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バースデイ  作者: セキド ワク
18/63

一八話  テストバトル



 用意を済ませ、先に会館へと入って来たのは銀錠であった。

 中央まで来た所で、守安と話しながら縁の到着を待つ。


 会館の脇では、皆が銀錠の装備や武器を、探るように凝視している。

 見た目では、曽和のような防御服は着ておらず、先ほどと変わらない。黒の薄いスーツ姿で、武器らしいモノも見当たらない。


 数分して縁が現れた。と、その姿と武器を見て、皆が「オォ」とどよめく。


 縁は曽和と対峙していた時の防御スーツとは違うタイプのものを着込んでいた。

 灰色の防御スーツに、左肩から左半身が隠れるように掛けられた、黒のマントを垂らし、頭には額当て、なにより、武器が鎖鎌ではなく、死神が持っているような大鎌を担いでいた。

 そのとてつもない迫力は、一瞬で敵を黙らせるほどの存在感。


「ねぇ、寧結ちゃん。あの武器って、戦いに使えるの?」

 萌生の素朴な疑問に寧結が頷く。

 皆も萌生と同じで、大鎌が果たして戦闘に向いているのかが疑問なようだ。


 大鎌は、長い柄が軽く湾曲していて、更に中央辺りに不思議なくぼみがある。

 そのくぼむ箇所の前辺りに、トンファーにあるような突起物が出っ張っていた。



「嬉しいよ縁君。俺はその武器の君とやり合ってみたかったからさ。本域のね」

「はい」怯えきった縁が恐縮する。


 銀錠の横に居た者達が、会館脇へと外れると、銀錠の武器らしきものを持って、もう一度駆け寄って手渡す。

 そしてそれを受け取ると「それじゃ始めようか?」と銀錠が縁へ数歩近づいた。


 縁は生唾を飲み込み頷く。


 周りで見ている者達は、銀錠の体にたすき掛けされた、大きなフラフープの様な武器を見ながら、それが一体なんなのかと唖然としている。


 銀錠に手渡されたそれは、まさしく黒いフラフープに見える。

 輪のサイズは、小学生が大人用サイズを持った感じの割合。輪は二重になっていて、内側の円を柄として持ち、外枠が刃という設定と分かる。


 この武器は、いわゆる(とう)(りん)


 そこに居る皆には、パッと見でソレがどういうモノか分からず、これから起こる戦いを見るしかない状態だった。



「私の名は銀錠剛。百人に囲まれた幼い君が、その死神の刃で切り刻む所を見て、いつか手合せしたいと何度も想像してきた。今日は、仕事場でジャンケンに勝った俺が、代表でこのバトルを楽しませてもらうよ」

 銀錠はニッコリと笑いながらお辞儀する。


「床並縁です。あたなと戦うのは、まだ十年は早いかと思いますが、その期待を裏切らないように、俺の全てでいきたいと思います」縁は深くお辞儀した。


 縁が頭を上げるとすぐ、銀錠がたすき掛けしていた輪っかを腰で水平に構える。

 そして二、三度体の周りで回すと、外側の輪がブゥーンと音を立て始めた。

 外輪が回っている。


 縁は体を低く構えると、口元を少し震わせた。

 細い奥二重の目が冷たく銀錠の動きを探り、少しずつ動いていく。そろりと歩く泥棒の足つきで距離を縮めると、左肩のマントをひらりとなびかせ、死神の大鎌で、銀錠の両足首目がけて刈りにいった。


 それをジャンプでかわす銀錠、更にそこへ、回転した縁のマントが、銀錠の横脇腹を襲う。

 銀錠はそのマントを刀輪で受けると、加工された固い生地のマントが、刀輪の刃に擦られて嫌な音を立てた。


 後ろへ跳ぶ銀錠を、回転しながら更に攻撃する縁の大鎌。


 刈にいった足首をジャンプでかわされた大鎌の刃は、床スレスレの軌道を通り、一周して、縁の肩口から斜めに大きく浮かび上がった。それの刃がまるで、津波のように銀錠へと襲い掛かる。


 縁の刹那な連続攻撃に、そこに居る誰もが呼吸を止めて見入る。

 そのありえない迫力と攻撃の危険さに、股間辺りがじわじわと痺れる。トイレに行きたいような、漏れてしまいそうな刺激が走っていた。



「ふぃ、生で見ると凄いなやっぱり。一瞬真っ二つにされるかと思った」

 斜めに振り下ろされた大鎌の刃を刀輪で受け流し、銀錠が不敵に呟いた。


 縁は、まだまだ余裕のある銀錠に突っ込んでいく。


 大鎌の湾曲した柄のくぼみに、自分の腰を合わせて、それこそ、銀錠の持つ刀輪同様、フラフープでもするかのようにグルグルと胴回りで回し始めた。

 柄の後ろと、トンファーの突起した様な部分を複雑に持ち替えながら、ハンドルを左にきっていく。


 ブンブンと音を立て切り裂く縁。それを刀輪で何度も防御する。

 刀輪の外刃が回転していなかったら、とてもじゃないが、縁の攻撃を受けられてない。まともに堪えられる類の威力ではない。だが、銀錠の刀輪は逆に弾くように受け流す。


 手元が持って行かれるほど弾かれる縁も、必死に粘る。ヌンチャクでもするように、下、斜め、下と繰り出す、更に左側からもマントで攻撃を放つ。


 縁は何度もマントに包まれ姿を消すが、銀錠は戸惑いもみせず、淡々とそれらを防いでいく。

 見切っているとは、こういうことだとはっきり分かる。


 縁のあらゆる攻撃をかわす銀錠。縁も諦めることなく連続攻撃を放つ。



「さすがにヤバイなこの手癖は。これが調介の息子か。確かに強いわ。それじゃ、今度はこっちから行くぞ。どれくらい耐えられるか、お手並み拝見っ」

 銀錠は、刀輪の中から抜け出し、真横に伸ばした腕で刀輪を数度回した。

 その途端、外刃の勢いが増し、甲高い音へと変わる。更にその輪を左、右と何度か持ち替え、不思議な演武を見せる。と、突然刀輪の中へ足を突っ込み、縦に向く刀輪を横回し蹴りのように、縁目がけて思い切り振り抜いてきた。


 放たれた刀輪が高速で縁を襲う。

 見ている者達は、そのあまりの音や速さに、恐怖で反応できない。


 縁は大鎌の背で刀輪を受け、更に顔へと上ってくることを想定してマントで体を包んだ。

 しかし刀輪は大鎌の背に当たると、勢いよく地面を滑り銀錠へと戻っていく。


 どうやら、下に潜り込む回転だったようだ。


 縁に刀輪の回転方向を見切る余裕はないが、操っている銀錠は、当然そのすべてを分かっている。

 刀輪にかかる遠心力や手の使い方の感覚で、上回転か下回転かを認識している。後は右腕や左腕と持ち替えて放つだけで、上下回転を自由自在に放てるわけだ。


「今の一輪斬(いちりんざん)をよくかわせたな。さすがの装備だな」

「どういたしまして」

 縁は自分にできる最高の防御態勢を取る。銀錠が攻撃を放ってからの反応では、まったく追いつけない。

 こんなにも反応できなかったことはないと焦る。



「それじゃ、どんどん行くぞ縁君」

 銀錠は一気に縁へと近づき、腕を通した刀輪で連続攻撃を始めた。


 内側の柄を持ち、また腕を通し、自ら回転し、足首で下への攻撃も放つ。

 一瞬で縁の大鎌とマントが悲鳴を上げる。


 縁はギリギリでかわしながら、銀錠の動きの裏をかくステップで逃げる。

 必死に大鎌を操り、マントを振る。


 観戦している者達は、最初に思った疑問、その答えを、まざまざと見せつけられていく。それは、縁の扱う大鎌とマントの鉄壁さ、それを、激しい攻防の中で理解し始めていた。


 大きな鎌の部分と長くうねった柄の内に体を隠し、反対側をマントで防ぐ。

 イメージ的には、武器としてどうなのかと思われそうだが、これほど完璧な防御武器だとは、誰も思いもしない。

 防御が全ての戦いの中で、鎌の刃の太い背の部分が、信じられないほど素早く、強い攻撃を盾のように防いでいる。マントと大鎌の間に居れば、剣のような普通の相手には、無敵と思えるほどの安全地帯に見えていた。



「くっ。つぁあ。ぬっ。ふっ。ぐぅ、がっ、だぁは、うぅ、きぃい」

 縁は必死に銀錠の猛攻撃を受け続け避け続ける。

 一瞬の隙もないが、どうにか自分も攻撃を繰り出す。しかし、余裕のない鎌での攻撃は、簡単に見切られてしまう。


 それは鎌特有の弱点とも言える。


 つまりこういった状況下では、右から左へ切り裂くというパターンしかできないということだ。単純なルートでは見切られるのも当然。まして相手は強者。


 と、銀錠が攻撃を止め、少し距離を開けた。


「ふぅ。これだけの連続攻撃を受けて避け続けるとは、正直予想以上だな。ここは本気でいかなきゃ決着がつかなさそうだ」

 銀錠は荒い呼吸を整えている。

 縁は銀錠の台詞に答えることなく、大鎌の柄の後ろ部分から、何かをスルスルと引き出した。

 鋭い視線を敵に向けたまま、手探るようにソレを振り回す。


 ……少し攻め疲れしている今がチャンスかもしれない。縁は頷き走り出した。

 すると銀錠は、体の外側に出していた刀輪を被り、突っ込んで来る縁を防御態勢で迎え撃つ。


「来なよ、縁君」

「ぬぅらぁああーーーーっああ」

 叫びながら銀錠へと飛び掛かる縁。右手で大鎌を操り、左手で、鎖鎌と同じ類のモノを振り回す。


 足元を真横から切り裂く鎌と、真っ直ぐ投げ放たれたゴム玉が、一斉に銀錠へと襲う。

 が、次の瞬間、刀輪で鎌刃を防御し、体を逸らしてゴム玉も避けた銀錠が、跳ね上がるように縁へと突っ込んだ。

 縁の持つ死神の刃を飛び越えて、一気に無防備の内部へと侵入、更にそのまま、空中で飛び蹴りをブチ込んだ。


 縁はその蹴りに押される形で、二メートルほど後ろへと吹き飛ぶ。銀錠は縁の腹部を蹴りつけた勢いで、後ろから通過するであろう縁の鎌刃を、もう一度飛び越えて元の位置へと戻った。



「まっ、参りました」うずくまる縁。

「よし、これまで」にっこりと笑う銀錠。

 皆はあまりの出来事にビックリして何も考えられないでいる。

 そんな中、銀錠は倒れた縁へと近寄り、スッと手を差し伸べる。縁はその手を取ると、恥ずかしそうに立ちあがった。


 腹部への痛みはまったくないが、蹴られた衝撃、そして、数々の技を見切られた恐怖は、鮮明に焼き付いてしまった。


「さすがは調介の子供だな。何度か負けるかもと思ったよ。本当に曽和さんは君に勝ったのかい? だとしたらあの人も要注意人物だな。ふふっ」明るい笑顔で縁の肩にポンと手を乗せた。縁はそれにただ照れて(うつむ)くばかり。


 銀錠は、この試合の流れや反省などを話し合う場は設けず、縁のランクアップを決めたからと告げて、この会館を後にしてしまった。

 詳しいことは、パソコンと自宅に、データや書類を送るとのことだった。


 急いで帰る銀錠を見送ると、縁はその場にヘナヘナとしゃがみ込んだ。

 そこへ部員達と堤が駆け寄ってくる。


 興奮したように疑問や質問を縁に投げかけ、疲れた縁を皆が押し潰していく。

 ダメと分かりつつも、聞きたい衝動が、縁を気遣う気持ちよりも勝ってしまっているようだ。


 今の所、部員達が理解しているのは、縁の父親が警備会社で専務をしているということと、縁が何かしらの武道イベントに参加しているということ、だけ。


 何となく、警備会社にしても、武道にしても、普通とは違うのでは? と、うすうす気づいているが、いくら縁から説明を受けても、謎のままだった。

 この高級なホテルの利用にしても、合宿中の道具などや出入りしている者達にしても、縁が存在している世界がどういった場所なのか、皆目見当がつかない。



 ちなみに現在この会館内を使っているのは、堤を教官とした特殊警察隊、そして縁を部長とした進卵学園の剣道部、それと、縁の親が務める警備会社の新人とそれを教育する数名の幹部達だ。


 流れ来る質問のほとんどに茶を濁す縁。


 きちんと答えてあげたいのはやまやまだが、色々と守秘(しゅひ)義務(ぎむ)がある。

 父親の警備会社にしても、仕事柄、ぺらぺらと漏らしていい話ではない。無論、親である調介も、深いことは息子であっても伝えてはいない。が、縁が知っている範囲の、些細なものであっても、父親が本郷壮源の警護をしている、という開示は、他人にすべきではない。

 そして、武道の方もまた、参加資格を得ていない者達に話せることは限られる。



「じゃあさ、じゃあさ、床並君の懸賞金が一億円ってどういうこと?」

 食いつく濱野。

「うん。それは、俺を公式な場所で倒したら一億円貰えるってこと」

 答えられる範囲の話でさえ、皆が驚き仰け反る。


「うそ……。マジで」

「無理でしょ~。今の見てたら勝てる人いると思えないけど」

 今込が興奮を再熱する。

「いや、今のは一対一だけど、実際は一対複数とか複数同士とかだから、何が起きるは分からないけどね」

 縁の台詞に尚更こんがらがる。


 普通の者が考える大会的ものは、会館などで向かい合って対決するのがセオリーであり、そういったリング的ものしか浮かばない。

 そこでの複数同時バトルなど想像できないのだ。



 縁の言っていることは、そういった狭い場所でのことではなく、無人島に作られたバトルステージでの戦の話であった。

 各ランクに分かれ、(いくさ)()とされる様々な場所で、クラスごとにバトルロイヤルで戦っていく。

 審判などという無意味な者は存在しない。戦いの勝敗が分からないような低レベルな者は、元から参加すらできない世界である。

 戦は約三日間で、一番下のランクから行われる、そして、最終日に最強ランクのバトルが、一日かけて行われる形だ。


 ランク、つまり階級は十クラス。

 曽和や銀錠は最強クラスに位置し、縁は一つ下の九クラス。

 ちなみに寧結は六クラスだ。大会参加者最年少でもある。


 仮に、今の堤が参加したとすれば、三クラスといった所であろう。

 ここへ来た当初なら、一クラス。初段。

 つまり、最低ランクの強さは、各武道大会などで三位以内に入るような者。

 有段者でそれなりの実績と経験のある者達が、こぞって集まっている。


 余談で言えば、萌生の実力は四クラス。更に、寧結と共に行動するのであれば、寧結も萌生も七クラスまで行けなくもないと言える。

 堤をあっさりと倒したことからも実証済みである。

 そしてここに居る特殊警察隊の方達も、二クラスか堤と同じく三クラスの実力を持っていると言える。更なる余談だが、ホテルの外番をしている守安は七クラスであり、会社では縁の父親の直属の部下だ。



 そのイベントの参加資格を得ている競技者は、全部で一万人。

 その殆どが一番下の一クラスで(くすぶ)っている。腕に自信のある者達が戦場で普通にやり合い、そして些細な僅差(きんさ)で争って散っていく。

 ここへ来た初日の堤も、あのままであったならそうやって群衆に紛れて埋もれていったと予想がつく。


 そこから抜け出せる者は、ランクが上の者達の戦いから、根本的な違いを見出し、そして自ら研究するか教えを乞うという方法を取っている。

 それまでの間違えた常識を覆せない者は、たった一つランクを上げることさえ、ままならないということだ。



「床並君、その武道には誰でも参加できるのかい?」堤が子供のように質問する。

 その問いに、即座に首を横に振る縁。


「いえ、それは無理です。手続きもそうですけど、参加ライセンスを取得しないといけなくて、普通の人ではまずありえません」

 堤はそうなのかと少し俯く。そしてどういった方法なのかと更に尋ねた。


「ランク上位者の紹介で書類が貰えて、初めてそこで書類審査と実技テストを受けることが許される形になってます」軽く表面的ことを話していく。

「では、曽和さんはそれをクリアしたわけか……」

 深く頷く縁。


 曽和は古くから仕事上の関係で、本郷壮源と知り合いだった。その繋がりから、上位者である九条貞丸、縁の父親の上司から紹介状を受けたのだ。

 そして、何を隠そう曽和の実技テストをしたのが縁である。その時に、竹刀の糸部分を裏返して『みねうち』というやり取りがあったのだ。



 途切れることなく皆が話しかける。

 少しずつ疲れが回復する縁ではあるが、精神的にぐったりとしている。

 三分とちょっとの戦いだったとはいえ、とんでもないハイスピードでの攻防は、全身の脈という脈部分をオーバーヒートさせていた。



「凄過ぎてよく分からなかったけど、床並君、勝てそうだったよね」

 銀錠が途中で発していた「真っ二つにされるかと思った」や「さすがに、手癖がヤバイ」とか「ここまでとは正直予想外」などの褒め言葉から、縁の奮闘は銀錠をギリギリまで追い詰めていたのかもと、皆に思わせた。


 だが縁は、それは違うと真っ向から否定した。


「全く無理だったよ。これほど差があると、悔しい気持ちも()かない」

「でも~」

「いや、ありがとう。もし皆にそう見えてたなら少しは救われるよ。なにせあの人は半分も本気出していないから……。あの人の持っていた武器ってさ、実は刀輪って言うんだけど、あれ、二刀流なの。アレと同じようなやつを、もう一つ操るのが基本で――」

 縁は銀錠の武器のことを淡々と説明していく。


 もう一つの刀輪は、二重になった輪の内側にクロスした棒が通っていて、いわゆる盾の様な役目をしている。片方を体に通して攻撃を防御し、もう片方を盾のように操る。更に攻撃となれば、クロスした中央部分を持ち、指や手首で回し、刀輪のダブル攻撃を放つ。


 両手に持って攻撃してもよし、放ってもよしのとんでもないウェポンなのだ。

 しかしもっと問題なのは、縁がそこまでの情報しか知らないということ。

 最終クラスの者達は、主要武器を更に二、三個所持している。戦場で使える数に規定はあるのだが、縁が鎖鎌を使用したように、別の何かを習得しているわけだ。


 しかし誰も、銀錠をそこまで追い詰めた者がいなく、謎のままという状況。


 実際、数日前までいた曽和も、あといくつか隠し武器を持っている。

 でなければ、銀錠が刀輪をたすき掛けしただけで、曽和のサスマタは打つ手なしとなる。縁の大鎌に対しても、いくら伸ばしたサスマタが優秀といえ、簡単に捕らえられるはずがない。

 つまり、まだまだ奥の手や技、コンビネーションを持っているのは明らかということだ。


 縁の説明に「()()が二つも」と驚きを隠せない。


 この会館内で練習している者達は、両手で風船を操るのと片手で攻防するその差を、嫌というほど知っている。あれほど恐ろしい武器が二つになり、更に防御態勢と攻撃のバリエーションを増せば、どれほど危険かと嫌でも分かってしまう。



 堤はここへ来た初日、曽和と縁の戦いの後、労いの言葉をかけに行った時曽和に「縁君の本気はこんなものではない。この合宿中に少しでも見られたらいいな」といった言葉を言われたのを思い出した。


 それぞれが思い思いに縁へと問いかける。縁もできるだけそれに答えていく。

 で――。


「俺、着替えて来るから。十二時まで、練習しても休んでてもいいからね」

 縁はほんのわずかな会話の切れ目を縫って立ち上がった。

 会館入口でお辞儀して出て行くと、トイレの手洗い場で、勢いよく出した水に頭を突っ込む。そして濡れた髪をブルブルと左右に振り、鏡に映る自分を見る。


 水しぶきの付いた隙間から、鋭い目が自分を睨む。


「落ち着け。静まれ俺」

 熱くなった自分をクールダウンしている。


 縁にとって銀錠は、それほどまでに魅力ある特別な存在だった。唯一憧れた人の傍にいれる人物で、父親の元上司。


 ありえないほどの強さを味わい、今更全身に震えが来ている。

 濡らした髪の冷たさからではなく、心がガクガクと震えているのだ。


 手洗い場に両手を付いていなければ、膝から崩れてしまいそうなほどであった。去りゆく背中を見送った後にしゃがみ込んだのは、疲れなどではなく、恐怖と安堵であったと知る。



 インフィニティ・クロスという刀輪二つを操る銀錠の技を、水滴のついた鏡の奥を覗きながら思い出す。最終日の最強クラスの戦場を映すモニターで、何度か見たそれが、今も目に焼き付いている。



 縁は今、自分の顔が見えなくなるほど恐怖していた。






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