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白の少女、黒の夢  作者: 浜能来
ファス・シンセシス
9/10

騒がしい二人

 つるりと日焼けした二つの頭が、蛍光灯を反射して光っている。その様を何となしに眺めている少女を興味津々に眺める頭の持ち主たちは、顔を見合わせ、そしてにやりと顔をあげた。


「へぇ、この子が隊長の隠し子ですかい」

「はぁ? おいおいジャック、何言ってるんだ。幼妻に決まってんだろ」

「あぁ? 馬鹿にするなよノリス。隊長はもう結婚して……つまり、浮気か!」

「話が分かるなジャック! これは、二重に法に触れる大犯罪だぜ……」

「あぁもう、そんなはずないじゃないですか!」


 彼らの後ろから声を張り上げるカルロと、ファスの隣で苦笑する巻島と。二人の反応を受けて、いよいよ楽しそうにジャックとノリスは笑い出す。

 五人も集まると、さすがに防諜室は手狭だった。そのうち二人は筋肉でよけいに幅を取るものだから、暑苦しいと言っても過言ではない。部屋の隅にもたれてその熱気を避けていた狭霧が、反響する騒々しさにため息をついた。


「わかって言っているんだろうが、幼妻でもなければ、もちろん隠し子でもない。そいつはファス・シンセシスと言う」

「ファス・シンセシスぅ? 何ですかそりゃ。聞いたことも見たこともねぇ」

「悔しいことに、ジャックと同じで見当もつきやしませんなぁ」


 そろって首をかしげるジャガイモ頭の奥。名前を呼ばれて、ぴくりと狭霧の方に顔を向けるのは、白髪金眼のあの少女だ。いきなしに呼び名が変わったにもかかわらず、やはり無関心に『ファス・シンセシス』を受け入れている。

 ファスはファーストのもじり。シンセシスは合成の意。つまりは、黒魔と人間の合成体一号と言う意味を持つのみの、無機質な名前。

 ベネットの考えたこの名前は、ファスにとっては『スズ』と何ら変わらないものだろうが、狭霧にとっては、とても都合の良いものであった。


「ファスは少し特殊な子でな。ここに拘束していたわけだが――」


 狭霧はそのまま、ファスがここに至るまでの経緯をジャックとノリスに説明する。彼らが所々ちょっかいを入れるために倍以上の時間がかかり、狭霧がその度に後悔を深めたのは当然の帰結で。巻島などは仕事があると言って途中で逃げ出してしまった。

 何故こうなったのか。それは、この喧騒あふれる室内にあって、ある意味で傍若無人ともいうべき様子でカルロに本を読めとせがむファスのため。

 ファスがここで暮らし始めて、もう三週間になる。そんなファスの監視は形骸化しつつも未だ続いており、そうなると流石にカルロが宿舎を開けていることが目立ち始めてくる。彼の周りをうろつく黒制服、つまりは治安維持軍の姿も見られている。つまり、代役が必要になっていたのだ。


「へぇ、こんな小さな子がねぇ」

「隊長が言うならそうなんでしょうけど、とても信じられねぇや」


 カルロの扱いにも慣れたもので、彼を隣に座らせて絵本を読ませているファスを、二人は再びのぞき込む。信じられないと言いながら、彼らの瞳に疑いはない。

 読み聞かせてやりながらもちらちらと様子をうかがっていたカルロは、不可解と言わんばかりに眉をひそめる。


「お、どうしたカルロ。もしかして読めない字でもあるのかぁ?」

「そりゃあいけねぇ。おいジャック、お前が代わりに読んでやれよ」

「そ、そんなわけないでしょう! 僕が言いたいのはですね、その――」

「カルロ、早く」

「えっ、あぁ、すいませんすいません」

「おい見ろよノリス! こいつ、すっかり尻に敷かれてやがる!」

「あぁ! それでこの子が隊長の幼妻だって言ったら、あんな大声上げたのか!」


 そのままあぁだこうだと言い合い始める三人とマイペースな一人。カルロと違い、狭霧にとっては予想通りの結果だった。まったくもって予想通りに過ぎて、狭霧は眉間を抑えた。

 そして、ファスが足をぶらつかせ始めるのを見ると、狭霧はやっと騒ぎの収集に動きだす。この三週間で、表情の滅多に変わらないファスが覚えた感情表現のうちの一つがあれだ。後で八つ当たりが狭霧に向かってきても敵わないし、ついでにどうやらすっかり忘れているらしいカルロの疑問も解消しなければならない。


「ジャック、ノリス。そろそろいいだろう」

「隊長! そろそろって何ですか! もっと早く止めてくださいよ!」

「うるさい。そのくらい自分で何とかしろ」


 狭霧が声をかけるだけで、ジャックとノリスは囃し立てるのをやめた。狭霧の冷たいあしらいに乗っかろうとするも、彼の鋭い視線に止められる。


「それで、お前らは構わないのか?」

「構う? 何をですかい?」

「むしろ、この基地で女の子と一緒にいられるなら役得でしょう」

「だろうな」


 なぁと顔を見合わせるジャックにノリスを一瞥して、狭霧はカルロに視線を向ける。肩をすくめて見せれば、カルロも狭霧の意図に気づく。けれど、未だ釈然としない様子であって。彼は言いづらそうに視線を逸らしながら、二人に尋ねた。


「お二人はいいんですか? だってその子、黒魔なんですよ?」


 虚を突かれたようにジャックとノリスは目を見合わせる。「やっぱり」と、カルロは言葉をつづけようとして、しかし遮られた。二人の豪快な笑いに、遮られたのである。


「何言ってんだぁ、お前!?」

「本当だよなぁ。何処に黒魔がいるってんだ!」

「俺たちの目の前にいるのはただのかわいこちゃんだぜ!」

「お前、もしかして女の子にビビってんのか!」


 笑いすぎて逆に苦しいといった様子で、ひぃひぃと言いながら二人は笑う。あまりのおかしさに気分の盛り上がったジャックなどは、馴れ馴れしくファスに近づいてその肩を叩いている。


「いやぁ、確かに俺らはあいつらをぶっ殺してやりたくてこの仕事やってるけどよ」

「別に俺らの家族を殺したのはこの子じゃねぇからな」


 その笑いの中に、わずかな静けさを伴って、二人はそう付け加えた。それは、一瞬の凪のように、すぐにカルロを馬鹿にする笑いの中に飲まれてゆく。ぽかんと口を開けるカルロをよそに、いつも通り、二人で勝手に盛り上がる。

 狭霧はカルロに体を寄せ、騒がしい声の中でも聞こえる最低限の声で言った。


「気にしすぎだ、カルロ。あいつらはそんなに複雑にできちゃいない」

「単純ってことですか?」

「あぁ。悪い意味でなく、な」


 カルロが本を読むのをやめてしまったものだから、手持無沙汰のファス。今度はジャックとノリスが彼女を構っている。ファスはいつも通り無口であるから、足をぶらぶらさせるファスを話のタネに、二人が楽しんでいるだけと言った方が正確だ。

 カルロはそんな様子をみて、息を漏らして小さく笑う。


「そうですね。あの人たちが難しく考えるところなんて見たことがないです」

「それはそうだ。あいつらは酒を飲んだら全部忘れてしまうような人種だからな」

「確かに」


 狭霧とカルロの視線の先では、ファスが椅子ごと揺れ始めていた。その意味を知らないジャックとノリスは、むしろ余計に楽しんでいる。一歩前に出ようとする狭霧を、今度はカルロがいたずらっぽく笑って止める。

 もちろん、ファスは苛立っているのだ。そんなことを、ただでさえ相手の気持ちを慮らない二人が分かるはずもなく。


「まぁ、なんだ。ファスちゃん、これからよろしくな」


 今まで肩を叩いていた手を差し出して、ジャックとしては親密な、はたから見れば凶悪な笑顔でそう言った。

 ファスはいつもの無表情で顔と手とを見比べる。そして十分に観察した後、ぶかぶかの袖が捲れるほどに思い切りよく手を振り上げて――


 やはり思い切りよく、振りぬいた。


「いってぇぇぇ?!」


 小気味よい音が響く。カルロがこらえきれず吹き出して、ノリスも同様に大笑いする。

 強化兵であれど十二分に痛みを感じる、ファスのビンタ。それを手で真正面から受け止めたジャックは、手を抑えながら狭い室内を飛び跳ねる。

 わずかではあるが、満足げにそれを眺めるファスを見て、狭霧も珍しく微笑むのだった。

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