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バースデイ  作者: セキド ワク
40/63

四十話  振替休日



 文化祭の振替休日だが、寧結は休みではない。


 縁は寧結を学校へと送り届けた後、携帯電話を手に歩いていた。横には派手な着物を着た女性が並ぶ。黒髪をアップさせスプレーでガチガチに固めてある。


 パタパタと内またで歩く女性。すると前から君鏡が現れた。


「あっ、床並君。おはよう。どこか行くの?」

「おはよぅ箱入さん。うん、ちょっと用があって」

 君鏡はチラチラと女性を見る。と――。


「そうだ。箱入さんさ、もし暇があったらちょっと買い物に付き合って欲しいんだけど。ダメかな?」

「お買い物? 平気だけど……。この服装でも……平気な場所?」

「あ~、うん。俺もこんな感じだし」

 そういう縁はオシャレだ。確かにただの普段着だが、オシャレ。何より横にいる女性が見るからに高そうな着物、そしてゴージャスな髪型。君鏡は焦る。


「ちょっと縁、ちゃんと紹介して、どちら様なの?」

「ああ、そうね。えっと、同じ学校で、同じ部活で……えっと、元同じ中学校だった箱入さん」


「初めまして。箱入君鏡っていいます」

「あら。まぁ。縁のお友達ってこと? 私は白根クロエよ。クロエさんでいいわ。縁のお母さんがわり……みたいなものね」

 そう言い終えたクロエをビックリした顔で君鏡が見る。クロエの横で縁もびっくりしていた。縁はクロエを一度もそんな風に思ったことはない。



 白根クロエ、……もとい、(しら)()(えい)()それが彼の本名だ。


 縁の父である調介の四つ下の後輩で、調介の中高校時代の元彼女の弟、いや、妹?

 調介のことをずっと兄としたい、いつもくっ付いて歩いていた。


 体は少年だが心は乙女だった映児。時代的には認知されているがいつも孤独で、当然バカにされ虐められる人生であった。そんな中、超極悪な不良で恐れられていた調介に、妹として可愛がってもらったのだ、だが、調介の元彼女で映児の姉は、調介を裏切り別の男へ……。


 魔が差したのか若さゆえか……調介と映児の姉は別れた。しかし、映児は家族と縁を切ってでも調介にくっ付いて行くことを決めた。

 映児は調介にくっ付いてしばらく日本を離れた。調介は小さな頃からの夢であったマジシャンになる為に世界中を転々とした。もちろん映児も。様々な大道芸なども覚え、仲間数人で海外を回る。


 言葉が通じなくても芸でお金を稼ぎ、ハードな生活を送っていた。

 まだ十代の子供。


 日本に帰ってきたのは映児が二十歳になった頃。それはとある国で(ほし)(おか)(しょう)という男と銀錠剛、それと()(じょう)(さだ)(まる)という警備会社の者達に、通訳と護衛の手伝いを急遽(きゅうきょ)お願いされたことがきっかけであった。


 元々は海外でのみの約束であったが、もし日本に帰国することがあったら連絡が欲しいと名刺や連絡先を貰ったのだ。そして調介は、絶対に日本へは帰りたくないと苦しんでいた心を拭い捨て、もう一度日本で生活することを選んだ。


 映児も共に帰国する。しかし映児は、調介と共に警備会社へ入ることは、しなかった。理由はその職業が男性っぽいからだ。そこで、海外で学んだ様々な芸を仕事とし、ジャグラーとして一人立ちした。

 ちなみにクロエとは、海外を回っていた時に流れで付いたあだ名で、お客や仲間からそう呼ばれていた。


 そしてクロエは、稼いだお金で夜の街へと進出する。それはホストクラブ『パープルアンブレラ』の立ち上げだ。

 蒲田、川崎から始まり、徐々に規模を広げて、大きな夜の繁華街へも進出に成功した。

 ――白根クロエは、夜の街で知られる存在となった。


 だが、クロエは今でも本業は大道芸人で、あくまでクラブ経営は副業だと言う。

 そんなクロエと縁の繋がりは、師弟の関係だ。縁の全ての技の基礎はこのクロエが教えている。基礎だけだが、その基礎の質は本物だ。

 ちなみにクロエのランクは調介同様に最終ランク。




「とりあえず車で行くから」

 クロエはそういうと携帯電話を取り出し「近くに車を回してちょうだい」と連絡を入れる。

 歩きながら国道へと向かう三人。すると見るからに高級な車が止まる。真っ白で少し高さと長さがある。

 運転席から凄いイケメンが、ビシッとスーツを着込み後部座席を開ける為にわざわざ出てきた。


「どうぞ」深くお辞儀するイケメン、皆が乗り込むと丁寧にドアを閉め運転席へと戻る。

「それじゃ、さっき話したお店に向かってちょうだい」

 後部座席に備え付いた電話でクロエが指示を出した。いつ動いたかも分からないほど静かで丁寧な運転。


「え~、何飲む。二人共お酒駄目なのよね~。それじゃ――」

 冷蔵庫から見たことのないジュースを取り出した。

「これお酒じゃないの?」縁がラベルを見る。

「大丈夫よ。ほらノンアルコールってなってるでしょ。ちょっとは入ってるかも知れないけど、高校生だしさ、それくらいなら、料理にだって入ってるンだから」

 なんだかんだで曖昧な法律の線を越えた。そして最近の話などをしながら目的地を目指した。


「で、背中はどうなの? お医者さんはなんて?」

「あ、全然大丈夫だってさ。コルセットとかもいらないって。ただあくまでも安静にはしないとダメだけどね。後は腫れとか痛みが引くまでは、痛み止めと炎症とかそういう類の薬を貰った。あと胃薬? ちょっと薬の説明は、病院じゃなくて別のお店でしたからさ、分かんない」


 君鏡は、噂でしか知らなかった文化祭初日の騒動を聞いて、改めてびっくりしていた。



「着いたわよ」

 車から下りると、三人はブランド店が並ぶ場所へと歩く。多くの人が行き交う中、超高級店へと入っていく。


「いらっしゃいませ。お待ちしてました。ただいま商品の方お持ちしますので」

 店に入るとすぐ別の場所へと通され、柔らかなソファーへと座る。遠くに見える店内を覗く君鏡。高級なシャンデリアの光。綺麗に並んだ服やバッグなど。


「お待たせしました。これが床並様のお洋服で御座います」

 縁は箱を開けて中身の色などを確認する。

「あの、ここって女性の服で制服っぽいのありますか?」

「ございます。あっ、御嬢様のですか?」

「はい。出来たら色々と見せて欲しいンですけど」

 縁はそういうと、受け取った箱をその場に残し君鏡に「行こう」と(うなが)す。そして女性物がずらりと並ぶエリアへと、案内者の後について歩く。


「すごいなぁ。男物より色が多い」

「当ったり前でしょ。男性は淡いピンクとかあまりにカラフルなのは変でしょ」

 クロエが笑いながら、女性物は男性の数倍色合いがあるのと教える。



 君鏡は店員に連れられていく、そして――着替えて戻ってきた。


 恥ずかしそうにしながら、何がどうなっているのかと戸惑っている。

「一応、こちらと今お召しになられている二点がお似合いかと。これならばきちんと制服にも見えますし。サイズもよろしいかと」


 縁は恥ずかしがる君鏡にどっちがいいかと尋ねる。すると、店員が手に持つソレと今着ている姿を何度も見返しながら『こっち?』と着ている方を示した。

「うん。凄く似合ってる。俺もそっちかなと思った。それにしよ」と笑う縁。

 君鏡はまた店員に連れられていく。そして元の服に着替えて戻って来ると不安げに縁を見る。何かを尋ねたいようだが、まだ今は聞けない。この状態で勝手に聞くのが怖いのだ。


 店員が大きな箱を手に戻って来る。と――。

「ブラウスやおリボンなどはいかがしますか?」

「あ~そうかぁ。そんじゃ今の服に合うのを二つ、あと靴もかな」

 またも君鏡は店員に連れられていく。何度も行ったり来たり。そして細かな全てが済むとようやく支払いとなった。


 縁は君鏡に「ちょっと待っててね」と会計を見せないようにするが、君鏡は自分が着ていた服が八十万円以上することを知っていた。更にブラウスも五万円と十万円の二点、靴も十五万程度。

 リボンや消費税を入れれば、自分一人で軽く百二十数万円……。


 支払いを終えて車に乗り込むと、君鏡は堪らず縁に声をかける。

「床並君……この服だけど、困るよ」

 何か言いそうになるクロエだが、ちょっとだけ様子を見る。出しゃばらない。

「箱入さんにはいつもお世話になってるし、ほら、前にもお礼するって言ったでしょ。丁度さ衣替えの時期だし俺も新しい制服にしたんだ」

「そんな……。私こんな高価な服貰うほど何もしてないし……どうしよう」

 本気で困る君鏡。当然だ。ビビリ上がるほど高級な服。


 君鏡は文化祭の前夜祭で、寧結を連れていった時言われた縁の台詞を思い出す。そしてたったアレだけでこんな高価な服を……と。やはり貰えないと。

 そう悩んでいた。


 だが、縁は違う。君鏡が考えているそれとは全く違った意識。大体、君鏡がその日寧結を連れてきたくらいで何かをしようとなんて思わない。もしそうであるならば、今込が寧結の鞄を持って来てくれただけでも同じようにしている。


 縁はあの時『いつも世話になっているから』と言ったのだ。


 つまり君鏡に助けられた数々の優しさに対して言っている言葉であって、一つの事例に対して言っていない。でも、縁にとって一つ一つの中に本当にありがたいと思っていることがある。それは――。


 初めて君鏡と出会ったあの日。プリントを持って来てくれたあの日。

 寧結が「兄ぃはいません」と嘘をついたあの日、縁は孤独の中、君鏡に出会うことで、救われていた。


 きちんと学校に通うこともできない縁にとって唯一の友達は久住で、それ以外は何もなかった。

 確かに知り合いはいた。そしてペットのペルソナやお魚も。それでも縁は辛くてしょうがなかった。寂しかった。


 五年生からずっと……。


 母親と絶縁し、寧結(いもうと)の世話に追われ学校へは行けなかった。引きこもっていると、思う、誰かと一緒に笑いたいと。

 普通に暮らせている者には大したことじゃないかもしれないが、そんなささやかな想いも叶わない。寂しさにとり()かれ自分がどんどん虚無(きょむ)の闇にのまれてしまいそうで怖いのだ。


 縁にとって、トントンと心をノックしてくれた君鏡は、紛れもなく特別な存在。何度も家を訪ねてくれて、何度も笑顔をくれた人。家の近くに君鏡が住んでいるというだけで、家にこもる縁の心がどれだけ救われていたか。


 くだらない話で笑い合った。あの日からずっと今日まで続いている……。


 そんなこととは、君鏡にはまったく分からない。


 卒業式でそっと涙を流した縁のそのわけも、意味も。辛さも。今、縁が必死に高校をエンジョイしようとしている理由も。


 ――まさか寂しくて仕方なかったなんて……誰にも分かる訳がなかった。


 必死に感謝の気持ちだからと告げる縁だが、君鏡は自分が感謝されるほど何かをしたとは思っていない。どちらかと言えば、一方的に想いを寄せてストーカーしているというような感覚しかない。


 それでも色々と説明する縁。

 君鏡も前夜祭のことでじゃないということは理解した。

 では、何に感謝? と疑問。



「君鏡ちゃん。貰ってあげて。縁も相当感謝してるみたいだし、それにさ、その服を縁が着るのは無理でしょ? ま、ちょっと見てみたい気持ちもあるけど」

 クロエの言葉に、女性物を縁に突き返すなんて酷過ぎて出来ないと理解した。

 かといって君鏡が買い取れるレベルのモノでもない。出来るのは素直に――。


「うん。分かった。ありがとう床並君。大切に着るね」

 満面の笑みで微笑む君鏡。クロエはずっと言いたかった決め台詞『女性物だから、縁に返しても無駄になっちゃう』という趣旨の言葉。

 それを吐き出してスッキリする。と。


「もしもし、私。私だよ。クロエ。そう。あのさ、今日、今からアンタの店に寄りたいんだけど……。何? 忙しい? 知ってるよそんなこと、私が行くって言ってるのに無理だって言ってるのかい? えっ、今、車。縁と一緒だけど。ん? なんだいその縁が居るならいいよ的な態度は。まぁいいわ、とにかく行くわよ。そんじゃ、あい、あ~い、あいよ、あ~い、しつこいなぁ、分かったわよ。切るわよ」


 クロエは携帯を切ると「まったく」と溜息をついた。そして内線電話を取り運転手に新たな行き先を告げた。


 十分ちょっと走ると、車がとある大きなビルの地下駐車場へと入る。電話をした位置から電車でいうと八駅くらいだろうか。路線と違って中央をぶった切るから、正確な距離は分からないが。


 車から下りる三人。縁も初めての場所にキョロキョロとする。

「ほら縁、こっち」

 正面に販売機やエレベータールームが見える。

 そしてクロエの後に続きエレベータへと乗った。クロエは迷わず五階を押す。


 ドアが開くと明るい雰囲気の店内が広がる。すぐに見て分かった、美容院だ。

 エレベーターには店名しかなかったが、店につくと既に客で賑わっている。


「あ~縁じゃねぇか。すげぇ、超デカくなってるじゃんか。さぁ、入れよ」

 凄くオシャレでカッコイイ、ワイルドダンディな男が出迎えてくれた。店内に入ると、店員達が皆クロエに会釈しながら、縁と君鏡を見る。誰だろうと。


「ささ、座ってよ。いや~覚えてるかな。俺、花澤麗路」

 その名を聞いてすぐにピンときた。大分見た感じは変わっているが、何度もあったことがある。かつて対戦もしている。


 (はな)(ざわ)(れい)()。クロエの店であるホストクラブで、ずっとナンバーワンホストであった。現在は、数年前に売りに出されたこのビルを買い取り、上から下まで全部を使い色々な会社を経営している。

 美容院、エステ、化粧品、スポーツジム、健康に重点をおいたレストラン等々。その全てで成功している。


「で、どうしたの急に。ビックリしたぁ」

「いや、この子なんだけど、縁の大切なお友達でね、できればちょこっと可愛らしくしてもらおうかと思って」クロエが君鏡の背中に手を当てていう。

 麗路は君鏡を見る。何度か頷き、今度は店員を見た。と。


「はいはい。俺、俺やる俺やる」

 肩まで伸びたぼさぼさな髪。髪の色も色々な茶色が束で突き出していて、何とも言えない野性的な毛並に見える。


「お前忙しいだろ? 他の人探すからさ」

「なんで。いいジャン。やらして。ねぇ君、絶対俺にしといた方がいいって、他のヤツじゃ君を活かせないし、才能ないからさぁ。マジでこの中で俺がバリうま」

 手の空いている他の店員がゾロゾロと寄ってくる。そして君鏡を奪い合う。


「言っとくけど、最近の大会で二連覇してるのアタシ。女の子は女性に切って貰う方が意思の疎通も出来ていいのよ」

「どあほぅ。意思の疎通? 女性が女性を切る? 全部間違ってるっしょそれ。男が女の子を切るから可愛くなんの! 修行しなおしてこい」


 なぜか皆が君鏡を奪い合う。理由は、花澤麗路という男の態度がクロエや縁に対してありえないくらいに丁寧で大切に扱っているからだ。

 つまり君鏡は、超特別な客ということ。


 奪い合うそれらはそれぞれが自分の得意分野を持っていて、美容院関係の大会では全員が数回優勝経験をしている。そしてこの店はホストクラブ同様に指名数や売り上げによって給料が変わる完全歩合制。しかも店の売り上げや経営状況と関係なく、よその美容院の数倍は給料を貰っている。そんなことが出来るのは、このビルが一つの生き物みたいな作用をしているからだ。


 大きなブランド。


 会員制であり、普通の一般市民は手が届かない。

 最初っからそういった層は狙っていないし敢えて除外ししている。お金に余裕があり美容や健康に興味がある者が、それに見合った大金を払う場所だと。



「ずるぅ。俺が最初に手を挙げたんよ。でばるなよ。それに絶対お前等じゃ無理だってば。ここは神とまで呼ばれたこの俺に任せて、皆は己の仕事に戻れ~。ほれ、戻りなさい」

 話し合いで最初の者に決まった。なんだかんだで、一番実力があるということのようだ。ただ、それぞれが賞を取ってるということは、ハサミ(さば)きというよりも、センスという点でかもしれない。


 それが君鏡を連れて特別な個室へと向かう。それを他の客達が羨ましそうに見ていく。


「ちょっとアンタ。君鏡ちゃんの髪を変にしたらただじゃ済まさないよ」

 クロエが釘を刺す。とそれは、君鏡をエスコートしながら「はいはい」と自信たっぷりに手を振って去っていった。


 縁とクロエは麗路に案内されて店内を見る。そして他の階にも行ってみようと、各階を回った。どの階でも麗路はカリスマの様で、ただの社長と言うより崇められている感じだ。



「へぇ、で背中は大丈夫なの?」

「ええ、まぁ」

「妹がヤンチャ過ぎると、お兄ちゃんはつらいナ」

 クロエが縁の怪我や騒動について楽しそうに話すと、麗路も色々な近況報告をしだした。


「そう言えばさ、確かどこだったかな。同盟を勝手に解消して、別の組織と新たな同盟を結んだ所があったらしくて、いわゆる裏切り、そんな情報が入ってきてさ。なんでもそれが引き金で今、凄い出し抜き合戦が繰り広げられてるって噂だけど」

「またなの。誰のとこだろうね。そうそう、麗路。縁も次から最終ランクだから」


「おっ。つっても縁君? どうせまた一人で、だろ? きついゾあそこは。言ってもしょうがないか。それより、一つだけ注意しておかないといけないヤツがいる。尼子まりあ、そいつにだけは関わらない方がいい……。ありゃブラックホールだ」



 沢山の強者がいる中で、あえて名があがるモノには、必ずといって深い理由がある。分かり易く『強い』というマークでなく『危険』という印だ。


 縁もまた様々なマーク付けをしてきたから一発でその意味が分かった。

 そこで戦う者達からそういうマークを受けた者、それが尼子まりあだと。



 尼子まりあは人殺しだ。十代の頃、親友と彼氏を刺殺している。

 ……裏切られたのだ。


 幼く純粋な恋を踏みにじられて壊れてしまった子。そして閉ざされた檻の中で、更に真っ暗な心の闇に閉じこもって、今でもその悪夢という鎖に絡まっている。

 そんな犯罪者あがりがなぜその戦場に迷い込んだのかというと、それは、頂点に君臨する六姉妹とその父親との出会いにあった。


 何があったかは謎だが、尼子は眩し過ぎる六つの光をただ追いかけて暗闇の中を歩き続けているのだ。

 全身に怨念と闇を(まと)ったそれは、狂い夜叉と恐れられていた。

 周りには八人の側近。その全てが女性。たったの八人の家来しかいないのに……誰もが逃げ出す。誰も信じないし友達も彼氏もいらない、ただ闇に浮かぶ星の光だけを……それだけを頼りに歩く。

 犯した罪や悲しみを洗い流し、捨て去る為に、何かに許されてもう一度微笑む為に歩く。



「縁君さ、なんで何も聞かないの? 普通さ『尼子まりあってどんな人』ってしりたくなるでしょ? あれ? ならない?」

 側近の八人がどんなで、なぜ夜叉にくっ付いているのかなど知りたくないのかと。武器は何でどんな技を使うのかと。


「聞きたい情報はいっぱいありますけど、それはルール違反だし、卑怯かなって。それに実際に会ってみないと結局言葉だけじゃ対応できないですし」

「まぁそれもそうか。たださ、出会ったら迷わず逃げな。あそことやれるのは一部の強者だけだ。間違いなく縁君は食われる。一度食われたら、何度も食べにくるから。その味に飽きるまで粘着質に、執拗に、グログロに……」


 麗路は何かを思い出したようにブルブルっと震えて「夢に出てくるぜ」と自らの体を抱きしめて『思い出し恐怖(わらい)』をする。


「あの、麗路さんは勝てるんですか?」

「ギリギリで……負ける。正直なこというと、何をどうやっても勝てる気がしない。あ、分かり易くいうとな、クロエさんとこは夜叉に勝てるわけだ。でも俺は、夜叉は無理でもクロエさん所なら倒せそうな気がするってことだ。分かるかなこの意味」

「ちょっと待ちな麗路。アンタどさくさに紛れて何をほざいてんの? お前みたいな小者らがウチに勝てるって? アンタが酔っぱらって意識無くなってても、そんな戯言(たわごと)いわせないよ。すぐに撤回しな」


「わ、分かってるよ。そぅじゃなくて、夜叉のヤバさを伝えないとさ、いいのかよ縁が夜叉に汚されても」

「バカだね麗路。あいつはもう縁の匂いに誘われてるよ。縁は銀錠さん名義で上がってくるんだから。逃げ切れるわけない。あそこはそんなに甘くないのをアンタも知ってるでしょうが。まったく」


「だって縁君って一人だよ! あんなトコで? 可哀そうジャン」

「フン。ならアンタらの組織でバックアップしたらどう。ただね、縁を狙うのは夜叉だけじゃないよ。ちょっと考えれば分かるだろ。どこら辺が動くか。もちろん私らも動くし」


「ええぇ。鬼かよ。仮にもかつての教え子だろうが。一人ぼっちなんだぞ」

「もううるさいなぁ。縁は自分で選んでそうしているし、よく考えてみなさい、縁はランク九をアンタがいう『たった一人』ってので生き抜いたのよ。そりゃそんなことされたら黙ってないよ。ヘタすりゃ全員が縁の首を狙ってもおかしくないわ。アンタらは縁のこと狙わないのかい?」

 沈黙する麗路。縁はクロエの言葉にニヤつく。自分の首が狙われると言われているのに。


 そんなことは分かっていた。懸賞金が上がる度に、各ランク場でいつも狙われた。死神という称号を受けた時から常に味わってきた。

 そして思う。六つの星光を、その先に輝く一つ星を目指しているのは、狂い夜叉だけじゃないと。(じぶん)もそうだと。

 いや、他にも沢山の者達が目指す。それは倒したいのではない……山と一緒で頂きを目指したいのだ。その場所に辿り着きたい。優しい風と、澄んだ空気と景色を味わいたい。



 色々な雑談をしながら各所を回り、ようやくして美容院へと戻った。相変わらずの賑わいとイイ匂いが漂う。


 特別な関係者として麗路だけが使うスペースへと入り、ソファーに座って飲み物を飲む。とそこに君鏡を連れていった者だけが戻ってきた。


「終わったのか?」

「ん? あ、俺はとっくに。今はお化粧とか色々」

 そうかと頷く麗路。従業員達も客をさばきながら君鏡の帰りを意識していた。

 そして数分後、君鏡は現れた。恥ずかしそうに麗路や縁の前に立つ。


「どうよ! これが俺のテクっしょ。イヒヒヒ。ヤバイ。自分の才能に震える」

 縁はあまりのそれに言葉を失う。麗路もクロエも絶句。

 腰近くあった長くて綺麗な黒髪が……ばっさりと切り落とされていた。


「い、いいの箱入さん?」縁は驚いて尋ねた。

「う……うん。おまかせしたから。変…………?」

 ブルブルっとホッペタを揺らし「すごく可愛い」と感想を述べた。


 ただ、あれ程の長い髪を、女の子の目印を取り除くなんてと焦る。が、縁は、いやその場に居る全ての者達は分かっている。すごくイイと。


 見たこともないその髪型は、この先に流行るであろう感じが漂う。

 ショートカットでありながらどこから見ても女の子と分かる。耳横の長さ、綺麗なうなじの見せ方、後頭部には全体の短さと別に長めの髪をウェーブパーマでふんわりとさせてあった。メリハリのある黒髪。


 一つの髪型に無数の技。前も横も後ろもどこも、完璧に作り上げられていた。

 君鏡は顔を火照らせながら至る所にある鏡から視線を避ける。だが、縁が二度目の「可愛い」と発した時、君鏡はしっかりと鏡を見た。


 自分を(ちん)という犬みたいに思っていた君鏡は、鏡の中で綺麗にカットされたポメラニアンやぬいぐるみのようなそれに気づく。そして目や鼻もまるでこれが正解だと言わんばかりに主張する。ペルシャ猫のよう。

 他の猫が薄っぺらに感じるほどに。


 ――化けた。君鏡が完全に大化けした。


 店に居る客が自分もあの髪型にして欲しいと望む。だが……無理だ。それは、これは君鏡専用に錦辺がオーダーメイドしたのだから。



 (にしき)()達治(たつじ)は、元々漫画家の卵だった。小さな頃から漫画が好きでいわゆる本物のオタク。だがその道に挫折した。

 それは実力の無さでもセンスうんぬんではない。


 センスで言うならば抜群だ。その証拠に、麗路の援助で出版した『ハゲ専用髪型カタログ』なるものが、全世界で売れに売れまくって、麗路と錦辺は巨万の富を得ている。

 他にも、アニマル模様ヘアーカタログは、美容師界で、染め方や新たなカット法として、教材になっていた。


 ならば、なぜ挫折したか?

 一言でいえば人付き合いの下手さや世渡りの不器用さだ。

 その代り、錦辺の指先の器用さはどの世界へいってもトップクラスと言えるほどに繊細で神がっている。


 仮に彼が医者であったなら、どれ程の功績を残したか。


 錦辺いわく、どんな女性、そして男性であっても自分に任せてもらえるなら世の中の限界を軽く越えてみせると自負する。


 今時はコレ、なんて時代ごとに流行を表現すが、今と昔であっても、余程離れた年号でない限り、服を脱いで髪や眉などを剃り落したら、誰しもあまり変わらないという。当然、他国の者と比較するなどは論外だが。


 つまり、人の見た目とは、服、そしていつの時代のどういった髪や眉やメイクかでいかようにも変わるということだ。

 今時の普通の子が、そのまま十年前、二十年前へとタイムスリップしたら、軽くアイドルを越えてしまう。言葉ではなく映像や写真で見比べてみれば簡単に答えが出る話である。

 この数年で体型は変わったなどと、無理矢理顔も変わったと思いたがるが、それも違う。流行とセンスの問題だけ。


 先程も言ったように髪や眉を剃ったらさほど変わらないという結果が出る。実は体型も言うほど変わってはいない。

 もしも時代ごとに顔が変わっているなら、物凄い進化しているという話になる。人は元々それぞれ違う顔を持っているが、それを比べるにあたって最適な人がいる。それは親子だ。他者とではなく母親と見比べてありえない進化が本当にあったのかを見ればいい。きっとその答えは……ノーだ。


 そして錦辺は、個人的なそういう理論と自らの技術で、君鏡を十年後の世界からタイムスリップさせてきたのだ。これはこの店でも錦辺しかできない。

 漫画オタクで、輪郭(りんかく)や目鼻立ちから最高の髪型や眉を、メイクをチョイスし描く。絵が好きでいつも描いている者なら、誰かをキャラごと自分のセンスに変えることなど造作もない。

 ただし、紙や画像の上での作業となるが。実際の人を変えるには、技術や経験など必要な要素がいくつかあるから。



 君鏡は錦辺に全てを任せた。そして生まれ変わってしまった。どれ程に変わったかは君鏡のこれまでの生活にかかっている。

 だらけた生活や、偏った姿勢などでいれば歯並びはもちろん、眠り方一つで(あご)も何もかも変わる。それは遺伝とは関係ない。


 遺伝で仕方なくというのは本人も他人も何となく見て分かるが、歯の黄ばみや虫歯、性格などは遺伝ではなく環境だ。もちろん細かく言えば遺伝の性格も顎の細さからくる歯並びのズレもあるが、ここでいうのは、生活の送り方で左右されたのかどうかそれだけの話。


 君鏡はオールセーフであった。メチャクチャな生活は送っていない。どちらかと言えば真面目にきちんとこなしていた。

 それでも昨日までは、どうにもならない立ち位置にいた。とても綺麗になりたいなんて言えないほど。他者と比べて泣きたくなるほど。


 君鏡は鏡が大嫌いだ。写真が大嫌いだ。人に見られるのも大嫌いだ。


 それは、君鏡がブスだから。今だって根本は変わっていないはず。変わったのは錦辺がいじった髪と眉、後は錦辺から細かな注文を受けた別スタッフによるメイクだけ。それだけ。


 目も鼻も歯も口も体型もそのまま……なのに別人。整形するよりも別人。

 どこかにいる存在という可愛さではなく、君鏡という存在が生まれた感じだ。

 圧倒的なセンスと数年先の少女の姿。



「君鏡ちゃん。来月か再来月にまたおいでね。いつでも電話してくれたらスケジュールあけるからね。もちろんタダで。あ、それと、ちゃ~んとメモリー受け取った?」

「はい。色々と説明も聞きました」

「そう。最初はパソコン見ながらでいいからね」


 君鏡は、自分の髪のセットの仕方や自分がメイクされる所を、細かな部分ごとに分けて録画した物をプレゼントされていた。

 それを見て、自分でセット出来るようにと。


 洗った髪を乾かすところから、整え方、順番、使うモノ、その全てが丁寧に映像として入っている。しかも自分自身の。



 とそこに、先程メイクしてくれた女性が近寄ってきた。

「はいこれ。この中に今日使った物全部入ってるからね。毎日使っても半年はもつと思うけど、無くなったら言ってね。また用意してあげるから」

「バカだな、半年後は別の髪型にするかもしれないだろ? そしたらメイクも新たなものに変わるじゃんか」

「そうね。てへっ」少し照れる女性。


 君鏡は錦辺とメイクさんの名刺、それと麗路の名刺を受取った。軽い雑談の後、三人は店を出て地下駐車場へと戻る。


 軽くなった頭とすぅすぅする鎖骨(さこつ)やうなじ、肩、顎に風を感じ、自分の髪から漂う匂いを感じながら車へと乗り込んだ。

 そして、行きに乗った場所辺りに戻ってくると、縁と君鏡だけが下り、クロエはそのまま立ち去った。




「今日はありがとう。なんかビックリ……夢みたい」

「良かった、喜んでもらえて」

 話しながら君鏡の家まで歩く。そして家の前まで送ると二人は別れた。

 君鏡は自分の部屋に入り貰った制服を取り出して早速着替える。そして、自分の部屋には鏡が無いので洗面所へと急いで向かった。


「これが……私なの? 私だよね。……箱入、君鏡です」

 鏡の前で微笑んでみたり、しゃべってみたり、ポーズしてみたりする。

 誰でもしているようなことかもしれないが、君鏡にとっては初めての遊びだ。


 そしてささやかだが、自分の部屋に鏡を買おうと決めた。





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