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バースデイ  作者: セキド ワク
29/63

二九話  不良とザコとエネミーと



 F組の男子達が出かけて約一時間が経った。各クラスが残り少ない時間を必死になって作業する。とっくに昼食の時間。

 昼を食べずに作業する者達も多く、明日という期限に焦ってもがく。そんな中、校内放送が鳴る。


「二年C組の濱野明則君、屋上までお越し下さい」


 理由や誰が呼んだのかもなく、ただ場所指定だけで呼び出されていた。少し変な呼び出しだなと思いつつ、濱野は屋上へと向かう。


 濱野もまた昼食を抜いた状態で、ヘトヘトになりながら中央階段を上る。そして屋上へ着いたが、見る感じ誰も居ない。

 辺りを見渡すと、校庭などで作業している生徒や先生が見えた。歩きながら裏の方へと回ってみると、そこに大勢の不良達が溜まっていた。


「おっ、来た来た。こっちだ。話があるからちょっと来てくれるか」

 濱野はその顔ぶれにゾッとするが、逃げる訳にもいかずゆっくり近づく。心の中で、神様~ヤダヤダヤダと連呼しながら、何事もないことを祈る。


「悪いな~こんな所まで来てもらってよ」

 この学校の全不良グループを仕切る谷渕とその仲間達。


「何か……用ですか?」

「いや、ちょっとな、どうしても早急に、お前に頼みたいことがあってな」

 谷渕はポケットから出した電子煙草を咥え、大量の蒸気を吐き出す。甘い香りとミント匂が、濱野の鼻に絡み付いてきた。怯える濱野。

 何処を見ても柄の悪さしかない。Tシャツやタンクトップから日に焼けた筋肉がこれでもかと威圧している。体を見るだけでその者達の喧嘩の強さが想像できる。


 口元が萎えている濱野。谷渕と船城、それと数人の三年が電子煙草で一息つく。その周りでは二年A組の(いち)()(けん)()が鋭い目つきで睨みつけている。更に、濱野より年下の者達も、唾を垂らしながら眉間にシワを寄せていた。


「話っていうのはよ、実は……」

 一息ついた谷渕が言いづらさそうに話し出した時、濱野は市来や年下の者達を睨み返していた。そして谷渕の言葉を遮るように話しだす。


「随分とみっともないな。ちょっと前まで、すげぇ怖い人達だと思っていたけど、こんな俺一人を屋上に呼び出すなんて、飽きれたね」

 精一杯背伸びした濱野の台詞。谷渕が「違うぜ」というが、その言葉を打ち消すように市来と一年坊が立ち上がる。


「あ? お前喧嘩売ってんのか? 濱野、お前みたいなザコが剣道部入ったくらいで、何イキがってんだコラッ。床並がいなきゃゴミの分際で、殺すぞ」

「や~やめろ市来。そういうことじゃないだろ。説明したろ。これはな……」

 船城が説明するが、その場の空気がどんどんと熱くなる。少し前まで肝試しのような涼しさが漂っていたのに、一変していく。


「誰がザコだよ。って俺か。確かに。フン、でもね、こんな俺を床並君は毎日『濱野君とか濱野先輩』ってちゃんと呼んでくれるぜ。部長にそう呼んでもらう度に、心の中にしまい込んだプライドがどんどん蘇ってくるンだよ。おめぇみたいな奴には、こんな気持ち分からないだろうな。バカ面してるもんな」

 完全に喧嘩を売る濱野。


 何事もありませんようにと神に祈ってたのに、願いも誓いも破ってくのは、濱野自身であった。


「んなろ。調子こいてんじゃねぇよカス。やんのか? オッ? 今更詫び入れてもただじゃ済まさねえぞボケ」

 立ち上がる市来。少し遅れて一年坊も立つ。そして濱野にねじり寄る。すごい威圧。市来もその周りの者達も、全身に風を(まと)っているように勢いがある。


「やめろお前等。そんなんじゃねぇって言ったろ。それとも俺の言うことがきけねぇってことか市来」

 船城も立ち上がった。

 谷渕が船城の服をチョコンと引き、笑顔で船城をなだめる。


「だ、だって、船城先輩……谷渕先輩も、今のこいつの態度見てたでしょ? 悔しくないんすか? 俺達、学校内だけじゃなくて、他校からもナメられてるンすよ。それでも先輩達が我慢しろって言うから、これでも毎日抑えてるンす。でも、でも、こんなザコにまで下手にでなきゃいけないなら、俺は……」

「それでも抑えろ」船城が釘を刺す。


 市来や他の二年、そして一年坊の前に見えない(おり)が張られた。その檻に手をかけながら、我慢できないと唸り声をあげている。

 ザコである濱野を睨み、生意気でムカつくその面を思いっきり殴りたいと、泣くまで虐めてやりたいと心が叫ぶ。


 濱野は動物園の観客のようにその光景を眺める。そして鼻で笑った。


「くぅ~。ムカつく。ボコボコにしてぇ」

 口々に不満が漏れる。すると谷渕が口を開いた。


「お前等さ、それじゃなんで俺は黙ってるンだと思ってンだ? なぁ? 想像しろ。ウイルスモンキーの新堀さんがだよ、あの悪魔みたいな人がよ、床並君には手を出すなって禁止令出してんだぜ。おかしいとは思わないのか? おっかねぇ大人相手でも引かねぇ人が、チームの末端にまで禁止令だぞ。この意味分かるか?」

 谷渕の後に船城も口を開いた。


「俺も色々調べてよ、それがただの噂じゃねぇって分かってゾッとしたよ。なぁ、市来。俺もお前も、ここ居る何人かは未蕾(みらい)小の屋上で床並が暴れたトコ見てないよな。でもよ、この中の誰でもいいからよ、ウイルスの新堀さんや二代目の築道歩に喧嘩売れるヤツいるか? ちなみにその二代目の築道さんっていうのは床並と同級でよ、しかも同じ中学だ。鬼みたいにヤバイ安斎清忠も同じ中学で、その二人も当然のように床並には手を出さない。お前等がどうしてもやりたいなら、床並関係者ではなく、まずウイルスモンキーの誰かに喧嘩売ってみな。まさか床並の格下相手に逃げないよな? どうする市来?」

「……いや、無理っす。俺、中学の頃、年下の安斎にボコボコにされて……公衆便所で土下座させられました」


「知ってるよ。それが悔しくてボクシング始めたんだよな? 今じゃダイエットでなんて冗談言ってるけど、そうなんだろ? アイツらにメチャクチャにされて鍛え始めた奴なんて大勢いる……。本当ならこんなことは言いたくなかったよ、けど、今のお前等に、俺や谷渕に勝てるのかって言っても熱くなり過ぎて心から聞きそうにないから、あえて大物達の名前出したわけだ」

 一瞬でシュンとするほどに、その名前には効力があった。そして、透明な檻から離れて元居た位置へと座る。



「なに、戻るンだ? 俺はザコだけど、床並君が怖いから逃げるわけ。変な理屈だね。だったら、床並君とは関係なくすればいいのか? それなら平気だろ?」

 濱野の突然の台詞に、谷渕が「だから、違うって」となだめる。がしかし。


「逃げんなよ。俺は一年の頃から、ずっとお前にイラついてんだよ。お前だけじゃねぇ。おめえらみたいないじめっ子はムカつく。人を虫けらみたくあしらいやがって。俺が人のプライドや心を失くしたのは、そういうヤツらに暴力でねじ伏せられたからで。今さっきもそうだ。わざわざこんな所に大勢で呼んで威嚇しやがって」

「違うって濱野君、それは誤解だ。さっきから言ってるだろ。濱野君に頼みたいことがあって、それでここまで来て貰ったわけだ」谷渕が丁寧に話す。

 濱野もその言葉に、少し興奮を(しず)めかけた。まだ半信半疑だが、様子を見ようと黙った。なにせ狂暴な谷渕が気遣いをみせている。

 そこに市来がまたも割り込む。


「濱野、お前、今言ったな。床並とは関係なく喧嘩するって、本当か?」

「おいぃ。だからやめろって言ってるのが聞こえないのか? せっかく収まりかけてたのに、なんでまたぶり返すんだお前は」船城が呆れる。

「いや、俺じゃないっすよ。向こうからじゃないっすか。それにこのままなら濱野だって納得いかないと思うンすよね。ここは濱野の望み通りに、喧嘩というかタイマンでもした方が逆にいいと思うンすけど」

 市来はただタコ殴りにしたいのだ。ムカつくザコ濱野を。調子くれたバカをこのまま返すより二度と自分に逆らえない、逆らわない存在に戻したいのだ。


 それでもダメと渋る船城と谷渕。だが濱野が口を開く。


「いいよ。谷渕先輩。このタイマン、床並君とは関係なく、遊びとして、やらせて下さい」

「遊び? 本当に床並君とは関係なしか? 絶対だな。……分かった。でも濱野君、一つ言っておくけど、市来も他の奴もそこらの不良とは違って、ボクシングとか空手とか習ってっから、下手すると大怪我するよ。遊びじゃ済まないかもよ」


「今更。何度も泣く程殴られたし、いきなり蹴られたりしょっちゅう虐められたよ。俺がプライドを取り戻すには、絶対に必要な喧嘩(あそび)だ」

 濱野の目には虐められっ子の怒りが滲んでいた。弱々しい目に、ささやかな抵抗を宿し、先も見えない勝負を挑む。自分の存在価値を証明したいのだ。


 ――何故か分からないが、絶対に引けないと。


 ここへと来て、不良達の群れを見た時にはビビリ上がっていたのに、いや、今だって怖くない訳ではない。むしろ恐怖でいっぱい。

 それでも、市来や年下である不良達の態度に、怯えてきた心が再び立ち上がれと動き始めたのだ。本当は凄く怖いのに……。



「分かった好きにしろ。ただし、俺が()めろと言ったら二人共絶対にやめろ。これは遊びなんだろ? そうじゃなきゃダメだ。それが承諾できるなら認めてやる」

 市来も濱野も頷く。

 何となくよくある光景だ。怖い不良の前で、誰かと誰かがケンカをさせられる。そんなことがたまにある。しかしこれを望んだのは濱野自身であり、そして濱野をナメ切った市来自身だ。逆に谷渕と船城はギリギリまで止めた。

 まさに、やらせ喧嘩でなく、果し合い。


 これは、虐められっ子が独り善がりに妄想する空想の喧嘩ではなく、現実に行われる本物の喧嘩。



「よし、来いや濱野」軽く弾みながら拳を構える市来。

「二年C組、濱野明則。散々虐められてきたザコだ。でもな、俺にだって強い者に憧れた頃があった。漫画を読むたび、映画を見るたび、いつも悲しくて歯ぎしりしてた。見せてやるよ市来、今の俺が、これが濱野明則だってとこを」

 濱野は縁の様な自己紹介を終えると、自ら距離を縮めた。市来は自分の間合いに入ってきた濱野の顔面に素早いジャブを放つ。パチンという肌を叩く音がした。


「むっ」

 一瞬でその場の雰囲気が変わった。ジャブを出した市来の早いソレを、濱野は右の手で真横に叩いたのである。体もしっかりと避け、完全に市来のパンチを見切った動きだ。


「んなろ。ムカついた。やってやるよ、ボコボコにしてやらぁ」

 今度は市来が突っ込む。ステップを踏み濱野に迫る。そして激しいパンチの連打が濱野の顔面やボディを狙う。しかしその全てが空を切った。

 外れる度に市来の体がぶれる。ありえない現実に焦れる市来が思いっきり大振りして殴りかかった。

 それらをしっかりかわすと、濱野はニヤリと笑った。


「なんだよ。ボクシングってこんなもんなの? 俺はてっきり、もっと危険なスポーツなんだと思ったよ。市来、お前、最近の裏画と同じ位だぜ」

「ア? 裏画だあ? 俺があんなカスと同じってか。上等だ、意地でもテメェを地面に()わして、その態度を後悔させてやるワ」

 濱野は震えていたさっきまでとは違い、冷静に市来の動きを見ていた。


 攻撃時に踏み込んでくる距離が、今までの対戦相手の中で一番近い。人を殴る為にどれだけ距離を縮めればいいのかを理解している者の距離だ。だが、それは素手同士でやり合う者達の間合いであり距離。ボクサーとキックボクサーの距離が違うのと同じで、濱野の存在する距離、領域は市来が知っている距離ではない。

 素手でやり合う距離ではない。剣道、いやフェンシング、いやそれよりももっと広い距離での攻防戦。そして縁が教えるそれは、攻撃より遥かに防御を意識したものなのだ。それも複数を相手に想定されたもの。


 ボクシングのテクが力強い和太鼓なら、濱野のそれは沢山の種類が並ぶドラムセットのテクニック。縁のようなオーケストラまでとはいかなくとも、市来と濱野の差はしっかりと見て取れる。


 少しでも力んだパンチなど濱野にとっては簡単であった。なにせ、ジャブよりも早く長い鬼の触手からずっと逃げ続け避け続けていたのだから。体ごとぶつかってくる突っ込みも遠くからの不意に伸びる攻撃も、数人に囲まれる連携も、嫌というほど練習し勉強した。


「そっか。そうだよな。バカだな俺……」濱野が薄ら笑う。


 今込や君鏡の方が遥かに強いと感じて、濱野の心は鎮火(ちんか)していく。市来のレベルは本当に今の裏画と同じくらいだった。

 剣道部に入部して、二週間ちょっとの裏画と。


 もちろん裏画は、文化祭の準備期間だというのに剣道部へ毎日来て練習漬けだ。濱野に勝負を挑み、一人で息巻いている。他の者達は縁の言いつけもあって文化祭を重視しているが、裏画は君鏡に教えを乞いながら濱野を倒すべく勤しむ。濱野もエアガンで撃たれた恨みと、自分に対するナメた態度が気にくわなくて日々上から目線で懲らしめていた。



「クッソ。なんでだ。なんで当たらない。クソォ」

 ボクシングを始めて約二年。ライセンスだって取れるくらいのレベル。

 ジムの先輩達とスパーリングをしても、それこそ追い詰めるほどの優勢で、実力もある。ボクシングのルールであるなら船城も谷渕も倒す自信はある。

 ただ、何でもアリの喧嘩では、素手の拳もそうだが、蹴りも投げも凶器もあるしそう簡単ではない。おまけに一対一とも限らない。


 市来は今、そういう喧嘩の怖さではなく、ボクシングで負けているような感覚に陥っていた。初めてジムに入った時に、先輩にあしらわれた感覚。


「ありえねぇ。なんで濱野がこんなに強い……」

 つまり、今の市来の強さから考えれば、市来のジムの先輩よりも、濱野は遥かに強いということになる。ありえない。

 入学からずっと虐められっ子の濱野が……化けたと。



「行くぜ市来」

 濱野は市来の攻撃を避けつつ真横を素早くすり抜けた。その瞬間、市来がお腹を押さえくの字に曲がった。

「うぐっ。おえっ」透き通る唾液を垂らし地面にキスをする市来。

「ストップ。勝負ありだ。これまで。濱野……君の勝ちだ」船城が止めに入った。

 予想とはまるで違う。見た目もそうだが、実力からいっても市来が勝つと思っていた。しかし結果はまるで違う。それこそ、濱野が『遊び』といった言葉が現実になってしまったようだった。

 もちろん濱野はそんなつもりではなく、自分の存在価値とプライドをかけ、失くしてしまったプライドを取り戻す為に戦ったのだ。決して遊びではない。


 さっきまで騒いでいた一年坊も、市来と同じ二年生も黙る。そして一年の頃から濱野を知っている者達は開いた口が塞がらない。


 市来の強さは遊びと称してスパーリングして充分知っている。そんな市来が軽くあしらわれて終わった。


「嘘みてぇ。市来先輩が……」

 これが当然の結果だった。市来がプロのライセンスを持っていたとしても結果はさほど変わらない。変わるとするなら、市来がその先を目指し、階段をどこまで上っているかが重要となる。


 濱野の居る位置は、すでにもっと遥か上。


 どういった競技やスポーツがというよりも、その自分の選んだ道のどこに居るのかが重要で、入口付近では話にならない。それこそ市来は実質、入門したての裏画と一緒だった。ただのかじり始めだ。


 深呼吸する濱野。お腹を押さえて荒い息を吐く市来。仲間達が市来の両肩を支えて元居た場所へと運ぶ。市来の痛がり方も尋常ではない。


 一切パワーなど入れていない濱野の攻撃だったが、今まで味わったことがないほどの痛みに苦しんでいるようだ。



 市来の右大振りパンチを左斜め下へとかわした濱野が、そのまま真横を通り抜ける時に、市来の右の横腹を、後ろ腰辺り目がけて折りたたんだ右腕で切り裂いた。その手の小指側、側部が腰横ではなく、濱野を追う為に向いた市来の右脇腹にめり込んだのだ。


「濱野君。濱野君、聞いてる?」谷渕が呼ぶ。

 いつもの練習よりも手加減した濱野は、もし全力で頑張ったら、縁のようにここに居る全員とやり合うことが出来るだろうかと、自分はこの人数を相手にどこまで避けられるだろうかと想像していた。


「おい。聞こえてるか?」

「あ、なんですか? ちょっとボーっとしてました」

 濱野にとって生まれて初めての喧嘩だ。歳の離れた弟と喧嘩したことはあるが、それでさえ殴り合いではなく、自分が一方的に殴って泣かすだけ。それも不意打ちだったり、弟が反撃できないような雰囲気を作っての。

 小学校の時、喧嘩をやらされたり、真似事みたいなのはあったが、全部偽物。


 喧嘩だと胸を張れるのはこれが初めて。

 色々と考えが過って、ボーっとするのも仕方がない。



「いや、そろそろ、こっちの用件を聞いて貰おうと思ってね。その為にわざわざ来て貰ったワケだから」

「用件ですか? なにか俺がするってこと?」

「そう。どうしても頼みたい。濱野君にしか出来ないというか、いや、濱野君でもことが起きたらどうにもならない。だからその前に防いで欲しい。絶対に」

 真剣な谷渕の表情に濱野も少し焦る。一体なんなのだろうと。


「今、床並君がとんでもない奴に目をつけられてヤバイことになってるって情報が入ってな。それで俺達で手を回してるんだが、床並君の傍に居る者からも協力者がいないと、どうにもならないってなって。それで呼んだわけだ」

「他校の不良かなにかですか?」

「違うよ。そんな話なら俺等だけで手を打てるし、何より、床並君が火の粉を振り払うだろ。相手が男ならな。相手は女だ。しかもこの学校の。そいつに目をつけられたら間違いなく事件になる。そして床並君は間違いなく損害を(こうむ)る」

 濱野がヘンテコな顔で悩む。


「なんて顔してんだ濱野。おい、よく聞け。床並は三年A組の篠崎実央に狙われてんだよ」

 腹を押さえた市来が、すっとぼけた顔の濱野にいう。


「女生徒がなんで床並君を狙うの? 強いの?」

「喧嘩じゃねえよ。体だよ。床並とのセックスを企んでンだよ。いや、自分の虜にでもしようと目論んでる。そうなったらおしまいだ。あいつは悪女だからな」

 市来の言葉のあと、皆が口々にいう。そして谷渕も。

 あんな悪女に床並をとりこまれたら、どんな波乱が起きるか分からないと。


「去年、俺がまだ二年に上がったばっかの頃、俺は一度、篠崎の策にハマって、あいつが虜にした先輩から呼び出されてボコボコにされた挙げ句、両手の親指の爪を剥がされた。その先輩ってのは濱野君も一年で居たから覚えているだろ、この学校を仕切っていた横溝先輩だ。あの人をとり込んで、この学校で好き勝手にやってたわけだ。俺もあんなことに巻き込まれるとは、思わなかったけど、さすがに自分の彼女にあやつけられて、傷つけられたら黙ってられなくて、それで篠崎に文句言ったら、無様にやられたわけさ。もちろん、横溝先輩には一ヵ月後にきっちりケジメ付けて倍返ししたけどな。その日から俺がこの学校の頭。でもな、篠崎は別にこの学校だけの男が伝手(つて)じゃないんだよ。あいつは、元、同じ中学の不良とか、危険なグループと繋がっててな、それこそ超ヤバイ人物なわけ。おかげで今でも引っ掻き回されてる」


 本当に厄介なヤツだとアピールする谷渕だが、縁同様、女性に経験や免疫のない濱野には、谷渕が説明する深い意味や怖さがあまり伝わっていなかった。

 目の前に居る谷渕や船城の方が余程怖く、強い縁が逃げなければいけない理由もよく分からない。


「床並君をその篠崎って子に接触させなければいいってこと?」

「ん~、そう上手くは行かないだろうけど、つまり、何かゴタゴタが起きた時に、床並君側に事情をしている者が居て欲しいというか……保険というか。俺達もまだ混乱していてどうしたもんかと悩んでる最中でな。とにかくあの女はメチャクチャやばいから、今のところは気を付けてくれとしか言えない」船城も腕組みをする。


 一応頷く濱野。しかし篠崎の恐ろしさどころかどんな子なのかも分かってない。



 篠崎(しのざき)()()。三年A組で、幼い頃からグラビアアイドルをしている。少女のような顔をしているが体はバリバリのセクシークィーン。Gカップの活火山を二つ装備し、あらゆる男達を虜にしてきた子だ。

 この学校で篠崎の裏の顔を知っている者達は、童顔のハニートラッパーと呼んで恐れている。


 しかし、実際の素性は更に怖い。それはまず、実年齢だ。どう計算しても二十歳は越えている。

 この学園に編入してきた時にすでに一才ずれていて、更に一度ダブってもいる。もう一度転校を試みて、その転校先でダブりをしようと目論んだようだが、幾つかの検問に引っかかり失敗に終わったようだ。進卵学園に編入できたのも、この学園の偏差値が低く、更にA組なる特別クラスがあったからなし得たもので、普通なら落ちていた。

 テストよりも面接などを重視し、未来を信じて頑張る生徒達を、応援するという校訓が救ったのだ。おかげで、篠崎の思惑通り『現役女子高生』というブランドを騙しつつも保持している。


 よく考えればおかしなことはいくつも気付けそうだが、どうにか年齢をサバ読んだり、色々と騙しながらテレビや雑誌の世界を生き抜いている。

 ただでさえ女性は魔性。篠崎には最低でも二十歳というとんでもない経験値と能力があり、それを持ってこの幼い高校生が集まる学園に紛れ込んでいるのだ。

 更に言えば、異性に対し未経験の縁などイチコロ。

 骨抜きにされて篠崎のマフラーや座布団として生きていくことになる。


 つまり篠崎は、酒も煙草も、犯罪以外の全てが許された経験多き成人女性というわけだ。子供の仮面に素性を隠した、とんでもなく危険な大人の女。



「なんか不安だな。本当に分かってる濱野君」

「はい、一応。篠崎なんとかって子と部長を鉢合せしないようにすればいいんですよね?」

「違うよ。それになんとかじゃなくて実央な。ヤバイなこれ」

 皆も不安がっている。たぶん濱野では役に立ちそうにないと。わざわざ喧嘩までして、結果がこれではくたびれただけ。意味がない。


「谷渕さん。磯貝の方はどうします? そっちも濱野に言っておいた方がいいンじゃ」

「だな。濱野君。言い忘れたけどな、実はこの学校にはもう一人性欲モンスターが居てね。名前は磯貝椛っていうんだけど、この子にも注意してほしいんだわ」

「磯貝椛? あ、それは知ってる。俺と同じ年のですよね?」


 磯貝(いそがい)(もみじ)。二年A組。篠崎と同じくグラビアアイドルだ。

 篠崎の様な不良を使うような危険さはないが、枕を使った噂は後を絶たず、学校で名の知れる者は殆ど彼女の餌食になっているという。あくまで噂だが、生徒会長と風紀委員長の二人の弱みさえも握っているとかいないとか。

 生徒達からはそういう都市伝説が語られている。


 ただ、この学校で唯一篠崎とガチでやり合えるのは磯貝一人だと言われている。もちろん学校を出れば、篠崎とやり合える者達は、グラビア界や芸能界にウジャウジャいるが、この学園内では残念ながら磯貝だけである。


 力関係的に、アイドルやモデルで上に位置する者も、やり合った時のダメージやイメージダウンを計算し答えを出せば、結果的に大損害しか出ない。まして何でもアリの性欲バトルに持ち込まれれば、今まで築き上げたものが終わってしまう。



「その二人に注意して、目を光らせてくれ。後で篠崎の画像を渡すから、それでしっかりと確認して床並君をトラブルに巻き込まないようにさ、頼むぜマジで」

 谷渕も船城も、本当に縁絡みで事件を起こしたくないのだ。あと少しで無事に卒業できる。そうなれば後のことは知ったこっちゃない。最低でもあと五、六ヵ月だ、穏便に過ごしたいに決まっている。


「ふふ、なんかさっきはすみません。本当にこういった話だったんですね。俺はてっきり虐められるんだと思ってました」

 濱野の台詞に「アホだな」と笑う。何度も違うと言ったのにと。よく考えれば、濱野を呼び出してボコボコにするなら、普段から大人しくしている訳がない。

 ましてフタを開けたら、事件回避のお願いという内容。普通に考えればそれこそが真意。


 ただこの年頃は、女子は飯塚のようにすぐ恋に結びついてしまい、男子は濱野のように喧嘩や危険なことに結びつく。

 もちろん男子も恋にも結びつくが……、いや、恋ではなくHなことと言った方がリアルかもしれない。とにかく早とちりしがちである。



「にしても、なんで先輩達はそんなに床並君のトラブルを避けたがるんですか? 誰かに何か言われてるんですか?」

「まぁ、色々あるわな。それに俺自身ももう床並君には関わりたくないんだよ」

 谷渕がまたポケットから電子煙草を取り出してふかす。

「なんでですか?」

「怖いからに決まってるだろ?」

「怖い? あんなに優しくて見た目だって……、どこら辺ですかね?」

「目。それと口、鼻筋も、というか全部。雰囲気も」

 濱野は不思議そうにしている。濱野から見た縁は誰よりも優しく、顔も幼くて可愛らしい。ちょっとだけ生意気そうな鼻や目尻をしているが、それでも印象は可愛い。思い浮かぶのは笑顔。

 もちろん、合宿などで見た真剣な顔もあるが、その印象も、怖いではなくカッコイイであった。


 谷渕の目にはまったく違った風に映っている。

 何度縁に会っても、縁の目を見ただけで震えがくるほどの恐怖、常に危険な光を宿して見える。どんなに優しく笑っていても、その目は谷渕を遊び殺そうと狙っている目に見えるのだ。

 縁と対峙し敗れたほとんどの者達は、縁の印象をそう捉えていた。


 この目を一般の者にも分かるように説明すれば、猫、いや、子猫の一番可愛いと思う画像を用意する。もちろん自分が一番可愛いと思う画像。決して睨んでいたり瞳が尖っている状態とかでなく、瞳は真ん丸でニャンニャンしている丸目の画像。この状態が濱野や女子部員達、そして一般生徒が見ている縁の印象だ。


 そのまま、何も変えずただ谷渕と同じ心になってその画像を覗く。イメージは、自分が小さな小動物やハムスターになったと想像し、子猫の目の前にいるとただそう思いながらその画像を覗くのだ。すると、可愛い子猫のその真ん丸とした目が、まるで獲物を(もてあそ)ぶ為に見開いた殺戮(さつりく)を目論む目に変わるのだ。

 実際に画像が代わるワケではないので、そう見えない者には、これ以上の説明は出来ないが、谷渕や今まで縁とやり合った者達には、嘘偽りではなく、本当にそう感じてしまう。

 受けての精神状況と縁の圧倒的な異質さがポイントなのかも知れない。


「でもなんで床並君、女子から狙われてるんだろ?」

「そりゃ……色々訳はあるだろ。俺はよく知らないけど、結構怒っているヤツとかいるぞ。ま、何にしてもあれだけ目立てば、好き嫌い言われるのは仕方ない」

「そうですか……」


 実際、進卵学園の女子達は縁に対して意見が分かれている。好いている者も多くいるが、仲間内で「大っ嫌い」と公言し嫌っている者も少なくはない。

 それぞれ理由はあるだろうが、おもな理由と言えば、剣道部への入部が上手くいかなかったとか、自分の大嫌いな女子が「床並君~」と調子に乗って浮かれていることなどから、その主である縁を嫌っているケースがある。


 そういった理由がある女子達はまだ分からないでもないが、何も理由がないにも(かかわ)らずいきなり嫌ったり悪口を言うような、いわゆる自己中女子は厄介だ。

 それらは何の関わりも無い赤の他人をターゲットにし、忌み嫌うことを生業に、わがまま放題悪口をふれ舞う。普通に考えれば関わりたくない、が、寄ってくる。他人を侮辱しその快楽をおやつにする哀れな存在。


 ちなみに篠崎と磯貝はそういうハンパな類ではない。

 これは進卵学園の一般生徒の話だ。



 屋上でしばらく話し込んだ濱野が、きりの良いところで解放された。

 階段を下りていくとそこに裏画が待っており「どうだった? なんかされた?」と心配そうに尋ねてきた。

 呼び出し放送を聞いた裏画は、屋上まで上がってこっそりと濱野と不良グループが居る所を目撃していた。そしてビビッて逃げ戻ったのだ。


「何でもないよ。あ、ただ、もしかしたら裏画にも手伝ってもらうことがあるかも知れない。今はまだあれだけど、部活の時に話すわ。にしても腹減った~」





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