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バースデイ  作者: セキド ワク
49/63

四九話  ヴァージンフィールド



『それではルール確認と注意事項の説明を致します。まず――』

 中央広場にアナウンスが流れ、それを大勢の者達が聞き入る。


 敵に切られたり刺されたりと攻撃がヒットしたにも関わらずそれらを悪質に無視して生き続けた場合、運営側からゾンビとしての烙印が押される。

 ゾンビからの攻撃は全て無効となる。つまりゾンビになると敵が倒せなくなる。


 死を覚悟しての強引な突っ込みで、相討ち、自爆などを狙うケースも、明らかに時間差がある場合は、()(たい)となり相討ちとはならず無効となる。

 そしてこれらも悪質な場合、ゾンビとなる。つまり体や首が切断されているにも拘らず攻撃を続けたという判断だ。


 味方を攻撃して死なせた場合、裏切りの烙印が押される。裏切り者は基本、周りから避けられることで仲間や同盟を組むことができない。つまりは一人で生き続けなければならなくなるという、最悪な環境となる。


 裏切りの烙印には、同盟相手との共闘策を覆し、敵組織に寝返っても押される。

 他にも色々な烙印はあるが、これらの烙印はある条件を満たすことで特別講習を受けて消すことができる、が基本的には消すことは難しい。


 どの大会でも、ゾンビや裏切り者のままということになる。そして、同じ烙印が三つ押されると永久追放となる。

 よって、弓矢や銃などの飛び道具が武器の者は、特に場の状況や陣形などを考えなくてはならない。

 敵を囲んで撃つなどは当然同士討ちになるからできない。元々、本物の銃では、そんな危険な行為をするはずがない。挟み撃ちも同じく。

 更に沢山の敵が居る場所に矢の雨を降らすことも、仲間ではなくとも同盟組織の誰かに当たりかねないので、待ち伏せなどで、敵がはっきりしていない場所に撃ち込むこともまずない。


 細かな説明はなく、大まかなルール確認が続く。


『開始時間は十時三十分。終了は四時三十分となります』六時間。



 縁は剣道部や曽和などと貸し個室のモニターを見ていた。

 五十インチのモニターが三台と百インチのモニターが一台あり、中央の画面には寧結、左の画面には萌生、そして右の画面には君鏡が映っている。

 中央モニターの上に百インチモニターがあり、そこには運営側のメインカメラで捉えた映像が映っていた。


 下の三台は、縁が寧結と萌生と君鏡を指定し、カメラで追ってもらっている。

 モニタールームを借りることやカメラ指定は、最終ランク者か、各大会の出資者もしくは別の大会などを仕切る一部の関係者だけに許された特権であり、ただ金を積んでも通常は借りられない。


 ホテル内に数十室あるモニタールーム、その一室に居る。


 一般参加の関係者などは、外を見下ろせる展望フロアーで、運営が映し出す映像をモニターで見るか、直接に双眼鏡(そうがんきょう)で観覧する。そして、ホテル内にあるシアタールームで映画の様な巨大スクリーンで見ることもできる。その二通りだ。


 広場では空撮用のマルチコプター(いわゆるドローン)が無数に飛び回り、固定カメラが選手を狙う。



「床並君、もしかしてこれ……全部敵? どのくらいいるの?」

 今込が青ざめた目で縁に問う。女子部員たちもモニターと縁を交互に見る。


「今日は本戦にランクアップできる特別予選会だから、四千人とちょっと」

「四千……。マジか……。嘘みたい。床並君が言ってたことが少しだけ理解できた気がするよ……」

 今込は、攻撃よりも防御重視という意味や、今まで色々と注意されたことなどを思い出していた。この場所では、弾制限のある銃で生き残れない意味も悟った。


 別に縁を疑っていた訳ではないが、想像が出来ていなかったのだ。やはりテレビや映画などの影響と、そこで得た知識に凝り固まっていたと。


「ねぇ部長。これってどっちが濱野先輩で、どっちが裏画先輩ですか?」

「えっと~、プロテクターが(とげとげ)々しい方は裏画先輩で、あの奥に居る(ふし)が多い方が濱野先輩だよ。見た目の色が似てるから分かりづらいかな?」

「いや、そうじゃないンだけど。二人っぽくないというか、いつもと違う気が」

 君鏡の映る右画面に映り込む二人を見入る。そして、何度もアップになる君鏡を見て皆が息継ぎを忘れる。




「濱野、確認しとくけどさ『シュッ、パッ、ひょい』だよな」

「そうだよ。何度も練習したろ。ここで出来なきゃ意味ねぇぞ」


 シュッ、パッ、ヒョイとは、八方を塞がれた時の対処法の一つ。同時攻撃を受けた時、人が一度に避けられる基本限度は、三人の片手攻撃のみ。

 二人の攻撃を両手で『パッ』と受けて、もう一人の攻撃を『ヒョイ』と傾きかわす、これで三つの攻撃を防いだことになるが、四方八方からの同時攻撃にはこれでは対処できない、なにせ最高で三人までしか相手できない。


 それも実際は二刀流で受けられるのは二人の攻撃、で残る一人はかわすしかないのだから。しかし八方ということは約八人、そこでポイントになるのは相手が攻撃を合わせる為の合図の前に、一瞬早く『シュッ』と動く。

 これには二つの意味があり、一つは攻撃の標的位置からズレる、ということと、もう一つは相手の陣形を崩し、こっち側から三対一の状況を作り出すのだ。


 敵人数や陣形によって変わるが、半歩や一歩ずつ『シュッ』を繰り出す。

 なるべく反時計回りに、時に陣の外へと出てはまた内へと戻る。一番難しいのは『ヒョイ』であり、相手が四人や六人なら『ヒョイ』を抜いた『シュッ、パッ』を繰り返す方が安全策である。



 大勢を前に、今までしてきた練習を思い出す。濱野も裏画も君鏡も、この光景を見て今込が感じたように、縁が何を言っていたのかの意味を理解し始めていた。

 自分達が思っていた常識では、とてもじゃないが生き残れないと。


 最後の方に表へと出たこともあって、大勢のいるそこから、少し外れた場所でルールを聞いている。

 寧結と萌生は、ルールお構いなしに話し込んでいた。



 トイレがある場所は、セーフティーゾーンとなっており、一回の侵入で十五分まで、それ以上はタイムアウトで失格。

 時間稼ぎのために、二連続で入ることはできない。もちろんルール内であれば、時間稼ぎの逃げ腰策で、トイレ陣地を使うのは自由だ。

 ただし、連続侵入禁止の為、ある程度の間隔をあけなければならない


 他にも、昼食や飲み物を無料配布している場所もセーフティーゾーンだ。


 今大会は、本戦ではなく、そして冬ということもあり、水辺エリアや奥側にある危険なエリアの使用は禁止となっている。


 開放されているのは、各エリアへと続く大陸、そして、古城エリア、()(せん)の墓場エリア、地下迷宮エリア、穴熊(あなぐま)城エリア、()(けつ)城エリア、カラクリ城エリア、廃墟の街エリア、障害物エリア、庭園エリア、山岳エリア等々。


 縁から決して行ってはいけないと忠告を受けているエリアは、幾つもの大型帆船が土にうずまる形で眠る場所。船から船へとつり橋で移動するが、地面からの高さがあり、慣れた者でなければ体が張強(こわば)って、実力の半分も出せない。

 船自体も傾きがあり、踏ん張りも利かない。


 更に地下迷宮。名前の通りで、一度入ったらそう簡単には出られない。

 中にトイレなどはあるが、どこに何があるかも分からず、出ることが出来なくてリタイアをするしかない状況さえある。

 ましていつ敵が群れで現れるかも分からない。まさにラビリンス。


 各城なども危険ではあるが、特にカラクリ城だけは駄目だと。なので、基本は、大陸を移動しつつ、戦いやすい場所で協力して生き抜くことを教わっていた。



『それでは、今より一分後に戦をスタートします』

 皆がゆっくりと動き出す。仲間ごとに周りを警戒しながら移動を始めた。


 戦いが始まっても、余程の因縁がない限り、暗黙の了解ですぐにバトルが始まることはない。

 それぞれが陣形を取っていることもあり、まずは目的場所へと移動できる。




「寧結ちゃん、なんかもう始まってるのかなぁ?」萌生が微笑む。

「萌生ちゃん、ちょっと待っててね。私……行ってくるね。久住君、絶対に、絶対に萌生ちゃんを守ってね。私、ちょ~っと『あいさつ』してくる」

 ニッコリと笑う寧結。その瞬間広場に、スタートを促す合図が響き渡った。


 モニタールームでは、寧結のおかしな言動に皆が目を見張る。


 モニター横のスピーカーから、スポットマイクが捉えた声や息づかいが、鮮明に聞こえる。

 マイク音は、地面の五十センチ上の位置から、百八十センチの間の音を捉えるように設定してあり、選択選手を中心に、半径二・五メートル円状の音を拾う。



「あらら、どうしたんだろ姫。いつもと違うぞ」

 勝手にモニター室へと紛れ込んできた形霧達が呟く。その声に縁は、不快そうに振り向くが、姫を日芽と勘違いした登枝も形霧を見た。


 曽和も寧結の行動に目を奪われていた。

「ちょっと、寧結ちゃん? どこ行くの? ねェ……」濱野が不安そうにいう。

「濱野は、自分のことだけ考えなぁ~。んじゃネ」

 そう言って大勢がいる方へと早足で向かっていく。そして人ごみの中へと消えて数秒後に、大勢の悲鳴が(とどろ)く。


「ウワァ、なっ、なんかいるぞ!」

 大騒ぎになっている。と、萌生が寧結を心配して久住に話しかけた。久住も何がどうなっているのか全く分からない。寧結がこんな行動に出たのは初めてだ。


 少し高台になっている場所に上がり人ごみを見る。その久住に「私も見たい」と萌生がせがむ、寧結のことが心配で仕方ないのだ。

 久住は萌生を肩車し、寧結が入っていった方角を見せる。すると大分奥へと入った場所がぽっかりと穴の開いたように空洞になっている。その中央に寧結はいた。


 まるでバイ菌を培養したシャーレに、殺菌薬を垂らしたよう。



「どうしよう。下ろして。……私も、行かなきゃ、寧結ちゃん守らなきゃ」

 久住の首元から下りた萌生が、焦ったように走り出す。久住はいきなりのことに慌てふためき、そしてマスクのシールドを下して萌生を追いかけた。


 モニタールームでは、寧結と萌生の行動に焦る縁。

 曽和もびっくりして言葉を失くす。あまりにも無謀で危険な行為。縁や曽和ならどうにかなるが、寧結と萌生がどうかは未知数だった。


 縁は急いで百インチモニターを操作し、情報画面を出す。

「げっ。本戦の上位ランク者が五百人も混じってるの?」

 驚く縁。曽和も目を丸くする。と形霧が口を開いた。


「知らなかったの? 最近じゃ本戦に仲間を引き上げる為に、組織に雇われて予選へも助っ人に来るンだぜ。姫だって濱野君と裏画君と箱入さんだっけか、三人の助っ人で参加したんじゃないのか」

『違うよ』と軽くあしらう縁は、更に細かなデータを見る。


 本戦のランク。ランク七が約五十人、寧結と同じランク六が約百人、ランク五が約百五十人、ランク四が百五十人、ランク三が五十人。


「縁君、これはさすがにまずいな。寧結ちゃん知っているのかい」

 心配する曽和に首を振る縁。最悪が重なり、久住の武器も、得意なアックスではなくランスだ。それにこの状況では、久住一人で萌生を守れるかも怪しい。


 予選から本戦を狙うのは三千五百人、本戦からのサポート役が五百人。


 元の画面に切り替えると、真上からの映像でとんでもない景色が映し出される。それは寧結と萌生と久住がそれぞれ別の場所で囲まれている。

 まるでミステリーサークルの様な模様が出来ている。

 三人が動く度に周囲がドッと揺れる。



「私達も行こう」君鏡がシールドを下げる。

「ダメだよ。そんなの無理だよ」裏画が制止する。

 濱野も無理だと裏画に乗る。だが、首を振る君鏡。そして。


「行こう。ここで引いたら生き残れない気がする。ウン」

 完全に間違えた答えを出す君鏡。予め縁から言われていたことだが、決して女子の作戦に乗ってはいけないと。

 女子は怖いモノ知らずで向こう見ずで、物怖じしない傾向があるからダメだと。


 西洋ではレディーファーストでも、ココでは後ろにかくまって行動するくらいで丁度いいと。時には強引に意見を曲げないと、とんでもない事態になると。

 そんな状況が早速降りかかる。

 だが濱野と裏画は君鏡を強引に止めることが出来なかった。そして、君鏡は大勢が群がる場所へと走り出し、飛び込む。ついで裏画が飛び込む。少し遅れて濱野。


 裏画も濱野も君鏡を見失ってはいない。





「まぁ可愛らしい。頑張っちゃって、そ、れ、に、随分と珍しい格好ね。私、本戦ランク四の(たか)(かべ)(のぞみ)よ。どう? 私と一対一しない?」

 君鏡の前に突然現れたそれは、周りの敵を簡単に一掃して君鏡へ近づく。君鏡を襲っていた者達も一対一の申し入れルールにより、攻撃の手を止め様子を見る。

 濱野と裏画も乱れた呼吸のまま君鏡を見つめた。


「私と……一対一」

「そう。別に逃げてもいいけどさ、どの道ヤルわよ。ならさ、邪魔が入らない方が良くないかなあ? そう思わない? ねっ、受けなさいよ」

 君鏡は斜め上を見上げて、縁から何か言われていたかを思い出す……が、これといって注意されていない。


「いいわ。一対一」君鏡が頷く。

 その瞬間、モニタールームの縁が立ち上がる。

 驚いたように立ちすくむ縁の肩を、横に居た曽和が掴み椅子へと押し戻す。


「マズイな」

 内ももで指を組み、祈るようにモニターを見つめる縁。



「それじゃ仕切り直しね。私は高壁望、ランク四よ。実はさ、今更で悪いンけど私、一対一で負けたことないのよね。別に騙したワケじゃないのよ」

「そう……ですか。私、箱入君鏡っていいます。進卵学園の剣道部です」

「それだけ? まさか、もしかしてだけどさ、本戦のランク持ってないなんてことないわよね? う、嘘でしょ? それじゃなんでそんなド派手な格好してるのよ」

 君鏡の受け答えに驚く高壁。それどころかこの予選すら初めてだという君鏡。


「ちょっとマジ? とんだハッタリお嬢さんね。まあいいわ、そうと分かればとっと片付けるだけね。こっちから行くわよ」

 高壁はそういうと細長い槍を振り回した後に構える。留理が普段使う薙刀と同じ位の長さだ。そして君鏡目がけて刃先を向ける。

 君鏡も構えた。その瞬間、ねじり寄っていた高壁の動きが止まり半歩下がった。


「なによその構え。アンタ何者?」

 右足を前に、左手はこめかみの位置、そこから右膝へと刃先を斜めに垂らす。

 その内側で右の腕を折り曲げ、居合の時のように、腰で刀を構える。重心を少し落している。

 膝と腰のバネを軽く縮めた感じで、今にも飛び跳ねそうだ。


「ふざけないでよね。どこが初めてなのよ」

 全く隙がないその構えに焦る高壁。今まで戦ってきた中でも君鏡のそれは最も隙のない構えとだと感じている。


 君鏡は、縁から教わった八つの構えの内、一対一の時は絶対にこれと決めている得意中の得意の構えを選んだ。


「もぅ、仕方ないわね。いくわよ」

 先に動いたのは高壁。どこにも隙はないけれど、隙を作ればいいだけのこと。


 高壁にとってカタ崩しは得意だった。長い柄を振り回し足元から首へと、くの字に攻撃する。それを難なく受ける君鏡。

 すると今度は胸、腹と二段突きした後にスネを薙ぎ払いにかかる。


「むうぅ。ナンでよ」焦る高壁。

 得意な攻撃がいなされて、動揺が両肘を揺らす。


(どうしよう。……見える。私、勝てるかも)君鏡はなぜか、体がブルブルと震えだした。





 突然、モニタールームの百インチ画面に『警告、要注意人物出現』と、真っ赤な文字と共にサイレンが鳴り響いた。


 全ての者が運営の映し出すメイン画面を見入る。するとそこに、暴れている寧結の姿が映し出された。駆け抜けながら次々と打ち抜いていく。


 画面には百人切り突破と点滅する。その文字に縁も曽和も驚きを隠せない。

 戦が始まってまだ五分ちょっと、本来なら、一日を通してもそこまで倒せる者はあまりいない。それがたった五分。



「おい、おかしいだろこれ。縁、姫に何かあったのか? 相当怒ってる感じだぞ」

 形霧の台詞に縁も考え深げにしている。

 思い当たる節はあるようだが、口には出さない。


 心配そうに画面を見つめる縁。


「ふうぅう。つかれたぁ」

 足を止める寧結。いくら強くても子供にはいくつか弱点はある。まずは肺活量。どんな子でも息止めなどを大人ほどはできない。スタミナに関しては基本問題ないのだが、マスク越しの息継ぎや運動は想像以上に疲労させる。


 溢れ返る者達の中央で、何度も大きく息を吸う。そしてこの集団から逃げるように離脱するグループだけを目で追う寧結。その姿を覚えるように凝視する。


「私からいくのつかれるからさ、そっちから来てよ」

 人で出来た大きなリングの中に誰も入ろうとしない。


 手招きする寧結。


「皆さぁ、強そうな見た目してるけど、練習してきたぁ? こんなもんじゃ~ないよね? 見せてよサイコーのぅ」

 寧結の言葉にその場の圧が上がる。すると、人ごみを押し退けるように何者かがリング内へと歩み出てきた。十三人ほど。


「お嬢ちゃん。随分と調子乗ってるね。調子どう? 俺は女、子供でも容赦しないからさ、ちょっとだけ怖い思いさせちゃうけどいいよね?」

「あはははぁ、面白い。いいよ。ヤバイくらいのスリルちょうだい。ねぇ、口はいいからさぁ、見せてよぅとびきり怖いのぅ」

 キャッキャッと喜ぶ寧結。もちろん寧結は、ハッタリという言葉もその使い方も知らない。当然、本心からの言葉だ。


「くぅ~。鼻にツンとくるぜ。いきなりこんなスタートかよ。どうなってんだこの大会は。まぁいいや、そんじゃお嬢ちゃん一対一でパパッと勝負付けましょっかぁ。俺は本戦から来たランク五の(なだ)(しお)(たく)()だよ」

「うるさいなぁ~。何度も言わせないでよね。皆で、全員で、かかっておいでよ。なんで一対一しなきゃいけないの? め~んど臭い」

 クイクイっとリング内にいる者達を手招く。

 交渉決裂した灘潮は仕方なく構える。


「後悔するよお嬢ちゃん。お~し、お前等、全力で行くぞ。ここでナメられたら、今日の生き残りはないと思え。一瞬でカタつけっゾ」

「拓海さん、これも使うンですか?」

「当たり前だろ。一度で理解しろ。全力で潰すぞ! いいなっ」

「はい」


 リングの中で寧結を囲む。そして、その中の二人が飛び出し式の捕獲ネット銃を構えている。初めて見る武器にざわつく人ごみ。

 本戦でしかお目にかからない武器だ。


 一発撃ったら終わりの武器。ランクの高い敵と遭遇した時用に用意した物だったが、灘潮の直感はここで使えといっていた。


 先に動いたのは寧結。ネット銃を構える一人をフライングディスクでヒットすると同時に、その横にいる者も仕留めた。

 慌てながらも、動く寧結に狙いを定めてネットを放つ。すると、発射音と同時に人ごみへと突っ込み、二人分ほど間を抜けてまた舞い戻ってきた。

 姿勢は低くイタチのように早い。


 ネットは寧結がすり抜けた場所に(たたず)む者達三人に覆い被さり絡まる。


 モニター室では、寧結のとんでもない動きに、ゾワゾワとする。セオリーでは、放たれたネットにディスクを投げるのだが、寧結は避けてかわした。


 寧結は基本ガードや攻撃を受け流すなどはしない。九割型避ける。野生の動物と一緒だ。一応ガードはできるのだが、パワー負けすることで体が流れ不利になるのが嫌なのだ。どうしても避けきれないと察した時にだけ受け流す程度。

 ――萌生も同じ。


 祭りで売っている、水の入ったヨーヨーをパンパンと弾くように、寧結のモーニングスターが敵を打ち抜いていく、あっという間だ。


「クソ。くっそぉお」(ひざまず)き地面を叩く灘潮。

 溜息をつく縁と曽和。形霧達は当然といった余裕顔でモニターを見ている。



 剣道部員達は、文化祭の初日になぜスカルピエロに寧結がビビらなかったのかの意味を知った。寧結の今いる場所は、武器を(たずさ)えた強者たちの群れのド真ん中。

 最初からこれが分かっていたなら、あの日、もっと違った目で寧結を見れたかもしれない……いや、実はこの場所でさえ寧結にとっては遊び場で、本当の居場所はもっとヤバイ本戦のエリア。



「にしても今日の姫はブッ飛んでるな。こんなの見たことないぜ。よほど頭にくることでもあったンだろう。フラストレーションがスパークしてンじゃん」

 舌なめずりする寧結。


「どけ、お前等。俺はランク五の(かめ)()(うち)だ」

 またも人ごみでできたリング内へと数人が雪崩れ込んできた。

「いいか、ここでこの子を仕留めなきゃ終わるかもしんねぇぞ」

 中型の盾を装備した者達が十六人、寧結の周りをぐるりと取り囲んだ。

 まだ互いの間に隙間はあるが、寧結を警戒しながら徐々に近づき完全に塞ぐ陣形を狙っている。


「縁君、寧結ちゃんが……」言葉少なに焦る曽和。

 縁も最悪の状況に兄としてソワソワしていた。



「皆でこないの? 本当にいいの? 私、もぅ本気でいくよ」

 寧結の台詞を無視するように盾を構え、時計回りに動きながら距離を狭める。

「手加減しないでよね」

 ついに、盾の陣形が決まった。敵の持つ武器で、微妙に輪のサイズは変わるが、虫かごのように寧結を閉じ込めた。


「別に手加減してるわけじゃないよ。俺達はこのカタチを、狙ってたンだ。どう? もうこの中から逃げられないよ」

 八方どころかぎっしり十六方向。


 盾を構えながら盾にあいた隙間から覗き、穴から細い剣を出す。完全な防御一体の攻撃態勢。この陣形をくぐり抜けられる者はそういない。


「私ね、今まで一度も誰にも負けたことないんだよねぇ。今日さぁ、忘れられない日にさせてあげるから。んふっ」

 囲まれたど真ん中で寧結が腕をだらりと垂らす。


「おぉ、おい、マジか。出るぞこれ。姫が出すぞ必殺技」

「マジか! かぁ~超ラッキー。ずっと見たかったンだ」

 形霧達がモニターに食い入る。縁も曽和も何事だと画面を凝視する。


 追い詰められた獲物のように絶体絶命の状況に見えるが、寧結は構えることなく下を向く。じっと地面を見て軽くステップを踏む。

 何度も繰り返しリズムを取る。そしてリズムに合わせて両腕を持ち上げ肘から先を振り始めた。

 その途端、長い柄と紐と球が無数に分身して寧結の周りを回りだした。


 ボクサーが縄跳びでもしているように軽快なステップを刻む寧結。二重跳びでもしているような甲高い音の中、下を向いたままの寧結が笑う。


「用意はいい? いっちゃうよ~」

 縁も曽和も開いた口が塞がらない。

 噂でしか聞いていない寧結の必殺技『オクトパス』

 たった一度だけ放った幻の技。それを直に体験したのは形霧達だ。

 一年以上前の話。


「やっぱ、今日の姫は何かに怒ってる。じゃなきゃ……あるわけない」


 どこという方角はなく、揺れるように移動を始めた寧結、自分のステップだけを見つめながらモーニングスターを操る。長く伸びたそれが盾にめり込む。

 ヤバイくらい音が連続で響き、それでも球の軌道は一センチもぶれずに、寧結が操る軌道上を星のように移動し続ける。


「うがっ」

「おごぉ」

 あっという間に二人も沈み、早くも鉄壁の陣形が崩れた。


「おい、早く陣を立て直せ」亀乃内が指揮をとる。が。

「だ、ダメだ。避けきれない」


 そう。武器にはジャンケンのように相性がある。盾は飛び道具でさえ防ぐ最高の防具だが、色々な武器の中で、寧結の持つ武器との相性は最悪だ。

 上からも下からも、もちろん真横からも巻きつくように打ち込まれるその攻撃は、盾が最も苦手とするもの。


 敵が長槍であっても、横にさえ回られなければほとんど防げる盾。まして仲間と陣を組んでいるなら、気をつけるのは足元くらいだ。だが、寧結は回り込んだりしない。そのまま上へ下へとブッ込んでくる。ヘタに顔を覗かせれば、モグラ叩きのように攻撃が打ち落とされる。


 相手が剣の場合と違い、盾もろとも突っ込むこともできない。

 守りに入ったボクサーのように、ガンガンサンドバッグにされていく。


 失敗だ。相性が……そして寧結という存在が最悪だった。



「がぁあぁ、いでぇええ」首元を押さえて地面に転げ回る。

 次々に寧結に倒されていく。寧結はまだ下を向いたままだ。


 モニタールームでは、あまりの寧結のヤバさに目が点になっている。運営が映し出す画面も、寧結のそれがドアップで流れる。


 完全に陣形が崩れて、人ごみのリングが丸見えだ。寧結はその全てを飲みこむように攻撃し始めた。あまりの恐怖に逃げ惑うが、なぜか寧結に吸い込まれるようにリングの輪が小さくなっていく。



「ナンだよ、押すなって、バカ……、く、来るよこっち」

 逃げたくても逃げられない。どういう原理か分からないが、人波が逆に寧結へと向かう。

 まるで台風やブラックホール。どんどん皆が吸いこまれる。行きたくない方へとドドドッと人が流れる。揺れる。すでにコントロールが利かない。


「ダァー。クソッ」

 必死に抵抗する者もいるが、まるで寧結の足元にも及ばない。


 本当に全員を飲み込んでしまう勢い。歪なリングの中で、みっともなく転げ回る者達、必死に人ごみに逃げ込もうともがく。そして転ぶ。

 猛獣の檻でパニックを起こしているよう。


 ブンブンとヤバイ速度でブン回る球が、八つの残像を作る。まさにオクトパス。



 この技は、実の父である調介が、寧結の為だけに特別に用意した奥義だ。調介がかつて仕えていた主で、この世界を創造し作り上げた六姉妹の父親の技『オロチ』を真似したものだ。


 オロチ自体は必殺技でも何でもないのだが、それでさえ誰も対処できないヤバイ領域の攻撃。

 チェーンの先に、シンプルに球が付いている武器、それを片手に二本ずつ持ち、計四本を操る。ゆっくりと振り回す普通の攻撃がすでに八つに見え、オロチと恐れられている。寧結の技と違いスピードも遅いが根本が違う、なにせ実際に四つの球が回っているのだ。


 寧結の攻撃は、二本で八を刻む攻撃、つまり四回振る。しかしオロチは四本を二回振るだけだ。仮に寧結と同じ速度で操ると、普通に考えても十六。


 調介は、オロチの軌道などを研究し、しっかりと紙に書き留めて、寧結へと伝授した。なぜ縁にではなくて寧結であったのかということも踏まえて、その全てが元主の真似なのだ。六姉妹と主との過ごし方を(うらや)み憧れていたから。



「そろそろ本気でいっちゃうよ。覚悟はできた? いくよ~」

 寧結の声に皆がビビる。モニタールームでも疑問符が浮かぶ。

 オクトパスが最高の技のはずだと。


 形霧達も顔を見合す。縁も曽和もあり得ない寧結の言葉に訳が分からない。


「縁、一体姫に何があったの? 普通じゃねぇぞこれ……」

 しかし縁は何も答えない、ただモニターの中の寧結を見つめる。


「ふぅ~。では~」

 寧結は足元から少しだけ視線を上げた。上目づかいにチラチラと球を見る。

「ワン、トゥ、スリー。ワン、チュー、スリー。ワン、チュー、ティー。ワン、チュー、ティー。ワン、チュー、フィー……」

 カウントをしながら少し変わったステップを踏む。すると、寧結の目の前で爆竹が破裂するような音がした。更に今度は後方で。その音に皆の全身がビクつく。


 空中で球と球がぶつかっているのだ。当たった瞬間、片方の球は加速しもう片方は速度を緩めて軌道上を回る。さっきまでのオクトパスよりも少しだけ速い。


 この技はのちに、この映像を見た多くの者達から『クラーケン』と呼ばれ恐れられる。



 縁も曽和も寧結の繰り出すこの技を防げないと悟る。唯一の弱点は球移動の少ない寧結の真横側なのだが、それでもそこを攻める隙が全くない。寧結の前と後ろはまさに地獄、そこに立ってさばき切れる者は、最終ランク者でも数人しかいないであろう。この技を知り尽くした調介でさえ際どい。


 寧結がもし、小学三年生や六年生になったら……とんでもないことになる。


「ひぇぇえ、どっ、どいてくれぇ」

 攻撃が敵をヒットしても全くぶれることがない。それはただ振り回しているのではなく、きちんとぶつけにいって、インパクトと同時に引き戻している証拠だ。

 でなければ、元々球同士をぶつけることなども出来ない。


 バンバン倒していく。と突然人ごみが物凄いパワーで地割れた。


「いたぁ~。寧結ちゃん。見つけたぁ。いじめられてない?」萌生だ。

 寧結のクラーケンがゆっくりとなりやがて止まる。


「萌生ちゃん来ちゃったの? 危ないよこんなトコ来たら。あれ? 久住君は?」

 寧結と萌生がキョロキョロと久住を探す。

「いないみたい。さっき近くに居たんだけど」

 何度も萌生に追いついた久住であったが、攻撃しながら移動し続ける萌生を幾度と見失っていた。


 リングが歪になったり縮まった理由は、寧結だけの要因ではなくその周りで暴れる萌生の存在も、少なからず関係していたようだ。



「萌生ちゃ~ん」久住の声がする。

「ここだよ~」寧結に寄りながら、声のした方へ振り返り萌生が叫ぶ。

 萌生は寧結の横まで来ると「一緒にいようよおぅ」と手を取る。頷く寧結。

 周りでは時が止まったように寧結と萌生を見ていた。


「この武器さ、凄く強いね。ほらっ」

 萌生はそういうと、二本のドリルを連射してビューンビュンと伸ばす。その光景に皆が完全に戦意喪失する。そしてどこからか白旗を取り出す。それを振りながら寧結に合図する。


「寧結ちゃん皆がなんかふってるよ」

「あ、うんとね、白いハンカチふると『コウサン』って意味なんだって」

「こうさんってなに?」

「私もよく分からないンだけどね、もう負けたので何でも言うこと聞きます、って感じ」

 寧結は萌生にそう説明した後、そこにいる者達に「皆、その場にひざまずいて」と命令した。一瞬で寧結に従うそれら。次の瞬間、久住の姿が残った。


 キョロキョロとしながら、足元に座る者達を避けて寧結と萌生に近づく。



「やっと会えた。無事で良かった」

「ごめんね久住君。どうしても寧結ちゃんに会いたくて」

 寧結と萌生と久住が揃うと、その場にとんでもないオーラが漂う。もう誰も逆らえない。この状況が分かっていない遠くの者達までがその光景にしゃがむ。そうでなければ自分達が狙われるからだ。

 千人以上の者達がたった十五分で、寧結に屈服してしまった。


「コウサンした皆さん。今から私が言うマネしてぇ」

 寧結はそういうと犬や兎の真似などさせたり、地面に寝転がせたりして遊ぶ。

 萌生も面白いそうと遊ぶ。マネをさせることが、ではなく、こんなにも多くの者達が一斉に言うことを聞いて動くことが楽しいのだ。



「いいねぇ。皆、ちょっと聞いて、私達はこれから逃げたヤツらを追いかけなきゃいけないから。邪魔しないでね。それでね、皆には~、今日ここに、濱野っていうのと裏画っていうのがいるのね、その二人をかわいがってあげてほし~の。ん~、やっつけちゃって」


「にひひっ。それ面白そう~寧結ちゃん。きっとあの二人~ビックリするよ~」

 わる~い顔で笑う二人。久住は困ったように腰を掻く。


 地面にひれ伏していた皆が一斉に立ち上がり、寧結と萌生に忠誠を誓う。


「ば、バカ。何してくれてんだ寧結。ったく」モニタールームで縁が膝を叩いた。



「それじゃぁ皆、急いで向かってぇ」寧結の号令で群衆が走り出す。我先にと。

「ところで寧結ちゃん、なんで逃げた人のこと追うの? 逃げちゃったんでしょ?」

 寧結は首を横に振った。確かに普通に考えれば逃げた者達など相手にする価値もないとなるが、ここではそうでない場合もある。

 つまり、ここに残っていた者ほど、相手の強さが分からなかった者となる。


 いち早く寧結から逃げた者は、寧結の強さや存在を知っている者達となり、本戦ランク六と七の強者となる。

 そして寧結は今までの経験で知っている。詰将棋と同じで、答えは王の逃げる先を読むことであり、一見意味のなさそうな駒の配置にあると。このゲームの本当のバトルはそういった多くの策士達によって作られ動くことを。



「行こう萌生ちゃん。久住君は濱野と裏画のとこ行ってあげて。このままだと負けちゃうと思うから。いひっ、にっひっひ」





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