四八話 遊戯の扉
一月四日。
朝早くに待ち合わせし、定員二十八名の中型バスに乗り込んだ。
補助席はなく内装も独特だ。
両サイドに二席ずつ並ぶ席が、前方に八席分あり、それ以外は普通電車のように横一列に向かい合う形で、後部座席を含めコの字になっている。
向かい合う席の中央には、固定できるロック式の細長いテーブルが、間隔をあけて二つあった。そこに朝食のお弁当などを開き、数人が食べている。
寧結と萌生は、前方の二人席で仲良く座り、お弁当を食べながらおしゃべりしている。
「なんかワクワクするわね。このバスどこいくのかしら?」
ニッコリと笑う縁だが、山梨県という以外、細かな場所は伏せる。
皆が移動で疲れないよう、いくつかある中から、なるべく近い場所を選んだ。
「なんか夏の合宿を思い出すわ」
「ほらまたぁ。折紙先生は何かっていうとすぐそれ言う。私が悔しがると思ってるようだけど、別に悔しくないですから」
もろに悔しそうな吉原先生。折紙先生も顧問の座を奪われてイヤミしか出ない。バスの座席も吉原先生の居る位置の方がいい席に感じるのだろう。
「兄ぃ、あとでサービスエリアに寄ってよ」
遠くから寧結と萌生が身を乗り出し叫ぶ。
「エエッ、なんで?」
何事もなければ二時間ちょっとで着くから急ぎたい縁。Uターンラッシュに引っかかるなど何があるか分からないし、空いている間にちゃっちゃと済ませたい。
それにアイドルやモデルなど、有名人が大勢いるこのメンバーでうろつくのが、どれ程危険かと。
「欲しいキーホルダーとかあるかもしれないでしょ」
日本語がめちゃくちゃだ。欲しいのがあるかもとは、どういった言葉だ。
「あ~私も見たい」
「だね、寄ろぉよ床並君」
部員達もノリノリだ。自由な遠足のよう。
「決まりぃ。運転手さん、一番楽しそうなトコに連れてってね」
寧結が勝手に指示を出す。運転手もそれに微笑み頷いた。
雑談しながらウノやらトランプなどで遊ぶ。学校の話、恋の話、ペットの話、好きな映画や曲、趣味などを語り続ける。
笑顔も話も尽きない。このメンバーでは、何時間でもあっという間。
話し足りない。
そして寧結と萌生の要望通り、サービスエリアへも寄った。ギリギリお正月期間ということもあり、家族連れが大半で大騒動にはならなかったが、それでも女優をしている岡吉と雨越は、ほぼパーフェクトに気付かれていく。ついで登枝と留理。
モデルである今込や小峯や香咲や百瀬は、若い子にだけ気づかれる感じだった。
テレビのロケでもそうない顔ぶれに、一体どんな関係だろうと皆が凝視する。
お弁当を食べたにも関わらず、食べたいだけ買い、お土産だなんだとおもちゃも買う。もちろん男子は全く違う。ジュースくらいだ。
買った物を抱えるようにバスへ戻ると、更に話続け盛り上がる。
「そろそろ着くよ」
縁の言葉に皆が窓の外を見る。窓からは私有地に入るであろう大きな鉄門を通るところだった。門前では沢山の警備の者達が色々な車やバスをチェックしている。
とんでもない車の量。
バスはそのまま進み大きな駐車場へと着いた。
遊園地などの駐車場と同じくらいで、既に沢山の車が駐車してあった。
「いやぁ~空気が違うわ~」
バスを下りた裏画が両手を高く上げ伸びをする。確かに空気はイイ。
「どけよ、邪魔だよ」濱野が裏画を押す。
その光景を皆がいつものようニコニコ見ていた。その後ろで吉原先生と折紙先生も似たようにぶつかる。どちらが先に下りるか競う。
「あれが今日泊まるホテルだよ」
縁が指さす先に十階建ての巨大な建物が真横に広がる。夏合宿で行ったホテルの数倍の規模。一同は、寧結と萌生を先頭に歩いて行く。
キョロキョロと辺りを見ながら、ホテルへ向かう別の人達を見る。そこに居る全てが何かの参加者なのだろかと。だが、十九歳以上の大人達の姿も沢山いた。
ホテルの入り口で寧結と縁が何かを見せ、そして剣道部などの関係者名簿などを見せチェックした。それが済むとまたもフロントでチェックする縁。
三分ほどのチェックを済ますと、ホテルの関係者が皆の手荷物を持ちにきた。
「それではお部屋へご案内します」
全員分の荷物をカートに乗せ運ぶ。荷物係と案内係の二名がエレベーターへと誘導し、八階まで上ると、案内係が数枚のカードキーを手渡してきた。
「こちらから向こうは全て床並様の貸し切りですので」
「あ、分かりました」頷く縁。
足早にフロントへと戻っていく従業員。部員達はカートから自分の手荷物を取り抱える。一泊分なので大した荷物ではない。
「どうしよう。部屋割りとか全く考えてなかった。濱野先輩と葉阪さんと寺本先輩、ちょっと手伝ってもらえますか」
「いいわよ」
ペンを出して紙に名前を書き込んでいく。それを少し外側から皆が覗く。
「いや、それまずくないの? くふっ、仲悪いしさ」
「だって先生同士だし、生徒と一緒って変じゃない」寺本も笑う。
「げっ、裏画と~。ちょっとぉ」
「何言ってるのよ。今日くらい仲良くしなさいよ」
どんどん書き込んでいく。
君鏡は留理と葉阪と同部屋。日野は園江と百瀬と新入部員の山又と同じ部屋。
小峯と香咲と登枝のA組部屋。
岡吉と雨越と寺本と三好と新入部員の小川は、二年生グループとして五人部屋。
「兄ぃ。私達は二人でいいよ」
「だから、そういうのは駄目だってば。萌生ちゃんのお母さんと約束したよな?」
「した。ん~、仕方ない。平気なのになぁ~」
平気じゃない。小学一年生を二人にしたらまず迷子になる。更に物を壊したり事故を起こす、他にも色々なことが簡単に予想つく。
寧結と萌生は縁と同部屋。そして残りは今込と室巣と木垣の一年生部屋。
だが今込は少しだけ不満だった。一泊だから我慢できるが、本当は縁と同部屋になりたかったのだ。そんなこと言い出したら、濱野も裏画もそれこそ他の部員も縁と同部屋がイイとなるが。
「それじゃ、これでいいかな? どうしても問題があったら葉阪さんと寺本先輩に相談して下さい。基本自由だし」
各自部屋へと入り荷物を置く。
そして、もう一度集まると、皆でホテル内を見て回る。
フロント脇に置かれた、ホテル内の案内が書かれたパンフレットを、数枚取り、皆で覗き見る。
すると折紙先生がいう。
「床並君。ここ行こう、この歴史館ってとこ」
美術の先生だからか、それとも単に興味をひいたのかはしゃぐ。
時刻はまだ九時ちょっとで、試合関係が始まる時間までに余裕がある。
学校でいうと、一時限目が始まってすぐくらいだ。
周りの全てが気になり見渡す。
ここに居る者達は、旅行などで来た一般客ではない。このホテル自体、そういう一般人が踏み入る場所でもない。
ここは縁や寧結など、特別な者だけが滞在する世間とは違う場所。
「すごくいっぱい本がある。これ何の本かしら」
手に取る吉原先生。折紙先生も手に取る。
部員達は本にあまり興味がないようだ。それが漫画であるなら手に取るが活字となると……手が出ない。
君鏡も何気なく手に取る。皆はたった数分のそれでさえ退屈に感じている。
「ちょっと床並君これ、これって何? この戦いの歴史って……えぇ。すっごい」
吉原先生が驚き入り込む。折紙先生も君鏡も同じく見入る。
この歴史書は、縁などが戦ってきたバトルやそこでの駆け引き、誰と誰が手を組んだり裏切ったり、どこを攻め入ったかなどの流れが細かく書かれている。
同盟、敵対関係、勢力図、権力図、ランク順、組織人数ランキング等々。
「ねぇ、この本って全部そうなの?」
「ええ。細かく分かれてるので、自分の気になる人とか組織のを選んで買ったりしますよ。俺も家にはいっぱいあります」
「欲しい。コレ私も買えるのかしら」
「あっ、それはちょっと、メンバーズカードがないと」
吉原先生も折紙先生もその本が欲しくて堪らないようだ。綺麗に飾られている色々な本の表紙や背表紙をうらめしそうにみる。
「あれも面白そう。これも。こんなの家にあったらずっと読んじゃうわ」
部員達はそれの何が面白そうなのかさっぱり分からない。
そんな中君鏡は、縁と寧結のことが載っている本を見つけた。皆が移動し始め、読みたい気持ちを抑え、仕方なく本を閉じて元の場所に置いた。
何度も振り返り表紙を見る……読みたいと。
「うわぁ~なにこれ~、鎧みたい」
「特撮ヒーローか何か? かなぁ」
ガラスケースの中で、マネキンが色々な防御スーツを纏い、特殊武器を構えて、陳列されている。
「これ凄い。こっちもヤバくない」
皆が順番に眺めていく。並ぶそれぞれが禍々しいオーラを放つ。それこそ寺などの門で守護している像の様な迫力。
「ちょっと見てよコレ。完全に死神だよ」
裏画の台詞に数人が駆け寄る。
そこには、合宿で見せた縁のそれが飾られてあった。
「ばかだなぁ、これ床並君だよ」
「はぁ? ちげぇよ。全然背が違うぢゃんか」
確かに小さい。だがそれは縁だった。今から約二年前の縁の姿。
知る人ぞ知る殺戮の暴君。
自分の背丈よりもある、異様な曲線を描く大鎌を持っている。
当時の縁は、手当たり次第に引き裂いていく、かまいたちのようで、誰の言葉も届かない自由気ままな風。
喧嘩ごまのようにグルグルと回り続け、どんな強敵をも切り裂く。
出会った者達は皆いう、縁の体はずっと宙に舞っていたと。
大鎌の遠心力と自らの回転力、更に鎌の刃に足を乗せたり持ち手や柄を利用し、突き立てて回るその姿はポールダンスのようで地面に足などつかない。
ありえないほどの高速回転は、一輪車やフィギュアスケートのスピン領域。
それこそ台風。
そこから覗く死神のような冷たい視線に、誰もが恐怖し逃げ出した。
「これ、床並君だ。ほら、ここに書いてある」
皆が横に置かれた説明書きをみる。読む。そして、自分達が出会う前の縁の姿をもう一度眺めた。君鏡も留理もそれぞれが過去の縁を思い浮かべる。
一通り見て回ると、濱野と裏画が「武器や防具の展示場所に行きたい」と言い出した。時間を意識しながらそこへと向かう。
階を下りてその場所へと近づくと、縁を見つけた何者かが声をかけてきた。
「ああ、いた。おはよう床並君」久住だ。
「おはよう。来てくれたんだ」
「寧結ちゃんが出るみたいだし、俺も、ポイント貯めないと。色々と欲しい物とかあるしさ、仕事の方でお金も必要だから」
挨拶と軽い雑談をしていると、またも誰かが声をかけてきた。
「よう縁。やっぱこっちだったかぁ。ビンゴ。えっと~濱野君と裏画君だっけか? 少しは強くなったか?」
形霧だ。それと文化祭に来た他のメンバーもいる。
濱野と裏画は色々なことを思い出しながら、モジモジと頭を掻く。
「こっちってことは、誰かしら出るんだろ? じゃなきゃ……」
「あんまさぁ、話しかけないでくれる。馴れ馴れしい。邪魔」
「冷たぁ。なんでなの? 年明け一発目がそれ。少しは年上を立てようよ。縁君? 無視しないで、ねえってば」
縁は形霧達を無視して先へ進む。
一番後ろから付いて来ていた寧結と萌生が形霧達とすれ違う。
「ひ、姫。アケオメ~」
「あ~、形霧ぃ。皆も来たんだぁ。あけおめ、ことよろ。今日はね、萌生ちゃんと一緒に出るンだぁ」
「へぇ、いいなぁ。俺達も久しぶりに姫のお供したいなぁ」
「今日は無理だって、十九歳までだって。残念。またね」
「え? もぅ行っちゃうの? もう少しお話……したかったぁ~」
寧結と萌生はバイバイと手を振りながら剣道部員達についていく。仲良く話しながら、ホテルなどの色々な説明を萌生にする寧結。
「床並君、これって売ってるってこと?」
「うん、そう。殆ど売り物。そこにパンフレットとか本あるでしょ、それで注文とかもできるよ」
フロアー中に置かれる様々な武器や防具を眺める。見たことある物から全く知らないような物まである。
「うわぁ、これ超カッコイイんだけど」
盛り上がる男子。女子は一応見て回るが、サービスエリアの時とは真逆。男子と女子の興味はここまで違うのかと、少しだけ悲しい。
ただ、人によりけりではあるが。
「これ欲しい」裏画が伸縮する武器を手に持つ。
それぞれが自分の思う武器を持ち、子供のように目を輝かせる。吉原先生も変形する武器を手に取り、理科の先生らしく観察していた。
「ねぇ床並君。これって値段?」
「そう」
「やっぱ高いね。ありゃ、これなんて車買えちゃうよ」
周りで武器を見ている大人達も、高価な品を前にうっとりしている。その武器がいつか自分専用になる瞬間を夢見ている感じだ。自分の命を預ける相棒。
とそこに、またも誰かが現れた。
「やはりこっちか。おはよう縁君」
「あっ、明けましておめでとう御座います曽和さん」
「さっきそこで寧結ちゃんと萌生ちゃんだったかな、二人に会ってね、年賀状のお礼を言って――」
曽和は話しながらスーツの内ポケットに手を突っ込む。
「これ、少ないけどお年玉」優しく笑う曽和。
「ありがとう御座います。なんか高校生になってまで甘えちゃってすみません」
「そうだったな。もう高校生……だな。いつまでも小さな子供な気がして。寧結ちゃんが小さいからかな。まぁもうしばらくは子供のままでいなさい」
これが鬼のようにおっかない曽和とは思えない。だが、全身からにじむ誰も寄せ付けない気高さは隠し切れない。実際、曽和を初めて見る新入部員と吉原先生は、その威厳や風格に一目で縮こまる。
曽和と縁は軽い雑談をする。と、時計を見た曽和が「そろそろ受付に向かった方がいいのじゃないかな?」と促した。
縁は濱野と裏画と君鏡、それと寧結と萌生と久住を連れて、受付場所へ向かう。
二階の大きなフロアーに並ぶ受付の一つで書類を提出し、事細かに手続きを済ませた後、防御スーツなどに着替える為に更衣室へ向かった。
濱野と裏画の装備を手伝う縁。
「よしっと。これでオーケイ」頷く縁。
濱野と裏画は鏡を見た後に互いの姿に興奮する。
「二人とも、俺と同じタイプか。剣道部だし、てっきり日本風かと思った」
着替え終えた久住が縁に笑いかけた。
三人とも西洋風甲冑を纏っていた。
濱野と裏画はプラチナ色で、久住はオールブラック。
素材は鉄や鋼ではなく、カーボン繊維やアラミド繊維など様々な物を箇所ごとに使い分けて軽量化と強度、剛性バランスを計ってある。武器と違いオールカーボンでは重過ぎるし、更に動きづらいので、事細かに設計されてある。
様々な動きや戦闘を考慮し、幾度と改良され、より性能を上げた防御スーツに仕上がっている。体にフィットし見た目もスマート。内側に着込むアンダースーツも伸縮性と耐久性を兼ね備え、膝や頭部などの重要各箇所に、ディフェンスシリコンゲル、通称Dゲルが衝撃を全て吸収するように仕込まれてある。
更衣室を出ると、既に着替え終えた寧結と萌生と君鏡が待っていた。縁は君鏡に駆け寄りちゃんと着られているかをチェックする。
「見た感じはオッケイだけど、アンダースーツとか分かった?」
「うん。ちゃんと防御スーツマニュアルにチェック付けながら着たから。ほらね」
君鏡はチェック済みの紙を縁に手渡す。縁はそれに目を通し頷いた。
それが終わると萌生のチェックをする。
「大丈夫だよ兄ぃ。私と一緒に着替えたンだからぁ。同じに~」
一つずつ一緒に着ていけば問題はない。それでも用心深くチェックする。
「よし。オッケイ。ふぅ」
君鏡の防御スーツは濱野や裏画とは違く、縁や曽和と同じ近未来タイプ。真っ白いスーツに薄紫のプロテクターが散りばめられている。
デザインは女の子仕様だ。そして寧結と萌生も同じく近未来型の女の子仕様。
色は、寧結がメタリックチェリーのスーツで銀色にラメの入ったプロテクター、萌生が、薄ピンクにライトグレーのラインが入ったスーツで、プロテクター部分は金色にラメ。
体にピッタリとフィットし、レーシングスーツよりも薄くて柔らかく感じる。
アンダースーツやプロテクターがしっかりとしている分、スーツ自体の動きやすさは抜群だ。
防御スーツの重さは、四キロ未満に抑えてあり、一般の生活服の冬服、普段着の上下が二キロから三キログラムと考えれば、その差は一・五キロくらいの差。
もちろんこれは、縁が用意した特別防御スーツの話で、個々によって重さも動きやすさも全く違う。
「あと、武器の説明だけど、先輩、箱入さん、集まって」
縁はそれぞれの武器を説明する。
「へぇ。すっご。……え? それ外れるの……」
長く伸ばした武器の中央を回して外す。そして二刀流に構えてみせる。
「これってさ、一本の長い棒の時は、銀色した部分が剣先ってことだよね? つまりさ、棒の両サイドが刃ってこと……だよね? そこは持っちゃダメってやつ」
「うん。疑似刃だけど、その部分は駄目だよ」笑う縁。
「箱入さんのも先輩と同じく、二つに分かれるンだけど、実は片方の剣先が外れるのね。ほら、こうやって。これさ、刃が短くて柄が長いから、それで区別してね」
片方の刃が外れ、柄の部分から細い紐が十五センチほど伸びて、刃へと繋がっていた。
「もしかしてこれって、いつも練習してた、農作業で使う唐棹っていうのに似てる武器。寧結ちゃんのモーニングスターっていう武器と似た感じで使うんだよね」
「そうそう。相手が大きな盾を持ってたり、パワータイプだったらそれで練習通りに仕留めちゃって。あとそれ使う時は二刀流でじゃなくて、練習の時みたく、長い状態の方がいいと思う。もっと使い慣れてきたら二刀流でも構わないけど、今は、防御時に混乱しちゃうから」
君鏡は頷く。
そして濱野も裏画も君鏡も、武器を自分で外したりはめたりする。
戦っている最中に変形できそうにないから、ある程度余裕をもって用意しようと決める。
「あれ、久住君はダブルアックスじゃないんだ」
「まぁね。今日はランスでいくよ。久々にロケット使わないと、寧結ちゃんと萌生ちゃんとはぐれちゃいそうだからさ」
「確かに」考え深げに頷く縁。
ランス。騎士などが主に馬上などから敵を突き刺す為に使う武器。
もちろん普通に地上戦でも使う、が長い。長さの割に片手武器として扱われているが、実際はその重さを片手で持つのは至難の業で、腰に付けた金具に柄をひっかけれるようになっている。
久住のランスは剣でいうツバ部分が小型の盾のようになっており、そこに身を隠しながら猪突猛進する。長槍を活かしたこれが久住の必殺技『ロケット』である。
普段は両刃の大きな斧を両手に一つずつ持つ久住だが、今日はあえて駆け抜ける戦法を選んだようだ。
萌生の武器は少し前に寧結が自分専用にオーダーメイドした武器だ。いや、実際は武器ではないのだが、特殊な改良などがないことでギリギリ認証された一品。
それはお祭りなどで売られている、渦を巻いた紙が棒を振ると伸びるアレだ。
ただ原理や元ネタはそうなのだが、武器にする上で仕組みが少し違う。
振って伸ばした先が広がっていくのではなく、その真逆で、手元に固定してある部分が柄の太さで、その内側部分が徐々に細まるカタチでドリルのように鋭く伸びる。伸びた先端は細く、手元から約二メートル半は伸びる。その伸びきった状態で振り回すとムチのようにしなり、手首の角度でスルスルと縮む。まさに戦い慣れた寧結ならではのおもちゃ。
萌生は寧結の使用時と同じでソレを二刀流で使う。とんでもない代物だ。
元々、商店街の盆踊りの時に購入したおもちゃで縁を攻撃して遊んでいた延長で生まれた武器なのだが……、それを味わった敵は皆、絶句する。
そして寧結の武器は、この日の為に新しく作り直したオリジナルデザインのモーニングスターだ。それを縮めた状態で腰に二本さしている。
「床並君、もう一度戦い方の確認した方がいいよね?」
更衣室からドンドンと溢れ出る敵に、濱野が焦る。周りには見たこともない姿の者達。それこそ戦国の鎧風や西洋風甲冑、更に、特撮ヒーローに出てきそうなモノまで沢山。
だが、縁の用意したほどの防御スーツを着ている者は誰一人としていない。
頭に付けるマスク一つにしても全く違う。薄くて顔もよく見えるそれに比べて、周りの者達は遥かに重そうな型であったり、視界の悪そうなマスクばかり。
その点、濱野も裏画も体によりフィットしたシルエット、正面もバイクメット風シールドを下げるだけとシンプルで、おまけに視界が見やすいように目の横辺りもカットされたデザイン。
素材もデザインも細かな配慮も周りのそれとは格段に違う。だからか、行き交うそれらが逆に見てくる。目立つ。
なにせこのホテルにある武器防具ショップでさえ扱っていない代物。
完全なるオーダーメイド品。レア度が違う。
「大丈夫」
「本当?」
強く頷く縁。絶対に平気だと真っ直ぐに見つめる。
それでも濱野と裏画は不安で仕方がない。
ずっと弱虫でどん底を這いつくばってきた記憶しかない。いつもビビッて、いつも逃げて、いつも負けてきた。いつも……そうだった。
『戦に参加される方は、一階の遊戯の扉から外へと出て中央広場で――』
ホテル内にアナウンスが流れ、久住を先頭に歩き出す。そして一階につくと大勢の者達が順番に外へと出ていく。立ちすくみ様子を見る。
不安に押し潰される濱野と裏画。
信じられないくらいヤバそうな連中が、自信満々に振る舞い、大勢の仲間と群れる。圧倒的に不利に感じ、居場所さえ分からなくなる。
少し前に縁が放った言葉『ザコはいないからね』と注意を受けた。誰一人ナメてはいけないと。一番弱い者でも色々な大会で優勝している実績やレベルだと。
よくアイドルなどが、数万人の中から選ばれたという肩書を持っているが、ここに居る者達も皆、それくらいのレベルである。
地区大会なら、その地区にある全学校の全校生徒を足した数の頂点であり、都道府県での各大会なら、その県の全学校、地方大会なら関東や関西など様々な各地方の全学校、そして全国大会は、もちろん日本全国の全学校で一番強い者となる。
こんな説明は要らないくらい当然な話だが、敢えて再確認しなければ人は相手を軽んじてしまう。各大会での勝者とはそういった強者なのだ。ザコな訳がない。
そして濱野と君鏡の二人もまた、修学旅行で押しかけてきた北海道大会の優勝者と戦った経験がある。その時、君鏡は勝利し濱野は負けた。とはいえ、それはあくまで剣道のルールであり、本来は濱野の圧倒的な勝ちだと言えた。
全く実績がないのは裏画だけ。
ザコがいない、居るのはすべて強者となれば怯えて当然。今込や留理や登枝以上の者達がうじゃうじゃしていると思えば、怖くてしょうがない。
不安に押し潰されそうな二人を縁が呼んだ。それを久住と君鏡が少しだけ離れた所から見聞きしている。
「濱野先輩。裏画先輩。今日戦う相手に先輩達より強い人はいると思います。それも一人や二人じゃなくて。でも、それでもこれだけは言えます。先輩達が手も足も出ない相手はいないと。先輩が自分を信じて全開で行けば必ず勝てます。もし、もし不安で自信が持てなくても、これだけは忘れないで、俺が先輩達のことを信じていることを」
縁の真剣な目に、濱野と裏画の全身に血が駆け巡る。
適当な言葉なんかじゃない。一から練習を見てきた縁の言葉だ。信じていると。
ようやく不安が薄らぎ普通の状態になる。二人には通常に戻るので手一杯だ。
だが、そんな二人に更に縁は言う。
「先輩。あと一つだけ……。これは俺の個人的なお願いなんですけど……。俺の、俺の代わりに箱入さんを守り切って下さい。箱入さんには恩があるというか、俺にとって大切な人なので……、先輩、よろしくお願いします」
深く頭を下げる縁。
濱野と裏画の血液がガソリンに変わる。そして一瞬で全身が燃える。たぎる。
「任せてくれ。命がけで守る。絶対に守り抜く」
「お、俺も。何があっても。安心して、この約束は死んでも守るよ」
濱野と裏画にとって今日まで生きてきた人生の中で、絶対に守り抜きたい初めての約束だった。縁からの本気のお願いだ。
自分を頼り『先輩』と慕ってくれるお願い。
ビビッていたはずの二人だが、縁の本気の頼みごとに全てがひっくり返った。
もう自分がどうこうという感情はない、あるのは、縁の願いを叶えるという目的のみ。この戦いに参加できない縁の代わりに、君鏡を守り抜くということだけ。
お酒でも飲んだように全身がカッカと火照る。そのまま人の流れに乗り、縁から離れていく。
そしてついに、ドアから外へと消えていった。




