四七話 トレーニング
十一月の終わり、季節は枯葉の中に紅葉残る冬始め。
今日も朝から学校は賑わっていた。それは縁が初めてバイク登校したからだ。
屋根つきの派手なビッグスクーターが校庭脇を走り抜ける光景は、いつもの朝を異様な雰囲気へと変えていた。殆ど教師しか利用していない月極め駐車場に向かうバイク、それを生徒達が物珍しそうに見る。
そして車の並ぶ端へ止めると縁は下りてきた。
目立つなんてもんじゃない登場。これが今日の朝一のニュースとなる。
お昼になり、食堂で剣道部も興味津々だった。
「床並君さ、いつ免許取りに行ったの?」
「ついこの前、誕生日の次の日に行ってきた」
「教習所に通ってたなんて知らなかったよ。忙しい中すごいね。寧結ちゃんも一緒に行ってたの?」
「え? 俺、通ってないよ。試験だけ受けてきた」
「ん? ええっ? 一発でってこと? 教習なしで。マジ?」
「うん。家で学科とか色々勉強してそれで」
皆が驚く。だが、既にレースなどでバイクを乗っている者達にすれば、学科で落ちることはあっても実技で落ちることはない。乗れる者には簡単なこと。
逆に普段乗っている者で落ちるようなことがあるなら、一から教習するか永久に運転しない方が身のためだ。
しかし、テストには細かな注意点がありしっかりと暗記していないと減点されてしまうのも確か。運転技術プラス実技試験ならではの勉強が必要だということだ。
毎日話題が尽きない剣道部。それどころか、自分の話をしたいのに、順番待ちで渋滞が起きているくらいだ。話題が豊富なのは必然。
やがて放課後に。剣道部が全員道場へと集まり柔軟体操を始めた。
相変わらず見学者もいる。
ここ一ヵ月で更なる練習も加わり、どんどんと成長する部員達。
縁はどこで仕入れてきたのか、四畳半ほどの低めのトランポリンを二つ購入していた。それを使い、空中での感覚を何度も味わう部員達。
他にもいくつもの練習をこなす。
すでに一日でできるスケジュールを越えてしまい、それぞれが得意不得意を考えながら、自分専用のプログラムで練習していた。
「床並君、この前の練習試合の申し込みだけど……どうなった?」
「あれ、一応断ったんだけど、どうしてもって言われて仕方なく受けた。それで、新入部員の室巣君と木垣君、小川先輩と山又さんに行ってもらうことにしちゃった。葉阪マネージャーに色々お願いしてあるんだけど」
濱野と裏画が「ま、大丈夫でしょう」と頷く。
縁的には剣道の試合はイマイチ、ルールや拘りが分からなくて接触を避けていたのだが、どこで何を聞きつけたのか、強豪校から沢山の申し出が殺到していた。
心当たりは、一度だけ出場した修学旅行先の剣道大会だ。そこで誰かの目に留まったのかもしれない。なにせ、宿泊ホテルにまで押し入ってきたくらいだ。
「あいつらなら勝てるでしょう」裏画。
「いや、審判が判定することだから、なんとも言えないよ」
縁の言葉に確かにと頷く。それは、ここに居る剣道部全員が剣道に関して無知だったからだ。分かっているのは『殺せる攻撃イコール一本』みたいな、なんとも分かりづらい内容。
縁の教えるモノは、相手を殺すことに拘っていない。それどころか剣道でいう『技あり』や『有効』程度でもいいのだ。
剣道でも小手は腕を切り落とす攻撃で、直接死んだりはしないはず、でも一本。それはすなわち『死』と解釈されている。
縁の教えるそれも、その考えが全身の細かな場所で有効なだけ。
手首はよくて肘や腕では駄目というのはリアルじゃない。足でも胴でも首でも、武器攻撃がヒットすればチェックメイト。きちんと避けたり、ガードできなければアウト。シンプルで分かり易い。
だから敵と自分が同時にヒットした場合は、相討ちとなる。
剣道や空手や格闘技とも違う。たった一発でも当たれば、急所に関係なく即死、凄くシンプルなルール。殴り合いはない。
「それじゃ皆、休憩~」
縁が部員達を休ませる。
濱野と裏画より先に買い出しに走る室巣と木垣、ここ数日はそんな感じで二人を出し抜くことを覚えた。
女子部員達からすると、なんでそんなに使いっパシリになりたがるのか、分からない。でも、そうでもしないと自分という存在を周りにアピールできないのかも。
買ってきたジュースの精算を済ませ、皆が一息つく。
「さっきパソコンで調べたんだけどさ、バイクの免許を一発で合格できる確率みたいのあって、超難しいみたいだよ。よく受かったね。なんか長年中免持ってる人が大型取る時にも、一発とか二発で、ってのはあるみたいだけど、それでも超難しいらしいよ」
そうなんだと皆が再認識するが、どのみち縁なら、何であれ成功する側の一部に入ると信じられている。
照れる縁。そんな難しいこととは知らずにこなす。それしか免許を取得する時間が無かったから仕方がない。
多くの知り合いにアドバイスをもらえたことも合格できた要因かもと謙虚に思う縁だが、縁が勉強好きというのが大きい。
「ところで部長、冬の合宿とかしないんですか?」
寺本と葉阪のマネージャーコンビが、期待に満ちた目で見る。
部員達も縁の答えを待つ。
「ん、うん。合宿できるのは夏だけかな」
それは縁や曽和などが着ていた防御スーツに関係している。
大きなイベントや大会は、年に四回ほど季節ごとにあるのだが、スーツの関係で夏は皆が避ける。
低いランクややる気満々の者達は、季節に関係なく戦いまくっているが、夏の間は猛特訓したり、武器の整備や開発するのが、最も効率の良い過ごし方なのだ。
「え~ぇ。どこか行きたいですぅ」
皆が子犬のように縁を見る。
「実は、一月の四、五の二日間。本戦への予備選として、アンダー十九のみが参加するイベントがあって、それにウチの剣道部から三人ほど、出てもらおうかと……思って」
またも突拍子のない縁の言葉。
自分達が何を習っているのかも分からないし、縁がいうイベントがどういった類かも全く想像もできない。
分かっているのは二年前のバトルを客船で見ている留理だけ。合宿で曽和や銀錠を見た者は何となくヤバイ大会かもとは思っている。
「床並君それマジ? 俺達の誰かが試合できるの?」濱野が鳥肌を立てる。
「う、うん。今のままじゃまだ危ないから無理だけど。本戦じゃないし、周りの皆も大体十五歳から十九歳くらいだから」
「試合かぁ。それでその三人ってもう決まってるの?」今込が身を乗り出す。
頷く縁。部員達同士顔を見合わせる。
そして予想する。まずは留理、次いで今込、同じく登枝、もしくは雨越か小峯。
「誰、誰? 教えてよ」裏画も興奮している。
一体、縁が誰を選ぶのかを皆がハラハラして待つ。
「分かった、言うね。まずは……濱野先輩。次が箱入さん。そして最後に……裏画先輩」
縁がそう言い終えると、あまりのそれに驚き顔。
「ちょ、ちょっ。嘘でしょ床並君。俺よりも濱野先輩の方が強いってこと?」
今込がすかさず反論してきた。他の部員達も同様の反応。
皆の認識では今込か留理が圧倒的で、登枝も相当なテクニックだ。選ばれるならどう考えてもその三人。それなら分かると。
「確かに、部員同士で試合みたいな感じでやると、今込君と帳さん、登枝さん、香咲さん、小峯さんもかな、すごく強いし実際に勝つけど。でも、その強さと、俺が言う強さはちょっと違くて」
縁の言う意味が皆には全く分からない。試合して勝つのに、テクニックもあるのに、何がちょっと違うというのだろうと。必死に分かろうと聞く皆。
「俺が言う強さは、攻撃ではなくて防御というか避けるテクニックで」
「でも、試合しても勝てるけど?」今込が正論をいう。
戦いの中でその防御をうち破っているのだ。選ばれた者達よりやはり上だと。
「あら? 上手く伝わってないかな。攻撃要素は、あまり考慮してないというか、いってみれば防御に関するスキルのことなんだよね」
どうしても縁の言っていることを理解できない。なぜ自分が勝てる相手の方が上だと言っているのか? それでも今まで縁の話すことは理不尽な決めつけではなく、納得できることばかりだった。これもきっとそうなのだろう。
それでも何度も同じ言葉が堂々巡りしてしまう。理解できない。
「例えばさ、自分自身が敵だったとして、先輩達や箱入さんと同じレベルで反応して避けて防御できるかを考えてみて」
「自分自身が……敵。自分と同等の敵?」
頷く縁。
数人がいきなりハッとする。相手を攻撃するのではなく、自分と同等かそれ以上の敵と対峙して、どれほどの防御ができるか。
言われてみれば確かに、防御よりも攻撃重視で、避け続ける濱野や裏画を相手にどんどん攻撃スキルをアップさせていた。逆に言えば、縁が挙げた三人は、それと反比例し防御スキルをアップさせたということだ。
そしてこれは皮肉なことなのだが、自分よりも強い攻撃を仕掛けてくる者がいないと防御スキルは上がらず、反対もまた、防御の上手い者がいないと攻撃スキルは上がらない。
部員達は何となくだが理解し始めた。やはり縁は適当でなくきちんとした考えの元で発言していたのだと。ただ、それでも戦いに勝てる方が強いのでは……、とも思っている。
そんな雰囲気のまま練習が再開する。
選ばれなかった者達は意識して防御するが、改めてすると本当に差があることに気づく。特に君鏡の動きはとんでもないと目を見張る。
縁はトランポリンをする濱野に付き添い細かく教える。
「飛び跳ねる一秒、頂点で静止する一秒、落下する一秒、この三秒間で何が出来るかをじっくり考えて。実際はトランポリンがないから、一秒から二秒弱になるんだけど、ちょっと見ててくれる」
縁はそういうと宙を舞う。そして三秒とちょっとで限界の動きを見せる。まるで縁の時だけがスローモーションで流れて、濱野には残像と風を切る音しかしない。
「どう? 三秒って意外と長いでしょ。地上での勝負はコンマ数秒の世界だけど、空中技に慣れると宙では時間が止まったように感じるから」
またも次元の違う話。それでも三秒が意外と長いのは分かる。
五十メートルを六秒台で走り抜けることを考えれば分かる。半分の二十五、もしくは二十メートル。きっちりと三秒数える間に何ができるか? いや、どれだけのことが出来るようになれるかだ。
濱野は秒数を意識しながらトランポリンで練習をする。縁はそれを確認すると裏画の元へ向かい、防御の相手をする。
次は君鏡だ。
「床並君、もっと激しくしてもいいよ」君鏡が低く構える。
「なら、遠慮なくいくよ。まずは八連、二連、四連打」
まるでドラム。色々なリズムを刻み打ち込む。ダンス部の流す曲に合わせて乱れ打つ。それを君鏡が同じ手数で受け流す。
初めから決めてある動作をしているかに見えるが、そこに約束はない。それどころか、敢えて手を出しづらいリズムで打つ縁。練習として難解さを出す。
「きゃぁ。あ、当たっちゃった」君鏡が悔しがる。
「随分と上達したね箱入さん。すごいよ。そうだ、そこまで出来るなら今度はお尻を振るのを最小限にして、見えないしっぽを想像してみて」
「見えないしっぽ?」
「ああ、部長が下ネタ言ってる」
「おい裏画、バカなこと言ってないで自分の練習しろ。床並君が下ネタなんかいう訳ないだろ。……だよね床並君?」濱野が必死にフォローする。
「下ネタ? 見えない……しっぽ。って裏画先輩なに言ってるんですか。しっぽって、本当のしっぽですから、やめて下さいよ。猿にあるしっぽですよ」
顔を真っ赤にする縁。君鏡も他の女子部員も、裏画の下ネタの反応に困る。
裏画の際どい台詞には、いつもそうなる。笑いそうになるのが余計厄介だ。
「あ、その、あの、しっぽを意識してみてね。また後で回ってくるから」
「……はい」小声で返事する君鏡。
縁が必要以上に意識するから、君鏡も自ずとそうなる。ただでさえ女子には辛い話題。
急ぎ足で次の部員の元へと向かう。順番に回り、今込と留理と登枝の元へ。
「床並君さ、俺も箱入さんと同じやつやってくれないかな」
「まったく同じ? うん、分かった」
「あ~私も」留理。
「それじゃウチも」登枝。
今込から順番に試していく。
「ひぃ~。ダメだあ、全く反応できない。マジかよ」
留理も登枝も同じく反応できない。
「なんで~。箱入さんってマジで今のに反応してたの……嘘でしょ」
部員達が改めて縁が言った防御の差を知る。それでも、どうしても自分が負けているとは思えないようだった。
なぜ攻撃より防御が優先されなければいけないのかと。
更にもう一周ローテーションして休憩へと入る。
「ふぅ。マジで疲れた。床並君どう俺の防御? そうだ、俺さ、もう少し攻撃も覚えたいんだけど」
裏画のそれに縁が首を横に振った。
「え? なんで?」
「前にも言ったけど、防御が九で攻撃は一でいいよ。防御しながら相手の隙やバランスが崩れた所を一突き、一撃でいいわけだから」
いつも笑顔で褒めるだけの縁、滅多に首を横に振らない縁が否定するということは、相当に深い意味があるのだと感じた。
それがどういった強さなのかは分からない、が、きっとそこが重要なポイントになるのだろうと。
「でも一撃って、どうやって練習すれば?」
「まずは、防御のスキルをあげて、その中で攻撃できるポイントを作るわけ。そしたら研ぎ澄ました一撃をね」
「研ぎ澄ました一撃かぁ。床並君の一撃見てみたい」濱野。
「うん、いいよ。それじゃ誰かティッシュを宙に投げてくれる」
そういうと道場の中央で、例の飛び出し式の武器を構える。
「トランポリンの上からでいいから高く投げてね」
室巣が飛び跳ねながらティッシュを放つ。ヒラヒラと不規則に舞い落ちるそれを縁は狙いすまし、目に見えないほどの抜刀で切り裂いた。
「うわぁ、切れた。なんで? 棒なのに、無理じゃん絶対」
切れ落ちたティッシュを持って部員達の元へ戻る縁。ダンス部や見学者もあまりのそれにざわつく。
「どうやったら出来るのそんなこと」
「練習かな。でもただ闇雲にやってもダメだよ。きちんと意識しないと」
「意識って何を?」
「そうだなぁ。皆さ、本とか雑誌読んでる時に、紙で指切ったことない? あるでしょ。皆一度くらいは経験してるかも知れないけど、実はさ、あれを意識してやろうとすると全く切れないんだよね。不思議だけどさ、切れても薄皮だけでさ、皮がベロってめくれて、奥の肉まで到達することなんて、さっきのティッシュを裂くより難しぃンだ」
ウンウンと聞き入る部員達。
「それを指じゃなくてもいいから、どうやったら切れるようになるか、何度も試す練習。深く切れた指を思い出して、そうなることがあるという答えを胸に、何億回でも練習。そしてその感覚を見つける。それを覚えて、百発百中出来るようにするんだ」
「そんなこと出来るようになるの?」
同じような台詞が同時に飛び出す。
どうやったら出来るのかから、そんなこと出来るのへと。
できるという答えはある。逆に紙で指をよく切るというイメージの者だっている。あとは百発百中にするだけだ。
「できるよ。下町の工場とかさ、工芸とか精密品とかってさ、ミリ単位じゃなくてミクロやナノ単位で作業してるのね。大まかな所を機械でやって、そこから先は人間の手作業。つまりは機械じゃできない領域。そういう人たちは、今言ってることよりもっと複雑で緻密で、脳と指の感覚に頼った匠の技を駆使してるわけ――」
「そうだよね。テレビで見たことあるよ。確かにそうだ。器用だからというより、長年の経験と感なんだろうね。そういう説明しかできない領域ってことでしょ?」
裏画が納得する。
頷く縁。皆も研ぎ澄ました一撃の意味を知る。ついでに、下町工場のオジサンが凄いということも理解した。
雑談を交えながらも、練習したくてうずうずしている。この進卵学園でここまで部活に熱中しているのは剣道部くらいだ。
自分が何を習っているのかも分からないままで、何処よりも集中しのめり込む。見学者やダンス部も、縁の説明を深く心に刻み勉強する。
とにかく興味を引くようだ。そして、縁の見せる技や動きもまたカッコ良くて、自分達もやってみたいという気持ちになるようだ。
練習を再開させると、縁は部員達の元をグルグル回る。
「部長~、しっぽの意味分かった気がするぅ」裏画。
「床並君、これさ、もう少しスムーズに受ける為にどうすればいいの?」濱野。
毎日トレーニングを積む部員達。見学者達も見ているだけでも飽きないほど楽しそうで、生徒会が入部を許してくれたらなと夢みていた。
毎日、毎日、高校生活を注ぎ込み、限られた時を部活して過ごす。




