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バースデイ  作者: セキド ワク
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一六話  ニューメニュー



「それじゃ、そろそろ始めようか。濱野君と今込君のどっちからかな?」

 その問に、濱野がやる気満々で立ち上がるが、今込からとなった。


 丁寧な動きで指導する縁。

 女子部員達は鬼ごっこせずに、縁と今込の手合せを、食い入るように見ていく。そして、自分達が教えて貰ったことの確認をする。


「さて、やっと俺の番だな。床並君も他の皆も、俺の進歩した動きにびっくりして口をあけっぱなしにしないようにね。虫が入るから。それとちゃんと(まばた)きもした方がいいよ、虫入るから」

 自信満々の濱野。縁は、面白い先輩だなと、つくづく感心しながら、手合せに入った。


 要領が悪いのか、変に力が入っているのか、随所にぎこちなさが目立つ。

 ダンスや演奏の途中で、何度もつっかえているのと同じで、思いのほかヘタクソに感じてしまう。


「濱野君。もう少し柔らかく。全身の力みを落として。全てのスポーツはパワーじゃないからね。体を早く動かす時は力を抜いて軽やかに」

「え? 力入れたらいけないの?」

「絶対に駄目。普通の人が思う力の入れ方は、百%間違っているから。腕相撲でもそうだけど、強く握るのと横へ動かすのは……いや、いいやそれは、忘れて。とにかく、絶対に力まないで。意識するのは、指先や足先などの先端を動かすこと。で、俺の動きを見る時は、可動部分の付け根を見ること」

 縁はそういって自分の肩口を指さす。


 体の中心より前へと傾く肩や、攻撃を仕掛けてくる手の動作などの、細かな点を説明していく。


「ただ、今説明したことを頭で考えてたらダメだよ。他の部員みたく、原理は知らないままで動けることがベストだから」

「なんで? 色々と分かって意識してる方が、床並君みたく出来るんじゃん」

「逆だよ。例えばさ、ドラムを叩く時。覚える時は今みたく何をしているか説明が必要だけど、実際の演奏の時に必要なのは、無意識で叩けることでしょ。リズムに乗ってさ。イチイチ、右手が三回叩いた時に、同時に左手を叩き下してその途中で右足をって考えたらさ、一曲演奏し終えたら廃人になっちゃうから」

 右、左、足、足、手、右、左……と脳で呟き、頭で確認しながら楽器を演奏する者は、絶対にいないということだ。

 あるのは、リズムやカウントを意識するくらい。


 (まれ)に下手な初心者が、そういう知識ばかりを意識して、スポーツやら芸術(アート)を行うケースもあるが、まあ、挫折する人であり続く訳がない。



 濱野は「あ~そういうことね」と分かったフリをしているが、全く意味が分かっていなかった。

 色々な経験がある者には理解できるが、普通に暮らしている者には、そういった細かなことはピンとこないものである。


「要するにもっと柔らかく、無意識に動けってことだよね?」

「そう。相手がぴくって動くのと同時に、自分も勝手に反応できるようにさ。心も体も、もっと遊び感覚で気楽にね。攻防だと意識しないで、相手にただ集中して」

 手取り足取り教える縁。

 他の部員よりも物覚えが悪いが、濱野も少しずつ理解していく。きっと他人の話を心から聞く気が無いのかも知れないが、それでも少しずつ歩む。



「クイックやフェイントを入れてみてください」

「おし、一丁見せましょうか、この俺の、濱野のステップを」

 本当に口だけの男。思わず縁が笑ってしまうほどに、へっぽこな足取り。


「どう?」

「いや、あの、もう少し相手を避けることの意味を考えて下さい。濱野先輩がしているのは、クイックやフェイントのフリというか」

「フリ? ちょっと分からないな。俺がヘタクソなだけじゃなくて?」

「違いますよ。クイックやフェイントは、誰でも今すぐにできますから」

「運動神経がなくても?」

「うん。あっ、見てる皆もよく聞いてね。フェイントやクイックの動きというか、その足さばきは、道で誰かとすれ違う時に、相手を避けようとして、相手と同調というかお互いがシンクロして通せんぼになることがあるでしょ? あれが、あの時の動きがまさに、その原理で。あっそうだ、練習もそれにしよう。お互いに早歩きですれ違えば、自ずと、ストップの仕方とか、左右に動く感覚が分かり易いかも。普段、皆それができてるから」


 避ける為にとる、あの動作のすべてが、クイックやフェイントの時に使うそれに、似ているのだと。

 ぶつからない為の急ブレーキ、相手と逆に動く為の動きや意識などなど。

 上辺のテクニックじゃなく、本当に相手の向こう側へと抜ける意思を持ちつつ、相手と重ならず、逆にしなければと瞬時に考える反応速度など。


「え? できてるの?」

「うん。相手を避けて通り抜けるって、あの時の意識と動きだから」

「マジかぁ。全然意識したことなかった」

「いや、その無意識にできることが、避けの基本で、でも、さっきも言ったけど、右とか左とかは考えないようにしつつ、相手の動きを見て、ほら、どっちに動くとかは予想したりするでしょ? 一緒にならないように」

 縁は濱野だけでなく、皆にその時の現象を説明する。


 皆が頷き、後で試してみようと納得する。

 そんな中、縁と濱野は練習を再開し、色々なレクチャーを続けた。




「ふぅ、これで全員終わったね。ちょっと休ませて~」縁がぶっ倒れる。

 濱野は自分が大分避けられるようになったことが嬉しくてしょうがないようで、テンションが波打っている。

「それじゃさ、鬼ごっこしようよ」はしゃぐ濱野。

「え~ちょっと休もうよ」今込も少しくたびれている。

 別に疲れ果ててはないが、日々取りきれてない疲労が蓄積していて、リーダーである縁が休んでいると、つい気が緩んでしまうのである。更に言えば、合宿練習の疲れだけではなく、夜の遊びも相当に影響していた。

 大声で笑い合い、寧結と萌生の要望でスイカ割りや花火などもした。この一週間は練習と遊び三昧。


 高校生が親元を離れて、しかも怖い顧問や監視する鬼先生が居る訳でもないこの状況下では、羽を伸ばし過ぎるのは必然といえた。


「やろ~よ~。ねぇ皆、俺の上達ぶりをさぁ」

 まるで寧結や萌生の如く粘る濱野。縁も仕方なく起き上がる。

「よし、それじゃそろそろ次の練習でも始めますかね」

 勢いよく起き上がる縁に他の部員達も「さ~てと、充電完了」と可愛く笑う。

 頑張り屋の笑顔が溢れる。一気に部活らしい空気が戻った。と――。


「皆の動きも大分イイし、新しい練習を増やしたいンだけどいいかな? マネージャーさん達、四番って書いてある、段ボール箱持って来てくれるかな」

 縁のお願いに、寺本と葉阪が走って行く。


「へえ~、新しい練習? 何だろぅ、楽しみだな」濱野が喜ぶ。

 皆も少しだけワクワクしている。

 縁のことだからあまりハードなことや疲れることはしないだろうけどと、安心してはいるが、ちょっぴり怖がってもいた。



 運ばれてきた段ボール箱から、ピンク色のおもちゃを取り出す。そしてその小さなビニール袋を、それぞれ部員達に配っていく。


「これって、もしかしてシャボン玉? だよねどう見ても」

「そう。シャボン玉。それを皆で飛ばして、当たらないように風船で割るの。それが上手に出来るようになったら、シャボン玉の飛び交う中で、一対一の試合をするわけ」


「シャボン玉を避けながら?」

「もちろん。でね、最終的には……、う~ん、口で説明するより、見せた方が早いかな。ちょっとそこで待っててね」

 縁はそういうと、部員達をその場に残しトコトコと堤の方へと歩いていく。

 そして別の段ボールを堤に手渡し、何かを説明する。

 その説明を終えると、部員達を呼び寄せた。


「今からちょっとやって見せるから、皆見ていて」

 縁はそういうとテニスラケットほどに加工された虫取り網を二つ手に持ち、特殊警察隊が練習していた場所の中央へと歩く。

 そして、選出された八人の者達が、縁についていく。


 八方を取り囲むように並び、それぞれが柔らかなカラーボールを五個ずつ持って構えている。


「それでは始めますが、一球投げる毎に一歩近づいて下さい。ではスタート」

 縁はそう言うと腰を落とし構えた。警官達は投げてもいいのかなと迷っている。


「思いっきり投げていいですよ。絶対に当たらないので」

 ありえないことを言う縁。どう考えてもすぐに当たりそうな感じだが……。

 すると縁の真横に位置する者が、最初の一投を放った。だが、縁が微動だにしなくても、球は外れて逸れていく。


「もっと集中して、コントロール良く当てにきて下さい」

 次の瞬間、意を決した警察隊の総攻撃が始まった。

 一気にカラーボールが飛び交う。それも一球ずつではなく、投げては一歩近づき、また投げては近づきを繰り返しながら。


 縁の周りでは、運動会の玉入れのように球が乱れて交差する。が、その中央で、縁は信じられない動きをしている。

 迫り来る速い球を、両手に持つ網ですくい取り、更に、体をくねらせてボールを避けていく。


 網の中には、どんどんとボールが溜まる。そして、一人、また一人と弾切れし、残すところ二人だけとなった。

 フェイントをかけながら縁の視界の外へとずれて最後の球を放つ。しかし結果は、最後の一球まで誰一人、縁を捉えることが出来ずに終わった。



「どうかな? こういった練習なんだけど。いきなりこれは無理だからさ、まずはシャボン玉でってわけなんだけどね」

 部員達に説明する縁を、今戦った八人が、呆然と見ている。とてもじゃないが、当てられる気がしないと、やってみて実感したようだ。

 投げる動作もばれているし、もっと近距離でないと無理だと感じる。


 言ってみれば、スタート時の距離で当てるなど不可能とも分かった。縁を捉えるには、近距離でなおかつ正面ではイケナイ。

 更に投げることを悟られてもいけない。


 野球のキャッチャーやサッカーのキーパー、それこそテニスプレーヤー目がけ、柔らかなボールを投げているようで、取れて当然、避けれて当たり前、にしか見えなかった。


 基本、殆どのスポーツは、相手の苦手なポイントや場所に打ち込むものであり、相手に向かって投げるものではない。ま、ドッチボールは別だが。


 しかし、結局どこへ目がけたにしろ、テニスも卓球も反応し追いつき打ち返すのが当たり前のルール。

 つまり、そういった意味では、しっかりと練習を積めば、テニスや卓球よりも、今行ったモノの方が覚えやすいとも言える。


 堤は、フゥと息を吐き、苦笑いを浮かべる。

 自分は参加せず、しっかりと縁の動きを見て、そして色々なことに気づかされていく。飛び道具に対して、どう武器で防ぎ、どう避けるべきかなど。

 それこそ教科書に記しておきたいような、最高のお手本だったと。


 部員達に、先に戻るようお願いした縁は、散らばったボールを拾いながら、堤にお礼を言う。そして、これから部員達にさせるシャボン玉の説明もした。


「私達もそれをした方がいいのかな?」堤が尋ねた。

「いえ。警察官にはカバディの方が、遥かに役に立ちますよ。ウチの部員達には、カバディは危な過ぎて、それに、犯人を捕まえるようなことも起きないので」

 縁は冗談ぽく笑うと、先に戻った部員達の元へと走って行く。

 そして袋から、様々な種類のシャボン玉の容器を取り出し、早速、始めた。


「あら、思ったより小粒。それに動きが早いなぁ」

 腕組みする縁。

 自動で吹き出すおもちゃを置き、自らが口で吹くモノや、腕の振りで作り出すもので試す。


 ゆっくりと息を吹き込み、試行錯誤する部員達。


「予想と違ったの? 床並君」今込が縁にくっ付いて笑う。

 館内の室温や周りで練習している者達の動きで、空気の流れが速いようだ。室内だし、もっと停滞していると踏んでいたようだが……、予想外の難易度に。


「平気だよ床並君。とりあえずどんな感じかやってみようよ」

 部員達も、面白そうだとノリノリで準備する。

 シャボン玉を割る側と作る側に分かれて、練習がスタートした。


「きゃぁ、何コレ面白い」

 綺麗なシャボン玉を、風船で叩いて遊んでいく。キャッキャとはしゃぐその声に釣られて、寧結と萌生が走り寄ってきた。必然だ。


「なになにコレ。寧結もやりたい。ねぇえ、兄ぃ、私達も仲間に入れてよ」

 縁の服を数回引っ張ったあと、外側へと流れてきたシャボン玉を、二人して勝手に追いかけはじめた。沢山作られたシャボン玉は余っているくらいで問題はない。


 部員達も楽しんでしゃぼん玉を追いかけまわしている。

 グルグルと三百六十度回りながら、子供のようにはしゃぐ。見たところ、あまりシャボン玉にぶつかるということはない。


 一通り部員達が入れ替わると、縁は皆を集めた。


「それじゃ、もう、一対一の試合、してみよっか。二組ずつの計四人で。んじゃ、後の人はシャボン玉を作って下さい。時間は三分ね。では、スタート」

 縁の声で皆が取りかかる。

 そして早速、順番に試合が始まった。試合相手は同じ部屋の者同士となった。


 最初の対戦は日野と君鏡、それと濱野と今込だ。


 先ほどと違い、シャボン玉が一気にぶつかる。まるで作り手がワザと吹き付けているかのようなかかりよう。


 さっきまでは、自ら追いかけて壊すといった感じで、追いかける部員と逃げるシャボン玉といった構図であった。しかし、静電気でも発生しているかのように、シャボン玉がぶつかっていく。


 縁もその光景が不思議で仕様がない。何事も思ったようにはいかないなと、悩むばかりであった。

 次々と入れ替わり進んでいく、が、やはり思ったほどうまくいかない。

 注意深く観察すると、どうやら、対戦相手に意識が集中し過ぎていて、シャボン玉は、ほぼガン無視している。つまりいつも通りの戦い。


 そのまま最後の組みまで回ると、待ち焦がれていたように、寧結と萌生がニヒヒと笑う。

「は~やく、は~やく、吹いて。私達も」


 部員達も温かな目でイイよとシャボン玉を吹き始めた。

 沢山のシャボン玉の中で寧結と萌生が戦い始めた。と、なぜか二人は、まったくシャボン玉に当たらない。

 最初の練習時に、部員達が追いかけていた感じと似た空気が流れている。そんな余裕のある中で、二人は戦う。


「兄ぃ。実は兄ぃに黙っていたことが……ある。それは……私が、本当は、魔女の血を引くプリンセスだってことなの。ごめんなさい今まで黙ってて」

 寧結は萌生と戦いながら悲しそうな表情で訴える。


「それ、本当なの寧結ちゃん。もし、もしそうなら私とは……敵同士よ。私はね、貧しい家に生まれたけど、本当はね、違くて、神様がまちがって落っことしちゃった、天使なの。堕天使。今まで内緒にしてて、ゴメンネ寧結ちゃん。初めまして、エンジェル萌生です」

「うっそ。それじゃ私達は、親の決めた敵同士ってこと? でも、これも運命なのかな。私は魔女っ()、ウイッチ寧結。戦いたくない……でもサダメ。生まれ変わったらその時は、また仲良い友達になってね、エンジェル萌生ちゃん」

「うん。分かってる、ウイッチ寧結ちゃん。この、誰かに操られたサダメの糸さえ切れれば、戦わずに済むかもしれない。でも私の折れた翼では無理なの」


 何が言いたいのかさっぱり分からない縁と今込……。なんで敵同士なのか、どんな筋書きかも分からない。

 戦いに理由を付けたいのは分かるが、寧結と萌生がどの辺に興奮しているかさえ掴めない。


 でも、縁と今込以外は、何故か寧結と萌生のやり取りを面白おかしく見ている。


 まぁ、この合宿に来てから嫌というほど見ているからというのもあるが、さすがに感情移入はできないはず。



「いけない、危ないわエンジェル。このシャボン玉にはね、毒が入っているの。うっ、私は……もう、ダメ、こんなにも当たってしまった」

「助けてくれたのウイッチ。なぜっ、なぜなの? 敵同士なのに。そんなことされたら私、もう戦えない」

「だっ……て、友達だもん」胸を苦しそうに押さえる寧結。

「ばか。バカよ。ダメ、絶対一人でなんていかせやしないわ。私も、私もここで」

「ダメ」

「でも二人なら、二人でなら……」

「そうね。あっ、でももう、ダメだわ。やっぱり、これ以上は……」

「嫌~」

 寧結と萌生は、何故か途中から戦いを止め、周りのシャボン玉を壊しつつ、時にシャボン玉に弾かれ仰け反り、胸を苦しそうに押さえ床へとゆっくり沈んでいく。

 そして倒れたままねじり寄り、二人でくっつき、お互いの頭を撫でながらあ~だこ~だとアホのような演技を続けている。


「おい、寧結。もういいだろ。皆ももぅシャボン玉吹かなくてもいいよ。ごめんネなんか変な猿芝居に付き合せちゃって」

 恥ずかしそうにする縁に、部員達がニヤニヤと笑う。

 濱野だけは、自分も混ざりたいのか、ブツブツとシナリオを追加していた。


「んじゃ、少し休憩にしよ」






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