四五話 想脱線
「もしもし。はい。あ、縁です。あ、分かりましたちょっと待って下さい」
縁はそう言って自室へと向かう。
当然のように留理は付いていく、まだ大切な話の途中だ。
このままでは、深内というとんでもない恋敵だけがお泊りすることになる。
阻止したいし泊まりたい。
縁は部屋に入ると、机の上のパソコンを起動させて何やら打ち込む。
「はい。ええ。ですね。日付はいつ頃ですか? はい。俺は、今まで通り一人でと思ってるんですが。ええ、聞きました。クロエさんと花澤麗路さんから。分かってます。全部承知で、ええ。覚悟は出来てます。はい、よろしくお願いします。あ、はい。失礼します」
縁はそう言って携帯を切り机に置くと、信じられない速度でキーボードを打つ。何かを打ち込んでいく。
途中でちょっと考えたりもしながら、入力していく。
「よしっと。ふぅ~」
パソコンの電源を落とし椅子に凭れる。そして腕を頭の後ろで組んで伸びるように天井を見上げた。徐に何かを考え、そしてわれに返る。
「いけね、話をしないと」
そういって横をみると留理も深内も寧結も部屋に入って立っていた。
縁は留理に座ってもらい、話の続きをする。
深内は寧結に手を引かれて、大きなベッドへと飛び込む。
高級なホテルでも味わったことない、そのベッドの感触に驚く。
もちろんただ柔らかいという訳ではない。寝心地の良い特殊なベッド。
そこで女の子座りをし、留理と縁のやり取りを見ていく。
深内の時と似たような流で、同じようなセリフも何度となく飛び出す。そんな中で、留理の出身地が広島県ということが分かった。そして留理もまた事務所が用意した寮に住んでいると。ちなみに留理の隣の部屋は仲地唯だ。
よく話を聞くと、どうやらA組には、地方出身者が多いとのこと。私立の学校によっては、全国から集まることもあると。
電車で話しかけてきた女の子も、梅屋敷から三駅ほど行けば神奈川県ということになる。ただ京急では三駅だが、JRでは蒲田から一駅で神奈川県となる。
つまり他県などから都内の私立高校に通うなど、珍しくはい。
進卵学園にもいくつか寮はあるにはあるが、校則で分かる通り、色々と厳しい制約がある。更に先輩後輩の問題と仕事関係の妬み、部屋の大きさなど挙げたらキリがないほどの窮屈さがあるようだ。
寮生活はどこでも同じように厳しいと思うが、要は、学校の寮は不自由で嫌だと事務所経由の寮に住んでいる。
「分かったわ。それじゃ一応、寮のおばちゃんにメールしてみるね。それでダメって言われたら床並君の言うこと聞く。でもイイよってなったら……、私だけダメなんて意地悪言わないで、お願い」
縁はとりあえず頷いた。普通に考えればイイよと答える大人はいないと。それと留理だけをダメという『意地悪』の言葉がもろに引っかかったのだ。
メールを送りしばらくすると返信が帰ってきた。縁も深内も留理がメールを開くと同時位に覗き込んだ。
『ええいいわよ。おばちゃんが責任もって、事務所の人に言ってあげるから。その代り留理ちゃんは良い子にして、相手の人にも迷惑をかけないようにね! 管理のおばちゃんより』となっていた。
縁は予想と外れてびっくりしている。二度ほど読み返したがそのままだ。
しかし深内は、疑う。帳留理なる女子を信用していない。そしてある個所に目が留まった。
留理は直ぐに閉じてしまったが、アドレスがあまりにも若い子な感じだったのだ。よく考えてみれば最初に送ったメールも、誰になんて書いたか確かめたい。
もちろん、それを指摘しても、留理が絶対に見せないことも分かる、うまく流してやり過ごすに決まっている。
それぐらい読めなければ女子としては低級。きちんと先読みして、勝算があってこそ行ける。でなければ、大抵、下手に手を出して自分が大やけどするのがオチ。着地の場所を決めてないのは愚の骨頂。
深内は八割型証拠などの目途を付けたが、残りの二割で留理に逃げ切られた。
ヘタに手を出して自分のお泊りが取り消しになったら困ると、それどころか留理だけが泊まるという大惨事だけは絶対に避けたいと。
留理は何食わぬ顔でことを済ませた。留理が送ったメールの相手は、深内の読み通り別人、そう、仲地唯だった。大まかな状況を説明し、管理人のおばちゃんなる者に成りすましてもらった。実際はそういった管理者的存在はいない。
「ね。これで私もいいでしょ? ちゃんと大人に許し得たから」――嘘。
縁は仕方なく頷くしかなかった。それ以外方法などない。
帰れ、などと言えない。
留理は縁の部屋を見渡し、綺麗な魚とブルーボタンインコのペルソナを眺めた。ここが床並縁という者の部屋かと。そして一通り「可愛いね」などの会話をした。すると縁が思い出したように立ち上がった。
「俺、ちょっとやらなきゃいけないことがあるからさ、いいかな? 寧結と遊んでてもらっても……」
「どこ行くの?」深内が下から見上げる。可愛い子犬のような目。
「あっ、練習だ。そうでしょう兄ぃ」寧結がクイズ当てをする。
頷く縁。
と、留理はその場に残る気まずさからか「私も行っていい?」と尋ねた。
縁がその答えを言う間もなく、寧結が深内の手を引き「見してあげる。来てマイマイ」と部屋を飛び出した。仕方なく縁も留理を誘い向かう。
三階から階段を下り一階までつくと、奥の部屋へと向かいそこから更に地下へと下りていく。
深内も留理も随分と横に大きな家だなと感じていた。地下室があることにも相当驚いたが、地下室に下りる階段が他にもいくつかあったことが驚きを倍にする。
その内の一つを下りていく寧結。
着いた先は一目で分かる練習場。ここでは久住も練習したことがある。
「なんか凄いね。家の地下にこんな広い場所があるんだぁ」
少し高い天井、端の方に置かれた運動器具、大きな鏡、そして、見たこともない機械が柱のようにそびえる。
「床並君の家ってさドアも廊下も広いけど、もしかして、最初からこういう機械を入れる為?」
「いや、これは俺専用のだから家の設計とは関係ないよ。でも意味はそう。冷蔵庫とかベッドとか入れやすいようにだよ。でもね、階段が……」
設計の誤算というか見落としで、大きなサイズのベッドが階段を曲がれなかったのだ。結局窓ガラスを外して、ベランダから入れたのだが、その窓も限界があり、ギリギリのクィーンサイズにサイズダウンした。
「これ何?」
並ぶ機械をまじかで見る留理と深内、しかし見当がつかない代物だ。
すると縁は、留理と深内と寧結を端へと寄せて機械を起動した。
パソコンをいじり何かを設定する。と、ブゥーンという機械音と共に、それらが動き始めた。
工業系の流れ作業で使うような機械のアームが初期微動をする。ずっしりと重いボディをシリコンのキャタピラが動かす。
アーム部分は五つの節が独特に折れ曲がる。
機体は大きな一本の腕型が二台と細い二本の腕を持つモノが一台、それと細い腕が二本と下側からもう一本アームを持つ三本タイプが一台の計四機。
全身がアームのみの、シンプルな機械だ。
一台数千万円はする高価な機械。とはいえ、物を持ったりする先端部分は、人の指のような感じではなく、シンプルに両側から挟み込むタイプ。
ロボットではなく、完全な機械。
手首とアームの中央部の節がグルグルと二周ほど回転することが出来る。
縁は機械に武器をセットし、中央へと向かう。するとブザー音と共にその四台の機械が縁を攻撃し始めた。機械自体は攻撃していると思っていない。これは縁自身がコンピューターにプログラムしたただのパターンだ。
アーム同士がぶつからないようにしっかりと計算されている。
攻撃には様々なパターンやレベルがあり、縁は背中の負傷もあってレベルを落としてトレーニングする。と。
「兄ぃ。レベル上げてもイイ? イイよね~。マイマイ、これねぇ凄いんだよ~」
「こらぁ寧結。絶対いじるなよ。お前がいじっていいもんじゃないからな。おい、おいってば、ダメだって……や、やばいぞ」
縁は機械の相手をしながら真っ青になる。やはり寧結をここへ入れたのは失敗だったと。普段は勝手にパソコンをいじったりしないが、今日は大好きなマイマイがいる。これで子供が調子に乗らないワケがない。
浅はかだった……。
いきなり機械の速度が増し、攻撃のパターンも難易度があがる。
「マズイ。ぬぅうぅぅ、うりゃあああ」
必死に動く縁。防御しながら冷や汗を流す。なぜなら、縁のプログラムは縁でも対応できない本戦の最終ランクを想定したものがいくつも入っているのだ。
そのどれも今の縁では全く歯が立たない。ランク九の対応プログラムでも大鎌かダブル鎖鎌でなければ避けきれない。
縁は早くも、もう一つの刀を抜き二刀流に切り替えた。
文化祭初日の騒動で、形霧達と対峙した時も一本であったのに、もう追い詰められている。
縁の感覚ではランク七の上レベルと予想している。これ以上あげれたらヤバイ。
「寧結ぅ。頼む。それ以上いじるなよ」
「平気。いつも見て知ってるから。もうちょっとだけ上げてもいいよね。」
「ダメ。限界。待て。ムリムリ、違うからソレ。マジでシャレにならない。ふっ、深内さん妹を止めて下さい。抱っこしてて……」
縁がここまで言うのは本当にヤバイ証拠だ。
この機械は、完全に防御だけを練習する為、包囲型の攻撃パターンなど、今まで縁が経験したもので、最も嫌だったパターなどを更にアレンジして難易度をあげたものが無数に点在している。それを体に覚え込ませるために、繰り返し練習し徐々に体に染み込ませる為のものだ。
久住がこれを使った時は一台で、それもアーム一本。実際、寧結でも二台を避け切ることはできない。それはこのプログラムが縁の経験と頭脳の結晶だからだ。
合宿であった銀錠でさえ完璧な武器を完全装備してギリギリ。つまり寧結がもし冗談でメモリをマックスにでもしたら大怪我をする。
「兄ぃ、凄いねェ、こんなの初めて見たぁ。もっと平気?」
「……っうぁ。むっ……りぃぃ」もうしゃべる余裕がない。
深内は寧結を抱きしめながら、生まれて初めてみる縁の凄まじい動きに興奮してポッーとなっていた。留理もゾワゾワとする。
縁はどうにか自力で機械自体にある一時停止ボタンを押す。一台、また一台と止めていく。今までこんな風に使ったことはない。このボタンを押す時は、もう一度初めから動きを確かめたい時か、急にトイレなどに行きたくなった時、それも一台か二台を使って練習している時だ。
四台使う時は、レベルを落とし、安全を確保した余裕のある状態で、敵の動きと自分の動きのシンクロ率をアップさせる、いわばそういう作業なのだ。
最終ランクへと昇格したことで、不安になった心を落ち着かせたいだけなのに、これでは体に恐怖心が染み付いてしまう。
どうにかこうにか機械を止めると、へたり込む縁に深内が駆け寄った。
「凄い汗、大丈夫?」そういってハンドタオルを差し出す。
深内もいつもダンス練習で、ヘトヘトになるまで練習している。
「あぁ、どうにか……。あ、これありがとう」受け取ったそれで顔を拭く。
と――。
「あ~もぅ、なんで止めちゃうの~凄かったのにぃ。もう一回見せてよぅ」
寧結がそういってボタンを押すと、止まっていたそれら四台がいきなり動き始めた。完全に休憩状態の縁は心臓が裏返る。
「バカ! 寧結! 深内さ……、居る、だろっ……」
縁は深内を懐に包むように刀で防御する。しかし、背中や後ろももなどをたまにヒットされている。苦痛に顔を歪める縁。
寧結もいきなり動き出したそれにパニックになっている。最初はもっとゆっくり動くと思っていたのだ。その隙に深内は余裕で離れられると。
「大丈夫マイマイ? 私が助けに行こうか?」
「く、来るなバカ。と、止めろ」
「止め方は知らない。レベルの落とし方なら分かるけど……どうする?」
「……っん、シュッ、くっ、とぉ、っと、ぬっ」
信じられない集中で深内を守る。まるで派手な社交ダンスでも踊っているように深内を懐で操る。必死に守る。
「落としたよレベル」寧結が話しかけるが、縁には殆ど届いていない。
留理は深内を守る縁を見て、二年前の船上での戦いを思い出す。縁が寧結を守りながら群がる敵をなぎ倒すそれを。
そして今、色々なことをフラッシュバックさせながら、縁の胸で守られてる深内を心から憎いと思った。留理がずっと夢見てきたシーンだ。
縁は二台の機械を停止させると、深内もろとも止まった機械の方へとすり抜けた。そして疲れと安心感に崩れ落ちる。ぜぇぜぇと荒い息をする。
深内が「大丈夫?」と背中を擦ると、少しズキッとしたのか体をビクつかせた。
「兄ぃ大丈夫か? びっくりしたねぇ、いきなりバクンって動くからさ」
縁は膝と肩を笑わせながら寧結の暴走ぶりに笑う。
「オマエなぁ。やめてって言ったらやめような。頼むわ」
そんなんでやめる子供はいない。だから親は怒る。口で言ってやめる子は、相当良い子か、良い子を演じているか……心の病気かだ。
超怒る怖い親の元に生まれても、それは同じで、絶対に、怒られるようなことはする。それが本当に……笑える。それが子供ってやつだ。
「床並君、あのさ、できたら今のヤツ、私にもやって。私も近くで見たい」
留理がいきなりとんでもないことを言い出す。しかし縁は首を横に振る。
「無理だよ。危ないし、ホントに今のも奇跡的な……ふう。助かったぁ」
本当に危なかったようだ。だが留理は、ずっと夢見て妄想していたそれを味わいたい。縁に守られたい。甘えたい。胸の中であっちこっちと誘導されたいのだ。
「ごめん、本当に無理なんだ。これ、レベルがどうこうじゃなくて、メチャクチャヤバイ装置だから。一番低い設定でも凄い集中とテクニックがいるから」
すぐに二刀流にしたことからその言葉の意味は分かる。軽いレベルでの確認作業だったとはいえ、縁というそれが色々な確認をするつもりだったのだから、それがどういったプログラムなのかは想像できる。ただの遊びじゃない。
「うん……分かった。でも、それじゃダンス踊って。社交ダンスみたいなの」
留理のお願いに、それならば安全だしいいよと頷く縁。そしてパソコンをいじり四台の機械を元のあった位置へと移動させ、電源を落とした。
練習所の電気を消すと場所移動する。一度階段を上り別の階段からまた地下へと下りる、そこにまた広間が。
「それじゃここで」縁はそういと何かを用意する。
十六畳ほどのシアタールーム。薄い明かりがつき、色々なものが微かに見える。留理も深内も、縁の家の豪華さに本当にびっくりしていた。
「どんな曲をかければいいかな? 何か好きな曲とかある?」
留理はお気に入りのアーティスト名と曲をいう。縁はそれを探すが見つからず、携帯電話で検索しながら「帳さんその曲持ってる?」と尋ねる。
するとポケットから小さなプレーヤーを取り出し「あるよ」と笑う。
「そんじゃ、ここに繋いでくれる、それで曲が流れるからさ」そう言ってコードを手渡す。
留理は小さな画面を見ながら選曲していく。そして曲が流れた。
部屋中に大音量で流れ、留理と深内は、いきなりのそれに全身で驚く、が、縁と寧結は普通の顔でいる。
ここは地下室で、音漏れもしないし、防音設備がされている。
つまりここでは、ご近所を気にせず大音量が許される。
部屋をキョロキョロとしてる留理に近づく縁、そしてその留理にそっと手を差し出す。留理がその手に手を乗せるとぐっと距離が縮んだ。
踊る。回る。揺れる。傾く。揺れる。
縁にリードされながら踊る。思い描いた夢とは違うが、留理は縁の胸元や首筋、顎や唇、そして優しい目を見ながら揺れていた。
深内は見せつけられるそのダンスにイライラする。本当なら自分一人が床並家に居るはずだったのにと……。
横では少し疲れたような寧結がソファーに座っている。音楽のせいか時間のせいかちょっとだけ眠くなったようだ。今さっきまで騒いでいたのに。
曲が終わると、縁は寧結の眠たそうな態度に気づき焦る。
「寧結、まだ寝るなよ。お風呂、お風呂入ってないだろ?」
「うん。いいよ今日は。明日入る」
眠い時の受け答えだ。
にしても、小さい子はよくお風呂を面倒くさがる傾向がある
「ダメだよお前汗かいてんだから。ほら行くぞ」
縁はそういうと、後片付けを済ませて上の階へと急いで上がり、寧結の着替えを用意する。戻って来るとなぜか寧結が復活していた。
「兄ぃ。あのね、私、マイマイと入るから。いいでしょ? ってダメって言っても入るけどね。いひひひ~」嬉しそうにピョンピョンと跳ねる。
「そっか、皆もお風呂……、だよな」
縁は深内と留理も入るのだと気付いた。
深内の方を見て「いいの?」と聞くと「うん、そうしたいなって思ってたから」という。
深内は泊まると決めた時からそういう流れを考えていたようだ。一人で入るには図々し過ぎるとでも思たのだろうか、それとも合宿の時の女子達のように、寧結に聞きたいことでもあるのだろうか……。
あっという間に用意し、寧結と深内は風呂場へと向かう。
縁は留理へと向き「着替えとかある?」と聞く。もちろん「ない」と首を振る。
「大丈夫、コンビニで売ってるから」留理は旅慣れたようにいう。
床並家から徒歩二分以内にあるコンビニまで、縁は付き添うことにした。
留理は下着とお菓子を買って戻ってきた。そして一緒に並んで家まで帰る。
お菓子の箱を開け「はい」と手渡してくる留理、それを「サンキュウ」と受け取り口に放り込む。留理はリスのようにカリカリもぐもぐと可愛く食べる。
「なんか、今日は無理ばかり言ってごめんね。迷惑じゃない?」
「俺は平気だけど、帳さんの方は怒られるんじゃない? 女の子が、お泊りって」
「ぜんぜん。うちは大丈夫。私、基本一人だし」
「そっか。お互い大変だ。一人って……やっぱ寂しいもんな」
縁から『寂しい』という似合わない言葉が出てビックリする留理。けれど、縁の優しくて明るい笑顔は、その疑問をすぐに吹き消していく。
一瞬だけ孤独な影が見えたような気がしたのだが。
家に着くと縁は、風呂上りに着られそうな服を探す。自分が中学の頃に購入した服の中から新品の物をいくつか取り出した。
「帳さん、この中で着られそうな服あったらどうぞ。これ、新品だから安心して」
「え? 新品なの? 別にいいのに」
「中学の頃のやつだから、サイズもそんなぶかぶかとかじゃないと思う」
留理はぶかぶかでもいいから、縁が普段着ている服が着たかった。
チラチラと縁が今着ている服などを見ながら、縁が持ってきた服を手に取る。
しばらくして寧結と深内が出てきた。顔を真っ赤にしポカポカな感じだ。二人とも顔をあおぎながら、冷蔵庫へと直行する。
「アツい~。マイマイ何飲むぅ」冷蔵庫を開けジュースを選ぶ。
「あ、帳さん先にお風呂入って」
縁に進められお風呂場へと向かう留理は、少し迷いながら歩く。
熱気とシャンプーなどの匂いを辿りそこへと入っていく。
寧結と深内は、コップに注いだジュースを飲みながら、ソファーに座る縁の傍へきた。深内が自分のバスローブを羽織っていることや、そのセクシー過ぎる格好にどうしていいかアタフタする縁。動揺する。
「あ~いいお湯だった。床並君のお家ってお風呂場も大きいね」
「えっと、うん。そうだね。父親の趣味かな?」
自分で何を言っているのか分からない。深内のすっぴんの肌とぽかぽかとした体から漂うボディーソープの香りに、更に変になっていく。
「ね……寧結、あんまり飲むとおねしょするから気を付けろよ」
苦し紛れの縁の言葉に、寧結はコップに少量しか入れてないことを、コップを突出しアピールする。
「寝る前にトイレ行くし平気だもん」
それで平気じゃないことがあるから面白い。
「あ~、それより兄ぃ、きいてくれたぁ?」
「何を?」
「ひめたんにだよぅ。髪の毛のやり方のやつぅ。もう、聞いてって言ったジャン。兄ぃが覚えてくれないと私が恥かくンだからね。ちゃんと教わってきてよ」
「分かってるってば。忙しくてついな……大丈夫、聞いとくから」
縁の言葉に深内がどうしたのと事情を聞いた。登枝の名が出て気になったのだ。そして縁は軽く説明する。
「なんだぁ、髪の毛のセットの仕方かぁ。それなら私が教えてあげるよ」
「本当に? 得意?」
「うん。アイドルになって最初の頃は全部自分でメイクも髪もしてたから、普通の子よりは、何倍も知ってるし出来るよ」可愛く首を傾げる深内。
登枝は普通の子じゃない……トゥインクル・ドールというアイドルグループだ。
縁は『助かる』と安心するが、深内の笑顔に心がざわつく。
何度もポスターで見ている顔が目の前にある不思議さと、セクシーさ。
何より、お風呂上りの女の子が、こんな時間帯に自分のウチに居るというそれに、思考が空回る。
深内はジュースをテーブルに置くと、早速ドライアーを持ってきて、寧結の頭を乾かし出した。
「風邪引かないように、よ~く乾かさないとね」
寧結の頭をいじる深内を見ながら、寧結にこんな優しいお姉さんがいたら寧結も幸せだろうなと思う。
そしてその光景を見ながら、そんな優しいことがしてあげれない自分の不甲斐無さと、兄という自分の存在にちょっと落ち込む『ごめんな寧結』と。
気持ちよさそうにしている寧結。
乾いた髪を、縁に説明しながらセットしていると、寧結はフラフラ、ゆらゆらと体を揺らし始めた。
目は半開きで今にも寝てしまいそう。
合宿の時も、一緒にお風呂に入ったお姉さん達に乾かしてもらったりお着替えさせてもらって、一気に大好きになった、それほど気持ちがイイのだ。
登枝のことも百瀬や香咲、小峯、そして岡吉と雨越の先輩コンビのこともそう。
「それでね、さっきやった三つ編みあるでしょ、アレと似てるンだけど、今度のはこうやって、編む時に下髪も取るのね。こうやって外側にきたモノと垂れてる髪を一緒に編んで~また外側にきたのと~下髪を~。でね、耳の辺りまで編み込んだら、ここからは普通に三つ編みにして、最後は細いゴムで止めるだけ。でね、これポイントなんだけど、あんまりキツキツにしないで、こうやってフワッて緩めるのね。最後まで終わってからでいいから。そしたらさ、これを後ろの方にこうやってもってって結ぶと。ねっ可愛いでしょ」
縁には信じられないほどのテクで、可愛い髪型が仕上がっていく。
男の髪のセットとは比較にならないバリエーションだ。
寧結はもうほぼ寝ている。ゆらゆらからコクンコクンに変わり、今は気持ち良さと眠さの狭間でふにゃふにゃだ。
「あっ、もう寧結ちゃん眠いよね。今日はここまでにしよう」
深内も寧結を気遣いヘアアレンジレッスンを終えた。
時間にして十五分弱。その間に三つほど教わった縁。
「深内さんも髪を乾かさないと、風邪引くから」
「大丈夫。ちゃんとタオル巻いてるし、なるべく自然乾燥させてから、ドライヤーするんだ。少しでも髪の傷みを減らす為というか、ほら、私、髪の毛を虐める仕事してるから」
可愛く笑う深内。確かに普通の人よりも沢山の髪型をしたり、撮影などによっては一日に何度も髪を虐めることになるのかもしれない。
「そう言えば、さっきの……地下のやつだけど。あれ、どこも痛めてない? 俺、深内さんのこと乱暴に扱っちゃったよね? アザとか……できてない?」
「うん。ぜ~んぜん。それに、床並君にだったら……痛いコトされても我慢できるよ」
ドキッとするようなセクシーな目に、縁は圧倒される。
深内の色気に、身も心も呑みこまれそうになる。
「あ、っ、そうだ。俺、妹連れてかないと」
逃げるように妹を抱きかかえて歩き出す。深内は寧結をお姫様抱っこする縁を見て、良いお兄ちゃんだなと思いつつ、満足そうにもしている。縁の態度から自分の台詞や態度が徐々に効いていると感じているのだ。
何をしても響かないし、心に届かない感じだったが、ここへきて少しずつ反応が返ってくる。手応えがある。
釣りでいうなら、水面に浮かぶウキがツンツンと動き波紋を放っているような、後は縁が餌と針を一気に飲みこんでくれれば……本当の駆け引きが始まる。
そうなればどんな大物でも釣り上げるチャンスはある。まずは一歩。
深内の行動、縁の行動、その一つ一つが細かな枝分かれをして進む。本来は登枝に聞くはずだったヘアメイクも、あっさりと深内が奪い運命を変えた。
縁もまた妹を抱え連れていくという選択で、必死に道徳を保つ。
普通の男子とは真逆だ。普通、男子側から積極的に迫る。有り余る性欲と興味で心が出来ているといっても過言ではない。女子が不安に思う気持ちや心などお構いなしで、エロに夢中。
もちろん全員ではないが、八割? いや七割? 五割、い~や九割はそうだ。
縁のあとをついていく深内。
「あれ? 床並君の部屋で寝かすの? 寧結ちゃんの部屋で一緒に寝る約束しちゃったけど……。どうしよう」
「あ、うん。今は。後でトイレ行かせるし、その時に一度起こすから、そしたら」
寧結をベッドへ寝かしリビングへと戻ると、留理が出てきていた。
これまたびっくりするほどセクシーな色気と存在感。縁は改めて女子が居る状況に焦る。
「お風呂どうぞ。あっ、それとあの洗濯機使ってもイイ?」
「うん。いいよ」
「使い方分からないから教えてくれる?」
縁は頷くと早速向かう。留理の後に深内もついてくる。風呂場からは良い匂いが熱気とともに漏れ出していた。
「これね。洗うモノによるんだけど、一応全部説明するね」そういうと縁は、さし示しながら説明する。
床並家のそれは最新の高級洗濯機で、あまり家庭では見かけない代物だった。
洗いの種類だけで六つ。
まず、高温水、ぬるま湯、水の三種類と、高濃度液体洗浄、匂いなどを取る高温空気洗浄、紫外線と吸引洗浄の六つ。
更に細かな設定はあるが、用途に分かれているのはそれらだ。
ちなみに高温空気洗浄は、お酒やたばこ、食事臭や香水などの匂いを高温風で消し去る洗浄。吸引洗浄は、おもに布団や枕、クッション、縫いぐるみなどの、埃やダニなどの駆除と、外で服などについた花粉やウイルスなどの洗浄に使われる。
「ありがとう。分かったぁ。なんか凄い洗濯機ね」
「かなぁ。でも毎年凄いのが出るから二年後にはもぅ時代遅れになっちゃうよ」
「うふふ。やんなっちゃうよねソレ。せっかく買ったのにさ。私もゲーム機買ったら一年もしないでもう次のヤツでちゃって、ホント騙されたって感じ。って、ごめんね、お風呂だよね。遅くなっちゃうよね」
留理と深内が気を利かせ一度リビングへと戻る。縁は「別に平気」と言おうとしたが、何も言わずに急いで入ることにした。
まず体を洗い、その後ゆっくりと湯船につかる。一日の疲れを癒す。
背中の痛みをお湯に溶かし、悩みやストレスを湯に流す。
「イイ匂いだなぁ」
誰かの後になど入ったことがない縁は、不思議な感覚に包まれていた。いつもの風呂場だが、深内と留理が使った残り香がする。
深内は髪を乾かし終えると、持ってきた自分の寝間着へと着替えて縁が出てくるのを待つ。
風呂場で寧結と話した様々なことを考えながら、見知らぬ家で物思いに耽る。
寧結の歯の磨き方や、スポンジで泡立ててから、それを頭に乗せて洗うやり方、もちろん体もそうだ。独特だが、その全部が縁のやり方。
繊細で優しくて清潔な縁、かといって潔癖症とかではない。それよりも単に要領が良く知識があると感じる。
こんなお兄ちゃんが居たら、きっと妹はお兄ちゃんが大好きなんだろうな、と思い「お兄ちゃんのこと好き?」と寧結に質問した。
この質問は、剣道部の女子達も何度も聞いている。
だがその答えに驚く、なにせその答えの行きつく先がヘンテコ。
「兄ぃのこと? 普通だよ」
「普通ぅ? 好きな所とかないの?」
「んっとね、さらさらご飯を食べる時にね、おしんこ食べるのね、その音とか食べてる感じが好き。あとね、サンダルで歩いてる感じ、とかぁ」
深内の聞きたいこととはまるで違う答え。それと、寧結が言っている、さらさら御飯におしんこの意味が深内には分からない。
サンダルを履いて歩くというのも、おじさんポイ嫌なイメージしか浮かばない。
一つ感じたのは、縁と寧結の関係性はお互いに依存し過ぎていないということ。普通の兄妹であっても、もっと依存しているのに、何をどうしたら、これほど馴れ合いなしで過ごせるのかが不思議だった。
お兄ちゃんお兄ちゃんしていない。
ただでさえ二人きりなのだから、もっとベッタリしていてもおかしくないところだが……至って普通な感じ。
とはいえ寧結はきちんと甘えている。ヘタすればそこらの子供の数倍。でもそれは親にという感覚ではなく、間違いなく『兄』にだ。きっと寧結の中で父親という存在がしっかりと位置づけられているのだろう。
深内は風呂場で話したことだけではなく、学校の食堂で寧結の甘えテクなどを教わったり、一緒に夕食の買い物へ出かけた時のそれで確信している。
寧結の甘え力は、自分の遥か上の領域だと。
たったの一日接しただけで深内にはそれが痛いほど分かった。アイドルとして色々な子を見てきている。これはもちろん女子だけに限ったことではなく、人とのコミュニケーション能力や、その人固有の存在価値のレベルの話だ。
普通に頭で考える甘えや、本やネットに書かれた専門家を名乗る者の甘えや心理など、全くもって及ばないレベル。
大体、そういう持論を述べる者で、他人から好かれカリスマになっている者は、いない。長男長女タイプばかり。ニセモノの論理。
最初に大きなお願いごとをして次に小さな願い事にするなど、またその逆のテクなどの心理学テクもいいが、甘えるということの本質はもっとぶっ飛んでいる。
絶対に駄目、やめなさいと心から怒っている相手を前に、その意見を変幻自在にねじ曲げる。
例えば……。ベランダに出る時は、汚れるし危ないからサンダルを履きなさい、という教えをまず破る。
親、そして縁的立場の者は、当然怒るししつけようとする。それが子供の為と。
だが、甘え上手はこの約束を平気で破る。それも何度でも余裕で、自分がルールとばかりに。
この行動を怖い相手を前にして、何人チャレンジできるか?
ただここまではまだ序の口。ここでほとんどの者が脱落するというのに、この先がまだまだある。
「もぅ、何やってんのよ! 足の裏が汚れてるじゃない。いつも言ってるでしょ、危ないって言ってるのが分からないの? 何度言ったら分かるの。もう知らない」
それを反省した顔を見せつつ、そのまま部屋に戻ろうとする。ビックリする親。
「ちょっと、何してんのちゃんと拭きなさい。汚れるから」
手渡された濡れ手拭いを持ったまま、数秒立ちすくみ、何もせずに、またも部屋への侵入を開始。
母親は当然激怒。言うことを聞かない子に罵り、家庭によっては手もあげるかもしれない。
だが、そんなことはお構いなしに「拭いて。出来ない」と、足を差し出し駄々をこねる。
この時も、ただ棒立ちして台詞を言うのではなく、逆に偉そうに姫や王子が召使いに差し出すように、上から目線で駄々をこねる。そしてどんなに相手が拒んでも折れるまで言い合う。そして最後には打ち勝つ。
これでようやく甘えのアの字だ。
ビックリするのはその後。普通ならここまででも「そんなの上手くいくのかよ」となるが、これくらいはなんなくこなす。朝飯前。
拭いてもらっている足の感触が嫌だと駄々をこねだす。親や相手はせっかく跪き、折れて拭いてるのに、あまりのその態度にキレる。が、またも無視、とにかく嫌がって足をバタバタさせる。嫌だとアピール。腹が立って怒りながら強引に拭くそれに、今度はくすぐったいと難癖を付けて嫌がる。暴れる。
この時、怒り続ける親や呆れている親、笑ってしまう親など様々いるが、どのケースでもお構いなしに逃走する。まだ拭き取れていない汚い足のままで。
追いかけてくる親、もちろん三者三様。テーブルの周りを鬼ごっこのように逃げ回る。ここまで出来て、初めて次男次女の甘えの基礎地盤。ここからが本領発揮。
親が怒っている状態、ふて腐れてる状態で。
レベル1、部屋を汚す、物を散らかし更には壊す。レベル2、おちょくる、逆鱗をなでなでする。レベル3、お菓子、おもちゃ、あらゆる要求を強引に承諾させる。そうやってどんどんとレベルを上げていく。
レベル10くらいまでできれば、甘えの達人となれる。
そんなことできる人がいるのかと思うだろうが、ご想像にお任せする。
知っている人は知っている、究極のテク。
寧結に至ってはすでに文化祭の前夜に、風呂場から逃走し進卵学園ゴースト事件を巻き起こしている。それもなんなく。
どんなに怖い相手であろうと、例え意思の疎通が出来なそうな相手であっても、甘えの天才はなんなくすり抜ける。
まるで自分達家族を食べに来た猛獣相手に、自分の親を目の前で貪り食らう悪魔であっても、逃げるどころか逆に虜にし、家に連れて帰らせ、殺した親の代わりに自分の面倒を見させるほどのテク。
脳がオキシトシンとセロトニンのカクテル漬けになるほどの甘え。
深内はアイドルとしても、縁をゲットするにしても、どうしても寧結の甘えテクニックが欲しかった。学びたい。覚えたい。
だが、甘え上手な弟や妹をまじかで見ている兄姉でさえ習得はできない。何度も言うが次男次女のそれもごく一部にしか会得できない代物。
三女も四男ももっと下も会得できない。少しは似た甘えも出来るが、本物のそれとは質もレベルも圧倒的に違う。
細かな要因は分からないが、次女や次男という立場とその兄姉の特殊な性格などが深く影響しているのかもしれない。だからこそ稀な甘えテク。
しばらくすると縁が風呂から出てきた。バスローブは奪われたので、バスタオルを腰に巻いている。片側の肩には手拭いをかけ冷蔵庫へと向かう。その姿を深内と留理がまばたきもしないで見ている。
時刻は十時半になろうとしていた。のぼせたのか少し眠たそうな縁。
「帳さん、着替えたらすぐ寝る所用意するから」
「あ、ウン」目が合うだけで脈があがる。
縁はビタミンサイダーなる炭酸飲料を一気に飲み干すと急いで自室へ向かった。そしてあっという間に戻り留理を案内する。いくつかある客室の中から、居心地の良さそうな部屋を留理自身に聞く。
「どこでもいいの? それじゃここがいいかな」
縁の部屋に最も近い部屋。セミダブルサイズになるソファーベッドを変形させ、新品の敷布と新品のタオルケットとクリーニング済みの毛布を二枚ほど用意した。それらを綺麗に敷くと、部屋の電気リモコンを留理へと手渡し急いで戻る。
そして深内に話しかけると、今度は部屋で寝る寧結をトイレへと連れていく。
寝ぼけた寧結があっちこっちと行くのをいつもの一コマのように誘導する。
それが済むとようやく寧結の部屋へと向かった。
寧結がその部屋で一人眠ることはないのだが、ダブルサイズのベッドがある。
「深内さん、寧結のこと宜しくお願いします。なんか迷惑かけちゃって、ごめんね。それじゃ……おやすみなさい」
「おやすみなさい」深内も笑顔であいさつする。
縁はその足でもう一度留理のいる部屋へと向かいドアをノックする。そして留理が顔を出すと、深内の時と同じように「おやすみなさい」と声をかけた。
「おやすみなさい、床並君」
縁はようやく自室へと戻った。読みかけの本を手に取ると、部屋の明かりを消しベッド上にあるライトを付けた。
いつもはマッサージチェアーへと腰かけて、じっくりと読むのだが今日は眠さが強くてそれはできそうにない。
どうしても本の先が知りたくてベッドに寝転んで読むのだが、半ページ読むだけで瞼の重力が増し、一度閉じた位置で錆びついて開かなくなる。
「だ、めだぁ。何読ンでっか……わかん……な」
本を持つ手がベッドへと吸い込まれ、気絶でもするように眠りに落ちた。すごく読みたい本だったようだが、さすがに今日の状況でその時間は得られなかった。
気持ちよさそうにスヤスヤと眠る縁。眠りに落ちたのは丁度十一時。
九十分ほどたった時、縁は何かの物音に目を覚ます。正確には寝ぼけている。
そしてベッドに寧結がいないことに気づき起き上がる。深内と一緒に寧結の部屋に居ることなどすっかり忘れている。
寧結のことは優先順位が高いので普段は忘れたりしない重要項目なのだが、完全に寝ぼけている。
「寧結? ったくこんな夜中に……何してんだ?」
薄暗い廊下、足元を照らす為の壁下に付けたオレンジライトを頼りに歩く。
捜し歩くが見つからない。なにせ部屋で深内と寝ている。縁はトイレのドアを開け、トイレの明かりに眠い目をしばしばさせながらさまよう。
そしてリビングへと辿り着く。
冷蔵庫の方を確認しようとした縁は、ふと何かの気配を感じだ。殆ど閉じかけた瞼で手探る縁。確かに寧結の様な……。
――留理であった。
留理は縁の部屋に理由を用意し訪れたのだが、既に縁が眠っていたので仕方なく寝顔や寝相などを観察していた。だが、夢中で覗いていたことで四十分ほど長居してしまい、その物音と気配に目を覚ましてしまった。
逃げるように部屋を飛び出したまではいいが、自分が戻らなければいけない客室と反対側へ進んでしまった。これが一度目のミス。つい、自分の住む寮の方向感覚が出た。そして二度目のミスは、トイレに入らなかったこと。
トイレならば何の問題もない。しかし、床並家でトイレに入るなど恥ずかしくてできない。それが彼氏の家でも、なるべくならそんな姿は見せたくない。
トイレをノックされて「入ってます」とは……言えない。
そして、縁の追跡を避けるように逃げ出してしまった。まさかここまで来るとは留理自体も予想外。
トイレに起きたのかもと思ったが、ここまで来ると恐怖しかない。
「ん? なんでこんなトコで寝てンだ寧結」
ソファーに寝転がる留理を見つけ近づく。そしてその体を縁が抱きかかえた。
完全なお姫様抱っこだ。小一と高一では全く違う……はずなのだが縁は全く気づいていない。
縁の抱き方が上手いということもあるが、一番の要因は留理が完全に起きているということだ。上手にバランスを取り縁の腕に収まるそれと、だらりと垂れる寧結のそれが、その誤差を縮めていた。あとは縁が眠さマックスということ。
なにせ、溶けるように寝てからほんの九十分しか経っていない。
縁は自分の部屋に留理を連れていくと、ベッドに寝かしそのまま横にくっつく。心臓バクバクの留理。一体何がどうなってしまうのかと焦る。
まさかこのまま大人に?
しかし、妄想する留理の耳にスヤスヤと気持ちよさそうな寝息が。
動けない。かといってこのまま朝を迎えたら縁にどう思われるか? とはいえ、眠りの浅い今動くのも危険過ぎる。そう思った留理は機会を待った。
が……、おっちょこちょいなのか、留理はそのまま朝を迎える。
そう、寝てしまったのだ。
ソファーでタヌキ寝入りして誤魔化そうと試み失敗、今度は眠らないようにして失敗。
翌朝、縁が目を覚ますと両サイドを深内と寧結が挟んでいた、その外側に留理が寝ていて、縁はそのあまりの状況に、夢か現実か分からないと、うろたえた。




