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バースデイ  作者: セキド ワク
25/63

二五話  憧れ焦がれ



「なあにこれ? どういうこと」

 日野が掲示板に貼られた紙を見て驚く。


「ちょっと箱入さんこっち来て。これ見てよ。今貼られたの」

「ん、どうしたの日野さん? なっ、新入部員の面接。部員募集するの?」

 生徒会から手渡された紙が、各クラスの掲示版に貼られていく。


 日野と君鏡は文化祭の準備中だったが、それどころではないと剣道場へと向かうことにした。一方、剣道場では。


「可愛い~。寧結ちゃんも萌生ちゃんも凄く上手ね」

 ノリのイイ曲に合わせて、寧結と萌生が踊り狂っていた。

 二人の周りに群がるダンス部達が、興奮したように騒ぐ。そこへ縁とダンス部の部長が戻って来る。


 一礼して道場内へ二人が入ると、通常よりもうるさい音で曲が流れていた。


「ちょっとあなた達、音デカ過ぎじゃない」ダンス部の部長が近づく。

「そお? 私はそう思わないけど」萌生が踊りながら笑う。

「誰?」

「萌生だよ」

「私は寧結。二人合わせてメイネユだよ」


「はあ? だから誰よ。この子達誰なの?」

「リタ姉、床並君の妹よ。それとそのお友達。ほら未蕾小の子」

「うっそ、ホント? 可愛い。床並君こんなちっちゃい妹いるんだぁ」

 急にはしゃぐダンス部の部長だが、あまりのギャップに、本当にそう思っているのか、皆が疑問視している。

 もちろん部長は縁の妹と聞いて、素直に可愛いと感じていた。



「へぇ、二人共ダンス踊れるんだ、見して見して」はしゃぐ部長。

 すると、萌生と寧結は、仕方ないなといった表情の後、全力で踊る。上手い。


 軽い感じでお願いしたダンス部部長も、その上手さやテクニックに度肝を抜かれていた。何より、大人みたいなダンスではなく、年齢を、少しだけ背伸びした位の可愛らしさ重視のダンスを選択している所がドンピシャにハマっている。


 特に萌生のダンスはずば抜けていた。その萌生が感覚鋭い寧結に教えたのだから二人共相当にヤバイ領域だ。



 萌生がダンスと出会ったのは、近所の公園でのある光景がきっかけだった。


 お砂場で、お友達と親達と遊んでいた三歳の頃。

 幼稚園の年少になったばかりで、桜のバッチに『めい』と書かれた名札をつけ、砂にまみれていた。


 すると、遠くから可愛らしい音楽が聞こえてきた。萌生が興味を示すが、親達は子供達に行っちゃダメと注意する。


 噴水をバックに、近所に住むお姉さんが何やらアニメの曲的な歌に合わせて踊りを踊っていた。

 ド派手な衣装、いわゆるコスプレ的な物を着込み、何度も失敗しては踊り直している。どうやら自分の踊りを録画撮影しているのだ。


 萌生の母親はそのお姉さんのことを少しだけ知っていたらしく、不登校で高校を退学し、その後ずっと引きこもりで、挨拶もなく、その親も無愛想な人だと感じていた。

 砂場に居る他の母親達も同じような認識であり、子供達を近づけたくはなかったのだ。


 しかし、萌生の母親がトイレに行ったその瞬間を狙い、萌生は砂場を抜け出した。他所のお母さんの制止も振り切り、ノリノリの曲と可愛い衣装を着るお姉さんの元へと、引き寄せられていった。


 萌生は木の影に隠れ、お姉さんの可愛い踊りを見入る。

 胸でゾワゾワと何かが騒ぐのを感じて、股間がもじょもじょする。可愛い。凄い。楽しそう。あらゆる感情が萌生を刺激した。


 トイレから戻ってきた母親に、すぐに砂場へと連れ戻されるが、もう萌生の心は夢中だった。

 砂場での遊びより、心はあの場所へ行きたいと。そして親の手を振り払いそこへと向かう。向かう途中で母親に掴まるが、その手をラガーマンのように全身で拒み向かう。


 伸びる服、足元では砂埃が立つ。母親が怒って「もう、知らないよ萌生。ママの言うこと聞かないなら知らないからね」そういって砂場へと戻る。

 いつも通り泣きながら萌生が戻って来る……はずだった。たとえどんなに欲しいおもちゃがあっても、駄々をこねて欲しがっても、本当にダメな時に使う、魔法の言葉であった。だが、萌生は帰ってこなかった。


 木陰から可愛く踊るお姉さんをじっと見てる。

 まるで天使や天女でも見ているよう。


 だが、そのお姉さんの踊りのレベルは、下の中くらい。

 似たようなことをしている踊り手よりも、下手かもしれない。ただその時の萌生にとっては、人生を変えるほどの衝撃が走っていたのだ。


 にっこりと笑いながら、ぶりっ子な仕草と可愛いダンス。アニメでしか見たこともない衣装。

 可愛い曲に合わせて楽しく踊るお姉さんに、完全に心を持っていかれた。


 萌生にとって、人生で最も憧れの存在は、その引きこもりのお姉さんであった。それは今も変わらない。ずっと憧れて目指している。


 お姉さんが居なくなった次の日も、萌生は毎日その場所へいく。誰も居ないのに。そしていつもいつもその場所で幻影を見ていた。


 母親も萌生がおかしくなってしまったと嘆いていたが、ある日、萌生がその場所でお姉さんが踊っていたことをイメージしながら、真似て踊り始めたのだ。でも、どうやっていいか分からない。所々は覚えているができない。

 妄想しながらお姉さんを真似て踊る日々が続いた。

 音楽もなく、ただ可愛いらしい思い出とイメージだけを頼りに。そしてついに、萌生が動いた。



「ママ、お願いがあるの。萌生、ダンスがならいたい」

「ダンスって? 萌生が踊りたがってるようなダンスを教えてくれる所はこの辺にはないのよ。だから……」

「何でもいいの。ひなちゃんがやってるバレーでもいいから。萌生、踊りたいよ」

「バレー? バレリーナ? ってこと。分かった。それじゃ今日パパが帰ってきたら相談しようね」


 こうして萌生のダンス人生が始まった。バレーは今でも続けているし、小学校ではヒップホップなどのクラブ活動も始めた。色々なダンスを一つずつ覚えながら、憧れたお姉さんに近づけるように日々努力していたのだ。


 萌生のテクニックやダンスレベルは、とっくにそのお姉さんを越えている。

 もちろんここに居る誰よりも上だ。なにせ、親に言われてバレーを始めたわけでもなく、親の魔法の言葉を振り切ってまで憧れたダンスだ。

 その思い入れと集中と目的意識は、他の子の比ではない。なりたい自分がいる。あの日ぞわぞわと胸で暴れ出した想い、高鳴った鼓動が今も治まらないのだ。


 ただ、一つ不思議なのは、なぜ大して上手くもない引きこもりのお姉さんが踊ったダンスに、萌生がそこまで魅入られてしまったかだ。

 よく分はからない、でもきっと、色々な何かが萌生の中に入ってきたのかも知れない。可愛い服も音楽も、そのお姉さんがなりたかった理想さえも、そして生まれて初めて感じたライブ感も。




「二人共本当に上手いわね」

 ダンス部達が唖然とする。上手いというよりも、負けたと感じるほどカリスマな可愛さがあった。

 何の技が出来るか、どんなことが見せれるか、ではなく純粋に絵になる。

 この幼い女の子のダンスをいつまでも見ていたくなる。それは楽しそうだから。


 もちろん、実際に技もキメるし、二人のシンクロ率も半端ない。

 それでも、そういったことが吹っ飛んでしまう。逆に二人がする踊りが凄く簡単そうに見える。誰にでもできそうなくらい。


 ダンス部は一つずつ技の難易度は知っている。

 他人が踊る時、それをチェックするしダンス構成も見る。それを見て、自分なりに上か下かを見定めるのだ。なのに、二人の踊りを見ていると、そんなことはどうでも良くなってしまう。

 凄いと言わせるダンスが、可愛いし見ていたいと思わせるダンスに変化する。



「兄ぃ。お腹空いた。もうすぐ一時半だよ。お昼どうするの?」

 寧結が縁にぶつかって押す。萌生もその後についていく。

「食堂はしまってるけど、購買はやってるって言ってたな。買いに行くか」

「床並君、そりゃ無理だよ今からじゃ。外出てコンビニ行くしかないよ。それだって分からないよ。今日はどこのクラスも文化祭の準備で居残ってるからさ」

 今込が言う。


「今込君もお昼まだだよね? だよね。なんかごめんね、妹のこと頼んじゃって、それじゃどっか外に食べに行こうか」

「ん~それも多分無理かも。ここら辺は、ランチ時には凄く混むから。一人でなら平気でも、大人数では無理かな。前に仕事の都合で午後から登校になって、それでお昼を外で済まそうと思って学校近くの店寄ろうとしたら、すげぇ並んでて結局は購買で我慢したし」

 今込の台詞に悩む縁。


 ダンス部員達も誰もお昼を食べていないようで、今更焦り出していた。とそこへ誰かが入ってきた。



「床並君ここに居たの? なんで理科室に戻ってこないのよ」

 吉原先生だ。さらにその後ろから折紙先生と女子部員、とマネージャー。


「す、すみません。なんか色々回ってたら、自動的にここへ流れ着いて。生徒会長から新入部員の面接をするように言われてまして」


「本当それ?」

「本当よ吉原先生。それ、私が校長先生から言付かった案件ですから」

 折紙先生が吉原先生を押し退けて出てきた。


「あら寧結ちゃんと萌生ちゃんも来てたの」二人の頭を撫でる先生。

「折紙先生。お腹が空いたのに、お昼ご飯が売り切れで、寧結と萌生ちゃんはきっとここで、砂漠の砂になるよ。水が欲しい。そして甘い食べ物が欲しい」

 折紙先生に空腹を訴える二人。

 折紙先生と二人の合宿での関係を知らない一般生徒達は、その光景に驚きを隠せない。もちろん剣道部員は見慣れた光景だが。


「そうね、それじゃ、葉阪さん、濱野を呼び出して自転車でひとっぱしり行って来てもらいましょう。困った時の濱野君ってね」

「了解しました~」葉阪はそういうと放送室へと向かった。

 数分して、濱野を呼び出す放送がなり、濱野は靴箱で葉阪と合流した。


 剣道場内では吉原先生と折紙先生が未だにいがみ合っている。


「新入部員が入るなら、顧問も兼任教師じゃなくて、新顧問に替えた方がいいわ。丁度いい機会というか節目ね。分かり易い」

「なに勝手なこと言って。ダメです。吉原先生が何を言っても、ダメですからね。私は辞めたり譲ったりしません」

 言い合う二人を見て、今込が縁に問いかける。

 縁は何となくの成り行きを話した。



「そうなの? なんで顧問をやりたがってるの? あっ、でもそっか、合宿のこととか色々聞いて知ってるわけだ」

「うん。それもそうなんだけど、なんか、あの合宿で折紙先生に彼氏さんが出来たことが引っかかってるみたい」


「ちょっと待って床並君。折紙先生、あの合宿で彼氏できたの? うっそでしょ? なんかさらっと言ってるけど、マジ? あの合宿の裏側で別の話が進んでたわけ」

 今込がズッコケる。女子部員達も合宿を思いだし腕組みする。


 そこへ遅れて、日野と君鏡がやってきた。

 濱野と葉阪が戻って来るまで雑談は続いた。



「えっそれ本当。でも、だとしたら誰だろう」

 部員達が折紙先生の彼氏を推測する。縁も考える。

 堤は結婚しているし、練習を抜けていないのでありえない。というか折紙先生とは年齢が少し合わない。恋に年齢は関係ないが……どちらにしろ堤はない。

 同じ意味で言えば、特殊警察隊の者とも思えない。ただ本当に全員居たかは縁達に分からない。

 いや、きちんと点呼を取って規律正しく訓練していたからありえない。だとすると、横で練習していた警備会社の者達の誰かということになる。


 まだ若い十代の者から年頃の幹部までいた。もしかすると、ホテル関係者ということもまったくなくはない。ただ、お客に手を出すかと言えばそれは考えにくい。


 縁達は経験少ない頭を絞って、折紙先生の相手を想像していた。とそこに濱野が大きな袋を両手に持って帰ってきた。



「お待たせ。お昼の弁当を買って来たよ」

「おお、さすが濱野先輩。この時間帯で、さすがっすね」今込がよいしょする。


「ああ、国道沿いのビックリ弁当。結構空いてたよ」

「え? コレ、ビックリのヤツ。先輩、あそこの弁当マズイんですって。んだから空いてたんですってば。俺は食べたことないけど、皆言ってましたよ」

「そうなの? うそ? 俺この学校一年以上いるけど、今初めて聞いた。ま、あの弁当屋も今日初めて知ったんだけどね。大丈夫、お腹が空いてる時はさ、なんでもおいしいから。うちでは昔から、空腹に勝るスパイスはないっていうの」

「確かに~」縁が笑う。



 綺麗に並べられたお弁当の中から選び、それぞれが濱野に清算して受け取る。

「それじゃ、これとこれ、あとこれで三人分。あとパックのジュースも」

 縁は自分と寧結と萌生の分を支払い、地べたに座った。


「これ、剣道場で食べて平気かな? 俺そういうの知らないからなぁ」

 何気ない濱野の台詞に、皆も顔を見合す。縁も全く分からない。飲み物はすでに何度も飲んでいるが、食べ物がイイかどうかはまったく分からない。


「なに? ああ、そんなこと。いいのよ別に。私が顧問になったらそういうの全部平気だから、他の先生が文句言ってきても私が顧問として守るから。大丈夫」

「だから、私が顧問ですし、私だってそれぐらい平気よ」

 先生に怒られるからではなく、神聖な場所だから悩んでいたのだ。


 仕方なく端にずれて食べ始めた。

 食事が始まるとすぐ、剣道場の扉をノックし、見知らぬ生徒が入ってきた。


「あの、入部の面接に来たんだけど……」

「あ、はいはい、今御飯食べてるから、端の方で待っててくれるかな」濱野が受け答えする。



 おいしそうに食べる寧結と萌生。濱野の言う通り、空腹は美味しさを増すようだ。さらに皆で食べていることもスパイスになっているのかも知れない。


 そんな中、ダンス部は昼食の調達に失敗して右往左往している。


「やっぱ購買は無理だったよ」

「ねぇ、うちらも、ビックリ弁当でよくない? おいしそうじゃん。もう、お腹がペコペコだよ」

「そうだけど、歩きじゃ無理だぞあそこは……」


 何となく話が聞こえていた縁が「ウチの部の自転車使ってもいいですよ」と助け船を出した。ダンス部はそれに甘える。

 そして、すでに食べている剣道部のお弁当を参考に、あれだこれだとしっかりと品定めしていた。


 一方、言い合う先生達は。


「ちょっと、なんで吉原先生が、濱野の買ってきたお弁当を食べようとしてるんですか? これは剣道部専用弁当です。ご遠慮願います」

「なにその剣道部専用お弁当って。今までの人生で一度も聞いたことないしお目にかかったことないわ」


「これです。コレ。これが剣道部専用ふりかけ、で、これが、お弁当です」

「いいじゃないお金払うんだし。それとも私はお弁当食べちゃダメなの?」

「職員室か理科教員室で食べて下さいよ」

「そんな寂しいのは嫌。もうそういうのは嫌だから、折紙先生が美術室で食べて。私はこれから剣道部で食べるから」

 何とも子供のケンカのように言い合う二人。しかし、剣道場で食べたのは今日が初めてだし、これからはない。

 今日は特別な緊急処置だ。本来は食堂か教室などで、剣道部の部室も食事できる場所ではない。つまり吉原先生が何を言おうと、剣道場で食べるというそれは叶わないのだが。



「ごちそうさま~。美味しかった」

 寧結と萌生がペロリと平らげ、縁のお弁当を覗く。

「ねぇ、これ、これちょうだい。ね、いいでしょ?」可愛くねだる寧結。

 縁は仕方ないと口元に運ぶ。いわゆる「あ~ん」だ。


 寧結がぱくりと食べると「萌生ちゃんも食べる? 美味しいよ。ほら」そういって同じ物を萌生の口に運んだ。

 二人共仲良く味わう。それを皆が微笑ましく見ていた。と今度は、今込の横へと並びお弁当の中を覗く。


「こら、寧結も萌生ちゃんも、今込君にまで迷惑かけたら……」

 そう言いかけた縁を、今込が平気だよとジェスチャーし、寧結と萌生においしそうなメインのおかずを恵んでくれた。

 それを食べた二人は「おいし~い」と言いながらかけていく。


「ほら、二人共今込君に『ありがとう』言わないと」兄として縁がマナーを教えると「ありがとね、今込君」と遠くからおちゃめな態度で、順番に返事した。


 そんなやり取りの中、見ている者達は縁のお兄さんぶりや今込の優しさを、カッコイイなと感じ、二人に聞こえるように噂する。

 女子達の(ささや)きの中、濱野だけが走り回る寧結と萌生を何度も見ながら、俺のも貰ってくれと言わんばかりの表情をしていた。



 剣道部の女子が食べ終わる頃に、ダンス部の者がお弁当を買って戻ってきた。

 目の前で美味しそうに食べる仕草を見せつけられていたせいか、皆が飛びつく。大きなビニール袋から我先にと取り出し、お金の精算前に「頂きます」と食べ出していた。

 先生二人も、結局文句を言い合いながら昼食を済ませた。




 剣道場にはぞくぞくと入部希望者が集まってくる。

 三年生は禁止であったり、部活退部者もダメであったりと色々と禁止事項があることから、溢れ返るほどではないが、それでも剣道部に入りたいという者が二十人近く集まっていた。


 本来ならそれでももっと集まることが予想できたが、部活に入っていないような者達は、大抵、今日の様な日には帰宅している。文化祭準備にも積極的ではない。つまり、生徒会長いわく、今日、この面接を受けられないような者達は、どちらにしろ面接をする意味はないと。

 これは運ではなく、日頃の生活態度の現れだと。



 ここへと辿り着いた数十名、それらはこの後、夢か憧れか、ただの部活や遊びか分からないが、同じように集まった者達と自分とで、面接という運試しになる。






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