三八話 大物? 参上
「何やってんのそんなザコ相手に。さっさと終わらせないから、こんなことになるんじゃん。怪我なんてしてる場合じゃないぜ。近々大きな戦もあるし、知ってるよね? 今度のイベントじゃ色んな組織が……」
「うるせぇな。なんだテメェら、誰だよ」高塔がゆっくりとそれらにねじり寄る。
「俺? お前等に名乗る気はねぇ。さっさと消えな。じゃないと――」
そういうといきなり高塔に襲い掛かった。そしてあっという間に羽交い締めにし地面へと押し潰していく。
それを見た黄羽と荒吹が、透かさず上に乗ったそれへと蹴りをブチ込む。
「おっと危ない。にしてもノロいなぁ。お前等がどれくらいのヤンキーかは知ないけど、俺等と喧嘩したいならそこそこ名前や顔売って、大物になってからにしな」
――スカル・ピエロはとんでもなく知られた大物だ。
黄羽と荒吹に援護されながら立ち上がる高塔。そこへ岩雲と粕壁の二人も寄る。一番離れた場所で巻下と朝永が様子を見ていた。巻下は大分回復してきたようで、肩を借りずに一人で立っていた。まだ体は痛むようだが、動けないほどではなく、市来の痛がり方に比べたら軽い症状だ。
ここでの最も重傷者は、縁だった。
「縁。せっかく会いに来たんだからさ、学校くらい案内してよ」
「嫌だ。っていうか、お前等どうやって学校入ってきた? チケットは?」
「チケットはあるよ。ほら半券。ネっ、あるでしょ。それと……、なんで縁は俺達にだけそんな冷たい態度なの? 前から疑問なんだけど。他のヤツには、超丁寧に話すくせにさ、俺等にだけ口悪くない?」
「理由? だから何度も言ってるジャン。嫌いだから」
縁とそれらのやり取りを皆が黙って見ていた。
皆、スカル・ピエロの面々に恐怖を感じたし驚きはあったが、新たに舞い込んで来たこのメンツには、言葉もでないほどに驚いている。
一人は、真っ白な白髪で女性の様な長い髪。毛先数センチが、真っ赤に染まっている。色黒で背も高く、百八十五センチはある。他の者達も大体それぐらいだ。
デニムのつなぎの袖を腰で巻き、上には薄い着物を羽織っている。
その両胸と背中の中心には、キスマークがNを咥えている紋章が入っていて、他の者達も同じマークの入った服やバッチ、指輪などを身に付けていた。
髪の長い者が三人、スキンヘッドが一人、茶髪アフロが一人、普通のオシャレなカットが二人。
服装や雰囲気は、ヴィジュアル系のバンドといってもおかしくない感じだ。
それぞれオシャレだが、まだあたたかな季節なので、着込んではない。
軽い化粧をしている、でもそれとは関係なく、超美形で、七人ともに海外の女性シンガーのような整った顔をしていた。
野次馬の中にいる女子達が、あまりのカッコ良さに一瞬でメロメロになる。
「なぁ縁。いい加減俺らの組に入ってくれよ。何度お願いしたら承諾してくれる」
「嫌だね。しつこいよ」
「縁。お前な、たった一人で何考えてんだ。人には限界だってあんだろ。属してないとはいえ、結局色んなトコに利用されて、その度に戦況が荒れて。いわばジョーカーだって皆言ってるヨ」
「そんなことは知らない。弱い奴がいくら何言ったって……。何か意見が言いたいならもっと強くなれよ形霧。あの場所は強い者がルール。あの場所のことで意見があるなら一番強くなってみたら?」
「無理。あと、形霧じゃなくて、形霧さんな。歳上には『さん』をつけような」
形霧が真っ白な髪を揺らしながら不敵に笑う。
「実はな、俺等最近お前と同じランクに格上げになったんだ。これでまたやり合えるわけだ。という訳でさっきの弱い奴的な表現は撤回してくれ。さぁ」
「わるい。実は俺もつい最近、上がっちまった。という訳で撤回はなし」
「嘘だろ? 嘘だよな? 縁、結局お前はたった一人で最終ランクまで上り詰めたのか……。ってそれより、やっと九ランクまで上がったのに、なんでお前がいないンだよ」
「言っとくけど、あそこは今までのレベルとは段違いにヤバイよ。多分、数年は半ベソかくね。まあ取山さんや武笠さん、悪良さんや玉貫さんらに、よろしく伝えておくよ。他にもヤバイ人達だらけだけど、四人の名前くらいは知ってるでしょ?」
形霧は少し生唾を飲む。
周りで、スカル・ピエロの方に警戒態勢を取っている者達も、縁の言葉で目尻にシワを寄せた。
「ああ、望むところだ。どの道俺らに逃げ道はない。それに縁、俺達はいつまでもあの頃のままじゃない。強さも必殺技も当然進化してるからよ」
「だろうね。だからランクを上げて貰えたんでしょ? たださ、今までとは全然違う訳よ。ただ単に群れで突っ込んだら終わるよ」
「ちょっとさ、参考までに聞いておくけど、具体的に何が違うの?」
「自分の目で確かめれば? 八ランクになった時、初めて許された改造武器の数々に驚いたでしょ? そら驚くよ、世に出回ってないんだからさ。情報もないし」
「だ、だからさ、何かあるのかって」
「あるよいっぱい。それじゃ、一つだけね。九ランクでは催眠術とか気功とか使ってくる化けモンがいるから気を付けてね」
「はぁあ? そんな非科学的なの……あるの?」
「はは、あるってば。俺も何度も操られて大変だったよ。あそこでは敵に集中し過ぎたら即操られるからね、しかも一度やられるとすげえかかるようになるからさ。その呪縛から逃げ出すのに最低半年以上はかかるから」
絶対に嘘ではないと分かっている形霧。周りにいる仲間達も、興奮と恐怖でゾワゾワしていた。
まだ見ぬ一つ上の景色が相当ヤバくて、全身の血が震えて沸き立つ。
運動会の徒競走で、スタートの合図を待っている心境だ。
伸るか反るか、存亡できるのか。これまで何度も味わった未知の恐怖。
どうにか今は、その階段を上がることを許されてきた。
「いいよ。楽しみだ。縁が知ってる特にヤバイのに、生意気な新参者が上がってくるからよろしくって、是非伝えてくれ。何だって相手にしてやるよ。へぇん」
形霧が仲間達の顔をみる。その自信あふれる目に仲間達も「だな」と笑う。
「それより、話を戻すけど俺らの組に入れ。もちろん姫のすぐ下の位置を用意するから。俺達はその下につく」
「だから~。絶対にヤダ。なんでそんなにしつこいの?」
「それが姫の願いだろ? もちろん俺達も縁が加われば、一気に勢いに乗れるし、下の方にいる者達の底上げもできるだろうし。とにかく姫の為にも……」
「自分達さぁ、今さっき言った台詞の意味分かってる? 生意気な新参者がどうのってとびっきり怖い人達に伝えていいって言わなかった? だったら自分達だけでどうにかやりなよ。俺を仲間に引き入れないで。違う?」
「そうだよな、口で言っても分からないよな? 別に自分達が弱いから縁を誘ってるんじゃないんだぜ。あくまで姫の命令。それが意思。でも、分からないよな? んじゃ、どうする? 久しぶりに手合せでもしてみるか? 言っとくけど今の俺達は弱くないぜ」
縁は形霧やその周りに居る者達を見る。
スカル・ピエロの者達とは違い、とんでもない陣形で立ち並んでいる。高塔や岩雲だけでなく、その側近達全てを警戒した上で、縁を襲うことも出来る陣形。
陣形を見ただけで、最初っからやる気満々だったと分かる。
だが、縁もとっくに体中で警戒態勢を取っていた。今の縁には、いきなり危険な薬品をぶっかけてもかわすほどに、精神を研ぎ澄ましている。
ちなみに精神や意識だけで……縁の体は、痛みでギコギコ状態。
「おいお前等、なに勝手にくっちゃべってんだ。人の喧嘩に水差してただで済むと思ってんのか、長髪のにいちゃんよ、ナメてんじゃねえぞ、カスが」
黄羽と荒吹が動いた。と同時にスキンヘッドの男と茶髪アフロが動いた。
スキンヘッドのそれが一瞬で黄羽と荒吹を沈め、アフロのそれが粕壁と岩雲へと攻撃を始めた。
スカル・ピエロは全く動けていない。かたや形霧達はサッカーやバスケのように一人一人がしっかりと役割を分かって動く。
と、縁も動いた。
「やめろって言ってんだろ。形霧ッ、鬼頭ッ、石動ッ、止めなきゃマジで病院送りにするぞ。ここ何処だと思ってンだよ。学校だゾ。切り裂かれたいのか」
縁の聞いたことない言葉遣いに、剣道部員達も、周りで見ている野次馬も、腰が痺れてビクビクする。谷渕らも縁の豹変にハラハラしている。
縁は既に伸び縮みする刀を抜いていた。
スキンヘッドの石動とアフロの鬼頭と、バチバチ音を立てて刀を交える。そこへ容赦なく白髪の形霧が応戦に入る。他の者達も、さっさとスカル・ピエロの面々を仕留めて、縁討伐に加わりたい様子。
が、縁の超高速の刀捌きが、一気に形霧と石動と鬼頭を追い詰める。
「オイ、色染、草堂、他もさっさとこっち来い。限界だ」
形霧の指示で他の者達がスカル・ピエロを無視して縁へと標的を変えた。
形霧策良。色染純。石動発弦。鬼頭桂。草堂完。摘花操。比種聖。
七人が綺麗な連携を取る。形霧と色染と草堂が刀を振るい、それ以外の四人は、その間から一斉に突きの攻撃を入れる。
濱野は、大勢で一人を攻める時には、一斉に突くのが有効なのだと知った。
ゆっくりと反時計回りに回りながら縁を円から逃がさない。
八方塞がりの鳥かごの中。
縁の目は鋭いままだが、表情は余裕があるように感じる。それに、縁は二刀流にもしていない。攻撃の全てを片手で捌いていた。
「クッ、くそ。なんでだ。全く捉えられない」
「形霧さん。一か八か包囲を縮めませんか?」
「あ? そんなことしたら……縁の思うつぼだろ。よく見ろ」
「だって……、避けれる範囲が広いからじゃ……」
休むことなく縁を攻撃しながら、七人は必死に打開策を話す。
しかし、一向に策はない。
「どうしたの? 強くなったンでしょ。もっと来い。フン。形霧、それと石動も、震えてんのか? だな、震えてるよ。そんなんだからうまく体が動かないんだよ。もっと力を抜けよ。どうした? カチカチじゃねぇか。ほら、どんどん重くなっていつもの軽快な動きが出来ない。そうなんだろ? こたえてみろよ」
と、いきなり形霧と石動の動きが鈍り、周りの仲間達とぶつかった。
「何してんの二人共。ちゃんとしてくれよ。こんな時に……」
七人の陣形が変わる。鳥かごは崩壊し、新たな陣を構える。
「な、なんだこれ。体が動かねえ」
「そんなにビビッてりゃ、そりゃそうだろ。こんなに皆が見てるのに、今から俺に負けちゃうんだからさ。いつも通りのスピードでも俺に追いつけないのに、そんなにガチガチじゃね。話にならない。どうした? どんどん動きが変になってるぞ」
縁が全員に畳み掛ける。すると、色染も重苦しそうにしている。
「いや~、そのままだと片膝ついちゃうかもね」
必死に何かに抵抗している形霧と石動と色染。だが……徐々に脚が折れ曲がり、地面へと片膝をつく。
周りで見ている全ての者達は、何が起きているのか全く分からない。
「何してんの、形霧、おい、立てよ。色染も石動も。嘘だろ? も、もしかしてこれがさっき言ってた気功?」
どうにか残っている四人が、片膝をつく三人の肩や背中を擦りながら縁を見た。
「気功じゃないよ。催眠術の類。浅い催眠。だから言ったろ、集中し過ぎたり焦ると相手にのみ込まれるって。ただでさえ、緊張でガチガチなんだから。立ちなよ、もう動けるだろ、ほら、立って」
縁の言葉に三人がようやく立つ。三人とも瞼が重たそうだ。
縁は自分に掛けられたいくつもの催眠の呪縛を解くために、軽い暗示や自己暗示を使いこなせるようになっていた。あくまで、自分を防御できる範囲のモノだが、形霧達ほど集中して、縁の圧倒的強さや恐怖を、そして格上への序列と敬意のある状態なら、縁の拙いテクニックでもかけることが可能だった、という訳だ。
高い場所では足がすくみ体が揺れる。
それが例え落ちたら死んでしまう場所でも。本来の意志とは正反対。
揺れちゃいけないのに、傾いたら駄目なのに、バランスが全く取れない。
体の制御ができない。
あと一歩で助かる位置ですら動けない。動けば落ちる、動かなくても、いずれ足を踏み外す誤作動。
体が自由に操れない……。なぜ? 勝手にぴくぴくと痙攣する。なぜ?
頭では分かっているのに、どうするべきかも、知っているのに……。
平常心でいられれば何も問題はない。そこが普段の平地であるならいつも通り。なのに……体の自由が利かない。
ちゃんと出来なければ待っているのが『死』なのに。
どんなに自分を操ろうと頑張っても、震えや傾きを止めようともがいても、ひとたびそれにのまれたら、そこから下りるまでは、もしくは、自分自身で何かにうち勝つまで終わらない。
「ナンだ今のは。マジで体が動かなかった」形霧は震える手足を見る。
頭では分かっている。意識もある。なのに恐怖にも似た快楽にも似た感覚が体の節々や筋を勝手に動かす。震わす。惑わす。痙攣させる。
色染も石動も同じように自分の体を気遣いながら縁を見た。他の四人はまだ戦闘態勢を保っている。じっくり縁の動きを確認する四人。
「なんなんだコレは? っあ? アアァーっムカつく」
脇腹を押さえた黄羽と足を引き摺る荒吹が、地面から復活して喧嘩を挑む。
やられたままで黙っているほどお人よしではない。
スカル・ピエロ達が動き出す。
まったく隙のない形霧達の方へと間合いを詰める。
その動きに合わせて、将棋やチェスのように一人一人が決まった位置へと動き、どうやって返り討ちにしようかとほくそ笑んでいた。
「いいかげんにしろ形霧。一回しか言わねえぞ。もう止めろ。誰かにこれ以上怪我させたら、本当にただじゃ……」
縁のしゃべっている途中に、高塔と岩雲、そして巻下が襲い掛かってしまった。あっという間に絡め取られ、あっさりと地面へ沈む。
喧嘩最強を誇る集団かも知れないが、これはケンカではない。全く違う類のモノなのだ。だが世の中はそんなことは知らない。
殴ったり、蹴ったり、投げたり、関節をきめて相手を残酷なまでに失神させたり筋を伸ばしたり、骨を折ったりと、あらゆる格闘団体の映像はある。
目を背けたくなるものも。でも、それはあくまで素手の世界。
縁や形霧がいる世界は、武器がメイン。
もちろん本物を使うことはない。でもそこに巣くう者達は、しっかりと想像し、その意味も威力も結果も把握している。
この世で最強の拳が迫って来ても、軽く剣先を突き立てるだけで、遊びにもならない。思いっきり蹴り込んできた攻撃もまた、地面にトンと刀を突きたててあげれば……さようなら。
確かに木製のバットを蹴り折る強者もいる。鍛え上げた末の技だろう。瓦や大きな氷などあらゆる物を破壊できる。それでも刀を、刃先から蹴り折るなど不可能。
残酷なKOシーンや失神は知っていても、本当に人がぶった切られる光景はない。それがどれ程ヤバイか想像すらできない。
未だに銃社会がある国も、それらがかつて最も恐れおののいた武器たちが世界中には封印されて眠っている。人殺しの武器。
拳なら、素手同士なら卑怯ではないと意味の分からない片寄った暴力だけ横行し、恐竜やマンモスさえも倒した武器は封印されたまま。
それも仕方がない。それだけ危険で、それほど圧倒的なのだから。そしてそれらを操り戦う者達の動きは、攻撃にしろ防御にしろ、今ある常識とは次元が違う。
だからこそ、スカル・ピエロはこの喧嘩を仕掛けてはいけなかった。
多くの野次馬達の前で、信じられないほどあっさりとやられていく。
縁と形霧達が交戦していた時に、本当は皆分かっていたのだ。目の前で繰り広げられた刀捌きが尋常ではないことに。
スピードや威力、迫力、全てが桁違いであり、誰の攻撃がヒットしても死人が出るであろうと。
そういう音や衝撃が、しっかりと感じ取れた。
刀を振る音、そして刀と刀がぶつかる音。動く体の速度も狙いすました箇所も。演技のソレじゃなく、本域の攻撃だ。だとすると、形霧達は縁を病院に、もしくは殺す気で戦っていることになる。
そしてあの優しい縁もまた……。
『止めないとマジで病院送りにするぞ』という言葉が嘘でなかったことになる。
地面に沈むスカル・ピエロ達。
モモや肩、横腹や溝内などを押さえ苦しんでいる。中には泡状の唾液をダラダラと垂らしている者もいた。
だが、それでも立ち上がる。失神するまで止まらない。それらの喧嘩はそういう類のモノだ。絶対に負けなんて認めない。相手を地面に這わせるか、自分達が死ぬかの二択。獣以上に狂暴な目。
百分の一も本気を出さずに仕留めていく形霧達。何せランクが九。
あの鍛え抜かれた堤でさえ、多分ランクは三が妥当。
何度も言うが、遊びにもならない。
濱野も裏画も今込も感じている。これでは準備運動にもならないだろうなと。
当然、形霧達の練習や経験値になる訳がない。
ふらつきながらも挑むそれら。それを加減はしているものの止まることなく返り討ちにしようと襲う七人。
と、縁がまたも参戦した。スカル・ピエロを守るように七人を撥ね退ける。
さっきの戦いよりも速く、そして広範囲に動く縁。
「うぐぅ」摘花。
「どぁあぁ」比種。
「おごぉ」鬼頭。
縁が相手を仕留め始めた。先程と違い、刀と刀が激しくぶつからず、相手の刀を滑った後にモモや胴へとめり込む。縁が何処に居るのかも分からない。早過ぎる。
残像を辿るが、縁を捉えるには動きを追うのではなく、動く先を読まなければ姿が見えるはずがない。
野次馬達は必死に目を慣らそうと探す……が、よく分からない。
もちろん消えてなどいない。時々は見える。ずっと見ていられないだけだ。
「さすがにはえぇな」形霧が呟く。
「あの、もう少し後ろへ下がって貰えますか? ここだと危ないので」
縁は高塔と巻下に下がるよう促した。と。
「うるせぇ。誰が指図なんか受けるかよ」
「それに助けもいらねぇから、あっちいけ」
高塔はそう言い放ち、目の前にいた縁の背中を軽く押した。その瞬間。縁は苦痛に顔を歪めゆっくりと地面に沈んでいく。
周りで見ている者達は、縁が背中をナイフか何かで刺されたとそう思った。
駆け寄る濱野。遅れて裏画、久住。そして今込と谷渕。
「どうした? もしかして刺さ……あれ? ナイフは?」
「さっ、刺してねぇよ。ちょっと押した、だけだよ。そしたらなんか急に痛がって倒れちゃって」言い訳する高塔。
「あ~あ、俺、知らねえ。縁のことやっちゃったよ。俺等は関係ないからな。あくまでも今のはそっちの攻撃だからね。あ~あ、ヤバイだろ今のは。後ろから裏切りの、ざっくりよ」
形霧がこの件に関しては、自分達は関係ないと主張し出した。それに続き色染や石動も「これは俺等じゃないよ。ここに居る皆が証人だもん。あの状況で後ろからはないよ」と完全否定する。
もちろん一部始終見ていた野次馬達も「サイテー」と呟き始めた。
そしてスカル・ピエロの面々も、痛む傷を背負いながら「どうしたの、マジで。タカちゃん状況教えてよ」と寄ってきた。それに高塔が答える。少し焦っている。
何せ、自分を庇っていた縁を、後ろから攻撃したカタチになっている。
普段の縁なら色々な意味で問題はなかったであろう。避けれたかも知れないし、もちろんただ押されただけだし。
だが、朝からの微熱と背中に怪我を背負った今の縁では、しかも戦っている相手もまだランクアップしたばかりとはいえ、縁の元いたランク九の住人。それも七人も相手にしている。同ランクを一度に百人以上相手にした経験のある縁とはいえ、持っている武器は鎖鎌でも大鎌でもない。まして二刀流でもない。
そして、仲間とまではいかないが、仮にも、守っている相手に後ろからやられたわけだ。それも殺気一つ感じさせないで。
これがまだ、殺気や怒りに満ちた唸りと共に放たれた攻撃なら少しは変わるかも知れないが……、どちらにしろ今の縁にはジ、エンド。
「どうしたの兄ぃ。大丈夫? やられちゃったの? 嘘でしょ。病院行く?」
心配する寧結。その横で萌生もびっくりしている。
縁は大丈夫だとアピールしているが、顔面蒼白で病人の血色。症状を見ている者達もどうしようかと焦る。
「何してんの、保健室に連れてった方がいいよ。真っ青じゃん」
谷渕が指示を出す。
座り込む縁に肩を貸そうと久住が腰を下げた。
と、谷渕が「悪いけど、久住さんはここに残ってもらわないと。それと濱野君、君も」そう言って、今込と不良グループの数名を補助に付け保健室へと向かう。
その後ろ姿を皆が見守る。
スカル・ピエロもその行為に何も言わない。
縁の姿が見えなくなってすぐ、寧結が歩き出す。そのすぐ横を萌生が付いてく。
「ちょっと、どこ行くの寧結ちゃん」引き留める濱野。
だが何も言わず形霧の前まで歩いていく。そして。
「何してんのよ。兄ぃが怪我しちゃったじゃん。なんで? 誰がやったの?」
もちろん寧結がやった。
「ね、寧結ちゃん誤解だってば。俺達何もしてないよ。見てなかった? お兄ちゃんに虐められてたのはこっちっていうか……」
「え? 聞こえない。もしかして今『寧結ちゃん』って言ったの?」
少し怒る寧結に「やめようよ」と心配する萌生。萌生は形霧達がとんでもなく強い者達だと感覚的に分かっているのだ。それも寧結よりもと。
「いや、ごっ、スイマセン姫。そんなつもりは。姫、聞いて。俺達がやったンじゃなくて、あそこにいる、鼻の所に鉄の輪っかが付いてる人いるでしょ。あの人が、後ろからザクッてやったの。俺、見てたから」
「またいいわけ?」
「違っ……くて、……すいません」
「モテないジゴロみたいな顔してると、ティンパニーぶっ叩くわよ」
寧結はそういうと手を上にあげた。すると形霧は片膝をつき頭を下げる。その頭を勢いよくバッチンと叩いた。そして「次は」と声をかける。
その台詞に七人が順番に寧結の前に跪いていく。
はい次、はい次、とどんどん叩いていく寧結。
その光景を見て、誰もが口をあんぐりさせていた。もしかして『姫』って、もしかだけど……寧結なの? と。
そう、寧結だ。
寧結は三百人強いる組織のトップ。
上は形霧達から、下はランク二くらいまでの者がいる。本来ならもっと大人数になれるのだが、寧結の承諾が下りないと仲間にはなれない。
そして見ての通り、寧結は面食いだ。
跪いたまま寧結の小さな手に忠誠のキスをする七人。
「ねぇ寧結ちゃん。この人達知り合いなの?」萌生が尋ねる。
萌生の問に濱野や谷渕も興味を示す。スカル・ピエロも耳を澄ました。
「知り合いじゃなくて、家来。私の部下。弱っちかったから、私が助けてあげたの。そんで一緒に居てあげたんだけど、今は強くなって上で頑張ってるんだよ」
「そうなんだ。寧結ちゃんの家来なんだ。良かった。敵かと思ったよ。なんか凄く悪そうな感じしたから~」
そう言って萌生はスカル・ピエロの方を見る。その目が高塔で止まった。その後にゆっくりと粕壁へと移る。ギロリとした大きな瞳が、黒い満月のよう。
寧結は、自分から視線の逸れた萌生の目を辿りスカル・ピエロの方へと向く。
「……どうしよっか? 寧結ちゃんのお兄ちゃんにあんなに痛い思いさせたんだから、やっぱ、やるしかないかな?」
寧結は腕組みして考える。
「でもさ、兄ぃより強いなら……私だけじゃ勝てないかも」
「大丈夫だよ。私もいるし、家来もいるじゃん」
萌生は形霧達が簡単にスカル・ピエロをあしらうのを見て知っている。
「そっか。それじゃ、やろう。よし、形霧、馬になって」寧結はそういうと形霧を四つん這いにさせた。
そしてその上に乗っかるとお尻を叩いて「出発」という。と「あっ、誰か、萌生ちゃんの馬になってよ。萌生ちゃん、誰でも好きな馬選んで」そういって、残りの六人を指さす。
六人は萌生へと近づく、萌生が指名したのは摘花だった。
萌生的に好みの顔だったようだ。そして上へと跨りゆっくりと進む。その周りを残った五人が護衛する。
何て恐ろしい姫達だと、その光景を見た野次馬達が身震いした。化け物のように強かった七人を連れ、荒くれ者のスカル・ピエロに喧嘩を売りに行く。
とそこへ遠くから声がした。
「……さい。……めなさい」
一年F組の人力車に乗って縁が運ばれてくる。
そしてはっきりと「やめなさい、寧結。それに萌生ちゃんも。何をするつもり? そんな人の上に乗って」と。
「兄ぃだってなんか乗ってるジャン。今込君達に押させて」
「それとこれとは違うでしょ?」
「でも、よく兄ぃは馬になってくれるジャン」
「俺はお兄ちゃんだろ。その人は他人だろうが」
縁の台詞に、形霧も摘花も他の五人も「他人じゃない。仲間だ……いや、家来だ」と自信満々にいう。だが縁も「俺は認めてないから」と言い返す。
そんな中、高塔が寄ってきた。
「お前さ、大丈夫なのか? 顔色悪いけどよ。一応言っておくけど、あれはわざととか不意打ちとかじゃねぇからよ。俺はそんな汚いことしなくても普通にタイマン張れるし、お前とだって喧嘩できっから。誤解するなよ。それだけは言っとくわ」
色んなプライドが滲み出ているような高塔の言葉。
謝罪の言葉はなかったが、縁をほんの少しだけ心配してるような言葉はあった。
縁はそれに対し、ニッコリと微笑んで、どうにか平気ではあるが、とても喧嘩のできる状態ではないと、敗北宣言した。
今日がどんな用件だったか分からないけど、できればもうお引き取り願いたいと懇願する。
「ああ、今は、お前には吹っかけない。敵は奴らだから」
そう言って指さす先に、形霧達がいる。
「それは困る。あの上ではしゃいでるの妹だし、その隣の子もその友達だから。元々は妹の友達を人質に取ったからこんなことになった訳でしょ? あれが無きゃ妹も関係なかったし、俺も怪我はなかったわけだし、何より今回の件はそちら側が一方的に攻めてきたわけだから……。出来ればこのまま引いて貰いたい。そうしてもられると凄く助かる。それが今は一番治め所だと思うけど……どうですか?」
縁の問いかけに高塔と巻下が話し合う。少し遅れて岩雲。
「分かった。うちの粕壁が妹さんを人質に取ったことも確かだ。元々はタイマンって話だったわけだ。今回は引く。ただし、俺等はアイツらに意味なく水差されて、怪我までさせられたわけだ。そのことだけはこの場で決着……」
「いや、それなら、あの、謝らせますよ。ちょっと待ってて下さい」
縁はそういうと寧結と萌生の元へと人力車ごと向かう。人工芝をカタコトと揺れながら、中央ではしゃぐそれらの元へ。そして凄く厳しい目で形霧等にいう。
「ダメだね。俺等は縁の部下じゃない。その用件は飲めない。あいつらが納得いかないなら、もう一度勝負したって構わない。何もこっちが謝るゆわれはない」
「フゥそうかい。そんじゃいいわ。寧結、こいつらに土下座で謝らせろ」
「い~や~だ~よ。ぜ~ったいヤダ」
「へぇ~寧結はそれでいい~んだ。知らないぞ。あ~あ、し~らない」
「なに? なにが? ねぇ兄ぃ? 何が知らないの」
「……もう話しかけないでくれます。寧結はそこのお馬さんと遊んでな。これから俺は寧結のこと知らないから。あ~もう知らない」
「なによ。なんでよ。もう。もぅ。ばかッ。うっぅ、もうヤダ。ヤ~ダ」
「それじゃ、寧結に、特別に、妹だから一回だけ特別な。そのかわし一回だけだよ。絶対に誰にも言うなよ。言ったらなしなこの話」
「言わない。言わないから。絶対に言わない」
「そんじゃ、特別に寧結だけにチャンスをあげる。いいかよ~く聞けよ。今から、形霧達を謝りに行かせろ。きちんと、御免なさいって土下座。しなきゃ除名しろ。分かったか?」
「だ~から~。やだって言ってるでしょ! 兄ぃって分からず屋なの? ホント、見た萌生ちゃん、さっきからダメだって言ってるのにこれだもんね」
「お願い。頼む寧結。形霧達は手を出したんだから謝らないと」
「何度言われてもム~リ」
縁はしばらく粘るが、無理だった。
そして今込に押してもらいスカル・ピエロの元に戻る。と、縁は座椅子から下りて、自らの頭を地面にこすり付けた。
「ごめんなさい。今日はこれで勘弁して下さい」
「おい、なんでお前が謝ってんだ。別に妹さんは関係ないって言ってるだろ。俺達はあの七人をだな……。……分かった。いいよ。引いてやるよ」
巻下が折れた。
全部やり取りを見ていたし、何より、今のスカル・ピエロに形霧達七人を仕留めることは不可能。なのに頭を下げた縁。
庇っているのは妹でも形霧達でもない、間違いなくスカル・ピエロの面々をだ。
縁が頭を下げなくてもどっちが強いかはもちろん分かっている。
でも、負ける喧嘩はしないというタイプじゃない。何度も言うがやるなら死んでもやる。元々、相手側が格闘技等を習っていればそれこそ鬼のように強い、それでもこれまで引いたことはない。
どんなに相手が強かろうが怖かろうが、そんなことで逃げたり引いたりしない。
喧嘩が危ないモノだなんて、小さな頃から知っている。全て知った上で、納得いくまで暴れているのだ。
だからこそ七人にケジメをつけようとしているわけだ。だが、ここで一番強いであろう縁が頭を下げて詫びている。しかもその意味も何となく分かる。
これ以上の何が望めるのか? 縁の土下座を受け流して、我を押し通してする喧嘩の先に待っているのは……。ヘタをすればとんでもなく最低な結末。
スカル・ピエロ達は痛む体を引きずるように学校から姿を消した。おでこに砂を付けたままの縁は、寧結と形霧達のお馬鹿軍団を嫌そうに眺める。
「ダメだありゃ」そっぽを向く縁。と――。
「兄ぃー。ちょっと待ってよ、ねぇー。学校案内してよ」
「するか。言うこと聞かない妹は知らない」
「だって、ちゃんと言ったよ『嫌だ』って。兄ぃが言うこと聞かないんじゃん」
「何が。俺が折れたンだろ? 言うこと聞いたから結局こうなってるンだろうが」
「あのさ、兄ぃが自分で聞いたのに、なんで私のせいにしてるの? 自分で選んだんでしょ? 私が間違えてる? 私が変なの? それとも可愛い?」
寧結は反抗期真っ最中だ。もちろん萌生も。他所の子も。子育て中の母親なら誰でも知っているが、いや、仮に知らなくても体験はしてると思う。
幼稚園の年中さんから小学二年生くらいの間に、何でもイヤイヤ病が発症する。これは抑えちゃいけないし、成長に必要なプロセスでもある。
その期間のいつに出るかは個人差もあるが、寧結と萌生は、ごく平均的な時期、つまり幼稚園から小学生へと進化したこの時期に現れている。
「知るか、お兄ちゃんは背中痛いから保健室行くから」
「背中痛いの? やっぱさっきのヤツやっつけてくる」
「はぁ? オマエなぁ……」
寧結は完全に勘違いしていた。縁の背中をやったのが誰なのかを。正解は寧結。だが、寧結の中では粕壁であったり、鼻にピアスした高塔なのだ。
もちろん萌生もそんな感じで理解している。それは形霧が縁をやったのは自分達じゃなくて鼻にピアスした奴だと説明したからである。
何故に自分でやったことを覚えていないのかは、これまた育児している母親は、何度も体験している。そして、かつて幼かった自分の過去を無理矢理思い起こせば想像はつくだろう。それは、寧結と萌生が泣きながらキレていたからだ。
小さな子供が泣き喚いている状態の時の行動や思考を覚えているはずがない。
あるのは何故怒ったのかくらい。もっと言えばそれさえ忘れて「なんで泣いてたんだっけ?」となることだって珍しくはない。
寧結と萌生は、理由は分かっている、が、自分達がどんな台詞を吐きどんな風に暴れたかまでは覚えていない。
しかもあの時に「ぬいぐるみを返してもらうよ」と事を収められ、一度、感情をリセットまでされている。淀んだ気持ちや怒りを捨てた時点で、子供はもう別の顔をしているのが通例。
様々な理由から完全に忘れている寧結と萌生、その二人に新たに植え付いたのは『ピアスの者が縁をやった』という曲がった事実。
寧結が謝る訳がない。萌生も隣で同じ気持であった。どんなに縁に言われても、逆に『なんで兄ぃはこんな奴らに謝るの』という歯がゆい思いだけが募っていた。
しっかりと現状が見えていないこの年頃の子供は、親や兄弟がそういう謝罪的な態度を取ると、プライドが疼いて悲しい気持ちになるのだ。
運ばれていく縁に付き添う寧結と萌生。
保健の先生が「やっと戻ってきたわ。とりあえず湿布は貼ってあげるけど、私は病院に行って診てもらった方がいいと思うわ」と指導する。縁も素直に頷く。
それは、大きく息を吸うだけで、痛いからだ。




