四話 迷宮
君鏡は今日も縁を探し、廊下を彷徨っていた。ほぼ毎日そうしている。
縁は寧結を優先し入学式には参加しなかったものの、その翌日からは普通に通っている。
今の所、欠席はない。
入学式の日についても、未蕾小学校で父兄として参加し、欠席扱いにはなっていない。更にいえば、この学校は様々な事情で学校を欠席したり早退することが許されている特殊な学校なのだ。そういったシステムによって、単位の取り方が一般の高校とは大分違っていた。
縁がこの学校を選んだ理由は、色々と融通の利く所と、小学校と高校が繋がっている二点から。
しかし、この学校に通う者で、縁の様な家庭の理由で選ぶ者はいない。この学校を受験する主な者達は、他に目指すべきモノを持っているか、すでにそういった道で活躍しているかのいずれかだ。
例えば、アイドルやバンドなど。もちろんスポーツ選手なども居るにはいるが、スポーツ推薦で有名校からはぶれた者、という感じだ。
基本的に、音楽家ではなくバンドなのもそういった意味であり、学校の偏差値が低く設定されているのも、すべて計算されてのこと。
面接で何度も問われる夢や進路、更に家庭環境、親の仕事等々、それらをクリアしてなお行われる面接を経て、ようやく合格できる学校。
その意味は入学してすぐに分かる。それは、学校中にアイドルの卵や女優俳優の卵、バンドマン等々が溢れ返っているからだ。
クラスはAからF組まであり、すでにテレビで活躍しているような子はA組、更に付属の中学から上がってきた生徒がB、C組、そしてDとEは一般とエスカレーター組とが半々に混じっていて、F組は、テレビには出ていないが事務所には所属し、何かしらで活動しているような者が集まっている。もちろん全てではないが。
このクラス分けには、学校なりの配慮があるらしく、特にA組の者達にミーハーな行いや迷惑が及ばないようにされている。
校則も、男女交際の禁止から変わっているものまで数多くある。それもこれも、親やプロダクションなどからの要望をいくつか取り入れた結果だった。
縁は授業を終えると職員室へ向かった。
開け放たれたドアを軽くノックし、職員室内へと入って行く。中では、何人かの生徒と先生が話していたり、くつろいでいる先生の姿があった。
随分とオープンな雰囲気だ。
「先生。例の件、本当に大丈夫でしょうか?」
とある女性教師が座る前まで来て、縁が不安そうに尋ねた。
「あ~、うん。でも、それよりまずはこっちの約束から、ねっ」
女性教師はそういうと、縁を連れて職員室を出ていく。と、その二人の後姿を、偶然見つけた君鏡が、嬉しそうに後を追う。
これで今日は縁と寧結と帰れるかもとウキウキしていた。
階段を上り、まだ慣れない校舎をしばらく歩いてくと、四階中央にある美術室へと着いた。
「さっ、床並君ここよ。入って」
「はい。失礼します」
そういって先生の後に続くと、教室内には三十名ほどの女子生徒と数名の男子が円になって座っていた。
「先生ぇ、マジですか? うっそ~、ホントに、やばいンだけど。すごい。どうやってスカウトして来たンですか?」
女子達が口々に先生を褒め称える。なにか余程の功績を収めたようだ。
先生が縁を中央の椅子へと誘導し、皆に話し始めた。
「皆、今日、モデルをやってくれる、床並縁君。一年F組の子」
「うそうそ、先生うそでしょ? これドッキリ? ありえないでしょう」
女子達のテンションが部屋中でうねっている。余程ありえないことらしい。
「皆、本当だから。ちょっと落ち着きなさい。床並君がビックリするでしょ。ほ~ら、静かにして。しぃ~」
先生の言葉に一同黙るが、口元は微笑み、目は垂れている。
「それじゃ、床並君まず椅子に座って。で~ポーズはどうしようかぁ」
先生が悩んでいると、女子生徒が先生へと歩み出て何かを耳打ちする。
「ちょっと、そんなこと自分で言いなさい。なんで先生を通すの」
「えぇ、恥ずかしくて言えないよ。先生から言ってよ。先生なんだから」
「あのね、美術や芸術に恥ずかしいって言葉は失礼でしょ。駄目。なおさら自分で言いなさい。美術の先生としてもそこは譲れないわ」
先生にそう言われ、しょぼんとして元居た椅子へと戻る女子生徒。すると、他の所から縁の元へと、一人の女子が歩み寄った。
「あの、私、床並君と同じFクラスの園江雅っていいます。中学からずっと美術部で、それで高校でも……。あの……、できたら、でイイですけど、左腕をこう垂らして、右手はポケットに入れて、できたら少し、私を睨んでもらえますか?」
「あ、はい。こぉ、ですか?」
「そ、そ、そぉ。あ、もっと冷たく睨んでも平気です」
園江は顔を真っ赤にしている。
席に戻ると、先生が「それじゃ十五分計るわよ。いいわね、よ~いスタート」とストップウォッチのボタンを押した。皆が一斉にスケッチブックに向かう。
チラチラと縁を見ては、鉛筆で紙を擦る音を立てる。縁はとんでもないことになったと崩れそうになるのを必死に隠しながら、ただ時が来るのを我慢して待つ。
君鏡が美術室のドア窓からその光景を覗いていると、いつの間にか見知らぬ女子が同じように並んでみていた。
更に前側の扉の窓にも、三人ほど張り付き覗いている。
「はい。十五分経ったわよ。少し休憩。五分したらまたポーズ変えてやるから、皆、次のポーズ考えておきなさい」
先生がそういうと、女子部員が集まり、あ~でもないこ~でもないと騒ぐ。あっという間に五分経ち、次へと移った。
「今度は、少しハニカんだ感じでお願いします」
「はにかむ? ってどんな感じですかね? こうですか?」
「ん~、もう少し照れたような。好きな子からプレゼント貰った後みたいな」
「分かりました。こうですか?」
表情や仕草を変える度、女子部員達がキャッキャと騒ぐ。その声は廊下まで響き、更に見物人が三人ほど増えていた。
「あ~ん、やっぱり、笑顔の方がイイかも。こう『おはよう。会いたかった』みたいな優しい感じの」
色んなポーズや表情に「ソレ良い」と共感しながらも、どんどん変えていく。
「ちょっと、あなた達ね、いい加減にしなさい。一体どれがいいのよ。ぜ~んぜん決まらないじゃない。これじゃ約束の時間越えちゃうわよ」
先生の喝が入り、結局優しい笑顔で見つめるようなポーズになった。
それがあっという間に終わると、部員達が「あとワンポーズだけお願いします」と半泣きで懇願する。
すると先生が「大丈夫、床並君とはあと一回だけ来て貰える約束しているから。だから皆も、その時はもっとテキパキとして、最低でも四ポーズは描けるように、あらかじめ部員皆で意見を擦り合わせておくこと」と治めた。
先生が縁へと近づき「今日はありがとう。本当に助かったわ」と廊下へと導く。その背中に「有難う御座いました」と部員達が挨拶した。
縁も「どうも」と照れる。
廊下に出た先生と縁は、集まった女子生徒の存在にビックリする。更にその女子生徒達の中に君鏡を見つけた縁は、二割増しに驚いた。
「ちょっと、あなた達何してんのこんなに集まって」
「いや、何か楽しそうにはしゃぐ声がしたから、何かな~って思って。何してたンですか?」
「何って、別に絵のモデルをして貰っていただけよ。見ていたンでしょ?」
「先生~、それってヌードとかになることあるの?」
「な、ないわよ。ま、ないこともないけど。床並君にはそこまでお願いしてないし、って何が聞きたいの?」
「それじゃ、上半身を脱ぐ位ならあるってことですか先生?」
「だから、ないわよ。ま、床並君がいいって言ってくれれば話は別だけど。ただ、言っておきますけど、美術は芸術ですから、そういう変な目で見られるのが、一番困るの。分かった? 分かったらサッサッと散りなさい。ほら、帰った、帰った」
散り散りに去っていく女子生徒達。
縁は先生と共に職員室へと向かう。そして、何かの書類を受け取り、それを鞄へとしまった。
君鏡は開け放たれた職員室の入り口で、縁と先生の姿を探す。幾重にも仕切りがあって直接は見えないのだが、用もないのに入る訳にもいかず、かといって、せっかく見つけた縁を見失う訳にもいかず、ソワソワと中を覗く。
何度も出入りする先生や別の生徒達から見られながら、君鏡はひたすら縁が出て来るのを待っていた。
高校に入学してまだ一週間が経ったばかり。
付属の中学から上がってきた者なら、友達や先輩も沢山いるだろうし、この学校に慣れていても不思議はないが、ついこの前まで、君鏡に分からないことを聞いていた縁が、今している行動、君鏡には少し眩しく感じた。
きっと、妹の手続きや世話で、すでに学校関係者や色々な人と話すことに慣れていたのかもしれないと、結論付けた。
しばらくして縁が出て来ると、君鏡は「もう帰れる?」と尋ね、良かったら一緒に帰ろうと誘った。
縁が笑顔で頷くと、共に下駄箱へと向かい、そして未蕾小学校の校門前で寧結を待つ。
こうして三人で帰るのは三回目だ。
学校から家までは、電車で三十分ちょっと。自転車なら六十分ちょっと。バイクなら二十分弱くらい。
やはり品川から乗り換えて十分ちょっとというのは、相当通学しやすい。
ただ、一つ問題があるのは、寧結が朝のラッシュが大嫌いなこと。
もちろん大人であっても混雑は嫌いだと思うが、そういった理由から、縁は今年中にバイクの免許を取得するつもりでいた。
「おまたせ兄ぃ。のぉ、そうだ。私、明日からクラブ活動だから、たぶん五時まで学校だよ。もしかしたらね、ちょっと遅くなるかもって」
「大丈夫、分かってるよ。寧結がやりたいことなら……」
「いやぁ、寧結がやりたいワケじゃ~ないンだけど、メイちゃんがね、ダンス一緒にやろうよっていうから、いいよっていったの」
「めいちゃん? あいちゃんって言ってなかったか?」
「そうだよぉ、でもメイちゃんだった。入学式の日にお友達になったの。私の前の席で、名前はね、たきもとめいちゃんっていう子なの」
滝本萌生。寧結が言う通り、滝本、床並と同じタの段。
席順とは不思議なもの。他にもタの付く名前やチ、ツ、テ、トが間に入ることだってあった訳だし、背の順や男子と交互順ということもある。
列がずれていたり、別の並びであったり。
つまり、たまたま前後ろになっただけと言えば、そうなのだが。殆どの者達が、この最初の並びで友達が出来て、結局、その子と、運命にも似た親友になったりもする。もちろん全てではないけれど。
君鏡もまた、寧結の話を聞きながら、かつて自分が小学生だった頃を思い出していた。そして今、一年D組で、自分の後ろの席の日野明日花のことを考えていた。
君鏡にも、微かだがそんな望みが垣間見れたのだ。
中学の三年間、一切友達らしい付き合いはなかったが、小学校の時に、少しだけ味わった懐かしい感覚が蘇りつつあった。
約一週間ちょっと。君鏡は後ろの席の日野と何度か会話を交わしている。丁寧に大切に関係を育めば、もしかしたら、寧結と萌生のように、仲良く友達なれるかも知れない。
ちなみに君鏡は、前の席の子と相性が合わない感じだ。もちろんそれもどうなるかは分からないことだが、友達付き合いの下手な君鏡には、なかなか難しい状況であった。
色々なことを考え、明日のことを話しながら家路に着く。
君鏡にとって、中学校時代とは比べ物にならないほどの充実であった。普通の生活といえばそれまでだが、そのささやかなことが夢だったのだ。
学校で本を読むことが減り、縁に出くわせない時や暇という名のトラウマが襲ってきた時にだけ、お守りとして常に持ち歩いている本を開く。
それでも、そうしていることや仕草で、日野と話すチャンスが減るのではないかと内心、本のストーリーに集中できない。
縁がモデルをしていた日から四日が経った。
休み時間は殆ど会えないが、二度ほど、放課後一緒に寧結を待つことに成功していた。まだ、学校にもあまり慣れていない君鏡であったが、勉強もきちんとついていけて、今の所は順調といえた。
日野とは大分言葉を交わせるようになってきた君鏡であったが、一緒にトイレに行くくらいで、まだ、学食を一緒に食べるまでには行かない。その理由の一つに、午後の授業が開始されるようになってから、日野の食事パターンが、お弁当の持参であったり、購買であったりとまちまちだったからだ。
家庭によって色々なケースはあると思うが、君鏡自体はお弁当ではなく学食。
何度か購買でパンを購入して教室で食べたが、まだ皆も、一人で静かに食べている姿が目に付く。
友達と仲良く食べているのは、付属中学から上がってきた者達で、それですら、自分のクラスで友達を作るのではなく、半数は他クラスの知り合いの元へと遠出していく。
高校が始まってまだ二週間も経っていないのだから当然の結果だが、君鏡は少しだけ焦っていた。もし日野が別の子と仲良くなってどこかへ行ってしまったらと。
君鏡が通っていた区立中学校は、学力や貧富の差、他にも個々の様々な違いがあって、それこそ上手く生活していくのは難しい。
親達もそれが分かっているからか、私立中学に子供を入れてあげようと、一度は考える。
私立は、同じような学力、そして虐めが在るにしろ悪が居たとしても、親や学歴を捨てて、将来怖い組織に入るほどの者はまずいない。
そういったハードな事例は本や映画の世界でないと、私立ではあまりみないレアなケース。私立中学から中卒でアルバイターになるほど、レアというわけだ。
私立と公立ではそれ程の違いがある。しかし、この進卵学園は、私立でありながらも、他の私立とは大分違う雰囲気が漂っていた。
それはこの学校自体に通う者のスタンスや生活、またその親や周りの環境なども大きく影響している。なにせテレビや映画や舞台を目指す者達が多く集まっているのだから。
学校指定の制服はなく、私服でも、独自の制服でもよいとされている。
ただし、細かな注意点はある。
それは他校のマークが入っているような制服は、問題になるので禁止されていたり、学校内のセキュリティや安全面からも、各自の服には、進卵学園指定の校章を付けるか、生徒証明書を首から下げて生活するように定められている。
証明書をぶら下げる面倒臭さや日々着替えるバリエーションの悩みを避ける為、殆どの者は、校章を付けたなんちゃって制服や、自分なりのコーディネート制服を着用している。
私服なのはおもに、バンド系やダンス系の者達ばかりで、スポーツ系は私服または仮制服で登校したのち、学校指定のジャージへと着替えている。
君鏡は、大好きな本のキャラが着ている制服をごくシンプルにして真似ていた。
ちなみに縁は、ダークブラウンの学ランを着ている。
テレビに出て来る学園ものの派手な制服が溢れる学校内では、縁の制服はさほど目立たないが、高級さと珍しさでは別格で、学校の外へ一歩出れば、逆に進卵の他の生徒よりも遥かに目立っていた。それは、進卵の生徒達の制服が何処にでもある派手なだけの偽制服だからだ。
初めて縁の制服を見た時に、どうして学ランなのかと君鏡が尋ねたことがある。その時の理由が「ブレザーも一応あるんだけど、ネクタイが原因で、今はこっちにしてる」という、なんとも子供っぽい返答だった。
学校中が華やかで、それぞれが、限界まで自分を主張している。髪の色や髪型、化粧、ピアス、指輪につけ爪、眼帯やマスク、ブランドの小物等々、色々な個性が溢れていて、それぞれが日々競い合っているようだった。
そんな学校に少しだけホッとする君鏡がいた。もちろん他の高校より何事も激しい趣きはあるが、君鏡がそう思う理由はたった一つ、縁がそれほど目立たずに済んでいるということ。
これが普通の高校であるなら、まず登校初日にロックオンされていても不思議ではない。
女子の中には、入学初日や初登校日に二秒あれば即恋に落ちれる子がいる。他にも数え切れない女子の恋が動く。
実際、この学校でも既に有名な男子や派手な男子はロックオンされていて、ことあるごとにキャーキャーと騒がれている。
元々、二、三年の先輩に関しては、すでに高校生活の中でファンクラブのような形になっていて、後輩が後から来て、ギャーギャー好き勝手できない包囲網が存在していた。
カッコイイ男子や可愛い女子が、ごく普通に歩いていて、その中でも群を抜く、別格な者達がいる。それは学校を取り仕切る生徒会グループ、そしてその生徒会と対峙している風紀委員グループ、これが二大勢力だ。
更にそのすぐ下には、巨大な、男子不良アイドルグループという勢力があって、これらグループが一番目立ってはいる。
その下にスポーツやバンドやダンスグループがいて、更にその下に、オタク勢力という女子アイドルの親衛隊的組織がある。
更にその下にも数多くのグループが存在するが、基本、今あげたグループでこの学校は成り立っている。
しかし、女子の勢力図はまた少し違った。
生徒会や風紀は同じだが、現時点のアイドルとしての立場や、顔や身なり、更に種類に関係なく、強めで人数の大きな組織がランク上位をしめていた。
なのでランクや人の入れ替わりも激しく、常に裏での争いが起こる。
男子の様なピラミット図の安定はない。
「ちょっとそこ、うちらの席なんだけど、どいてくれる? ホント空気読んでよって感じ。一年じゃなかったらシメてるよマジで」
「す、すみません……」日野が怯えたように席を移る。が――。
「そっちもダメだよ。分かってないね。予約席なの、分かる? 別に~、うちらのグループとは関係ないヤツラなンだけどね。ってことで、おとなしく教室かそこらの床とか階段で食べな。一年なんだし」
威圧する先輩数人、おどおどする日野。と、そこへ何も知らない君鏡が現れて、日野へと駆け寄った。
「あぁ日野さんお待たせ。先生にさ……、ん? どうしたの? 具合でも悪い? 保健室に……」
様子のおかしい日野に君鏡もまた心配して慌てている。君鏡の優しい台詞に無言で首を振る日野。それをまた「大丈夫?」と肩や背中を擦る君鏡。
全く事情は知らない君鏡だが、これがもし、先程のやり取りを見ていて取ってる態度であったなら、周りの者達からは、どう映りどう感じるか……が問題。
「ちょっと、何? うるさいンだけど。何なのマジで?」
君鏡はそれが自分に向けられた言葉だとも気付かず、ただただ、日野を心配している。一方日野はそのことに気付いて、嫌な汗が背中に浮く。
「そこ。そこのアンタに言ってるの」
キョロキョロとし、ようやくそのことが自分に放たれた言葉だと気付いた君鏡。しかし、全く事情が分かっていない君鏡は、当然「あ、ごめんなさい」と笑顔で謝った。
別に本当なら普通の成り行きだが、君鏡の感じている状況と日野やそれらの感じている状況は、まったく違う次元のものであった。
「はぁあ? 何その態度、それが先輩に対する態度なの? ねえ? あんたどこの中学から来たか知らないけど、ここじゃ中学のノリとか通じないンだけど。はあ? マジウザイんだけどこういうガキ。何マジで」
完全にブチキレている。
君鏡はあまりの速度についていけない。
弱虫で、人見知りで、殆ど友達付き合いもしてこなかった君鏡には、グレードが高過ぎる。
でも、それが逆に君鏡にとって良かった。わざわざ日野のように心の目や気持ちを覆い隠さなくても、元々何も見えていない。これがもしちゃんと見えて把握していたら、多分、明日から登校拒否になっているかも知れない。
それほどの修羅場。
君鏡にとっては、ようやく日野に「お昼一緒に食べよう」と言われ、その約束を交わせた記念すべき日でしかなかった。
「あら、何? 後輩虐めてンの? マジで? ありえないンだけど。頭大丈夫? ばっかじゃないのお前等」
ド派手な私服姿の女子が、先程日野が座り直した席へとつく。
そして、日野と君鏡に向き「変な先輩に気を付けてね。あの人達、野蛮で頭おかしいからさ」と笑顔でいう。
仲裁に入って貰ったことでその場は無事収まったが、あくまでもその場は、であった。多くの生徒達がそれを目撃し、ワクワクしながら見物していた。
何事もなく消えかける火に、誰もがもっと燃え上がれと望む。自分の退屈も全て燃えて、おもしろいことが起きないかなと、ほとんどの生徒が感じている。
何処の学校でもそうだが、特に、入学したての一年生は、男女での理由は違うにしろ、共に何かにギラギラとしている。それは中高に関係なく、まだ未知の世界に興奮して。
二年や三年になると大分落ち着いてはくるが、それでも良い子になった訳でもないし、自分が属するグループが衰退しナメられてもいいという訳ではない。
最低でも立場の維持、できれば向上し拡大したいと日々暮らしている。
そういった状況からいって、当然のように燻った火は煙をだし、何者かの手によって起こすべくして引火された。