二二話 頑固な眼光
「床並君。あのね、疲れてるところあれなんだけど。もう何人か試合をして欲しいって申し出があるのよ。なんかほら、北海道の子と福岡の子だけでしょ。京都の学校の子も試合をして欲しいんだって。なんか、剣道って強い相手と練習しないと強くなれないんでしょ? 他の学校だけじゃ不公平だからって」
困り切った様子の折紙先生。大勢の先生的立場の大人に見られながら、剣道部の顧問としてどうにか振る舞っている。
折紙先生は、さすがに部員達みたく『お腹減ったから無理~』とは言えないし、そんな態度を取ろうものなら教育者として大問題だ。
「そうなんですか? はぁ、どうしよう。それじゃ今込君にお願いしようかな?」
「あ、あのね床並君。向こうは床並君と試合がしたいというか、指導をして欲しいらしいのよ。ほら、剣道部を一から教えたのは床並君でしょ、だから。それで少しだけでも教えて欲しいらしくて……。なんだかそういうことみたい。先生も分からないンだけど」
良く分からないのは縁と部員達のはず。一体なぜそんな情報が漏れているのか?
まぁ、聞かれればそう答えるしかないのもそうだが、にしても、何も修学旅行の最終日に、それもこんなホテルの多目的ホールですることではない。
とはいえ向こう側も、この機を逃せば、そうそう練習相手になって貰えることはないと踏んでいるのも分かる。
なにせ、地元が福岡と京都、それと北海道。
進卵学園が東京に帰れば、簡単に訪ねて行ける距離ではない。つまり今しかないということだ。
「どうしよう……」
困っているそこへ強面の大人が寄ってきた。そして少しくらいいいじゃないかと強引に話を進めていく。するとまたも濱野が出張ってきた。
「分かりました。それでは、あなたが私と試合して勝てたら、勝てたら、ですよ。俺が責任を持って床並部長にお願いしてあげましょう。どうですか?」
「ほう。ワシとか。おもろい。にしても随分とナメられとるな」
「濱野君なんで? 今負けたばっかジャン」今込がツッコむ。
「汚名返上。今度こそカッコ良くキメっから」
ノリノリの濱野。
君鏡にだけはその気持ちが分かっていた。君鏡もまた、チャンスがあるのなら、すぐにでも重要な試合がしたいとそう思っている。
縁は濱野の怪我の具合は大丈夫なのかが気になっていた。濱野いわく、お腹の方は問題ないと、手首が少し痛い程度で、だがら平気と胸を張る。
用意を済ませた顧問らしき男と濱野が、中央で向き合う。そして濱野が自己紹介をしようとした時、相手が深く一礼して攻撃態勢に入った。
「うわぁ、待ってよ、俺まだ自己紹介してないのに~」
慌てるように防御する濱野。
大人の重い一撃が、竹刀をへし折るほどに振り下ろされる。これが経験を積んだ有段者。しかし、殆ど素人の濱野が避ける。何度も『相手は堤さんより遥かに遅いし弱い』という言葉を、心で連呼して自分を落ち着かせていた。
確かに堤と比べれば格下だが、そこを比べた所で濱野より弱いかは別だ。
四、五十代の大人だが、若者のように激しい連打を繰り出す。
濱野が力なく竹刀を持っていることに気づき、スピードよりも力任せに叩き下しているのだ。
濱野は思わず強く握ってしまいそうになるが、縁から嫌っていうほど軽くしなやかにと言われていて、ギリギリのところで踏み止まる。
力めばそれこそスピードも落ち、おまけに相手の思惑通り、弾かれた竹刀も落としてしまうはず。
普段の練習通り、インパクト時にソフトに流すからこそ保っていられる。
「先輩、手首ももっと柔らかく」
縁の言葉に従うと、急に竹刀に当たる威力が和らいだ。叩かれた音からしても変わった。
戦っている相手もその感触や変化に気が付く。
しかし、透かさず攻撃方法を変え、変則的な連続攻撃が増していく。と、突然縁が、戦う二人の元へと走り寄り試合を止めた。
「参りました。こちらの負けです」
縁はそう降参して、京都校の生徒達を指導すると告げた。
「なんで? 俺いけそうだったけど」驚く濱野。
「うん。多分、ギリギリでイケたかも知れないし、ダメだったかも知れない。ただ、もし仮にダメだった時は、濱野先輩、手首を折られたり、頭かち割られて血を吹いてますよ。俺としてはそんなギリギリの試合を今の濱野さんにさせる訳にいかないから。防具を着けてならイイですけど」
「ウンじゃ、怖いし防具つける」
「あっ、ならいいよ。安心だし」
「ちょっと待ってくれないか二人共。今の『参りました』ってなに? なんや防具つけてやり直しみたいな運びになっとるさかい。私としては、生徒達に指導してもらいたい訳やから、防具つけてもう一試合せぇ言うなら受けるけど、一度は『こちらの負けです』って認めたわけやし、生徒達の指導は約束として、してもらわな。何せ、今戦った君、君が責任持って部長にお願いするぅ言ってはったやないか?」
濱野も縁も自分達がした約束を考える。そして生徒を指導するのが決定しているなら、濱野が再戦するのは時間の無駄だと感じていた。
ただ濱野は戦いたくてしょうがない。初めてカラオケに行った子供が、マイクを離したがらないのと同じ現象かもしれない。
「分かりました指導します。ただ、そんなに長くは……無理というか。すごく疲れているし、お腹が減っているので」
「それは全然構わない。お~いお前達、床並君が指導してくれるぞ」
そういうと生徒達がバタバタと走り寄ってきた。
縁は早速京都の生徒達に一列に並んでもらい、軽く素振りをしてもらう。そして一人ずつ弱点、つまり弱そうな部分や隙だらけの箇所を教えていく。
何度も行ったり来たりしながら「そこはもう少し小刻みに」とか「面を打つ時の動作が丸見えだよ」と笑顔で教えていく。
縁が何をどう教えていくのか真剣に見入る顧問の指導者達。
すると、別の学校の生徒達もゾロゾロと寄って来て、自分達も悪い部分を指摘して欲しいと懇願してきた。
縁はあまりの大人数に「全員に細かく言って回る時間がない」と告げた。
各学校の生徒達で話し合い。代表者数名ずつが練習に加わってきた。
縁にしてはそれでも多いくらいであったが、濱野が大まかに約束してしまったので、部の部長としてしっかりと約束を守ろうと決めた。
細かな所まで見ながら一人ずつチェックする。
進卵学園に教えたものとは、全く違う類の指導だが、打ち合いや立ち合いで出る悪い癖などを的確に直していく。
女子部員達は、優しい縁の指導にニコニコしながら練習する。男子達も、分からなかったことや気付いてもなかった点がしっかりと頭と体に染み込んできた。
まだそれほど時間は経っていないのに、自分達が上達していると実感する。
だが……。
「ちょっといいかな床並君。さっきから君の指導を見ていて思うのだが。何かね? もしかして他校の生徒だから、わざと手を抜いて教えているのかね」
縁がにっこりと優しく教えていることが納得できないようだ。
「俺、ちゃんと教えてますよ。自分の生徒さん達に聞いてみて下さい」
その場所に緊張が走る。仮に縁が言うように生徒達に聞いても、顧問に逆らうような態度や言葉は吐けない。なので下を向いて気まずそうに黙っている。
「それじゃ、床並君は自分の部活の仲間を指導する時も、そうやって和やかに練習してたってことかい? 違うだろう。なぜ同じように教えてくれないのだね。こっちは頭下げてお願いしているというのに。教えるったって今日だけだし、それもほんのわずかな時間だ。そんな貴重な時間さえ手を抜かれたら……」
何とも言えない標準語を駆使するそれに、縁は首を振る。
「あの、なにか勘違いされているみたいですけど、俺は手を抜いてないし、自分の学校の部員達にも同じ感じで指導してましたけど」
「なんでそんなウソをつくんだね。こんなぬるい感じで、あんなにも竹刀さばきが上達する訳ない。バカにするのもいい加減にしてくれ」
怒っている。怒っているのは、福岡と北海道の顧問の者達。
自慢の教え子が負けたからか、お腹が空き過ぎて暴走しているのか、とにかく苛立っている。京都の指導者も、意見的には似たような感覚でいる。
とにかく縁の指導がぬるいと。
「あの~、私は合宿中ずっと練習見てましたが、いつもこんな感じで和やかにやってましたよ。床並君は……」
「あなたは黙っていて下さい。私は彼と直接話しているのだから」
フォローに入った折紙先生だが、あえなく撃沈した。
今時珍しい、昔風な指導者だ。剣道というより、体育会系の指導者。野球部でもサッカー部でもその他の運動部にも、かつていたような厳しいタイプの者達。
いくら時代が変わっても、このタイプの前では、女性である折紙先生は弾かれてしまう。
張り詰めた空気の中で、ビシビシと練習をして欲しいということだ。
それと一つ余談だが、折紙先生は嘘を付いている。それは、合宿中にいつも練習を見ては――いなかった。
「指導がぬるいですか? 皆、汗だくですけど」
「そういうことではなく。もっと難しいことであったり厳しさをだね。とにかく、こんなヘラヘラとしたものでなく、しっかりとやって欲しい。お前等も! さっきからずぅと見とったが、何を笑いながらやっとるんぢゃ」
自分の生徒達を叱りつける。
なおもクレームは続く。
縁もあまりにも一方的な理不尽さに戸惑う。それに先ほど、頭を下げてお願いしたと言っていたが、誰も頭など下げてお願いなどしてくれていない。
今怒っている大人達は、実際、お腹が空いてイライラしていることがクレームに繋がっている。九割が空腹のせい。もちろん本人達は気づいていないが。
他人の庭だからぐっと抑えなければならないはずが、空腹感で、自分の思い描いた指導との違い、更に思い通りの運びでないことがイライラするのだ。
せっかく練習している生徒達を、勝手に怒鳴り指導し始めている。縁が教えている横から、間違えた横槍を入れてくる。
「ちょ、ちょっと待って下さい。皆も練習止めて。一旦ストップ。俺に指導して欲しいっていうから。濱野先輩がした約束だから頑張ってやってたけど、これじゃあ無理です。これなら時間の無駄なので、俺は戻ります」
縁がそういって進卵学園の部員達の所へ歩き出すと、引っ込みのつかない指導者たちが論戦を挑んできた。
先程から述べているような理由を繰り返し、逆にちゃんとやっていないのは縁の方で、約束が破られていると。
そのクレームに、縁はしっかりと答えた。
「俺は、怒ったり怒鳴ったり、厳しく教える必要がないんです。俺は何をどうすればいいか全部分かってるので。あなた達が怒るのは、何をどうしていいか分からなくて、生徒達がうまくいかない苛立ちをぶつけてるからですよね? 俺は、上手くできない子にどう教えればいいか細かく知ってるので、怒る必要がない。それと、俺が仮に怒る時は、指導や教育なんかじゃなく、そいつが単にムカつくから怒る、シンプルにそれだけ。怒る指導法なんて知らないから無理です」
ピリピリとした空気の中で、恐怖と緊張が支配する練習など要領が悪過ぎて意味がないと。
しっかりとすべきことを理解し、一回でも多く反復練習すること、しやすい環境こそ頭と体と心が覚えるのだと。
進卵学園の部員達も折紙先生も、引率の先生方も、縁の説明に、なるほどと深く共感していた。
教育者としてちょっと見習いたい考え方だと。
要するに、教え方を知っているから怒らない。
怒る者は教える術やスキルを持っていない者だと言っているわけだ。だが、すでに口論になっている者達には、それは届かない。その者達には『お前等の指導方法は未熟であり、全て間違えている』という趣旨にだけ聞こえていた。
当然、怒る指導者達。これまでの教育や指導の歴史を全否定されたわけだ。
そんな綺麗ごとに納得いくわけがない。そこに居る指導者達はちゃんとした結果を出している。
教えた数々の生徒達は、県どころか全国で一位を何度も獲得しているのだから。
結果がすべて。その結果も、何度も出している。それが答えで、それらの自信。
「それじゃ床並君は、やる気のない者や態度の悪い者をどうやって指導する気だ。言うことを聞かない根っからの悪だって沢山いる。不良だって、それを怒鳴らずに――」
今までの経験や上手くいかなかった生徒の話を沢山持ち出し縁の論破にかかる。
縁は熱くなったそれらを見て、失敗したと後悔していた。
口は災いの元。ただでさえ面倒なのに、厄介事が増えてしまったと。
こういったトラブルの対処は、サラリーマンが得意そうだ。上手に流して、なあなあで終わらす術を心得ていそう。
しかし、まだまだ子供の縁には無理。社会のいろはも知らないし、サラリーマンから「甘いな~」と微笑まれるレベル。
縁は長々と語られる顧問達の言葉に、少しふて腐れていた。……ガキだ。
反論せず黙り込んでいる縁。その姿に濱野が首を突っ込もうとするが、折紙先生が完全にブロックしていた。さすがは大人。同じ過ちはそう何度も繰り返さない。
すると、しびれが切れたのか、はたまた引っ込みがつかず、収める鞘を見失ったのか、ついにこんなことを口走ってきた。
「床並君。どうだい、私と手合せしてみないか? ここで口論していても収拾つかないし、同じ剣の道を歩む者として、男は黙って剣で勝負しないか?」
どこが男は黙ってだとツッコみたいところだが、縁もその方が手っ取り早くて、助かると思った。これ以上見知らぬおじさんと話しているのも生理的に嫌だと。
「いいですよ。その勝負受けます。さっさと始めましょう。お腹が空いてるので」
縁はキレているのではなく、さっさと終わらせて帰りたいのだが、相手には、縁が子供っぽく怒ってツンケンしているように映っていた。
「ちょっと待って下さいよ。それなら私だって床並君と手合せ願いたい」
そこに居る数人が名乗り出る。そして誰が戦うか揉めている。
なかなか決まらない。
「あの、三人ですよね? いいですよ。ただ、間隔をあけるのが嫌なので、三人同時でお願いします」
「ん? どういう意味かな床並君」
「言葉の通りですけど。三対一で試合ということです。先に言っておきますけど、一人ずつかかって来てもいいし、三人同時でもいいので、イチイチこのことについて討論するのはやめましょう。とにかく三対一で。やり方はそちらでご自由に」
三人とも縁の強引さに頷く。
そして防具を着けながら、どういう順番で縁と対決するのかを話し合っていく。
縁は部員達の元へ行き、濱野から竹刀を借りた。
「床並君、怒ってるの?」今込が心配する。
「怒ってないよ。たださ、今日は精神的に凄く疲れてて、ほら、迷子になっちゃったから。あと~お腹が空いたよ」
迷子は思った以上に精神力を消耗すると溜息をつく。
「だね。確かに。ちゃっちゃと終わらせて、修学旅行最後の晩餐といこうよ」
今込の台詞に部員達も明るく頷く。濱野だけは、折紙先生に掴まれて、その輪に入れないでいた。寂しそうだ。
「よし、準備できたぞ。ほほう。君も防具は着けないのだね。怪我をしても知らないぞ。まあ、ここでの怪我はいい勉強になるかも知れないな」
大人達は、縁にきついお灸をすえる気満々だ。
「こっちはいつでもいいですよ」
「君は、二刀流じゃないのかね? 一本で平気なのかい?」
縁は軽く頷く。どうやら二刀流が進卵学園の流派か何かだと思っていたようだ。
自己紹介も何の台詞も言わずいきなり構える縁。
すると福岡の剣道部指導者が、一人で前へ出てきた。他の二人は少し下がって高みの見物だ。縁がどれくらいやるのかを、審判の様な感じで観察する。
縁が動いた。あっという間に目の前の者を下から切り上げ通り抜ける。そして、少し後ろで、高みの見物を決め込んだ二人も切り下ろした。
床には竹刀が二本転がり、二人が手首の下側を押さえ痛がっている。もう一人は喉元を真横に切られていた。これが真剣なら頭が落ちている。
「そんじゃ、これで終わりということで」
一瞬の出来事であった。竹刀の速さはもちろんだが、縁本体の動きが早過ぎて、何事か分からない。
「おっ、ちょっと待ってくれ。今のは不意打ちというかまだ用意が……」
後ろに居た二人が思わぬ攻撃に言い訳する。確かに不意を突かれたと言えばそうだが、本来の不意打ちとこの不意は意味が違う。
縁がイケナイというよりも、気を抜いていた二人がイケナイ。
「も、もう一本頼む。今のでは納得できないというか……」
「いいですよ。でも……今度は三人同時にかかってこい。いつまでもナメてると、可愛い生徒達の前で大恥かくぞ。死ぬ気でね」
縁の不敵な態度に、その場に居る者達が凍りつく。
さっきまでの優しい縁とは別人だ。圧倒的な強者の視線。
進卵学園の部員達と折紙先生だけは、それをほのぼのと見ていた。部員達はもっと激しくヤバイ試合を何度も目の前で見ている。
曽和との三戦も、堤や特殊警察隊との試合も、横で練習していた警備会社の者達とも、そしてあの銀錠という怪物とも。
それに比べれば、話にならないお遊戯レベルだ。大体、武器自体が違い過ぎる。
縁がどれほど手を抜いているか一目で分かるくらいだ。
「クソ。本当に三人で良いのだな?」
その問いを無視してもいいのだが、サービスでコクリと頷いてあげる縁。
相手は警戒しながら、縁を三角に囲む。誰も真後ろには回らない。左右と正面。
縁は何度も一瞬で終えられるタイミングを迎えるが、少しだけ有余を与えた。
そして、攻撃して来いと隙を作る。
竹刀を逆手、いわゆる忍者や女性が短刀を持つように握り、そして自分の顔の前で真っ直ぐ立てるように構え、剣先を地面へと垂らした。
誰が見ても隙だらけの構えだが、なぜか三人とも動けない。縁が見せている隙では、大きな隙には見えないのだ。
進卵学園の部員達は、縁のサービスに臆しているそれらをみて、どれほどの差があるのか分かってしまった。これがもし寧結と萌生であったなら、間違いなく縁を追い込み、ヘタすれば勝ち星を奪い取っている。
と、三人が同時に動いた。
縁はそれを攻撃することなく、逆手に持った竹刀で流れるように防御していく。縁の竹刀が相手の竹刀を滑り、流したり弾いたりしていく。
三人とも初めての感触だ。
三人の持つ竹刀を順番に飛び移りながら、剣先から手元に向かってツーッと刀が滑ってくる感覚が伝う。その恐怖は尾骨を引き抜くような刺激に変わる。
圧倒的な差に虚しささえ感じる縁であったが、合宿で負け続けた心と、少しずつ体を乗りこなすことに慣れていく自分が、この戦いの中でいびつに共存していた。
必死に襲う大人達。
有段者であり、実績も自信もある三人。それらがなりふり構わず攻撃を加える。
濱野と戦った時に見え隠れしていた沢山のフェイント、そして途中で軌道を変える太刀筋。
濱野はそのすべてにギリギリで反応していたが、縁から見て、いずれその誘い技に引っかかって大怪我するかもと想定できた。だからこそ試合を止めた。
そういった豊富な経験からくるテクニックが、三人共にみられる。しかし、縁にはまったく通用しない。それはあくまで、その程度であるから。
三人は戦いの前、縁の実力を濱野や君鏡を少し強くした程度だと読んでいた。だが、そもそもそこからして読みが外れている。縁のそれは、全く次元が違う。
この三人と縁との差、それがどれ程違うかは計れない。なぜならこの三人では縁の居る世界の最低ランクにさえ入ることが許されないレベルであるからだ。
肩で息をして、ヘトヘトになる三人。殆ど自滅状態。嵐のような攻撃がたったの一発もかすらない。三人同時に竹刀を打ち込んでも、そこに縁が居ないのだ。
これほど空振りをする経験も、そして敵の姿を見失うことも今まで無かった。
三人は味方の存在が邪魔だと感じるほど縁を見失う。そして、前触れもなく三人の竹刀は下からすくい上げられて吹き飛ぶ。
落ちた竹刀が転がると同時に縁は呟いた。
「指導終わり」と。
飛ばされた竹刀を取りに行く三人に対し、縁は刀をおさめる仕草をした後、一方的に頭を下げて部員達の元へと戻った。三人は縁のその姿を見て、ただただ茫然としていた。
戦っている最中もそうだが、頭の中が真っ白になっていたのだ。しいていうならば、トランプのスピードと呼ばれる遊びで、相手のあまりの早出しに手も足も思考も停止してしまう状態。
更に言えば、プロ歌手などが歌詞を忘れてしまうような、焦って、思い出そうともがいても、思考が空回りして何もできなくなったお手上げの状態。
経験豊富で有段者の三人は、そういった特殊状態であった。そして今もうつろである。
「待たせたね。それじゃ、御飯に行こうか」
「はい」部員達が笑顔で答える。
「今日の大会どうだったか聞かせてよ」
「それより床並君がどんなだったか教えてよ」
進卵学園剣道部は賑やかに雑談しながら、美味しい御飯が待つ場所へと向かう。
そこに残された者達は、信じられない光景と現実にただただ沈黙する。
大会優勝校や強豪校……。
ここへ来たのも正直上から目線であった。まさかこんな悪夢が待っているとは、そこに居る誰一人想像もしていない。
瞳には、強い光を見た後の様な緑色した影が、縁という残像が焼き付いていた。




