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バースデイ  作者: セキド ワク
14/63

一四話  朝景色



 合宿に来てから一週間が経った。毎日、色々なことが忙しく動く。


 縁は、合宿とは別にここに来た目的である、他の者達との試合や稽古もこなす。

 曽和とは、計三回ほど戦ったが、二敗一分けで完敗している。ちなみに曽和は、当初の予定より一日長く居たが、家で待っている愛犬、ミニチュア・ピーシャーの『ポリス』が心配だからと、二日前に帰っていた。


 時刻は朝の五時。皆が集まる時間は六時半……。


 縁は深い眠りの底から徐々に水面へと釣り上げられていく。

 日に日に増していく運動量と妹達の世話、そして女子部員達に勉強を教えたり、寧結と萌生を寝かしつけた後のアミューズメントでの遊びにヘトヘトで、まだまだぐっすりと沈みたがっている。


 だが、誰かが縁を揺り起こす。


「ふぬぅ~、もぅ少し……だけ」

 縁はそういうと、体を揺する何者かの手を引き寄せて抱き締める。

 薄いタオルケット一枚の中へと引きずり込むと、自分の真上に乗せる。昔から、寧結の気まぐれが起こるとこうやって眠り続けるのだ。


 この時の縁を目覚めさせる魔法の言葉は『おしっこ』だ。もちろん『お腹痛い』や『頭痛い』などでも起きる。つまり、危険信号やSOSであればきちんと届くが、それ以外は、夢の中へと引きずり込もうとする癖がある。


 頭や背中を()でて抱きしめる。背中をポンポンとしながら、無意識で寝かしつけようとする。しかし、今日の相手がいつも通りの寧結とは限らなかった。


 縁の首筋に顔が埋まり、完全に体と体が密着している。百瀬は、ゆっくりと顔を上げると、縁の(はん)()の横顔を見た。そして今日こそはその唇を、どさくさに紛れて奪ってしまおうかと企んでいた。


 おとといの夜に寧結と入ったお風呂で聞き出した、百瀬だけのとっておきの情報であった。

 半信半疑のまま、昨日の朝、初めて実行に移すと、縁が本当に寝ぼけて抱きついてきたのだ。


 よく考えてみれば当然ともいえる。ちょっと前まで中学生の縁と幼稚園の寧結。もっと小さい頃から一緒のベッドに寝ている二人に、こういった癖がついても全く不思議ではない。

 どこの家でも、起こしに来た母親と一悶着あるのと同じ位の必然。


 怒る者や布団を被る者、他にも「分かった。もう起きる」などと嘘を付く者、色々なパターンや癖があるだろう。

 縁と寧結の関係性から言えば、怒ったり無視したりはまずありえない。となれば、寝かしつけるという選択肢は当然の流れ。


 目覚ましなどで、自力で起きるレアなケースを除けば、殆どの学生は何かしらの癖はあるはず。ま、目覚ましでも、それはそれで個性は出るのかも知れないが。



 百瀬は、焦り過ぎて何もできなかった、昨日の自分と違う動きで、必死に理性や罪悪感を脱ぎ払う。


 自分の胸と縁の体がピタッとくっ付き、抱かれながら、頭や背中を撫でられる。ドキドキしながらも、体重をかけ過ぎないように膝と肘で調節する。

 あくまで寧結を演じる。


 気がおかしくなってしまうほどに心臓が(うな)る。

 この唇を付けて、もし縁が目覚めてしまったらどうしよう、怒られたり嫌われるかも知れないと。

 それでも欲望が跳ねる。


 ホッペタに唇をつけ、そこから徐々に横へとずらす。

 あと数センチで、縁のセクシーな唇に触れる。と、突然、百瀬の肩を何者かがグッグッと引く。

 百瀬が振り返ると、そこに派手な髪色の小峯がしゃがんでいた。


 声は殆ど出さずに「アンタ何してるのよ?」と口パクのジェスチャーで問う。

 焦る百瀬は何か言おうとするが、上手く伝えれず、罪の意識から来る背徳感の中、縁から離れる為に、少しずつ体制を変えて腕をすり抜けた。


 百瀬は小峯に説明しようにも、言い訳のしようもない。

 と、次の瞬間、胸の重みと手の感触の消えたそれに反応し、居なくなった寧結を手探る。そしてベッド横に何かを見つけると、またもベッドへと引き込む。


「えっ、ちょ、っちょ……」焦る小峯。


 縁によってまたも深海へと引きずり込まれる。だが、百瀬ではなく小峯だった。

 心臓が張り裂けそうになりながら、徐々に縁に抱かれる小峯。そして、上に乗せた小峯の体に、薄いタオルケットを目を閉じたままかける縁。

 無意識と寝ぼけの混じる縁は、抱き枕でも抱くように小峯を抱く。


 小峯は百瀬と違い、何も分からない状況下でのこの行為に、頭が真っ白になっていた。

 縁が寝ているであろうことは、何となく分かるが、自分の体が縁に抱かれているという感触が大き過ぎて、思考回路がショートしている状態。


 百瀬の時同様、体を密着させ、頭や背中を撫でる縁。小峯の肌は縁の胸板や体温を繊細に感じ取っていた。


 髪や背中を撫でられながら抱かれているうち、小峯はこのまま眠りにつきたいと縁の顔を見る。ありえない程近くに顔があり、そして唇がある。

 スゥスゥと浅い寝息を立てるその口に、自分の唇を重ねたくなる衝動が、全身を駆け巡っていく。


 と、今度は百瀬が小峯の体に合図を送り、首を振りながら「ダメ。起きちゃう」と口パクをする。何度も首を横に振る百瀬。

 小峯も、いつまでもこうしている訳にはいかないと分かりつつ、このままずっと抱かれていたいとも思っていた。


 撫でられながら、せっかく肌を合わせたぬくもりから離脱する小峯。

 縁は、小峯の代わりにタオルケットを抱きしめ、ナデナデし続けながら股に挟み込み、横を向いた。


 二人はお互いに「しぃ~」とジェスチャーしながら部屋を出て、自室へと戻る。まるで共犯者。そして、百瀬は同室である小峯に、お風呂場で寧結から聞いた縁の癖について話した。



 一時間と少し経ち、縁の部屋に百瀬と小峯が舞い戻る。

 そしてもう一度揺り起こしてみる。


「ん? あれ、どうして? ふはぁ~。おはぁよぅ」

 軽いゆすりであっけなく起きた縁。長い欠伸をしながら百瀬と小峯を見る。


「おはよう。起こしにきちゃった。昨日は十二時過ぎまでクレーンキャッチーとかコインゲームとかで遊んでたから、起きるのが大変かと思って」

 二人は凄く残念がっていた。


 起こしに来たというのは口実で、体をギュッと抱かれる感触が、忘れられない。忘れられない二人とは真逆で、縁は何一つ覚えていない。


 この覚えてないというパターンも、起こしに来た母親と、後で口論になる典型的なケースだ。


 時計を見る縁。まだ少し早い感じだが、せっかくだからと飛び起きる。

 はだけた胸元に手を突っ込みながら、脇腹をポリポリと掻き、トイレと洗面所に向かう。


 歯を磨き終えた縁が、洗面所前でたたずむ百瀬と小峯に声をかけた。

「皆、本当に凄いよね。毎日早起きだし、練習もサボらないし」

 縁は本当にびっくりしている。それもそのはずで、これまで部員達は、寝坊一つせず、規則正しく生活しているのだ。

 もっとダラけても仕方のない状況で、合宿とはいえ、鬼のようなコーチや厳しい顧問もいない、のに真面目である。


 百瀬と小峯が小声で返事する。別に小声でなくても、寧結と萌生はぐっすりなのだが、一応幼い子に気を配っての小声。


 とそこに、登枝と香咲が現れた。

 寧結と萌生の為に開け放たれたドアをすり抜け、ベッド近くまで来る。


 背中を向けるようにして着替える縁の姿を、四人が凝視していく。すると、突然四人ともに不自然な姿勢になった。体を丸め猫背に……。

 着替えながらその変化に気付いた縁が、心配して声をかけた。


「大丈夫? また、筋肉痛? あんまり無理しちゃダメだよ。本業というか仕事に支障が出たらまずいし、それに……」

 縁の心配を遮るように四人がいう。

「あ、大丈夫だよ。前もそうだったでしょ? 朝だけちょっと。ねぇ皆。すぐ普通に戻るわよね」


 縁はそうなの? と不思議そうにしていた。

 女の子はそういう体質があるのかと、高校生になって初めて知った縁。

 肩をすぼめながら猫背に丸まり、ゾンビのように下を向いて歩く。そこまで酷い筋肉痛があっという間に治るのかと、疑問に思う気持ちもある。


 合宿に来て今日で一週間だが、そんな光景を三回も見ている。

 更に不思議なのは、一度も運動していないはずの折紙先生までが、同じ筋肉痛にかかるという怪現象もみられた。


 ……縁には多分、死ぬまで分からないことだろう。

 それは筋肉痛などではなく、ついノーブラで出歩いてしまった女性が、服の表面に乳首が突起しないよう、生地に接地しない姿勢を取っているのであって、女性にしか分からないことだった。


 ついうっかり起こる一種の忘れ物事件とも言える、が、夏という季節には、大目に見てあげてと思う。ただ、まさかそんな事態とは、縁も男子も知る由もないが。


 本人達も、縁の着替えを見て、その背中から前に隠れた胸を想像し、そこで初めて自分がノーブラだと気付いたのだ。とはいえ、これで三度目。

 おまけに男子の部屋に行くと分かって軽いメイクはしているのに。それならば、いくら朝の寝ぼけ(まなこ)といえど、もう少し注意しないと、いつかは恥ずかしい思いをすることになる。



「ちょっと私達も、歯を磨かないと」

「そ、そうね。それじゃ部長、すぐ用意してきます」

 おはようという軽い挨拶だけで皆が戻っていく。ブラジャーを着けに。

 しかし縁は思う。筋肉痛で体もうまく動かないのに、わざわざ起こしに、挨拶を言いに来てくれる。その健気さに、優しさや頑張りに、心底、驚いていた。

 なぜ女子とはそんなにも優しいのだろうと。


 縁の知っている女の子といえば、寧結だけだ。

 寧結も将来、そんな気遣いの出来る子になるだろうかと。

 だた、素直に考えれば、寧結や萌生の中にこそ、女子の本質が見え隠れしているのだが……。縁の、いや、男子の女子に対する幻想美化は盲目(もうもく)だ。



 数分すると、部員達が縁の部屋の前へ集まってきた。


「おはよう床並君」

「おはよう」縁は部員一人ずつに視線を合わせていく。


「あのさ、今日も妹達のことお願いしたいンだけど、なんかごめんね」

 縁は申し訳なさそうに、マネージャーにいう。

「ぜんぜん。あっ、洗濯もしておきますけど」

「それは平気。皆一緒にランドリーに行くでしょ」

 ホテル内にある無料のランドリーで、一日に一度、皆で揃って洗濯していた。


 まだ寝ている妹達を葉阪にお願いし、部員達は外へと向かう。

 二十インチの折りたたみ自転車で、いつものようにホテル周りを五キロほど周回する。


 学校での部活同様に、自らの足では走らない。

 ちなみに他の大人達は、列になって倍の十キロをマラソンしている。


 部員達の朝練に、ここ二日ほど別のメニューが加わった。

 それは、寧結と萌生が暇を持て余して、駄々をこねた挙げ句に編み出した遊びで、リヤカーウォークなるモノだ。


 最初、寧結と萌生が引くリヤカーの荷台で、縁が体重移動して、引いている子供二人の体を宙へと持ち上げる遊びだった。

 物凄くバランスを取るのが難しいが、慣れてくると、浮いたまま十メートルほど進む。そしてまた二、三歩足を付き、勢いをつけて宙へ跳ぶ。


 縁が後ろでキックしてあげると、速度が増してより距離が伸びるのだが、ずっと宙にいることよりも、自分達で引きながら飛ぶ、ジャンプの感覚が堪らないようだった。


 その遊んでいる光景を見て、あまりにも楽しそうだと、濱野と今込が脚力の増強と称して朝練に取り入れた。

 とはいえ、リヤカーを引くのは濱野と今込の二人だけで、後の者達は荷台、縁を含めた部員達を二分して、二台のリヤカーで一キロほど競争する。


 寧結と萌生の時と違い、常にアンバランスで、引手が宙へ浮くとほぼ後ろの金具がガガガッと地面を擦る。そんな乱暴な感じの練習も、皆楽しんでいた。



 それが終わると、ようやく朝食の時間となる。

 ここで寧結と萌生とマネージャーの葉阪が合流する。一週間も経つと、それぞれが座る席も定着している。


 食事に関しても、(おのおの)々、適量を分かってきたようだが、折紙先生だけは三キロも太ってしまい、毎日どうしようと嘆いている。……が、食欲には勝てないのか、おいしそうなおかずを、嬉しそうにお皿へ乗せて戻ってくる。

 かつて『自分でよそるのだから、太ったら自分のせいよね』と大人としての自己責任論を述べた姿は、もうどこにもない。


 食事が済むと早速会館へと向かい、柔軟体操からいつもの鬼ごっこへと入った。






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