二八話 前夜祭
夏休みが明けて二週間と少しが経った。
文化祭を翌日に控え、学校中が慌ただしく動いていた。
A組の者達もほぼ揃い、各クラスが文化祭に向けて最終の追い込みをしていく。
忙しく作業する中で、仲良く準備している者もいれば、いがみ合っていたり口論になっている場所もある。
この時期から始まる女子の格付けが一段と激しさを増していた。
特に一年生は、高校にデビューしたてということでギラギラしている。
入学当初は部活や友達探しでそれどころではない。
他にも学校の地理や生活習慣なども、覚えることが沢山あり、勉強や部活、選択授業にも慣れなければならない。
しかし、無事に夏休みまで辿り着き、更に修学旅行で友達関係もより広くそして深まったわけだ。そのことで、ついに女子達本来の格付けが始動しだす。
どこの学校でもそうだと思うが、これが落ち着くまでは各クラスで平和や安定が訪れることはない。
鳥の世界で言えば、仲良く寄り添う十姉妹も、最初は大喧嘩し、羽やしっぽがはげるまで突き合い格付けが決まる。止まり木の位置や餌の順番、細かな上下関係が決まって、ようやくそこで落ち着くのだ。
学校もそれに少し似ていて、二年生と一年生ではまるで違う。一年生は入学したてであり、つまり無垢の状態。
自分がどの位置にいるかも分からない手探りで、居場所も座席もない。
君鏡に関して言えば、中学時代は底辺であったが、高校へ来て縁と同じ剣道部へ入り、更にクラスでは日野とペアを組み、昼食ではアイドルやモデル達とも過ごしている。
周りから見た格付けはとんでもなく上にいた。
ただ、そういった位置に居ようが、なんならアイドルであろうが、女子にしてみたら蹴落とす存在や踏み台にするモノでしかない。そういった一面があるからこそA組やF組のようなクラス分けがある。
この学校でなく、普通の学校に紛れ込んだたった一人のアイドルやモデルなど、速攻で虐められてしまう。
男子には想像もつかない残酷さと恐怖が、次元の裏側で渦巻いている。特別な存在だけでなく、上から下までしっかりと残さず位置づく。その為の争いが起こる。
ありとあらゆる手段を駆使し、一つでも上の階段へと駆け上る。その景色こそ、美や可愛さの象徴であり、女性の権威である。
男同士の友情は成り立つのに、女友達には成り立たないのは、それだけ特殊で異質な争いだから。
女性にとって、男の友情が羨ましくも見えるし、戯れ言にも見えるのはそういう命がけの場所にいるからだ。
例えば『みこし返し』これは手の平返しの逆で、一度相手を担いで、盛り上げて、散々もてはやしてから叩き落とす技だ。
ちなみに手の平返しは、知っての通り、虐めていたような存在が、何かの活躍で上へと浮上し、躍り出てきた時に媚びへつらう技。
他にも『握りずし』なるものもある。これは相手の弱みを握ったり、その弱みを敢えて作る技をいう。
挙げればキリないほどの技があり、その技を駆使して伸し上るのだ。
わざとダメな男子とくっ付ける『ブラックキューピット』や彼氏を奪う『怪盗キャッツ』あと『モドキ』という技でその子になりきりネットや学校でのその子を支配する。
友達のフリしたフレネミーなるものも沢山あるが、数え切れないほどのワザとテクで、敵を排除し格付けしていく。そしてそれが決まれば、後は上位者が下位の者をいたぶり虐める日々が始まる。
優越感と他人の不幸を蜜として味わう。
これは男が考えているよりも遥かに怖いものだ。
男は、所詮女子だし、怖いと言っても男の世界ほどではないだろうと高をくくっているが、そもそもそこが大間違いで、女性のそれは、男社会の虐めや喧嘩などは比にならない。
そういったことが信じられない男には、想像してもらうしかない。
自分の体が男から女性に変わったとして、何が変わるのかを。女社会に放り出された時、肉体が変わったから心も変わるか? 弱々しく女性としてのイメージ通りに、振る舞えるか?
なにが言いたいかと言えば、体がどうであれ、心や性格は関係ない。だとすれば女性はどういう性格かだけで判断しなくてはいけない。
つまり、女性だから男性より格付け争いが緩いではなく、女性の方が圧倒的に、裏での性格はヤバイと考えるべきなのだ。
男はよく、羊の皮を被った狼などと言われるが、女性とは、子猫や子兎の皮を被った猛獣。いわばエロ狼よりはるか上の、ヒステリック猛獣。
一夜限りの相手や浮気された腹いせに、会社にまで怒鳴り込んで来て、ヒステリックに、あることないコト喚き散らされた時に、多くの男性は思う。
男はそこまで酷いことはしないと。社会性はないのと。
しかし、女性は違う。それくらいは序の口の宵の口。
そんな程度でお許しが下りるなどまずない。逆にそこで許す程度なら、そこまでしないで抑えてくれる。
男と違って損得勘定はきっちりしている。頭が良いのだ。
女性が本気でキレたが最後、地位も名誉もお金も全て失うまでヤラレる。
笑っちゃうくらい怖い。
復讐や嫉妬は、男の股間を、銀河の遥か果てまで蹴っ飛ばすほどの憎悪を秘めている。つまり腕力とは全く関係なく、心に危険な棘を隠し持っているのだ。
とはいえ、女性同士で暴力が無いかと言えば……どうか?
その辺は女性に聞かなければ定かではないが、影で、集団で、酷いことが行われないとは言い切れない。
そんな怖い女子達の格付けがスタートしていた。
偏差値や私立か公立かでも激しさなどが変わると思うが、ここ進卵学園では確実に怖い女子の割合が多い。そして一年生は特に荒れる時期なのだ。
そんな中、縁達のいるF組でも早速問題が起きていた。
「なんで? なんでよ。ちゃんと言ったじゃない私」
「聞いてないから。ウザッ。自分で言った気になってるって、それ独り言じゃね? 相手に伝わってなきゃマジ意味ないし」
片方が、きついセリフにポロポロと泣き始めた。
「ちょっと、そんな酷い言い方しないでよ。可哀そうでしょ。それじゃどうするのよ文化祭は。明日なんだよ、もうダメじゃん」
女子達のやり取りに男子達は凍りついていた。
揉めている内容は、F組がやるメイド喫茶で出す、オムライスなどの料理が出せなくなったこと。
その理由は、料理を担当するはずだった女子数名が、保健所への検便的ものを提出しなかったことで、アウトになってしまったようだ。
当然、男子は料理とは関係なかった。
これが焼きそばやお好み焼きなら話は違ったが、オムライスやパフェ的な物だったことで、女子達が一方的に任せてと請負った。
しかし、この手違いで全てが崩れ去る。料理が一切出せないと……。
激しく言い合う女子達。
グループは大きく三つに分かれている。文化祭の管理をしている勢力と、ポカをやらかしたグループ、そして傍観者として焦っているグループ。
男子達はそれを森の木陰から、小動物のように見ている。
まるで収まる気配がない。それはそうだ、解決策が無いのだから。
「もぅ、どうするの、ったく。高校生なんだからそれくらい自分達で分かってよ」
「はぁ? 言われなきゃ分からないし」
「言ったし。ちゃんと聞いてないアンタがおかしいンでしょ」
耳を塞ぎたくなるような声。相手を威嚇してるからか、普段より大分低い声。
すると、縁がゆっくりと争う女子達の中へ入っていく。その腕を必死に引き留める今込だが、止めきれず仕方なく一緒に紛れ込む。
「あ、床並君、今は来ない方がいいよ。巻き込まれるだけだから」百瀬も止める。
百瀬の横で園江も頷いていた。縁も当然ヤバイと理解しているが、泣いている子が二人もいるし、このままではまずいと思っている。
今日は一日中授業はなく、学校中で文化祭準備をしていい日。ここで時間をロスすれば、それこそ取り返しがつかないと踏んだのだ。
失敗やミスをした時こそ、その後のフォローが運命を変えるのだからと。
「あのさ、とりあえず、口論はやめて仲良くしよう」
「無理。もうダメじゃん。あ~あ明日の文化祭終わったわぁ」
「何? 私らのせいだって言うの? あ~ホントむかつく」
「ちょっと待ってってば。あのさ、俺に任せてくれないかな?」
「任せるって……床並君なにかいい案でもあるの?」
「いや、今はまだないけど……、大丈夫。俺と今込君が責任もって……」
「ちょ、ちょ、ちょ。床並君、それはない。俺を巻き込むのはヤバイ。俺、怖い。なんか責任重大で怖い。凄く嫌な予感が」
「大丈夫だって。なんとかなるよ。午前中に新たな案を考えてさ、明日までにどうにかすればいいんだから。ねっ。だから皆ももう口論はやめてさ仲良くしよう」
縁の言葉にとりあえず言い合いだけは治まった。
しかし、お互いのグループが嫌い合っているのは変わらない。
縁は今込に手を引かれ、男子の居る場所へと戻っていく。
「ぎえ、ど、どうするの床並君。俺、ヤダよ失敗した責任取れされるの。怖いし。さっきのやり取り見てたでしょ? 鬼ジャン。それに、ちゃんとしなかったの俺達じゃないんだし、下手に首を突っ込まない方がよかったんじゃない」
今込の言葉に、今更だが少し縁も後悔する。少し離れた場所で女子達が今込の話を聞いている。そして当然イラついている。
「ん~。うん。大丈夫。失敗したら全部俺が責任取るよ。だからまずいくつか対策を考えてさ、それが浮かばなかったら、したら、責任の取り方を一緒に考えてよ」
「ええ~。責任の取り方~。嫌だよぉそんなの……。ふう。床並君、分かったから一緒に対策の方を考えよう。そっちの方が遥かにいい」
今込と縁は既に明日の為に用意されたテーブルの座席に座り、どうしたものかと悩み始めた。そこへ百瀬と園江も心配して寄ってきた。
考えること三十分。その間クラスの手は止まっている。やることはあるのだが、その作業をしたところで明日の料理が出ないのであれば無駄な作業になる。
「あ、そうだ。まずは他クラスでさ、料理の許可が下りている子をスカウトして、ウチのクラスで働いてもらうっていうのはどうかな?」
「まぁ、案としてはそれしか方法はないよね。だけど、クラスの出し物的な雰囲気が崩れるよね。でも……しょうがないか」
「じゃあ、それとは別にさ、食パン買って来てさ、食パンに絵とか文字書いて出せば。それなら作らなくて平気だし」
「ギャハハハっ。それ、すっ、すげぇマズそうだよ床並君。あははは」
「いや、そ、そうだけど……。あ、でもチョコクリームとか可愛いトッピングとかで可愛く飾ればさ。ほらパフェ作るつもりだったわけだし」
「お客がね? それを頼むかってとこだよね。そこがクリアできればそこそこ抜け道案としてはいいかも」
縁と今込の必死の会議に、徐々に女子達も参加し始めた。
「でもさ、保健所とか学校側に許しが下りてないのに、チョコとかトッピングとかしても平気かなぁ?」
女子の素朴な疑問に、縁が笑いながら答える。家でも食堂でもどこでも、自分でケチャップやソースを使うし、スパイスや味付け的ものを振りかけるのは料理ではないんじゃないと。だからそういったもので絵を描いても絶対セーフだと思うと。
ソース自体を作るならアウトでも、市販の物だし絶対ルール的にセーフと。
なにせ、お客自体が自由に取り扱っていいはずのものだ。ケチャップやソース系が禁止の店など聞いたことがない。
「そっか。それじゃとりあえずは、食パン作戦と代理料理人ね。分かったわ、ここからは手分けして用意にかかりましょう。大分作業が遅れてるから」
女子達に一気に活気が戻った。ボーッとしていた男子達もようやく動き出す。
しかし、ポカをしたグループたちだけは動かない。気まずそうにフラフラとしていた。すると縁は、そのグループの元へ行き話しかける。
「今から一緒に他クラスに回るの付き合ってくれないかな? そうだなぁ、半分は今込君と回って。集められるだけ料理出来る資格のある人を集めよう」
縁の指示に素直に頷く。逆に一番乗り気でないのは今込くらい。
他クラスに、そんな無茶なお願いをする役回りなどしたくないのだ。
「よし、それじゃ出発。今込君達も頑張ってね」
子供のようにはしゃぐ縁。まったく状況が分かっていない。高校生は小学校と違い、皆冷たいし、意地悪でもある。おまけに面倒臭いことも大っ嫌いだ。
縁はつい最近まで引きこもってたから、そんな性質が全く分かっていなかった。少し前に部長会議で冷たい対応をされてうろたえたのを、もう忘れている。
生徒会に呼ばれるのが苦手なくせに。
一つずつ回っていくが、縁の想像とはまるで違う対応であしらわれていく。
ちなみに今込の考えとは、ドンピシャの対応だ。冷たく「今忙しいンだけど」とあしらわれる。
「そこをなんとか頼むよ。ウチのクラスの料理人になって下さい」
必死にお願いする縁。
縁の横では、それを恥ずかしそうに棒立ちで見ている女子達。絶対に断られると分かる相手に、頭など下げたくない。しかし縁は粘る。
「もぅぉ。床並君? なにかヘマでもしちゃったの? そんなに粘られても、無理だよきっと。ふふっ。分かった、ちょっと待ってて、委員の子に聞いてきてあげるからさ」
最初は嫌そうに怒っているが、縁のサラリーマン並みの粘りに、徐々に相手にも笑みや情が生まれ、ゆっくりと雪解けしていく。しかし――。
「やっぱダメだって。ウチのクラスも調理担当はギリギリのメンバーなんだって」
ギリギリのシフトで二日間を乗り切る設定らしい。生徒達はクラスの出し物だけでなく、部活など他の出し物もあるからおのずとそうなる。何より係だけでなく、友達と一緒に文化祭を見て回りたいに決まっている。
「ありがとう。そっか、分かった他を当たってみるよ」
縁は食べ物系を出すもう一クラスを当たる。すると既に来ていた今込が木っ端みじんに言い負かされていた。そこへ縁も加わり頼み込む。だが結果は覆らない。
「そう。スミマセン。お邪魔しました。行こう床並君。ダメだ。そう上手くはいかないよ」
「だね。俺的には、三、四人は確保できると思ったのに、一人も無理だった。よく考えたら入学したばっかで、知り合いが少ないから仕方ないのかな」
縁の台詞に、合流した全ての者達が、それは違うと心の中で首を振る。世の中とは、縁の思っている以上に他人には厳しいし、関わり合いがないのだと。
他クラスの見知らぬ生徒に、気安く話しかけてること自体ありえないと。
と突然、誰かが縁を呼び止めた。
「あの、ちょっといいですか? 料理が出来る人なら誰でもいいんですよね?」
「い、いや、料理というか、文化祭で調理する許可が下りてないとダメなんだけど。今、一年で料理を出店する二クラスに回って来たんだけど、既に断られてて」
縁は申し訳なさそうに頭を掻く。
「えっと……」
「あっ、もしかして上の学年に知り合いがいるとか?」今込が食い気味に言う。
「ち、違うんですけど。その、私の友達が、家庭科部で、それでその、部活の出し物で色々と出すから、えっと、もしかしたら条件には合ってるというか。もしかしたら床並君がお願いに行けば……もしかしたら、ですけど」
「家庭科部。そっか、その道が残ってた。ありがとう助かるよ」
縁は凄く喜んでいるが、その道でいいのなら別にもある。例えば二、三年生で食べ物系を出店するクラスはいくつか残っている。
ただ、他学年にとても頼みに行ける雰囲気はない。
得体の知れない恐怖感があるし、見知らぬ先輩に、訳も分からないお願いして、一年生のクラスで働かせるなど……理不尽にもほどがある。
「うん。じゃあ、そこに行けばいるのね。ありがとう」
「オッケイ貰えるといいですね。頑張って下さい」
ペコリと頭を下げるその子に、縁も深く頭を下げた。その二人のやり取りを今込も周りの女子達も呆然と見ていた。
「行こう。急ごう」走り出す縁。
ピンチというか、絶望の先に見えた微かな光に感情が高ぶっている。勝手に盛り上がる縁が、言われた場所へと辿り着いた。ドアをノックし反応を待つ。
ノックしてすぐに、エプロンを付けた生徒が対応に現れた。
「あの、一年B組の飯塚苗さんいますか?」
「いますよ。ちょっと待ってね。苗ちゃん、お客さん来てるよ」
「は~い。えっ?」
奥の方から近づいてくる小さな少女が、縁達に驚いて怯んでいる。大勢でいるのだから当たり前だ。何より飯塚が、とてもひ弱な雰囲気なので余計にそうさせる。
メタリックピンクの細い縁メガネをかけ、小さな背に、おかっぱにも見えるボブヘアー。それがおどおどとドア付近へ近づいてくる。
「ねえ床並君。こんな大勢じゃ相手も怖がっちゃうから、俺達教室に戻ってるよ。ここは床並君が責任を持って説得してよ」
怖がる飯塚に気を使った今込。縁もしっかりと頷く。
そして縁を残しゾロゾロと退却していく。
「えっと、なんでしょうか?」
「いや、あの、飯塚さんのお友達に聞いたんだけど……その……」
「うそぉ。言わないって言ってたのに。聞いちゃったんですか? ええぇ」
飯塚が恥ずかしそうに顔を押さえる。その姿を家庭科部の先輩達が見ている。
「ちょっと、ここじゃ恥ずかしいので、どこか別の場所へ行きませんか? 先輩、なるべくすぐ戻るので少しだけ外してもいいですか?」
「いいわよ苗ちゃん。ゆっくりしておいで。あ~あ羨ましいぃ」
「もぅ先輩、そんなんじゃないですってば」
浮かれる飯塚。内心苛立っている先輩達。他人の浮かれている所ほど苛立つものはない。早速、子兎の皮を被った野獣が目を光らす。
他人の応援や援助をするなど老人か悟りを得たものの領域、若い女性に、そんな穏やかな気持ちがあるはずが無かった。
どんなに笑顔を作っていても、女子高生はギラギラだ。
「すみません。飯塚さんを少しだけお借りします」
気を使って頭を下げる縁。その縁に「苗ちゃんを傷ものにしないでね~」と冗談が飛ぶ。
二人は廊下を歩き、静かに話しできそうな場所をと探す。どこもかしこも文化祭一色で空いている所がない。
と、中庭だけはどこも出店や利用されてなく、手つかずの場所になっていた。
ガラス張りで目立つ場所だが、そこ以外はすでにお祭りモード。仕方なく中庭へと入って行った。
かつて深内麻衣が涙した場所だ。
テーブルに向かい合う形で座る。
歩いている時から、ずっと下を向きっぱなしの飯塚。ガラス張りの廊下を通る生徒達も、縁と小さな女子高生の雰囲気に思わず二度見する。
そして、当然ながら、家庭科部の先輩もこっそりと後をつけ覗いていた。
文化祭の最終準備で忙しい最中、なぜか二人だけが別の空間にいるようで、通りがかった先生方も、二人が何をしているのだろうと凝視しながら通り過ぎる。
念の為にいうが、この学園は恋愛禁止が校則で謳われている。
「なんか、作業してたのにごめんね。ちょっと聞きたいことがあって」
「あ、分かってます。迷惑ですよね。別に直接いうつもりとかは、なかったんですけど、なんでだろ? 言わないって約束したのに……。こっちこそごめんなさい」
「ん? ああ、え? 迷惑、何が? 悪いのは俺の方というか? 一方的に俺から押しかけて、そんでお友達も仕方なく、困り果てた俺を見かねてというか、俺の為に教えてくれたから。友達も悪気があって居場所とか教えた訳ではないよ。それだけはホント」
個人情報保護法に引っかからないよねと焦る縁。こんなことで友達の輪を乱したくないのだ。ただでさえ縁のいるF組は、女子の喧嘩が勃発したばかり。
「何がですか? 悪いのは……アタシ。私なんかが……好きになっちゃいけないって分かってるんですけど……、なんか笑っちゃいますよね? こんな私じゃ」
縁は飯塚の言っていることがさっぱり分からない。
「料理……だよね? 俺も料理は好きだよ。あっ、そう言えば家にある簡単レシピ本の作者って飯塚さんと同じ苗字だ。確か料理研究家の飯塚香与さんだったかな。小学校の時からずっとその人の本で料理してるんだ。まさか飯塚さんのお母さんだったりして?」
「うん。それ、私のお母さん」
「ホントに~凄い偶然。マジで、ヤ~バイな。俺、いっぱい本持ってるよ。他の人の本だとさ、普通の調味料とか材料じゃ出来なくて、珍しいのばっかだから駄目なんだよね。だけど飯塚さんのお母さんの本ってさ、普通に冷蔵庫にある物で美味しく出来るから凄くイイんだよね」縁はあまりの偶然にニコニコしていた。
「……ごめん。嘘なの。冗談のつもりで、お母さんっていたンだけど……、なんか冗談も下手でごめんなさい。笑えないよね。なんか私、ダメダメだよね」
凄く落ち込む飯塚。縁はその姿に焦る。まったくかみ合わない会話と雰囲気。
一体この違和感が何なのか、経験不足の縁にはどうすることもできない。沈黙が二人を包む。廊下を行き交う生徒達にまで、その異様さが見て取れた。
「あの、私から話しかけたりしませんので、迷惑とかかけないので、それでいいですか?」
「……ん? どういう……。ダメだぁ~、飯塚さんゴメン、俺には飯塚さんが話してることが難しくって。この際はっきり言うね。俺には飯塚さんが必要なんです。どうしても。お願いします。断られたら全てダメになっちゃうから。飯塚さん――」
縁が必死に頼み込むそこに、今込が猛ダッシュで突っ込んで来た。
「部長! 何してンの? さっきから話が変な方に進んでるのに、いつになっても本題に入らないし、もしかして告白でもする気?」
「いや、今お願いしてる最中だったけど」
「何を? 俺には告白ってるようにしか聞こえなかったけど。俺が止めなかったら完全に一大事だったけど。俺から言うから床並君は、ほら、下がって、ほら」
縁を押し退け今込が説明した。
「文化祭の調理を手伝うってことですか? え? そういうこと……」
全然違う話の展開に飯塚が驚いている。飯塚はずっと恋愛の話をしているつもりでここに居た。それがなぜなのか分からないが、この年頃の若さには、どんなことも恋愛に結びつけてしまう傾向があるかも知れない。
が、それにしても、酷い脱線ぶりだ。
飯塚は恥ずかしそうに、今込の用件を受け入れると、縁も笑顔で、お礼をいう。そこで初めて縁は、周りで大勢の生徒が覗いていることに気がついた。
「うわっ、すっごい見てる」
「当たり前だよ。床並君が思っている以上に大事件だよ。各階の廊下で覗きながら大変な騒ぎになってたんだから。野次馬をナメると退学になりかねないよ。ウチの学校は恋愛禁止だからね。床並君がやってるのは学園のど真ん中でタバコ吸ってお酒飲んでるのと一緒だよ。不良だってこんなド派手なことしないから。普通、体育館裏とか屋上とかに呼ぶジャン。床並君だって漫画くらい読むでしょ?」
「うん。ん? だけど俺、お願いしてただけだけど」
「そっか。床並君にも不器用なとこが見つかって、嬉しさと驚きが半々。人間離れしてることが多かったからさ。でも、弱点がこういう種類なのは……まずいな~。特に床並君みたいに目立つタイプは厄介」
今込が腕組みをしながら一人で何かに納得する。がしかし、今込と同じように感じている者が、この学園に何十人かいた。
話がつくと飯塚と別れ、今込と縁はクラスへと戻る。
調理をしてくれる生徒が一人決まり、そして食パンも本格的に視野に入れ用意が進んでいく。
しかし、どう計算しても、お客で賑わう感じが想定できない。
女子達がまた争い始めた。
うまくいかない作業への苛立ちなのか、元々の原因とは違う、些細なミスなどで口論になる。時刻はもうすぐお昼になろうとしていた。
「やめなって。せっかく床並君がお願いしてくれたんだし、一応は、メイド喫茶も出来るんだから。喧嘩やめて仲良くしようぜ」今込が仲裁に入る。
だが、一度ついたいわくに、完全にへそが曲がってしまったのだ。メイド喫茶をやる理由など良く考えれば可愛い衣装を着て、男子やお客さんに普段と違う自分を見て欲しいに決まっている。そこにケチがついて駄々をこねているわけだ。
こんなんではもう可愛くないと。上手くいきっこないと。萌え萌えキュンキュン言ってる場合じゃないし、そんな気分じゃないと。
少しずつ険悪なムードが広がる。質の落ちた状態で、開催できるとなって尚更、苛立ちが増しているのかも知れない。女子の心は繊細なのだ。
縁はもっとじゃじゃ馬な寧結と一緒にいるから、こういうケースに関しては得意だった。そして治める為の秘策も知っている。それは意識転嫁。
「分かった。それじゃ、メイド喫茶は縮小して、今から一から新しい物をやろうよ。俺に良い考えがあってさ、それでイイなら今から変更しない?」
皆があまりの唐突さに驚く。が女子達は食いついてきた。
「そんじゃ発表します。それは~、座椅子型人力車、メイドガイド付き。っていうのはどうかな?」
縁が何を言っているのか分からないようで、皆が一斉に首を傾げる。縁は身振り手振りを交えて、それがどういったモノなのかを分かり易く説明した。
二人用の座椅子、いわゆるラブソファーと言われるそれを買ってきて、その椅子にキャスターと押し運ぶ取っ手を付ける。
各階に二台ずつくらい配備し、お客が求める移動地点まで、メイドが学園案内しながら乗せていくという、ガイド付き人力車であった。
「それ、面白そうだけど、今更? 間に合わないわよ絶対に」
「大丈夫。今すぐ男子で、ホームセンターまで行けばさ、五時までにはどうにかなるよ」
「マジ? 本当に間に合うなら……やっちゃうぅ」
半数以上の女子達はノリノリだ。いわくつきのモノだけにすがるより、新たな風が欲しいのだ。
彼氏と別れた女子が髪を切ったり引っ越ししたり、思い出の物を捨てたり。物は物だなんて割り切っている女子もいるが、繊細な女子には、気分転換が必要。
男子達はうんざりしている。もちろん言い出しっぺの縁も、少しはうんざりしている。けれど、これが男の役目だと諦めている。
「それじゃ早速行こうぜ。女子は教室の方を仕上げといてね。あ、喧嘩とかはナシだぜ、せっかく床並君と今込君が無理してるんだし、俺達も頑張るからさ」
「はぁ~い気を付けて行って来てね~」
女子の機嫌は直りつつあった。
このわがままを聞いてもらえるような感覚と、お姫様扱いというか、男子達が、女子の為に頑張るそこに、機嫌が少しだけ薄らいだ。




