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バースデイ  作者: セキド ワク
50/63

五十話  戦場に三乗が参上



「きつい、もう疲れが……ピークだ」

「何言ってんだ裏画、まだ始まったばっかだろ?」


 戦が始まって約二十分。一学期からしっかりと部活をこなしていた濱野と君鏡に比べ、まだ半年弱の裏画にはキツイようだ。


 毎日十五分を一セットで、三時半から基本五時まで動き続けている。

 時には七時まで延長して何セットもしているが、早くも疲労している。動き続けている実質は、まだ七分弱だというのに。


「裏画先輩、もっとゆるい感じで力抜いてください」君鏡がアドバイスする。

 それに頷く裏画だがヘトヘト。残り五時間半はある。


 計算上、普段の部活で一時間半、延長で三時間半まではこなしていて、まだ動けるはず。想定内の範囲。毎日サボらず練習していたのだから体力は……ある。

 何が違う? 


 精神と肉体の疲労度に押し潰され、全身が悲鳴をあげる。

 ここに来て基礎体力の差がもろに現れ出した。濱野と裏画の半年間の差。


 後から後から敵が溢れてくる。


 縁が言っていた『ザコなんていない』という意味を一秒毎に味わう。

 まるでバスケやサッカーのように一人一人の個性が違う。パワー重視、スピード重視、トリッキーな者、フェイント、遠距離型、至近距離型、挙げたらキリがないほど多彩な種類。

 その全てが、たった一太刀を狙ってくる、ほんの少しでもかすめ取る為に微かな隙を狙って、ギラギラと目を光らせている。


 毎日何時間も、それこそ高校球児のように練習を積んでいるに違いない敵、ザコなんているわけがない。ヘタな者はいない。ただ唯一の救いは今込などと同じで、殆どの者達が攻撃重視型だった。

 盾を装備している者も多いが、それでさえ防御六に対して攻撃四、もしくは半々の割合で動いている。



「なんか、私達って狙われてますよね? まさかね。でも……これって」

 狙われている。三人は知らないが、寧結のいたずらだ。


 寧結にとって逃げた者を追うのに紛らわしい者達を排除する意味と、縁の大切なお友達を困らせるという子供ならでは、というか、寧結の悪戯心が騒いだ、のかもしれない。


 寧結や萌生と合流したいと願う三人だが、その願いは叶わない。既に寧結と萌生は遥か別のエリアで、強者たちを倒しまくっていた。

 そして久住だが、寧結には三人の方へ行っていいと言われているが、寧結と萌生の後を離れて見守っていた。

 それは寧結と萌生が進む先に待つ者達こそヤバイ集団だと、経験上分かっているからだ。二人を邪魔しないようにしつつ、もしも危険な状況になったらプラスαとなり手助けする作戦。



 濱野達は激しい攻撃を受け続けるが、三人で六人から八人を相手にする感じで、どうにか乗り切れている。

 誰か一人でも離れたりはぐれた状況になれば、空気は一変するだろう。


 モニタールームでは、三人の戦いを見ながら色々なことを想像する。

 最初、今込や留理や登枝などは、自分も参加させてくれればいいのに、と思っていた。もちろんこんな戦場だとは想像もつかなかったが、それでも少しは役に立てると信じていた。


 一見すれば、三人で戦うよりも今込や登枝がプラスされる方が有利なのではとも思えるが、実際はそういう話でない。

 きっと最初の交戦で斬られていたに違いない。


 ここではたったの一撃で終わりなのだ。急所なら、かすっただけでも……。


 なぜ濱野や君鏡のように防御を練習しなかったのか? 縁が言うことを、もっと深く考えて信じなかったのかと、そうモニターを見つめる部員達。

 強いの定義も種類も違う、自分が部活で感じていた強さはここでは通用しない。


 日が経つごとに防御技術が上がっていく三人を目にし、実際に自分達の攻撃が殆ど当たらなくなっても、まだその差に気づけなかった。でも今、モニター内で戦う姿に、自分ではとてもじゃないが生き残れないと分かる。

 自分ではこの鋭い攻撃をかわし続けることが出来ないと。



「むぅおぅ、どうなってるのこれ? マジなのか? 夢じゃないよね?」

「アホゥ。しゃべると余計疲れるぞ」

「大丈夫ですよ先輩。この感じなら、まだいけます」

 君鏡一人だけが余裕ある戦いをしている。それをチラチラと見ながら圧倒される濱野と裏画。自分達が守るはずの役目なのにと。


 この戦場では男なんかより遥かに女性の方が有利なのだ。細かな説明をすることは出来ないが、いわば脳の問題。男性と女性の性質の違いとも言える。


 女性はよく、電話しながら料理したりネイルを塗ったりと『ながら作業』なるものを簡単にこなす。これを男がやるとなると、とんでもない労力を使うのだ。

 逆に男は、一つに集中することに関しては女性の比ではない。そして空間を認識する能力も女性よりも優れている。女性は逆に、それが苦手で、地図や図形などが不得意なのだ。


 つまり、ながら作業が得意な女性にとってこの戦の状況は男性より遥かに周りが見えているということだ。リラックスして多人数を相手にしている。


 息白く曇ったシールドを何度も持ち上げて戦う裏画。全身からも白い湯気が立ち上る。いくら防御スーツが温かくて季節を感じなくとも、季節は冬。外気との差や熱くなり過ぎた体から出る熱気は嫌でも戦いを邪魔する。



「あの、あのぅ、そこの人、私と一対一しませんか?」

 いきなり君鏡が挑戦する。相手は見るからに大柄な男。しかも、盾と大剣を持つヤバそうなファイターだ。


「いいゼ」

「やったぁ」なぜか喜ぶ君鏡。

 すると君鏡は、濱野と裏画の方へと近寄り「今の間だけ、休んでいて下さい」と告げた。

 濱野も裏画もズキュンと胸を撃ち抜かれた。自分達が守らなきゃいけないのに、完全に君鏡に助けられている。しかも頼もしい。

 なんか好きになってしまいそうだった。


 今二人に出来ることは、この言葉に甘えて疲れを癒すこと。それだけ。

 裏画は仲間が一対一をしている間のセーフティータイムを使って、すぐさま地面に寝転がった。火照った体を軽く涼ませ、全身に休息を与える。

 ギリギリのタイミングだ。

 もう少し動き続けていたら、汗ダラダラになって取り返しがつかなかったはず。


 冬の汗は命取り、それがこの先の体力をどれほど奪うか。裏画にとってギリギリセーフの状況だった。



「俺は本戦ランク三、小判(こばん)(ざめ)(かおる)。まさか一対一を挑んでくれるとは、ラッキーだ。さっきから三人のコンビネーションには手を焼いてたもんで、願ったり叶ったり。なにせ、君達にはとんでもないポイントがかかってるからね」

 小判鮫の言葉に、またもモニター画面をいじる縁。すると……。


「どういうこと、これ? なんでこんなポイントが?」

 君鏡と濱野にそれぞれ五百ポイント、つまり五百万円、そして裏画には三百ポイントが懸賞金としてかけられていた。


 縁と曽和が顔を見合していると、後ろで立っている形霧達がなにやら怪しい話をし出した。それに縁と曽和が耳を澄ます。


「まさかお前もかけたのか?」

「いや、俺はかけてないよ」

「ンじゃおかしいだろ? 計算が合わないじゃん。すげぇ額になってるぞ」

 小声で話すそこに縁が口を挟む。


「どういうことか詳しく聞かせてよ。これは何?」

「いやぁ~、ほんの冗談のつもりでさ百ポイントずつかけたンだけど、おかし~なぁ、なんでこんなヘンテコなことになっちゃってんだろ? 俺も分からない」

 形霧が気まずそうに頭を掻く。


「……これ、まずいですよね」縁がモニターと曽和を交互に見る。

 曽和も形霧も頷く。今日が初戦のド新人に、五百万円の賞金がかかってしまったのだ。


 本戦に上がる為に必要なポイント数は、二十ポイント。


 普通の者達の持ちポイントは、本戦のランク二程度までは一から五ポイント。

 勝ち残るには、一ポイントの敵を最低二十人倒して逃げ切る、もしくは最短狙いで、五ポイントの強者を四人倒して逃げ切る。

 とにかく、ポイントを稼ぐのがセオリーなのだが。


 三人の持ちポイントは……三百や五百。

 つまり三人の内の一人でも倒せば、組織二十人でポイント分配しても、あまりが出るほどのお宝。誰もがよだれの出るほどの獲物。


 形霧の話では百ポイント、では残りのポイントは誰が?

 誰かが意図的に上乗せした?

 ちなみにポイントをかけることが出来るのは、ランク八以上の者なので、寧結には無理だった。

 更にこのシステムを使ってのイカサマも、当然できない(ほどこ)しがされてある。


 困る縁、形霧も予想以上のポイント数に、申し訳なさそうにしている。

 部員達は、訳の分からない大人の会話を聞いている子供のように、キョロキョロとしていた。


 やばい疑惑が浮上する中、モニター画面では君鏡が小判鮫と激しく戦っていた。



「チィッ。全く当たらねえ。こりゃ……ヤバイかな」

 何度も裏画を見る君鏡。戦闘時間は五分を回っている。


 君鏡自体も戦いながら少しずつ体を休め、息などを整えた。しかし、それはあくまで囲まれた激しいやり取りの疲れを落ち着かせる程度であって、休憩するのとはまるで違った。


「そろそろ最後の攻撃と行くかな。俺の奥の手だ、……喰らいな」


 小判鮫の渾身(こんしん)の攻撃を華麗にかわす君鏡。周りで見ている者達も、その美しさに鳥肌が立つ。早いのではなくしなやかなのだ。


(また。不思議……。私の傍に床並君がいるみたい)


 手取り足取り教わった感覚が君鏡に蘇る。君鏡の中に縁がいる。

 優しい声、笑顔、丁寧に舞って見せてくれる演武。

 何度も目に焼き付けた、大好きな姿。



「なんなんだよこれ。ありえねぇだろうが」

 全開で攻撃する小判鮫がついにブチ切れた。攻撃さえ当たればどんな強い敵でも倒せると信じてきたその心にヒビが入ったのだ。

 パワーに自信のある小判鮫だからこその発狂。


 当たらない。すべてが流される。寧結のようにかわされるではなく、あらぬ方へ弾かれたりスッと落とされる。パワー攻撃が全く通じない、いや自身のパワーさえ感じれない。


 君鏡の中で大好きな曲が流れる。胸から肩へとゾワゾワした刺激が流れ、それが脇を通って(けん)甲骨(こうこつ)へと流れ込み、胸へと戻る。



「どうしよう、なんか、おかしくなりそう」

 ニッコリと口元を吊り上げ、子供の様な笑顔で目をしかめる。溢れ出した気持ちが首元から頬骨へと溜まっていく。


 ――トランスモードだ。


 これはスポーツでいうゾーンとは違う。その二つ手前の状態。ハイテンションの一つ上。


 ハイテンションで挑んだステージで、その上の領域に昇ってしまう感覚。ライブなどで客の盛り上がりが頂点に達した時などに起こるそれに近い。

 多くの者が味わったことのあるハイテンションの、一つ上のトランス状態だ。



 踊るようにリズムをとる。教わった色々なテンポで攻撃する君鏡。

 盾を持った小判鮫がズズズッと後ろへ押されていく。


 盾を叩く音が既にリズミカルだ。


 遊んでいるよう……いや遊んでいる。君鏡は相手を仕留めるつもりはない、なぜなら君鏡は、初めから仕留め方は決めている。裏画を休める為に粘っているのだ。ただ、そんな戦いの中でトランスモードに入ってしまったのだ。


 大きな男子を圧倒する自分に、どんどん何かが溢れる。このまま昇り続けると、バーサクモードに入ってしまう恐れがある。それだけは避けなければならない。


 みっともなく後ずさる小判鮫。だが君鏡の真逆で、フラストレーションを溜めた小判鮫がバーサクモードに入ってしまった。


「うらぁあああ。ざけんなぁぁあ」


 盾で君鏡を吹き飛ばし、大剣を大振りしだした。その目はまさに鬼。キレた者の更に上の状態で、乱暴すぎて手がつけられない。

 冷静さはもう、欠片も残っていない。ただ暴れる。


 必死に流そうとする君鏡の防御も少しずつ揺らぐ、このままでは危ない。


 濱野は座っていた状態から立ち上がり、君鏡を応援する。必死に応戦する君鏡。

 こんなにも危ない状態なのに君鏡はまだ……笑っていた。

 楽しいのだ。嬉しいのだ。


(床並君、これでいいンだよね? えっと、次は四連で、二連で、八連っと。できたよ。見てくれてるかなぁ? 私、ちゃんと覚えたよ)



 妖艶に舞う踊り子のように、君鏡は大柄な野獣をあしらう。そしてついに君鏡の狙いすました攻撃が光を放った。一瞬の閃光だった。


 襲いくるバーサクモードの小判鮫、盾と大剣のダブルの波状攻撃を流しながら、君鏡は左手に持つ刀を手放し、右手の柄のツバを上へと引き抜いた。

 次の瞬間、揺れる剣先を盾の向こう側へと打ち下ろしたのだ。


 言葉無く沈む小判鮫。あれほど狂っていたバーサクモードが一瞬で静まる。


 モニタールームでは、曽和も形霧達もその見事さに息を飲んだ。縁も同じく君鏡のその領域に、立ち上がって拍手していた。


 小判鮫は、天使の声と言われる究極の一撃を喰ったのだ。


 これはいわゆる、野生動物などが、メスや縄張りをかけて戦うバーサクモードの状態から覚める一撃を言う。肉食動物だけでなく草食動物も同じで、角が折れようが刺さろうが、頭蓋骨(ずがいこつ)が割れるほどに激しくぶつかり命を落とそうとも止まらないあの状態から、不意に終わるソレ。


 そこにどんなことが起きているのかだが、目覚めの声、なるものに呼び起こされている。


 誰もが知っている感覚。何度も味わっているはず。それは、いきなり真後ろから大声と共に体を揺すられてビックリしたあの感覚。

 いわゆる驚かされて内臓も全細胞も髪の毛さえも逆立つあの驚き、あれが戦っている最中に起こるのだ。


 本来、あのビックリは戦闘意識を消して逃げるという感情を強く命令する目覚めなのだ。誰もが味わっているから知っている全身を【ドキッ】とされる感覚。

 それが突然驚かされる訳でもなく起こるのだ。まさに死の淵を左右する危機察知能力であり最後の声、つまり天使の声なのだ。


 不意打ちではなく、目の前で堂々と驚かされる特殊な恐怖。


 (ひざまず)き唖然とする小判鮫、君鏡は思い描いた通りにできたことで空を見上げる。周りで見ている者達も、本戦のランク三の者が完全に敗れる姿を目にしてビビる。



「次は俺の番だ。誰か俺と一対一やろうぜ。逃げるなよな」

 既に立ち上がっていた濱野が、そう呼びかけながら君鏡へと歩み寄る。

「凄かったよ。箱入さんは休んでて、疲れたでしょ? 今度は俺が頑張るからさ」

 頼もしく優しい濱野の台詞に頷き、裏画の元へと歩く君鏡。


 今の戦いを見ていた多くの者達が、警戒しながらしっかりと状況を見定める。

 果たして一対一でやれるのかと。

 しかし、本戦の者達に予選者に挑まれた挑戦を逃げる心はない。

 逃げては……恥ずかしい。



「いいぜ。俺が受けてやる。だたよ、時間稼ぎってのは納得いかないな。見え見えだろ。今戦った子にもう一度とは言わないけどよ、そこで寝転がってる方のヤツとやってやるよ。そんでその後にお前ともやってやる。どうだ?」

 答えられない。だがこれを断れば交渉決裂で……また入り乱れ戦が始まる。と。


「へへ、いいねぇ。受けた。俺がやる。濱野は休んどけ」

 立ち上がり濱野の元まで歩く裏画。


「おいぃ、大丈夫なのか裏画」

「当たり前だろ、何分休んだと思ってンだよ。箱入さんを休ますのに最低でも五分ずつは頑張ろうぜ」

 頷く濱野と裏画。


「お前か? 俺を呼んだのは? 随分とナメやがって、俺を誰だと思ってんだ」

「誰だよ」敵は興味津々だ。

「誰って? それ聞く? ……俺はな、俺は~、……それ聞く?」

 モニタールームで形霧達がズッコケる。


「おいおい縁、あいつ大丈夫か? ここで一人減ったらまずいぞ」

 縁も状況からいって、相当ピンチだと思っている。

 相手がどれ程かモニターを覗く。


「裏画、お前そんな余裕みせてるけど、平気だよな? 負けるなよ」

 濱野も心配そうだ。

「大丈夫だよ。俺に任せとけ。チャチャッとな、ポイポイって」

 嘘だ。寧結とは違い完全なるハッタリだ。ビビッて全身が強張っている。徐々に震えの波が足元からも上ってきていた。


 裏画はこれまでの人生でたったの一度も喧嘩をしたことがない。確かに何千回と練習試合はした。嫌というほど縁に教えても貰った。今さっきも多くの敵を相手に切り抜けても来た……でもこの一対一は違う。

 これが練習ならば負けても何の問題もないが、形霧が心配した通り、この状況で裏画が負けて抜けるなど全滅と同じこと。


 つまり絶対に負けられない戦いなのだ。元からそうなのだが、改めて一歩も譲れない真剣勝負ということ。


「いいから下がってろよ濱野。お、前は次の、対戦相手で、も、探しとけよ」

 既に声が震えている。裏画の言う通りに下がる濱野。



「俺は本戦ランク四、(くさ)(かげ)(じん)だ。ここでお前程度に負けるわけにはいかねぇから。それと、悪いけど速攻で行くぞ」

「それは困る。ゆっくりやりましょうよ。あっ、俺か? 俺は……俺は? 俺は~別に何者でもないけど、ただの裏画(うらが)(とき)(ふみ)だ。そういうこと」


 裏画がそう言い終えるといきなり草陰は武器を構えた。長槍だ。そして左手首には小さな丸盾が付いている。

 裏画も急いで構えた。


「ナンダァその構えは、隙だらけじゃねぇか。こりゃもらったわな」

 裏画は付き出した両手をクロスし、剣先を斜め下に向ける。

「いくぞ」


 草陰の鋭い突きがいきなり裏画の顔面を襲う。草陰は裏画がどう動くのかを確認する意味も踏まえて、まずは高速のジャブ突きを繰り出した。と、その突きを裏画が絡め取った。


「ぬっ、なんだコレ」

 下へ傾けていた手首を返しながら交差した腕を戻すと、大きなハサミのように刃がクロスし、草陰の突き出した槍を挟む形で(とら)え、そして頭の上へと押し上げた。


 もがく草陰だが、槍先が三又になっていて引き抜けない。

 激しい押し引きが続く。にらみ合う草陰と裏画。


 いっそ槍を離してフライングディスクで仕掛けたい草陰であったが、とてもじゃないが手を緩めるような隙はみせられない、まして、ディスクを避けられて周りに群れる味方にでも当たれば、裏切りの刻印を押されてしまう……。


 二人とも刹那に策が走り抜ける。そんな中、裏画には別の感情が……。

 裏画は生まれて初めての真剣勝負に、今まで生きてきた学校生活を走馬灯のように思い出していた。


 小学校の頃から毎日馬鹿にされていた記憶。

 別に何が劣っている訳でもない、しいて言えば、背が低くて痩せていたくらい。足だって遅くはない、が速くもない。


 自分では普通だと信じて生活するが、皆は自分をなめる。その悔しさは言葉に出来ないほど悲しくて寂しくて、絶望さえチラつく。


 徐々に笑顔が作れなくなり、心が灰色に濁っていった。

 人が嫌いになり、憎くなった。


 自分より弱い者を見つけては心で馬鹿にした。自分よりもダメなやつをいつも探して、自分より不幸なやつを見てホッとした。高校に入ってようやく見つけたのが濱野だった。濱野は生粋(きっすい)のダメなやつで、とことん馬鹿にされ虐められていた。

 濱野を超える人材はいないとまで思った……のに、それが、そんな濱野が剣道部に入ってみるみる変わっていく。

 まるでダメな細胞が剥がれ落ち、一から作り直されたように。


 濱野をバカにしていた者達が少しずつ、徐々に見る目を変えていく。

 ありえない。でもそうだった。それを見て思った。

 自分を今までバカにして嘲笑った者達を見返したいと。そして今度は、俺が笑い返してやるんだと……。


 なのに今は違う。それが二の次になった。

 そんなことよりも許せないことができた、俺を笑っていたのは俺自身だったと。

 自分を信じれなかったのも自分で、自分が一番自分をなめていたと、そう気付いてしまった。


 それに気づいたのは、濱野の凄さを認められない自分(おれ)がいたからだ。何度も負けても、こんなダメで虐められてる奴に、としか見れなかった。でも、気づけた。


 そして本気で濱野を抜くと誓った。


 自分を笑った者達を見返すことは、勝手に後からついてくる。


『俺が勝ちたいのは、俺が抜きたいのは……、恥ずかしいけど、言いたくないけど、あの虐められてダサダサの、最低なクソ濱野だ』



 裏画は溢れる気持ちを胸に攻撃した。もみ合いの中、敵の長槍を上へと弾き浮かせ、両の刃で敵の柄を押しながら滑らせて、草陰の体を切り裂いた。


 裏画の体は、殆ど草陰にくっ付くほどに密着していた。そしてクロスさせた刃を戻すようにして斬り裂いた。


「バカ野郎、裏画テメェ何やってんだよ。どこが五分だよ。二十秒も経ってねぇじゃんか。嘘つくのも大概(たいがい)にしろよな」

「悪ぃ。ちょっと気持ち入っちゃった。お前がやったら、またやるからさ」

 地面に座り込む君鏡にも「ごめん、もう勝っちゃった」と謝りながら戻る。


 草陰は信じられない様子で裏画の背中を見る。

 得意のジャブ突きだった。

 ノーモーションからの顔面突きで、例え反応されて弾かれても次の攻撃もコンビネーションで用意してあった……なのに、まさか掴まれるなんて。

 まるで白刃取り。それも刃先で挟むように。


 草陰の今までの経験でこれほどの屈辱と圧倒的な負け方は一度もない。悔しさが全身を駆け抜ける。


「次は俺の番だ。出てこいよ、やろうゼ一対一を」





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