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バースデイ  作者: セキド ワク
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三七話  恨女思矢



「あ~やっと出てきたぁ」裏画が待ちくたびれたように息を吐く。

 縁達が入ってから大体二十分とちょっと経っていた。場内に居る者と外で待たされている者との時間の感覚では相当な開きがある。


「ごめんね。なんか色々とこんがらがっちゃって」

 場内に居た者達は、まだ夏と秋の狭間だというのに、全身に寒気に似た静電気が帯電している。こめかみや首筋がボワッとし、痺れた症状に襲われていた。


 縁は待ち組の一人一人に、丁寧に謝っていく。



「なんかぁ、お腹空かない?」

 濱野が話題を変える為にそう切り出した。とはいえ、どう見ても縁の周りに居るメンツがおかしい。

 誰なのかと質問したいのは山々だが、あまりのオーラに口を利けない。


 縁の横にピタリと帳留理がくっ付いて、その反対側には永尾綾がいる。


「ちょっとさ、なんで永尾さんがそこにいるの? 剣道部じゃあるまいし」

「それを言うなら帳さん、アンタでしょ。何しれっと紛れて。笑わせないで」

 永尾と帳が縁の横を独り占めする為に弾き合う。そこに百瀬や香咲が加わる。


「二人共邪魔。勝手に混じってさ、それじゃ部長が歩きづらいでしょ」

 ごちゃごちゃとぶつかり合うベイゴマのように火花を散らす。


「あのぅ、ほら、そろそろさ、他の客が出てきちゃうから、とりあえず、ここ離れようよ。ねっ。それに人が増える前に早く食べ物屋に行った方がいいと思うし」

 濱野と裏画が協力して女子を説得する。それに乗るように縁も頷く。


「そうね。床並君もそう思うなら、とりあえず外に出ようかな」

 バタバタ、ゾロゾロと階段を上がり校庭へと出る。

 時間的にもお腹が空いてもおかしくない時刻だ。ただ、ライブを見ていた者達は脳や意識がそれほど空腹を感じていない。


「ねぇ、たこ焼き食べようよ。ほらそこにあるジャン」濱野が指さす。

 校舎と校庭の間にあるコンクリートの通路にいくつか並ぶ店を目指す。

「や、ちょっと上履きはまずくない? これ、履き替えた方がよくない?」

「だね。汚れてもあれだし」

 おしゃれで綺麗好きな女子ならではの気遣いで、下駄箱へと向かう。そして各々が(そと)()きへと履き替えてから表へと向かった。



「あ~、なんか急にお腹減ってきた」

 ソースのいい匂いが風に乗って流れる。他にも甘い匂いや香ばしい匂いもする。

「どれにする?」

 子供のようにはしゃぐ女子達。濱野と裏画も負けじと選ぶ。縁は少しボーっとした頭のまま順番に眺めていた。と、なぜか色々な店の担当生徒達が、縁を見てクスクスと笑う。それも店の前を通るだけで堪えきれないように。


「ん? 何? 何笑ってンの?」それに気づいた裏画が質問した。

 しかしそれらは口を押えて首を振るだけで何も答えない。

 笑いながら「何でもない」と答える者もいるが、特に理由は言わない。


「何だよ。バカにしてるのか? もしかしてチャック?」

 濱野の台詞に、裏画と縁と今込も自分のチャックが開いていないかを確認した。

 ――開いていない。なら何だ? するとそこに室巣遼が駆け寄ってきた。

 新入部員だ。


「床並君、皆が笑ってるのは……、その、なんていうか……」

「どうしたの室巣君。何か知ってるなら教えて。何かあったの?」

「えっと、実は。俺もE組の出し物で、すぐそこでお好み焼き屋をやってるんだけど、ちょっと前に妹さんがお友達と来て、それで……その」


「なになに、妹が何かしたの?」

「いや~、何かというか、その『後で兄ぃがケツで支払うから』って色んな店で」

「ケツ? 俺がケツで何を支払うの?」

「あ、だから、ほら、元々はツケでって話だったんだけど、なんか、妹さんが言い間違えたみたいで、それが可笑しかったらしくて、友達と盛り上がって、それで色んな店で『兄ぃがケツで支払うからよろしく』ってなっちゃったみたいというか」

 成り行きで変な遊びが始まったようだ。


「嘘でしょ? そンじゃ今も、そんなことふれ回りながらただ食いしてるの?」

 縁は室巣からその情報を聞くなり辺りを見渡す。



 小学生とはそういう生き物だ。ツケの意味も言葉も良く知らない。

 そして言い間違いなどでひとたび盛り上がればしばらくそんな言葉遊びが続く。

 友達の人数にもよるが、多ければ多いほど、より多くの店に回って遊んでいるに違いない。


「マジか。よりによって……『ケツ』って。勘弁してくれよ」

 縁の困り果てた顔に、濱野はニコニコしている。濱野は寧結のハチャメチャな所が大好きなのだ。

 合宿の時からそうだが、色々なことに感化され寧結にかぶれてもいる。



 縁は周りがニヤニヤと笑っている意味が分かり、余計に恥ずかしい。

 まさか皆も本気にはしていないと思うが、それでも寧結がツケで購入した店の者達には、縁がケツで支払うというカタチになっているはず。


 これが文化祭とかでなく、また高校生が受け持つ店でなければ寧結に商品を渡す店主などいない。が、相手はユーモアたっぷりの生徒達、どれほどの被害が出て、どれほど『ケツ』のワードが拡散しているか。恐ろしい。


 ソワソワする縁をよそに濱野や女子達が買い物を始めた。なんてことのない寧結のおふざけと分かったからだ。縁はとりあえず身近な店から順番に回っていく。


「あの~、ちょっとお尋ねしますけど、もしかしてこの店でうちの妹がお世話になってます? ……はぁ、やっぱり。で、お幾らですか?」

「え? お尻とか体で払うンじゃないの?」

「まさか。かか、勘弁してよ。子供の冗談だからさ」

「いや分かってるって。もちろん冗談。でもさ、色んな所で、この話題で持ちきりだよ。妹のツケを床並君がケツで返すってさ」

「うわぁ~もぅ、やだ~」めちゃくちゃ恥ずかしそうな縁。


 縁は一つずつ店を回り寧結がツケにした代金を払う。金額的にいって寧結と萌生の二人ではなく数人が一緒に行動していると分かる。

 片っ端に聞いて回る。


「で、いくらですか?」

「あ、それナンだけど、床並君のケツの権利を買いたいからって、代わりにお金を支払っていった子がいて」

「え~ぇ。どういうこと? 何それ。困るンだけど。誰?」

「マスクしてたから、ちょっと分からないな。ただお店の領収書と交換したから、相手は妹さんの代金の証書を持ってるはずだよ」


 思いがけないことにうなだれる縁。なぜこんな厄介なことにと。すると、それを見聞きしていた永尾が自分の後ろにくっ付いて来ている者達に「悪いけど、速攻で床並君の妹さんのツケを買い占めて来て」と切り出した。それを聞いた小峯も香咲も百瀬も動く。登枝も園江も遅れて走り出した。


「ちょっと待って皆、こ、困るよ。変なことはやめてよ」

 呼び止める縁の声は届かない。仕方ないよと微笑む裏画と濱野。

 そして他の女子達が居なくなったことで、帳がまた縁へと密着する。反対側から永尾もくっ付く。その後ろ姿を、今込が不思議そうに見ている。今込は先ほどからずっと縁という人間を見ていた。


「大丈夫だよ。それよりほら、これ美味しいよ。あ~ん」

 帳がたこ焼きを楊枝(ようじ)に刺して口へと差し出す。縁は「ありがとう」と言ってぱくりと食べた。その何気(なにげ)ない行動に今込がつんのめる。食べるのかい、と。



 女子達が散らばってから十分以上が経った。

 縁達はこの場所を離れる訳にも行かず、室巣が担当するお好み焼き屋の近くで、フラフラし校庭を眺める。校庭では生徒や客達がまばらに歩いていた。


 手にはたこ焼きやクレープなどを持って楽しそうに行き交う。


 縁は永尾から差し出されたクレープを普通にかじる。これが普段の縁なら照れるなり遠慮するなりしているだろうが、今日の縁は完全にグロッキー状態。まともに思考が作動してくれない。ボーっと微熱に侵されている。


 しかし、そんな状態の縁に、またもとんでもない事件が迫る。

 それにいち早く気づいたのは、縁の横に居た永尾。次に濱野。裏画と今込はまだ気付いていない。


 ゆっくりと縁の方へと向かって何者かが歩いてくる。数名でゾロゾロと。

 見るからに危ない雰囲気を(まと)う。

 校庭に居る者達も、その異様な集団に怯える。


 その者達に縁が気づいたのは、横に居る永尾が腕をぎゅっと掴んだからだ。縁はだらりと垂らしていた重心を戻し、そして自ら数歩前へ出た。その行動を見て裏画と今込もようやく何かに気が付いた。




「お前かぁ。お前だろ床並ってのは?」歩きながら問いかけてくる。

「どちら様ですか? なにか用ですか?」近づいてくるそれを待ち受ける縁。


「うるせぇよ。誰にナメた口利いてんだよ」

 いきなりの威嚇と戦闘モード。ここへと近づく歩み自体もそうだが、全員が鋭い眼光を放っていた。最初からマックスで来るのは常套(じょうとう)手段。第一印象でナメられたらまずいし、相手も気を張ってないと怖いのかもしれない。

 そういう駆け引きがある。


「……ふぅ。困ったなぁ」

 どうしてこうも厄介なことが舞い込むのだと頭を掻く。

 今込は、先ほどの縁を羨ましいと思う気持ちからいつもの自分に一瞬で戻った。少しズルイ心変わりだ。縁をうらやむのなら、こういった全てを受け入れなければ話しにならない。


 今込は縁の引力の性質を改めて思い知り、少しも羨ましくなくなった。逆に自分が自分であることにホッとする。



「床並君、あっち行こうよ、この人達……ヤバイよ」永尾が縁の手を引く。


 どうやら永尾は目の前にいるそれらの存在を少しだけ知っているようだ。

 すでに校庭に居る生徒や、この状況に気づいた校舎などに居た生徒達が、距離を取りながらも群がってくる。

 人とは不思議なのもので、なぜか野次馬になりたがる。


 店に行列が出来ていれば並びたくなるし、人が群れていれば混じりたくもなる。そして、事件や事故を怖いもの見たさで覗きたくなる。


 恐る恐る距離を縮める生徒達。そして近づくにつれ、縁の前に居る者達の怖さに気づく。見てすぐに分かる筋肉やヤバイ表情と目。完全に不良、しかもハンパではないほど堂々たる態度と視線。


 今込は後ろの方で怯えて身動きがとれない。裏画もまた戸惑っている。濱野だけが少しずつ縁の居る位置へと近づこうと努力していた。だが、ある距離まで来ると脳が危険を察知して、緊急停止してしまう。どうしても近寄れない。



「色々と噂は聞いてるゼ、お前、この学校の頭を入学してすぐにシメたんだろ?」

 縁は目の前に並ぶそれらをじっくりと眺めながら、寧結が撒き散らした『ケツ』の回収がどうなってしまうのかという不安だけに(さいな)まれていた。

「おかげで色々とウザイ連中が静かになって助かってはいるけどよ。って、お前、話聞いてンのか? 言っとくけどよ、俺は頭イカレてっから、調子くれてっと殺しちまうぞ」

 狂暴なまでに顔に狂気を宿すそれら。まるでケモノ。縁は表情一つ変えずにその動向をただじっと見つめていた。少し温かな眼差しにさえ感じる。


「オーッイ、ちょっと待ったー」

 バタバタと上履きのまま走り寄る生徒達。――谷渕達だ。

 屋上でこの騒ぎに気づき、急いで駆け付けたのだ。


「げ! マジか。なんでスカルが……」

 止めに来たはずの谷渕は、目の前に現れた思わぬ大物に一瞬たじろぐ。



 スカル・ピエロ。

 千葉の海賊と呼ばれる集団、巻下(まきじた)(いび)()を頭にするグループと、埼玉の山賊と恐れられる(いわ)(ぐも)(おさむ)を頭にするグループをツゥトップにし、東京に進出してきたのがことの始まりで、その千葉と埼玉の侵入に、いつも抗争していた東京の走り屋、高塔(たかとう)(かなめ)をリーダーに、喧嘩と走りにいつでも命を投げ出す狂ったピエロと恐れられていた集団、それらが幾度の抗争を経て、ついに連合を組んだのだ。

 そして出来たのが、海賊の象徴であるスカルと高塔らの異名であるピエロ。


 それがスカル・ピエロだ。


 スカル・ピエロは、まずは東京をすべて統一すべくここ数年に渡り動いていたのだが、あと少しというところで新堀潤を頭とするウイルス・モンキーが一気に勢力を増して、その計画を(はば)まれてしまった。そして今もその抗争が続いている状態。


「なんすか? なんでスカルがウチに来てンすか?」

「谷渕。テメェごときが、こんなトコにシャシャると死んじゃうかもしんないぜ」

 ウイルス・モンキーよりも格上の集団。しかも目の前には、なぜか巻下も岩雲も高塔もいる。更に巻下の側近の朝永(ともなが)、岩雲の側近の粕壁(かすかべ)、高塔の右と左の(おう)()荒吹(あらぶき)がいる。


 レベル的に谷渕が口を利いてイイ相手ではない格上。だがここはあくまで谷渕が仕切る進卵学園、逆に谷渕以外で対応できる者がいない。


「もしかしてお前、コイツのこと(かば)ってるのか? お前程度のヤツがわざわざでばって来たわけだ、それなりのケジメ、つける覚悟できてんだろうな?」

 谷渕は視線を下に落とし怯える。校庭にいたのがスカル・ピエロと知っていたらもちろん百%出ていく訳がない。

 絶対に居るはずのない、予想だにしてないメンツなのだ。


 とそこに一人の女性が近づいてくる。

「あら、歪樹に統に要ちゃんも、来てくれたんだ~。嬉しい~」


 ――篠崎実央だ。真っ赤なドレスを揺らし、自分が主役とばかりに振る舞う。


 谷渕と濱野は一瞬で『コイツか!』となる。


「ああ。お前が来て欲しいってせがむからよ。それに床並ってのがどんなヤツか、拝んでおいた方がいいような気がしてな。ただ、期待外れもイイとこだ。見て見ろよ、これじゃまだ谷渕の方が(いか)ついぜ」

 鼻で笑いながら、ガセネタに踊っちまったと篠崎と話す。


「そういえばさ、永尾、あなたさっきなんか言ってなかった? よく聞こえなかったんだけどさ、良かったらもう一度、ここで同じこと言ってくれないかな」

 勝ち誇った上から目線で、意地悪そうに笑う。――まさに悪い女。


 永尾は怯えたように下を向く。と、縁は体を強張らせる永尾の頭を優しく撫でて自分の後ろへと回した。そしてニッコリと笑い口を開く。


「あの、用が済んだみたいですし、俺達、もう行きますけどイイですよね?」

「いいわけがねぇだろ?」

「でも、谷渕先輩よりザコには用ないみたいな、……言ってたから。ですよね?」

「まぁ、そうは言ったけどな、なんかお前ムカつく顔してるし、ちょこっと裏まで来いや」

「お断りします」


「あ? あぁ? オイ、ナメてんのかっ? さらって殺すぞ」


 谷渕はこの流れがどうなるのか、本気で焦っている。なぜならスカル・ピエロとウイルス・モンキーとの抗争で、三人もの死人が出ているからだ。

 病院送りなら良くある話。

 ここに居るのは、ハッタリではなく本物の喧嘩屋達だから。


 全身に入れ墨やタトゥーを(ほどこ)し、悪の限りを尽くす。

 海賊と恐れられた巻下が、千葉の海岸で粋がって騒いでいた、これまた全身入れ墨だらけの(いか)つい集団を、いきなり襲撃して、酒瓶で頭をかち割り、血しぶきが噴き出し白目を剥いて口から泡を吹くそれを踏みつける姿は、地元の不良史に堂々と載っている。

 山賊と恐れられる岩雲も、地元だけではなく、池袋や六本木で起こした傷害事件は、ニュースで報道されたほどに残酷で凶悪。


 もちろん、世の中は甘くないので、頭達も幹部らも、時期は違うが、ほぼ全員が少年院(ねんしょう)経験者。最近の抗争で犯した重い罪で、刑務所にぶち込まれ出てこれてない幹部もいる。




「谷渕先輩、こいつら強いんすか?」市来が小声で尋ねる。

 その問いに「バカ、黙ってろ」と小声で返す。谷渕以外の全員が似たようなことを思う。一体この人達は谷渕と比べてどれくらい強くて格上なのかと。

 見ているだけでは当然わからない。分かるのは剥き出しの筋肉と派手なタトゥ、それと威圧感。


 谷渕や船城なども筋肉や見た目の不良さはそれなりに怖い。一定以上のラインを超えると、普通の人には誰がどれくらい強いのか全く見分けが付かないのだ。


「オイ、そこのガキ、なにイキがってんだ。ちょっと前来い。コイッ」

 呼ばれたのは市来。市来はスタスタと前に出る。といきなり市来の顔を目がけて思いっきり殴りかかった。しかし市来はそれを左へと傾いてかわしバックステップをした。だがその瞬間、右の脇腹を押さえて片膝をついた。凄く痛そうだ。


 見ている野次馬達は何が起きたのか分からない。動きを見ていた縁もそうだ。

 理由が分かっているのは、昨日の昼に、屋上で市来と濱野の喧嘩を見ていた者達だけ。


「なんだよ。何もしてねぇのにいきなりどうした? ひ弱だな」

「あ? チッ」

「何が『ア?』だよ」そういうと片膝をつく市来の顔目がけてフルスイングの横回し蹴りを放つ。それを痛がりながらもどうにか肩で受けて寝転ぶ。


「ってぇな。何すんだよ」市来が完全にキレて喧嘩モードだ。

 谷渕は縁以外の喧嘩は無理に止める気はないようだ。

 というよりも、既に谷渕レベルがスカル・ピエロの喧嘩に割って入れる次元ではないといった方が正解かもしれない。


「大丈夫っすか市来先輩。なんなら俺等も手伝いますよ」

「誰だよテメェ等はよォ」

「俺等のこと知らないの? 竹海兄弟だよ。他人の学校来てあんまナメたことしてるとお仕置きしちゃうよ」自信たっぷりにニヤケる二人。


 一年A組、(たけ)(うみ)(しゅう)(へい)(こう)()。双子だ。

 クラブ系雑誌のモデルとして活躍している。


 日焼けした肌から白い歯を覗かせ不敵に笑う。いつも二人で居るからか、怖さも半分、そして勇気は二倍。

 ユーモアも日頃の生活で培われているのか、口調がオシャレだ。



「随分と馬鹿が多い学校だ。まぁココ偏差値低いンだろ?」

「そういうことは『偏差値』って漢字で書けるようになってからいいな。お前絶対書けないだろ、ちょっとそこの地面に書いてみな。ほら、俺が見てやるから」

「てっめぇ、マジで死にてぇンだな。いいんだな俺らに喧嘩売って」


「いきなり人殴っといてなに今更こっちが喧嘩売ったことにしてんだ。そっちから乗り込んで来て、そっちから手ぇ出してきたんだろうが」

 竹海兄弟と粕壁のやり取りの中、市来がゆっくりと立ち上がる。そして痛む脇腹を擦りながら腰を左右に動かす「いっつー」やはり痛むようだ。


 張り詰めていくやり取りを見ていると、いきなり誰かが縁のお尻をぎゅーと掴んできた。

「うわぁ。なっ、何だ」


 振り返るとニヒヒッと寧結が笑う。その横で萌生や数人の子供達が笑う。

「やっと会えたよぅ。探したんだよ。ほら、久住君が、兄ぃに用があってせっかく来てくれたのに、クラス行ってもいないから~。あれさ~、メイドさんってさ~」

 縁は寧結の斜め後ろに立つ久住を見て「あ~、来てくれたんだ」と微笑んだ。

「ああ。せっかくチケット貰ったし。ここってチケットないと絶対に入れないんでしょ。しかも学校の友達がさ、凄いプレミアチケットだって言うから。……というかどうしたのこの状況。随分とまた、シャレにならないメンツとトラブってるみたいだけど。まさかだけど、床並君は関係ないよね?」


「うん。俺じゃないと思う。うちの先輩と知り合いみたいというか、なんか話がこじれて喧嘩なっちゃったみたいで。ホント、ビックリ」

 すると、久住と縁のやり取りを聞いていた巻下が声をかけてきた。


「お前、もしかして久住か?」

 その声に皆が振り向く。野次馬達は「誰々?」とひそひそ話す。谷渕は久々に見る久住に本気で驚く。なんであの久住がこんな所に現れたのだと。


「巻下さんっすか。それに岩雲さんに高塔さん。お久しぶりです。今日は、友達の床並君に会いに来ただけなので、できれば俺を巻き込むのは勘弁して貰えますか」

 少し鋭い目つきが丁寧に筋を通す。三人ともそれに軽く頷いた。


「まあ、お前はウイルスなワケじゃ、ないし、今は標的(ターゲット)ってワケじゃねぇからよ。それよりお前等二人、友達なのか?」

「ええ、まぁ。同じ中学だったので。それに床並君には返し切れないほどの借りが幾つもあるので。中一からだから幼馴染ってことかな? まぁそんな所です」


 巻下も岩雲も高塔も、何か考え深げに腕を組む。さっきまでザコだと思っていた縁が、タイマンをしたら負けないしと言われた久住とここまで仲良しとはと。

 現在のウイルス・モンキーを継いだ二代目の(つき)()(あゆむ)や、その側近の安斎(あんざい)(ただ)(きよ)も、かつて同じ中学。


 三人ともに、名前を聞いただけでビビるほどの有名人。喧嘩の殆どを安斎が受け持っていたが、番を張っていたのは築道、そして裏番だったのは久住。

 人によってはどっちが裏か表か違う意見の者もいるが……。ウイルス・モンキーを継ぐのも築道ではなく、間違いなく久住と言われていた。


 敵対していたスカル・ピエロがそんな久住の情報を知らない訳がない。

 もし久住が後を継いだなら、今とはまるで違う戦況になっていると、間違いなく分かっている。巻下と岩雲と高塔はかつて、ことあるごとにそんな話をしていた。


 しかし、久住は修職工業という偏差値の高い工業高校へと進学し、喧嘩の世界から姿を消した。それが今、自分達の目の前にいる。


 久住自体もメチャクチャ強いが、久住が本気で動けば、久住のかつての舎弟達も当然動く。そして、ウイルス・モンキーも、その期に乗じて形勢をひっくり返しにくる。しょっちゅう抗争していればそれくらいの戦況は読めるし描けた。


 あまりのゲストに戸惑う三人。たった一人の久住の存在に一気に傾く。


 少しの沈黙の中、久住がポケットから何かを取り出し縁に差し出す。

「この前のお掃除君達だけど、二台とももう直ってるからいつでも取りに来て平気だよ。それとこれが注文のバイクだけど、一応、ここの所がさ――」


「え? なんでこんな色なの? それにこのマークって……」

「いや、それは寧結ちゃんがどうしてもそうしてくれって。お兄ちゃんに駄目って言われるよって言ったんだけど、絶対平気だからって言うからさ。仕方なく……」

 寧結のわがままなら仕方ないと諦める縁。悪いのは久住ではなく、そういう注文をした床並家に全面的に非があるなと。


「でも、随分とカッコイイなこのバイク」嬉しそうに微笑む縁。

 縁の横に居た帳と少し後ろで隠れていた永尾も覗く。そして「これ? バイク?」と尋ねてくる。

「うん。ビックスクーターだよ。ただ、ほら、妹も乗るし雨が降ると通学できなくなるから屋根を付けてもらったんだ。元々そういうのは沢山あるんだけど、どうせなら自分専用のデザインでと思ってさ、色々と久住君にお願いしたんだ」


「へぇ。スッゴイ。久住君? って何でもできちゃうんですね」

 久住は少し照れながら、またポケットに手を入れ何かを取り出す。名刺だ。

「これ、良かったら。俺、壊れた物を修理する仕事してるから。もし何かあったらウチに依頼してね」

 そういうと濱野や裏画にも手渡す。



 久住は今、工業高校へ通いながら壊れた機械を修理する店を始めていた。元々は図書室で縁と勉強しながら描いた小さな夢だった。


 それは、久住が子供の頃に、死んだお父さんから犬の代わりにとプレゼントされたペットロボットが故障して、その修理サポートが切れてしまった話からだった。

 そういうのを直してくれる場所も、少し前からあるにはあるが、やはり数少なく予約だけで数年待ち。全国には悲しい思いをしている人は多い。


 久住はそんなサポート終了した電気製品やおもちゃ等を直せるエンジニアになりたくなったのだ。そして――。


『そっか、それじゃ機械のドクターだね』

『え? ドクター……か。うん。俺、将来、何でも直せるエンジニアになるよ』

 そう夢を語ったのだ。そして久住は、縁に教わりながら猛勉強して、無事高校へ進学。今も専門の大学へ進学すべく日々勉強している。


 喧嘩しか知らなかった久住だが、今はささやかな夢に向かって必死に勉強しもがいている。

 アイドルや俳優やバンドマン、スポーツ選手などと比べたら見劣りするかも知れないが、縁と交わした『ドクター』になる為、大事に夢を抱えていた。


 縁は、久住の頑張りを見る度、自分もやりがいのある仕事がしたいと、羨ましく思うが、今の所、何をするかを決めかねている。

 いくつか夢を描いているが……世の中の人と同じで、コレという何かに巡り合えていないのが現状。そんな迷いの中で今できるのは勉強、少しでも多くの出会いがあるように大学を目指しているのだった。



「見して見して。出来たの~バイク~」

 寧結が縁の持つプリントアウトされた画像紙を奪い取る。そして萌生などと一緒に覗く。


「これ何? バイクぅ? 車みたい。ま~るいお屋根がついてるんだね。これさぁ寧結ちゃんのバイクなの? い~なぁ~。萌生も欲しい」

 キャッキャとはしゃぐ子供達。しかし、そんなやり取りがいつまでも続くワケはなかった。ついに三人が動く。


「おい、床並。俺等はテメェに用があんだよ。ちょっとこっち来いよ」

 縁は仕方なく数歩近づく。縁を上から下へ下から上へと睨みつける。


「あのさ。用ってなんですか? 俺、友達と話があって忙しいから、用件を聞きたいんだけど。できれば手短でお願いします」

「さっきから思ってたけどよ、お前随分と余裕かましてンな。別に怖くありませんよ的なアピールしてんのか? 言っとくけど、お前が友達として頼りにしてる久住も俺達にとっちゃ格下だからよ、何か期待してるなら残念だったな。ま、どうしても粋がりたいなら俺と喧嘩でもしてみるか? 上には上がいるって教えてやるよ」


 久住はそれを見て、やっぱり縁が絡まれてたんだと(にが)(わら)う。どこら辺が関係ないんだと。思いっきり原因でしょと。


「そお。分かった。よく理由は分からないけど……いいよ。たださ、喧嘩って名目はやめてくれる。あくまでも遊びって肩書で。おふざけで。じゃないと何かあったらややこしいし、お互い困るでしょ? ヤレればお互いそれでいいわけだから問題ないですよね?」

「あははっ、ハッタリもここまで来るとすげぇよ。お前面白れぇよ。けどよ、悪いけどお前は、病院送り決定な。コッパさしてもらうわ」

 指をバキバキと鳴らし首や足首を解す。谷渕はそんなやり取りを見ながら、かつて自分が吐いた言葉と巻下の台詞を重ね合せていた。


「マッキー、お前がやるのか? 俺もやりたいんだけど」岩雲が欲しがる。

 もちろん高塔もやりたがる。三人にとって縁は絶好の獲物だ。見た目から推測する戦闘力は、容易に仕留めれるレベル。今まであった中でも(ちゅう)(ちゅう)の見立て。


「できれば一番強い人に出て来て欲しいけど。後で別の人が来ても困るし」

「おいおい。お、ま、えが勝つ気かよ。そこまでいくと笑えねぇよ。お前、口だけのヤツだろ」

 縁は表情を変えずにただ相手を見ていく。最初っからずっとそんな感じだ。


 すると、いきなり巻下が縁に殴り掛かった。完全に顔面を捉えるラインだ。

 無駄のない綺麗な腕の伸び。相当格闘技をかじっている拳。

 しかしその拳をあっさりと手の平でキャッチする。傍から見ている者達にはキャッチボールで飛んできたボールを普通にグローブで取ったように見えた。

 しかも巻下のそれが、なぜかスローに見えたのだ。

 野球の球速でいうと六十キロ弱に。


 初めてのことに焦る巻下であったが、その流れのまま、逆の左手で顔面を殴りにかかる。その拳も縁はあっさりと掴む。

 周りの者達にも今度こそ間違いなく見えた。そして感じた。

 そこに居る誰もにはっきりと浮かぶ『キャッチボール』の映像。


 縁の掴み方がボールをキャッチする時の動きにそっくりなのだ。


 掴まれた手を強引に引き戻そうとしているが、伸び縮みはするものの決して放さない縁。すると今度はその状態のまま、縁の腹を目がけて右前蹴りを放つ。それを左にひょいっとかわした次の瞬間、巻下の体が三メートル近く吹き飛んだ。


 空中をスローで舞う巻下の姿に、そこで見ている全員の溝内に驚きがめり込む。皆、見えない手で完全に度肝をねじりあげられていた。

 なにせ、人が宙を吹っ飛んでいく。


 勢いよく地面に転がる巻下は、膝横と肘と(あご)とこめかみの痛みに同時に襲われ、もがいている。


 縁はスタスタと近づくと「もしかして、怪我しちゃった? 大丈夫だよね?」と少し心配する。下から睨み見上げる巻下。その巻下にニッコリと笑う縁。

 バカにした笑いではなく、凄く優しい目と口元。

 思わず好きになってしまう表情だ。まるで友達に手を差し伸べる的な雰囲気さえ見える。


 その光景を見ていたスカル・ピエロの者達や谷渕らは、縁が近づくと同時に巻下の腹や顔を蹴り上げてトドメをさすのだとゾワゾワしていた。

 だが、縁は覗き込んだだけ……。これが反対なら間違いなく巻下は、顔面を踏みつけて縁を病院送りにしていただろう。



「悪いけど、この状態で続けるのは……好きじゃない。なのでこれで」

 そう言って巻下から離れた。巻下へと駆け寄る朝永が肩をかし助け起こす。

 だが、打ちつけた足を引きずり腕も真っ直ぐに伸ばしている。

 動かすと痛いようだ。地面にバウンドするほど打ち付けた体を、重そうに移動させる巻下と朝永。


 谷渕はこの光景に色々なことを思い出す。自分がやられた時のこともそうだが、ウイルス・モンキーの集会で語られたあらゆる話を。

 そして、あの悪童と恐れられた久住と並ぶ縁を見て確信する。やはり関わっちゃいけない存在なのだと。


 岩雲と高塔は目の前で起きたそれを再生しながら、果たして自分は縁とやり合ってどこまでいけるのかと再度ねり始めた。

 縁の底がまるで見えてないから、何とも答えが出せない。見た感じ、まるっきり本気を出していないように感じた。それどころか子供をあやす程度とも思えた。

 現場の状況を何度も検証する。


 巻下の両手を掴んだまま、あの巻下の勢いに乗った前蹴りを横へとかわした瞬間だ、あの瞬間、何かが起きた。そこからは誰にもはっきりと認識できていない。



 縁はその瞬間、軸足である相手の左足を踏みつけてそこを軸に約二回転ほど回り、しっかりとついた遠心力を使って優しく放り投げたのだ。

 普通なら縁自身も後ろへ吹っ飛んだり、それこそ上手く投げるなど出来ないが、遠心力が何たるかを知っているハンマー投げの選手ならば、簡単に出来る技ということだ。


 そして縁は、ハンマー投げの選手よりも、もっと複雑(・・)な遠心力に精通している。


 それは――大鎌だ。


 縁の扱う大鎌は、基本遠心力で動かし舞う。小学生が鞄を回して遊ぶかの如く、あの重い大鎌でとんでもない空中技を使う。

 そんな縁にしたら初歩であるただの横回転など造作もない。



「床並君、これは危険じゃない? 今の、下手すれば頭打ったり首の骨とか折ってたかもよ。結構高さがあったし。普通に刀出しての方が加減もしやすいでしょ?」

 久住が今見た戦いについて話す。縁も「確かに」と話し合う。

 戦いの後に、その戦いについて話すのは癖になっている。


 確かに例え高さがなくとも、後ろ向きに勢いよく吹っ飛んで後頭部を打てば命の危険があった、かも知れない。

 相手は防具を着けた敵ではなく、夏の終わりに薄い布生地一枚着た生身の者だったと、改めて反省する縁。


 縁はベルトから垂れる革のケースをチラリと見た。

 そして考え深げに指で触れた。


 野次馬として集まった生徒達が、今見た縁の牙に興奮して震え上がる。

 圧倒的な強さに憧れる男子には堪らない。

 痺れて股間辺りがキュンとしているはず。そして、先程の劇場で縁を『目立ちやがって』と(ねた)んだ者達の殆どが、今込と同じ理由でとっくに寝返っていた。

 とてもじゃないが別次元と。もし仮に縁と立場を変わらなければいけないとなったら、学校を辞めて引きこもるしかない。

 そしてどうか家までは厄介事が舞い込みませんようにと、普段は信じてもいない神さまに本気でお祈りしちゃうであろう。



 谷渕も船城も市来も竹海兄弟も、進卵学園のその他の不良達やモドキも皆、縁のヤバイまでの強さに痺れていた。一度しか、それも、ちょっとしか見ていなかった縁の強さだったが、今日、これではっきりと確信に変わった。

 縁は間違いなくヤバイと。


 剣道部は縁がこんなものではないことを知っている。

 確かに目の前にいるスカル・ピエロの外見や言動のヤバさ、何をするか分からない未知の狂暴さには怯えるが、それでも、剣道部員が知っている縁の強さは、その次元を遥かに(りょう)()する。


 今込もいつの間にか震えが止まり、恐怖が消えていた。目の前で真っ直ぐに立つ縁の背中に、どうして自分は縁を自分と同等の物差しで測り羨んだりしたのだろうと反省した。



「おい、まだ終わっちゃねぇぞ。こっちは俺と岩ちゃんが残ってっからよ」

 高塔が岩雲と顔を見合わせる。やはりヤル方を選んだようだ。

 高塔と岩雲に、逃げるとか背中を見せる気はさらさらない。

 仮にも人の上に、それも拳や強さだけを頼りに伸し上った男達だ。例え死んでも相手の腸に食らいつき、絶命しながらでも引きずり出す覚悟。


 すると――。

「ちょい待ち。今の見たろ。床並とやる前に俺とやらない?」

 脇腹を押さえながら市来が前へ出てきた。

「何だてぇめぇは。さっきのザコじゃねぇかよ。そんな脇押さえた状態で誰に喧嘩売ってンだ。シャシャってンじゃねえ。今邪魔するなら殺すぞ。こっちはスカル・ピエロの看板背負ってんダ。ザコは消えろ。この喧嘩を汚すなっ」

「へぇ、そんじゃもし今日三人とも床並に負けでもしたら、全員、床並の傘下ってことか。最低でも解散か。それは面白れぇ」


「フン。もしそうなれば当然だろ。三人ともタイマンで負けるようなことがあれば、わざわざそんな約束しなくても噂が広まって勝手に地に落ちるわボケ」

 近くで見ている篠崎が目の前の出来事に目を白黒させている。

 それこそウイルス・モンキーよりも格上のスカル・ピエロが目の前で消えかけている。ありえない。篠崎が今まで出会った色々なワルの集団の中でまさにトップ。


 もちろん全国には沢山凄い所はいると思うが、あくまで篠崎の知る範囲でだ。

 それでも断トツの悪。


 だが顔色一つ変えていない縁。本当に遊びなの? 篠崎は今までに出会った誰とも違う縁のその目に少しずつ怯え始めた。とても今の策で出し抜ける気がしない。


 篠崎が本来予定していた結末は、まるっきり違う。


 普通なら……超怖い巻下と岩雲と高塔、更に側近まで来ている状況、こっち側が遊び気分で軽くちょちょいと(ひね)って、半永久奴隷の出来上がりなはず。だが……。


 篠崎の読みは早い。危険な状況下での読み間違えはあまりない。

 確かにまだ高塔と岩雲の二人も残ってはいる、が、篠崎にとって、すでに暴力的な方面より、色気やエロさの方がまだ可能性があると、そう思考が完全に方針転換していた。



「濱野、どうだ、お前も一緒にやらないか? 俺がこっちの鼻ピしてる方やっから、お前はそっちの筋肉ゴリラを仕留めろよ。俺より強いんだからいけんだろ」

 市来のとんでもない誘いにうろたえる濱野。が、周りでそれを聞いている野次馬の驚きはそんなレベルではない。

 市来がヤバイ薬でも打っておかしくなったのではと。あの虐められっ子で普段から馬鹿にされてる濱野が? 濱・()(グソ)が? あのオタクの?


 信じられないし、何事か認識できない。震えてるだけしかできない一般生徒の更に遥か下で、カスのように扱われていた濱野が、絶対にありえないと。

 と、縁が口を挟む。


「ダメだよ濱野先輩。それと裏画先輩も。部長命令です。先輩に命令するのは悪いですけど、ここは大人しく俺の言うことを聞いて下さい」

「あ、うん。分かってる。怖いし。無理」裏画が愛想笑う。

 濱野も静かに頷く。だが、濱野の中で昨日(・・)(とも)った小さな炎がゆらゆらと揺れる。


 目の前で見せつけられた、縁の羽ばたき。

 そして昨日戦った市来の誘い。少しだけ認められた(えつ)

 だけど、市来やあの喧嘩を見ていた不良グループ以外は、未だに自分をクズだと思っている。


 どうにかそれを払拭したい。それと同時に合宿中に縁と話したことも思い出す。自分がどう振る舞い、どういう者になりたいか、それをに丁寧に考えるべきだと。



 目の前でいつも争いに巻き込まれる縁は、その度に、いつもその争いをギリギリまで避けている。それは強いからの余裕ではなく、北海道でもそうだが、言い争うことさえも避ける。喧嘩だけじゃなく論争もしない。そんなものは負けてもいいと言わんばかりに。


 絡まれた三人組みを助けた後放った台詞が……「じゃぁ」だけだ。まるで通りすがりの風。


 そんなことを何度も見ている。もし今、裏画に縁の強さを移植できたら、きっとこの場所はとっくに血塗れの地獄絵図。

 実際縁はそれが余裕で出来る。だがしない。

 だから今この場所は、この状態でいられる。

 それでもここが荒れているのは、自らの力を使って、狂気の世界へと導いている者達が沢山いるからだ。

 野次馬として見ている者達の中にも、それを望んでいたり、自分ならああしてこうしてボコボコにぶっ潰すのに……と妄想する者だっているはず。



「もちろん、やらない。俺も怖いし。市来、市来君も止めた方がいいよ、怪我してるんでしょ? 今日は文化祭だしさ、大怪我したら遊べないよ」


 やれよ。退屈なんだよ。止めんなよ()()。ふざけんなビビリが。でたよ臆病者、結局怖いんだろ? 野次馬達の心の声が視線から伝わってくる。凄く痛い。


 こういう敵対する目や馬鹿にする目に、縁はいつもどうやって耐えているのだろうと思いながら、濱野はまっすぐ立つ縁の横顔を見た。

 そして奥歯を強く噛み締める。


「ふざけろよ。なんでそんなオタクみたいなザコに仕切られてんだ。ハハッ。アー笑けてくるぜ。なんだろうな今日は、とんでもなくイラつくぜ。普段はザコがオーバーにビビリあがってる仕草に逆にイラつくのに、なんだよこりゃ。今日はマジで人殺ししそうだ」

 こめかみと首筋の血管が本域で浮き上がる。完全にブチ切れている。


 それに気づいた縁は濱野に少し後ろへと下がるように命じた。

 そして縁は様子を見る。



「わっしょい。わっしょ~い」

「おわぁ、なンらよ」

 寧結がいきなり縁のお尻を両手で突き上げた。ビックリして振り返る縁。

「ねぇ兄ぃ。あのさ、さっきさ、玄関とこにいた人に、スケボーみたいなのをね、あげるって言われたの。貰ってもいいのかな?」

「ええ? それ今聞く? 誰?」

「兄ぃと同じ学校の人だよ。えっとね、青いお祭りの着物でね、はちおまき巻いて『わっしょい』っておみこし担いでたよ。そのおみこしね、可愛いアニメの――」


「寧結、それ後で聞くからさ、ちょっと離れてな」

「ヤダね。一緒に回ろうよ。学校案内してよ。萌生ちゃんとか皆と約束しちゃったんだから。早く行こうヨお祭り」

 寧結はそういうと物凄い傾きで縁の腕を引っ張る。反対の手を萌生が引っ張り、その周りにお友達が群がる。

 ピョンピョンと跳ねながら「わっしょい」を連呼する。


 と、アッという間に距離を詰めた粕壁が、縁の手を引く萌生を引き離し抱えた。その光景に野次馬も谷渕等も焦る。

 付属の小学校の幼い子が、巻き込まれてしまったと。


 相手はキレたら女、子供もお構いなしに痛めつけれるヤバイ奴らだ。

 見ている者達に冷や汗が流れる。捕まった萌生も、びっくりして蒼白(そうはく)になっていく。貧血状態のように血の気が引いている。


「……っ、なにしてんの? ねえ! マジで。私の大事な、私の、私の、大事な、大事な友達に……、クッ」

 寧結の目に一瞬で涙が溜まる。そして寧結が鞄をまさぐる、と次の瞬間信じられない速度で寧結が突っ込んでいく。


「その汚い手ぇどけてよ」

(いだ)ッーーーーッ」

 粕壁の前で崩れ落ちる縁。寧結はハイパーけん玉なる子供のおもちゃを振り回している。まるでヌンチャク。いや、かつて寧結が得意としたモーニングスターという武器と同じように扱っている。


 縁は背中を押さえて地面で転げ回る。どう見ても息が吸えてない。

「どいてよ兄ぃ。なんで邪魔するの? その人、大切な萌生ちゃんを。私の、私の……」


 縁は興奮する寧結に何か言おうとするが、喉にボールでも詰まったように塞がれ声など出せない。苦しそうに久住にジェスチャーする。

 全く意味不明な手信号と表情アピールだが、久住は寧結を捕まえた。そして頭をポンポンと撫ぜながら「落ち着いて、大丈夫だから」となだめる。


 寧結は背の高い久住を、後ろにブリッチでもするように見上げる。

 そして「萌生ちゃんが」と涙を流した。

 と今度は、捕まっていたはずの萌生がハイパーけん玉を取り出し振り回し始めた。粕壁が既に萌生を放していたことで起きた二次災害だ。


 ブンブンと音をさせ、涙目で粕壁を睨む。


「よくも寧結ちゃん泣かしたな。マジで許さない」

 振り回しながら徐々に近づく萌生。縁は立ち上がろうと粕壁の左足のももに片手をついたが、その状態のまま立てない。



 寧結の攻撃を縁が背中で受けなかったら、間違いなく粕壁の左の膝は粉砕骨折している。膝の皿を真横から砕かれたら一生杖だ。縁が身を(てい)することで、間一髪救われた。だが縁の背中面にある肋骨(ろっこつ)の一部に薄くヒビが入ってしまった。

 固い背中でなかったら、仮に脇腹や腕なら大事故だ。

 そして背中でも、中心の背骨に当たっていたら一生車いすだったかも知れない。

 もちろん縁が何も考えずに飛び込むわけはなく、確実に寧結の攻撃の軌道を見切っての対処。ただ、一瞬のことであり、それ以外の方法がないギリギリの選択でもあった。


 こういう時だけは、ぽっちゃり体型が羨ましい。分厚い脂肪。もしそうなら多分無傷だ。やせ形の縁とは防御力がまるで違うから。



「萌生、ちゃん、ダメ。そういうことしたら……」やはり息が続かない。

 久住が寧結を誘導しながら萌生へと近づく。そして「お友達を止めないと。大好きなお友達でしょ?」と寧結の頭を撫でる。

「萌生ちゃん。……やめよう」

「だって寧結ちゃんのこと泣かした」

「うん。でも、私なら大丈夫。それよりも萌生ちゃんは大丈夫?」

「私は大丈夫。だけど、だけど、やっぱり許せないよ」

「だね。それじゃ一緒にやっつけちゃおうか」

「うん」

 そういうと寧結と萌生がパイパーけん玉をまた回し始めた。それを必死になだめる久住。周りで見ている者達は、あまりの奇妙さに思考が停止する。


 寧結と萌生の無双ぶりを知っているのは、合宿に参加した者達だけ。それ以外の者には、目の前の現実が夢の中の出来事のように感じる。これは何? と。


 両ひざに手を添えながら、中腰で寧結と萌生の元へ向かう縁。

 どうにか二人を止めないとと動く。

 今の状態では、とてもじゃないが本気になった二人を止められない。


「寧結、うっ、スケボーで遊んでおいで」

「ヤダ。萌生ちゃんとアイツ倒す」

「そんじゃ、二人にあげたぬいぐるみ返して貰うからね」

「や~だ~。わかった~。ゆうこときくから~取らないで~」

 合宿で買ってあげたぬいぐるみのお友達。毎日一緒に寝ている抱きペットだ。


 萌生も一気に素面(しらふ)になる。そして何事もなかったように二人して友達の居る場所へと戻った。すると、取り出したままのハイパーけん玉で遊び始め、色んな技をしながら友達皆でケラケラと笑い合う。さすが小学生……の低学年。


 縁は寧結の攻撃で一気に瀕死状態。これで身も心もボロボロ。

 どうにか呼吸を整え立ち上がることはできるが相当な深手だ。骨が折れた訳でも物凄い亀裂が入った訳ではないが、軽くとはいえヒビはヒビ。

 骨に線が入るということは、その手前の脂肪や筋肉も、相当のダメージを受けている。当然、赤紫に変色しているはず。


 少し動くだけで痛い。色々な痛みを経験している縁であるが、痛みから推測して相当ヤバイ怪我だと認識している。久住の肩を借り元居た場所の方へと歩く。と。


「え~にし~君~。どしたの~。途中から、見てたよ~」

 野次馬の更に後方から声がする。皆が一斉に振り返ると、野次馬達の間を縫って何者かが歩み出てきた。

 縁はその姿を見て、先程とはまるで別人のような鋭い目に変わる。剣道部員達も、合宿で曽和や銀錠と戦う時にしか見てない、あの真剣な目だと感じる。





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