三十話 作業変換活用
一方、縁やF組の男子達は、大勢で座椅子などを運んでいた。購入したものは、シングルの座椅子二千九百八十円を三つ、ラブソファー五千九百八十円を二つ。
と、大きめのキャスターや板、コの字になったプラスチックパイプなどを購入。
椅子だけで税抜き約二万千円。
その他の材料費込みで、合計二万八千円ほどとなった。その全てを、縁が一人で支払い、皆に驚かれていた。
座椅子をシングル三つに変更したのは、男子皆で話し合い、金額があまりに高くつくのでは、という心配から導いた苦肉の策だった。
全ての階に設置するのではなく、最も広い一階と、自分達のテリトリーである、一年生の階に配置して、そこで楽しく運営する計画に変更された。
教室へ着くと、すでにほとんどの準備を終えた女子達が、男子が抱え持つ椅子や道具などに飛びついてきた。
「わぁ、凄い、本当に買って来たんだ」
キャッキャと騒ぐ女子達。
時刻は三時を少し回っている。
「あ~疲れたぁ。ていうか腹減った~」
「私達も食べてないよ。お腹減ったよね~。誰か買い出しに行ってくる?」
その言葉に、縁は不意に濱野を探す。いる訳はないがなぜか癖づいていた。
そのことに気づいた今込がくすりと笑う。お互いに目が合うと「やっぱり?」と笑った。
買い出しの話が進む中、男子達は早速作業を始めた。行き帰りの時にすでに細かな構想ややるべき作業工程は話し済みで、意思の疎通は完璧だった。
問題があるとすれば、五時までに仕上がるかどうかと、お腹の減りがどこまで耐えられるかだけだ。
たんたんと進む。それと同時に物凄い速さで時間も進んだ。買い出しの者が色々と買って戻って来た時には、既に四時を回っていた。
沢山のビニール袋をテーブルへと置き、早速中の物を取り出す。
量からいって、数店舗をはしごして買ってきた感じだ。
「さ、とりあえず食べようよ」
女子が作業する男子達を食事に誘う。だが、男子達はタイムリミットがあると、作業する手を止めずに急いだ。
「大丈夫だよ。書類提出すれば、今日、学校に泊まってもいいって折紙先生が言ってたし、泊まれない子も七時までの延長はいいってさ」
男子がいない間にそういったやり取りがあったようだ。
しかし、男子の殆どは家に帰りたいと思っている。縁もそうだ。
買い物中もそんな話で盛り上がっていた。なぜなら、本来とっくに作業を終えているべきことで、この人力車は女子の機嫌を直す為だけの策、どうしてもやりたい催し物ではない。
メイド喫茶自体も、女子達が盛り上がって決めたこと。どこの学校でもそうだが、男子はそれほど何かに乗り気ではない。言われればやるが、まして、泊まりでやるなどありえない。
残業など御免と思っている。
ギリギリまで作業していると、そこに君鏡と寧結が現れた。
「床並君。まだ帰らないの?」
「兄ぃ、迎えに来たぞ。来ないから、さ。今日は部活じゃないの?」
学校での五時のチャイムが鳴り、下校を告げる放送が流れる。
ここから先は、部活でもなんでも、書類を出していない者は居残れない。
縁は基本、剣道部などで居残りすることも多々あるから慣れてはいるが、今日は帰る気満々である。
「あ、あのさ、俺、迎えが来たから、もう帰るね。なんかごめんね。でも、結構頑張ったしさ、そういうことで、許してね」縁がへつらう。
「あ~、俺も急いで帰らないと。家で……お爺ちゃんが……待ってるんだ」今込。
「俺も、お母さんと……買い物。と、塾」
「俺、親戚の家に行くンだわ」
皆が口々に言い訳をする。誰一人ふざけている訳ではなく、本気の言い訳だ。
少しでも早く言い訳を言わないと他の者に言い訳を取られてしまう。同じことは言えないし、それに一番言い訳が薄く弱い者は、居残りさせられそうで怖いのだ。
だから、必死だ。
「俺、俺、俺だって、か、母ちゃんと……前から約束してたから。え、映画の」
女子達は、どうして男子はこうも嘘を付くのが下手なのかと溜息をつく。
もちろん、しっかりと考える時間を与えれば少しはましになるかも知れないが、いきなりの対応だと、どきまぎして失敗する。
将来、妻に隠し事は出来ないとはっきり分かる。
「もう、分かったからさ。とりあえず、床並君だけ残ってくれれば、後は帰ってもイイよ。ママと映画や買い物があるんでしょ?」
「それにしても、皆、ママと仲良しね~。ちょっとびっくり」
母親を言い訳に使った数人が、失敗したと顔を真っ赤にする。帰ることや譲れない約束的な言い訳に重点を置き過ぎて、マザコンぽいことになっているとは気付かなかったようだ。しかし、今更違うとも言い出せない。まさにアリ地獄。
「えっと、そのぅ、俺だけ残るって……、あの、ほら、妹もいるし、帰らないと。うち、二人きりの家族だから妹だけ帰せないしさ」
「大丈夫。折紙先生がね、妹ちゃんのことも、ちゃんと書類やっといてくれてるから。床並君は何も心配しないで作業してて平気だよ。夜ご飯も用意するからさ」
「え? 嘘でしょ? どうして?」
縁が助けを求めるように今込を見るが「あ、部長、お先に失礼します」そういって急ぎ足で帰っていく。それを皮切りに他の男子もそろそろと帰宅を始めた。
「ちょっと~そりゃないよ~。確かに俺が言いだしっぺだけど……、約束したジャン皆。本当に帰っちゃうの~」
「ごめんね床並君。さすがにちょっと」
謝りながら徐々に帰っていく男子。お腹が減っていなければ少しは状況も変わっただろうけど、空腹と疲れで皆がリタイヤしていく。
「俺も帰りたいよ。妹もあれだし」
「ダ~メ。床並君は夏休みも学校始まってからも、全然文化祭の用意手伝ってないんだからね。剣道部、剣道部って、あっちばっかり優先して、今日ぐらい手伝ってよね」
女子数人が縁の服をつまむ。そして教室中央へと引っ張っていく。それを困ったように君鏡と寧結が見ていた。
「寧結ちゃん。そういうことだからこっちおいで、一緒に遊ぼう」
呼んだのは百瀬だ。その横で園江も手招く。どうしたものかと困っていた寧結だったが、百瀬に呼ばれると喜んで近づく。まるで子犬のよう。そして子犬のようにはしゃぐ。
君鏡は本当に困った顔でその光景を見ていた。このままでは一人で家路につくことになる。久々の孤独感。別に普通の生徒は皆一人で帰っているから、ここで一緒の帰宅を望むのはただのわがままになってしまうが、君鏡にとっては耐え難い地獄であった。
寂しい。縁と離れたくない。一緒に帰りたい。
あまり会話がなくとも、傍で並んでいたい。見ていたい。縁を感じていたい。
何よりこの教室に縁を置いて帰るのがすごく嫌だった。合宿の様なあの雰囲気がもう一度味わいたくなる。
百瀬も園江も、縁と泊まる気満々だ。短い高校生活に、たったの三度しか来ない文化祭。その前夜祭としてお泊りするのだ。
君鏡のクラスも泊まり組はいるが、そこに日野もいないし、知らない男子や女子グループばかりで、君鏡一人が混じることなどできない。そして縁のクラスに混じるなどもっとできない。つまり帰るしかない。
君鏡は仕方なく、いつものように部活に顔を出して、一汗かいて、気分転換して帰ることにした。
「それじゃ床並君、私、先に帰るね」
「あ、ごめんネわざわざ。この埋め合わせはするからさ。寧結のこと連れて来てくれてありがとうね」
笑顔の縁に、君鏡も満面の笑みで手を振る。君鏡にとって『埋め合わせ』という言葉が満面の笑みを作らせたのだ。スキップしそうな心を抑えて、君鏡は剣道場へと向かった。
「さてと、それじゃ、とりあえず残りの作業でもするかな」
食べずにいたメロンパンを咥えながら、シングルの座椅子をひっくり返してキャスターを付けていく。大きなラヴソファーは男子皆で予定通りに仕上げ終えてあるので、残すところはシングル二つのみ。
すると、寧結が縁にぶつかる。何度も押してくる。
「兄ぃ。その口にくわえてンの何? ねぇ? それ、おいしい? ねぇ、おいしいのか? どっちなん? 答えてよ」
「おいしいよ。腹減ってるからな」
「そうか、おいしいのかぁ。そうか~。おいしいんだろな~」
「分かったよ。ほら。お前給食食べなかったのか?」
「食べたよ。今日はね。酢豚と、あとねシラスとねぎの御飯でしょ。それと牛乳。でね、ヨ~グルトの中にフルーツが入ってるやつね。あとひびじ? ひ、ひじき。黒いやつでマメが入ってるの。それだけ~」
「それだけって、超おいしそうなんだけどな~」
「兄ぃは? 何食べたの?」
「俺か? 今お前が美味しそうに食べてるソレだよ。それが俺のお昼だ」
「どっひゃや~~。びよんびよんびよ~ん」
皆が、縁と寧結のやり取りを、笑いを堪えながら聞いている。
パンをかじりながらきっちりと作業する縁を、おもいっきり邪魔する寧結。まだ作っている最中なのに「何コレ走るのか」と乗っかって移動したり、縁が使おうとしてる道具を遠くへ飛ばしたりしている。
まるでパソコンのキーボードに乗って邪魔する猫のようだ。
「寧結ちゃんおいでよ。トランプしよ」園江が呼ぶ。
「今はいい。今ね、兄ぃの手伝いしてるから。私がやってあげないと、兄ぃだけじゃ不安だからね」
物凄い邪魔をする寧結。しかし縁は一切気にも留めず、これがごく普通の状態のような雰囲気でテキパキとこなしていく。
まるで害が出ていないかのような振る舞い。百瀬や園江には見慣れた風景。
合宿中は、これに萌生も加わってもっと大変な時もあった。
あっという間に時間は経ち、時計は六時を少し回っていた。とそこに、折紙先生と吉原先生が来た。
「あ~良かった。床並君ちゃんと居残ってくれたんだ。寧結ちゃんも。二人共、お弁当を用意したからついていらっしゃい」
折紙先生が笑顔で手招く。すると吉原先生も口を開いた。
「床並君。なんで部活来ないのよ~。濱野も裏画もやってるわよ。あと来てるのは箱入さんと山又さんと葉阪さんだけよ。他の子達は覗いてくけど、床並君いないからって帰っちゃったわ」
縁が部活に来ないことが不満らしい。ちなみに吉原先生は正式な顧問として折紙先生からその座を奪い、折紙先生は副顧問として引継ぎが終わるまでどうのと粘って居座っている。
先生同士にどういった戦いがあったかは分からないが、先輩であり無顧問だった吉原先生に軍配が挙がったようだ。だが、まだ火種は燻り、争いは続いている。
女性の遺恨はそう簡単には終わらない。
ドライバーやカッターなどの危険な道具を用具箱にしまい、何度も確認したのちにゆっくりと立ち上がる。するとクラスの女子達が騒ぎ出した。
「先生、カレーとかお鍋とかするんじゃなかったんですか? 話が違う。なんでお弁当なの。私達は?」
「だって、学校で調理許可おりている子がいないんでしょ? それが原因で男子が買い物に行ったって自分達で言ってたじゃない。だから先生は、駄目よって言ったわよね」
「え~、考えとくって言ったじゃ~ん」
「それは断ってもしつこいから、仕方なく、それじゃ考えとくわって言ったのよ。ダメなものは駄目。ほら、皆も早く御飯買いに行かないと近くのお店全部売り切れちゃうわよ」
折紙先生のその言葉に、女子達が焦って教室を飛び出していった。
「あらあら、折紙先生は意地悪ね~。こういうとこに本性が出ちゃうのね」
「ちょっと、失礼なこと言わないでよね吉原先輩先生」
「何その先輩先生って。まだ顧問奪われたこと根に持ってるの?」
「奪われてませんけど。私副顧問ですし」
「今は、でしょ? 粘っても、時機にそれも終わるわよ」
二人共相当仲が悪い。
折紙先生と吉原先生の後について縁と寧結は歩いていく。寧結は御飯が食べられるとスキップしていた。と折紙先生が途中の階段を上る。
「ちょっと、折紙先生どこへ行くの? 職員室はそっちじゃ……」
「ええ知ってるわ。美術室に行くのよ。職員室は他の先生方がいるし、他の場所も生徒とかごちゃごちゃしてるから。美術室は私一人ですから。行きましょ床並君と寧結ちゃん」
確かにそうだった。職員室は他の先生が居る、そして理科教員室も吉原先生だけの部屋ではなく、理科教師達の部屋だ。それに比べて美術室は折紙先生一人の砦であった。
「もぉ~、何それ。生徒だけじゃ飽きたらず私まで騙すなんて、ホント、どんどん性格が悪くなってるじゃない? 床並君、すぐ行くから待っててね」
吉原先生はそういうと急いで職員室へとお弁当を取に向う。二人は「行きましょ」という折紙先生の後について、四階美術室へ向かった。
美術室へと入ると三好と先回りした園江が待っており、豪華なお弁当がずらりと並んであった。さっきまで教室に居た園江がいるということは、この話はとっくに決まっていた、仕組まれたことと分かる。
「随分といっぱいありますね。他にも誰か来るんですか?」
「来ないわよ。これを私達だけで食べるの。贅沢でしょ? ま、でも所詮はお弁当やお惣菜だから、合宿の時みたいな高級料理とはいかないけど。なんか懐かしいでしょ?」
折紙先生は本当に懐かしがっている。ほんの少し前の出来事なのに、あの天国のような時間が忘れられないのだ。
三、四キロほど太った体も、仕事の忙しさと元の食生活、おまけに、吉原先生のストレス攻撃で、ダイエットせずに元に戻っている。
だが、体が戻っても本能は覚えているのだ。
縁と寧結が席に着くと、後ろのドアから百瀬が入ってきた。
「よし、これで全員ね。それじゃ食べましょう。頂きます」
折紙先生の挨拶で皆も「頂きます」と食べ始めた。まだお弁当もお惣菜などのおかずも温かく新鮮だ。
「おいし~。兄ぃ、メロンパンしか食べてないからしみるでしょう」
「まあな。家に帰らなくて正解かな。夕飯の用意もしなくて済んだし。今日はなんだかクタクタで疲れたよ」
縁の弱々しい発言に、女子達がちょっとキュンとなっていた。なぜか分からないが、普段弱音を吐かない縁がそういうと、甘えられている感じがしたのだ。
とそこへバタバタと大きな足音が近づいてくる。そして。
「ちょっと~。何もう食べてるのよ。床並君、あなたも。待っててっていったでしょ」
ぜえぜえと息を切らして縁の横に強引に座る。横へとずらされた三好が少し不機嫌そうに横目でチラチラと吉原先生を見ていた。そんなことをお構いなしに自分の持ってきたコンビニのお弁当を開ける。
「頂きます。それにしても豪華ね。これ、私も食べていいわよね?」
「吉原先生もお金を割り勘するなら、少しだけ分けてあげなくもないですけど」
「分かってるわよ。目の前で美味しそうに食べられても辛いし、払うわ」
沢山のおかずを順番につつきながら、なんてことない会話をする。
剣道部員は基本、すごくおしゃべりだ。特に濱野と裏画と今込が前に出てくるのだが、今日は女子しかいない。
折紙先生は、最初だけ生徒達が話すのを見守っていて、結局は我慢できずに話し出すのがいつものパターン。要するに部員も顧問もお話好きと言えた。
登枝や小峯などのA組もいないので、普段後手に回る園江や三好も順番が回るのが早い。
「床並君、この前のジャージのデザインどうでした? 一応手直ししたんだけど」
「うん。良いと思う。ただほら、男子のはもう少し男性のっぽくしないと、濱野君や今込君からカッコ良くしてってクレーム入るから」
園江と三好が笑っている。女子のジャージは皆の細かな意見を聞いて可愛く仕上がっているが、男子のジャージは何度手直ししても可愛く仕上がる。濱野と今込はそのデザインが嫌でしょうがないのだ。恥ずかしいと。
しばらく話していると校内に放送が流れた。一年F組の女子達だ。
「一年F組の床並君。どこに居るの? 床並君の分も買って来たからこれを聞いたら至急教室に来て下さい。繰り返します。……絶対、早く戻って来てね。私達食べないで待ってるからね~。絶対に来てよ~」
「ちょっとうるさいわねあの子達。園江さん、放送のボリューム下げてきて」
園江は折紙先生に言われて黒板横にあるスイッチを切る。ボリュームどころか元から断つ。そして手をパンパンと払って戻ってきた。
「あらあら、大丈夫かしら?」吉原先生が面白がる。
「いいのよ。あの子達なにか勘違いしてるから。世の中そんなに甘くないわ。大体、床並君が居残りしてくれただけでも感謝して欲しいくらいよ。それを御飯まで一緒に食べたいなんて……はぁ~女子って欲深い」
女性同士だけで分かる奥深い会話に、縁はただ一人焦っていた。それは『食べずに待ってる』という言葉にどうしようと困っているのだ。
しかし、縁の周りでは、寧結までもがどうでもいいと食べ続けている。
実際、どうでもいいことだ。お腹が減れば食べればいいし、そのルール自体縁が決めた訳ではなく自分自ら言い出していることだ。だが、男はこういう駆け引きにめちゃくちゃ弱い。なぜか行かなければと強迫観念でいっぱいになる。
「俺、ちょっと見て来ます」
「大丈夫よ床並君。いいの。床並君は分からないと思うけど、女はね、放っときなさい。構うとそれこそ厄介だから」
吉原先生の意見に皆が頷く。
寧結もガキのくせに割り箸を咥えたまま頷いている。縁だけが動揺していた。
つまり縁だけがあの放送の台詞に踊らされている訳だ。
女子達が日々どういう精神バトルをしているのかが、ここではっきりと分かる。小さな頃からずっと女の子はそうだ。だからこそ何世代と時が流れても、女の子は男の子より精神年齢が上だと言われる。
これはそろそろ保体の教科書に乗せてもいい事例だ。
「もう、なに気にしてるの。いいから食べなさい。それとも~先生が『ア~ン』してあげようか?」
「そんな恥ずかしいことできません。……それより、皆食べないで待ってたら……」
困る縁の口元にスプーンを近づける吉原先生。
「吉原先生、いい歳なんですから……ふふっ、そういうの、やめましょうよ」
急に変なモードに入る吉原先生に、折紙先生がイヤミたっぷりに注意した。
クラスの女子を気にする縁の気持ちを紛らわすつもりで軽く言った洒落が、横から槍で刺されたような痛みに歯ぎしりする。
縁が何度F組の女子を気遣っても、そこに居る皆は揃って「無視して」という。
ただ悩んでいても仕方なく、まずは食事をすることにした。
心に小骨が引っかかってるような感覚で食べていく縁。
食事中、何度か放送が流れていた。廊下から微かに聞こえるそれを無視してやり過ごす。特に折紙先生と吉原先生が率先して受け流させていた。
折紙先生と吉原先生は、そこに居る誰よりも縁が置かれている状況を理解していたからだ。縁がこの進卵学園の不特定多数の女子達から狙われていると。
もちろんそこには、女子剣道部員達も含まれている。
それの何がいけないのと問われれば、学校の校則であり規則となる。
確かに、この年頃に恋愛禁止なんて無謀でもある。人によっては人権侵害とまで言うオーバーな者もいる。だが、それがこの学校に通う、親御さんの意志であり、アイドルやモデルを扱うプロダクションの意志。何より学園の意志なのだ。
折紙先生も吉原先生も、普通校ではないこの進卵学園の先生だからこそ色々と気づく点があった。
この学校に通う、いわゆるイケメンと呼ばれる男子は、普通校と違い、いわゆるアイドルやモデルの子達。普通校でモテているそれとはそもそも根本的に違う。
なにが違うのかと言えば、何もかもとなる。
既に大人になって色々な経験をしている者達は分かっていることだが、普通校でモテているイケメン男子といえば、殆どが、数年後のクラス会で無職であったり、それこそクラス会にも来られない状態になっているケースが多い。
運良く就職できる者もいるが、大抵は下っ端のアルバイター。
それがリアルな現実世界。
だからこそ、娘が連れてきた彼氏を一目見て、その思考の甘さに無言になることもある。大人は長い経験の中でそういった現実を嫌というほど見てきている。
しかし、この進卵学園に通うA組とF組の者達は、既に何かしらの夢に向かって大人と同じに仕事をこなしてお金を稼いでいる。もちろんそれがいつまで続くかと言えば保証は全くない。いつ消えるかも分からない浮き沈みの激しい世界でもある。
けれど、その中で、学校の先生よりも一般の会社員よりも遥かに稼いでいる者もごくわずかだがいるのだ。
思わず先生が委縮してしまうほどの格上の存在。授業をしながらやるせない気持ちにさえなる。
普通校に通うイケメンやモテる男子など所詮はまやかしで、偏差値やその男子の能力でとっくに未来は決まっているのだ。
未来は未知だと言ってあげたいが、競争相手がいる。イケメンが優遇されるのはそれがもてはやされる十代まで。そして老化と社会の厳しさの中で、普通の者より努力できずに堕落していく。
それにイケメンといっても大抵は、不細工を十人並べた中のイケメンというだけで、その学校で一時そう見えただけの限定もの。
更に、そういう者に限って、バンドやダンスやスポーツだと半端な夢を見て活動し、いつかビックにと公言する。
だが、本当に凄い者達はすでにプロとして活躍しているか、とっくにプロの目に留まっている。そうでないもので、伸し上れる者はそれこそごく一部。
つまり全国の偽イケメンの約一割がどうにかこうにかといった所だ。あとは殆どポシャルわけだ。見た目で一番勝負できる十代でプロでないなら、その先は落ち目でしかない。
まさに、既にプロの子とその差や違いは……歴然。
イケメン俳優やアイドルが女性にモテるのは、何も姿かたちだけではなく、しっかりとお金を稼いでいるからでもある。
それも一般人よりも。
そういうことが分からない者達は、ただ妬み、チャラチャラと異性と付き合っているとしか見れていない。
つまり校則である恋愛禁止の根本も分かっていない。
色々なことを勘違いしたままに、ただ何となく外見の優劣が先行する。
普通校で人気のあるイケメン男子は、親のお金でどうにか笑えてる期間限定の存在。親のお金でデートして、親ありきで粋がる。
ただ、親や家柄が良いのであれば別だが。
大体が、そういったことが分からず、成人してから、必ず金銭関係トラブルで恋が終わる。世の中そんな者だらけである。
普通の生徒達はそういったことを全く気にかけていない。いわゆる普通校に通うイケメンやB組C組D組E組にいるイケメンと、A組F組にいるそれらを同じと錯覚して論じているのだ。カッコイイとか目立っているとかイケメンだと。
剣道部で合宿に行った者達は、縁について何かしらに気付いているが、それでも折紙先生ほどは分かっていない。これが大人と子供の経験の差。
学園側は、一般の生徒とすでにしっかりと働いているそれらを接触させたくないのだ。理由は簡単。異性にのめり込んで夢や仕事をサボったり棒に振るようなことになるからだ。もっと言えば、稼いだお金を騙し取られるからだ。
親のすねをかじる異性と付き合うと必ずそうなる。なにせお金の稼ぎ方も、社会の歩き方も、夢に向かって頑張ることも知らない一般生徒、あるのは性欲くらい。
だからこそこの学園は、そういった卵達を守る為に恋愛を校則で禁止している。人権うんぬんは、最低でもそういったことを理解してからでないと話にならない。
夢に向かって頑張っている女生徒が、彼氏に尽くして破産し破綻し破滅するなど可哀そうだ。
これが普通校の恋愛であるなら大人が立ち入る話ではないが、とんでもない金額や仕事が絡み、それこそ訴訟にもなりかねない事例なら、しっかりと大人や学園がある程度の規律や管理をしなければならい。
そして謎の多い縁もまたF組であり、一般の生徒達が気安く誘惑していい存在ではないと折紙先生と吉原先生は踏んでいる。
他愛もない話をしながら、用意されたおかずを全て平らげる。さすがは食べ盛りの生徒達、とはいえ先生二人も満腹まで食べていた。
美術室へ来てから一時間半ほど経ち、時刻は八時を少し回ったところ。
「あっ、やばい。まだあと一台残ってるんだ。早く戻って片付けないと」
「そんなの、床並君が一人でやることないわよ。他の皆は帰ったわけだし。それに元々はメイド喫茶をやるって息巻いてたわけだから。一つくらいなくても平気よ」
折紙先生は、責任感強い縁の気持ちを和らげるよう、肩にポンッと手を乗せた。その言葉に、素直に「そっか~」と息を吐く。
「あ、でも、寧結を風呂に入れないと。やっべぇ、寧結のパンツが無いや。近くのコンビニとかで売ってますかね?」
「ん? 大丈夫よ。パンツなら、小学校の保健室に三十枚くらいストックしてあるから」
「そうなんですか?」
「そうよ~。学校って色々なことあるから用意してあるのよ。私が顧問として貰ってきてあげるから教室で待ってなさい。えっと、サイズ……妹さんって小学一年生よね?」
色々と手続きもあるし、先生である自分が行くと、吉原先生が申し出てくれた。
それに頷きホッとする縁。




