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バースデイ  作者: セキド ワク
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 三話  進路先



 縁が突然現れた三学期の始業式から、あっという間に時が経った。教室へと登校したのは、あれからたったの三度だけだった。それもちゃんとではない。


 卒業式を翌日に迎える君鏡は、色々なことを思い出していた。

 何度も星にお祈りした縁との授業も、三日だけかなった。それも隣の席で。

 縁たっての希望で君鏡の隣になったのだ。


 楽しそうな笑顔、各先生とのやり取りも明るかった。

 一つ驚きなのは、縁が学年で二番目に成績が良かったこと。五年生から不登校であるにも関わらず。

 そのことについて、尋ねたことがあった。なんでそんなにも頭が良いのかと。

 その答えはとても単純で明快な答えだった。それは毎日数時間、必ず机に向かいしっかりと勉強していたからだ。


 そんなことぐらいで、学年で二番目になれるのか? と疑問に思うが、実際は、学年でトップでもおかしくないことなのだ。

 学校の授業を否定するわけでは決してないが、自分で濃厚な勉強をすることこそ本当の学び。学校での勉強の濃さは、十段階で言うならば、いわば五から三の間、そして進むペースは五から二といったところ。

 しかし、縁のそれは間違いなく八から九。


 自ら調べ、深く濃い学びを得ていた。


 縁の現在の勉強状況は、現時点で高校二年生の教科書の途中まで進んでいた。

 それも完璧に覚えた形で。


 なぜそんなことになるかといえば、昔から職人などが親方の背中を見て技を盗めといった、そこに由来する。つまり、人とは、自らの意志でしっかりと取り組んだものは、深く濃く覚えてしまうのだ。

 分かり易く例えるなら、自らの意志や好奇心のある者は、世界中の国旗と国名、生き物の名前や生態、電車や駅名や時刻表など様々なものを簡単に覚えてしまう。


 しかしそれを、先生に授業で教わったとすれば、十年はかかるということだ。

 それでも、テスト結果では約五割を割る。

 しかし自ら覚えた場合、約一年、更にテストは九割以上を叩き出す。

 そういったことが、経験上、分かっているから、職人たちは敢えて教えるのではなく、盗ませるのだ。それがどれ程の差かといえば果てしない差。


 素人の十年は職人の一年。いやもっと。

 そして全てにおいて深く濃い。だからこそ到達する神業の領域。

 当然、基本や注意点などは教えてもらっての話だが、そういう教え方でないと、いや、逆に教わるのでは神業の様な技は覚えられないし、身に付かないということなのかも知れない。


 本好きが一日で読む本を、学校では一年かけるかもしれない。

 そしてその内容も、自分で好きで読むのと授業で教わるのとでは、何がどう違うのか、と言えば分かり易いかも知れない。

 圧倒的なスキルの差。量の差。記憶の差。理解力の差。思い入れの差。


 上辺だけを説明すれば、そういう学びの差があった。更に、学校に通えていないという縁の心が、より一層勉強に対して真面目に取り組ませていた。


 縁にとって、その気さえあれば、ほとんどの学校は受かると判定を貰っていた。しかし、縁はとんでもなく偏差値の低い学校を受験した。

 先生方が『もったいない』と地団駄を踏むほど。


 理由は簡単、寧結だ。寧結と同じ系列の学校に通うのだ。私立(しりつ)進卵(しんらん)学園、それが縁の選んだ高校。

 ちなみに寧結は、私立(しりつ)未蕾(みらい)小学校。

 校庭は裏表と別々だが、校舎自体は隣接し渡り廊下などで数ヵ所繋がっている。

 同じ系列の中学校もあるのだが、色々と多感な時期だけに、高校とは少し離れた場所にある。


 そして君鏡も、縁と同じ進卵学園を受験した。

 殆ど受験勉強をしていなかった状態だが、最後の追い込みでギリギリ合格をもぎ取った。そういう偏差値レベルの高校だ。

 とはいえ、誰しもが簡単に入れるかといえばそうでもない。その学校なりの条件がいくつかあり、それをクリアしていない者は、三度ほどある面接で落とされる。

 いわゆる試験勉強より、面接重視の学校。



 三学期が始まってから、明日の卒業式までには色々なことが起こった。

 まずは、床並宅に別の女子が入り込んだこと。君鏡がそれに気づいたのは、担任の先生に書類があるかを尋ねに行った時のこと……。


「あれ? ついさっき『学級委員だから』って、プリントやら書類やら持って行ったわよ」

 担任の言葉に、君鏡の心臓は張り裂けそうになった。

 縁が自分だけの特権ではないのだから、先生を責める訳にも当然いかない。

 まして相手は、クラスメイトで学級委員。


 ハラハラドキドキしながら早歩きで廊下を歩く。

 苛立ちと不安で、どうしていいか分からない君鏡。帰って勉強をしなければならないのに……また気持ちが乱れる。


 縁が登校した日の休み時間にも、似たような苛立ちを覚えた。それは休み時間に、せっかく縁が勉強を教えてくれていたのに、横から「私にも教えて~」とか「休み時間くらいお話しようよぅ」などと邪魔をしてきたことだ。

 それはあからさまで、間違いなく君鏡を邪魔している。男子には分からないことだが、女子の持っている技の一つだ。


 そんなことが何度かあり、ついに、学校ではなく床並家にまで手を伸ばしたと。


 プンプンしながら下駄箱から靴をだし、乱暴に履き替えて、急いで走り出す。

 気が付くと、冬なのにじんわりと汗をかいていた。

 息は白く、床並家の庭を覗く。

 電柱に隠れてみたり、家を見上げてはソワソワと辺りをふらつく。


 受験生の、それも試験数日前の子がしている態度ではない。完全に病気だ。

 冷静ではない。

 しかし君鏡は、その行動をやめることも抑えることも出来なかった。


 家の中に入ったのか? それとも、プリント等を手渡したあと、少しおしゃべりをして、すでに帰ったあとか。

 ふらふらと門の前をうろつく。かつて何度も素通りした時の様に。

 いや、それ以上に。


 インターホンを押そうか迷い、また離れて様子を見る。

 どんどんと気が乱れ、押そうか押すまいかの一人押し問答が始まる。


 このままじゃ(らち)が明かない、試験にも影響が出る……などと自分に言い聞かせる君鏡。とっくに影響は出ているのに。


 縁の受験する学校を自分も受けて、一緒の高校に通う、という大きな目標があるのに、それさえ歪み崩れ落ちていた。

 何を差し置いても勉強、それが受験生のすべきこと。


 君鏡が選んだのは、インターホンを押すことであった。

「は~い、こちらとこなみぃ。どちらさん。こちらとこなみ、どうぞ」

「あっ、寧結ちゃん。私、箱入ですけど」

「あ~。お姉ちゃんね。ごようの方はようけんをどぅぞ。ど~ぞぅ」


 君鏡は心臓をバクバクさせながら必死に(つくろ)う。


「……そう。でね、ちゃんとその書類が届いたか聞こうと思って」

「うん。今、べつのお姉ちゃんがもってきて、お部屋で(あに)ぃと話してる」

「居るの? 中に」予感が的中して、思考がパンクした。

 私も家の中へ入れてとは言えない君鏡。言った所で、縁にも学級委員の子にも「用件は何?」と聞かれるに決まっている。


 シーンとするインターホン。多分寧結ももう、飽きてその場から立ち去っているのかもしれない。

 家に帰って勉強しなければいけないのに、うろうろしてしまう。

 こんな所にいても、何もできないのに……。


 結局、それから二時間も居てしまった。五時のチャイムが街に鳴り響くと、少しして、学級委員の女の子が出てきた。それを見送る縁と寧結が庭まで出てきた。

 縁が門を開けると。

「また、学校にこれたら来てね。私、床並君に来て欲しいから。せっかく同じクラスになれたンだし、一緒に卒業したいよ」と可愛い声が響く。

「ありがとう。書類もサンキュ。約束はできないけど、教室に顔出せるようなら、なるべく出すよ。ただ、受験期間だし、皆の勉強の邪魔だけはしたくないンだ」

「うん、分かった。床並君って、優しいンだね。私また、プリント持ってくるね。それじゃバイバイ」

 そういって可愛く走り去って行った。


 縁は門を閉め、寒そうに薄着の袖を擦りながら「ほら寧結、風邪引くから入れ」と駆けて行く。

 君鏡は立ち去る学級委員と縁の背中を見送り、しばらく呆然とした後、家路へと着いた。



 そんなことや、学校での細かなことを思い、君鏡はベッドに横たわる。

 天井を見上げながら、卒業式に縁が来るかどうかを考えていた。


 ちなみに久住貴志は、無事に修職高校に合格して、床並家で盛大にお祝いをしたようだ。

 その時君鏡は、羨ましいなと思いながら、自分もファミレスにて、家族に合格のお祝いをされていた。




 卒業式当日、教室で準備する生徒の中に縁の姿はなかった。たぶん寧結を幼稚園へと送り届けているのだろう。

 こういう状況になると疑問に思う、なぜもっと近場の幼稚園に通わせてなかったのかということ。幼稚園の卒園式が後日なのは仕方ないが、距離や送り迎えの時間なら、選べたのではと。


 どんな理由か分からないまま、とりあえず胸に花の飾りを付けられていく。


 各担任の先生の指示で廊下へと並び、予行練習した通りに入場する。

 後輩や親御さん達が拍手で迎え、卒業生達が席に着いた。


 校歌も終わり順番にプログラムが進んでいく。

 君鏡は、舞台横の大時計の針を見ながら、縁が遅れてでも来ないかと、出入り口に意識を集中する。先生いわく、一応、来れたら行くという報告は受けているようで、可能性はゼロではなかった。


 思ったよりも早く終わってしまうのが卒業式、イベントとしては二時間ちょっとといったところ。

 九時に始まって十一時半には完全に終わる。

 一組から卒業証書の読み上げと授与が始まった。以下同文の言葉が、悲しいほど時間を短縮していく。そして二組、更に三組と続く。

 君鏡はぽつんと空いている、縁の座るはずの椅子を見ていた。――と。


「うひょ、間に合った」そういって縁が飛び込んで来た。

 緊張しながら、申し訳なさそうに席へと座る。急いだのか少し疲れた感じだ。


 先生方が並ぶ場所で、担任の先生もどこかホッとしている。


「床並縁」

「はい」

 担任に名を呼ばれて、サッと立つ縁。練習一つせず、自分の前の者を真似るだけでそれをこなす。

 緊張というより凄く嬉しそうな仕草だ。それもそのはずで、縁は小学校の卒業式には出れていない。もちろん中学の入学式も。


 今でさえギリギリ間に合った。本当なら来るつもりではなかった。しかし、君鏡や久住や学級委員の子、そして担任や校長先生に温かい言葉を貰い、中学校最後の思い出にと、間に合うならば参加をしようとそう決めたのだ。


「床並君、色々と大変なこともあるとは思うけれど、負けずに頑張るのだよ。卒業おめでとう」

「はい。有難う御座います」

 校長先生の言葉に、縁の目から涙が流れた。校長先生はそれに少しだけビックリしている。明るい笑顔のまま、微笑みを崩さずこの授与に涙しているその表情に。


 すでに泣いている生徒達もいる。すすり泣く声もする。

 そんな中を凛々しく歩く縁。しかし、その頬を止めどなく涙が流れていた。

 こんな式では泣かない、と思っている者達でさえ、縁の姿に考え深いものを感じていた。



 決められたコースを歩き、受け取った証書をクラスの箱へと収めて席へと戻る。感情的な泣き方ではないが、クラスの誰もが縁の涙に気付いている。

 思わず見とれてしまう。


 築道歩や安斎忠清も泣いている。そして他の不良達も。

 すすり泣くというよりはボロボロと泣いていた。しかし久住貴志は、校長の話をしっかりと聞き、高校へ行っても頑張るようにと励まされると、しっかり「はい。有難う御座いました」と答えて舞台上から戻ってくる。

 その光景もまた校長をビックリさせていた。


 君鏡も久住同様、泣いてはいない。泣くような感情にはなれなかった。

 これがもし仮に、縁と同じ高校へ行けないのであれば、それを理由にいつまでも泣き続けられるが、そういったこと以外で泣く理由が見つけられない。

 友達もいない。離れて悲しい相手もいない。この学校に通えない辛さもない。

 元々、君鏡はいつ登校拒否になってもおかしくなかったほど、毎日退屈で、嫌なことばかりだったのだから。


 ふいに舞い込んだ、床並縁という少年との出会い以外、何もなかった。


 全クラスの卒業証書授与も終わり、来賓方の祝辞へ移る。そして国歌斉唱。

 次々とプログラムは進み、そして卒業生が退場を始めた。


 体育館を出ると、後輩達の腕で作ったアーチをくぐりながら教室へと戻る。

 縁は数回しか座っていない自分の机へとつき、担任の先生を待つ。その隣に君鏡が座り、なんとなく黙ったまま黒板を見ていた。


 思い出などないはずの縁の涙のことを考えながら、チラチラと縁を見る君鏡。

 すると、その視線に気づいたのか、縁が君鏡へと振り向いた。そして。


「箱入さん。卒業おめでとう。箱入さんと高校一緒になれて……」

 縁がそう言いかけた時、なぜか君鏡の目から涙が流れていた。焦る縁。


 ポロポロと可愛らしい涙の粒が、瞬きする度に零れ落ちていく。

「あれ? おかしいなぁ、なんだろう?」必死に微笑む君鏡。

 どんなに微笑んでも止まらない涙の粒。自分でもよく分からない君鏡。


 ただ、縁の『卒業おめでとう』の言葉が耳から離れない。


 頑張ったことを褒めて貰ったような、無事に卒業を成し遂げられた安心のような、やっぱり何かが寂しいような、そんな感情に全身を包まれていた。


 縁は焦った様子で、ポケットからハンカチを取り出し君鏡へと手渡す。

「ごめん、コレ使って。俺、なんか変なこと言っちゃった?」

 ハンカチを受け取ると、君鏡は、静かに首を横に振った。

「違うの……。違うの。なんか分からないンだけど……、止まらないの」

「そっか。思い出、いっぱいだもンな」

 縁がそういって君鏡の頭をポンポンと撫でた。その瞬間、涙の粒が連なって流れ始めた。泣き声まで出そうなほど込み上げる感情。

 そう、クラスで泣いている普通の子達と同じように。


 君鏡と縁のやり取りを見ていた影の薄い子が静かにすすり泣き始め、そして机につっぷする。

 卒業して、皆バラバラになる。もう、二度と会わないかも知れない。クラス会だってきっと行かない。友達もいないしクラスも好きじゃない。

 なのに、涙が流れる。


 夢は、皆と仲良く学校生活を送ること。ただそれだけだった。

 出来なかったけど、上手く行かなかったけど、ずっと寂しかったけど……。


 ――卒業。


 いつも本読んで、一人思い悩んできた日々。逃げることばかりを考えていたら、いつの間にか一つ大人へと押し出されてしまった。

 おめでとうなんて……。君鏡は色んな感情が涙と一緒に溢れてきた。



「はい皆席に着いて」担任の先生が教室へと入ってきた。

 手には卒業証書と沢山の筒。綺麗に正装した先生の胸にもコサージュが咲く。


 先生は出席番号順に名を呼び、一言ずつ別れの言葉やはなむけの言葉を贈る。

 全員分が終わると、クラス写真を撮り、卒業アルバムが配られた。


 そして中学最後の挨拶が行われ、義務教育に幕が下りた。


 卒業が完了すると、男子も女子も関係なく、日陰にいるような者から教室を出ていく。まるでもう何も未練などないと。

 教室に残っているのは、明るい子や普通に友達のいる者ばかり。

 アルバムの後ろに寄せ書きして、スマホの写メではなく、持ってきたカメラで、最後の思い出を残している。



 縁は時計を見た。まだ時間に余裕はあるが、先に帰った者達と同じように教室を出ることにした。そのすぐ後を君鏡が追いかける。


「あ、あの、良かったら、一緒に帰ってくれませんか?」

「ん? いいよ」にっこりと笑う縁。

 君鏡は縁の笑顔に、先程の、縁が流した涙の訳が気になって仕方なかった。


 しばらく廊下を歩いていると、誰かが大声で縁を呼ぶ。

「床並君。一緒に写真撮ろうよ。いいでしょ?」久住だった。

「うん。俺でイイならいいよ」

 縁はそういうと君鏡に「いいかな?」と尋ねる。もちろん君鏡は「待ってる」と笑う。


 校庭に出て久住と縁が写真を撮っていると、そこに築道と安斎、それと不良達が来た。更に不良の後輩達もゾロゾロと来る。とても数えきれない。

 距離を開け、後輩女子も遠慮がちに付いてきている。


「久住。あのさ、俺達も写真撮りたいンだけど」ぎこちなく築道がいう。

「はぁ? さっき撮ったジャン。まだ撮るの?」

「いや、そうじゃなくてさ、その、床並君? とだよ。頼んでよ」

「えぇ~。なんでよ。まぁ、別に、俺はいいけど」

 久住はそういい、縁へと写真撮影の話を持ちかけた。と、少し悩んだ縁だったが、減るもんじゃないしと承諾した。


 校庭に不良達が整列していく。中央に縁、その両サイドに久住と築道、その横に安斎、不良達や後輩達が場所の取り合いをしながら並ぶ。

 それを多くの生徒や教師達が見ている。

 だが、その中央に床並縁が居ることが、中学最後の謎となった。


 何枚も撮影するその光景を、君鏡もまた不思議そうに見ている。

 後輩の女子達が写真を撮り終えた久住と縁に、制服のボタンをくださいとねだるが、久住は「残念だったな。もう約束してるンだよ。欲しかったらそいつに言え」と群がる女子をいなしながら、後輩の不良に制服の上着自体を手渡した。

 深くお辞儀する後輩が自分の制服を脱ぎ、興奮してそれを着た。


 そこへ女子達が群がり「ちょうだいよ。ボタンだけでも~」と騒ぐ。

 服を引っ張る女子に「ダメだよ。コラっ、勝手に触ンなバカ」とはしゃぐ。

 縁もまた、ボタンを欲しがり群がる女子達に「ごめんね」と笑顔で断る。

 その顔にメロメロになっている後輩に気付いた君鏡は、何とも言えない気分になっていた。



 中学最後の帰り道、君鏡はもう二度とこのルートを通ることはないかもと、思いながら、横に並ぶ縁のことをチラチラと覗く。

 すると「高校楽しみだね」と不意に縁が微笑んだ。

 頷く君鏡に、自分はほとんど学校生活を送れてなかったから、高校では少しだけエンジョイしたいと希望を言う。


 縁にとって不登校の状態は長く、もちろん図書室や保健室に通っていたが、一般の生徒とは殆ど出くわさず、いわゆる課題提出と出席確認のみの登校。

 色々な寂しさや孤独を他の生徒よりも先に味わっていた。


 高校へ進まなかった者や不良達は、義務教育が終わったこれから嫌というほど、それを味わう。そして、高校を中退する者や大学や専門学校へと進まなかった者もまた、最低でも三年後にそれと同じ孤独を味わう。

 本当の意味での卒業を、寂しさを知ることとなる。


 縁はその寂しさの意味を味わい、だからこそ高校へは通いたかったのだ。そして少しだけ、少しだけでも楽しみたいと願っていた。


 学校では、ついさっきまで不良達と写真撮影していた縁を探す、クラスメイトの女子達の姿があった。あっという間に消えてしまった縁と君鏡。

 学校外に出たくても、親や多くの友達が居て上手く身動きも取れない。それに、校門を出たら全てが終わってしまう気がして、その場を離れられずにいる。



 縁、君鏡にとって、先に帰った日陰の子同様、中学校への未練はそれほどなく、既に、高校という未知なる方へ足は向かっていた。






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