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バースデイ  作者: セキド ワク
41/63

四一話  日常と非常



 一年F組はどんよりとした重い空気の中、縁の回すペンの動きをチラ見する。

 信じられないほどの指技で、見たこともない動きをし様々なラインと円を描く。



 大失敗のメイド喫茶を完全に引きずったまま、気の抜けた炭酸飲料のような甘怠(あまだる)さが全体に広がっていた。後味が悪い。


 縁は先生のチョークの音を感じながら、ペンを両手に行き来させて回し続ける。

 全く勉強に身が入らない。だからいつも以上にペンを回していた。


 縁がペンを回すのは、縁の勉強法の一つで、家では更に音読もする。

 指を動かしながら声という音も使うのだ。

 色々試してみて、それが記憶したり考えるのに適していると縁は結論付けた。


 本当はペン回しよりも、貧乏ゆすりの方が、ちょっとだけ効率いいのだが……、周りに対する配慮と長時間できないこと、それと交互を意識しても原理が片側ばかりの動作なので、体のバランスが崩れると困るという理由から、仕方なくペン回しを選ぶことが多い。


 色々と気にしているからか、家での勉強と学校での勉強法は大分違くて、家ではおもに音読系が多い。


 どんな難しい本も、とりあえず五回ほど通しで読み、繰り返し音読する。それがあっているかは別として、縁はそうだ。

 そして寧結も、あと久住も当然その流れを継いでいる。


 縁は集中できない歯がゆさに、何度も深呼吸や目薬をさして休憩を入れる。が、うまくいかないまま四時限目も終わろうとしていた。そしてチャイムがなる。



「ふぅ。ダメかぁ」

 縁はゆっくりと両腕を上へと伸ばし、体の緊張をほぐす。

 背中の(うず)き、寧結の新たな流行言葉、挙げたらキリがないほどに気が散る。


 やはり体の疲れや痛みからの寝不足のせいだといえた。

 どうしても眠りが浅いのだ。

 勉強と睡眠がどういった関わりがあるかはさて置き、勉強に集中できない縁は憂鬱(ゆううつ)だった。


 参考書やノートパソコンを自分のロッカーへと片付けダイヤル式の錠をかける。そこへ今込と百瀬が「お昼行こう」と笑顔で駆け寄ってきた。ズレて園江も来る。

 いつもの日常。文化祭の余韻さえ縁にはなかった。


 だが、学校自体は縁と一部の孤独な生徒以外を置き去りに、ありえないくらいに変動していた。


 その最も激しい場所に君鏡は飲み込まれていた。



 昨日、縁からプレゼントされた制服とイメチェンしたその姿は、格付け真っ最中の進卵学園に天変地異を起こしていた。

 ごくありふれた光景で順位変動が繰り返される中、いきなり剣道部の肩書きを引っさげて、大化けした君鏡が現れたのだ。


 学校に登校するはるか前から、そう、通学の電車の時から既に多くの人目を惹きつけていた。



 縁と寧結と並ぶ君鏡。

 満員電車の中で目立ちまくる寧結のせいで、更に君鏡も目立つ。


「アニィ。ワタシハ、ニホンノ、ショウガクセイデス」

「分かってるよ。ちょっと電車では静かにしろな。後で聞くから」

 寧結は昨日初めて習った英語にかぶれて、一日中英語っぽく話し続けている。


 小学一年生に英語が必要かどうかはさて置き、縁には悩みのタネだった。何せ家でずっとそれだ。

 萌生や他の友達の影響もあると思うが、ただでさえ子供は話し方がコロコロと変わるし、会話を合わせるのに大変なのに。いきなりの留学生に脳が参っていた。


「ワタシニ、イワセレバ、デンシャとかキニシナイノ。ダッテ、コレガ、ワタシノ、コトバヅカイなんですからァ」

「寧結ぅ。頼むわ。迷惑だから。それに、すごく疲れるんだよ。勘弁してマジで」

「カンベンデキナ~イ。マダ、ワタシニハ、デキルワケガナ~イ。ダッテ、マダ、ショウガクイチネンセイナンダヨゥ。イマカラノ子ナンダヨゥ」


 電車内では笑いを堪えることができない者が続出し、変な空気が漂っていた。

 縁は、せめて身近な人にだけでもと「すみません」と会釈していく。


 周りもそれに笑いながら「いえ」と許す。

 縁と寧結のやり取りは、今日に始まったことではない。いつもだ。そして毎回縁は謝っている。でも、そこに乗る殆どはそれを許していた。

 むしろ毎日聞いている。


 なにせ嫌ならば別の車両に乗ればいいだけのこと。

 縁達の居る車両が特別、ホームの階段に近いとか出入り口がどうという場所でもない。避けても問題ない。だが、満員だ。

 そして縁達が並ぶ車両へわざわざ移動する者もいるくらいだった。


「ノハマとガウラがキノウ、ガッコウ、キテタノ、ビックリした。アニィタチ、ヤスミダッタハズナノニィ、ナゼダロゥ? シッテルゥ?」

「ごめん。何言ってるか全然分からない。日本語で言って」

 縁の言葉に君鏡が吹きだす。日本語だと。


「ゴメナサぁイ。ニホンゴ、スコシ、マダ、オボエテナイ。ダッテ、ショウガクイチネンセイナンダヨネ~」

 縁は寧結を軽く無視し、車内に流れるニュースに目をやった。

「アニィ、ノハマとガウラがキテタケド、ドウィウコトゥ?」

「もぅ『のはま』と『がうら』って何?」

「アニィノ、センパイダロゥガ。ウォ?」

 縁は考える。

 先輩と言えば、濱野と裏画と岡吉と雨越と三好と寺本と新入部員の小川だ。


「それさ、濱野先輩と裏画先輩のこと?」

「ソウ。ソゥソゥソゥ。オ~、ソゥ。ノハマとガウラだよ」

「寧結、名前の所ちょっと変だぞ」

 縁のそれにまたも君鏡は笑う。変なのはそこだけじゃないと。周りの人も思っている、縁も寧結もちょっとだけ変だと。


「アニィ、コウコウセイなのにぃ、シラナイのか。初めましてユネ、ナミトコデス。これが英語の発音ナンダヨネぇ」

 発音?

「違うってば、もぅ。ちゃんと先生の話聞いてる? 苗字と名前がひっくり返るんだよ。お前のは色々ひっくり返ってるだろ『ゆねなみとこ』じゃ誰だよってなる」


「え? そうなの? だってイメ、ザワタキって言ってたよ萌生ちゃん」

 そこら中で笑いが起き、縁も寧結も君鏡も目立ちまくっている。そんな中、一部の女子高生は君鏡のあまりの変化に笑えずにいた。



 電車が駅へとついて下りる三人。駅では沢山の者達も下りた。

 ジロジロと君鏡を見る。そこに居る誰よりも可愛くてセンスの良い制服。


 オリーブ色の落ち着いた感じと、やはり制服とは違う高級な質感と作り。

 体のラインが綺麗に出るワンピース、そして丁度胸が隠れる感じの短くカットされた上着。きちんと腰まである上着もセットであるのだが、まだあたたかな季節なので、君鏡は短い方を選んだようだ。


 ワンピースの胸元から見えるリボンやブラウスも上品で、極めつけに見たこともない髪型と上手なメイクが君鏡を引き立たせた。これで目立たない訳がなかった。


 いつも縁と登校しているおブスが、なぜこんなに大化けしているのだと。


 普段は縁の横に居ることが気になっていたのだが、今日は、何がどうなっているのかがすべて気になる。

 君鏡はそのまま進卵学園へと歩く。寧結を校門まで送り届けたあと、いつものように校門をくぐるが、君鏡の足音と一緒に女子達の心が乱れていった。


 教室に着くとすぐ日野が寄ってきた。

 席は前後なのだから、いつも通り待っていれば普通の挨拶で済むのに、君鏡の姿を見た途端、居ても立ってもいられず駆け寄ってきたのだ。


「どうしたの箱入さん。髪、切っちゃったの?」

 驚いて当然。縁も最初見た時は驚いた。長い髪がバッサリなくなったのだから。そして制服。更にメイク。


 パソコンを見ながら丁寧に頑張った。色々と、道具の使い方を教えて貰ったことなどをしっかりと思い出して頑張った成果だ。


 日野と共に席に着くと、軽く話す感じの知り合いや、それこそ話したこともない子達が一気に押し寄せてきた。

 君鏡の変身が何かと。その変身にあやかることは出来るのかと。


 そして身近で見て確信する。これは整形の類ではないと。

 制服のシワの具合や生地の感じからも、そこらで売られている安物の制服とは、次元が違うと分かる。目が肥えている女子のその遥か彼方の品物だ。



「え~なんで~。すごいンだけど。超可愛い、なんで箱入さん」

 他クラスからも大勢見に来ていた。なにせ、A組でない一般組、つまりごく普通の生徒、それどころかブスの類に分類されていたはずの君鏡が、化けたのだ。

 アイドル並みに。


 女子達は探りながら方針を決めていく。君鏡に取り入るのか敵対するのか。

 そしてまずは綺麗に真っ二つに分かれる。

 それはやはり、ムカつきが大きいのだ。取り入ることよりも、嫉妬や妬みや苛立ちが、抑えきれないといったことだろう。

 他にも目に見えない感情や想いがあるに違いない。


 そう、君鏡は完全に覇権争いに乗っかってしまった。





 食堂へ向かう縁。だがいつもと何かが違う気がする。

 徐々に集まってくる剣道部。新入部員達も来た。


「な~んか久々って感じ」雨越がいう。

 岡吉も「ホントだよね~」と笑う。

 確かに文化祭の準備やら何やらで、しばらくあっていない。


 思い出すように自分の席を探し座っていく。新入部員は一番外側だ。

「そういえばウチの妹が言ってたんだけど、濱野先輩と裏画先輩って昨日学校来てたんですか?」

「うん。部活の練習。色々と考える所があって。それに裏画が練習に付き合えってうるさいし。あと、室巣君と木垣君にも指導頼まれてさ」

 濱野の言葉に『真面目だな~』と皆が感心する。と同時に、なんでそれを寧結が知っているのだろうかとも思った。


「ちなみにちょっと聞くけど……、どこかで寧結に会った?」

「え? 聞いてないの? 昨日、剣道場に来てお友達と遊んでたよ」

「ええっ! 勝手に?」

「いや、勝手というか、俺達が居たけど」

 つまり、友達と遊ぼうと思って来たら、濱野と裏画が居た訳だ。振替休日だからいないと思って忍び込んだのだろう。そして濱野と裏画のことしか言わなかったのは、室巣と木垣の名前を知らなかったという単純な理由だ。



 いつもの雑談をしていると市来率いる不良グループが来た。竹海兄弟もいる。

 が、谷渕と船城などの三年生はいない。

 そして、新たな席を確保すると剣道部の所へと来た。


「どうも~。俺等もこれから食堂で食べるからさ、よろしく」縁や濱野たちに軽く挨拶すると席へと戻っていった。


 食堂の雰囲気が変わって見えるのは、そこに居る生徒達ががらりと変わったからだった。見るからに上位の立場の者達が溢れている。

 更にA組やF組の割合が多い。

 今までは仕事で登校していなかったりと、あまり姿を見なかったし、食事は他の生徒を避けて、食堂へは来ずに教室で食べていたようだが、何かが変わりつつある気がした。


 今までここで食べていた者は、弱い者から弾かれていく。

 上位者の目線や「どけ」という一言で退くしかない。無視して座り続けるなどできない。しかも、見るからに取り巻きの様な子らが先に席を確保し、上位者を招き入れている。


 進卵学園の格付けが本格的に始まった証拠でもあった。ただ縁にはまったく変わらない日常の一コマ。



 ランチを買い席に戻って来ると、なぜか縁の隣に永尾が座っている。

「ちょっと~、なんでアンタが居るのよ。邪魔。ここは剣道部で席取ってるの」

「そんなの知らないもん。食堂は自由席でしょ? 誰がどこで食べても自由」


「私らが先に取ったんだから自由じゃないの」

「私取ってないよ。この椅子あっちから自分で運んできたから。間に割り込んだだけで、誰かの席を奪ったワケじゃないよ」

 確かに椅子の数は足りていた。だがズレる。


「もうナンなのよ。ずうずうしい」

 女子達の文句の中、永尾がチラチラと君鏡を見る。もちろん剣道部の女子達も、ここへ来た時からずっと君鏡が気になってしょうがない。

 色々なことを見て品定(しなさだ)めしていく。


 ここに居るほとんどがプロとして仕事している分、目は()く。

 君鏡が着ている制服がどれほどの物か、またメイクの感じはどのレベルか。

 そして何より、整形なしでここまで変貌したそこにどれほどのヘアアーティストなどが付いているのかを。


 目の肥えた皆の答えは『激テク』だ。これはプロ中のプロの技だと。色々なヘアメイクなどに会って知っている。沢山の高価な衣装も着ている。

 君鏡の着ているそれが、想定を遥かに超えた服だとは、パッと見でさえ分かる。ヤバイ。何がどうなっているのと。



 濱野の号令で皆が食べ始めた。ちょっと前までは「なんで濱野が仕切ってるのよ」となるのだが、わりと普通な感じで流れた。

 とはいえ、剣道部内ではやはり濱野は濱野的な感じは拭い去れていない。そして裏画も仕切りたがっている。


 食べ始めてすぐ、誰かが近寄ってきた。


「床並君。おはよう」深内麻衣だ。

 若月清花と共に現れた。手にはお弁当を持っている。だが、すでに席などどこにもあいていない。……のだが、縁の後ろに座っている女子が退く。視線を合わせただけで格下のそれは、自ら選択したようだ。


 こういう光景を見ると、いったい学校とは何なのだろうかと思えてくる。

 それでもこれが自然の摂理なのだ。今どいた子もまた弱い子の上に立っている。そして、中学校の頃の君鏡のように、底辺で自ら心を閉ざしている子だって山ほどいるのだ。


 そんな子にしたら、逆に上でも争いが起きてくれなきゃ割に合わないと思う。


 退くだけしか、譲るばかりしかない底辺の者達は、食堂どころか教室にさえ居場所が無くて……、いつも小さくなっているのだから。気を使って目立たぬように。


 半端な遠慮はいらない。きちんと争いが撤廃(てっぱい)されるならいいが、底辺の子だけが孤独になるような、偽善的なかよしこよしだけは御免だ。

 それならばどうぞ弱肉強食で、と。



「ねぇ床並君、それ、一口貰ってイイ? 代わりに私の卵焼きあげるからさ。ねっ、いいでしょ? お願い。ちょうだい、ちょ~だい」

 縁は深内の突然の甘えにビックリする。


 もちろん剣道部員達も、そして食堂にいる者達も驚いている。

 竹海兄弟など、二人揃って口元からおかずを落としていた。何せ、同じクラスのクールな女子がありえない仕草と会話をしているのだから。


 深内はなおも甘える。縁は仕方なく承諾した。普通ならば断りそうだが、なぜか深内の押しの強さに負けたのだ。

 元々、文化祭の二日目に永尾の強引なプレゼント攻撃から救って貰った感謝というか負い目もあるし、断りづらいという理由も少しある。


 ただ、そういった理由というより……完全に押し負けていた。


 女子達はまたも縁に腹を立てる。なんでちょっと甘えられただけでオーケーしちゃうのよと。ホントに男ってバカねと。

 だが、そんな女子達もいつもの深内と今日の深内の態度の違いにビックリはしている。何か変よねと。


 目の前でおかずの交換が行われていく。しかも間接キス。

 深内からの「はい、あ~ん」という攻撃。それを見てる者達の苛立ちはとっくにピークを越えている。

 それで終わりかと思えば、次々に縁へと話しかけてくる深内。



「ちょっと深内さんさ、いい加減にしたら、子供じゃないんだから。ちゃんと自分の席で前向いて食べなよ。こっちはこっちで色々話したいこともあるし、これ以上邪魔しないでよね。」小峯が割って入った。


「うふっ、くふっ。う、うっさい、このオバオバおばさん。オーバァ」

 深内の台詞に笑いを堪える若月。小峯は一気にド頭に来る。だが縁は不思議な感覚にとらわれていた。何とも不思議な感じだ。


 くすっと笑ったあと、更に深内が話す。深内の言葉をしっかりと聞く縁。

「ん?」縁は深内を見る。深く奥を覗く。

 そして急に辺りを見渡した。席から立ち上げり遠くを見渡す。すると、走り去った何者かの気配としゃがんだように隠れた残像が目に残る。

 縁はゆっくりとそちらへ歩く。


「ちょっと床並君、どうしたの? ごはん冷めちゃうよ。食べようよ。ほら、給食のおばさんに怒られちゃうよ」

 深内が必死に縁を引き止める。


「給食のおばさん?」裏画が首を傾げた。

 それに皆も反応する。スタスタと歩く縁が大分離れたテーブルの前で止まった。そしてそこを覗き込む。


「うわぁ、バレた。逃げろ萌生ちゃん」

 寧結だ。寧結と萌生がテーブルから抜け出し逃げていく。手にはヘンテコなコードを絡め持っていた。あっという間に消え去る寧結の姿を見た後、首を傾げながら席へと戻る。


 すると、永尾と小峯が深内の髪をかき上げ耳に着いた小さなイヤホンを見つけた。それを取り外し恐る恐る耳にはめてみると――。


「マイマ~イ、ばれちゃった。そっちの感じはどうですか? どうぞ。どうぞって言われても何にも言えないんだよねぇ」

 耳にはめた小峯が寧結の台詞に吹きだしている。


 言う言わない以前に、寧結はイヤホンを付けていない。


 縁はイヤホンを見て確信する、やはり寧結であったと。深内の甘え方が完全なる『極み』の甘え方だったからだ。これは広い世界の中で、ごく一部の次女と次男にだけに許された幻の甘えテク。


 普通の者では会得さえ出来ない代物だ。次女と次男は沢山いるが、中でも、ごく少数だけの秘儀。

 一部の長女や長男はその凄さを嫌というほど知っている。


 どんなに頑固で怖い親でも落とす。例え千回断られても落ちるまで甘えたり泣いたり怒ったり、変になったり、どんな手を使ってもねじ曲げる。どんな精神構造になっているのかさえ見当がつかない程ヤバイ。

 普通なら、断られたり拒絶されたら傷つくし萎えるが、着々と次の手を考える。そして親が何を言っても言い返す。跳ね返す。目的を達成する為ならどんな嘘も技も操り遂行する。


 ここでとても説明などできないほど。

 一言でいえば『すっごい甘え』としか言えない。



 剣道部員達は、寧結が手を引いていたのだと知り色々と納得する。なるほどと。そしてイヤホンを外された深内は、まるで借りてきた猫のように静かになってしまった。人はこうまでも変わるのかというほど別人だ。

 ……当たり前だ、今さっきのは、見た目は深内だが中身は寧結だ。しかも横には萌生までいたのだから始末が悪い。


 一応、一件落着して食事を再開する。だが、もうすぐ食べ終わろうとしていた頃、またも何者かが走り寄ってきた。


「とっこな~み君。はいこれ。プレゼント。受け取って」

 帳留理だ。手には長細い箱。その右隅にリボンが結ばれてある。


「帳さん、これって……。へ? どういうこと?」

「プレゼント。前にお世話になったし、お友達になった印。受け取って」

 とんでもない笑顔で縁を誘惑する留理。女子達はその破壊力に度肝を抜く。綺麗に新調した制服を揺らし女の子として振る舞う。

 と、またも留理の目が君鏡にとまる。

 覗く。そして計る。品定めする。弾き出した答えは『強敵(ライバル)』だ。


 女性が女性を敵視するかはライバルに値するほどの美や何かを持っているかだ。そして君鏡は留理から、いや、色々な女子からそう判断されていた。


「開けてよ。ねぇ。みてみて」すごく甘え上手だ。

 本来の留理とは違う。留理は親にさえ甘えられなかった子。友達もいない。

 つまり甘えベタ。だが縁にだけは違う。すでに一度甘えている。今更、格好つけることもいらないほどに助けられた過去がある。


「あぁ、ネクタイ? でもなんで? いいの? 俺何にもしてないけど」

「い~の。床並君がブレザーというかスーツ着てたから、急いで買ってきたの」

 登校の時に偶然見かけた縁が、学生服からスーツ系に替えたことを知り、授業を放り出してブランド店を回っていたのだ。


 このプレゼントを見た女子達は、完全に出し抜かれたという敗北感を味わう。


 ――ネクタイ。

 確かに、今の縁にプレゼントしたいアイテムナンバーワンだ。縁が自分の送ったネクタイを付けるなんて、最高にいかしている。おまけに『私の首輪を付けたわ』的な意味合いにも感じる。とにかく素早い機転といえた。


「つけてみて。見して」はしゃぐ留理。

 縁は仕方なく自分のネクタイを外した。そしてプレゼントに手をかけた……。


「ちょっと待って。それ、待って。落ち着いて。床並君、まずは、ちょっとそれ、テーブルに置いてくれる? そう」

 別に縁は落ち着いていた。のだが……。


 縁はビックリしたように、静かにそれを置いた。まるで爆弾でも扱うように丁寧に恐る恐る置く。


「異性から貰ったネクタイを付けるって意味分かってる? その人とお付き合いしてもいいですよって意味なのよ。床並君、一応知ってるか確認だけさせてね」

 雨越の言葉に縁は首を横に振った。知らいないと。

 そこに居る皆も少し驚く。そんな意味がありそうな気もするけど、あまり知られていない。というか知らない。


 更に雨越は続けた。その台詞に当の本人の留理も『そうなんだァ』と微笑む。

 留理はどの道、縁と付き合いたいし結婚したいのだ。

 なら、何がどうあれ、全てが通るプロセス。


 だが縁は右往左往している。なんか危なかったと。ぎりぎりセーフ。もう少しで交際が決まって学校停学、もしくは退学であったと。間一髪の九死に一生と。


 付ける寸前だった縁は蛇でも見るようにネクタイを見た。そして震える。


「どうしたの? 付けてくれないの床並君。ネクタイにどんな意味があったって、いいじゃん。つけて」

「だってさ、これつけたら、付き合うことになって、二人とも退学になっちゃうかもよ。せっかくのプレゼントで、そんなことになったら悪いし」

 縁の思考がカラカラと空回りを始めた。頭が良くてよく回るが、肝心な地面や地盤がぬかるんでいて、前に進めない。縁のタイヤと恋路(こいじ)は相性が悪い。


 剣道部の女子達も止める方へ、阻止する方へと動く。今込と濱野と裏画は、縁の不器用さに人間味を感じ、そして微笑む。


 女子達による色んな話が繰り広げられる中、今込が縁に「残ってる御飯食べちゃった方がいいよ」と指示を出す。縁はそれに従うように食べ始めた。

 食堂での注目を集める女子達。いつものことと言われればそうだが、とにかくいつも何かが起きて騒がしい。うるさいではなく騒動である。


 食べ終わってもまだ話は終わっていない。

 話の流れは聞いていた縁だが、どうしても気になるというか、確かめたいことがいくつかあった。そして言い合う雨越へと近づくと。


「ちょっとすみません先輩」

 そういって雨越の左の首筋から頬へと手を添えた。そして耳を触る。その瞬間、雨越は人生で味わったことのない刺激に全身を襲われその場にへたれてしまった。


「あれ? 違った。すみません」

 そういうと次に留理へと近づき、同じように「ちょっといいかな? ごめんね」といって耳をいじる。とまた、留理はジョクジョクと、全身のツボをビクつかせてしゃがみ込んだ。


「どうしたの床並君ッ」濱野が縁のプレーボーイぶりに驚く。


 完全なセクハラ。今時はとてもじゃないが許されない。スカートめくりが許された時代が存在したことさえ消された、男の妄想が作りだした歴史の歪曲で、そんな事実は一度もなかったのだと、ハラスメント君がいう、そんな時代。

 ……今は異性に触るなど許されない。


「え? ほらさっきの妹のヤツ? イヤホン誰が持ってるのかなって。二人の話が寧結とか萌生ちゃんぽかったでしょ?」

 確かに言われてみれば、二人の、いや、数人の会話が子供のソレっぽかった。

 だが――。

「イヤホンは私が持ってるけど……」

 ポケットから取り出し指先でゆらゆらと揺らす深内。

 とっくに持ち主に帰っていた。それに寧結や萌生がいつまでもいる訳がない。

 あっという間に来て、いつの間にか消えるのが子供だ。

 飽きっぽいし移ろいやすい。それが常識。



 結局、縁のソレが、治まり着かない会話を強引に治めてしまった。

 そして、とりあえず話は、放課後へと流れることになった。





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