勝手思ってるから昆虫が強いなんて発想になるんだよ」

「でも……、こればっかりは……譲れないというか、たぶん俺の方があってる気が……」

「ふぅ。ったく無知なヤツの思い込みはどうしょうもねぇな。いいか――」

 そういうと苦遠路が自分なりの見解を話し出した。



 まずは防御値である固さなどだ。昆虫には、もちろん色々な物もいて、それこそほとんどの人に知られていない鉄壁の甲羅を持つ虫もいるにはいる。ただ、パッと名が出てくるような虫の甲羅は、一見固そうに見えて実際は(やわ)い。例えば、名前の挙がったカブト虫やクワガタ虫がそうだ。

 クワガタとカブト虫などを戦わせた時に、たまにクワガタの両角が甲羅をへこませたり穴をあけてしまうことがある。つまり甲羅の固さで言えば、かたつむりの方が固い、カニや亀の方が遥かに固い。

 とてもじゃないが簡単に穴など開かない。ちょっと考えれば虫程度のものは沢山いるということだ。


 ついで俊敏性や移動値だが、虫ほど動きが鈍く(いびつ)なものはない。なぜ虫は足が沢山あるのか? それがその答えだ。それは体が歪だからだ。バランスが悪く運動性にいくつもの難がある。

 例えばひっくり返す……と、ほとんどの虫は起き上がれない。仮に起き上がれる虫でさえ、信じられないくらいもがく。

 沢山の足を可動範囲内で必死に動かしもがくだけ。これを動物たちの運動性能と比べたら天と地ほどの差がでてしまう。


 弱点である柔い部分をさらけ出したままもがく虫と、片やコンマ数秒でくるりと反転する動物。もちろんどちらにも優れたものはいる、でも、猫科などは、ちょっとした高さからどのような形で落としても空中で体勢を整え、更にしっかりと衝撃を吸収するような着地まで決める。

 これはただ起き上がるというレベルとは根本が違う。


 残念ながら、虫の体は歪なのだ。それを補うために色々な姿をしているといっても過言ではない。

 その歪さゆえに簡単にひっくり返るし、だからこそ、昆虫たちの勝負には相手を逆さまにしたり、木から落としたりといった単純なやり合いが多くみられる。


「え~、でも……。すばやくないですか……?」

 どうしても素直に納得できない。虫が凄いと思い込んだ者達にとってはそう簡単に気持ちを切り替えることができないのだ。


 素早いと思っているゴキブリでさえひっくり返ればそう簡単には起き上がれない。自分を食い殺しに来た敵の前にそんな失態は致命傷だ。

 それに、丸めた新聞紙やスリッパで、老人に仕留められるくらいの速度と動きをこの世界で最強などと呼ぶのは……筋が通らない。そして、ほとんどの虫は小さいから見づらいというだけで、速度が素早くて捉えられないということはまずない。


「くぅ。確かに、ちょっと勘違いしてた部分もあったことは認めますけど、でも、虫って……攻撃は、強いですよね?」

「だからぁ、なんでそうなるワケ? 自分で考えてみな? 虫の攻撃ってどれ?」

「カマキリとか蜘蛛とか色々いるじゃないですか」

「あのな、カマキリの鎌って、人の思ってるような鎌じゃないだろ? あれ鎌なの? 切れるのか? アホウ。切れるわけがないだろ。アレただの手だから。挟むだけ、なんで考えないの。蜘蛛だってな――」


 虫の攻撃値、つまり武器。具体的に言えば敵を捕らえ倒すモノ。昆虫の捕獲術、爬虫類などの捕獲術、そして様々な生き物が敵を仕留める方法が強さの(あたい)となる。


 人でも何でも罠をはれる賢さは戦いにおいて相当戦況を有利にするし、確かに強いと言える。そして昆虫の中には罠を使うものは多くいる。ただ、罠が得意というよりはそれしか要領よく敵を捕まえられないと言った方が正しい見解だ。


 分かり易く言えば、まともにやり合って敵を捕らえるには、歪な体でのスピードなどがネックとなって、うまくいかない。だからこその罠。

 擬態して待ち伏せたり、色々な罠を仕掛け獲物がかかるのを待つなど。


「えぇ~、そおっスか? やっぱ虫って速いし、襲い方も凄くないっすかね?」

「それは人が勝手にイメージしたものとか、映画で作られた嘘の話だろ」

 実際、蜘蛛は罠をはるが、狙った獲物にネットを吹きつけるような攻撃はない。中には糸を垂らしそれにフェロモンなどを付着させ振り回して獲物を釣り上げるものもいるし、投網のように前もって編んだ糸を使って飛び掛かる種類もいる。だがそれは全て罠であって、瞬時に出す技ではない。いわゆる待ち伏せの類だ。


 映画などでは、お尻から糸を吹きつけて敵を繭にする荒技が基本になっているが、実際は、百歩譲っても、敵を足で抱きかかえた状態で捕まえて、後ろ足で器用に糸を巻いていくといったところだ。

 これがどういう意味かと言えば、獲物を地面に抑え込んだ狼が口から出した糸で敵を編んでいくという作業になる。……ありえない。獣はそんな煩わしいことはせず、鋭い爪と剥きだした牙で急所に噛みつき切り裂く。単純だが、やばい。


 同じ大きさの蜘蛛とケモノ、もしくは爬虫類などがやり合えば、昆虫が最も不利なのは明確という訳だ。



「え? えっ、何で? だって蜘蛛が飛びついて沢山の足で抑え込むじゃないですか、それでチェックメイトじゃないンですか?」


 逆だ。昆虫の足では暴れるケモノや爬虫類を抑え込むなどできない。可動範囲の少ない昆虫同士では成り立つが、柔軟かつ、攻撃的な武器を有する敵に対処などできない。敢えて言えば、暴れる敵に苦戦するからこその(わな)()


「……でも、でも虫って、凄い力ありますよ」

「ないよ。なんでそんな勝手なことばっか言ってるんだよ。虫は一番非力だから」

「だって自分の何倍の物も運べるし、バッタとかも凄い脚力あるじゃないっすか」

「あのな、それは錯覚だよ。そんじゃさ、俺の知ってる話でな凄い化け物の話してやるよ。前にテレビの特集でさ、口にな、綱を咥えて大型飛行機を引っ張ったオジサンが居たわけだ、しかも海に浮かぶ大型船も動かしたのね。(あご)で! それって、どうなの? もちろんこの話は嘘じゃないぜ、そこまでは本当のことだ。映像だって記録だって残ってるはず。問題は虫でもそのオジサンでもそうだけど、それは~本来のパワーなのかってこと」


「本来のパワー? ……普通に考えたらそんな大きな物や重い物は動かせないってことですか?」

「そりゃそうだろ。動くということは科学的に動くということ。もしくはそのオジサンが本当に世界一パワーのある化け物かの二択。だろ?」

 なおも話は続く。虫がいかに非力かってことを。


 虫がどんなに重そうな物を運んでいても、それにはいくつものカラクリがある。そして虫が生存する世界には、人や動物たちとは圧倒的に違う状況がある。

 それは重力やあらゆるものから少し許された世界。分かり易く言えば、水面に虫を落としてもすぐには沈まないということ。そして高い所から落としても同じように何かの恩恵を受ける。


 財布の中にあるレシートを落としてみれば分かるが、目に見えない様々なものに当たり揺らめき回転しながらひらひらと舞い落ちる。軽いから? そうかも知れないし、他にも色々な理由があるかもしれない。


 虫も間違いなくその恩恵の中で生きている。だからこそ歪な体であっても、作りが弱かったりしても生きて行けるのだ。虫は、普通に生活しているだけで足が折れたり取れてしまったりすることがある。それほどにもろいのだ。関節も質も……。


 大きさを統一して人や他の生き物と同じにして、果たしてどれほど動けるか? もしかしたらそれだけで関節が折れてしまうかも知れない。高い所から落ちても、水に浮かべても平気という論理は全て(くつがえ)る。

 重力に支配される世界で虫がどれほど強さを主張できるかは疑問しか持てない。


 紙飛行機がいくら簡単に飛んでも、その発想とそのままの姿で拡大して通じるというのは、その道の研究者から言わせればありえないと立証してくれるはず。

 つまり、大きくなるということは、それに見合った強度や質、骨組みなどが必要になる。バッタが遠くまで跳ねることが出来るのも、途中で羽を開けば風に乗れるのも、全ては違う世界の恩恵の話であって、本来はあの姿形では上手く動けないし飛べないのがセオリー。


 恩恵があるからこそ、少ないエネルギーで動けるし跳れる。歪な体と弱い作りでも成り立つというわけだ。

 蝶やトンボが鳥などと飛び比べをして勝てないのと同じ。そもそも、昆虫の飛び方は軽さを活かした、ホバー感のある飛び方であって、その恩恵が減れば減るほど危ういはず。まして風や恩恵に逆らう飛び方などは昆虫には無理なのだ。

 それをする為には、あらゆる抵抗を計算し尽くしたパーツが必要となる。


 鳥の羽の種類。魚のヒレの位置や種類。そういった全てが環境によって進化した結果なのだ。つまり昆虫は途中で進化を止めた生物ということ。大きさを統一したからと言って強くなるとは……まして最強などとはとんでもない話。



「そんな~。でも……、確かに一理あるかも」

「それじゃあ大きくするだけでも、骨組みや関節とか補強しなかったら、ダメってことですかね? あっちゃ~、逆に、大きなモノが小さくなった方が強かったりして……」

「だ、か、ら、武器だっつぅの」


 強引な苦遠路の説明に、先程まで勢いに乗っていた者達が押し黙る。


 実際には何があっているのかなどは分からない。一部の人間が偏見によって話している雑談なのだ、それでもここではこれが正論と結論づく。


 とはいえ、昆虫が強いとか、それこそ象やカバだという答えが消えたわけでもない、世の中ではそちらの意見が正論。

 要するに、色々な偏見や論理がさも答えの様な顔で流れてくるというわけだ。

 だとしたら、苦遠路の論理も知っておいた方が参考にはなるということは確かで、答えの選択肢の中の一つに入れてもイイかも知れない。


 ただ、虫の中にも毒を持つモノもいるし、爬虫類にも様々なモノがいる、所詮は少ない知識と偏見で算出された答えであって、それが正解かは定かではないということだ。


 とはいえ苦遠路の言っていることは、どこかで聞いた適当な意見ではなく色々な戦いの中で自ら気づいたレアな論理だ。間違っているにしろ是非と関係なく、一つの意見としては相当めずらしい論理ではある。




 偏見に満ちた暇潰しの雑談が収まりかけ、少しずつ元の会話へと戻っていく。

「あの子って……ランクはいくつッスか?」

「ランク六だよ」

「ちなみに、俺は今もランク六であの子から逃げ回ってるんだぜ。お前達はまだ、本戦来られてないから知らねえのは仕方ネェけど、あの子は、ランク六エリアの『門番』って恐れられてるよ。本戦の各ランクで最も人数が多くて渋滞してるのがランク六。それはあの子が、下から上がってきた者達を全部ぶっ潰して、ストップさせてるからだ。あの子の許しをもらえた者だけが上のランクに上がれる」

「それじゃあ苦遠路さんや早乙女さんも許しを得たって言うんですか?」

「当然だろ。許しどころかしばらくはおもちゃになったよ」食い気味でいう。


 ……おもちゃ? もう何が何だか分からない。とそこに偵察に出ていたランク六の湯畑が戻ってきた。凄く焦っている。


「おい、今しかねぇぞ。ようやく昼食に向かったからよ。それよりちょっと聞いて欲しいんだけど。あの子さ、なんか知らないンだけど……マジで、マジで分身の術覚えたかも知れないぞ」


「はぁあ? お前何言ってんだよ。そんな忍術無理だろうが」

「だ、だ、だ、だってよ。居たンだってば二人。しかも一人は昔の武器で、もう一人がちょっと前に使ってたドリルウィップ」


「昼間から寝ぼけてんじゃねぇぞ。それよか、他の奴らはどれくらい残ってる?」

「低ランクの奴は速攻でヤラレて、他のは皆、うちらと同じで逃げ回ってる。他の偵察部隊も数人居たから……たぶん十五グループくらいはどこかにいるはず」

「そうかそれじゃ急いで仕留めに行くぞ。おいお前等、お望み通りポイント稼ぎに行くぞ。タイムリミットは約一時間だ。それまでに一人二十ポイント稼げよ。敵はお前等と同じ無印を狙え、間違っても本戦ランク者には手を出すなよ。お前等じゃランク二相手でも即死させられっから」

「は、はい」一斉に動き出す。



 くだらない話をやめ戦闘モードで飛び出した。しばらく行くと、湯畑が手信号で指示を出す。

 そして苦遠路が「おら、行けお前等!」そういって、前方の敵の群れに、襲い掛かった。


 激しくやり合う群れと群れ。


「お前等やられるなよ。さっきあれだけでけぇ口利いてたんだからよ」

 苦遠路が本戦ランク者を仕留めながら様子を見る。

「ここを自力で残れないような奴はどうせ本戦行けても使えないから、そんな奴は、正直いらねぇぞ」早乙女も喝を入れる。

 あっという間に敵は三人まで減った。


「よし、よし、後は俺らに任せてお前等は下がってろ」芝居が前に出た。

 後退する敵。と突然、両サイドからとんでもない量の敵が雪崩れ込んできた。

「いたぞ。こいつら全部食い散らかせ」

 見知らぬ敵が叫びながら攻撃を仕掛ける。その攻撃を必死に受ける苦遠路、早乙女、芝居。

 湯畑は後方に下がった者達の前で、一人守りに徹する。


「だ、誰だテメェ等」早乙女が剣を交えながら敵に問う。

「関係ないだろ、こっちはそれどころじゃねぇ。やるなら今しかねぇんだよ」

 血相変えて襲いくる。同じだ。……今しかないと。

 寧結に追われて逃げ続けた他のグループが、寧結達のいないこの機を逃さないように飛び出て来たのだ。


 激しくやり合っていると、そこにまたも別グループが突っ込んでくる。更にまた別のグループ。どんどん集まる。血の匂いに集まる(さめ)やピラニアのよう。



「いっひ~、大量ぉ。お前等全部いったるわ」

「そ、その声は……早河(はやかわ)

「お~い俺もいるぞ」

(かり)()……か?」

「って前戸(まえど)やないか?」

()(おと)もおるやないかい」

「どぉないなってん、これ、なんでこないランク七がおるねん」

 一瞬で皆の動きが止まる。

 そして少しだけ間合いを取り、構えながら辺りを見渡す。


「なんじゃこの大会は? 予選ちゃうんか? どれだけ本戦から流れ込ンどるん? ありえんへん。仕組まれとるわ……」

 マスクを押さえながらシールドの内側を指で拭う。そして、知っている限りの敵を数える。ランク七が約二十人、ランク六が約三十人、その下は分からないくらい紛れている。



「クッソ、これなら別の開催地にすりゃ良かった」

「そんなんワシらだってそうや。わざわざ遠出してきてこれ? アホくさ」

「とはいえ、これは依頼主も見てる仕事だ。引けないだろ? これからの本戦を思えば組織増強に多くの人材が必要だし、……そこでだ、まずは、俺等本戦組だけでやろうぜ、そんで生き残った者がポイント総取りってのはどうだ?」


「つまり、下の者には手を出さないってことか?」

「お~、イイねソレ。賛成。それならどこかしらが依頼をこなせるわけネ」

「ほな、やりましょか。さっさとせんと戻ってくるで、……あの子が」

 ゾクゾクと身震いしながらランク七と六が中央に集まる。そして睨み合う。


「始め!」

 一斉に武器を交える。激しい音と唸り声。これが本戦のランク七と六の実力なのかと下っ端の者達は縮み上がる。





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