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バースデイ  作者: セキド ワク
21/63

二一話  迷子の巻



 見知らぬ土地。そして何より、無知。

 これが少なからず知識があるなら、話は簡単だ。タクシーを止めて、行先を告げれば一件落着。

 だが、先生やマネージャーに任せきりの縁に、無事に帰る術はなかった。なにせ自分が三日目に泊まるホテル名も知らない。


 皆と一緒だからそんなこと覚える必要がなかった。

 せめてしおりさえあれば、進卵学園の情報を得られるし別の者達と合流できなくもない。でも、今日は剣道大会であり、しおりなど持って来ていない。

 不運としかいえない。



 あそこで逃げさえしなければ……無事に剣道大会へと辿り着けていたはず?

 いや、実はそれさえも無理であったと冷静になった後、縁は気付くこととなる。



 一時間ほど経ち、剣道部員達は会場へと着いて、手続きを済ます。

 元々縁は、他団体の大会に出場できないとの意向で、試合に出るメンバーに変更はなかった。


 参加者は、男子個人に濱野と今込。女子団体に日野、君鏡、百瀬、園江、そしてマネージャーの葉阪。これが今居るフルメンバーであり、ギリギリである。

 葉阪が居なければ、女子は不参加となるところであった。

 個人で出てもいいが、なるべく両種目にエントリーした方がいいのではとの考えで、男子が個人、女子が団体と分けたのだ。


 今込と濱野は、共に初戦敗退した。

 しかし女子は三回戦まで勝ち進み、そこで敗れた。

 しっかりと目的は果たし、剣道部は安泰。

 さらに女子は、初心者にも関わらず勝ち星まで上げて、最高の状況であった。



 部長である縁の姿が無くて、心細かった部員達であるが、せっかく合宿で練習したんだしと、縁に泥を塗らないようにと頑張ったのである。

 そして、部員達の誰もが初めての試合や大会を終えて、そこでようやく縁に電話をしようと思い立った。


 緊張と不安と興奮で、電話という冷静な判断が持てなかったのだ。


「もしもし、床並君、今どこ? えっと……うん。そう。じゃあ一人じゃないんだ。俺達はまだお昼食べてない。分かったそんじゃ先食べるね。あいよ。床並君も気を付けてね」

 今込が携帯電話を切ると、部員達が一斉に質問攻めにする。


「床並君、なんかぁ、迷子になったみたい。ウケる。ぬはっ。んで、色んな人に聞いて、どうにかここへ来ようとしたらしいんだけど、違う場所に行っちゃったみたいよ。でね、お昼は先食べてって。自分もどこかで食べるからって。また後で連絡するって」



 会場近くにあるレストランで昼食を済ませた部員達は、会場でしばらく縁を待っていたが、選手の控え場所から退かされ、満員の客席にも入れず、これ以上何もすることができなくなり、仕方なく先にホテルに戻ることにした。

 その旨を縁に伝えようと電話をしたが、縁は電車内なのか電話に出ることはなかった。そのことでまたも縁と部員達はすれ違う。


 縁に、今から会場に来ても大変だし、居場所もないから、ホテルで落ち合おうという大切な趣旨をきちんと伝えられないまま、部員達は電車に乗り急ぐ。

 修学旅行中という心理状況と、知り合いとはぐれた時独特の、錯乱行動。後から考えれば、もっとあ~しておけばと、必ずなる現象。

 一方、何も知らない縁も漂う。


 そして――。


 すんなりと会場に着けたわけじゃないが、どうにかこうにか辿り着いた縁は、またも迷子。おまけに居もしない進卵学園剣道部を聞き込みで探し回る。

 当然見つかる訳はない。


 そして縁は、ここから更なる迷子を演じることとなった。



 大人になるれば、滅多に迷子にはならなくなるが、それはただ単にそういう場所に出かけないからで。人なんてものは、小さなデパートでさえ迷子になる。

 挙げ句、友達や家族をマイクで呼び出して貰う、恥ずかしい行為に出る。

 そうでもしないと会えないし落ち合う場所にも辿り着けない。


 狭い場所では不注意で済むが、それが大きな浜辺や駅ビル内なら、探して出会うなどまず難しい。よって放送してもらうしかない。これに関しては仕方がない。

 ただ、今時は携帯電話があるので、使用できる場所で、位置や場所情報が共有できるなら話が変わるが。



 縁は今、浜辺や駅ビルや遊園地内で迷子になっているのではない。北海道で迷子になっている。


 生まれて初めての地で知識がない。何ヵ所かの地名は知ってても、果たしてそれが何処に位置するかは分からない。

 冷静になれれば大したことではないけれど、冷静で居られないのが迷子。

 しかも、頼りのネット検索でも出てこない。


 進卵学園、今日、修学旅行、泊まってるホテル等々のワードを入れるが、ゼロヒット。パニックの縁。


 遊園地ではぐれて迷子になっても死ぬわけはない、でも家族や彼氏や彼女、友達とはぐれたらビビる。まして二時間探したら、心は砂漠のようにカラカラだ。なら五時間以上なら心はどんなだろう。


 縁は必死に聞き込みしながら旅していた。だが、なぜかそれがうまくいかない。

 縁が悪いというよりも、教えてくれる善良な市民が、縁の事情を聞いて何故か別の観光場所をオススメするからいけないのだ。



「そう~、はぐれちゃったんだ~。せっかくの修学旅行なのにね。そ~ぅだ、私、イイとこ連れてってあげるよ」

「いや、あの、俺、帰らないと。俺を待っている人がいるから……」

「いいから、いいから。思い出いっぱい作らないとね」


 そんなような会話が何度もあった。

 もしかしてデートなの? と錯覚するほど色々と見て回り、連れまわされた。

 さすが地元の人は違うなと感心するほどだが……。


 北海道を堪能している場合ではない。

 ただ、この言葉を道民の人が聞けば「なんで、せっかく来たのだし、堪能すればいい。いいとこいっぱいあるから」となる。人生、後になればそんな経験もすべて結果オーライなのよと。





 ホテルではイライラした大人達が縁の帰りを限界越えて待つ。

 イライラの理由の九割は、実は時刻的に夕食時でお腹が空いているからなのだ。特に一昔前の大人は、そういうタイプが本当に多い。

 自分では気づいていない者も多いが。



「あ、今駅前? 着いたの。そんじゃもうすぐだ。俺、前まで迎えに行くから」

 今込はそういうと、携帯片手に走って行く。


 そこに居る者達もやっとかと溜息をついた。

 三分ほどして今込と縁が戻ってきた。


「ごっめん皆。なんか迷子になっちゃってさ。色々な人に聞いたんだけど、ちょっと今ここで言えないような脱線ぶりというか。とにかくごめんね」


 皆が「イイよ全然」とあっけなく許す。が、他で待っている者達は、何がイイよだと少し苛立っている。


「部長、その手に持ってるの何?」

「あ、これ、これねっ。なんか『なまら美味しい』だって。ソフトカツゲンっていうらしいんだけど。よくわからないけど飲んどけ~って。どこでも売ってるって」

「うっそ、それじゃ俺も買って来よっかな、腹減ったし」


「ちょっと君達、いつまで話し込んでるのかな? そろそろこっち来て話してもいいのじゃないかな?」

 少しおかしなイントネーションの標準語だが、縁達は呼ばれるそこへと歩く。


「あの、何でしょう? 電話で理由を聞いてたんですが、イマイチ要領が掴めてないんですけど。部員達が何かしましたか?」

 縁の言葉に、何かをしたという訳ではないと答える。

 ただ、幾つも気になることがあって訪ねてきたという。そして、よく分からない説明が並ぶ。


「流派ですか? そんなものはないですけど……。ではそういうことで」

「ちょっと待ち、君。なんで行こぅとしているの? どれほど待ったと……」

 何とも言えない標準語が響く。


「でもぅ、お腹も空いてきたし、今日が修学旅行最終日だから……。ではそういうことで」

 縁は大した用がないのであればと、どうにか切り上げようとした。

 すると今度は、生徒である何人かが縁へと近づき、方言混じりに説明し出した。


「ん~ん。つまり、今回の大会で優勝したけど、一部のお客というか観客が、ウチの学校の方が勝っていたのではという、クレームというか意見があったわけだと。あっ、アンケートですか。分かりました。でも、あの、ボク的意見ですけど、それは気にしなくていいのでは? ちゃんと審判が決めた勝敗ですし。では、そういうことで」

 ようやく相手の言っている趣旨が見えて、安心してその場を後にしようとした。

 だが、相手側はそれでは全く納得がいっていない様子。


「もう一度ここで手合せをさせたいのだが。そちらが宜しければ、だがね」

 唐突に条件を出す他校の指導者。

「丁重にお断りします。御飯の時間なので。それにここはホテルですよ? ねぇ?」

 縁は進卵学園の引率の先生に『ですよね?』と目配せする。だが引率の先生は、突然の訪問者と見知らぬ土地での厄介事に、借りてきた猫のようになっていた。


「心配には及ばない。ホテルの方には、もう承諾は得ていてね。多目的ホールを、お借りしてある」

 雰囲気的に何かあると思っていた縁だが、どうにか断る言い訳を探している。


「どうだろうか?」

 どうもこうも、嫌だとはっきり意思表示してる。

 しかしここまで押しかけてきて、更に裏で筋書きを進めているのだから、たぶん強引に流れて行くのは間違いない。

 世の中では大体、このケースはそうなる。


「床並部長。ここは俺に任せてくれ。俺が責任を持って手合せするから」

「ほ、ホントに? それじゃ濱野先輩、宜しくお願いします」

 縁はそう言って立ち去ろうとした。

「あざーっス濱野君」今込も縁に続く。


 女子部員達がそれに続こうとした時、よその学校の女子部員達が「私達も手合せしたいから、誰か女子部員の人残って下さい」とお願いしてきた。

 当然、女子部員達は渋る。

 縁が見ていてくれるのであれば、試合を見て貰えなかった分、張り切るが、先に戻って皆と夕食を済ますのであれば、自分達だけ寂しく食事することになる。

 しかも、ヘタすると濱野と二人きり……。


「えぇ。うそでしょ、私達も? やるの? だ、誰残るぅ?」

 女子部員達は互いに顔を見合し譲り合う。その意味に縁も気付く。



 縁も、面倒臭いと嘆く気持ちはあるが、剣道大会での部員達の活躍が目に浮かんできた。この申し出こそその証拠だと。そうはっきりと理解する。


「仕方ない。皆でこの件をちゃんと片付けちゃおう。それじゃ、女子は箱入さんにお願いしようかな。いいかな?」

「わ、私? 私が?」

 縁の指名にビックリする君鏡。縁は君鏡の戸惑いに何度も頷く。


「箱入さんにお願いしたいンだ。ダメかな?」

「頑張ります」君鏡は(こころよ)く承諾した。


 女子部員全ての中では、登枝日芽が別格で上手い。それは、小さな頃から習っていたダンスと、現役のプロアイドルのセンス。そして何より、ものを覚え込む脳の受け入れ態勢が整っていたことが大きい。

 その他の者達もそれなりに凄いのだが、君鏡が僅差(きんさ)ではあるものの、縁の目から見て一番の適任に映っていた。


 運動神経も悪い自分が何故と、縁の言葉に驚いている。

 確かに教わったことをきちんとこなし、それなりに会得してはいたが、他の部員達と比べて自分が勝っていたとは思っていなかった。

 ただ、今回の団体戦で、大将に選ばれたのは、そういった意味であったのかと、今この時に理解した。


 大会に出場した部員達(メンバー)で話した時は、並びに深い意味はないんじゃないのと結論づいたが、それが順位と関係があると知った。



「それじゃ、まず多目的ホールに移動しよっか」今込の台詞で皆が動く。

 ゾロゾロと歩くそこに、進卵学園の一般生徒達もなぜか数名混じっていた。

 いつもの野次馬だ。


 目的の場所へ着くと早速、他校の者達が着替えて準備する。

 床は木目で、ダンスホールのよう。広さも高さもそれなりにあった。


「こっち準備の方はいいちゃ。って、なんでそっちは着替えとらんの? まさか、ここまできて『やっぱやめた』なんてことはないよな」

 標準語と方言の混じった独特の台詞は、縁達にも自分達にも分かりづらい言葉になっている。だが、濱野が標準語でというリクエストをしたので、皆、それなりに気を使っていた。


「あ、俺? 俺はこのままで大丈夫」濱野が余裕な態度で笑う。

「大丈夫じゃなかでしょ。いんにゃ、危なかけん……。なして?」

 防具を着けない濱野の身なりに、相手校の者達が驚いている。君鏡もなぜか小手しか付けていない。それも縁に言われて、念の為につけた感じだ。


 濱野が格好を付けて防具を着けていないというそれが、君鏡には、縁が早く夕食に行きたがっているからそうしたのだと、勘違いさせた。

 君鏡が防具を着けない理由はそれだ。


 確かに縁は色々と面倒臭いと感じている。それは身も心も、迷子でヘトヘトになっていたからだ。

 これが幼い子供であったなら泣き腫らした目と疲れで、布団にバタンキューだ。

 しかし縁の大冒険を知らない部員達には、この厄介事が舞い込んだ状況を、単に面倒だしお腹が空いているのにと、呆れ果てているだろうなと感じていた。



「本当にそれでいいの?」

 濱野も君鏡も頷く。


 何度も防具着用の催促はあったが、急いでいるからちゃっちゃと始めようということになった。

 相手も強引な濱野の進行に、渋々引き下がる。

 自分達がわがままで試合を組んだ分、進卵学園側に従った。


 最初に行われたのは、君鏡と()()という北海道の高校の子だ。


 互いに名は名乗らないが、相手側は学校名と苗字がのれんのように垂れたそれに書かれてある。

 進卵学園の申し出で審判はいない。

 半端な勝敗ではなく、選手同士が思う存分やり合える配慮として提案された。


 君鏡は短い竹刀と普通の竹刀を二本持ち、中央で互いに一礼する。そして腰に収めた竹刀を互いに構えると、静かに試合が始まった。


 相手側の女子は、いきなり大声を張り上げ前後にステップし、また、体を低くしてジリジリとすり足でねじり寄る。

 足元は(はかま)に隠れ殆ど見えていない。


 一方君鏡は、変幻自在のタイミングで揺さぶりをかける恩智を、緊張した表情で見ていた。


「おら、恩智、ズバンと決めてしまえ」

「恩智先輩、ファイト」

 応援と(かつ)が恩智の背中を押す。それを見た縁も――。


「箱入さ~ん。すごくカッコイイよぉ。構えとか」

 少し緊張した君鏡の顔が一瞬で赤らみ、照れたような笑みで溢れた。

 合宿中にも、部員達によくかけられた言葉であり、縁の練習や助言は基本そういう感じだ。


 恩智側と君鏡側では、応援する言葉や態度全てが別物であった。

 と、先に仕掛けたのは恩智。

 激しい唸り声と共に面から胴へ、胴から小手へと止まらない。


 一瞬でケリが付くほどの猛ラッシュ。信じられないほどの速さと威力。

 ホール内に竹刀の音がビシビシと響く。


 君鏡はそれらを、合宿の練習通りに丁寧に受け流していく。それを見た周りの者達が、やはりこの進卵学園は何かが変だと悟り始めた。


 見慣れない(けん)(さば)きと身のこなし。そして敵に対しての位置取り。普通の剣道では互いの位置がずれることはない。無いというよりもずれる隙などないのだ。


 相手の動きに合わせて、互いに間合いを探り合う状況で、相手の斜めに移動するなどまずありえない。

 二人での移動はあっても、ずれるという動き、回り込む技がないのだ。


 だが、君鏡は難なくそれをこなす。


 相手が技を仕掛けて来た時にはズレている。相手の移動や動きの裏をかいた動作が、しっかりと体に染みついているからこそできる動きだ。

 君鏡はそんな身のこなしで、それこそ何度も何度も恩智の攻撃を受け流しながら避ける。


 ――格が数段違う。


 しかし、恩智は今大会女子団体優勝校の大将であった。

 それも三大会連続表彰選手。


 見ている者達は、何かに()かされているのではと目を擦る。

 そんな中、進卵学園の女子部員達は、防具なしで伸び伸びと動く君鏡の姿を見て、相手選手がいくら早くとも、今日の大会で着たあの重い防具で、自分達に一矢報いるのはまず無理だろうなと、改めて防具の着心地を思い出していた。



「ツァー。オリャオリャ、タァー」甲高く激しい掛け声で打ち込む恩智。


 二分程度で息が上がっている。連続攻撃ももうほとんど出ない。

 恩智はいつもとまるで違う敵に、泣きそうになっていた。普段なら竹刀と竹刀がぶつかり押し合い、その押し合いや離れ際の攻防もあるが、そういった普段のやり取りが一切ない。


 互いの体がぶつかり触れ合うことがないのだ。これは普通の剣道の試合ではないと、心の底から実感している。

 しいて挙げるなら、小さな頃、まだ剣道を始めたての頃に、有段者のお爺ちゃんと手合せした時に似ていると。

 ぶつかり合うような強引な力技はなく、小さな子供を受け流す、達人のソレが、恩智の脳裏に蘇っていた。



「そろそろ……いっちゃうわよ」

 君鏡の小さな呟きに、縁も、そして試合を待つ濱野の全身にも電気が走る。


 ゾワゾワと興奮が膨れ上がっていく。普段おっとりとして優しい君鏡が、本好きで引っ込み思案の君鏡が、戦闘モードに入ったのだ。


 君鏡は口元に笑みを浮かべると、左手の短い竹刀を防御にし、右手で相手を切り裂いた。


 恩智は、手首を切り落とされ胴切りされた。

 一般の者達には一瞬であったが、剣道に携わっている者達は目が慣れているので、君鏡の鮮やかな舞いがどれ程ヤバイ切れ味であったか、嫌というほど思い知らされた。


 お辞儀をして戻ってくる君鏡を縁が笑顔で迎え入れる。そして興奮したように両肩を持ち、ニッコリと笑いかけた。


「お疲れ様。箱入さん、本当に凄かったよ」そう褒めた。

 君鏡は、縁の賛辞の後、興奮が遅れて襲ってきた。大会の時も興奮したが、今の試合ではっきりと分かった思いがある。

 それは、ありえない程に気持ちがイイということ。

 そして、もっと、もっと戦いたいという感情であった。



「よ~し、俺も箱入さんに続くぜ。二刀流で行こうと思ったけど、俺は一本ざしでいこうかな。なにせ、今日は床並部長から『先輩、後は頼みます』って言われたほどの男だし。頼まれたら断れないだろ、男ってさ」

 一体、どこまでテンションが上がっているのか計り知れない濱野。

 相手選手をチラチラと見ながら吠えまくる。


「濱野先輩? 俺が思うに、絶対に二刀流をオススメします。知らないよ負けても。せっかく箱入さんがカッコイイ所を見せてくれたのに、いいンすか? 無様に負けて」

「ば、バカなこと言うなよ今込君。縁起でもない。なんで無様に負けるン、当然、勝つよ俺は。うん、でも、二刀流で行こうかな……どうしようかな」


 濱野が迷っている向こう側で、恩智という女の子が泣きじゃくっていた。

 試合に負けてもそうは泣かない子だが、君鏡に完敗したことがショックで仕方ないのだ。


 手も足も出ないなど、もう何年も味わっていない感覚であった。慰める後輩達もどうしていいか分からない。顧問であり指導者の者も、今は泣かしておいてあげようと離れて見守る。



「そいじゃ始めるか」

 相手高校の者が中央へと歩いていく。それを応援する者達も気合が入っていた。


 福岡の有名高校。今大会、個人と男子団体の二冠。そこの大将であり、部活でも主将。

 名は(かぶ)(やなぎ)(つかさ)、二年生。


 三ヵ月半後にある福岡での大きな剣道大会前に、北海道に腕試しに来た強者。

 小学校の頃から負け知らずの神童で、十年に一人と言われる逸材であった。


 濱野はとぼけた顔で、遅れて中央へと向かった。向き合う二人。

 だが、覗き込む濱野の目に、相手の素顔ははっきりとは見えない。ただ恐ろしい目が本気で睨んでいると分かるだけであった。と――。


「進卵学園剣道部、二年、濱野明則。今宵は~、俺の~ハッピ~バ~スデイ。楽しく踊ろうぜボ~イ」

 シ~ンとする場内で、進卵学園の女子部員と顧問の折紙先生だけは、寒気がするほどゾッとしていた。

 そんな中、縁が隣にいる今込へ小声で問いかける。


「今日って、先輩の誕生日だったの?」

「ん~、たぶん。本人そう言ってるし」

 二人共顔を見合わせ、知らなかったとはいえ、お祝いも何のセリフもかけなくて悪いコトしちゃったかなと反省する。

 が、今日は濱野の誕生日ではない。


 なんでそんなセリフを吐いたかは本人にしか分からないことだが、たぶん、その想いを通訳すると、今日、本当の自分が誕生したとか、今日、新たに自分は生まれ変わるといった意味があると推測される。

 ただし、深い意味は濱野本人に直接聞かなければ解読はできない。



「さぁ、パ~ティ~の始まりだ」

 濱野がそういうと、株柳が大声を上げて打ち込んできた。


 二人の戦いを見ながら、女子部員達が口々に愚痴をいう。

「濱野先輩ってさ、あれほどダメって言われてたのになんでしゃべるの?」

「ね~。目立ちたがり屋にもほどがあるよね」


 合宿が終わる二日前、縁が堤へとお願いして、部員達に、剣道の基本的な作法やイロハを軽く教えてもらうことになった。

 その時にも、濱野は何度もやらかしていた。


 剣道では名札はあるし、試合前の自己紹介はもちろん、試合中も私語厳禁。

 そう言っているのに、縁の真似というか、寧結や萌生のようにしゃべり倒して、何度も説教を受けていたのだ。

 そして、今日の剣道大会初戦の時、何度も部員達から念を押されていたのにも関わらず、ブツブツと言葉を発して、審判団から注意を受けるというポカをやらかしていた。


 ただでさえ進卵学園の部員達は、試合の攻撃時に出す声が恥ずかしくて、出せなかったり、また小さかったりとハンデを負っているのに、注意を受けるような態度では、印象が悪過ぎて話しにならない。


 一日や二日の練習ではやはり大きな声が出せず、つまり気合いの入った一本が取りづらく、おまけに濱野の過ちのせいで、特に今込は被害をこうむっていた。

 まったくポイントが取れなかった。



「さぁもっと来い。もっとだ。そうだ、俺が濱野だ」

 気持ちはレッドゾーンを振り切っているようだが、濱野の動きはとても冷静で、連続攻撃をビシビシ打ち込んでくる株柳の竹刀をちゃんと防いでいた。


 危なっかしくて何度も目を覆う縁。他の部員達もつい「きゃっ」と声を出す。

 濱野がおっちょこちょいという面もあるが、株柳の実力が相当なのが要因だ。


 株柳は攻撃を止めて、一度距離を取る。首を傾げ、想像を遥かに超える濱野の動きに、動揺し始めていた。


「あれ? もう終わり? そンじゃ、次はこっちの番だ。ずっと抑え込んでいた俺本来の姿を、今、生まれ変わる俺」

 濱野は間隔を開けた株柳へと突っ込む。


 攻撃の全ては、両手から放たれる鋭い突き刺しで、株柳は防ぎ方も分からずただ竹刀を振る。

 どうにか防御しているように見えるが、実際は腕や鎖骨を何度も串刺しにされていた。だが、剣道ではその部分は一本ではない。

 許されているのは面と胴と小手、そして喉への突き。その部位の範囲も決まっている。何度も堤から教わったポイントだ。


 が、体に染みついた鬼ごっこの風船タッチが、必死になると勝手に出てしまう。どんなに手を伸ばしてもかわされる、攻防戦の後遺症といってもいいほどに。


 株柳は竹刀のスピードに絶対の自信を持っていたのだが、濱野の隙のない攻撃に全くついていけない。

 竹刀同士が当たる感触も、まるで今までにないほどの軽さで、あまりのかっての違いと手ごたえのなさに、戸惑いを隠せない株柳。


 もがくように竹刀を振う株柳は、濱野の攻撃を防ぐのを止め攻撃へと移る。いわゆる乱打戦だ。

 濱野はそれを察知すると、すぐさま防御体制へと戻った。

 二人の感覚はまるで違う。

 叩き合いに慣れている株柳に対して、ただの一発でも叩かれてはいけないという姿勢の濱野。

 実際、ノー防具。竹刀とはいえ……怪我の危険もある。


 君鏡の試合同様、竹刀と竹刀の押し合いさえなく、濱野は避けに徹する。猛攻撃する株柳ではあるが、時間が経つにつれて濱野に見切られていく。

 傍から見ている者達にもそれがはっきりと分かった。



「何をしとるったい株柳。もっと腰入れぇ、気迫を叩き込まんかい」

 きついセリフが飛ぶ。仲間からも応援が増える。

 皆、見ていて何かを感じ取っているようだ。今までの試合と何かが違うと。

 初めて見るような光景に驚いている。なにせ、濱野はたったの一発も食らっていないのだから。


「くっ。ふぅ、ふうぅ、ふう」面の奥から荒い息づかいがする。

 肩と胸が大きく膨らんで息継ぎする株柳。と、その一瞬の隙を狙って、濱野の両竹刀が首元へとクロスしながら突き刺さった。


 大きな枝切りばさみの様な形で喉元を押す。

 ――縁に教わった必殺技だ。


 株柳は今まで味わったことのない大きなダメージを、マスク全体で感じている。それこそ脱げてしまいそうなほど。

 それ程の衝撃理由は、濱野が片手ではなく両手で同時攻撃しているからだった。



 合宿中、部員達は縁から色々なことを教わっていた。それは一般の者が考えている常識とまるで違うものばかりだった。

 まず、この両手での攻撃に関してもそうだ。


 濱野も今込も、片手でのパンチの方が、振りかぶれて可動域も広く、両手よりも強いのではという会話がなされた。しかし、頭で考えるのではなく実際に試してみてと言われ、部員達は縁の言う通りに試す。


 目の前のテーブルに、拳を握った片手の側面で、軽く振り下ろす。その後すぐに同じように握りしめた両手の側面を、同時に振り下ろした。

 続いて、立ち上がった状態で壁に向かい、開いた片手の平で、殴るように押す、いわゆる相撲取りのするつっぱり。その後に両手で突き飛ばすように押した。

 次は実際の人を片手で押す、その後両手で押す。そういった簡単なことを何度も繰り返して、はっきりと実感する。


 ――片手で殴るより両手の方が何倍も強いのだと。そして、なぜ野球やゴルフのスイングが、バドミントンのように片手持ちではなく両手で握るのかも理解し始めていた。



「おげぅ。ぬぁ」

 株柳はもげそうになる首が完全に上向き仰け反る。と、濱野のクロスさせた竹刀が、もがく首部分から面の鉄柵部分へとスッポ抜けて、逸れてしまった。

 次の瞬間、濱野の伸びきった両手の片側に、株柳が小手を打ち込み更にがら空きの胴を打ち抜いてみせた。


「ま、参りました」

 謝ったのは濱野であった。

 どう考えても濱野の一本勝ちであったが、株柳にとってはこれがいつもの試合の流れである。叩き叩かれの中での一本。

 とはいえ株柳も、さすがの衝撃で、突きを決められたかもと思っている。

 でも普段通り、最後まで、一本の合図がかかるまで集中して勝負に挑む気合いをみせたバトルだったとも言えなくはない。

 これもまた、練習で染みついた習慣だ。そして濱野が、文句を言わず謝ったのも合宿で覚えた習慣だ。

 それに、濱野の手首とお腹に走った痛みからも、すんなりと出た『参りました』であったと分かる。反応はしていたが……避けきれなかった……。



 互いに一礼して部員達の元へと戻る。悔しそうにしている濱野。


「手とお腹を切られたぁ。悔しい。二刀流でいったのに……」痛そうに手首を擦る濱野。

「まぁ、そう気を落とさないで先輩。練習を積めばもっと強くなりますから。何せ今の相手は高校生の中で一番か二番に強い人だし」

 縁の励ましに「そっか。そうだよね。相手は一番強い人だよね」と回復した。

 寧結や萌生並みに仮面を付け替える。とはいえ、本当ならうじうじするタイプの濱野、やはり、強い縁にそう言って貰えたからこそ、素直に聞けている所もある。



 縁は濱野の手首とお腹の具合を心配しながら、これで役目は終わったと、夕食へ向かおうとする、部員達も。


 試合時間は君鏡と濱野の二試合で約七分。

 こんなことなら、駄々をこねずにさっさときて終わらせれば良かったと思う一同であった。


「ア~お腹減ったね~」女子部員達が荷物を持ち上げて笑顔ではしゃぐ。

 今日は修学旅行の最終日だし、試合まで出場したわけだから疲れたのは当然だ。縁もクタクタだ。


 だがそこに、折紙先生が見知らぬおじさんを連れてやってくる。






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